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2014年5月31日

いわゆる悪役(敵役(かたきやく))の方が有名になれば本物だと思う

シャア専用ザク(背景はガンダム)


2014年の5月最後の記事をお送りいたします。

いわゆる悪役(敵役:かたきやく)のほうがキャラクターが立っているというのは、タイムボカンシリーズの代表作であるヤッターマンの三悪トリオ(ドロンジョ・ボヤッキー・トンズラー)の他にも例があります。

なおヤッターマンは1号2号と言いますが、1号がガンちゃんで2号がアイちゃんであることはほとんど[マニアの方以外は]ご存知ないのではないでしょうか。
(筆者も改めて間違ってはいけないので調べたくらいです)

さて同様に数ある悪役キャラクターの中でも最も有名で筆者が推したいのは、赤い彗星という通り名で人口に膾炙している、本名キャスバル、最初の偽名エドワウ、次の偽名シャア、最後の4つ目の名前としてクワトロ・バジーナという4つの名前を持つ、ジオン共和国創立者、ジオン・ズム・ダイクンの息子、シャア・アズナブルです。

機動戦士ガンダムシリーズにおいて、所謂保守本流の地球連邦軍側における主人公は、アムロ・レイを筆頭にシリーズによって変わっていきますが、対立側(同シリーズは、単純な善悪二元論ではない世界観のため敢えて悪役と書かないことにします)は名前は変えても中身は同一のシャアで通しているわけです。

となるとアムロなどよりよほどこの世界にコミットしているということになります。

シャアの実の父親であったジオン・ズム・ダイクンという人は、宇宙移民を一旦推進しながら本来の目的を見失った形で移民計画を無責任に中断した地球連邦政府に対し、宇宙移民者の自由と権利を守るため、連邦政府からの独立と主権回復を行い、移民たち独自の力で国家を創造し生活していくべきだという考えを深めていきます。

相当にビジョナブルな人物です。

腐敗した衆愚政の地球連邦のどの指導者よりもひょっとしたら輝いていたのかもしれません。

そうしてサイド3というスペースコロニー自体をジオン共和国として独立させ、その代表となるのです。

その息子として生まれたシャアことキャスバルは、様々な葛藤を経つつ、老いたとはいえ依然として強大なる地球連邦とは一線を画した宇宙独立者としての矜持を示し続けることになります。

アムロやホワイトベースのブライト艦長などは、その腐敗した地球連邦軍の手先に過ぎないわけです。

この辺の背負っているものの違いがファンの心を打つのかもしれません。

このように、いわゆる敵役(かたきやく)の方が有名になればアニメも本望だと思います。

PCを赤く塗って3倍速だとはしゃいでいた筆者からは以上です。

(平成26年5月31日 最終更新:平成28年5月31日 火曜日)

[追記]
読者の方より、「悪役」より「敵役(かたきやく)」のほうが相応しいのではとのコメントを頂き、そのとおりだと思いましたのでここに追記いたします。(平成26年6月2日)

2014年5月30日

「アナ雪」Let it go はいくつもある(映画「アナと雪の女王」主題歌)

Let it be


2014年5月の映画の記事です。

映画「アナと雪の女王」が大ヒットして社会現象を引き起こしている最近です。

原題はFrozon(凍った)なのですがわが国では「アナ雪」と愛され歌も大人気です。

日本人はすぐ何でも有名なものを縮めて言いやすいように名前を変えるのが好きな国民だと思います。

例えば長期連載の金字塔的作品である「こちら葛飾区亀有公園前派出所」という漫画は「こち亀」と略されますし、たとえ正式名称を知らなくても「両さんの漫画」で通じてしまうところが日本語の奥深いところかと思います。


「アナ雪」主題歌は少なくとも4つある


さて「アナ雪」の主題歌ですが、こちらも、少なくとも日本人向けには主に4つあります。

まず原題(英語)でのエンドソング(エンドロール時に流れる)と作中歌の2つです。

前者は作品全体のイメージを表す文字通りの主題歌というべきものですが、後者は作品の主人公の一人である雪の女王エルサがその氷の能力を開放したときの喜びを歌い上げるというものです。

2つとも同じ「Let it go」という歌ですが、歌手も歌の調子も少しだけ異なります。

続いて、それぞれを日本語にローカライズした歌がまた2つあります。

歌の名前はいずれも「ありのままで」ですが、エンドソングとしてMay Jという実力歌手が歌い、作中歌はエルサ役の声優である松たか子が歌っています。

作中のエルサになりきって歌う作中歌のほうが、より世の中に出回っており有名な感じがも致しますが、それぞれ4つとも素晴らしい音声です。

無理して平成のLet it goの話を致しましたが、当然のことながら、実は昭和のLet it be世代の筆者からは以上です。

(平成26年5月30日 最終更新:平成28年5月30日 月曜日)

[関連記事]

邦題が原題と違う映画をマーケティングの観点から考察してみた

2014年5月29日

誰でも幸福になれる方法があってそれは誰でもできるという話をします

チョーク


2014年5月の記事をお送りいたします。

日本理化学工業株式会社という会社があります。

チョーク製造販売等を主業としており、国内マーケットシェア一位という優良企業です。

業界での地位や利益水準という点でも十分優れているこの会社ですが、真にすごいのは、この会社では7割以上がいわゆる障碍者(敢えて漢字で書きます)であるということです。

工場現場では、個々の工員の能力に合わせて、作業工程を細かく見直し規定しなおして、生産性の向上を図っています。

最初は、近くの養護学校の先生からの熱心なお願いでした。

一週間だけという約束で2人の女の子を就業体験ということで受け入れたのです。

そうして規定の就業体験が終わるころ、当時十数人の社員たちみんなから、どうか社員として採用してほしいという声が上がったのです。


どうか続けて働かせて欲しいと他の社員が頼んだ



彼女らがどうしてもできない作業がもしあったならば全員でカバーします、私達みんなで面倒を見ますと必死に訴える社員には、毎日とにかく一生懸命働く彼女らの姿が強烈に焼き付いたのでした。

仕事は簡単なラベル貼りですが、十時の休み時間、お昼休み、三時の休み時間も仕事に集中して手を休めようとはしません。

朝七時には玄関の前で工場が開くのを待ち、毎日肩をたたいて今日は終わりだよと知らせるまで、とにかく仕事に没頭していたのでした。

なぜ施設でのんびりするのではなく、わざわざきつい仕事をしにやってくるのか。

それは、

一つ、人に愛されること。
一つ、人にほめられること。
一つ、人の役に立つこと。
一つ、人から必要とされること。

そうして、この四つの人間の幸福のうち、愛されること以外の三つはまさに「働く」ことによって得られるということだという話だったのです。

人の役に立ち、従業員に必要とされる仕事を作ることが、経営者の役割です。

いつものとおり二日酔いですが、今日だけは自分も仕事頑張ろうと思った筆者からは以上です。

(平成26年5月29日 最終更新:平成28年5月29日 日曜日)

2014年5月28日

成長だけではなく成長カテゴリに入らない活動も含めたバランスが大切

調和


2014年5月の記事です。

成長について話をしたいと思います。

成長を目的とすることについて個々人の課題として考えることには同意します。

人間やはり新しいことを経験したり失敗したりすることを通じて個人として人生をどう生きるかということについて深く考えることが必要だと思うからです。

その意味で個々人の成長というキーワードは極めて有益だと思います。

しかしながら、一転して社会全体の構造において「成長する」ということだけを掲げた時に、どうしても胡散臭いものを感じてしまうのです。

GDPの量的成長こそ成長と同一視し、とにかくGDPに換算できるものであれば何でも取引構造に組み込めという考え方をとれば、介護も家事も子育てもすべて貨幣経済における取引に換算しなくてはならなくなります。

朝起きて夫婦のどちらかが朝食を作ったらその片方が「対価を(消費税付きで)支払う」、保育園におばあちゃんが子どもを送ったり迎えに行く場合、本来の保護者である夫婦からお迎え料を徴収するというというような世の中が殺伐としているように見えるのではないかということは、かなりの方々の同意を得ることができることだと思っています。


成長の範疇に入らない活動というものが存在する余地



何でも「成長」カテゴリに入れてしまえば済む話ではないはずです。

要はバランスで、成長といったファクター以外にも安全とか安心とかやり甲斐とか生きがいといったいろいろな多様な価値観があることを素直に認め、それらをどのようにバランスさせ調和させていくのが大切ではないかと思っています。

