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2014年2月28日

大規模システム開発の世界における開発モデルと大切なことを議論する

電子頭脳ハレルヤ

筆者は今のビルメン業者の前に、システム関係の仕事もしていました。

そこで大切なことは、そもそも何のために、どのようなシステム(プログラム)を組めばきちんと納品できるのかという見極めです。

大規模なシステム開発、例えば銀行の勘定系(預金為替融資に内国為替といった基幹業務を司る)システム開発などにおいてはウォーターフォール開発という古くからある最もオーソドックスな手法が取られます。

これは読んで英語で滝の如く、若干の工程ごとの言い方に差はありますが、時系列が下っていくにつれて、「要件定義」「概要設計」「外部設計」「内部設計」「詳細設計」「開発プログラミング」「単体テスト」「結合テスト」「総合テスト」「運用テスト」「ユーザーテスト」「検収」「納品」「運用開始」といった作業フェーズに分割し、前の工程の完了レビューを待って次工程を開始しないという縛りを設け、前工程の成果品質を確保していくという方法です。

これが守られる限り、前工程への手戻りは発生しません。線表(ガントチャート)というスケジュール表によって工程の管理がなされます。


そもそも最初の要件定義が最も大切



しかし、最初の開発局面である「要件定義」というのは発注側・ユーザー側が主体となって進めないといけません。ここで往々にして起こるのが、これから作るシステムの利用者がそもそもそのシステムで何を実現したいのかが明確になっていないということなのです。

ここでSIというシステムの専門家(加えてユーザーの気持ちも分かるマネージャークラス)が支援して一緒に要件定義をまとめ上げることになりますが(筆者はこのポジションでした)、いつしか支援している側に開発の責任が擦り付けられていくといったことをよく経験したものです。

そうしてようやく出来上がった要件定義ですが、このいわば設計図に従って何十人ものSE(システムエンジニア)が数ヶ月にわたってプログラムを組んで動かし走らせるという膨大な人件費を投入することになるわけですから、繰り返しレビュー(説明会)をして抜けや穴がないか多数の目で精査することが必要です。

しかし実際にはお粗末にも要件定義と言えないレベルのメモ書き程度のものを要件定義書としてこれで概要設計を行え、システム開発の見積もりを出せと言われる場合が多くたいへん難儀いたしました。

加えて要件定義書が完成したということの「確認」を誰に取ったらいいのかということでも悩むことになります。

ここではユーザー側の肩書はあまり役に立ちません。真にその業務に精通しているユーザーの支持を得ていなければ、例え社長がやれと言おうがシステムは正しく動かないのです。

専用端末の前で、テストプログラムを走らせるための取引データを数時間手動入力し続けて手がしびれるような経験もありました。

誰の意見が会社の意思になるのかの見極めが、システム業者生き残りの鍵だと思いました。

統合システム開発現場からは以上です。

(平成26年2月28日 最終更新:平成28年2月28日)

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組織いじり

2014年2月27日

全ての仕事はすなわち生き残るため自分自身で選び取ることというお話


工事現場

平成25年度NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」のセリフです。

父・職隆(もとたか)「失うことを恐れるな。お前が考え、お前が決めるのだ。おじじならなんと言われたであろうな?」
 官兵衛「全ては生き残るため」。

中小企業、特に業務を受注することで生きている下請業者は生き残るためにどのように振る舞っているのでしょうか。

筆者も協力業者という名の下請業に従事しております。

修繕工事や建物管理といった「汗をかく」各業務を行い、その対価として受託料を頂戴する業態です。

自らの資産やお金を振る舞い利益を狙う大家業やオーナー業ではないところが違います。

オーナー業は、自らの資産(それが自己資本であっても借りた外部資本であっても)を動かしますが、中小事業者たる我が社にはそのように動かせる資産がそもそもありません。

あるのは社員の汗とノウハウと頑張りのみ。

ですから、評価される発注者から自社のノウハウや能力を評価される業務を請けることが大切になってきます。

ここで、往々にして起こっているのが、発注するオーナー側がそもそもその発注する業務の概要をわかっていないという状況なのです。

協力業者という名の下請に丸投げし続けた結果、その発注した業務を検収すべき立場であるオーナー側にそのノウハウが失われてしまうのです。

このようなオーナーから仕事を請ける業者は一見便利なようにも見えますが実は本当に大変です。

最も怖いのは素人とはよく言ったもので、一旦なされた指示や仕様の変更や取りやめなど日常茶飯事で、いいように振り回されることになります。

何しろ何の業務を発注しているのかわかっていないのですから、下請が出してくる業務の評価もできないし、そもそも本来自社(オーナー側)で責任を持たなければならないのに、下請に全ての責任を押し付けようとすらしてきます。

予算や納期の考え方もめちゃくちゃな場合もあります。

本来は自らの仕事であり責任であり、それを放棄することはできません。

外部委託者にやらせても、最終的な責任は自己で負わなければならないのです。

そうすると、業務についての理解なしに下請に丸投げするなどできないと思うのです。

下請の側としても、わかっている発注者から頂く仕事は、大変整理されていてわかりやすいし、評価も厳しいけれども筋が通っていて勉強になります。

発注側、受注側双方にとって、仕事とはすなわち生き残るため。

下請業者は自らの少なく貴重な経営資源をどこに振り向けるべきか、日々勝負しながら毎日を過ごしているのです。

そんな一つのビル管理現場からは以上です。

(平成26年2月27日 最終更新:平成28年2月27日 土曜日)

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施工管理と工事監理

建築物を建てる際の考え方

2014年2月26日

VHSというビデオテープレコーダーが昭和の時代にはあったという話

VHSというものがどの家庭にもあった時代がありました。

Video Home Systemの略です。

VHSビデオデッキ

今や映像はブルーレイやDVD、プライムビデオなどで見るのが主流となりましたが(若い人はそれしか知らないでしょうが)、その前、約20年以上前はこのVHSというやつでテレビの録画番組も見たし映画のレンタルもしていたのです。

一定以上の年の方には、カメラのフィルムと並んで大変身近な製品でありました。

さてこのVHSですが、誕生当初はソニーが開発した「ベータマックス」というビデオ規格の後塵を拝していました。

ベータマックスは当時のソニーの技術の粋を集めた画期的な製品で、既に業務用ビデオの世界でかなりのシェアを有していました。

VHS方式を開発した業界8位、弱小準大手と呼ばれた日本ビクターは、ここでVHS規格の全面無料開示という挙に出ます。

そうして業界大手の松下電器産業をVHS陣営の盟主に取り込み、ソニー連合との全面ビデオ戦争に向かっていくのです。

まさに東軍の徳川家康に対する西軍の各大名の包囲網の完成に似たものがあります。

史実での関ヶ原では西軍の包囲網は東軍の調略による小早川軍の寝返りが功を奏し、また西軍総大将に擬せられた毛利軍が全力で家康軍に当たらなかった(洞ヶ峠を決め込んだ)こともあり西軍は打ち破られますが、このVHS-ベータマックスのビデオ戦争においては、西軍(日本ビクターと松下電器産業、シャープなど)が当初優勢な東軍(ソニーを盟主に東芝やNECなど)を包囲し追い込み、ついに市場から撤退させ全面勝利を収めたのです。

日本ビクターの、自身の特許の無料供出という一見自社の利益を度外視したに見える「損して得とれ」戦術と、日本全国津々浦々に販売網(ナショナルショップ)を持つ家電の盟主松下電器産業を三顧の礼で迎え入れたファミリー戦略が、画質と性能の多くで優るベータマックス勢を足掛け10年にわたる競合の末に凌駕したのです。

弱いものにも諦めなければ光は当たる、そんな昔話を飲み屋でやるのが大好きな筆者からは以上です。

(平成26年2月26日 最終更新:平成28年2月26日(金))

2014年2月25日

かつて昭和生まれを魅了した自由闊達にして愉快なる理想工場があった

音『SONIC』と坊やという意味の『SONNY』から

その会社に在籍した人によれば、画期的な製品に対する執着が異常に強い開発技術者が集まっていて、散々工場部門や製品部門と合議してOK出した後の製品に後から勝手に色んな仕様をどんどん追加して、開発担当役員に呼び出されて怒られたりしていたとても変な会社があったそうです。

自分たちが楽しめる面白い商品や製品でなければ世に出してもアドレナリンが出ない、つまらないと皆思っていたらしいです。

それも、今面白いのではなくて、これから数年後に面白くなるだろうと勝手に妄想して作っていくという終わらない作業を嬉々としてやりながら、いつしか深夜まで隣の部署からいつまで遊んでいるのだと呆れられながらやりこんでいた変な会社です。

そしていつしかその追加仕様がメインの製品が上梓される…そのような自由闊達にして愉快な会社がありました。

合言葉は世の中をを驚かす、世界をびっくりさせる、中途半端なものは作らない。

困難はむしろ歓迎。

他社の追随を絶対許さない独自の製品を作る。

実力本位。

個人の能力を最大限に発揮させる。...


