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2014年10月31日

[不定期連載]邪馬臺国謎解き(その5:了)

三連続での同テーマで恐縮ですが、邪馬臺国関係詳論を続けます。

今回で最終回です。

第1回から読みたい方は(こちら→第1回)をクリックください。

前回、倭の伊都國という交通交易の要衝であった重要拠点のことを述べ、そこから倭人が案内するその先のそれぞれの國までの方角、距離感が記されたところまでを述べました。

そして、奴國と不彌國については後で述べるとして、まず大国である投馬國と邪馬臺國に絞って考えます。

(ヌ) 南のかた投馬國に至る。水行二十日。五萬余戸ばかり有り。

(ル)南、邪馬壱國(邪馬台國)に至る。女王の都する所なり。水行十日、陸行一月。(加えて別のとところには七萬戸の記載あり)

伊都國から水行するということですから、有明海(今よりもっと陸側に海岸線はあったと思われます)から南に船で下るということでしょう。

二十日ということですからかなり南に沿岸沿いに行って、筆者は現在の薩摩川内市あたりに投馬国を比定しました。

五萬戸という大国ですから、領土も今の鹿児島市くらいまで展開していたのかもしれません。

この投馬国については、後に出てくる邪馬臺國の永遠のライバルである狗奴国と違って、特にいさかいもなくさらりと書かれています。

おそらく、女王國連合には加わらなかったけれども邪馬臺国や女王國連合とはかなり友好的な関係だったと推定します。

次にいよいよ邪馬臺国です。

水行十日ですので、筑後川下流の有明海から薩摩川内市までの約半分にあるところの熊本県八代市あたりを中継上陸地に比定します。

それから陸行一月、筆者はそのまま球磨川をさかのぼり、えびの高原を経て宮崎平野に入っていったのではないかと考えるのです。

宮崎平野の北端に、目指す西都原古墳が見えてきます。

繰り返しますが、伊都國から投馬國、伊都國から邪馬臺国までの行き方は、これまでの漢人的杓子定規な距離方角方式から、何となく倭人的と言いましょうか、行くという行為に着目した人間くさい書き方になっています。

つまり、資料にまとめたいと考えていた漢人が、伊都國で倭人に尋ねたら「水行二十日」と「水行十日・陸行一月」かかりますよ、という答えが返ってきたということではないかと思うのです。

補強として書きたいことは山ほどあるのですが、一旦邪馬臺国にたどり着きましたので、本論は一旦完了とします。

次はやわらかい話題としたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。

宮崎と言えばチキン南蛮、昼食に食べに行くことだけは決定しました筆者からは以上です。

(平成26年10月31日 金曜日)
チキン南蛮 福岡薬院にも名店あります

















邪馬臺国謎解きシリーズ(全5回)

(その1)

(その2)

(その3)

(その4)

(その5最終回)

2014年10月30日

[不定期連載]邪馬臺国謎解き(その4)

連日投稿しますがご容赦下さい。

これも含めて不定期連載です。さて伊都國(筆者推定)は吉野ヶ里遺跡近辺ということで前回は終わりました。

ここで、この「伊都國」がわざわざ「到る」と書かれているところや、「千余戸有り。世王有るも皆女王國に統属す。郡の使の往来して常に駐る所なり。」などと具体的に説明されているところからすると、この時代、この伊都國は倭と呼ばれた九州島全体のまさに交通の要衝、十字路のようなところであったものと思われるのです。

現在でいうところの佐賀県鳥栖市が、九州自動車道と長崎大分自動車動がちょうど交差する物流拠点であるということに重ねてイメージするようなものでしょうか。

そして、その交通要衝から先の国々への行き方について、記載方法がガラリと変わります。それまでは、◯◯から◯千里で◯國に至る、と書いていたのが、

(チ)東南のかた奴國に至ること百里。二萬余戸有り。

(リ) 東行して不彌國に至ること百里。千余の家有り。

(ヌ) 南のかた投馬國に至る。水行二十日。五萬余戸ばかり有り。

(ル)南、邪馬壱國(邪馬台國)に至る。女王の都する所なり。水行十日、陸行一月。

といった何となく実際に行ったのかどうなのかわからない伝聞を記したような書きぶりになっているのです。

ここで素人であることに甘えて大胆に考察しますと、魏志倭人伝の筆者たちの中で、実際に邪馬臺国まで行った者はおらず、逆に伊都國までは行ったことがあるのではないかということです。

そうすると、伊都國から先の國は、全て伊都國を起点とする「放射状」の方角距離記載だという解釈をすることが「自然」だということになります。

すなわち、

(チ)伊都國から奴国までは東南に百里(100㎞)。

(リ)伊都國から不彌國までは東に百里(100㎞)。

(ヌ)伊都國から投馬國までは南に水行(海の上を船で)20日。

(ル)伊都國から邪馬臺国までは、南の方向に水行(海の上を船で)20日行き、それから陸の上を1ヶ月かけて到着する。

と読めることになります。

さあ、いよいよ邪馬臺國まで迫ってきました。

次回(最終回)を乞うご期待ください。

1級小型船舶操縦免許を持っておりますが、その昔海ならぬ湖で沈没しそうになりました船舶操縦不得手な筆者からは以上です。

(平成26年10月30日 木曜日)
放射式に読むのが自然です














邪馬臺国謎解きシリーズ(全5回)

(その1)

(その2)

(その3)

(その4)

(その5最終回)




2014年10月29日

[不定期連載]邪馬臺国謎解き(その3)

不定期連載邪馬臺国シリーズです。

過去記事は全く同じ題名ですので、ブログ記事検索窓から検索もしくは下記前記事リンクをご参照いただければ出てきますので必要に応じてご利用下さい。

さて3回目ですが前回は魏志倭人伝の記述に忠実に沿い、末廬国(現在の佐賀県松浦川河口の唐津市)にやってきたところまででした。

末廬国部分から魏志倭人伝を再掲します。

(ヘ)又一海を渡ること千余里、末盧國に至る。四千余戸有り。山海にそいて居る。

(ト)東南のかた陸行五百里にして、伊都國に到る。千余戸有り。世王有るも皆女王國に統属す。郡の使の往来して常に駐る所なり。

(チ)東南のかた奴國に至ること百里。二萬余戸有り。

(リ) 東行して不彌國に至ること百里。千余の家有り。

(ヌ) 南のかた投馬國に至る。水行二十日。五萬余戸ばかり有り。

(ル)南、邪馬壱國(邪馬台國)に至る。女王の都する所なり。水行十日、陸行一月。七萬余戸ばかり有り。女王國より以北はその戸数・道里は得て略載すべきも、その余の某國は遠絶にして得て詳らかにすべからず。