ともあれ多様な価値観を勉強しない言い訳に使いそうな筆者からは以上です。

(平成26年5月28日 最終更新:平成28年5月28日 土曜日)


2014年5月27日

成長だけを目的とせずむしろ存続を考えるやり方があるというお話です

田園


2014年5月の記事です。

少子高齢化が進み、社会の活力が失われて生産人口が支える高齢者が増えていくという議論が最近多いですが、そもそもわが国において若者が絶対的に多くて高齢者が絶対的に少ない本当の意味でのピラミッド人口構造が出現した期間というのは、明治維新の時に3,000万人だった日本の人口が、その後100年で1億2,000万人に増えた(というより4倍になった)という人口爆発期であった、たかだか1世紀くらいの近世の特異現象なのです。

人口ピラミッドを維持するためには際限なく人口が増え続けないといけないわけですが、どれだけ生産力を高めても日本列島に3億人が生活できることはなさそうだと思われますし、今後50年で8,000万人に減ると言っても明治維新時からはそれでも2.5倍以上ですしその減り方はこれまでの増え方よりも(比較の問題ですが)緩やかです。

そろそろ、成長一辺倒の考えではなく安定とか長期持続可能性とかいった議論にシフトする必要もあるのではないでしょうか。


例えば農業では種もみまで食べはしない


例えば、自然相手の農業などでは、一時期に土から養分を取り過ぎて余計な作物を作りすぎてはだめです。

翌年以降に痩せた土地では不作になるからで、一旦痩せた土地の地味を回復するのは容易ではありません。

このように余力を残しておくという考え方は、経済成長的目標設定の考えではなかなか出てきません。

いわく、農作では昨期のように今期があり、今期のように来期が行けば十分良いのです。

農業従事者はこれを安定といいますが、経済学者は間違いなく停滞と呼びます。

またGDPが成長した「差分%」ばかりを言い立て、絶対値として一体何百兆円のGDPを日本が稼ぎだしているのか実際数字を押さえている人が本当にどれだけいるのか少々疑問なところであります[続く]。

(平成26年5月27日 最終更新:平成28年5月27日 金曜日)

2014年5月26日

キープヤング路線は若手抜擢による組織の生存可能性を高める戦略です

軍艦島 時代の流れの象徴


2014年5月の記事です。

キープヤング路線とは日本最大級の証券会社でよく言われていた言葉です。

すなわち、若手の指示待ちを廃し、全員参加の経営を標榜し車座になって現場で議論し、欠点を補うより(欠点を補強するには時間がないので)長所を伸ばし早期に会社利益に貢献するような人材教育を行います。

そして、若返りで絶えず血を入れ替え組織の新陳代謝を図るため、役員に若年定年制を設け、その代わりに現役時の報酬は弾んで目一杯能力の限り仕事をしてもらい、時期が来たらさっさと後進に道を譲って引退してもらう(有り体にいえばやめてもらう)というものです。


2014年大河ドラマ「軍師官兵衛」でもキープヤング



ここで筆者が想起するのはまたもや戦国末期の黒田官兵衛なのですが、官兵衛の父職隆も早くに官兵衛に家督を譲ります。

当時の主君であった小寺家に対し、受けの良かった官兵衛に早めに家督を継がせることで(官兵衛ときに21歳とのこと)、黒田家の立場を守ったことと、聡明であった嫡子に黒田家の将来と託したのとその両方だったのでしょう。

さらに歴史は下ってその官兵衛も嫡子の長政に早くに家督を譲ります。

小寺、秀吉(織田)、徳川とめまぐるしく変わりゆく主君と世の中の環境変化に適応するため、時代の嗅覚の鋭い若手を抜擢してそこに任せるという手法は、現代の企業経営にも通じるところがあるなどと考えました。

などと書きながらも、抜擢される方もきついので、できればそのまま引退したいなどと不埒なことを考えてしまう筆者からは以上です。

(平成26年5月26日 最終更新:平成28年5月26日 木曜日)

2014年5月25日

世代間の富の偏在を合理的に解消するにはどうすればいいか悩むところ

黄金世代

おはようございます。

2014年5月の記事です。

いわゆる先進国共通の悩みだと思うのですが、所得や資産が高齢者に偏在し、逆に働く若年層がますます貧しくなっていくというワーキングプアの状況が問題視されています。

逆にニートと呼ばれる働かなくても親や祖父母の金で生きていくのには困らない層というもの同じように増えており問題だといわれています。

人間平等ですから、一生懸命働くなり自己犠牲なりで得た富や資産はどのように使っても自由なのですが、社会全体として超高齢者に偏った富を相続によって受け継いだその相続人も既にかなりの高齢という場合も多く、そうすると社会消費に回らないお金が超高齢者層に囲い込まれたあげくに死蔵されるという循環になっているということです。


かといって世代間の革命を起こすことが目的ではない


もちろん高齢者から資産を剥ぎとって若者に再配分せよといった革命的な思想を筆者が持っているわけではなく、死ぬまでの安心ということで溜め込み過ぎなおカネを少しばかり市場に出してもらえば結構なのですが、それがなかなか言うは易く実行するのは難しいことであります。

税金や社会保障といった、これから生ずるフローをどう再配分するかという問題もありますが、日本国債と両建てとなっているこうしたストックの問題の整理もそろそろ本格的に始めないといけないと思います。

100歳まで稼いで消費しまくりの伝説の爺さんになることが目標の筆者からは以上です。

(平成26年5月25日 最終更新:平成28年5月25日 水曜日)

2014年5月24日

祝・世界遺産!富岡製糸場と絹産業遺産群と工女たちについて語ります

富岡製糸場


2014年5月の記事です。

富岡製糸場が世界遺産に登録される運びとなりました。

これは快挙です。

別途、富士山を世界遺産に登録するという話題はその申請過程からかなり話題になっていましたが、ほとんどの日本人が教科書の歴史でしか知らない富岡製糸場が何の追加条件もなくすんなりと世界遺産の審査に一発合格したことは驚きでした。

しかし、諸外国からすれば、江戸時代末期、支配階級は刀とチョンマゲ差し残りのほとんどが農民階級であったこの国で、主要な産業もろくに持っていなかった日本人が、西洋列強の圧力で「開国」してからわずか30年ほどで列強の雄であるロシアを曲がりなりとも打ち負かした(日露戦争:1904-1905年)ことの背景に、最新の養蚕技術などの工業の発展を見ることは自然なことなのかもしれません。

要するに、国内で思われていたレベルをはるかに超えた、世界に通用する産業遺産群であったということです。

そして忘れてはならないのが、ここの工女として働いた女性労働者の存在です。

彼女らはフランス仕込みの最新鋭のこの工場で、生糸生産のノウハウを学び、その後全国に設立された生糸工場に技術指導者として派遣されます。


かつて日本は女性の社会進出でも世界の最先端を走った


女性の社会進出という意味で「資源を持たなかった」日本は世界の最先端を走っていたのです。

こうしてみますと、今更ながら女性の社会進出が遅れていると言われる今の日本の現状に忸怩たる思いが致します。

若年労働者が不足しているから、東南アジアなどからの廉価な労働力を「移民」させて介護や建設現場、飲食業いった現場で働いてもらおうといった論調がありますが、日本語が話せて、教育水準が高く、モチベーションと責任感の高い人材ならばそこらじゅうにいます。

必要なのは働ける時に働くということへの社会の許容度を広げることのほうでしょう。

早く仕事はリタイアして、奥さん子供といった縁者に稼いでもらい、自分は趣味の郷土史家としてでもやっていきたい筆者からは以上です。

(平成26年5月24日 最終更新:平成28年5月24日 火曜日)

2014年5月23日

床屋のヘッドスパ(要するに洗髪ですが)が超気持ちいいという話です

だんだん薄くなります

おはようございます。

2014年5月の記事です。

裏メニューの話の続きです。

最近行きつけになった床屋がありますが、人間(男)は一ヶ月に一回しか髪は伸びて切り頃にならないのでなかなか行く機会がありません。

行きつけのスナックならば、店員スタッフより出席率が高く、「住人」といわれるお方もおられるようですが(そして時にはスタッフが客として来店することもあるようです。落語の花見酒のようです)、床屋でももう少し何とかならんものかと思っておりました。