こんな面白い会社が昭和の日本にありました


さてこれはどこの会社でしょうか。

アップル?グーグル?それともマイクロソフト?

違います。

これらの会社の創業者、ジョブズもシュミットもビル・ゲイツも憧れ、足繁く通ったその名はソニー。

世界に冠たる日本の会社です。

創業者の盛田さんと井深さん(この会社では肩書その他を付けて呼ぶのはタブーなのでこれにならってさん付けで呼びます)のことを語る人は本当に多いです。

盛田さんは、社員の幸福は自分の最大関心事といい、なんといっても社員は、一度しかない人生の一番輝かしい時期をソニーに委ねる人たちであるから、絶対に幸福になってもらいたいと言いまくって、そのように行動しました。

うちは絶対にレイオフしちゃいかん。

利益が下がっていいから、全員キープしろ。

その代わり、不景気の間を利用して社員教育を徹底的に行うと宣言しました。

記事執筆時点で、筆者の持っているモバイルデバイスはアップル製です。

このブログもグーグルのサービスですし、今この記事を打っているPCは台湾のエイサーでOSはマイクロソフトです。

音楽はウォークマンからiPodに変えていつしか十数年になりました。

しかしながら敢えて言わせていただきたい。

ソニーよ、私に製品を買わせてくれ...!と。

会社設立書にある「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場」の復活を願います。

昔は良かったが口癖の筆者からは以上です。

(平成26年2月26日 最終更新:平成28年2月24日(水曜日))

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会議室訪問

労働時間

2014年2月24日

「人は二度死ぬ」というとてもありがたいお話を聞いたので共有します

星空に還る

人は二度死ぬなどと申しまして、一度目の死からしばらく経って、その人のことを覚えている人が皆いなくなってしまった時に二度目の死、すなわち本当の死を迎えるということらしいです。

いつかの葬儀の際の法話で聞いた話だったと思いましたが、亡くなった後、遺された者の心の内に生き続けるということらしいです。

誰からも忘れ去られ、思い出してくれる者がいなくなった時に、(言葉が変かもしれませんが)本当に永遠に死ぬということです。

そういう意味では、自分は自らの一度目の死の手前にいますが、一度目の死を迎えた人を覚えていることによってその人の二度目の人生を同時に生きているのではないかと思うわけです。


長生きしても寂しくない


年を重ねるにつれて、この二度目の人生の方々が増えてくるようです。

こう考えれば、長生きすることによって自らの知っている大切な人たちが(一度目に)亡くなることを見る辛さが若干減るかもしれません。

二度目の人生の方々と、一緒に旅をするような感じです。

敢えて二度目の人生と書きました。

こうした話はいろいろな解釈ができますが、最後に永遠に忘れられるということも別段怖い話ではなく、広い宇宙に飛散するようなものだと考えると気が楽になる気がしました。

そんな格好いいことを言いながら、当面は犬の餌もあげないといけないし、しばらくはしぶとく生きようと思った現世志向の筆者からは以上です。

(平成26年2月24日 最終更新:平成28年2月23日)

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一票の格差問題を考察する

出向者に捧ぐ

2014年2月23日

会社を飛躍させるには適切な人を選び普段の準備を怠らないようにする

ソニーバイオ

会社を飛躍させたいと思った場合、まずトップが新しい方向やビジョンや戦略、思想やポイントを策定し、そのうえでそうしたビジョンに合った人を集めていくという順番で考えがちですが、そうした教科書通りに発展した会社というのは少なくとも筆者の調査上では大変限られるようです。

むしろ、草創期のソニーのように、先に適切な人を選んで、そのうえで皆でどこに向かうべきかを泊まりがけの合宿でもして本音で語って決めたほうがよいという思いを強くしています。

要するに、普段の準備や手入れが大切だということです。

適切なメンテナンスと言い換えてもよいでしょう。

そうすれば、適切な人を選ぶというのが難しいということになります。

不適切な人はわざわざ選びませんが(この問題は、会社が成熟してきた場合の新規採用や参画者の問題になりますので後の機会に譲ります)、「適切」ということの定義は難しいのです。

単に優秀であれば良いというわけではなく、また会社への忠誠があれば良いということでもありません。無批判な忠誠はむしろ会社の足枷になり、途中の(よくある)環境の変化に対応しにくくなってしまい、会社の柔軟性を損ねます。

ビジョンや目的については、あくまでそこに集っている「人」にとっての指針であり方針となっており調和がとれている場合はいいのですが、目的を変えた方が組織の「人」にとって快適ならば躊躇なく目的の方を変えられる柔軟性が特に会社のスタートアップ時には必要ではないかということです。

生存なき正義が愚であるかの如く、生存なき企業ビジョンもまた徒労でしょう。

日本の学生は、就職ではなく就社になってしまっており、しかも就社する対象は既に出来上がった組織である例が多いとの批判もありますが、まず「社」に就職するということでも良いと思います。

その中で、より自分の能力が発揮され外との関わりができればよいのですから。

とりあえず就職し、以後職を転々としております筆者からは以上です。

(平成26年2月23日 最終更新:平成28年2月23日(火曜日))

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社長より会社そのものを知りたい

分業とセクショナリズム

2014年2月22日

「消える通話」という限りなく会話に近いアプリを利用する人が増える

チャーリーズ・エンジェル風

最近の若いユーザーが電子メールを使わずに、もっと気軽なSNSツールを使って「会話」するという記事をよく目にするようになりました。

つまり電子メールは、拝啓から時候の挨拶に続いて本文を書くというリアルな「手紙」を電子媒体として提供しようという考えから生まれたことから、友達と長電話するように他愛もない話をする「電話」とは違ったフォーマルなものとして敬遠されがちになっているということかと筆者は思っています。

そして、よりリアルにSNSを本当の「会話」に近づけるには、発したメッセージがずっと残らない、言い換えれば時限付きで消滅するような機能をつけることではないかと考えています。


時間の経過により自動的に永久に消滅する


もちろん、電子メールでもSNSチャットシステムでも、手動でメッセージを消去することはできるのですが、時間の経過により自動的に永久に消滅するというのがポイントです。

映画「チャーリーズ・エンジェル」や「ミッション・インポッシブル」で組織のオーナー(ボス)からエージェントである(超人的な)主人公に「指示」「命令」が来る際に、「このメッセージは自動的に消滅する」なんていってリコーダーが爆発したりする、あのイメージです。

機密情報を他に漏らさないように、一回だけ再生したら跡形もなく消滅させるというのは、口伝での秘伝奥義に似た響きを感じます。

紙や冊子に敢えて残さないというのはノウハウ秘匿上も必要な場面が多いのでしょう。

確かに、他愛もない雑談をずっとログにしてしまうのは会話の断片を切り取られて揚げ足取りされるといった危険も増しますので、よりリアルな「発した瞬間消える」会話に近づけるためには必要な技術なのかもしれません。

わざと残さないことも大切だと思った筆者からは以上です。

(平成26年2月22日)

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学び続ける(日本編)

実写版ハリー・ポッター

2014年2月21日

お金を扱うのに銀行というのは何故かを順を追って話したいと思います

銀行の銀行 日本銀行

なぜお金を扱うのに銀行というのでしょうか。

日本の昔の銀行機能を提供する業者は両替商と言われました。

両替というと今の日本では単に1,000円札1枚を百円玉10枚に変えるといったことを指す言葉ですが、江戸時代から明治のはじめくらいまでは、立派な信用創造機能を持った貸金業・預金業・為替業だったわけです。