ここで、(ト)の伊都國について、北部九州説の大部分が、松浦川河口の唐津から北東にある糸島方面に向け、さらにその先の奴国を福岡平野に比定するのですが、筆者はその「北部九州通説」を採りません。

魏志倭人伝の記述に忠実に従えば従うほど、九州説にしかなりえない(逆に言えば魏志倭人伝の記述は畿内説には絶対的に不利)のに、なぜここで魏志倭人伝が「東南」ときちんと言っているのに「東北」などといった読み替えを行うのか。

素人ながらここが疑問なのです。

そもそも魏志倭人伝の最初のフレーズに、(イ)倭人は帯方の東南大海の中にあり、と書いてあり、魏の帯方郡(今のソウル)から「東南」の海を経たところに倭はあるといっています。

魏志倭人伝の筆者が文ごとに都合よく方向音痴になるとはどうみても考えられないのです。

すなわち、唐津から陸行五百里、すなわち対馬~壱岐を千余里(100㎞)と言っている記載を適用してちょうど50㎞ほど行けば、まさに邪馬臺国を思わせる大きな楼閣を有し、王墓も有る大規模環濠集落である「吉野ヶ里遺跡」が存在する場所に到達します。

そして、わざわざ魏志倭人伝がそれまで使っていた「至る」ではなく、なんだか1ランク上のにも思える「到る」を使っていることからしても、この伊都國は郡(帯方郡)の使いの往来して駐在所があるところ、すなわち倭国の外交使節の玄関口のような重要拠点ではなかったのかと思われるのです。

魏志倭人伝を忠実に読みながら、伊都國すなわち吉野ヶ里遺跡までやってきました。

筑紫のまほろばの国の夜が明けてまいりましたので、続きは次回以降に致します。

(平成26年10月29日 水曜日)

吉野ヶ里遺跡(筆者説では伊都國に比定)














邪馬臺国謎解きシリーズ(全5回)

(その1)

(その2)

(その3)

(その4)

(その5最終回)

2014年10月28日

リーダーシップはフォロワーが育てる

リーダーシップといいますと、何かみんなの前に立って引っ張っていくといったイメージが先行してしまいます。

そして、ほとんどの人にとって見れば、大衆の前で演説するようなリーダーシップの発揮形態をイメージすればするほど、リーダーシップというものが非常に遠いものに思えてくるという気がしています。誰もが大聴衆の前で、「Just one more thing... (それからもう一つ)」なんてフレーズを言う立場にいるわけではありません。

ここで少し、考え方を柔軟にしてみたいと思います。リーダーシップの一形態として、誰か突拍子もないことをしている人をフォローするということを考えるのです。

フォロワーというのは、単についていくだけの人ではないのです。

ツィッターというものがこれだけ全世界に流行ったのは、フォロワーがつくことでリーダーが育つということがあるのだと思います。

フォロワーの存在が、一人では単に変なことをやっているに過ぎない者を、リーダーに育てていくのです。

ここで大事なのは最初のフォロワーを幸運にも得ることができた元変人であるところのほやほやリーダーは、そのフォロワーを自分と同じ目線で公平平等に扱うことが必要です。

そうしないとただの裸の王様になってしまうのです。

自らをフォローしてくれる人によって、ただの変な人はリーダーに変貌するのですから。

何か異常なことをやっている人を見つけたら、そしてもし、その変なことが何らか心に触れたならば、少しの勇気を出してフォローしてみましょう。

フォローされた者がリーダーとなるということはすなわち、フォローするということこそリーダシップの一形態、本質であるということなのです。

本ブログもそんなフォロワーが出てくることを祈ります。

それともう一つ、は明日の話題とさせていただきたい筆者からは以上です。

(平成26年10月28日 火曜日)

それからもう一つ

2014年10月27日

最近の漫画が凄いという話@2014年

一週間に一回はやってくるブルーマンデーを控えた身に軽い話題ということで、本日は日本が世界に誇る漫画について軽く論じます。

現在、「弱虫ペダル」という漫画が人気ですが、この主人公小野田坂道は秋葉原大好きな田舎のオタク高校生です。

秋葉原までの電車賃をプールしてグッズ購入の足しにするため、往復90㎞(千葉県佐倉市がモデル)の道のりを自分のママチャリで行き来するうち、超人的な心肺機能と筋力をいつしか身につけていた主人公が、彼を強力にライバル視する同級生の今泉俊輔と揉まれるうちに、自転車ロードレースに目覚めていくという物語です。

この漫画を読んでいると、足掛け約20年、最近連載終了しました「頭文字D」(イニシャルDと読んでください)という漫画との共通点が着目されます。

頭文字Dの主人公藤原拓海は、家業の藤原とうふ店の朝のとうふ配達を毎朝繰り返すうちに、若い時から超人的なドライビングテクニックを磨いたという経歴を持っています。

こちらも、公道最速理論を標榜するライバル高橋兄弟に触発される形で、関東各地の猛者との対戦を重ねながら、最速のドライバーという高みを目指していくという物語になっています。

その道とは何ら関係ないことを別段何の意図もなく突き詰めていた主人公が、いつしかその道の凄腕となりうる才能を開花させるトレーニングをいつしか行っていたという設定は、これまでの努力根性一辺倒のスポーツ系漫画に一つの新しい方向性を示したものとして注目されます。

読者層の裾野拡大にも一役買っている粋な設定・世界観だと筆者は感心しています。

なお、頭文字Dに登場する秋名山(あきなさん)は架空の地名ですが、実在のモデルは当然群馬県にある上毛三山の一つ、榛名山(はるなさん)です。

いつも行ったことのないところの話をさも見てきたかのようにしておりますが、榛名山には妙齢の女性たちの案内ポーター役として登ったことがあります。

弱虫ペダルと同じく、車は自転車しか持っていない筆者からは以上です。

(平成26年10月27日 月曜日)

榛名山(榛名富士)