そんなことを店主に話してみますと、「顔剃りだけ」「洗髪だけ」で来店される方もおられるとのことです。


床屋で洗髪のみをやってみた



確かに都心の洒落た美容室でヘッドスパをしてもらうようなもんかと思い早速洗髪のみサービスで行ってきました。

・・・いや想像以上です。

気持よく洗ってもらって頭皮のマッサージまでその道のベテランに仕込んでもらいます。

寝ちゃいそうです。

というか事実寝ました。

加えて首筋から肩、背中までのマッサージもついてきます。

すなわち、ヘッドスパ+マッサージの高級サービスです。足つぼやフットバスがあれだけ流行っているのですから、頭の部分も同じくらい気持ちいいはずなのです。

これまで、散髪の付帯サービスとしての意識しかなかった洗髪の快感に目覚めた瞬間です。

これは、床屋は髪を切る所という筆者の先入観が邪魔をしていたよい実例だと思います。

だんだん減る髪の毛ですが、これだとたとえ髪がなくなっても床屋サービスを受けることができそうです。

だんだん減りますがこちらからは以上です。

(平成26年5月23日 最終更新:平成28年5月23日 月曜日)

2014年5月22日

裏メニューかシークレットか表立って載っていないメニューを頼んだ話

魚屋


2014年5月の記事です。

裏メニューとぶち上げるほどではありませんが、筆者は行きつけの店で表立って載っていないサービスを受けることがあります。

受けるのを待つというより、むしろこちらからお願いしてそのようにしてもらっているといったほうが正しいかもしれません。

近所に魚屋があります。

いわゆる普通の魚屋です。

ここで「ヒラス」や「カンパチ」の刺身用切り身ブロックが売っています。

大きいのでブロックですと3,000円以上するので一度に食べられません。

そこで税込み1,000円くらいに切ってもらいます。

そして更に図々しくもついでに食べやすい薄さ、刺身にしてもらうのです。

魚屋の包丁とまな板は毎日きちんと手入れされているので切れ味抜群です。

家で自分が切るよりはるかにおいしい切り口に仕上がります。

こうすれば、一気に切り身ブロックは刺身盛になり持ち帰ったらそのまますぐ食べられるというわけです。


もう一つ肉屋のお話


もう一つ、近所に肉屋があります。

いわゆる普通の肉屋です。

こちらも、端切れの「牛すじ」などを売っています(単価は安いですが新鮮です)。

ただそのままでは家にもって帰って切るのが大変なので、お願いしてカレー用に小さく切ってもらいます。

肉屋の肉切り包丁はさすが専門のもので、固いスジもバンバンさくさく切れます。

こうして家に帰ればカレー用に煮込めば済むだけの上質スジ肉細切れになるのです。

肉屋も魚屋も、私のような小口客から上がる売上は小さいものでしょう。

現に私がそのような「面倒な」注文をしている横で、大口取引先であろう飲食店の中の人が肉5キロとか魚一匹まるごとなどというスケールで買っていきます。

それなのに、なぜ一度に数百円しか買わない泡沫客をいちいち相手にするのでしょうか。

それは明らかにこの店が提供する商品の品質を正確に広めてくれるという「期待」があるからなのでしょう。

魚屋肉屋とも長いこと顔馴染みです。

それに甘えてこれからも刺身や肉は切ってもらいつつ、こうした個人商店が今後も元気に生き残ってくれることを願っています。

モノは人から買え、と[床屋をやっていました]おばあちゃんに言われていた筆者からは以上です。

(平成26年5月22日 最終更新:平成28年5月22日 日曜日)

2014年5月21日

警視庁と都道府県警察と警察庁の違いについてここで説明しておきます

警視庁は地方組織です(道府県にはありません)

おはようございます。

2014年5月の記事です。

警視庁24時といったドキュメンタリー番組がありますが、警視庁は明治時代に日本の警察組織が整備されたときからある伝統的な名前です。

鹿児島藩士川路利良(かわじとしよし)という人が大久保利通や西郷隆盛といった維新の元勲の支持を得てフランスに留学し、つぶさに彼の国の司法警察制度を見て回り、それを真似て日本に持ち込んだことがわが国近代警察制度の始まりです。

警察を意味するpoliceという語はフランス語に由来しており、語源は古代ギリシア語のポリス(都市国家)と同義です。

1874年に首都警察として東京警視庁が設立されました。

初代の警視総監を務めたのは陸軍少将であった川路利良であり、日本近代警察の父とも呼ばれます。

ですので警視庁という言葉は警察組織の初めからある伝統的な名前であり、鹿児島に「大警視」という焼酎があることからもその威力が伺えます。

その後、日本の警察は首都警察としての警視庁、その他の道府県知事が直接管理下に置く地方警察という体制に落ち着いていきます。


そして現在の警察機構が形づくられました


それから、第二次世界大戦を経た現警察法においては、国家組織である内閣府「警察庁」と地方組織の東京都警察である「警視庁」と道府県警察本部となり現在に至ります。

このように、首都警察としての警視庁とそのトップである警視総監という地位のほうが最初にでき、その後並行して他の道府県にも警察組織が整備されてきたため、最終的な全国警察組織上のトップは[いわば後付けで]警察庁長官になったのですが、一般には[昭和の名ドラマ・西部警察などのドラマでも]警視総監が日本警察のトップという認識が広まっています。

この点、警視庁の名前を道府県警察本部と合わせることはどうしても合点が行かなかったのでしょう。

警視庁の方が先輩だからです。

なので東京都警察とは変えたくなかったのでしょう。

神奈川県警察本部はありますが、東京都警察本部はありません。

あくまで警視庁です。

わかりにくさがあっても、慣れ親しんだ名前と自分こそは元祖という現場の士気に配慮したのかもしれません。

大蔵省を財務省に変えたり、伝統ある銀行の名前を捨ててひらがな名前のフィナンシャルグループにしたりするのは、逆に現場で働く職員の誇りを失わせ士気を下げるデメリットのほうが大きいのではないかと思ったりもいたします。

漢字カクカク銀行出身の踊る大捜査線世代の昭和生まれの筆者からは以上です。

(平成26年5月21日 最終更新:平成28年5月21日 土曜日)

2014年5月20日

ファシリテーションのプロフェッショナルであろうTEDの司会が凄い

TEDカンファレンス

2014年5月の秀逸な記事です。

秀逸なのはブログ記事の内容ではなく、ここで触れられているTEDの講演たちのことです。

TED(Technology Entertainment Design)というグループがありまして、アメリカのカリフォルニア州ロングビーチで年1回、大規模な世界的講演会を主催しています。

ここでは、世界中からあらゆる分野の著名な講演者が質の高い講演を行っていまして、ちょうど英語の勉强をしたいという上級者にはよい教材にもなります。

さてこのTEDカンファレンスの中で、①原発エネルギーを利用しつづけるべきか、②利用せずに自然エネルギーに代替すべきかというディベートがなされました。

各主張を行うそれぞれの側に立つプレゼンテーターは筋金入りの理論武装と情熱で聴衆に訴えたのですが、このディベートの司会が秀逸でした。


秀逸な司会のファシリテート


まず司会は二者のプレゼンの前に、聴衆に向かってまず現時点で①②どちらの立場に立つか挙手を求めました。

結果①利用し続けるべき4分の3、②自然エネルギー代替4分の1というところでした。

そして①のプレゼンターからプレゼンをしてもらい、続けて②のプレゼンを行ってもらいました。

そして最後に聴衆に対し、「両者のプレゼンを聞き終えてからのあなたの立場」を再度問うたのです。結果は①3分の2強、②3分の1弱となりました。

そうしてこう言って締めたのです。

「両者とも勝ちですね。おめでとうございます」と。

確かに②は支持者を増やしたので勝ちですが、依然として①は多数支持層としての地位を堅持しましたので勝ちと言えるのです。

つまり双方勝利です。

微妙な命題についてのディベートで、ともすれば冷静な議論より感情的になりやすい類の主題をうまくまとめ、機転をきかせた語りできっちり締める、この司会者の技量に舌を巻きました。

そんなことを思いながらこの内容を日本語で書いたので肝心の英語の勉强は全く進まなかった筆者からは以上です。

(平成26年5月20日 最終更新:平成28年5月20日 金曜日)

2014年5月19日

警部が常駐する警部交番という大きな交番が設置されることになるお話

大原部長


2014年5月の警察関係に関する交番の記事です。

繁華街にある交番が近くに移転して「警部交番」という名前になって再デビューしています。

警部といえば銭形警部を思い出す昭和世代の筆者ですが、警部というのは警察組織の中でもかなりの上級管理職になりまして、本来ならば「派出所」に過ぎない交番に出張ってくることは通常ありません。

通常の交番の責任者は国民的漫画であります「こちら葛飾区亀有公園前派出所(通称こち亀)」の大原部長の例を挙げるまでもなく、巡査部長をもって充てることになっています。

