このブログを検索

2014年8月31日

あかくてまるくておおきくてうまいいちごのあまおうのおはなし




おはようございます。

2014年8月の記事です。

あかくてまるくておおきくてうまい、という頭文字を取った地方発のいちごが人気なようですが、そもそもいちごで我々が果実と思っている部分は実は厳密には花托といって、果実はあのゴマ粒のように乗っかっているものです。

果肉もそのゴマ粒のような種子の中にあります。

食材本来より、盛り付けた皿のほうが遥かに豪華になり、さらに食べられるようになってしまったものと考えれば分かりやすいかもしれません。

また、いちごはヨーロッパ原産のバラ科の多年草ということで、甘みが強いために果物と思われていますが、これまた厳密には野菜として扱ったほうが近いということです。

本来五月が旬の果物ですが、ハウス栽培技術による温度湿度管理により、一年中味わえる代表的な商品作物になっています。

いちご農業の収穫体験をしたことがありますが、腰を屈めながらのコサックダンスさながらのじりじり前進で、足腰が鍛えられること請け合いです。

豆知識でした。豆、と書くと次は大豆小豆の話なんだなとアップルのインビテーションレターのデザイン解釈並みの先見性をお持ちの読者の皆さんに鍛えていただいておりますびるおう未満の筆者からは以上です。

(平成26年8月31日 日曜日)

注)最初、あまくておおきい、と書いておりましたが読者皆様の温かいご調査を経まして、あかくておおきい、と修正いたしました。
今後とも、よろしくお声寄せいただけますと幸いです。

2014年8月30日

縄文時代を考察してその時代のやり方に一旦戻ることを考えてみる

吉野ケ里遺跡なう


おはようございます。

2014年8月の記事です。

弥生時代は米作が普及し(始まったのは縄文中期~後期という説が現在では主流ですが)、貯蔵できる主食という米というスーパーアイテムを手にした我が国の先人たちは、村(邑とも書きます)からクニ(国と書きますが国家という単位ではありません)を作っていくことになります。

富の蓄積が可能になった人類社会は、より専門化された文明単位の集落で共同生活を行い、同時にその生活共同体を守るための軍事力も保持し、しばしばその力も用いていくことになるのです。

日本列島の西にもたらされた稲作技術は既に高度に洗練された水稲技術であったようで、開墾や用水管理の技術指導や大規模労働力の投下など、より大きな集団が期待されることになりました。

現代の株式会社理論を持ち出すまでもなく、世の遊休資本や細かい労働力を集め糾合したほうが生産力が上がり、個々の生存の安全や利便も高まったのです。

しかし、充分に大型化した集団は、いつしかクニと呼ばれるようになり、隣り合うクニ同士の間では、富や田畑、用水権などを巡りしばしば小競り合いが発生していく事にもなります。

そうして小さなクニはそれぞれ統合や上下関係明確化による合併や侵略などを繰り返しつつ、より大きなクニとして書物上の歴史に登場していくことになります。

1世紀には漢書地理志という書物に、奴国王の金印を与えたことが載っていますし、3世紀には邪馬臺国で卑弥呼と呼ばれた女王が魏に朝貢し、鏡などの宝物や親魏倭王という地位を示す金印を授けられたとあります。

因みにこのあたりまでが弥生時代とされ、これ以降は前方後円墳で有名な古墳時代となります。

このように、諸説いろいろありますが、一般に弥生時代以降の日本の歴史を約2,500年とするならば、その前に1万年以上続いた縄文時代があり、稲作という富の蓄積がなされていなかったゆえの、組織未分化フラットかつ自己責任の社会だったということになります。



ピラミッド型組織は弥生時代以降から



弥生時代以降続く、組織化とピラミッド型社会については、飢えずに効率的に集団が生きるために便利な仕組みではありますが、個々の構成員の幸せややり甲斐を犠牲にする一面も持ち合わせているように思えてなりません。

こうした組織ピラミッド型社会の閉塞状況を打ち破りたいと、様々な人がベンチャーやNPO活動やPTA活動、地域有志活動といった会社組織に縛られない活動へ向かっています。

雇用についても、「会社の定年雇用」ではなく、「社会の終身雇用」へと変換が進んでいるのではないかと考えるのです。

その意味で、弥生時代よりはるかに遡る縄文時代という日本文化の原点を振り返ってみるのも良いのかもしれません。

歴史の授業を受け持ったら、絶対に一年三学期内に昭和どころか明治時代にすら到達できない自信があります。

全く大化の改新までで年の半分を使いかねない筆者からは以上です。

(平成26年8月30日 土曜日 最終更新:平成28年8月30日 火曜日)

2014年8月29日

野球の醍醐味である2ランスクイズについて話をさせていただきます

スクイズ!


おはようございます。

2014年8月の記事です。

お勉強エントリーが続いたので本日は野球(やきう)の話に戻ります。

特に少年野球の世界において、ノーアウト又は1アウト2,3塁といった場面で、打者がスクイズバントを行おうとしている場面において、守備側はどう守るかという非常に難しい論点があります。

なおスクイズについては、打者の1アウトを献上する代わりに1点をもぎ取るというものであり、例えば7回制の試合では「使える」アウト数は21のところ、21点も得点する必要はあまりないことを考えれば、1アウトで1点というのは充分経済合理的な作戦ということになります。

スクイズは立派な野球の作戦なのです。



スクイズを防ぐための守備側の作戦



さて、スクイズを決められないように、守備側内野手は極限まで前進守備体形を取るのですが、ここで、走者2,3塁の場合にセカンドもしくはショートが二塁について投手からの牽制を受けられる体制にせずに、両方共最初から前進守備を敷いた場合、二塁走者はショートの真後ろ近辺までリードし、二塁と三塁の中間近くまで進出してくることになります。

ここでスクイズを決められ、三塁走者がホームに突っ込んでくるのをアウトにするには間に合わないので仕方なく1アウトを取るため一塁に送球した瞬間、既に三塁に到達していた二塁走者までもが一気にホームを陥れることになるのです。

これが2ランスクイズで、仮に成功した場合、打者には2打点が追加されます。

守備側が二塁走者の本塁突入を恐れて一塁への送球を取りやめてしまえば、1アウトも取れずに1点を失うことになるのです。

したがって、ある程度のチームプレーができるチームが守る場合、この事例ではセカンド(攻撃側右打者の場合。左打者の場合はショート)が二塁について牽制を受けるようにしておきながら、投手の投球と同時に前進守備にダッシュするという細かい取組みが必要になるのです。

何事も細かさが必要です。

ブログの閲覧数は日々2桁というほそぼそとしたながら、ゴルフでは安定の3桁スコアの筆者からは以上です。

(平成26年8月29日 金曜日 最終更新:平成28年8月29日 月曜日)

2014年8月28日

日本において生産されている野菜ランキング(じゃがいも大根キャベツ)

刺身盛り 手前右の赤いツマが蓼(たで)です



おはようございます。

2014年8月の記事です。

[復習]

先日のエントリー記事におきまして、世界三大穀物として小麦、とうもろこし、米の3つを取り上げました。

本日はその発展、続きとしまして、我々の主食に並ぶおかずとして食生活を豊かにしてくれている野菜について、これまたランキング形式でお伝えせんとするものです。

ただし今回の野菜については種類が多すぎるため日本でのランキングとさせていただきます。

[本論]

さて堂々の第一位は、じゃがいもです。ポテトチップを食べているあなた、フライドポテトを食べているあなた、カレーを食べているあなた、肉じゃが、じゃがバター好きなみなさん、そうです。