2014年10月26日

ドラフト会議について

ドラフト会議といえば、日本では日本野球機構が開催し、新人選手獲得のために行われる、通称プロ野球ドラフト会議と呼ばれる会議のことを一般に指します。

正式名称は新人選手選択会議という簡単なもので、会議の目的は、新人プロ見込み選手との契約交渉権を各プロ野球球団に振り分けるというものです。

2014年今年のドラフト会議では、史上初の京都大学卒業見込みのプロ野球選手が誕生することになったということで話題をさらいました。

野球に限らず、メジャースポーツになればなるほど東高西低の傾向が著しく、東京の有力大学が競うリーグに有力選手が自然と集まるのは仕方がないとも思う一方、現レッドソックス上原投手(大阪体育大学卒)のような雑草魂で頑張ってもらいたいと思います。

実に、ノーベル賞受賞の田中さんの会見より報道陣が集まったということです(会場はノーベル賞受賞発表にも使われたのと同じ)。

確かに、延べ6名のノーベル賞受賞者を出している大学からすれば、史上初の栄誉なので珍しかったのかもしれません。

ノーベル賞なんて普通のこと、という同大学(千二百年の都たる京都)のプライドがかいま見えるような気もします。

さて、この選手はドラフトで指名がなかった場合、来春卒業見込みで大手総合商社の三井物産に入社する内定を得ていたそうです。

この10月末の時期までプロと迷っている者に選択肢を残すとは、さすが度量が広いというか、入社しなくても逆に宣伝になるという見越しがあるのか、非常に冴えていると思いました。

だいぶ年を取りましたが、未だドラフトでの指名がかかりませんので、新人選手の権利はひきつづき保持しております筆者からは以上です。

(平成26年10月26日 日曜日)

ドラフト会議(写真は2012年のものです)

2014年10月25日

ダブルビン方式(在庫管理の方法)

台所用洗剤や洗濯機用の洗剤や柔軟剤が、ボトルから無くなりそうなときに、詰替え用を入れるべきタイミングを誤ることがあります。

具体的には、かなり残量が残った場合に詰替え用の継ぎ足しを行うと、全て入りきれず詰替え用袋に一部洗剤が残ったままになってしまう、もしくはもっと悪いことに(to make matters worse)、詰替え洗剤が元のボトルから溢れるという大事故につながることもままあるのです。

このように、筆者のような家事調整能力の欠けた者でも余裕を持って在庫管理できる方法が、ダブルビン方式です。ダブルビン方式とは同じ容器をまず2つ用意し、1つの容器がなくなったところで、もう1つの容器の中身を使いつつ、その間に空になった容器に補充するという方法です。

こうすれば、1つの容器の内容物がなくなりそうなところで補充するという通常の方法よりも、ストレスが非常に少なく対応できるのです。

自然に、先に仕入れたものから先に使う(先入れ先出しという)こともできますし、目で見てすぐに状況がわかるので、在庫を台帳につけておく必要もありません。

詰替え用ボトルはあったかしらと、ごそごそ探しまわる必要もないわけです。

ただ、ダブルビン方式は常に1容器分は余計に在庫を抱えておくことになりますから、あまり高額な商品や日持ちしないものには向きません。

また在庫を晒しておくものでありますから、単価が安いものであり、置き場所に困らないようなもので行うのがお勧めです。

筆者がこの方式を応用して行っているものに、例えば

①飼い犬のドッグフード袋を2つ用意し、1つなくなったら、ネットで同様のものを注文しておく(あとで届く)

②浄水器フィルター3本セット(安い)が残り1本になったところで3本セットを注文する

③牛乳パックが残り2本になったら4本まとめて買う(エコバックに入りやすいまとめ買い分量)

といったものがあります。

缶ビールだけは、あれば在庫がすぐになくなってしまってこの方式が効かない筆者からは以上です。

(平成26年10月25日 土曜日)

これも立派なダブルビン方式です


2014年10月24日

ひよ子は東京土産か福岡土産か

太宰府の梅ヶ枝餅のことを書いたところ、もっと全国区のお菓子である「ひよ子」は東京土産か福岡土産かという論争について取り上げて欲しいとの複数のご要望をいただきましたので続けて書いてみようと思います。

銘菓「ひよ子」は、見上げているようなひよこの形をしたお菓子です。

白インゲン豆から作られる黄身の餡を小麦粉と卵などから作られる皮でくるんでいるお菓子です。

1912(大正元)年に福岡県飯塚市の吉野堂で生まれました。

なので当然に福岡県発祥ということになります。

このお菓子は発売後大人気となります。

瞬く間に福岡を代表するお菓子に成長を遂げ、発祥の飯塚から当時も今も福岡の商都と呼ばれる天神に出店するまで出世します(第一次ひよ子福岡行進)。

そして、更に東京進出を夢見た製造元は、三代目になりついに1966(昭和41)年に東京進出を果たすのです。

東京で最も土産物が売れそうなのは東京駅だろうということで、東京駅八重洲地下街に東京一号店を出店したのです(第二次ひよ子東京行進)。

さらに、東京でのひよ子の認知が上がってくるのと足並みを揃えるように、やがて東北新幹線が開通します(当初は大宮~盛岡間、次に上野~盛岡間)。

東京に新幹線で観光や仕事に来る東北地方の人たちには、東京駅で故郷に持って帰るお土産を選ぶ際、日持ちのする甘いお菓子であるひよ子はちょうどよい塩梅の手土産だったと思われます。

そういう人に取ってみれば、「ひよ子(福岡発祥)」は紛れもなく東京土産であり、いつしか東京土産としての「ひよ子(東京土産)」が市民権を得るようになり、そうして消費マーケットの巨大さから本家を凌ぐ「ひよ子(東京)」化が進んだのではないかと筆者は見ています。

因みに、「ひよ子(福岡飯塚生まれの東京土産)」を買ってくれる東北の方々に対し、わざわざ先の戊辰戦争で幕府側であった奥羽越列藩同盟である東北諸藩に攻め入った西南諸藩の九州発祥のお菓子ですなどと、わざわざ宣伝することは売上政策上得策ではなかったのではないかというのが、更に踏み込んだ筆者の仮説でもあります。

このあたりは、結局売れればいいという博多商人らしさが垣間見えて面白いところです。

ですので「ひよ子」は福岡発祥の福岡土産でもありますし、東京でブレイクした東京みやげでもあるという結論になりましょう。

下手な議論はこの辺で切り上げて、そろそろお茶の時間にしたいと思います筆者からは以上です。

(平成26年10月24日 金曜日)

ひよ子

2014年10月23日

外圧とどのように付き合ってきたか

日本は外圧により近代開国し、外圧により戦争に突入していき、最後に大きく負け越し、それから戦後経済復興を掲げて21世紀を迎えたという近代史を持っている国でありまして、外圧というのは極東の島国という奇跡の地政学的位置をして、歴史の節目節目にやってくるものであるような気がします。