なお昔は交番はあくまで通称で、派出所と言いましたが、親しみやすいように派出所の名前を正式に交番に変更したという歴史があります。


警部交番登場の背景


ではなぜこのような形態の交番が出現したのでしょうか。

警部交番とは、そもそも小規模の交番と大規模な警察署という2つの形態しかなかった現場警察組織において、通常の交番に比べ規模が大きく、運転免許の更新手続きや車庫証明などの各種申請・届出事務も可能でありながら、大規模警察署で必要となる署長や副署長、会計課などの後方部署までは必要でなく、組織全体として治安維持活動に必要な前線部隊の数と質を確保することができるということで設置が最近進んでいるものです。

いわばコンビニとGMS(大規模マーチャンダイズストア)の間の地域スーパーといった対比でしょうか。

ニーズに応じて公的サービスである警察組織の形も変わっていくということでしょう。

実は父親がかつて交番勤務の巡査部長(既に退官)であった筆者からは以上です。

(平成26年5月19日 最終更新:平成28年5月19日 木曜日)

2014年5月18日

一体感ができて楽しいリレーマラソンに複数家族で参加してみました話

東京マラソン2011

2014年5月の健康的な記事です。

手軽にできる運動であるマラソン・ジョギングを始める人が最近周りに多いように感じます。

フルマラソンに飽きたらず、100キロマラソンといったウルトラマラソンに挑戦する猛者もいらっしゃいますが、より手軽に、またみんなで走ることによる開放感と一体感を感じたいということで、リレーマラソンが各地で盛況に行われているようです。

リレーマラソンとは、10人程度のエントリーを行い、そのチーム内で一本のタスキを回しながら、周回コース(基本的に2キロメートルのものが多い)を21周と195メートル走るものです。

最初の走者もしくは最後の走者のみ2.195キロメートルとなりますが、残りの20人はひたすら2キロの周回コースを回ります。

制限時間は4時間程度ですがほとんどのチームは3時間半程度で回り終えるようです。


みんなで走る一体感が楽しい


デカスロンは1人で10種目行いますが、リレーマラソンは10人で1つのマラソンコースを走るということになります。

「伴走」という仕組みもあり、走り足りない人は自チームの応援がてらいくらでも走ることができます。

筆者もさるリレーマラソンに出てきたのですが、一位になったチームのタイムは2時間12分程度でした。

これはフルマラソンとしても秀逸のタイムです。

世界中で最も速い人間が100メートルを全力で走るとして約10秒(厳密はウサイン・ボルト選手の持つ9秒58というのが現在の世界記録で、この0コンマ何秒というところが人間の限界に挑戦している部分なのですが今回は省略します)ですが、マラソンは1キロメートル3分のペースで走って約2時間6分ちょっとですから、同じ換算をすれば何と100メートルをわずか18秒で42.195キロメートルの長丁場を走りきっているのです。

常人ではありません。

この3分の2の速さだとしても、100メートルに換算すれば27秒ですから相当早いです。

これだとタイムは3時間9分ちょっととなり、3時間を切れません。

サブスリーという3時間を切るのが市民(プロ)ランナーの一つの目標といいますが、これでも十分おかしな領域に入っているということが改めてわかります。

御年50歳手前にして、2時間40分台を叩き出す市民ランナーの先輩を持つ筆者ですが、この方についていくにはリレーマラソン1周分がやっとという筆者からは以上です。

(平成26年5月18日 最終更新:平成28年5月18日 水曜日)

2014年5月17日

何事も素人のやることが一番怖いのではないかと痛感した話をおひとつ

初心者です


2014年5月の素人に関する素人考察の記事です。

エクセルである帳票を作成するというツールを制作していて、ある条件のときには数値を出力しないという仕様で作成しているとします。

プログラムがどうしてもうまく動かず帳票の中の項目の合計値がどうしても合わないのでバグではないかと、いろいろとエクセルのバグ解決のフォーラムに問い合わせたりインターネットで調べたりしていたのですが解決は思わぬところからやって来ました。

なんと、表示している数値を「白色のフォント」で「表示」していたのです。帳票の背景も当然白いままですから、「白色のフォント」で示された数値は画面上も刷りだしても見えません。

しかしデータとしては厳然と存在しているわけですから、合計値が合わせてないのも当然です。

バグではなく、れっきとしたエクセルの「仕様」でこうした結果が出力されていたわけなのですが、「データ上出力しない」という要件を、数値表示の色を白色にして見えないようにすることで実現しようとした素人の業に正直おののいた昼下がりでございました。


素人のやることの方が怖い


このように、その道にそれなりに詳しい者よりも、全くの素人のほうが、思いもかけない方法ややり方でブレイクスルーしてしまうという事例がよくあります。

それなりに詳しい者には、いつの間にか「常識」という透明な壁が突き抜けることを妨げますが、全く知らない者にはそのような制約がないため、想像を超えた動きができるのです。

素人相手が一番怖いと言われる所以です。

行きつけの地元のスナックでも、飲み屋経験なしの女性スタッフにいつもやられている筆者からは以上です。

昨日の夜は常識通り盛り上がったことでしょうが…。

(平成26年5月17日 最終更新:平成28年5月17日 火曜日)

2014年5月16日

体重計改めヘルスメーターとなった万能体調把握機を使って健康な生活

ヘルスメーター

2014年5月の記事です。

すぐれたヘルスメーターを使いたいものです。

すでに体重計と呼ぶのは時代遅れです。

商品開発者に失礼といったほうが適当でしょうか。

これまでは、確かに体重のみを測っていたので文字通りの体重計で良かったのですが、その進化と発展は著しいものがあります。

体重計ではなくてヘルスメーターという名前に変わり、図れるものは体重に加え、体脂肪率、[身長を予め登録しておくことによる]BMI(Body Mass Index、肥満度指数、22が理想とされる)、基礎代謝、加えて皮下脂肪率まで一度に計測できるようになってきています。

驚くほど正確です。


体重計は実はあまり買い替えが起こらない


古い体重計はなかなか壊れませんし、また増えた体重を見るのも嫌になるので、いつしかお風呂の脱衣所の上にホコリをかぶったばかりになっているのかもしれませんが、モノは使ってこそ価値があります。

そして使うのならば、できるだけ意味のある表示をしてくれる高性能なヘルスメーターを購入したほうがよいでしょう。

日々の現実を直視させてくれます。

記録するだけでは痩せませんが、記録すれば痩せやすく生活が改善されることは確かだと思います。

手首に巻く活動量計もかなり値段が下がってお求めやすくなってきました。

合わせて検討してみるとよいと思います。

よく噛んで食べなさいとおばあちゃんに言われて育った早食いの筆者からは以上です。

(平成26年5月16日  最終更新:平成28年5月16日 月曜日)

2014年5月15日

SNS既読機能はコミュニケーションを変えた決定的理由を幾つか書く

LINEs


2014年5月の勢いに任せた主張をいたします。

SNSサービス全盛の昨今です。もはや隔地間のやり取りを行うのは、手紙という様式はそのままである「電子メール」ではなく、会話方式のSNSチャットシステムを利用するのが主流となっているようです。

電子メールは確かにそれまで数千年もの長きに渡り、人類社会の情報伝達手段であった口頭によるコミュニケーションを補う手紙という方式をそのまま踏襲しています。

すなわち、(ア)口頭によるコミュニケーション、を補うために(イ)手紙が発明され、1990年後半のIT革命などといっても電子メールは(イ)の届出方式をリアルな紙から電子データに変えただけと言えます。

ですので手紙のように(特にビジネス文書では)書くように「指導」されますし、いきなり用件から伝えようとするのはどちらかというと無作法に見られてしまいます。

また、どの話の流れでその電子メールの文章が来たのかを推測するために、返信した場合に過去の電子メール文面を「引用」する機能がついています。

これによりどこまで当該相手と話が進んでいたかをつかむことができるのですが、うっかり引用を忘れると流れの中の一部の伝達部分だけが文章となり、例えば「承知いたしました」と書いてあっても何のことを承知したのかわかりにくいことになってしまいます。