さて、西洋は米国からBankなる外来語が渡ってきた時に、我々の先達は「銀行」と訳したわけですがこの理由として、当時の日本は銀本位制であったことが挙げられます。

石見銀山といった日本の銀の質の高さは当時世界的にも有名だったのです。

お金(金銀)を扱う店なので漢字で店を表す行を用い、金行もしくは銀行という案で諮ったところ、きんこうよりもぎんこうのほうが言いやすいという点もあり銀行に決まったという説もあると日本銀行のホームページにあります。

なお、翻訳元となったBankの由来ですが、中世ヨーロッパの地中海貿易の中心であった北イタリアに生まれた両替商が、その貨幣交換のために利用した長机を指す「Banco」であるというのが有力だということです。

銀行のローカウンターやハイカウンターは、地中海の貿易港からの名残なのかもしれません。


日本にはかつて二つの種類の銀行がありました


なお日本の法令上、銀行には銀行法上の銀行(普通銀行)と長期信用銀行法上の銀行(長期信用銀行)がありましたが、後者は2006(平成18)年までに全て普通銀行に転換し、滅びてしまいました。

筆者はある長期信用銀行に勤務し2002(平成14)年にその最期を看取りました。

1902年日英同盟の年の設立より100年。戦前は特殊銀行として、戦後は長期信用銀行として、激動の時代に翻弄されつつもしぶとく耐えた波瀾万丈の生涯でした。

謹んで冥福を祈ります。

よくあるサラリーマンの昔話は以上です。

(平成26年2月21日)




2014年2月20日

孤独に耐えることができるという才能が突き抜けた成果を上げると思う

はやぶさ

オリンピックに出場するようなアスリートやノーベル賞級の成果を上げる研究者に最も必要なものは孤独に耐える力ではないかと思います。

各界のトップでまさに鎬を削る彼らは、普通の生活はできません。

普通の生活ができない以上にいわゆる普通の考え方を持つ我々素人大衆庶民とは感じているもの見ているものが違いすぎて話が合いません。

そうでないと15歳男子が「ダブルコーク1080」(回転軸ずらしの横三回転半)を決めて2位にになったり19歳の青年が4回転ジャンプを見事に決めてショートプログラム世界最高得点を叩き出したりするような存在にはなりません。

17歳の女子が100メートルの大スキージャンプを飛んで世界4位になるのです。

ベテランも負けていません。

原則4年に一回しか行われないオリンピックで5回連続出場、その全てで入賞(7位6位5位4位4位)したり、7回目の出場でラージヒル197メートルを文字通り飛翔して2位を取った41歳などといった伝説ジャンパーも出ました。


突き抜けた成果を上げるための圧倒的な練習


こうした彼らの活躍は、毎日の質量共に膨大な練習やトレーニングの賜物です。

おそらく普通の生活に合わないとされて子供の頃は特にいじめられたり孤独に苛まれることも多いのではないでしょうか。

活躍したらしたで、たまにしかやってこない、ろくにその競技のルールも知らないであろうテレビクルーやマスコミに追い回されたりもします。


ノーベル賞だって同じ


研究者もそうです。

ノーベル賞とそれ以外の高度な研究成果に、客観的な差はほとんどないといってよいと思います。

しかし素人や庶民はその研究成果を理解することができないのです。

素人に理解できないゆえに賞に値するのはわかりますが、折角注目するなら研究成果と関係のない割烹着や洗濯機のことを話題にする前に、その研究成果や分野についての理解を少しでも深めるようにしたほうがいいと思います。

火星の外の小惑星まで旅をして、その表面に着陸してのサンプル採取を果たし、60億kmの旅を終え地球に大気圏再突入し消えた探査機を作って運行させたチームもありました。

今日も我々素人の知らないところで、孤独に耐えて励むそうした人の存在が、世界を豊かにしてくれます。

無理してみんなと混ざる必要はないと思う筆者からは以上です。

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技術立国

祝日がわかりにくい件を調査する

2014年2月19日

大学チームが全日本代表となってオリンピックに出場できた頃の話です

桜の下での新人歓迎レガッタ

2014年2月の記事です。

冬季ソチオリンピックが開催中ですが、マイナー競技の中の、特に団体競技においては「ナショナルチーム」が組成されていくのかどうかがその競技の行末を占うと考えています。

歴史を紐解いてみますと、夏のオリンピックの水上競技である「ボート」は、西欧世界では非常に歴史と伝統のあるメジャー競技ですが、日本においては玄人好みでそれほど大衆受けのする競技ではありません。

日本においても明治時代から英国から大学競技として漕艇(端艇)という競技が輸入されましたが、残念ながら一部の盛り上がりを除いては大学野球等ほどの人気がその後続いたわけでもなく、現在においても到底メジャーな競技とは言えません。

日本最強のクルーを決定する全日本選手権男子エイト(舵手あり八人片方オール漕ぎ部門)の決勝戦でも、沿道を数万人の観客が埋めることはなく、一部OBOG熱心(マニア)層か、現役部員組、大学応援団等でそのほとんどを占めてしまうという状態です。


大学チームが日本一となってオリンピックに出場できた


しかしこの競技ですら、最後に国内選考会を勝ち抜いた大学クルーが日本代表として出場したのは1968年メキシコ五輪に出場した同志社大学クルーが最後になります。

その後は日本ボート協会が選手を選考して組むクルーが、「日本代表」として参戦することになりました。そうして、2000年シドニーオリンピックにおいて、日本の軽量級ダブルスカル(舵手なし二人両方オール漕ぎ部門)で決勝進出、6位入賞という戦績を収めたのです。

現在においても、例えば女子カーリングといった競技はそれぞれのクラブチームごとが国内選考会を勝ち抜いて代表となるシステムです。

しかしながら、競技のレベル向上のためには、早期にナショナルチームを組成できるような協会の質量強化が必要なのかもしれません。

もちろん、個々の選手をただ集めてみても、充分な練習時間と阿吽の呼吸を必要とするカーリングのような競技特性からすれば成果がすぐ出るとは思われませんが、ナショナルチーム化により間違いなく選手の裾野と選択肢が広がり、未知の才能を発掘することもできると思うのです。

国内選考会の盛り上がりもよいですが、やはり世界で勝負したいと思います。

大学ボート部員であった筆者としては、大学チームでオリンピックに出るという夢を追えた先輩達に軽い嫉妬を覚えたりするものです。

そんな一部員からの述懐は以上です。

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少年野球

2014年2月18日

サラリーマン(給与所得者)の人も一度確定申告なるものをしてみては

税務署はこちら

確定申告の季節です。
確定申告は個人事業主のみの
義務ではありません。

本来、国民の義務である
納税は、自分で税額を申告して
支払うのが原則です。

たまたま、給与所得者に
おいては国の都合で
「源泉徴収」という
額面給与から税金を
予め天引きするという
制度を事業者側に
課しているに過ぎません。

年末調整で税金が
戻ってきたと喜ぶのですが、
本来これは事業者としての
義務でもある源泉徴収の
結果、「取りすぎた」部分を
帳尻合わせで還付している
にすぎないのです。

もともとの自分のお金が
もどってきただけで
臨時収入ではありません。

さて年末調整で終わらせず、
確定申告まで進んで自ら
申告する賢い納税者に
なりましょうと
おすすめするのが
今回の記事の趣旨です。

個人が確定申告する際の
ポイントとなる部分は
大きく以下5つです。

まず医療費控除です。
自己又は自己と生計を
一にする配偶者や
その他の親族のために
医療費を支払った場合、
年額10万円を超える部分が
「所得」から控除されます。


家族で一番収入の多い者にまとめる


つまり、家族で一番収入
の多い者に(本人は全く
健康で医者いらずでも)
家族全員分の医療費を
割り当てれば良いのです。

次に、住宅ローンを
借りている人には
住宅借入金等特別控除が
考えられます。

これは住宅ローンの
残高に応じてその何%かが
各年分の所得「税額」から
控除されるものです。
住宅メーカーの担当や
銀行の人によく聞いて、
申告漏れの無いように
したいです。