古くは遣隋使遣唐使、その前には遣「魏」使(魏志倭人伝に記載されています)といった交流から、白村江(はくすきのえ)の戦い、中世鎌倉時代にはモンゴルの元が攻めてきましたし、逆に近世安土桃山時代には、150年続いた戦国の世で鍛えに鍛えた軍事技術とオーバー兵力をもって、二度の朝鮮出兵を敢行しました。

その後外国人(宣教師を含む)の勢力伸長を嫌った江戸幕府により鎖国政策が取られ、そうして260年にわたる太平の世を経て一気に近代日本として目覚め、列強の外圧に反抗しながらいわゆる絹と米と金銀しかなかった農業国だったけれども識字率と国民教育水準の高さを梃子にした殖産興業策を用いて国力を蓄え、そうして大陸に進出し米英列強に対峙しうる国力を得るに至ったのです。

陸軍国としても海軍国としても、明治維新後70年足らずで、世界の列強に躍り出て、一瞬ながら世界の先頭を確かに走っていたのです。

昭和16年末の開戦の決断により、ついに明治維新以来得た全ての国土を失い再出発となりますが、こうした外圧の存在は、我が国歴史に染み付いております。

問題は、こうした「いわゆる外圧」を利用して、国内世論を自己の都合の良いように誘導するような動きでありまして、TPPにしろ集団的自衛権にせよ、自国で決めるというより同盟国の「意向」や「世界情勢」といったものの力に頼ろうとした瞬間、一気に胡散臭いものになってしまいます。

自己の大切な運命を外に丸投げしようとするのは、いろんな外圧にあがらい、時に懐柔し、時に受け流しながら連綿と子孫につないで生き抜いてきた先達に対して顔向けができないと思ったりします。

戦争に行った爺さんから聞いた話をもとにまとめてみました。

反応によってではなく決断によって人生を進めと言われた筆者からは以上です。

(平成26年10月23日 木曜日)

大東亜戦争終結ノ詔書(国立図書館蔵)

2014年10月22日

梅ヶ枝餅(知的所有権の話)

九州の、といいますかその昔の倭国の古都であったことは間違いない大宰府には、もちろん太宰府天満宮がありまして大人気ですが、最近はその裏山(であったところ)に九州国立博物館も開館し、雨の日などの観光や行楽に特に人気のスポットとなっております。

筆者もそういうのは並んで行く口ですが、太宰府天満宮の参道で発祥の梅ヶ枝餅も楽しみの一つです。

公式には、菅原道真が大宰府へ権帥(ごんのそち:地方の長官職)として左遷され悄然としていた時に、安楽寺の門前で老婆が餅を売っており、元気を出すようにと道真に餅を供したところ、その餅が道真の好物になったということだそうです。

道真の死後、老婆が餅に道真が歌にも詠んだ梅の枝を添えて墓前に供えたのが始まりとされております。

最初の餅にあんこが入っていたのかは定かではありませんが、「梅ヶ枝餅」といえば西日本から東京までその名が轟く太宰府名物になっております。

それゆえ、その名声に便乗した類似品も多く、「梅乃枝餅」「梅ノ枝餅」「梅 枝餅」など筆者が確認したところでも沢山あります。梅と枝の間をわずかに空けているところなど、たいへん奥ゆかしいところです。

商標に限らず知的所有権というものはたいへん微妙な問題をはらんでおりまして、先日もお菓子のひよ子の形に立体商標登録を認めるかを巡った裁判がありましたが、結局鳥形の菓子は全国に多数存在し、そしてありふれており、鳥形のまんじゅうはひよ子のみであると全国的に周知されているまでには至っていないということとなったそうです。

「ヶ」の有無や言い換えも、そういった工夫の一つの形なのかもしれません。

商標権をあえてクローズにせず、無料無償で開放したことで逆にマーケット時代の拡大を成し得た「辛子明太子」や「VHS」の事例もあります。

世の中は様々で面白いものです。

特に女性を前にした知的話題に乏しく困っている筆者からは以上です。

(平成26年10月22日 水曜日)
梅ヶ枝餅(かさの家)

2014年10月21日

最近の定規が凄く考えられていて言及したくなりました

使い続けていたプラスチック製定規の目盛りがいよいよ霞んでしまい、ほとんど長さを測れなくなってしまいましたので、新しいのに買い換えようと思いました。

それで近くのコンビニやスーパーなどを何軒かハシゴしたのですが、ペンや紙といった文具はあっても定規が置いていないところが多いのです。文具の専門店というのも非常に少なくなりました。GMSまで出向くのもおっくうです。

確かに、使い続けた、と申し上げましたが会社員になったころに先輩から貰った定規ですので20年弱の使用期間ということになります。

これだけ物持ちがよい文具は確かに他にはないようで、店に置いても商品の売れ行き回転が見込めず、いわゆるPOSシステム(point of sale system 販売時点情報管理)的には売れない商品ということでだんだん居場所がなくなってきたのかもしれません。

そんな中、最後に立ち寄った中堅どころのコンビニエンスストアで目指す定規を見つけました。

しかし筆者が知るような形ではなく、いくつかの新機能が付された「スーパー定規」となっていたので少し紹介したいと思います。

まず、①軽いアルミ製です。次に②目盛り側反対部分にエッジを切り、紙を当てて切れるようにしています。

簡易カッターというところです。

更に③端から測れるゼロスタートというところです。物の床からの高さを測りたいときにも便利です。

例えば、ロボット掃除機「ルンバ」が入れる床下10センチメートル程度の隙間が確保されているかの確認なども手軽にできることになります。

アルミ製にしたところで、単価の下落に一定の歯止めをかけることができ、コンビニ陳列の権利を勝ち取ったのかもしれません。

物持ちが良いと言われる筆者からは以上です。

(平成26年10月21日 火曜日)

アルミ定規

2014年10月20日

抽選で次戦進出しました

2014年10月の記事です。

世の中の野球の世界はパ・リーグのクライマックスシリーズで盛り上がっているところであります。昨日は、延長12回を同点で終えればシーズン優勝のソフトバンクが規定により日本シリーズ進
出が決まったのに、まさかの逆転を喫し本日の最終戦にもつれ込みました。