SNSは会話なのでその前後をたどることができる


SNSチャットシステムはこの点を解決しています。

いわば(イ)手紙ではなく、(ア)口頭によるコミュニケーションの延長として捉えるべきなのです。

そうすると二者間、もっと他人数間でのいわば井戸端会議の様子を隔地間でリアルに行うことができるのです。

しかしこれは、皆近くに集まって話しているという擬制が働きます。

ゆえに会話を途切らせてその場を離脱するということがしにくいという別の問題点が発生します。

何人かで集まって話していて、一人だけ別の用件があるので離脱するのはなかなか難しいものです。

全体として一度に解散となればいいのですが、誰かがそれを言い出すのを皆待っているばかりで、面白くもない与太話が延々と続いてしまう場合があるのです。

誰も幸せではないのですが。

SNSチャットの「既読」という機能もその傾向に拍車をかけます。

見た(聞いた)なら何か返答すべき、という無意識の期待感は、その場を切り上げたいと思う者にはかなりの苦痛になります。

SNSチャットにおける既読機能は(ア)口頭コミュニケーションを擬制する電子的手段として非常に有用ではありますが、時に一人になりたいという自然な欲求の邪魔になることもあるようです。

娘から既読なのに返事が来なくて寂しいお父さん。

恋人から既読なのに全然返信が来ないお嬢さん。

そんなに困らなくても大丈夫です。

1年後にはほぼ誰も、覚えてません。

100年後には誰も、覚えていません。

既読に悩むよりもお互いが相手を想いやりつつスマートに離脱できる仕組みを考えたほうが生産的な気がします。

LINEの『既読』はいらないけど『到着』とだけは表示して欲しいと願う、既読だらけで返信のすくない寂しい筆者からは以上です。

(平成26年5月15日 最終更新:平成28年5月15日 日曜日)

2014年5月14日

小学校の運動会は秋か春かのどちらで行うのが普通なのかという話です

運動会


2014年5月の記事です。

5月のこの時期、運動会の準備に忙しいと聞いて驚きました。

運動会は秋だろうと信じている昭和生まれの団塊ジュニア世代代表の筆者です。

東京オリンピックといえば2020年ではなく、1964年の秋の天高き青空の10月10日の体育の日、名行進曲「オリンピック・マーチ」の調べに乗って各国選手団入場してきました、を国民の記憶としてしているわが国の初等教育(小中学校)において、運動会が秋ではないところがあるというのは筆者としては純粋に驚きだったのです。

運動会=体育の日という公式がっちりの昭和な筆者の脳には想定外のことが起こっているのでしょうか。

隣の小学校は春の運動会です。どうも専門職=教員にたずねたところ、おおまかに春と秋とで半数程度ずつということらしいのです。


春の運動会が増えてきた理由


なぜ、春の運動会が増えてきたのか。

考えられる理由としては、二学期の秋は芸術の秋として学芸会的な行事に力を入れるというものがありますが、これだと芸術を運動に優先させたようで個人的には受け入れ難いです。

やはり、残暑の9月炎天下での運動会・体育祭の練習を避けるためという理由で納得することにしたいと思います。

確かに夏休みが終わっていきなりの9月の残暑酷暑の時に、10月の体育祭に向けて1ヶ月の訓練を行うのは考えようによっては酷なことなのかもしれません。

組体操も廃止や置き換えが進んでいるとも聞きます。

筆者の細かいこだわりにお付き合いいただきありがとうございます。

再考の余地はあるのかもしれませんが、私の小学校も私の子供の小学校も、運動会は秋のこちらからは以上です。

(平成26年5月14日 最終更新:平成28年5月14日 土曜日)

2014年5月13日

2014年W杯メンバー発表にサッカー代表選出と落選について考えた

前回2010南アフリカではベスト16の快挙


2014年5月の記事を振り返ります。

昨日2014年W杯に向かうサッカー日本代表23名がついに発表されました。

W杯とだけ書いたらサッカーの話であろうと思われる向きもおられましょうが、他のスポーツでも通常W杯は開催されていますのであえてサッカー日本代表と書きました。

さて選ばれた者選ばれなかった者、それぞれ明暗が分かれるものですが、Jリーグの所属チームで堅実かつ献身的なプレーを見せ続けてきたベテラン中村憲剛選手の落選はひときわ残念でした。

しかし同選手は、結果をきちんと受け入れ、同じチームメイトで選出された大久保嘉人選手に大きく期待している、頑張ってもらいたいとコメントしました。

全くプロのスポーツマンとして素晴らしい態度だと思います。

「外れるのはカズ、三浦カズ」の衝撃の1998年W杯フランス大会より16年。

2014年W杯ブラジル大会での日本代表の活躍に期待しましょう。

なお当時の岡田監督は「外れる」という言い方をしましたが、今回のザッケローニ監督は自らが「選んだ」選手という紹介をしたのは良かったと思いました。

なお1998年落選の三浦知良選手は未だJリーグの現役選手です。

これもすごいことだと思います。


1998年(平成10年)が日本にとっての最初のW杯本戦出場でした


サッカー漫画の金字塔キャプテン翼をやっていた頃、日本はW杯の本戦に出場できてすらいなかったのです。

1994年以前に遡ると、日本はワールドカップの本選に出場できていません(ドーハの悲劇など)。

今の若い人には驚きかもしれませんが、ワールドカップの本選に出場するということ自体が快挙なのです。

いつの間にか本当に遠くまで来たものです。

サッカーはほぼ素人の筆者ですが以上です。

(平成26年5月13日 最終更新:平成28年5月13日 金曜日)

2014年5月12日

おしゃれで逆に油が上へ上がっていくというタイプの砂時計の紹介です


逆砂時計


2014年5月のコラムです。

逆に色付きの液体が上がっていくタイプの砂時計の紹介です。

厳密には砂時計ではありませんが、イメージしてもらうためにあえてそのように呼ばせていただきます。

3分とか5分とかいったちょっとした時間、砂時計を利用すれば料理などの「分単位の時間を測る」際に重宝します。

この点、世の中にたくさん出回っているキッチンタイマーでは、いちいち何分何秒と設定してからスタートボタンを押す必要がありますし、時間が来たらうるさいタイマー音を消すための動作がまた必要です。

この点、砂時計ならば砂が落ちきったところで別に音も鳴りませんし、時間が過ぎたかどうかひと目見ればわかりますので楽です。


ラーメンをほぐす3分をはかるのに重宝


筆者の家では、ハイアットという某グローバルレベルのシティホテルチェーンの喫茶ルームで使われている、紅茶の葉が出るまでの逆砂時計[写真参照]を購入して、歯磨き時間測定や紅茶のティーバックを取り出すタイミングやラーメンをほぐす時間などで使っています。

これは通常の砂時計とは逆に、色のついた小さなリボンのような蒼い素材が、透明な油の中を下から上に移動していくもので、ちょっと幻想的です。

ご興味ある方は、筆者の会社が管理しているシティホテル内のショップで購入いたしますのでご用命ください

2,000円+消費税くらいです。

いいサービスにはちょっとしたアクセントが必要、が信条のビルメン君からは以上です。

(平成26年5月12日 最終更新:平成28年5月12日 木曜日)

2014年5月11日

勝ち続けてもいつの日にか敗れて目覚めるということがわかる時が来た

球場


2014年5月の記事です。

連勝を重ねていた我が少年野球チームでしたが、ついに止まる時が来ました。

あっという間の力負け。

大敗です。

相手は前回のトーナメントで勝ったチームですが、まさに雪辱をかけた戦いを挑んでこられ、そして今回見事に負けたのです。

長打を打たれ、送りバントやスクイズの小技も決められ、片やこちらは初球打ちの凡打の山で全くかないませんでした。

思えば、最近までどうも調子よく勝ちすぎました。

いつの間にか慣れてしまったのでしょう。

その間にも他のライバルたちは練習を重ねて試合でその力を発揮するように全員で(試合に出ないメンバーも含めて)備えてきたのです。

もともと大した実力差がない少年野球の世界で、一ヶ月ちょっとの心構えと反復練習の差はこうも如実に表れるのかと改めて驚いたものです。



こちらも目覚めたものとしてやらねばなりますまい


とすれば、こちらもやはり敗れて目覚めなければなりますまい。

旧日本海軍は、猛烈な訓練と限界まで運動性能と航続距離を優先し重量をそぎ落として設計された零式艦上戦闘機[通称零戦]で世界のトップに一瞬立ったのですが、それを研究してきたアメリカ軍の反撃にあってその後は苦しい道を歩むことになりました。

思えば私の亡くなった祖父も、旧日本海軍の宇佐海軍航空隊で少年整備兵として従軍しておりましたが、真珠湾攻撃から連戦連勝のはずの零戦の未帰還が日増しに増えていくのは辛かったと申しておりました。