じゃがいもは最早野菜というより主食の米に近い存在となっているのです。

良質なでんぷん質を含み、かつ栽培が簡単、可食部が非常に多いというまさに貯蔵食の王様です。

続いて大根が第二位です。

大根は冬のおでんに欠かせませんし、また刺身のツマとしても、豚汁などの汁物にも非常にポピュラーな野菜です。

こちらも痩せた土地でも大きく育つ根野菜で、栄養価も非常に高いです。

第三位はキャベツがランクインしました。

こちらも非常に強く大きく育つ野菜です。

サラダにしても良し、ロールキャベツにしても良し。葉緑素を多分に含んだミネラルたっぷりのまさに野菜らしい野菜の第一人者と言えましょう。

さて主食の米の日本での年間生産高は約850万トンと言われております。

一位のじゃがいもは250万トン、二位三位の大根キャベツはそれぞれ約150万トンという具合です。

やはり主食の米の地位は揺るぎないものだと感じる次第です。

以下、玉ねぎ、白菜、さつまいも、トマト、人参、きゅうり、レタスと続きます。

マンゴーやいちご、メロンといった果物が脚光を浴びているようですが、日本はまさに野菜大国でもあるのです。

蓼(たで)食う虫も好き好き、の「蓼」が刺身のツマに出てくる日本古来からの野菜であったことすら知らなかった筆者ですが以上です。

(平成26年8月28日 木曜日)

2014年8月27日

世界三大穀物は生産量でいえば小麦、米、とうもろこしの順となります

京都 伏見稲荷大社


おはようございます。

2014年8月の記事です。

本日はかなり大きな話を致します。

人類が狩猟生活から農耕生活に移り定住して文明を持つに至ったことの最大の功労者は、「穀物(イネ科)」であります。

栄養価の高く保存の効く豆類である穀物の力で、人類は飢えから開放され、社会性を更に発揮し強力な文明を築いていったのです。

中でも、世界三大穀物と呼ばれる小麦、とうもろこし、米の三種については、それぞれの発祥地を形作る文化にも根ざしています。

まさに人類の三種の神器といっても過言ではありません。

まず小麦は世界中で最も多く栽培されています。

皮が非常に固く、長期の保存に耐える一方で、中身の胚乳は比較的柔らかいです。

なお粒のまま食しても美味しくないため、粉状にして、主にパンやパスタに加工されて食されます。

小麦の発祥は黒海からカスピ海のオリエントで、少なくとも10,000年前くらいから栽培されており、メソポタミア文明・エジプト文明といった文明の力の源泉でした。

そこから広まり、現在ではヨーロッパ、北アメリカなど広範囲で食されております。



とうもろこしの発祥はよくわかりません



次にとうもろこしですが、この発祥は実はよくわかりません。よくわかりませんが、アメリカ大陸で文明を築いたメソアメリカ文明、アンデス文明において、少なくとも5,000年以上前から栽培されたと言われています。

現在では、小麦についで生産量は高いですが、その過半が家畜の飼料用となっておりますので、一般の人には夏祭りの出店の焼きとうもろこしくらいしか思い浮かばずに、とうもろこしが世界三大穀物に入るということが意外に感じられるかもしれません。

しかし、ヨーロッパ(スペイン)の侵攻がなされるまでは、アステカ帝国といったアメリカ大陸文明の立役者だったのです。

その後ヨーロッパの小麦が持ち込まれ、アメリカ大陸も小麦生産地となりました。

最後に我々に最も馴染みの深い米です。

中国華南地方が原産と言われています。

こちらも小麦と時を同じくして栽培され始めたようです。水の多い地域で爆発的に普及し、東進し我が日本にも持ち込まれ弥生時代を形成していくことになります。

日本からインドに至る広大な米作経済圏は、土地の地味も強く、本来なら最も多くの人口を養える地域です。

中国やインド、インドネシア、タイ、日本といった人口大国の源泉となっているのです。

多くの人口を支え、彼ら同士の社会的協力を育みまたそれを必要とする穀物生産技術は、人類の文明と切っても切れない関係にあるのです。

屋台でラーメンライスにバターコーン、ビールもつければ世界一周食旅行の筆者からは以上です。

(平成26年8月27日 水曜日 次回は野菜のお話の予定です。お楽しみに!)

2014年8月26日

夏の甲子園を見て考えた左投げ右打ち?右投げ左打ち?の違いについて

左折は簡単です



おはようございます。

2014年8月の記事です。

2014年、夏の甲子園が終わりました。

見ていて高校野球のレベル向上具合にものすごいものを感じましたが、最も筆者が驚いたのは左打者の多さです。

今の高校生が小学生の低学年だった頃、最も憧れた選手はメジャーで262安打をたたき出していたイチロー選手や勝負強さで鳴らしていた松井秀喜選手だったのです。

彼らはいずれも右投げ左打ちというスタイルでしたので、小さい子供たちで能力と努力に自信がある者はこぞって左打ちに変更して器用にそれを磨いてきたのでしょう。

つまり、現在のメジャーやNPB(日本プロ野球)の趨勢やトレンドは、10年程度の時を経て高校野球に影響するということを改めて思いました。

さて、右利きながら一塁に近いという意味で左打席に立つ左打ちになるというのはわかるのですが、左投げでありながら右打ちという選手もわずかながらいます。

理屈上のメリットはほとんどないのですが、メジャーではリッキー・ヘンダーソンという選手が左投げ右打ちで、盗塁数や先頭打者としての出塁率の高さなどで大変評価が高く、「メジャーリーグ史上最高のリードオフマン」と称される名選手でした。

先頭打者で出塁率が高いのに右打ちなのです。

漫画の世界に目を転じますと、「MAJOR」の主人公茂野吾郎は右投げ右打ち投手で小学校時代に肩を壊して左投げに転向、メジャーまで左投げで上り詰めまた故障、今度は外野手として弱肩ながら右投げ右打ちの強打者として日本球界で復活するというストーリーとなっています。

野球のうまい人に聞いたところ、まずはやりやすい方でとにかく始めるのが一番しっくりくるそうです。

何事も、セオリー通りではなく自然に任せるほうがよいという例だと思います。

全国の左投げ右打ちの選手たちに幸あれ。

野球好きですが下手な筆者からは以上です。

(平成26年8月26日 火曜日)

2014年8月25日

ブログ一周年を迎えました2014年8月に思うことを書いておきたいと思います

初心忘るべからず



おはようございます。

2014年8月の記事です。

2013年の今日あたりに、このブログを始めました。

原則毎日更新を行い、そして1年が経ちました。

改めて初回のエントリーを読みますと、今もそうですが文章が固いと感じます。

もう少し柔らかくなるには、少なくともあと数年の煮込みが必要だと思いますので、引き続き毎日一記事のペースで改善を進めていきたいと思います。

さて1年目というのは最も新鮮な期間であることが多いです。

社会人になった当時、新人と呼ばれた1年目の記憶は非常に鮮明ながら、だんだんと2年目3年目...と過ごしていくうちに、初心を忘れてたゆたう日常に戻ってしまうような感じがするのは筆者だけではないと思います。

例えていいますと、1年目の記憶や学びを1とすると、2年目は1/2、3年目は1/3という風に反比例の関係で薄くなっているような感じです。

これではいけないわけですので、個人レベルではもちろん、会社や組織でも定期的な人事異動や部署の統廃合や新規事業への進出などを図り、企業人のモチベーションアップと維持に非常に腐心しています。

季節が変わるたびのチームビルディングと称する飲み会や忘新年会といった「季節イベント」も、こうした組織のモチベーション維持の大切な手段なのです。

2年目も1年目も同じく初心を忘れず頑張り、そして少しづつ洗練させていきたいと思います。

記事が長くてガラケーでは一覧表示ができなくて困ると言われましたので、1年と1日めの記事は、かような通常運転で行かせていただきました筆者からは以上です。

(平成26年8月25日 月曜日 最終更新:平成28年8月25日 木曜日)

2014年8月24日

落語「花見酒」に見る分かち合うという精神が非常におおらかで良いと思うので紹介します

目黒川で花見(季節外れですが)


おはようございます。

2014年8月の記事です。

今日のお題は分かち合いです。

古典落語に花見酒というお噺がありまして、これは筆者が最も好きなお題の一つなので、ちょっと端折ってあらすじを説明します。

……

酒飲みはどんなときでもしくじるもので。

幼なじみの二人が江戸は向島の桜が満開だって評判なので、ひとつ花見に繰りだすことになりました。

ところが、あいにく二人ともお金がありません。

そこで兄貴のほうがおつなことを考えまして、それはというと横丁の馴染みの酒屋の番頭に頼んで、灘の酒3升を借り込んで花見の場所に持って行き、ひしゃく1杯10銭で売りさばく。