この最終戦でも、延長12回引き分けで終えればシーズン優勝のソフトバンクが日本シリーズ進出を決めます。1勝のアドバンテージ、全てホームゲーム、勝ち負け同数の場合は引き分けでも勝利に等しい、というシーズン優勝チームにこれだけ有利なクライマックスシリーズも、やはりぎりぎりまでもつれ込むのがプロ野球の面白いところであります。

プロ野球に限らず、筆者が少々関わる少年野球の世界でも同点劇が生まれます。

大会規定毎に若干の違いはもちろんありますが、規定の7回表裏を終了しても同点、その後「エキストラ」といって、無死満塁の状態から始める1回表裏限定の延長戦を行ってもやはり同点だった場合、抽選となります。

抽選は試合結果とは関係なく、トーナメントの次の試合に進出する「権利」に過ぎず、勝った負けたというわけではないのですが、どちらかにその権利を与えなければならない苦渋の選択です。

筆者の見た例は、1番から18番までのクジを双方の最後のフィールドプレイヤー(野球ですからナイン、つまり9人ずついます)に交互に引いてもらいます。

この交互に引き始めるのは双方チームキャプテンのじゃんけんで決めます。

また別途、双方の監督同士でじゃんけんをします。

先攻のチーム監督が別に1番から18番までの番号が入っているクジを引いていきます。同じ数字をコールされた双方の選手が立っていきます。

そうして5人(過半数)が先に揃ったチームの「勝ち」というわけです。

双方チームそれぞれ4人ずつが立った中、相手チームの監督が引き当てたクジでこちらのチームの選手が立つという壮絶な幕切れで抽選による進出が決まりました。

全く残酷なものではありますが、この方法は選手に過大な負担を強いる方式ではなく、よい方法だと思いました。

7回表裏1-1同点、エキストラ1回2-2同点、そして抽選5-4による次戦進出という記録になりました。

そばで抽選の模様まで見ることができた塁審からは以上です。

(平成26年10月20日 月曜日)

少年野球風景(写真はイメージです)

2014年10月19日

プロバイダと回線事業者の違い(おさらい)

Wifi環境だの無線LANだのと、インターネット通信について筆者もいろいろ書いておりますが、今更聞けないシリーズということで、そもそもインターネット通信を行うのに必要なプロバイダと回線事業者の違いについて整理しておきたいと思います。

インターネットに接続するためには必ずプロバイダと回線事業者が必要です。

あたかも車の両輪のようなものです。

簡単に言いますと、プロバイダは接続業者(ソフト)、回線事業者は光ファイバーなどの回線提供事業者(ハード)ということになります。

まず、プロバイダは、正式にはインターネットサービスプロバイダ(Internet Service Provier)と呼ばれており、この頭文字を取ってISPとも呼ばれます。これは接続業者であり、インターネットの回線を提供しているわけではありませんが、その接続行為を担っています。

つまり、auひかりだのフレッツ光だののインターネット回線だけを工事で引いたとしても、その接続はプロバイダで行うため、プロバイダの契約なしではインターネットに接続することができません。

そして、現在日本には実に数百社のプロバイダが存在します。

大手として有名なのは、OCN、Plala、Biglobe、So-net、hi-ho、@niftyといったものがありましょう。

次に、回線事業者は、光回線やADSLといった回線(ハード)を提供します。

そして、大手どころをあげますと、NTTフレッツ、KDDI、BBIQ、YahooBBなどが挙げられると思います。

プロバイダと回線事業者の組み合わせは、実に何万通りもあります。

利用料金は勿論ですが、実績や相性を良く見て、組み合わせを詳しい人に聞いてから実際の契約を検討されることをお勧め致します。

素人利用者からは以上です。

(平成26年10月19日 日曜日)

ISPいろいろ

2014年10月18日

始めるのは今しかない

経営の神様と言われる松下幸之助さんは、実家が商才もなく店を畳んだため、尋常小学校を4年で中退、わずか9歳で火鉢店に丁稚奉公に出されます。

そこでいろいろと商才を発揮し、大阪に導入された路面電車を見て感動し、電気に関わる仕事を志し16歳で大阪電燈(現:関西電力)に入社しました。

これを見ていた親戚でもある三洋電機創業者の井植歳男さんは、尋常小学校4年で仕事の道に入られた先輩を横目に、自分は高等小学校4年(現在の中学校2年)まで出てしまった、それで仕事を覚えるのが遅すぎたと回想しているそうです。

始めるのに早過ぎることはありません。

まさに今なのです。

反対に、「カーネル・サンダース」ことハーランド・デーヴィッド・サンダースというお爺さんが、各職場や仕事を転々としながらケンタッキーフライドチキンを創業したのはなんと68歳の時です。

カーネルは本名ではなく大佐という称号で、ケンタッキー州に貢献した人としてケンタッキー・カーネルという名誉称号が贈られたのです。

古くはお江戸の時代の伊能忠敬も、引退して地図と測量の勉強を始めたのは50歳を過ぎてからです。

当時は人生五十年と言われた時代でした。

始めるのに遅すぎることはないのです。

今なのです。

2014年10月の今日、筆者は40歳になりました。

まだまだこれからです。

ビルメン大佐と言われるくらいに頑張ろうと思います。

こちらからは以上です。

(平成26年10月18日 土曜日)

2009年3月10日大阪道頓堀より引上げ


2014年10月17日

「イスラム国」誕生の背景

ISIS(いわゆるイスラム国)ですが、どうして武装した暴力的過激派組織がなぜ一定の支持を得ているのでしょうか。

イスラム教を奉じる人々をムスリムと言いますが、その多数であるスンナ派は、イスラム教の開祖である預言者ムハンマドの死後、預言者ムハンマドの無謬性(誤りをしないこと)は誰にも継承されることなく、したがって次の預言者や無謬人間は存在せず、単に預言者の代理人たる「カリフ」が、預言者の慣行「スンナ」にしたがって共同体をまとめるのを大筋で認めます。

いわば最も教団を維持発展させていくのに便利で、思想的に純化されたものではありませんが多数をまとめるのに都合の良い柔軟な思想が、今のイスラム教で9割を占めるスンナ派になったというわけです。

そういうわけでカリフ位というものは、血統に拘らず教団内で実力を持つものが継承していくのも普通のこととみなされました。

その中で、ムハンマドの血縁者すら「排除」したところから、血縁や預言者の無謬性の継承を血統に求めるシーア派との対立を招いていく事にもなりますが、とにかくカリフ制というのはイスラム教多数派たるスンナ派にとっては大切な心の拠り所だったわけです。