勝ちに慣れて高みへの意欲と歩みを止めたものは、必ず手酷いしっぺ返しを食らうとも言っておりました。

組織やチームがどのように意識改革をするのか、筆者は大変興味を持っていますので、できれば次には敗れて目覚めた姿をお見せできればと思います。

這い上がるのは得意な筆者からは以上です。

(平成26年5月11日)

2014年5月10日

流行るスポーツ漫画が競技人口を広げ競技力を向上させうるという考察

ジェットストリームアタック

2014年5月の記事です。

思えば一年のうちの3分の1が終わってしまいました。

そしていよいよスポーツのシーズン到来です。

欧州サッカーではACミランで10番つける日本人選手が現れたり、同じくインテルでキャプテン候補になったり、米国メジャーリーグでは完全試合一歩前の日本人投手が登場しています。

いよいよ世界男子テニスでも世界ランク10位以内の日本人選手が登場するなど、最近の日本は驚くほど元気と思うのは筆者だけでしょうか。

政治経済の世界ではバブル崩壊より既に四半世紀、失われた20年などと言われますが、どっこいスポーツの世界ではメジャースポーツもマイナースポーツも、確かな育成プログラムと指導者の質的向上により、才能ある選手たちの能力モチベーションが大きく花開いているようです。

この違いは何なのでしょう。


やっぱり漫画がここでも活躍していると思う


筆者は漫画の効用と貢献を抜きにしては語れないと思っています。

サッカーにしろ野球にしろテニスにしろ、幼少時代にそのスポーツに興味を持つような漫画作品が多く出ています。

しかも、昔のようにこれらの漫画は[バレーの「アタックNO.1」のような]人間離れした技を超人的な訓練で繰り出すものではなく、練習に臨む準備や態度、心構え、そして相手へのリスペクト[尊敬]なども含めたリアルな骨太のストーリーに仕上がっており、単なる勧善懲悪ものではないことも深みを増しているような気がしています。

強くしたければそのジャンルの漫画を磨け。

というところでしょうか。

やっぱり漫画の話になりました。

「YAWARA!!」連載終了と日本柔道の凋落に何らかの関連を思わずにはいられません。

そんなまんがばっかり読んでいる筆者からは以上です。

(平成26年5月10日 最終更新:平成28年5月10日)

2014年5月9日

ネットショッピング全盛の時代にあえて買い物くらい身体動かせという

関白秀吉


2014年5月の記事です。

さだまさしが唄う「関白宣言」という歌の返歌(アンサーソング)として「関白失格」が発表されたのは1994年のことですが、この歌に「買い物くらい身体動かせ」という台詞があります。

バブル経済が崩壊し、仕事は増えても収入の増えない亭主の地位も地に堕ち、定年後は濡れ落ち葉などと呼ばれて熟年離婚などといった言葉が流行りました。

それから20年経過しましたが、状況は若者のワーキングプアという状態に「悪化」しているように見えるのは筆者だけでしょうか。

さて関白失格での嫁はテレフォンショッピングでしたが、今はアマゾンや楽天などのネットショッピング全盛の時代です。

パソコンやスマホで検索していると、そのまま面白そうな本があるとついでに買ってしまう、また欲しいものを検索してそのままネットショッピングで購入するといった具合です。

しかし、たまには外に出て、実際に商品を手にとって買うという行為は大切です。


ネットショッピングは便利だがそれだけでは飽きる


筆者も、必要なものを合理的に買うというネットショッピングに少々飽きてきた気がします。

特に本屋でぶらぶらしながら目当ての本以外の似たジャンルの本や最近トピックになっている本などを合わせて手に取ることは楽しいことです。

アマゾンからご丁寧に「合わせて買いたい」と表示されるものよりよほど主体的で心地よいです。

本は、ネットで買おうが本屋で買おうが再販制度があるので値段は一緒です。

したがって、アマゾンの倉庫エリアマネージャーの給与になるより地元の街の本屋さんが繁盛して雇用を生むことのほうが満足感があるような気がします。

実際、ネットでの買い物はあまり楽でもないのです。

一旦注文するのはワンクリックで済みますが、段ボールに梱包された実際の商品を届ける宅配便の方からの突然の訪問を受け、原則受領印を付して受け取り、ダンボールの梱包を解いてそのゴミとなったダンボールを回収日に出すという一連の作業が待ち構えているのです。

リアルな買い物では、それが一度にできるし何よりダンボールの数が減ります。

当然配達員さんが突然来る回数も減ってストレスも減ります。

そういうわけで、ダイエットのためではなくもっと広い意味のために、買い物くらい身体動かせと主張したいと思います。

右手に定期券、左手に生ゴミを持ち、職場という名の戦場へ赴く筆者からは以上です[1994年さだまさし「関白失格」より]。

(平成26年5月9日 最終更新:平成28年5月9日 月曜日)

2014年5月8日

時間と機会が大切な人の場合お金はその次になるものであるという議論

ラーメン二郎

2014年5月の記事です。

銀座の「すきやばし次郎」という寿司屋でアメリカ合衆国のオバマ大統領と日本国の安倍首相が夜の会食に及んだというニュースがありました。

東京に出張することはありますが、次郎は二郎でもラーメン二郎の方ばかり興味をそそられる筆者には少々遠い話ですが、国同士の首脳が会食する際に値段云々は言っていられません。

このように、30分18貫30,000円(税抜)から、という料金設定の店が成り立つのは理由があります。

ラーメン二郎が流行るのはその圧倒的なコストパフォーマンスですが、別のコストパフォーマンスがすきやばし次郎の方にもあるということです。


お金より時間の方がはるかに大切な場合がある



お金持ちがちょっといいものを食べたいと思っても、同じ人間ですから食べられる量には限りがあります。

皆さんも一生であと何回食事できるか数えてみると、「意外に少ない」と感じることがあるかもしれません。

そのような貴重な食事の機会、さらに気の置けない友人や大切な家族と行く場合、そんな貴重な機会を最大に活かしたい、お金を少々払っても大事な時間にしたいという欲求は誰しもあるのではないでしょうか。

このような方々は得てして「時間的制約」が強いです。

ですので、二時間超フルコースの3つ星レストランでの機会より、30分で寿司をつまむという「食事」の時間にくつろぎと快適さと美味を味わいにやってくるのかもしれません。

寿司はヘルシーですし、銀座という立地も相まってその後の二次会三次会四次会に繰り出すにも、調度良い塩梅です。

そんなスタイルで、すきやばし次郎は7年連続ミシュラン3つ星を獲得しているのかもしれません。

すきやばし次郎もラーメン二郎も実は行ったことがありませんので、連れて行ってくれる方を絶賛募集させていただきます。

学生時代から、喫茶店や本屋で数時間粘ることは得意な筆者からは以上です。

(平成26年5月8日 最終更新:平成28年5月8日 日曜日)

2014年5月7日

株主同士のコミュニケーションの不足が招く所有と経営の分離の問題点

切り株


2014年5月の記事です。

所有と経営の分離とは、大規模な事業を株式会社形態を取って行うときに、株主たる会社の所有者が専門的知見のある経営者を会社経営の代理人として選任し、その経営者のノウハウを活用して社業を発展させつつ、必要な評価や査定を行い、生殺与奪の権を持って適宜経営者の入れ替えも行うという経営の方式です。

しかしながら、昨今では多くの上場大企業の株主が広く分散しすぎてしまい、本来株主の代理人に過ぎない立場である経営者が会社全体を[良くない意味で]支配する「所有不在による経営の分離」が広がっていると識者らによって警告されています。

株主の議決権が集約されないため、一般株主の意見は拡散し、株主間のコーディネーションや協調行動が見られないのです。


株主同士で話し合うとは現実には非常に困難


見られないのは理由があって、こうした株主間の連携というのにはコストがかかるのです。

加えて会社の経営がうまく行っているかどうかを監視するのにはこれまた多額のコストがかかります。

経営方針と企業価値(将来価値)を把握することだと一言で言ってしまえば簡単ですが、会社を知るというのは生半可なことではできません。

提供商品やサービス、社員や事業所などの必要な情報を収集するだけで大変ですし、それを分析することはもっと大変なのです(経営の教科書ではモニタリングコストなどと言います)。

そういうわけで、オーナー企業ではない上場大企業の社長やCEOの中に、ともすれば株主の方を向いていないように見える態度や心構えでその地位に居座っているように見受けられるものが仮にいた場合、その会社はかような「所有不在による経営の分離」状態に陥っていることが考えられます。