こうして儲けた金で自分たちも一杯やっちゃおうという算段です。

そうと決まれば善は急げで、桜の散らないうちにと二人は樽を担いで向島までやってまいりました。

ついてみますと花見客で大賑わい。

さあ商売だ、という矢先に弟分が、樽の酒の匂いにもうたまらなくなってしまいました。

兄貴、売ってくれと言い出して、10銭支払ってぐびっと一杯。

それを見ていた兄貴分も飲みたくなってしまったので、やっぱり10銭払ってグビリと一杯。

じゃあご返杯、俺ももう一杯、一杯いっぱいさあ一杯とやっているうちに、3升の樽酒は綺麗さっぱりなくなってしまったのです。

二人はもうへべれけです。

お客も寄ってきて一杯売ってくれと言ってもらったのですが、樽を逆さにしてもまるっきり空です。

「えー、売り切れです。またどうぞ」またどうぞも何もありません。

お客もあきれて帰ってしまいます。

さて酔っ払った二人、売上の勘定をしようと財布を開けてみると、中から10銭銀貨が一枚だけチャリーンと出てまいりました。

考えてみれば当たり前、まず弟分が一杯、そして兄貴分が一杯。一杯一杯飲んでいくうちに10銭銀貨が二人の間を行ったり来たりしただけで。

ああ、そうかあ。そりゃ勘定は合ってらあ。

……

さて結局酒を借りて単に飲んでしまった二人は今後働いて返さなければならないわけですが、二人で向島まで繰り出してこの事業を行う寸前までは段取り含めてうまく行っていたのです。

そして酒を飲むのも少々にするデモをしておけば、客に売る分についても充分な利鞘が生まれ、仕入れた酒の原価を上回る売上を上げられたことは確かでしょう。

二人の構想準備は万全でしたが、事業の実施段階においてデモをやり過ぎ在庫不足による売上機会損失を招いただけなのです。

この二人は実にうまい営業機会を捉えたのだが、最後に売上を取るところに失敗しただけと評価したいのです。

内部の人たちで売った買ったをしていても、実際の売上にはなりません。

外に打ち出す勇気とプロモーションが良質な売上を生むのです。

しかし一方内部のやり取りは、何にも代えがたい良質なコミュニケーションになる可能性も秘めています。

要は中外の理解をしっかりしておくべきだということです。

これは営業に限らず従業者が押さえておくべきポイントだと思います。

小中学校もあと一週間。仲間うちで昼食を奢り合って楽しく仕事をしたい筆者からは以上です。

(平成26年8月24日 日曜日 最終更新:平成28年8月24日 水曜日)

2014年8月23日

誰でも必ず持っている日付である「誕生日」を考察してみたというお話です




おはようございます。

2014年8月の記事です。

そろそろこのブログも一周年、人間でいうならば満1歳の誕生日を迎えるわけですが、誕生日というのが同じ人がいると何かしら縁を感じるのが人情というものです。

かくいう筆者は、実は実母と誕生日が同じという珍しい事例ですので、自身の誕生日に一定の年齢を足せば母親の年となり、また一緒に誕生日のお祝いを言い合うという関係になっています。

さて、実際一年は366日(閏年を含む)ありますが、実際のところ日本人で誕生日の多い日から少ない日まで並べてみたという表がありますので紹介したいと思います。

まず、最も少ない、レアな誕生日(366位)は2月29日です。

それはそのはずで、この日付は4年に1回しか出現しない大変貴重な日付ですので当然でしょう。



次は正月がノミネート



次の365位は1月1日、364位に1月2日、363位には12月31日と、さすがに師走から年末年始というのは誕生日として避けられる傾向にあるようです。

続いての362位に、4月1日が登場します。

これはこの日までが「前の学年」となってしまい、同級生の全てが日付の上では年上となってしまい、学業でもスポーツでも遅れを取ってしまうのではないかという親の心配がそうさせているような気がします。

逆に言えば親元を一刻も早く巣立たせたい筆者のような親にしてみれば、早生まれはむしろウエルカムカモンなのですが、一般にはそうではないようです。

逆に4月2日の誕生日は全体の2位という状況になっています。

全体1位は12月22日らしいのですが、なぜなのかはよくわかりません。

天皇誕生日と何らかの関連性があるのかもしれませんが。

逆に多い誕生日は7月から9月に集中しているようです。

これは秋口に生まれた子供が冬を超え、4月の保育園などに預けやすくするように調整しているのかもしれませんし新生児と一緒に冬ごもりしたい両親の思惑なのかもしれません。

誕生日一つとっても均質に分布しているわけではなく、いろいろな個性の元に生まれてきた縁を感じる話でした。

もうすぐブログも一周年になってしまうのですが、何のイベントも思いつかず焦っている筆者からは以上です。

(平成26年8月23日 土曜日)

2014年8月22日

天気の話から単位については正確な理解が必要だと感じた話をします

単位はcm(センチメートル)の定規



おはようございます。

雨男の筆者からの2014年8月の記事です。

豪雨が心配な日本列島ですが、例年に比べ夏の太平洋高気圧の勢力が弱く、北のシベリア高気圧との境目に発生する前線が、まるで梅雨前線のように日本列島に停滞しているようです。

そして、ただでさえ夏で暖められた湿った空気が赤道付近から絶え間なく供給されてしまう状況になり、季節外れの長雨や局地的にはゲリラ的な豪雨(筋状の雨雲が通りすぎ、同じ地域に集中して雨が降り注ぐ)になっているのです。

さてこのような状況は天気予報を見るより天気図を見たほうが一目瞭然なのですが、天気図での高気圧低気圧を示す気圧単位はかつてmb(ミリバール)と言いました。

筆者は高校の山岳部でラジオの天気概況を聞きながら天気図を書いておりましたが、その頃にmb(ミリバール)からhPs(ヘクトパスカル)に変わったのです。



昔ミリバール今はヘクトパスカル



数値自体は同じままで単位の呼称が変わっただけですが、気圧の単位がミリバールからヘクトパスカルに変わったと単純に捉えては事の本質を把握したことにはなりません。

厳密には、1気圧(標準大気圧)(atm)=1.01325bar(バール)=101325Pa(パスカル)です。barとかPaが「単位」を表す記号です。1パスカル (Pa) は、1平方メートル (㎡) の面積に1ニュートン (N) の力が作用しているときの圧力という定義の単位となります。

bar(バール)が1気圧にほぼ等しいという定義で定められた単位ですが、より厳密なPa(パスカル)に呼称を統一しようという動きになったわけです。

そうして、ミリ(m)は1,000分の1、ヘクト(h)は100倍という10の何乗か(マイナスも含む)ということだけを示す量の[単位]です。一般人にも、小さいものからμ(マイクロ)1,000,000分の1、m(ミリ)1,000分の1、c(センチ)100分の1、d(デシ)10分の1、da(デカ)10倍、h(ヘクト)100倍、k(キロ)1,000倍、M(メガ)1,000,000倍くらいはよく使われているのではないでしょうか。

ですので、身長を測るときに、何センチというのは本当は間違っています。何センチメートル、と単位まで正確に示さないといけないのです。

千円単位か百万円単位か同じ表でごっちゃになって合計合わないことが多く、都市高速では60キロ、高速道路で100キロの制限速度で走る筆者からは以上です。

(平成26年8月22日 金曜日 最終更新:平成28年8月22日 月曜日)