続いて災害もしくは盗難
による資産被害については
雑損控除が受けられます。
一定の金額が「所得」から
控除されます。

更に、寄附金控除です。
国や地方公共団体、
特定公益増進法人などに
対し、「特定寄附金」を
支出した場合には、
所得控除を受ける
ことができます。

加えて、政治活動に
関する寄附金、
認定NPO法人等に対する
寄附金及び公益社団
法人等に対する寄附金の
うち一定のものに
ついては、所得控除に
代えて、税額控除を
選択することができます。

最後に、「ふるさと納税」です。
都道府県・市区町村と
いった地方公共団体に
対して寄附(ふるさと納税)を
すると、寄附金のうち
2千円を超える部分に
ついて一定の上限まで、
所得税額・個人住民税額
から全額が控除される
仕組みです。

つまり、本来納めるべき
税金を、自らの選択する
地方公共団体に
納税できるという
ものです。

ただ、これでは本来
払うべき税金を
付け替えただけだと
思われるかもしれ
ませんが、その
ふるさと納税を受けた
地方自治体から
「御礼」として地元の
特産品などが
送られてくる場合が
あります。

株主優待のようなものですね。

サラリーマンの方々も、
一度税務署に行って
みられれば、
丁寧に教えてもらえます。

小学校のときに
税に関する作文で
入選したことが自慢の
筆者からは以上です。

(平成26年2月18日)

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新年度から減税されるもの

税制度が株式市場に与える影響

2014年2月17日

黒板なのに緑色なものが主流であるのはなぜかという謎に迫ってみます

倉敷の北田証券前の黒板

写真は岡山県倉敷市の美観地区にあります
北田証券という証券会社の
日替わりマーケット情報黒板です。

今日のお題は、黒板と呼ぶのに
なぜ多くは緑色なのかという
疑問に答えるものです。

ちなみに、英語でも「Blackboard」と
呼ばれます。

そして昔の学校や図書館や予備校の
教室には、確かに黒色の古い黒板も
あった記憶があるのですが、
いつしか緑色が侵食して来たように
感じています。


実は最初は間違いなく黒板だった


実は、名称のとおり「Blackboard」が
輸入された当初のそれは紛うことなく
黒色で、日本人は直訳して黒板と
名づけたのですが、目の優しさを
考えた場合、黒より緑のほうが
より良い(遠くからでも見やすい)と
いう理由により、1954(昭和29)年に
日本工業規格の規定を変更し、
以後色については黒もしくは緑と
規定されることになりました。

そういうわけで、今は「緑板」が
主流になったというわけです。

青信号というのに緑、お金を
扱うのに銀行というのは
別の機会に致します。

黒板の相場予想が有名な、
倉敷の北田証券前からお伝えいたしました。

ちなみに株式投資は下手で
赤字まっしぐらの筆者からは以上です。

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好き嫌いなのか個性なのか

2014年2月16日

健康保険の料率は一緒ではなく都道府県でも組合によっても異なること


大病院

サラリーマンとして知っておくべき
手取り給料のお話です。

同じ額面の給料でも、
働く都道府県によって
健康保険料の料率が
違うので手取りが
変わってくるという
話をします。

健康保険組合等に
入っている方はその
健康保険組合で定める
料率になりますので
ここでは除きますが、

いわゆる「協会けんぽ」と
いわれる全国健康保険協会に
加入している事業所の
健康保険料率は、
毎年、都道府県別に
変更されるのです。

すなわち、
2009(平成21)年9月分までは、
健康保険料率は全国一律
8.2%であったのですが、
同年10月分からは
各都道府県の財政状況を
反映させた県別の
別料金体系に変わっていく
「変動相場制」になった
ということです。


実際に健康保険料が高い県はどこか


さて、2013(平成25)年度
において、最も健康保険料率
が低い都道府県はどこに
なるでしょうか。

答えは長野県で9.85%です。
最も高いのは佐賀県で
10.16%となっています。

佐賀県で事業をやっている
事業者は大変です。
何しろ健康保険料は
労使折半で、
被保険者(第2号被保険者
といいます)は料率の半分を
標準報酬月額にかけた
金額を給与から納付
しますが、同額を事業者が
負担しているわけです。

もらう側の労働者の
手取りも減り、渡す側の
事業者負担も増している
というわけです。

さらに、料率が(相対的に)
低い長野県でも、
既に制度が始まった時の
8.2%という水準からすれば
ずいぶん上がっています。

ここにも、消費税と同様な
(少子高齢化等の要因による)
国民(特に現役世代)の負担増
という課題が見え隠れしています。

みなさんも、給与明細の
手取り額だけではなく、
自分の健康保険料などの
負担額も確認してみれば
これからのわが国の
課題も見えてくるかと思います。

病院嫌いの筆者からは以上です。

(平成26年2月16日)

2014年2月15日

労働基準法に定める労働時間を厳密に定義したうえで考察してみました

売場

労働時間について改めて考察します。
明治時代にできた労働基準法によると
原則1日に8時間、1週間に40時間を
超えて労働させてはいけない
ことになっています。

そうして戦後週休二日制が
浸透してきた現在、1日8時間、
週の月火水木金曜日のいわゆる
平日に働いて土日休むという
スタイルになってきました。

しかし、別途同法では、
8時間を超える労働時間を与える
場合、その途中に1時間の休憩を
挟む必要があります。

そこで、多くの事業所が、
9時から18時までの実質9時間を
「拘束時間(休憩1時間を含む)」
と規定しています。

18時に業務終了となると、
子育ては非常に難しいです。
たとえば保育所が預かってくれる
時間は原則18時までです
(これでも遅くなった方です)。

保育士の方々も仕事のシフトで
工夫しても、限られた人員や予算では
これが手一杯なのです。

それでも各保育園はなんとか
工夫して、19時までの延長保育で
対応しています。

しかし、職場で仕事が18時に
終わり、19時までに安心して
迎えにいけるだけの
保育環境が整っている労働者が
どれだけいるのかといえば疑問です。


働き手は減る一方なのです



労働時間(拘束時間)が先に決まって
いて残りの時間で他の生活を
しなさいという発想では、
もはや働き手が減る一方の
この国は保ちません。

他の会社と違う商品やサービスで
「差別化」したいと考えている
経営者の方々には、その商品や
サービスを生み出す「労働」に
関しても柔軟に考えるべきだと
考えています。

例えば、週休1日(日曜日休日)
として、月~土の労働時間を
6時間40分にすれば、
週40時間労働です。

さらに、休憩時間は45分で
済みます(拘束時間は7時間25分)。

更に朝ちょっと早い出勤とすれば、
8時35分から16時(途中休憩45分を含む)
という出勤になります。
16時に職場を出られれば、
少し余裕を持って保育所に
迎えに行くなり業務以外の
自分や家族の時間をとることが
できます。


短時間労働正社員という考え方もある


さらに進んで、短時間正社員という
制度もあります。一日4時間や6時間と
いう働き方を認めるのです。

こうすれば、6時間を超える場合に
必要となる休憩時間を挟む
必要すらありません。

6時間正社員ならば9時から15時まで
みっちり働いて退社します。
小売の現場など、昼食休憩は
実質的なシフト変更になります。

すなわち、9時~18時拘束時間の
正社員は、例えば9時~12時(3時間)、
13時~18時(5時間)という二つの
シフトになるのです。

4時間正社員は、いわゆる通常の
正社員の午前分の労働時間より
立派に長いまとまった時間を
提供できる「戦力」なのです。

このように、法令の許す範囲で
一気に継続して働ける限界である
6時間や4時間を一つの短時間労働の
目線にするのは拘束時間の実質的な
削減に一役買うのです
(給料の目減りより拘束時間の
削減効果が高いです)。

一緒に働く人は能力と意欲を第一で
選び(ここは妥協しない)、
その他の事情については
極限まで歩み寄り働き方を
柔軟に提案できる、
そんな会社を興したいと思います。

能力と意欲があり社業を
推進できるならば、
出勤や出社も必要ないと思っています。

バレンタインデーは終わりましたが、
息抜きのチョコレートは
引き続き募集している筆者からは以上です。
(平成26年2月15日 最終更新 平成28年2月22日)