株式投資を考える際にはこうした視点も大切になります。

飲み会では「よっ、社長!」「大統領!」と言っているだけの筆者からは以上です。

(平成26年5月7日 最終更新:平成28年5月7日 土曜日)

2014年5月6日

空中に「浮かぶ」小中学校が都心の小中学校統廃合で登場したという話

空中小中学校


天空の城ラピュタならぬ空中小・中学校が近所に誕生しました。

2階全体がメインフロアであり、運動場も2階というつくりです。

ちゃんと砂も敷き詰められています。

中学生の野球や陸上もできる本格的なグラウンドです。

これは、都市化にともなう少子化で、周辺の3小学校全部が統廃合され、一つの一体の小・中学校として生まれ変わった都市再開発の一環だそうです。


2階がグラウンドになっています


2階をメインフロアとすることで、外界から遮断され安全確保が進むのと、生徒児童のプライバシーにも配慮された構成となっています。

周辺は道路と繁華街なので、この点は非常に安心だとのことで保護者の評価も高いようです。

確かに田舎の田園風景に建つ昔ながらの小学校ならば平地に運動場と校舎で十分ですが、都市圏内に配置する以上はかような作りこみが必要なのでしょう。

しかも、地域の公民館や老人いこいの家なども併設されています。

これらは1階にあるのでアクセスは容易ですし、校区に通う児童生徒との交流も進みそうです。

建物管理を行っている者からすると、非常に高度な工法を駆使した2階運動場、どのようにメンテナンスを行っていくか興味があるところです。

定期的な見学も催されるようなので、いつか中に入って実際に見てみたいと思います。

丘の上の小さな昭和な小学校を卒業した筆者からは以上です。

(平成26年5月6日 最終更新:平成28年6日 金曜日)

2014年5月5日

ミシュランガイドで紹介されるお店たちは本来星の数ほどあるものです

デビュー当時のビバンダム君


2014年5月の記事です。

ミシュランはゴーストバスターズの敵役であるマシュマロマンのようなキャラクター(ビバンダム君というそうです)で有名なフランスのタイヤメーカーですが、多くの方には料理店のガイドブックを出版している会社として有名だと思います。

この会社は匿名の調査員を世界中の料理店に派遣して、そのジャンルで秀逸な料理店を探してガイドブックで[勝手に]紹介しています。

古い歴史のある本ですが、さすがに食の多様化と情報化社会のあおりを受けて、近年お膝元であるヨーロッパでの地位低下に見舞われているらしく、最近では非ヨーロッパ、特にアメリカやアジアに展開しているようです。

ビルメン君の生息地域である日本のある地方都市においても、その場所にフォーカスしたミシュラン本が出るとのことで盛り上がっていますが、そもそも他人や他国の人に評価してもらわなければ自国の持つ文化に誇りを持てないという宿痾を乗り越えることが先ではないかなどと考えると複雑な気もしています。

日本アルプスにしても、水墨画にしても、明治維新近辺でそれに触れた外国人が素直にすごいと紹介したことから再評価されたわけです。


謙譲は美徳ですがやりすぎはよくないかもしれない


謙譲は美徳ですが、やり過ぎると何もやる気がないのと同じになってしまうわけで、もっと自信を持ったほうがよい部分もあるのではないかと思います。

さてミシュランの星評価システムをおさらいしておきますと、[星なし]はその分野で美味しい料理、[1つ星]はその分野で特に美味しい料理、[2つ星]は極めて美味であり遠回りをしてでも訪れる価値がある料理、[3つ星]はそれを味わうために旅行する価値がある卓越した料理ということです。

星がつかなくても、ガイドブックに掲載されただけで価値があるということです。

世界中の料理を生きている間に食べつくすことはできないため、このような他者の評価を参考にすることもひとつの解決策だとも思いますが、ランキングとか偏差値とか、そもそも同一評価軸では測れない事象を単純数直線上に並べようとする試みに過剰に影響されないようにすることも大切です。

さもないと自分の人生を他人によって生かされることになり、後で大きく後悔することにもなりかねません。

といいながら、地元ミシュラン本が出たらすぐ買ってしまった自分の舌に自信の持てない筆者からは以上です。

(平成26年5月5日 最終更新:平成28年5月5日 木曜日)

2014年5月4日

人の話を聴くということがなかなかできないように人間できております

ダライ・ラマ14世


2014年5月の記事です。

なかなかできないことなのですが、人の話を聴くときに気をつけたいことは、他のことに気を取られないようにすることです。

これは、自分が他人に信用されるために必要な技術だといえます。

ともすれば上の空で生返事をしてしまい、非常に重要な情報を聞き漏らして大失敗したことが多い筆者の経験からも、文字に残らない話し言葉をきちんと聞いておくことは大げさながら人生を豊かにするために必要な大切な振る舞いだと思います。

さて、そういいながら筆者も特に子供の話はよく聞いていないことが多いのです。

なぜそうなるか原因を探りたいと思います。

まず第一に、特に子どもや家族からの話は「おおかた予想がついてしまう」ことが挙げられます。

靴下は洗濯カゴに入れておけだの本は元の棚に戻しておけだの、歯は磨いたか早く寝ろ云々の「いつも言われている」ことだといきおい生返事になってしまいます。

しかしながら、こうした細かい改善点を修正し、良い習慣を確立することは大切だと考えれば、些細な、だけれどもいつも言われている小さな欠点を修正していくことができます。


なんでも捉え方次第


そのように前向きに考え、小言も聞き流さないようにすれば豊かな人生が開けるかもしれません。

次に、話し言葉より頭のなかで考える速度のほうが数倍早いことが挙げられます。

講演を集中して聞いているつもりでも、つい頭のなかを別の考えがよぎってしまいそれを追いかけてしまうということはよくあることです。そうして肝心の講演内容の大事な部分を聞き漏らしてしまうのです。

勝手に前の停車駅で列車を降りてしまったように、話についていけなくなり呆然としてしまうかもしれません。

これを防ぐには、技術的に録音して数倍速で聞くか、そうでなければ頭に浮かぶほうの考えをしばらく努力して脇に置くようにするしかありません。

どんな人でも、頭の中では高速回転しているのです。

しかしそれを外に出すときにはどんな天才でも数倍速度が落ちる、そのように知っておくことはこれからの人生において大事なことかもしれません。

ブログの内容など、頭のなかでは何千記事も思い浮かべているはずなのに、なかなか文章にできない筆者からは以上です。

(平成26年5月4日 最終更新:平成28年5月4日 水曜日)

2014年5月3日

ゴールデンウィークがどのように成立したかについて整理してみました

国会議事堂


2014年5月の憲法記念日の記事です。

ゴールデンウィークが始まり、帰省や行楽での渋滞が予想されます。

怪我や病気には気をつけていただきたいものですが、そもそもゴールデンウィークとは旧天皇誕生日(現昭和の日)と憲法記念日と端午の節句(こどもの日)という3つの祝日が近接しているところに、みどりの日と、これらの祝日が日曜日とかぶった場合の振替休日を合わせることで、長期休暇を人為的に創出しようとした試みです。

休みたければそれぞれ自分の都合をつけて休めばいいというのが筆者のような下請外注業種のビルメン者からの台詞ではありますが、せっかく国を挙げての休日お膳立てを利用しない手はありませんので、筆者も本日の憲法記念日に関連して考えてみました。


日本国憲法で有名な25条生存権


日本国憲法で保障されている健康で文化的な生活を営む権利、いわゆる生存権を具体化した制度に社会保障制度があります。

国立社会保障・人口問題研究所という国の機関から平成24年に公表された資料によりますと、平成22年度の日本の社会保障費はなんと103兆円という多額なものになっています。

さらにこれは毎年1兆円のペースで増え続けることが予想されています。

103兆円のうち、半分の52兆円が医療(健康保険)、そして32兆円が年金(国民年金、厚生年金)にかかる費用です。

残る19兆円は、介護及びその他の社会保障費ですが、いずれにせよ、どれもなかなか削減することは難しいものであることはわかると思います。

そんなわけで、消費税の増税などで何とか財源を確保しようと政府は躍起になるわけですが、増え続ける社会保障費の増加分を賄うだけの税収をこれ以上求めるのはあまりに国民企業に酷とも言えます。

やはり、高齢化社会なのであることは前向きなトレンドだと考えて、65歳で定年などと言わずに、働く意欲と能力と健康を保った方々には、70だろうが80だろうが元気に働いてもらい、健康に過ごすことで健康保険料と介護保険料を削減しつつ、年金制度の弾力的な運用も合わせて終身就労社会への復帰を図ることしかないかと個人的には考えています。

死ぬまでどこかの会社の顧問や嘱託、社友に留まり、若い連中に取引先の紹介や仕事のノウハウ伝承を行う[頼れる老人]になりつつ、ボランティアにも精を出し、孫の面倒も見ながら現役世代へのサポートも欠かさない、そんな元気な高齢者が理想です。

そして死ぬときは家族親類縁者にあまり迷惑をかけずにコロリと逝きたいものだなどと考えました。

死ぬまでにまだやり残したことの多い筆者からは以上です。

(平成26年5月3日 最終更新:平成28年5月3日 火曜日)

2014年5月2日

野球における最重要ポジションである投手に必要な資質や条件について

三振か四球か?