2014年8月21日

氷水チャリティーのアイス・バケツ・チャレンジという催しが流行っています

ロックで一杯


2014年8月の記事です。

アイス・バケツ・チャレンジという催しが全世界で流行っています。

早く氷水をかぶりたくてスタンバイしているのですが、なかなか大物からのお呼びがかからず残念な小市民の筆者です。

みなさんいかがお過ごしでしょうか。

しばし紙面を割いておさらいしておきますと筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis 略称:ALS)という難病がありまして、これはメジャーリーグでベーブ・ルースと並ぶ伝説的選手であるルー・ゲーリッグも罹患し、また現在天才科学者スティーブン・ホーキングも戦っている病気なのですが、この病気を克服するための研究資金チャリティー(寄附)を募る方法として、「氷水をかぶって他の人を指名」するというシステムが突然大ウケして世界中に広まったというものです。

何だか笑っていいとものテレホンショッキング[友達の輪]のような簡単なシステムで、かつ氷水は寄附とは何の関連もないようなのですが、「伝統とは理不尽なほど広まり、そして続く」[平成26年筆者]という格言どおり、アメリカはボストンで7月末に始まったとされるこのキャンペーンが太平洋を超え日本にやってくるのに、1ヶ月とかかりませんでした。

24時間以内に氷水をかぶれば、次には3名を指名できるようです。

この24時間以内という時間的制限を設けたところに、このシステムがねずみ算式に広まった原因がありそうです。

数学は不得意ですが、1日目に1人が氷水をかぶって3名を指名し、2日目に3人が氷水をかぶるというパターンを繰り返せば、理論的には3の日数乗になりますので、3日目には9人、4日目には27人、20日目には11億6,226万1,467人の人が氷水をかぶることになるので、この辺で打ち止めになるでしょう。

テレホンショッキングは、1名だけ後継指名の一子相伝でしたが、もし3名に増やしてしまっていたら、32年も続かなかったかもしれません。

太く短く華々しく生きるか、細く長くしぶとく生きるか難しいところです。

一子相伝一曲だけよと歌い出したもののいつの間にやら十数曲のはしごカラオケ筆者からは以上です。

(平成26年8月21日 木曜日 最終更新:平成28年8月21日 日曜日)

2014年8月20日

建築工事における人件費と材料費の話から人材不足の状況を解説いたします

家事代行サービスも本格化


2014年8月に書いた記事です。

昨今の建築ラッシュにおいて、建築費が上がっているという話が聞こえてくることがありますが、建築費の中の主要な要素として材料費と人件費が挙げられると思います。

海外から輸入するものは、日本は「円」で買いますので、円安になればそういった輸入品が高くなることは道理です。

逆に海外への輸出品は「同じ通貨単位でも安く」売れますので競争力がつくということになりますが、このように円高円安とは表裏一体の関係なのです。

ガソリンがこのところずっと高いという感覚がありますが、少なくともここ2年程度で急激に進んだ円安が影響していることは間違いありません。

消費税も上がりましたし、一般に「モノ」の調達はますます厳しくなってきたと言えましょう。

また人件費についても、商工会議所などが実施している調査においても、特に中小企業の多くは従業員が現在、不足している状況にあるということで、今後も不足する懸念があるとしています。

業種別には、特に建設業などの非製造業で労働集約型の業界における人員不足感が強くなってきています。



人口減少社会に入ることがはっきりとわかっている



人口動態としても、はっきりと現在の日本は今後数十年間続くと見られる人口減社会に本格的に突入しました。

新しい仕事や業務が創出されてもそれに充てる人材確保のため、賃上げやパート労働者などの正社員化などを実施することによる人件費アップ分をこうした追加収益のみでカバーするのは至難の業です。

これからの「ヒト」の調達も、ますます厳しくなってくるでしょう。

そうして、建設業におけるこうした状況は、既存の建物管理を生業としているビルメンテナンス業務にも必ず影響してきます。

そういった想定を常に行いながら、今に生きる中小事業者は知恵を絞って必要な対応をしていく必要があるでしょう。

たまに真面目な話をしましたので、今日はずいぶんよく眠れそうな筆者からは以上です。

(平成26年8月20日 水曜日 最終更新:平成28年8月20日 土曜日)

2014年8月19日

世界のプロゴルフトーナメントの仕組みとランキングについておさらい

ゴルフに乗ってゴルフに行こう


おはようございます。

2014年8月の記事です。

いつもスポーツといえば野球ばかり書いていますが、本日はゴルフのお話をしたいと思います。

ゴルフは紳士のスポーツです。

そして、プロゴルフトーナメントは、完全それらの試合の順位により賞金が分配され、シーズンごとの賞金ランキングが決まり、基本的にその上下がゴルファーの評価実力と均衡するという具合になっています。

過去の実績は現在の実力や賞金額とあまり関係がありません。

ここが、「昨年度の成績」で今年度の年俸が決定するプロ野球(日本のNPBも北米のMLBも)と違うところだと思います。

プロ野球年俸が遅行指数と言うならば、ゴルフ賞金額は一致指数とも言えそうです。

さてそんな完全実力主義の賞金トーナメント主義のプロゴルフ界にあって、最も賞金を稼げてかつ評価が高い大会がいわゆるメジャー大会となります。



世界最高峰の4つの大会



そしてその中でも世界四大メジャーと言われるザ・マスターズトーナメント(The Masters Tournament:1934~)、全英オープン(The Open Championship:1860~)、全米オープン(U.S.Open:1895~)、全米プロ選手権(PGA Championship:1916~)の4つの大会で勝つのは至難の業です。

ちなみに現在まで日本人はこの栄誉に到達していません(四大メジャーとは別に最高賞金大会という大会もありますがここでは敢えて省略します)。

テニスで四大大会で久しぶりにベスト8に残ったり、サッカーでも欧州ビッククラブでレギュラーを張るといった日本人選手も出てきていますが、まだまだゴルフの世界の壁は高いように思います。

年齢を重ねてもトップレベルでプレーできる時間が長いのも、ゴルフの魅力です。2009年7月に行われた第138回全英オープンにおいて、59歳のトム・ワトソン選手は最終日時点で同着首位、その後プレーオフにもつれ込み2位と大健闘しました。

60歳目前の選手が現役バリバリで若手や中堅を凌ぐという醍醐味があります。

ゴルフスコアはボーリング並みの3桁で、たくさん打つのが大好きな伸びしろいっぱいの筆者からは以上です。

(平成26年8月19日 火曜日 最終更新:平成28年8月19日 金曜日)

2014年8月18日

セーラー服と機関銃という独自の発展を超えた外来語について語る

ポパイ(2009年12月8日Googleロゴ)


おはようございます。

2014年8月の記事です。

セーラー服と聞いて、かもめの水兵さんではなく女子高生を思い浮かべたあなたは、間違いなく日本の人と謹んで申し上げたいと思います。

同じように、アメリカの古典アニメにポパイというのがありますが、この主題歌ポパイ・ザ・セーラーマン、というフレーズになぜセールスマンなのか、アニメ物語以外で実際ポパイはほうれん草を売って生計を立てているのだろうかと淡い疑問を持っていた少年時代の筆者でしたが、あれは営業担当者(セールスマン)ではなく水兵さんのことだったのです。

長じてセーラームーンとはポパイのオマージュなのかとも考えたのですが、こちらは却って深読みしすぎなのかもしれません。



外来語が日本で独自の進化を遂げる



このように、海外から入ってきた言葉に、日本の人は独自の考えや概念を付与して使いこなすのが大変得意です。

マンション、といえば本来の意味は大邸宅ですが、日本では単に集合住宅のことを指すような例が挙げられます。

そういう意味で、話を戻せばセーラー服と機関銃というのが日本で流行ることを海外の人々が理解するには相当の修練が必要とされそうです。

水兵が武器を持つことは何ら普通のことだからです。

セーラー服を脱がさないで、というのも日本でしかヒットしないでしょう。

マッチョの水兵さんの軍服なんですから…。

満員電車のことをすし詰めと説明して、知り合いの海外からの人に「それって旨いのか」と聞かれてしまうようなものです。

学生時代はマンションではなく長屋で下宿し、すし詰めの合宿所で雑魚寝していた筆者からは以上です。

(平成26年8月18日 月曜日 最終更新:平成28年8月18日 木曜日)