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敗れて目覚める

2014年2月14日

文系理系にみる言葉の定義の曖昧さと厳格さについて一筆奏上致します



平成26年2月のバレンタインデーの記事です。

バレンタインデーとは全く関係ないことをアップします。

文系色の強い私は、何かのお知らせを
行ったり契約上の決め事を定めた
電子文書を作成した場合、
そのファイルの名称に、
すぐ「最終版」などといった言葉を
付けてしまいます。

そうして自分の文書を同僚や
上司や後輩に電子メールで
送って推敲してもらうのですが、
このときになされた修正や
追加変更を反映した場合、
何と名づけてよいかわからなく
なってしまいます。

そうして最終版(最後)といった
訳のわからないネーミングを
したあと、更に修正がなされる度に、
最終版(本当に最後)、
完成版、印刷版、捺印版などと
続けてしまいます。


理系は厳格でスマート


理系の皆さんはこの点非常に
スマートです。

まず文書やファイル、
プログラムソースなどの
バージョン管理(変更履歴管理)を

行う方法を「最初に」議論します。


そうして、例えばファイル名ver1.0.0
といった段階構造で作品を
管理するのです。

安易に完成版などと言いません。
たとえ顧客に納品してからでも
バグやエラーも出るかも
しれませんし、そうしたら

改良版をすぐ作って提供
しなければなりません。

また周辺の環境変化から
コードやプログラムの
アップデートも必要に
なってきます。

文系の人たちが生きている
「紙の契約書」の世界は、
判子を押したらひとたび
それは終わる世界ですが、

世の中に出した以上、
その製造責任がかなり
長期間にわたって課される
世界だとも言えそうです。

ですので筆者が理系職の人に
対して話をする場合、

最初からかみ合っていない
場合も多く見られます。

筆者としては、何かを質問する
場合にはその前提となる環境や
周辺事情をより詳しく開示することで、

こうした不具合を解消しようと
努力するようにしています。

ここがうまく伝わると、
ズボンのファスナーを上げるときのように、
スムーズに話が進みます。

(これも例えで言っているのですが、
理系の方は
「ファスナーが突然出てくるのは何のためか?」
となるので注意が必要です)。

ただ、全国の文系色のみなさんも、
思いつきや閃きも世の中の
進歩のためには必要ですので、
落ち込む必要はないと思います。

実は過去の学生時代、
男子クラスにならないために、
文系コースを選択しました。

最後までバレンタインデーとは関係ない話で
通しました筆者からは以上です。

(平成26年2月14日)

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技術立国

2014年2月13日

うるう年のオリンピックならぬ「うるう秒」を謹んでご紹介いたします

札幌市時計台

平成26年2月の記事です。

2014年2月現在は
ソチオリンピック開催中ですが
この年はうるう年ではありません
(今後文字数削減のため、
閏年と表記します)。

2年に1回ずつ、夏のオリンピックと
冬のオリンピックを交互に
開催することになったため、
厳密には「夏の」オリンピックが
閏年ということになります
(100年に一度程度の例外
ありますが)。

さて、年の長さを調節する
ために2月29日を追加する
のが閏年の定義ですが、
一年の長さをもっと厳密に
定義して調整するために、
ごくまれに追加されるうるう秒に
ついて話します
(同様に今後は閏秒と表記します)。

もともと、人間にとって地球や
太陽の大きさは大変大きく、
その自転や公転速度は一定と
考えて差し支えありませんでした。

すなわち、地球が一回自転する
長さを「1日」と決め、
その24分の1を1時間、
さらにその60分の1を1分、
その60分の1を1秒としたのです。

なぜ24とか60といった半端に
見える単位を用いたかは
くわしくは別の機会に譲りますが、
約数が多く、たくさんの数で
割り切れるからだと言われています。

しかし、測量技術の進歩により、
原子の波長で正確に時を刻む
理論上正確で完璧な
原子時計が登場すると、

実は地球の自転速度や
公転速度自体にむらがあって、
いつでも完璧に同じ速度では
ないことがわかってきたのです。



原子時計と実際の現実の地球のずれ


しかし、我々は理論上の
原子時計の世界で生きている
わけではなく現実の地球上で
生活しているわけですので、
この理論と事実のわずかな
ズレを補正するために、
世界中で合意して
あるタイミングで1秒を一斉に
追加することになったのです。

これが閏秒です。
なお閏年というのは本来2月29日
という「閏日」が追加された年と
いう意味であり、
閏の文字は文字通り臨時に
追加された日や秒そのもののことです。

直近のうるう秒の追加は、
日本時間では2012年7月1日
午前9時の直前でした。

イギリスはロンドングリニッジ天文台
の標準時との時差は9時間のため、
そのようになるのです。

日本時間8時59分59秒、
8時59分60秒、そして9時00分00秒と
続きました。

閏日曜日が欲しい
チョコレート絶賛募集中の
筆者からは以上です。

(平成28年2月13日)

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昼寝

2014年2月12日

祝日がわかりにくくなってきている昨今の混乱事情に一言物申したい件

快晴の空

おはようございます。

2月11日は火曜日ですが
建国記念の日ということで祝日でした。

なんだか月曜日ではない他の平日が
祝日になることが最近少ないと
感じていました。

久しぶりに週の途中の平日に
祝日が来ることになり、
なんだか得をした気もしました。

その背景は、日本の祝日の多くが
いわゆるハッピーマンデー制度と
いうものの導入により、
国民の祝日の一部を従来の
「日付」から「特定の月曜日」に
移動したことにあります。

この制度により「改変」させられた
祝日を追憶の意味を込めて
若い月から記しますと
以下の4つとなります。


日付ではなく曜日で決められるようになった祝日たち


成人の日/1月15日
→1月の第2月曜日 2000年施行
海の日/7月20日
→7月の第3月曜日 2003年施行
敬老の日/9月15日
→9月の第3月曜日 2003年施行
体育の日/10月10日
→10月の第2月曜日 2000年施行

週休二日制が、かなりの企業労働者に
広まった現在、月曜日を休日と
することによって、土曜日日曜日と
合わせた三連休にしたほうが
余暇の使い方に幅も出て
国民消費経済向上も図れる
であろうとの趣旨で
始められたということです。

しかし、月曜日が憂鬱なのは
月曜日が平日の始めである
ことでしかないわけであり、
月曜日を休日としたところで
その場合は火曜日が
憂鬱になるだけで
大して変わりはありません。

無理やり三連休にして
わざわざ疲れる行楽地への
遠出を推奨したところで、
観光地の側もあまり
嬉しくはないはずで、
むしろ平日も含めて
有給や働き方の機動的な
変更により一定のペースで
観光客が途切れなく
来てもらうほうが
都合がいいのです。

加えて、そもそも筆者の仕事は
ビル管理の仕事であり、
土日祝日のほうがお客さんが多い
商業施設の管理も多いのです。

もっと曜日による繁閑の
差が激しい小売業やサービス業の
方々からしたら、繁忙営業日が
3日も続くのは逆に
大変なのではないでしょうか。

経済雇用構造がかなり変化している
この世の中において、どうも、
一定の期間を人工的に作出し、
国民こぞって休め休めレジャーに
行ってお金を落とせというのは
昭和の製造業的高度経済成長期を
引きずっているような感じも致します。

やはり体育の日は気象庁が
その誇りを賭けて秋雨前線も通り過ぎ、
一年の中でもっとも晴れの確率が
高かろう日として判断し答申し、
何より語呂も良い日として選ばれ、
当日は見事に