2014年5月の記事です。

野球については下手の横好きの筆者です。

そんな私ですが、野球についての話題は好きなので本日は野球教室の時間としてデータによる野球の楽しみ方をご紹介したいと思います。

陸上競技(短距離中距離)、水泳、サッカー、登山にボートと、実は野球には縁がなかった筆者ですが、社会人になって始めた野球はいつしか自分史としても年季の入ったものとなって参りました。

ちなみにゴルフは下手です。

さて、今回は先日の記事でも述べました、[野球はピッチャーが大事]論を深堀りし、真に優秀な投手とは何かを探っていきたいと思います。

投手のタイトルにはいろいろあります。

有名なのが勝ち数、防御率などでしょう。

しかし野球はの「試合終了時点で相手チームより多くの点を取ったものが勝利する」という法則によれば、勝ち数がいくら多くても絶対値としての投手能力が劣る場合も有り得ますし(強いチームに所属すれば、勝ち数の絶対数が多い)、防御率にしても、低ければ良いですがたまたまバックを守る守備陣の獅子奮迅の働きとファインプレーの連続で、得点を許さなかった場合もあるわけです。

チームスポーツである以上それは当然として、それでも投手の力を試せる絶対指標に近いものはないのでしょうか。


優秀なピッチャーを測る絶対指標を開発


そんなピッチャーの絶対指標を開発した人がいます。

頭のいい人はいるものです。

投球の内容が良かったか悪かったか、それを示す端的な指標を2つ上げ、その2つを組み合わせることを提唱しました。

三振数と四球数です。

そして三振の数を四球の数で割った数値、これが高いほど優秀な投手という指標を考えだしたのです。

K/BBといいます。

Kは三振(Strikeout)の略、BBは四球(Bases on Balls allowed)の略です。

四球1つあたり、いくつの三振を奪ったかという数値となります。

当然、高いほうが優秀です。

勝ち数や防御率が、試合結果や取られた点数という結果に対するものであるのに対し、K/BBは打席だけで完結する投球の内容に極力着目した指標です。

打たれた場合、ホームランだろうがキャッチャーフライだろうがカウントされません。三振を取ることと、四球を出すことだけが反対作用でカウントされていきます。

したがって、振り逃げされても三振1とカウントされますし、同じ読みで結果打者が一塁に歩く効果でも同じである「死球」は含まれません。

なぜなら、死球はあまり良くありませんが、味方打者が死球を受けた時の報復措置としてベンチからの命令で行われるという場合も[残念ながら]あるという事情に鑑みて入れていないし、死球は初球だろうがフルカウントからであろうと、それだけで相手方は一塁に進塁できるので、誤差が大きいということなのでしょう(また、1球で三振は取れません)。

四球は、完全に投手と捕手の間だけで完結する結果です。

つまり、四球による出塁の責任のほぼ全ては[ほぼ、と書いたのはベンチからの敬遠の指示もある場合があるため]投手に求められるのです。

最後に、本日のこの記事の執筆時点で、K/BBのずば抜けて高い投手を一人紹介します。このコラムでも触れたことのあるボストン・レッドソックスの背番号19番、上原浩治投手です。

彼の場合、牽制も上手くリリーフして走者を牽制で刺してセーブを完成させた試合もあり、この場合もやはりK/BBには反映されないのですが…。

野球はまだまだ上手くなれる、発射点が低いので遅咲き晩成力を信じる筆者からは以上です。

(平成26年5月2日 最終更新:平成28年5月2日 月曜日)

2014年5月1日

野球でも勉強でもなんでもやり方によっては弱くても勝つことができる

ピッチャー


野球に限らずスポーツでも試験勉強でも、やはりやるなら勝利を目的にしたいです。

勝利を目標にするのであれば、最も勝利に近づくような練習やトレーニングが必要です。

ただ頑張るだけなのと目標を設定してそこまでのアプローチを明確にしてから進むのでは成果は大きく違ってきます。

そして、より具体的に目標となるゲームでの勝利をもっと要素分解することが大切です。

対戦相手の前にゲーム自体のルールをよく知らなければなりません。


野球はそもそもどういうルールで判定されるか考える


そもそも野球とはどのようなスポーツルールでしょうか。

他のスポーツと大きく違う点は、制限時間がないということです。

公式戦ならば9回まで進めなければなりません。

そして回を進めるためには、相手チームからアウトを3つ取らなければならないのです。

そうして9回それぞれ3アウトずつ、合計27アウト取らないと絶対に勝てないというスポーツなのです。

ここを改めて認識することから始めます。

次にアウトを取るためにはどのようにすればよいのでしょうか。

それは打者を塁に出さないことです。

出さない場合分けは大きく、(1)三振してもらう(2)打たれたけれど安打にも味方のエラーにもならずにきっちり処理してアウトにしたことの2つです。

そうすると、「出塁させない」ためにはまずフォアボールを絶対出さないことが求められます。

故にボールを高い確率でストライクゾーンに投げられるピッチャーを育成することが第一条件になります。

別にピッチャーは誰と決め打ちする必要もないのです。

9人で練習していて、試合当日一番キャッチボールで相手の胸に正確に投げる事ができる人を選べばよろしいわけです。

確率の問題ですから、エースとか二番手ピッチャーとかいう必要もありません。

エースの名前でアウトが取れるような強豪校ならばそうすればよろしいですが、絶対にストライクゾーンに投げることができる者をピッチャーにすべきなのです。

変化球も覚える必要ありません。

球速も関係ありません。

最も通常の投げ方であるフォーシームのストレートで、ストライクゾーンに、淡々と投げ込むことができる者をピッチャーとして揃える。

これが第一の勝てるゲームへの対処法となります。

次に、キャッチャーです。

キャッチャーはピッチャーの次に2塁まで正確なワンバウンドのボールを投げられる者を選びましょう。

塁に出さないことが第一ですが、出てしまったらできるだけ簡単に盗塁させないように対応しなければなりません。

なのでピッチャーの[ストライクの球]を素早く捕球して二塁に送球できるように訓練を積みます。

ワンバウンドで全く構いません。

肩が強い必要もありません。

ピッチャーの球を淡々と二塁に送球できる、そのような部分練習をバッテリーにはひたすら繰り返して積んでもらいます。

後は自由に相手チームには打ってもらいます。

もちろん守備の上手い下手でアウトにできる可能性は上下しますが、ピッチャーが四球死球を連続していつの間にか大量失点というパターンが最も憂慮すべき事態なのです。

先発ピッチャーの球が入らなくなってきたら素早く投手交代をしましょう。

キャッチャーの人がやってもいいし、ショートあたりの肩の比較的強い者を投入してもよいでしょう。


攻撃時にはアウトにならないことを最優先にする


逆に自チームの攻撃の際には、クリーンヒットを打つよりまず四球死球を含めた出塁にこだわります。

アウトにさえならなければ試合終了とならないのです。

出塁を続ければいつの間にか大量得点につながってきます。

出塁したら積極的に走って二塁三塁を狙いましょう。

ホームへはスクイズや犠牲フライで十分です。

さらに言ってしまえば相手にタダでアウトを献上するこうした頭脳的プレイは控えたほうが良いのかもしれません。

野球はヒットやホームランの数を競うゲームではないのです。

最も点を取ることにつながる動きをしましょう。

もちろん打撃に自信がある人はきっちり打ってもらっても構いませんが、最高の打球を打っても野手の正面では取られてしまうということを知っておくのは賢いことだと思います。

このように、野球においてデータを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法がメジャーリーグの世界でセイバーメトリクスいう新しい潮流になっているようです。

上記の例は極端かもしれませんが、目的意識が大切だというたとえ話としてご理解ください。

草野球ピッチャー先発完投[5四球]実績が自慢の筆者からは以上です(試合には負けています)。

(平成26年5月1日 最終更新:平成28年5月1日 日曜日)