しかしながら、オスマン帝国の最後のスルタンが追放された1924年に同時にカリフ制も廃止されてしまい、それよりムスリムの多数派全体に支配権をおよぼすカリフは出ていないのです。

つまり、現代は14億人とも言われる世界最大のイスラム多数派宗教共同体をまとめる正統な支配者が誰もいないという大変不安定な状態なのです。

この点、今も連綿と教皇位が続いているキリスト教ローマ・カトリック教会(信徒数11億人と言われる)とは違っているわけで、近年盛り上がりを見せているイスラム復興運動はこうした状況抜きには説明できないのです。

そして、巧妙かつ大胆なことにISISの最高指導者であるアブ・バクル・バグダディは、新しいカリフを自称し、世界中のスンナ派イスラム教徒に忠誠を求めているのです。

残虐なテロ集団という面がある一方、支配下に置かれたイラク北西部やシリアのスンナ派住民や、カリフ制再興を望んでいた国内外のイスラム教徒からは、隠れた一定の支持を得ているのです。

組織や軍制も整備され、経済活動も活発と伝わってきます。

堂々とカリフを僭称しているところが、エジプトやサウジアラビアの同じくスンナ派の宗教指導者にとっても頭痛の種でもあるのです。

彼らとしては同列に論じてほしくないと思っているでしょうが、そこがイスラム国の狙いでもあるのです。

このように、世界は残酷だけれども、それゆえ示唆に富んでいると思う筆者からは以上です。

(平成26年10月17日 金曜日)

モスク

2014年10月16日

イスラム国の発生と存在

世界情勢について少し述べます。

中東のシリアとイラクにまたがる山岳地帯に発生した過激派組織が勢力を拡大し、ついに2014年6月には「イスラム国」という建国宣言まで行うに至りました。

事実上の支配地域は山岳部が中心とはいえシリアの国土の約半分、イラクの国土の約3分の1となっています。

勢力範囲は更に拡大しており、イラク第二の都市モスルや他の重要都市も制圧し、戦闘員も急拡大して3万人を超えてきているという情報もあります。

国家樹立宣言をしていますが、当然に世界中の国家は暴力機関であるこの組織の国家宣言の有効性を認めておりません。

なので、我が国では、これまでの通称である「イラクとシリアのいわゆるイスラム国」という意味であるISIS(Islamic State of Iraq and Syriaの略)で呼び続けています。

NHKでは無理やり日本語に意訳し、「イスラム国家の樹立を一方的に宣言したイラクとシリアで活動する過激派組織」といった長たらしい表記を用いていますが、これは適当な対処と言えましょう。

この「過激派」(というレベルでは収まらない規模組織ですが)はイスラム教スンニ派が主流とされていますが、同じくスンニ派が多数派であるエジプトやサウジアラビアの宗教指導者も、「過激思想はイスラム教とは認めない」「イスラム教にとっての一番の敵」と強い非難を表明しています。

エジプトでは、ISISは「イスラム教を悪用しており、イスラムという宗教のイメージが損なわれる」として、この組織を指す際に「イスラム国」といった名称を使わないよう海外に求めています。

そもそも何故このような暴力組織でありながら一定の支持を得ている面があるのか、次回はその点を述べたいと思います。

(平成26年10月16日 木曜日)

ISISの事実上の支配地域と勢力範囲

2014年10月15日

Wifi今後は5Gになるでしょう

以前、iPhone6は画面が大きくなったくせにアプリ表示がそのままだと言い切ってしまいましたが、実は、アイコンの表示数は6x4に変更もできるというご指摘をいただいてしまい、汗顔の至りの筆者でございます。

台風一過で非常に晴れた空ですが生半可なところで判断することに危険を痛感し、筆者の心は涙に濡れております。

平にご容赦ください。

さて反省をした上で考察を進めます。

スマホガジェットの使い勝手にWifi環境の改善は必須だということをまた以前に書きましたが、現在、無線LANで使われている電波の帯域には従前の2.4GHz帯に加え、5GHz帯が加わって来ています。

そのため、最近の無線LAN機器は、2.4GHzと5GHzの両方に対応しています。

2.4GHzは無線LANルーターで一番よく利用される電波帯域です。

無線LANルーター以外にも、電子レンジ、コードレス電話、無線のヘッドフォン、無線のマウス・キーボード、Bluetoothなどでも使用される帯域なので、要するに交通渋滞の如く電波干渉が起きやすい過密な帯域です。

さらに帯域内のチャンネルが完全に独立しているわけではなく、無線LANルーターが密集しているようなところでは、複数の無線LANルーターの電波が混在し電波干渉が起きることもあるのです。

一方、最近登場した5GHzは、無線LAN以外では、使用されることが少ない電波帯域です。

結果として電波干渉が起きにくく安定した通信が可能となります。

要するに、まだまだ空きが多い中央分離帯付きの整備された道路のような帯域だということです。

2.4GHzと5GHz、数字が2倍以上なので速度も2倍ということではありません。

あくまで利用する電波の帯域の話で、この帯域を使ってどのくらいの高速通信を可能にするかというのはまた別の問題となります。

しかし、今後は無線LAN専用に用意された5GHz帯を利用する製品が増えてくることになるでしょう。

無論、電波を受ける子機側も5GHzに対応していないと、この通信規格を利用することができませんのでご注意ください。

電子レンジでチンする時に、無線LANでつないだパソコンで作っていた資料がまるごと飛んでしまった苦い経験を持つ筆者からは以上です。

(平成26年10月15日 水曜日)

これからは5Gの時代です

2014年10月14日

つるりと剥けたゆで卵の作り方

2014年秋のある週末、地域のお祭りに参加しました。

お店を出して、おでん5種やごぼ天うどん、ポテトフライに揚げ蛸焼き、焼酎梅酒にソフトドリンクと出品のオンパレードです。

台風が来る前の快晴の空模様の中、大変盛り上がったので客足も上々でした。

翌日の午前中まで晴れていたので、片付けや調理器具の洗浄や陰干しなども滞り無く終わりました。

天候に左右されやすい自然相手の商売は大変だなあと改めて思いました。

さて、おでんに欠かせないゆで卵ですが、今回はつるりと綺麗に剥けた卵はどのように茹でて作るのかを記しておきたいと思います。

なにぶん調理師免許もない夏祭り素人の実体験にすぎませんが、つるりとした卵でないと売り物にならないというプレッシャーから、成功率95%まで高めることができた方法です。