「世界中の青空を全部東京に
持ってきてしまったような、
素晴らしい秋日和」

という名アナウンスの元で行われた

「かの」東京オリンピック
の開会式が行われた10月10日で
なければいけないと思います。

同じように成人の日の式典を行うのは
1月15日で決めてもらいたいと思います。
元旦からちょうど2週間経過したという
間が大切です。


昔は土曜日は半日授業だった


昔の土曜日は「半どん」といって
半日出勤・半日学校でした。

この日は学校や職場で、
午後から何やって遊ぶかを
こっそり話し合うことができました。

ですのでむしろ国民消費も向上し
満足度も高かったのでは
ないかと思うのです。

朝から休みだと、話し合う相手も
いないまま単に昼まで寝てしまうだけの
場合も多いです。

長くなりましたが昔はよかったが口癖の、
昭和後半世代の筆者からは以上です。

2014年2月11日

「実写版ハリー・ポッター」に若者の底知れぬ才能の片鱗を筆者は見た

クィディッチ:Twitter投稿より

いつだって若者は先駆者です。
そして、その才能は大人には測れません。

写真はハリー・ポッター「クィディッチ」
(Quidditch)の様子です。

野球部なんだから野球しようよという
突っ込みもありましょうが、
筆者はここに底知れぬ若人の才能と
いうやつを見ました。

空恐ろしい、嫉妬に似た感情すら感じます。

この画像、海外のネットのみならず
大衆紙の紙面を飾るまでに大ブームです。

これこそクールジャパンの真骨頂として、
真似する海外の方々も続出しています。


部活の時間は非常に濃密


野球部に限らず、中学や高校の
部活動の時間というのは
相当に濃密です。

当然取り組むべきスポーツやら
文化活動も行いますが、
それ以上にそこに集った者同士が
織りなす人間模様と経験のほうが
将来役に立つような気がしています。

企業の泊まりがけの集合研修も
その傾向があり、研修プログラムの
講義で聞いたことはすっかり
忘れてしまったけれども、
失敗続きだった班に分かれての
ワークショップやシミュレーションは
案外何年たっても覚えておりますし
(私も失敗しました)、
夜の懇親会(ジャージパーティー)
での各人のくだらない話こそ
人間関係の潤滑油のようだと
感じています。

かの高校生の才能が社会で
花開きますように。

大人の方も柔軟な思考を持つ
べきではないかと思いました。

このような、随所に遊びの要素を
織り交ぜた、風通しのよい組織を
作れば会社の業績も自然と
上向くと信じています。

次のとある懇親会の席では、
制服準備のうえ「フォーチュンクッキー」を
先輩たちとともにやろうと思います。

セーラー服とは船員服
(海軍の男性用軍服)のことであり、
高校生の制服(主に女子)のことを
指すのは日本だけだということを
最近知ってまたびっくりした筆者からは以上です。

2014年2月10日

自由を求めて家出しますと書くと大仰にドラマチックに映るものですが

日常

自由を求めて家出しますー。

ただ会社に行くだけですが日常をドラマチックに述べてみようと思って家を出ました。

そうしたら通勤途中で突然大きな声で声をかけられました。

以前けっこう大掛かりな仕事を一緒にした人です。

遠くに転勤になったはずですが、何かの拍子にこちらに戻って来られたのでしょう。

久しぶりにお会いできてよかったです。

ドラマチックな展開を予想すれば思わぬ展開になるものだなあと思いました。

同じように宮崎のある会社の社長と話す機会があったのですが、宮崎本社、福岡研究所、東京支社の順番に名づけていて面白いと思いました。


客を選ぶという発想


宮崎の本社にこだわるのは、顧客を選別しているからなのだそうです。

例えば「業者なのだから挨拶に来てもらいたい」「打合せも東京で行いたい」という東京のお客さんからは決して声はかからないはずだしそれで構わないと言うのです。

確かに、遠くからやってきて打合せをするよりも、同社の事業であるネットコンテンツ制作業務は、スカイプやら電子メールでのやりとりで充分仕様は伝わりますし納期も早いです。

そもそも、東京とひとくくりにしてみても、かつて東京プリンというデュオシンガーが歌ったように、彼女の家八王子・俺の家西葛西では優に3時間以上の時間距離があるのです。

千葉県浦安市にあるディズニーランドも東京の名を冠していることからして、我々の東京というイメージはかなり広範囲のものにわたると言えます。

そうであるならばわざわざ本社を(顧客に合わせて)東京に持ってくるという便益は薄い、と話されたかの社長の言葉はたいへん深いと思いました。

なんせ明らかに千葉県でも埼玉県でも神奈川県でも山梨県でも群馬県の一部ですら「東京」と言われる場合があるのですから。

自由を求めて出社したはずなのですが、本日の昼食先にも新しいアイデアなく困っているルーティン社員の筆者からは以上です。

どうかみなさん、ドラマチックな日々をお過ごしください。

(平成26年2月10日)

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シャッター住宅街

2014年2月9日

分業とセクショナリズムは企業成長における不可逆的な作用といえます

本社

各社で新年度を控えた組織体制の変更や人事異動、人事制度の改変が進んでいることと思います。

個人商店からまがりなりにも企業体に発展していく中での課題は組織的に動けるか、いわば一人の人間のみ(往々にして社長です)に責任が集中して、その人以外その顧客の業務のことがわからないということを防ぐために分業体制と各部門の責任範囲を構築していくことになります。

そうして、一定の企業体として分業体制が一応確立し、仕事が効率的に進み始めたところで次の課題が出てきます。

それは、組織の部門ごとの権限なり業務分掌が明確になればなるほど、自分の守備範囲外の球を取りに行くことが少なくなり、会社内部の部門間が、あたかも別会社のようにぎすぎすしていってしまうという問題です。

これを仮に二重会社状態と呼びますが、突き詰めていくと隣の部門の人間と普段からコミュニケーションをすることは価値がないことであり、自部門の定められた業務に専念することが良しとされていってしまうのです。

本当は業務分掌など会社を取り巻く環境や顧客の変遷により柔軟に変えていかなければならないのに、範囲を超えて仕事を行うふるまいが全社的に減っていった結果、気づけば取り残された中途半端な部門たちが孤立しているという状況になってしまいます。

担当役員制を敷いても、その役員間が没コミュニケーションだと同じことです。

これは、組織体を追求し明確に業務分掌を定めてしまったことの逆作用と言えましょう。

こういう場合は、部門ごとの狭間にある業務をあえてゆるやかに規定するなどして、遊びの余裕をつくってしまうことが有用です。

どの部門にも属さない遊軍的な社員を抱えるのもよいでしょう。

同じ社内なのでその中に二重帝国を作っても仕方ありません。

全社的な意識を社員一人ひとりに持ってもらうことが必要なのです。

時には先祖還りも必要と感じている筆者からは以上です。

(平成26年2月9日)

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組織か個人か

組織いじり

2014年2月8日

飲み会も訪問もちょっと顔を出すつもりくらいがちょうどいいかと思う

ちょっと一杯のつもりで飲んで

飲み会や食事の席や会談の場などに、
ちょっと顔を出すという言い方があります。

飲み会の場合、
翌日朝早く現場に直行するような
事情があるときには、
あまり長居はしたくないけれども、
それでも仕事上の付き合いや
久しぶりの友人に会うなど「ちょっと」
顔を出すということは多いです。

さて、その「ちょっと」という時間は
どのくらいの時間なのでしょうか。
筆者は本当に顔を出すだけで、
差し入れの日本酒一升瓶を
持ち込んですぐ退散した
(別の飲み会があった)事例や、
遠来の友人に本当に握手と
土産を渡してそのまま
立ち去った(仕事に戻った)事例から、
ちょっと顔を出すかと
行ったが最後、
最後の4次会まで付き合って
午前3時(そのまま寝ずに翌朝仕事)
という事例もあります。

あまりにも標準偏差が大きすぎ
参考にならないかとも思いますが、
およそ30分程度が中間値でしょうか。


顔を出すという真意


顔を出すという語感からは、
飲み会の部屋を外から
覗きこんで挨拶するという
感じもするので、
30分ならば立派に「参加」
しているのではないかという
向きもあろうかと思いますが、
本当に部屋を覗いただけで
去ったならばあまりにも
つれない感じが致します。

一杯くらい飲んでいきなさいよというのがちょうどいい塩梅で、
参加者にそれぞれ短い話をすれば30分程度はすぐ過ぎるでしょう。

ちょっと顔を出したばっかりに、
そのまま深夜午前様となり、
寝坊が怖くて徹夜したまま
翌日の大事なお客さんとの
ゴルフにJRで向かったところ、
残念ながら車内で熟睡→終点で
車掌さんに起こされる→反対の電車で
取って返したけれど大幅遅刻
といった失敗談も筆者にはありました。
ちょっとのつもりがそうならないように
気をつけたいと思います。