2014年8月17日

文字で伝えきるという技術を身につける意味について述べます

迫力のスピーチ



おはようございます。

いよいよお盆休みも今日でおしまいの方々も多いと思いますがいかがお過ごしでしょうか。

その昔、ラブレターでも漢字多いんだねと呼ばれたことで有名な筆者ですが、懲りずにブログ記事でもお付き合いください。

さて、表意文字である漢字と表音文字である片仮名平仮名を組み合わせた日本語はマスターするまでは大変ですが、使いこなせば大変な威力を発揮します。

しかし、深遠なるがゆえの失敗もまたあります。恥ずかしながら、筆者は疾病という字を直近まで「しつびょう」と読んでおりました。



しっぺいと読みます



「しっぺい」が正解です。

読んだ文字のままマスターしますと、音にする時自信がなくなってしまいます。

英語のテストでも、リスニングやスピーキングが重要視されていますが、日本語においても、読み書き以上に聞く話す機会を積極的に作った方がいいのかもしれません。

よく演説のスピーチにもありますが、用意した/もしくはされた原稿にずっと目を落として話すだけでは、単に読む作業を耳からさせられるだけになりがちで、あまり心に残りません。

スピーチの時は、非言語情報と言われる身振り手振り、視線のやり方、声の抑揚なども非常に重要になるのです。

やっぱり直接告白しておくべきだったのかもしれないと思う筆者からは以上です。

(平成26年8月17日 日曜日 最終更新:平成28年8月17日 水曜日)

2014年8月16日

野球で満塁策をとる場合のメリットデメリットについて考察しました

ホームベースのサイズ


おはようございます。

2014年8月、また野球素人による野球の話ですが、一席お付き合いを願います。

攻撃側チームの得点によりそのまま勝利となりゲーム終了のいわゆる同点サヨナラの場面において、守備側がどういった対抗手段をとるべきかという論点です。

2014年の夏の甲子園でも、同点延長裏の攻撃で、一死1,3塁の場面があり、次打者セカンドゴロでサヨナラ勝ちとなった試合があったようですが、ここでは満塁策を取るべきだったのか否かといった話です。

まず、満塁策の一般的なメリットとしては、(ア)全ての塁においてフォースアウト可能になる→(イ)本塁送球の際もタッチが不要(フォースアウト成立)となるので深いゴロでも本塁で刺しやすい→(ウ)そのままホーム→一塁のゲッツーも取りやすい、といったところになります。

全て、満塁にすれば全ての塁でフォースアウトにできるということから派生するメリットです。



デメリットはピッチャーに余計なプレッシャーがかかること



それでは、デメリットはないのでしょうか。

守備の内野手外野手についてはそれほどデメリットはありません。

むしろ吹っ切れて守りやすくなるでしょう。

しかし、投手と捕手には過酷なプレッシャーがかかります。

それは、四死球による押出しサヨナラ負けの危険がいや増すということです。

その他、打席の打者は敬遠で歩かせ次の打者で勝負したほうが得策なのかといった考慮もありますが、基本的に安打に加えて四球でも負けというリスクを背負うことになるのです。

無論、暴投後逸でも一瞬で試合終了です。

したがって、筆者の意見としては投手の制球が良く、メンタルも強く、そして長い回を投げていても体力的に持ちこたえているといった場合でなければ、なかなか使えない策となりましょう。

つくづく野球は投手に厳しいスポーツだと思います。

満塁策をとっているわけではないのに、いつの間にか連続四球で満塁にしてしまう筆者からは以上です(その後、本来のエースに交代)。

(平成26年8月16日 土曜日 最終更新:平成28年8月16日 火曜日)

2014年8月15日

ビルメン業に欠かせない安全靴を履いてご安全にいきたいというお話

安全靴(右足)


おはようございます。

2014年8月の安全に関する記事です。

「ご安全に」は建設現場や工場においてよく聞かれる挨拶です。

安全最優先の声掛けとして広まりました。

一説にはその昔、ドイツの炭鉱夫たちの間で使われていた「ご無事で!(Gluckauf、グリュックアウフ)」という挨拶が由来とのことです。

戦後の日本にもそれがもたらされ、鉄鋼業界や電力業界、建設業界における全社声掛け運動として取り入れられるようになりました。

筆者の属するビルメン業界も、各種の機械や設備機器(機器といってもポンプやボイラーといった大掛かりなもの)を検針巡回などで取扱う性格上、安全意識を高めることはとても大切です。

そして、ビルメン業に限らず現場業務に従事する者の強い味方に安全靴があります。



安全靴は履いている人の安全を確保します



重量物の落下から足先を守るため、また釘や鋲といった金属突起物の踏抜けから特に足先を守るため、通常のスニーカーにおいては皮革や合成樹脂である足先上部を鋼板で守り、また靴の中底も鋼板で強化しているという特別な靴です。

厳密には、正式に「安全靴」と呼べるのは、JIS規格に合格したJISマーク付の靴のみになるのですが、重い鋼板の代わりに強化プラスチックを用いて鋼板に近い耐衝撃性を付与したものも、一般的には安全靴と呼んでいます。

受託した業務を適切に遂行するためには、とても大切な相棒です。

確かに重いのですが、エクササイズのための天然アンクルウエイトだと思って履いている筆者からは以上です。

(平成26年8月15日 金曜日 最終更新:平成28年8月15日 月曜日)

2014年8月14日

2014年8月の夏遠征先の高知にて豪雨に見舞われ周囲が冠水したという話です





おはようございます。

2014年8月の記事です。

あらためまして、2014年8月3日の豪雨の高知からの実況をお知らせいたします。

台風12号は8月3日午前現在、韓国済州島の北西海上をゆっくり北上しています。この雨台風で刺激された雨雲が四国南部に停滞し、高知を中心に引き続き大雨となっています。


気象庁からは、土砂災害や低地の浸水、河川の増水に厳重な警戒がなされておりまして、実際筆者の宿舎周辺も道路が冠水してしまいました。


物凄い雨と風





台風の動きがゆっくりで、しかも南で十分にあたためられた湿った空気が絶え間なく流れ込んできており、雨は全く通り過ぎてくれません。

安全最優先で行きたいと思います。

写真は宿舎の二階から撮影したものです。

少年野球大会のため、福岡からバスで10時間、はるばる高知までやってきておりますが、雨には勝てません。

こちらからは以上です。

(平成26年8月14日)

2014年8月13日

全国で夏の少年野球大会が開幕しました@2014年8月夏

入場行進



2014年8月の記事です。

お盆の日本では、甲子園の高校野球のように各スポーツ真っ盛りです。

筆者の近くでも南は沖縄東は徳島まで参加する少年野球大会が開催され(今度は高知ではなく地元開催です)、連日熱戦を繰り広げることになるのですが、ここで、少年野球の大会というものがどのように行われるかおさらいしておきたいと思います。

まず、通常トーナメント方式(海外ではノックアウト方式と呼ばれることが多い)で戦われる大会ですので、出場チーム数は2の累乗になるように調整されます。そして、4日連続でグラウンドが取れる大きい大会の場合、2の6乗である64チームに出場してもらいます。

そうしますと、初日は全員で入場行進と開会式を行い、即各グラウンドに散ってもらって一回戦を戦ってもらいます。

試合は合計32試合行われるので、グラウンドは8会場程度必要です(8会場で4試合ずつ)。

2日目は、二回戦と三回戦を行います。

ここで残った32チーム合計16試合(二回戦)と8試合(三回戦)を戦い、結果チームは一気に8に減ります。

そして3日目で準々決勝4試合を戦います。

ここからは試合に必要な会場グラウンドは1つで済みます。

最終日4日目に同じグラウンドで準決勝2試合と決勝1試合を行い、閉会式までやって大会は無事終了となるわけです。



少し小さい大会では32チーム



もう少し小さい大会となると、32チームを集め、初日に一回戦、2日目に二回戦と準々決勝、そして3日目を最終日として準決勝決勝を戦うというスケジュールになります。

64チーム制より1日少ない日程で大会を消化できます。

理論上、128チームでも1日増やせば大会として成り立つと思いますが、こうすると、初日に64試合を各会場の合計で消化しないとなりません。

開会式から各試合会場グラウンドへの移動も大変になります。

会場となるグラウンドの確保も大変です。

そういうことで、大きな大会では64チームで優勝を争うトーナメントが主流になっているということです。

お盆のこの西南の地でも、熱戦繰り広げられる4日間の開幕です。

6回勝てば優勝だ-と暢気に構えている一人である筆者からは以上です。

(平成26年8月13日 水曜日)