早速紹介します。

ポイントはたった4つです。

まず第一に沸騰したお湯にそろりと室温にした卵を投入することです。

水から茹でるという方法もありますが、卵の殻と中身をきっちり分離して剥きやすくするためには熱湯投入のほうが良いのです。

しかし、卵が急激な温度差にさらされるので、投入した瞬間割れてしまうというリスクが大きいです。

ですので、冷蔵庫から出したままの冷えた状態ではなく、室温に慣らしてから、スプーン等に載せてそろりと滑り込むようにして入れるのがGoodです(筆者はここで割ってしまい、脱落した卵を数個自ら食して処分しました)。

次に、きっちり11分沸騰した湯で茹でるということです。

11分というのがポイントです。

これはいわゆる固ゆで卵になりますので、もう少し半熟が良いという方は時間を減らしてください(ただ剥きにくくなります)。

最後に、茹で上がったらすぐにお湯を捨て、流水にまぶして卵の温度を急激に下げてください。ここで殻が割れるくらい、鍋をがちゃがちゃやって構いません。水を変えながら急速に冷却することで、卵の本体と殻との間に隙間ができ、そこに水が進入することで更に剥きやすくなります。

卵の温度が体温程度に下がったら、いよいよ剥いてください。

剥くのは、卵のおしりを叩いてから、そこから剥き始め、卵の頂点に向かって一直線に剥けばあとはつるりとはずれていきます。

その鮮やかさには食通も唸ること請け合いです。

卵を剥いただけで肝心のおでんの仕込みはできなかった筆者からは以上です。

(平成26年10月14日 火曜日)

作品

2014年10月13日

Wifiルーターを買い替えて速度が劇的に向上しました

2014年10月のことですが、断腸の思いでiPhone6に買い替えを行わないということで、手に馴染む一世代前のiPhone5sをしばらく使い続けることにした筆者ですが、誕生日も近いので何か自分にプレゼントということで、数年ぶりにWifiルーターを買い換えようと思い立ちました。

OSもどんどんアップグレードしていく中で世の中の通信速度も劇的に向上しているはずなのですが、筆者はその恩恵に全くあずかっていなかったのです。

早速、スマホに適当な通信速度測定アプリをダウンロードし、自宅で試してみました。すると、何と下り10Mbpsというかなり低い数字を検出しました。

因みにWifiを切ってiPhone5sのモバイル回線で同様に速度を測ったところ、下り20Mpbsという速度が出ました。

要するにこれでは、携帯の現在の通信規格である4G(LTE)より遅い無線回線ということになります。

さて、世の中には無線LAN最速1600Mbpsなどという規格も出てきているようです。

まずは自宅の固定電話を100Mbps上限の光回線から、ギガ回線となる最大1,000Mbpsへ変更します。

はやぶさ、というサービス名で日本のかつての国策会社が定額料金でキャンペーンをしていましたのでそれに乗っかった形です。

続いて、無線LAN機の買い替えです。

街なかの家電量販店に行くと、たくさんの種類の無線LANが並んでいます。

おそらく、どれを買っても劇的に通信速度が向上することは間違いないのですが、コストと通信速度の兼ね合いで、最大867Mbpsという中級Wifiルーターを数千円で購入しました。

さて待望のルーターお取替えの儀です。

機器をつないで電源を入れてパスワードを見たい端末側であるiPhone5sから入力すれば終了です。

注目の速度は、はやぶさ入替え前で50Mbpsくらいまで一気に改善しました。すごい効果です。

これならば、元回線である光回線の新調を含めると文字通り劇的な改善が見られることと思います。

それも追ってレポートしたいと思います。

通信速度は速くなりましたが、仕事はちっとも速くならない筆者からは以上です。

(平成26年10月13日 月曜日)

現時点で最高レベルの通信速度のWifiルーター


2014年10月12日

iPhone6を買わない選択(同plusを含む)@2014年秋

2014年秋に書いたものです。

ガジェット好きの筆者にしてはのっけから刺激的なタイトルですが、熟慮と検討の上、iPhone6(plus含む)の購入は見送り、現行のiPhone5sでしばらく行こうということにしました。

先日家電量販店の店頭や携帯電話ショップの店先にて、iPhone6の実物も拝見し、手で飽きるほどすりすりフリックして触ってみました。

確かに縁は丸いし薄いし軽いし素晴らしいのです。

しかし、画面が大きくなったことの便益として筆者が当然に期待していた「画面あたりのアプリアイコンの増加」が見込めなかった以上、大画面化による片手操作性の低下がどうしても受忍できず、断腸の思いながら見送りの決断と相成ったわけでございます。

もう少し具体的に申し上げますと、今持っているiPhone5sシリーズでは、メイン画面にアプリアイコンが縦5×横4個配置されています(下部の固定アプリアイコンは除く)。

iPhone6になり、表示アイコンが増えるかと思いきや5×4のままだったのです。

アプリアイコン同士の間が若干開き気味になっています。

これでは単なる拡大鏡です。

画面が大きくなったのであれば、その分一度に表示できる情報を多くしなければ、モバイル機器として筆者は使いにくいと判断したのです。

無駄な隙間は無くして、極端に言えばルービックキューブのように隙間なくアイコンが敷き詰めるようなデザインにして欲しいとすら思っているのに、これではiPhoneのiPad化のようにしか見えず、どうしても購入に至らなかったのです。

iPhoneにせよ、iPadにせよ、もはや中身の利用するコンテンツは基本的に同じで、それを見る「窓」というデバイスを購入しているという感覚になっていると思います。

もちろん通信速度やカメラの精度といった部分は新商品のほうが魅力的なのですが、基本的に電話して、メールをチェックするだけの筆者にしては、現行iPhone5sの窓の大きさとアプリ間の密度が気に入っているということに結論したのです。

実はお金がなかったのが本当の理由かもしれない筆者からは以上です。

誕生日プレゼントは引き続き募集中です。

(平成26年10月12日 日曜日)

iPhone5s























iPhone6(下の固定アイコン除く)























(追記 平成26年10月14日)複数の読者さまより、「iPhone6ですが、アイコンの表示数は6x4に変更できる」旨の有り難いご指摘を頂戴しましたので、本記事の前提が崩れ恥ずかしさで一杯ですが、断腸の思いでこのままと致します。