ちょっと変わってるねと
よく言われる筆者からは以上です。

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餅つき

2014年2月7日

二月の日数が28日と少なくなったのは他の月から数日取られたため



二月の日数が28日と少なくなった経緯をお話します。

29日の時もありますが、それも合わせてご説明します。

まず古くは太陰暦といい月が満月から満月になるまでの満ち欠けの期間を「月」という考え方と太陽が地球の周りを一周する(ように見える)期間を「日」と考える太陽暦の考え方が混在していました。

また太陽の周りを地球が一周する「年」が365.25日であることがわかってきました。

太陰暦で考えると、満月から満月までは約29.5日となっていますので、1年が約11日短くなってしまうことは敢えて無視する純粋太陰暦か、適宜4年に1回程度閏月を設け、「年」との整合性を取ろうとする太陰太陽暦に大きく分かれていきますが、日本や中国で言う「旧暦」とはこの太陰太陽暦のこととほぼ同義です。

なので、昔の暦には「うるう月」があるのです。


一方西方世界は太陽暦が主流でした


さて、東方世界ではそのような考え方でしたが、西方世界では太陽暦が考え方の中心でした。

紀元前後のローマ帝国において、ユリウス・カエサルという初代ローマ皇帝の前の事実上の「皇帝(正式には終身独裁官ですが皇帝のようなもん)」がエジプトの太陽暦を参考にしてユリウス暦を定めたのが今の暦の始まりと言えます。

1年が約365.25日なので、1月を31日、2月を30日、3月を31日、4月を30日・・・と順序良く並べ、31日の月(大の月)が6つ、30日の月(小の月)が6つという風にすれば、合計366日となります。

これを閏年として4年に1回挟み、通常の年には、ローマの年度の最後にあたる2月から1日取り去ることで整合性を取ったのです。

これがユリウス暦です。

ちなみに彼の生まれ月は7月で、Julyというのは彼の名前の英語読み(英語は当時使われていたラテン語から見れば曾孫のようなもの)であるジュリアス・シーザーから取られています。

しかし、カエサルの後をついで正式に初代ローマ皇帝になったアウグストゥスの生まれ月は8月でした。

7月だったらよかったのですが。

それで同じように8月をAugust(こちらも彼の名前の英語・ドイツ語読みであるアウグストから取られました)と名称変更するのですが、ユリウス暦だと30日しかないのが気に入らなかったので、強引に8月を31日としてしまったのです。

そうして9月を30日、10月を31日と大の月と小の月をひっくり返した結果、なんと大の月が7つあることになってしまったのです。

仕方ないので、年度末の月である2月から更にもう1日を拝借し、通常の2月の日数を28日とするという苦しい改正を行ったというわけです。



二月は小の月(30日)にすらなれなくなった

満月

そもそも29日とされた2月(4年に1回しか30日の小の月にすらなれなかった)は、永遠に小の月にすらなれなくなったというわけです。

これが現代に続くアウグストゥス暦です。

たかが1日と思われるかもしれませんが、最高権力者の皇帝の権威付けとして、先代に1日でも「劣る」ことは許されなかったのでしょう。

皇帝の名を冠した月が「小の月」であることを避けるため、2月はしょっぱなから年度末ということで劣位に置かれていたところ、さらに1日身を削り8月に捧げたというわけです。

アウグストゥスが2月生まれだったらどうなっていたのでしょうか興味がつきませんが、歴史にIFはないのでこの辺で終わります。

小の月は「西向く侍(二四六九士)」の5つと覚えれば早いと教えてもらった筆者からは以上です。

(平成26年2月7日)

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皇帝カエサル

時代の転換点

2014年2月6日

二月は逃げるとはやはり28日しかないところからきているのでしょうか

東大寺の二月堂です

一月は行く、二月は逃げる、三月は去るなどと申しまして、四月の新学期、新年度、入学入社などの年度代わりの節目を迎える前のこの3ヶ月の月日が流れるのはことのほか早く感じられるものです。

しかしながら、一月は31日、三月も31日あるいわゆる「大の月」であります。

ひとえに、このことは二月が28日(閏年の場合のみ29日)であるところからしか物理的には説明できません。

2月はただでさえ寒いので買い物などの消費行動が停滞します。

12月のクリスマス、1月の年始の買い物と需要を先食いしているので商売をやっている人には特に厳しい季節です。

ただでさえ消費が落ちこむ2月。せめて期末セールで消費を盛り上げたい

したがって日本の小売業の決算期は2月末であるところが多いのです。

恵方巻やバレンタインや決算期末在庫一掃セールといったカンフル剤で、なんとか消費を盛り上げようと皆必死です。

しかしながら、営業日数がどうしても少ないため、他の月に比べるとどうしても見劣りしてしまいます。

本当は一日あたりの平均売上額などを計算しなければなりませんが、そうしたところでかかる固定費(たとえば人件費)は月割のものが多くやはり不利なのは変わりません。

欧米のように、週給制が主流のところとは別の事情があります。

筆者を含む月給労働者の皆さんは、他の月より賃金が増えていると思えば幸せかもしれません。

二月がどうして28日になったのか、これは次の機会に譲ります。

ちなみにバレンタインには縁のないので既にチョコレートは自分で買って食べた筆者からは以上です。

(平成26年2月6日)

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「早生まれ」(1月〜3月生まれ)はのちのち有利に働くのか否か

平成26年4月1日から減税されるものをご紹介(領収書の印紙です)

2014年2月5日

寝る前に食べないという非常に画期的かつ効果的なダイエット方法の話

睡眠

おはようございます。

文字通り早起きできて効果の上がるダイエットを始めました。

本日2日目です。

かなり効果が見込める実感がありましたので早速皆さんにご紹介しつつ、自らの今後の戒めにしたいと思います。

ポイントは、「寝る前に食べない」これだけです。

後の文章は全て理由と付け足しと補足と追記に過ぎませんので、お忙しい方は飛ばしてもらって構いません。

現代社会の食生活、既に飢えるという状況には遠い状態だと思います。

もちろん、栄養を摂取することは大切なのですが、その栄養を体内で咀嚼して消化して運ぶためには相当のエネルギーを必要とします。

そうやって働く消化酵素の役目を認識しておかないと、ただドカ食いするだけになってしまいます。まさに2日前までの自分であります。

食物(栄養)を摂取した際に、胃や腸といった消化器官が十分に働けるように、彼らにも十分な休息を与えてあげなければなりません。


古来より人間はずっと飢えてきたわけで飽食に慣れていない


逆にいいますと、人類700万年超(アウストラロピテクスから数えて。ホモ・サピエンスならば25万年)の歴史の中で、人間は食べ物を沢山消化する環境には慣れていないのです。

ずっと昔から食べ物の少ない環境で生きてきて、稲作や麦作によるトフラーの言う「農業革命」による食料の自給がなされたのがせいぜい1万年前に過ぎないのですから、遺伝子レベルでの我々の意識は狩猟採集していた時とほとんど変わっていないのです。

そうすると、寝る前にはできるだけ胃を空っぽにして、内臓を休ませ超回復に努めることが重要だということになります。

これで目覚めすっきり、朝の肌もツヤツヤです。

折角寝ているのに、胃が送り込まれた食物を消化分解していたら、寝ようにも寝られません。

胃自体も休めず可哀想です。

消化作業が増えれば増えるほど、新陳代謝が妨げられます。

そうならないために、夜(夜仕事や創作懇親活動をしている人もいるので、ここではその人にとって寝るべき時間を便宜的に夜と定義します)は胃を空にして寝るべきなのです。

一次会は18:00から、二次会は20:00からといったように、夜の飲み会もできるだけ前倒しにしようと思います。

結局飲む筆者からは以上です。

(平成26年2月5日)

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昼寝

脳の老化を防ぐ

2014年2月4日

アベノミクスは逆回転するのではないか2014年2月に予測してみた

東京証券取引所

2014年2月に、エコノミストよろしく日本経済の今後を予測しました。

2013年の高揚感とは違って、2014年は年初から日本経済には不安要素が山積みです。

2013年に目一杯行った金融緩和(第一の矢)と国の借金をものともせず倍増させた公共事業投資予算(第二の矢)の効果で確かに相場は円安株高に振れたわけですが、金融緩和の効果は消費税増税によって打ち消され、公共投資もこれ以上の財政規律悪化(要するに国の借金が多すぎるということ)を避けるには縮減しなければならないという状況にあります。