2014年8月12日

仕事を人に頼む時にはよい発注者になろうと努めた方が後々よいという話

日本最大級の請負事業[瀬戸大橋ケーソン]


おはようございます。

2014年8月の記事です。

さてお盆前ですが本日は会社の大きな事業構造から話を始めたいと思います。

基本「請負」業務に従事しておりますビルメン業の筆者です。

「請負」業務とは施主とか委託者とか発注者の指示意向に基づいて、期待される受託業務をこなして手数料や工賃をいただくという性格のお仕事です。

施主や委託者や発注者は、自社もしくは金主や株主のために、「経費をかけても」何かの業務を行ない、サービスの向上なり保有資産の価値向上なり通常の運営なりを担わないといけない立場の方々です。

このようなもろもろの仕事全てを自社で内製化できればいいのですが、現実問題として全ての事象に対応できるスタッフを自前で揃えることはできないので、外注という手段で業務の住み分けをするのです。

逆に中の仕事として残すものの多くはその会社の「本業」(自前スタッフで取り組む業務)ということになりましょう。

ここで大事なのは、外注しようが委託しようが、そもそもその業務は発注者委託者「自身」のためにおこなっているということです。

自身のために行っているのですから、その最終責任は当然自身にかかってくるわけであり、トラブルになっていくら立場の弱い業者を叩いたところで自らの責任が軽減されたり業者に転嫁されたりすることはないということなのです。

ここがわかっていれば、発注行為について間違うことは少なくなるでしょう。



修正ではなくてそれは変更である場合が多いかもしれない



ですが、ここの意識が薄くなると、本来、外注業者に対して「(仕様の)変更」と伝えるべきところを、思わず「修正」と言ってしまったりしてしまいます。

もともと発注側の手違いなどで「変更」を申し出なければならないところ、発注者という優越的地位を利用して、「修正して」と伝えてしまうようなことはできるだけないようにしたいものです。

業者側に、作業の不具合やミス、未達の品質サービスといった明らかな「非」がある場合は別段ですが、発注側の事情や方針が変わった時などに、「修正」などと誤魔化さずに「(こちらの事情で)変更です」と丁寧に伝えてみてください。

業者だって人間です。

やはり気持ちよく仕事をしたいものです。

人の態度は自らの鏡といいます。

業者側のモチベーションを高めて仕事をしてもらったほうが、明らかに発注側にも得にもなることを任じて、少しだけ意識してもらえたらと思います。

発注側から受注側へ、まさにエレベーターのように上下にキャリアポジションを変えて参りました、カメレオン・サラリーマンの筆者からは以上です。

(平成26年8月12日 火曜日 最終更新:平成28年8月12日 金曜日)

2014年8月11日

方言にみるリーダーシップの発露としてのコミュニケーション能力について

福津宮地嶽神社の参道から玄界灘を臨む

おはようございます。

2014年8月の記事です。

おっとっととっとってっていっとったのになんでとっとってくれんかったと!

という方言のクイズがありました。

これは博多・福岡地方で多用される「(過去分詞・断定・強い疑問形の)~と」の多用例として面白いですが、かように方言というのはその地域の文化に根ざしており大変面白いものです。

これは、(お菓子の)「おっとっと」を取り置いてと言っていたのに、何故取り置いてくれなかったのか!と詰(なじ)っている場面なのですが、

こうして文字にすると「うらにわにはにわにわにはにわにわとりがいる」(裏庭には2羽、庭には2羽ニワトリがいる)というもののようにわかりづらくなってしまいます。

音声で伝えるというのは文字情報よりはるかにリアルで便利なものだと改めて思います。

二人だけでいるときに、筆談やメールやLINEでやりとりするよりは話したほうが早いというのが通常の感覚だと思います。



リーダシップ発揮にコミュニケーション能力は必須



先日リーダーシップの話をしましたがリーダーシップを発揮するには良好なコミュニケーションの力が非常に重要です。

直接話せる時間は限られるということですので、「後で(メールなんかで)連絡しておけばいいや」ではなく、会ったらすぐ話せるように、できれば会った時に話すことを予め用意できるようにしておくべきだと思います。

エレベータートークといって、エレベータに居合わせているような場面の30秒程度の間に自分の報告やアイディアなどを簡潔に伝えることは大切です。

廊下ですれ違うようなときの立ち話なども大切です。

もちろん、エレベーターや廊下は、半分公共の場ですので、具体的な取引先の名前や案件の概要などまで踏み込むかは、乗りあわせている人がいるか含め、絶妙なさじ加減が求められるのです。

こうしたセンスは、多くの場数を踏んで鍛えていくしかないのかもしれません。

行きつけの飲み屋ではいくらでもしゃべれるくせに、美人と上司と家内の目の前では、とたんに話せなくなってしまう筆者からは以上です。

(平成26年8月11日 月曜日  最終更新 平成28年8月11日 木曜日)

2014年8月10日

人望とリーダーシップは別物であるという気づきがあったという話

注連縄



人望があっても人脈があっても組織を率いるリーダーとしてビジョンを示せないとメンバーには不満がたまるという話をしている人がおられまして、なるほどと思ったので重ねて書いておきたいと思います。

メンバー間での評価の尺度として、確かに人望であり人脈が重要であることは論を待たないと思います。

営業担当の間で、取引先と良好な人脈を作っている人、もしくは他の営業担当もすぐ応用できるちょっとした営業のコツを教えてあげるような人は人望があります。

人望も人脈も、担当者としての[メンバーとしての]スキルアップには欠かせない要素であることは間違いないです。

しかし、その[有能な担当者]が組織を率いるマネージャー[管理職]になったとき、そのままのやり方で進んでいけばよいと考えるのは大きな間違いなのです。



名選手名監督たらず



有能な担当者として必要な能力は確かに個人としてのスキル[技能]や人望や人脈といったネットワークでした。しかし、単に優秀な人が同列に横にいるという担当者ではなく、部下や若手という組織を率いていかなければならない管理職という立場にまず求められるのは、人脈ではなくリーダーシップなのです。

リーダーシップがなければ、個人として好かれる上司であっても、なんとなく組織や部署のビジョンや方向性が見えないという不満が澱のようにたまっていきます。

メンバー自体も何に不満なのかよくわからず、それがかえってストレスです。物分かりのいい、人望のある上司というのはそれはそれでよいのですが、それだけでは絶対に駄目です。

上司の能力の尺度をひとつ挙げよと言われたら、リーダーシップとビジョン提示力ということになります。

メンバーは、上司に対して方向性を示してくれることを望みます。

いい人である前に、リーダーとしての方向を示せる人を求めるのです。

別にいい人が隣にいても物事は前に進みません。

マネージャーにはリーダーシップが求めれます。

別にいい人として好かれる必要はないと言えます。

その方向性を自身のポリシーや考え方と合致して取り込めば、非常に気持ちよく動くことができるのです。

方向性を示せる人材になりたいです。

他人ではなく、自らと自らの組織のために難しい決断をすることができる人材。

これがリーダーシップの本質だと思います。

会津若松から博多時間の日常に戻ってしまいがちな筆者からは以上です。

(平成26年8月10日 日曜日)