端的に言えば、2014年以降は揺り戻しアベノミクス逆回転の年になるのではないでしょうか。

消費税が3%程度上がることで、そんなに経済の足を引っ張るのかという楽観的な論調もあるのですが、筆者は庶民ですのでここは大きく見ています。


消費税の割合だけで言えば実に6割のアップ


5%から8%と3%上がるということは、一気に今までの消費税額が6割増になるということです。

例えば所得税や住民税が来年度から6割上がるなどといえばそのインパクトは尋常ではないと感じられると思います。

そして、日本の消費税の全税収に占める割合は今現在で約25%にも上っているのです。

この点、欧州で同様の「付加価値税」の税収割合の20%程度をすでに増税前に上回っている状態です。

さらに、税金とは別の国民負担である社会保険料、特に家計を圧迫する年金保険料の値上げにより、日本の家計の可処分所得は減少し、家計はますます保守的になり金融資産(主に預金)を積み上げるだけになってしまうのではないかと考えています。

そうすればデフレに逆戻りです。

2015年には消費税率は10%となり、相続税に関しても、基礎控除の引き下げと最高税率の引き上げ(50%→55%)が待っており、所得税の最高税率も40%から45%と引き上げられます。

非常に強い足枷の中、日本経済には試練の年となりそうです。

数年後振り返ってこの予想がどうなるのか検証していきたいと思います。

証券アナリストからは以上です。

(平成26年2月4日)

2014年2月3日

外注するか否かの判断は「経営」であり、経営は外注できないという話

ヘーベルハウス

日本は技術立国を標榜しています。

2013年には万能細胞を発生させてノーベル賞を受賞したり、今年に入ってこれとは違った大変簡易なアプローチによって新万能細胞を生成する方法が見つかったりと、特に再生医療分野等に革命的な変化をもたらす大発見がなされているところからも、こうした論調はの自信が強まっているように感じます。

しかしながら、こうした今の技術を支えている日本の技術者や研究者に、日本の企業や消費者は充分な待遇と報酬と尊敬と名声で報いているというとそうではないような気がしています。

勿論、彼ら(特に研究者)が行っている研究は、そのほとんどが少なくとも我々が生きている間には具体的な成果として目の前に出るものではないのです。

しかし、彼らがどのようなものを目指しているかを特に企業経営層の方々や政治のリーダーには感じていただけなければなりません。

逆にいうとそういった感性を身につけなければ「経営」にならないのです。


経営だけは外注できない


経営は外注できないのです。

そして、事業を単にオペレーションするだけならば、社員に技術者など要りません。

全てを外注すればよろしい。

しかしそれでは会社内のオリジナリティがなくなるのです。手配師だけでは世の中回っていかないのです。

そして、最初はその分野に素人でも全部を丸投げする前に、基本的なところから内製化していくことによって力を付けていくのです。

例えば、日本の有数の車組み立てメーカーや家電メーカー、サランラップを作っている化学会社は、同じようなアプローチで戸建て住宅分野に「進出」し、今や戸建て専業や総合不動産会社を凌駕する勢いで発展しています。

技術や研究と言いましても、高度な大学研究室の中だけで行われるものではないのです。

目の前の仕事を人や協力業者という名の下請けに投げてしまう前に、自分でできる部分はないかと考えれば企業発展の方向性が見えてくると思います。

経営と技術は外注できないというお話でした。

こちらからは以上です。

(平成26年2月3日)

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2014年2月2日

やりたいことが阻害された時に反射的に出る悪い行動を適応行動と呼ぶ

研修

適応行動とは、企業の人事研修や教育研修の現場でも使われる言葉ですが、自己のパーソナリティを成熟させるために行うよい意味での活動ではありません。

意味するところは全く逆で、この自己能力を発展させようとする行動が企業の提供する外的要因によって阻害された場合に取る悪い意味での反射的行動のことを指します。

適応と書いているのでなんだかいい意味だと思う向きもあるかもしれませんが、具体的には、「どうせ変わらないから」「どうせ評価されないから」「どうせ賛同されないから」というように心が苛まれた結果、組織の目標に無関心になり、仕事に身が入らず、仕事をサボタージュしたり、そのまま更に悪くすれば組織を去ったりするといった影響が出てきます。

会社を退職してしまえば問題が解決されたわけではなく、こういった人も潜在的には何らかの企業展開上の関係者(消費者やお客様)でありつづけるわけですので深刻な問題です。

わざわざ人件費をかけて社員を採用しても、これではお互い不幸です。

役職員がこのような適応行動を取らないように組織を持っていくには、リーダーや経営職階が掛け声を上げるだけでは不十分です。


勢いだけでは解決できない


こうした勢いで組織を活性化させる方法が有用なのは、組織の中に一定の緊張感があり、適応行動へ流れる雰囲気が抑制されている場合に限ります。

ほとんどの企業体において、社長の掛け声一つで動きが変わるのであれば苦労はありません。

そうではないところに、組織運営の難しいところがあります。

適応行動が見られたら、その対象者に対し、上位者ほどまず聴くことが重要になります。

えてして退職が決まった社員が堰を切ったように本音で話し始めるという事例がありますが、有用な情報ならば退職する前に聞き出してできるだけ解決しつつ退職自体を思いとどまらせたほうがよいに決まっています。

普段から、上位者ほど社内をぶらぶらしながら、話しかけやすい雰囲気を作り出して相手の本音を引き出す機会を持つようにしたいものです。

ぶらぶら社長風社員の筆者からは以上です。

(平成26年2月2日)

2014年2月1日

何かを始める人と同じくらいそれに最初についていくフォロワーも重要

コンサート

今日のお話の要点は、最初に変なことや突拍子もない事を始めるリーダーに最初についていくフォロワーこそが重要で、そしてそのフォロワーこそ真の「リーダーメーカー」であるという教訓です。

起業でも社会運動でも宗教活動でもキャンペーンでも広報活動でも何でもよいのですが、社会を動かそうという話や実際に社会を動かした偉人の伝記に触れるたび、筆者はこの思いを強くしています。

最初に何かを始めるリーダーは、特に日本的社会においては嘲笑されこそすれ、まともに相手にはされないものです。

あまりにも独創的で突拍子もない事なので、常人には理解し難いのです。

しかし、その彼らがやっていることに習うことや支援することは割と簡単です。

リーダーは、そんな最初のフォロワーを大歓迎します。

自分の発想を理解してくれる人がいるというのはリーダーにとって大変な自信になるのです。

まさに生まれ変わったと言って良いでしょう。

ある新ビジネスを始めた起業家は、最初に顧客になってくれた人の顔を今でも鮮明に覚えているそうです。

そうして、最初に変なことを始めたリーダーが、最初のフォロワーや支援者によって自信をつけ、単なる変なやつから真のリーダーになるのです。

2人目3人目のフォロワーを見つけるのは更に容易です。

リーダー含めて4人や5人になれば、それは立派な集団でありもはや公的社会的な運動です。

リーダーがやっていることは相変わらず変なことであり何の変化もないのですが、多くのフォロワーや支援者の存在が公的社会的な担保を与えるのです。


いつしかムーブメントになっていく


そして、それ以降はまさにねずみ算的に人々や取引先が加わってきます。

多くの人が加われば加わるほど、加わることのリスクが小さくなり、どうしようかと取り巻いていた人々も、今や雪崩を打って今のトレンドに乗っかろうとします。

もう変に目立つことはないのです。

既にムーブメントになっています。

今、巷で一番トレンディ(死語)です。むしろ周りで冷めているほうが目立ってしまいます。

そうして一気に社会運動化します。

劇場型選挙など、枚挙に暇はありません。

最初にコトを始めるリーダーは、最初のフォロワーによって真のリーダーになる。

以上おさらいをして、本日のリーダーコミュニケーション論を終わります。

補講は個別に実施いたしますので、お問い合わせください。

変な筆者からは以上です。

(平成26年2月1日)