2014年8月9日

ならぬことはならぬという教えが息づく會津という街を訪ねてみました

ならぬことはならぬ



2014年8月の記事です。

熱い夏が続きます。

最近小さな虫や蚊にモテモテで困っています、九州ビルメン業の筆者ですこんにちは。

2014年の8月、突然ですが會津若松にやってまいりました。

八重の桜の会津です。さる研修プログラムの一環で初めて訪れることができました。大変ラッキーかつ楽しいです。

しかし博多から8時間超の長旅です。筆者は荷物検査やシートベルトが好きではないので、全て陸路の新幹線を選択しました。

ビルメンテナンス業に欠かせない安全靴のまま飛行機の安全検査ゲートをくぐると確実に警報が鳴り係員に余計な緊張を強いてしまいます。

靴までスキャンに通す手間を考え、また交通機関乗り換えの面倒さを考えれば、少々の時間超過は大したことないとの判断です。

博多から東京、そして郡山まで山陽東海道東北新幹線で、郡山からさらに在来線で1時間強、ようやく會津若松に到着することができました。




聞きしに勝る會津の文化



いうまでもなく筆者は九州の人間、しかも長州山口県の向かいの北九州八幡であり、加えてあろうことか先週土佐高知に行ってきたなどという、會津の人から見ればもろに西軍ゆかりのものになります。

顔が黒いのは隠しようもないので、とりあえず財布の中くらいは豊前中津の諭吉さんではなく、磐梯山猪苗代ゆかりの野口英世でバッチリ揃えておきました(いつものことかもしれませんが…)。

さて会津若松に降り立ちましたら、真っ先に飛び込んできたのが「ならぬことはならぬ」でした。

そのほか街の至る所に標語やら看板やら碑文やらがあり、街全体が学校のように見えてきます。

會津者は頑固といいますが、まさに生まれ落ちてからの什(じゅう)の教えが息づいているのです。

鶴ヶ城や稽古堂など、訪ねておきたい場所を歩き回る中、いろいろ人にも尋ねましたが皆さん親切でした。

大河ドラマ@八重の桜のポスターを見ながら、京都にもゆかりのあるという洒落たカフェで食事もできました。

会津藩主松平容保は幕府の絶大な信用のもと、幕末の政争の場であった京都を抑える京都守護職という激務につきます。

労多くして益なし、しかも倒幕勢力の恨みを一身に買うという厳しい役回りですが、文句の一つもなく職責を果たします。

この気風は今もこの會津の地に流れていて、お城や街の整備のさまを拝するに、人の教育の大切さを改めて痛感するような気がしました。

人は死んでも精神は滅びず、というところです。

午前11時2分には黙祷もありました。

…それではまた8時間かけて福岡に戻ります。

教育的指導を受けてきたことでは負けない筆者からは以上です。

(平成26年8月9日 土曜日 最終更新:平成28年8月9日 火曜日)

2014年8月8日

戦国末期の出世競争という観点で高知と福岡で共通する面白い話を紹介します

東軍 ビフォーアフター

おはようございます。

2014年8月の高知遠征に関する記事です。

折角高知まで遠征しましたので、高知と福岡の共通点などないかと思っておりましたら、見物させていただいた高知城に面白い展示資料があり、思い至ったことがありましたので書いておきたいと思います。

高知も福岡も、関ヶ原の合戦で大出世を遂げた外様大名の領地として徳川宗家に安堵されたものだったのです。

まず横綱格として福岡の黒田藩が挙げられます。

関が原での東軍先鋒を務めた黒田長政は、勇猛に戦ったことに加えて調略を駆使して小早川秀秋や吉川広家の寝返りを交渉により実現させるという、関ヶ原一番の功労者として、筑前に52萬石という大封を与えられました。

それまでの豊前中津12萬石から4倍強、徳川家康に家禄の全部と家の運命を張って与するという大きな賭けは功を奏し、現代風に言えば4倍返しの配当にあずかったわけです。

次に大関格として高知の土佐藩が挙げられます。

同じく東軍で戦った山内一豊は、それまで遠江国掛川6萬石の中堅大名でしたが、同じく関ヶ原では西軍総大将の毛利軍や四国の長宗我部軍などの押さえを担当しこれを無力化することに成功、こちらも大きな功労者として、土佐高知に24萬石という大封を得て大大名の仲間入りを果たすわけです。こちらも4倍返しです。

因みに黒田家も山内家も、いずれもNHK大河ドラマにも「出演」していますが、こちらは高知の山内一豊さんのほうが先輩格となっています(「功名が辻」の主人公は一豊さんの妻の千代さんですが)。



敗者に回った西軍の方も見ておきましょう




西軍 以前とその後



さて徳川家康は、活躍貢献した大名にはこれだけの大盤振る舞いを致しましたが、その原資のほとんどは負かした西軍大名の没収した領地からです。

それにちゃっかりしているというかやっぱりというか、徳川家康自体(徳川宗家)の所領地石高が、武蔵江戸240萬石から武蔵江戸+それ以外の天領で400萬石と量的には最も拡大しています。

ここは後に成立する江戸幕府の基盤を強化したものであるということで大変重要なところですので、押さえておきたいと思います。

さて東軍側にその殆どを没収されたり減封されたりした西軍側大名ですが、その中に西軍で最も果敢に戦った大名の一つでありながら、一石たりとも減ぜられなかった奇跡の藩があります。

薩摩鹿児島56萬石、島津義弘その人です。その話はまたの機会にでもさせていただきます。

俺を観て 育った部下から 大出世

異動も出世もないため、名刺がたいへん長持ち致しますエコな筆者からは以上です。

(平成26年8月6日 水曜日 最終更新 平成28年8月6日 土曜日)

2014年8月7日

2014年8月に実施した雨の少年野球大会高知遠征を総括します

(1合×7杯)+生ビール2杯+α


おはようございます。

2014年8月、高知遠征の総括をいたします。

個人的にもチーム的にも夏の大イベントであった高知3泊4日の少年野球大会遠征を終え、無事福岡に帰着致しました。

何事も、それがうまく行こうと残念な結果に終わろうとも、一旦起こったことを全てテーブルに出して総括するというのは大切です。

全体をとりまとめて締めくくらないと、単なる雑感・感想に終わってしまいますし、それまでの活動の内容の成否や当否は全く別にして、純粋に内容成果を評価反省しなければ、次への教訓とはならないと思っています。

その意味で、折角ワールドカップという舞台で、最新の世界のサッカーというものを[惨敗という形であろうが]体験し、その後も間近で[観察]してきたのに、簡単に四年後だの時期代表監督候補のルーレット予想などを掲載するのにはあまり関心がありません。

試合の当否や戦った選手の調子や監督の戦術の良し悪しに事を矮小化するのではなく、強い組織に流れる、「敗因を検証して次につなげる」健全なサイクルを大切にしたいものです。

さて今回の遠征に当てはめてみますと、やはり野球という雨天中止のリスクがある大会において、雨天時の代替案について考慮をしておく必要があると思いました。

ドーム球場はさすがに取れないですが、例えば高校レベルの室内練習施設を早朝夜間利用させてもらい、出場チーム同士での合同練習を行うとかいった仕組みでもあれば、遠征ならではの域外チームとの交流が図られるわけで、もしかすると別の機会において個別チーム同士での練習試合なども実現できるかもしれません。



試合はできなかったけれどもやはり遠征して良かったと思うこと



筆者が関係するチームも初戦高知県のチームと対戦することになっており、入場行進と開会式を行った後、保護者関係者の厚意で一緒に記念撮影をすることができ、対戦への気持ちも盛り上がったのですが、結局雨で試合できずに終わってしまいました。

試合ができなくても、一緒に練習するだけでも確実に相手を意識することになり、その効果もまさに遠征ならではということになります。

今後の検討課題になりそうだと思います。

もちろん、限られた予算人員設備の中、何でも実現できるわけではありません。

しかしこの状況をよい教訓にして、更に大会をより良いものにしようと考えるのは、当の遠征が成功だったか失敗だったかとは別に普遍的に考えるべきことなのです。

二日酔い時の反省が次の飲み会になかなか生かされない筆者ですが以上です。

(平成26年8月5日 火曜日 最終更新:平成28年8月5日 金曜日)

2014年8月6日

晴れ間の戻った来島海峡大橋を臨む@2014年8月高知遠征




おはようございます。

2014年8月の高知遠征の帰途です。

写真は来島海峡大橋です。

すなわち高知県高知市から愛媛県今治市に到着しました。

高速道路が使えないので、四国最高峰の石鎚山の近くの峠を通り、一般道での山越えを果たしました。

青い空、白い雲、これぞ夏の瀬戸内海です。

思わず素振りしてしまいそうないい天気の下ですが、後にしてきた高知の水害がまだ続いていることに思いが至り、複雑な思いがいたしました。

無事にここまで来れたことに感謝しなければなりません。



雨の降っていないところに来ただけ



雨が止んだわけではなく、我々が雨が降っていないところに来ただけなのですから。

今治市、今は造船で世界に有名ですが、その昔は村上水軍と呼ばれた海賊の根拠地です。

瀬戸内海に浮かぶ伯方島という島は、古来より良質の塩の産地として知られ、伯方の塩というブランドで今も有名です。

さて一路博多まであと数時間、橋を渡って戻ろうと思います。

伯方島の塩を博多の塩だと思っていた筆者からは以上です。

(平成26年8月4日 月曜日)

2014年8月5日

桂浜から帰途しましたが結局野球の試合はできませんでした!




2014年8月の高知遠征の顛末です。

おはようございます。雨の高知からお知らせいたします。

昨日市内の宿舎を出て桂浜に入り、雨が止むのを待ちましたが、僅かな望みも潰え、野球大会は三日連続の中止となってしまいました。

テレビでは四国地方は豪雨と繰り返し報道されており、横殴りの雨と風を見れば、野球試合などできるわけもないのですが、ただ大変残念です。

ここに至り、わがチームも帰福を決めました。高知からの高速道路が閉鎖されていますので通常の道を通り、十数時間の長旅です。

行きとは違い、今治から福山に至るしまなみハイウェイを通るのが唯一の楽しみでしょうか。


桂浜にもきてみました




せっかく昨日は桂浜に来ましたので、雨の中ですが海岸にいってみました。

水害はまだ続いております。野球するとか仕事に行けるとか、そういう日常の大切さを感じる遠征となりました。

豪雨の高知からは以上です。

(平成26年8月4日 月曜日)

2014年8月4日

雨の高知城からひろめ市場へ繰り出す@2014年夏*少年野球の遠征です



おはようございます。

2014年8月、少年野球高知遠征中の筆者です。

引き続き高知遠征中の筆者ですが、豪雨が続いています。

ちなみに野球の大会に来たのですが、ボールは一瞬も触れていません。

大雨警報の中ですが、宿舎でいい加減やることもないため、大降りの中ですが高知城に向かってみました。

さすが南海道随一の名城です。

この城の特徴としては、雨が多いという地域特性から、城の石垣は水捌けの良い野面積みとなっており、また城の敷地に降った水が落下して石垣の石を傷つけないように写真ように石の長い雨樋が突き出ています。

いろいろ工夫があるものです。



しかも雨樋が活躍するところを見れた



しかも土砂降りですから、まさにその雨樋が大活躍しているところを見ることができました。

黒部ダムの大放水を彷彿とさせるような光景です。

他の観光客まほとんどおらず、まさに貸し切り状態です。

その後近くのひろめ市場というマーケットに繰り出し、土佐鶴、桂月、酔鯨、司牡丹、瀧嵐とそれぞれ一合ずつ飲みまして、そろそろ日報など書けなくなって参りました。

そんな南海ファンの筆者からは以上です。

(平成26年8月2日ひろめ市場にて 最終更新:2016年8月4日 木曜日)


2014年8月3日

少年野球で遠征に出かけた四国はまさかの豪雨@2014夏の高知




少年野球、2014年8月の夏の高知遠征第三弾です。

バケツをひっくり返したような凄い雨と風が未明から降り続き、屋内ドームなど用意できない少年野球大会は、あえなく本日の全日程が中止となってしまいました。

九州の西を進む台風が、南からの湿った空気を南海高知に運びこみ、局地的な大雨を降らしたのです。

試合したいですが、他の60チームもそれぞれの宿舎やらでまんじりとせず過ごしているのでしょう。



日本全国から集まっているチームが待機



沖縄から5チーム、札幌からも1チーム特別参加しているこの少年野球大会、ざっと2,000人規模の人の流入があるわけですが、肝心の試合ができないと勝利の美酒も悔しい反省会もできず、なんとなくクラゲのようにふらふら商店街を巡ったりするしかありません。

バットの代わりに傘を持ち、高知の誇る商店街はりまや橋アーケードにやってきました。

ちょうど来週が、土佐の本家よさこい祭りのようで、そうなると街は祭り一色になるようです。

早速ですが、土佐鰹の珍味「酒盗」というのを買い求めてみました。鰹の内蔵を塩辛にしたもので、酔鯨とか土佐鶴といった地元の日本酒に合いそうです。あとわらび餅も食べました。

午前10時で酒の肴のことを考えた、まだ野球のボールも整備用のトンボすら触っていない野球大会遠征中の筆者からは以上です。

(平成26年8月2日 最終更新:平成28年8月3日 水曜日)

2014年8月2日

大工事により完成した巨大な橋桁を持つ瀬戸大橋を振り仰ぐ高知への道




2014年8月の高地遠征記です。

九州を出て、中国地方を進み瀬戸大橋にやってきました…でかい!

列車が走るところがあんなに小さく見えるのに、巨大な橋台コンクリートの塊が迫ってくるようです。

人間の実現する力の凄さを感じます。

これは、昭和最後の年63年4月に完成した前人未踏の大プロジェクトです。

少し前にNHKプロジェクトXという番組で取り上げられたのを見て泣きましたが、青函トンネル事業と並び、島国ニッポンに暮らす人々の夢を叶えるために働いた無数の名も無き人々の努力を目の当たりにすることができ、感慨ひとしおでありました。

あまりにも長大な橋のため、橋梁タワーを建てるときに地球の円周も考慮に入れなければならなかったとか、最大クラスの台風により瞬間風速にもたわんで耐える鋼鉄ロープの開発など、様々な苦労と工夫の物語が展示されておりました。

 逆境の中で
 やり遂げる執念が必要だ
 後の世に人に
 笑われない仕事をしよう

建設にあたった現場事務所長杉田秀夫さんの言葉だそうです。

四半世紀を経てそびえ立つ威容に改めて敬意を表し、いよいよ四国入りです。

写真はちょっと間違ったかもしれませんが以上です。

(平成26年8月2日 金曜日午後 最終更新:平成28年8月2日)

2014年8月1日

2014年8月少年野球の西日本大会高知遠征にさあ出発




2014年8月の記事です。

おはようございます。

本日からしばらく何時もの記事エントリーから若干趣向を変えたドキュメントタリー調でお送りしたいと思います。

今、福岡市から高知市までバスで向かっています。

所属少年野球チームで、第4回坂本龍馬旗争奪西日本小学生野球大会という大きな大会に出場するのです。

南は沖縄から東は京都滋賀から、総勢64チームが集いノックアウト方式のトーナメント戦を繰り広げます。

各チーム選手15名程度としても、監督コーチにスコアラーやらスタッフ、そして当職のような単なる引率ながら球拾いやグラウンド整備などの貴重な労働力ともなる保護者も含めると、結構な団体となります。

大会を主催する高知側としても、この酷暑の時期にこれだけの観光需要を取り込むのは容易ではないため、全力歓迎ムードです。

全くただの球打ちに片道10時間もかけて瀬戸大橋を渡り高知城まで陸路を行くとは趣味もここに極まれりという気もしますが、逆にいえばこれほどの贅沢はないと思い直し、すでに朝5時時点で目が冴えています。

高知の海は、さすが黒潮というくらいあり、うねうねと真っ黒でしょう。

すでに日焼け充分で、昨日街中で香港からの観光家族から現地ガイドと目され英語で案内を頼まれるという栄誉に浴し、期待された役目を十分に果たして予習充分の筆者からは以上です。

さあ出発です!!

(平成26年8月1日 最終更新:平成28年8月1日 月曜日)