2014年10月11日

労働時間を深く考えてみる

全国6,000万人の労働者のうちの栄えある一人を構成する筆者です。

有給についてこれまでコメントしてきましたが、そもそも労働時間がどのように法令上規定されているのかをおさらいしておきたいと思います。

労働基準法上、最も端的に労働時間を申せば、一週間に1回の休みで合計40時間となります。

そして、6時間を超えて働かせる場合、45分間の休憩時間を労働の間に入れなければならないと定められています。

この点、昼食休憩は1時間と思っておられる人もいるかと思いますが、厳密には8時間を超えて働く場合、休憩は1時間に伸びるので、8時間までならば45分でいいのです。

そうなりますと、最も昼食休憩時間を含む「拘束時間」を短くした上で、完全週休2日を実現すると月曜日から金曜日までのいわゆる平日に9時から17時45分まで拘束し、うち12時から12時45分までを休憩時間にするといった運用になります。

これで8時間労働となります。

ここで、古き良き昭和の土曜半ドンを適用してみましょう。

因みに半ドンのドン、はオランダ語の日曜日つまり休日を意味する(Zondag)が九州に輸入されて「どんたく」になり、いつしか土曜日は午後から休み、つまり半ドンといわれるようになったというのが有力説です。

土曜日に9時から12時まで都合3時間続けて働きます。

休憩時間は必要ありません。

この3時間を平日の5日で割れば1日あたり36分となり、この分を控除できます。

そうすると、完全週休二日制の場合の平日9時から17時45分までの拘束時間が、平日9時から17時9分までとなります。

端数が面倒なので、休憩時間を46分としても、業務終了時間は17時10分です。

こうすれば保育園や学童保育のお迎えなども格段に楽になりそうな気もします。

週休二日制の導入と法定休日(祝日)の増加、合わせて有給取得の促進と進んでおりますが、一日あたりの負担を平準化して軽減する、こういった方法もあるかと思います。

土曜日は早朝から地域のお祭り準備に販売と片付けで目白押しの筆者からは以上です。

おでん買ってください。

(平成26年10月11日 土曜日)

写真は欽ドン!です

2014年10月10日

有給取得率を上げる一つの方法

有給取得率を上げるための方策として、非常に技術的に過ぎますが述べたいと思います。

少し前までは、土曜の午前中を半ドンと称して働いたり学校に言ったりするのは当たり前の昭和の世の中でした。

土曜日は午後からフリーになるので、その遊びの約束をしたりすることができるわくわくなハイブリッド曜日として、とても楽しかった小学生~高校生時代を過ごした筆者ですが、同じような感慨を持つ方も多いのではないでしょうか。

最近は、学校も完全週5日制となり(教育は労働ではないから週休2日とは言わないらしいです)、それはそれでよいのかもしれませんが、カリキュラムを5.5日から5日に圧縮した結果、小学校1年生でも6時間授業がかなり行われるという時間割となってしまっており、各小学校とも、休み時間を圧縮したり始業時間を早めるなど各種工夫を凝らしながら、何とか詰まったカリキュラムをこなしているような感じがします。

土曜日でも、4時限の時間が取れますので、筆者が小学生のときの6時間目は非常に稀でした。図工や体育といった、2時間連続でやる科目に充てられていた記憶があります。

5時間目算数の計算問題、6時間目漢字の書き取り、ではただでさえ給食&昼休みで疲れて眠い2時間が耐えられません。

現代に話を戻し、この土曜日半日出勤を部分的に復活させるというのが筆者の有給消化促進の私案になります。

毎週とは言わなくても、月に第二土曜日は半ドン出勤日と定めれば、出てオフィスで集中して作業したい人には歓迎されるでしょうし、休みたい人は堂々と有給を利用し(午前中だけでも出勤日1日としてカウントされます)、有給取得率を上げれば良いのです。

土曜日に数時間の業務時間があることで、他の平日の無理な残業も控えられるという波及効果もありそうです。

実は、毎月2回の土曜日出勤日がある会社に勤めております筆者からは以上です。

(平成26年10月10日 有給の金曜日)

今日はお休みをいただきます(ブログには休みありません)

2014年10月9日

有給の取得促進について

実は、国(厚生労働省)では、来年度の年次有給休暇の計画的付与について労使で話し合いを始める前の時期である10月を年次有給休暇取得促進に係る重点周知期間として、広報活動を行うこととしています。

そして、更に進んで有給消化を雇う企業側の義務にしようとする検討の動きすらあるようです。

筆者はしがない雇われサラリーマンでありますが、企業経営側にとっては大変人を雇いにくい環境になっていくわけで、少々バランスを欠いているのではないかとも思います。

有給をとった人の分誰が働かなくてはならなくなり、余計な混乱を招くといった理由だけではありません。

従業員の「権利」を実現するために、企業側の「義務」を増やす、という発想がどうも双方ともハッピーじゃない気がするのです。

あまりにも企業側に面倒を片寄せしたあげくに、当の会社が潰れてしまっては元も子もないのではないでしょうか。

君明日から来なくていいよ、会社もないからさ、では共倒れです。

会社は給料を毎月運んでくれるところではなく、社員たる個人が、会社という装置や舞台を使って稼ぐ場所であるというのが普通の考え方のような気がします。

制度の精度を上げれば上げるほど、揚げ足取りになっていくような気もします。単によく話しあえばよいだけなのかもしれません。

これだから平成生まれのゆとり世代は、とお困りならば、昭和生まれの新卒を今から採ればよいのかもしれません。

今週末有給の筆者からは以上です。

(平成26年10月9日 木曜日)

有給ではないようです

2014年10月8日

白黒はっきりしよう(囲碁の話)

囲碁は白黒はっきりしています。

1000年を優に超える歴史を持ち、まだまだコンピュータ解析のレベルも人間に追い付いていないと言われる奥の深いゲームです。

白石はすっきり爽やかです。

黒石は鈍い光を放ちシックでカッコいいです。

黒と白のコントラストが大変美しい棋譜になります。

白黒はっきりつけるという言葉がありますが、もちろん囲碁由来の言葉です。

なのに、我々はみんなで話し合って皆で決めようとして、結局グレーにしてしまうという意思決定をしてしまうことが多いのです。

そこに潜むのは、誰も矢面にたって責任を取りたくないという消極的な雰囲気です。

何となく決まったグレーの意思決定が心底同意できるものでないことは誰の目から見ても明らかなのに、何となくみんながみんなに慮(おもんぱか)った結果のグレー結果です。

みんながみんなの気を使い、みんなで決めるという聞こえはいいけれども誰も決断しないと組織はうまく行きません。

人間一人ならば日々ちゃんと決断しています。

起きるのも会社に行くのも歯を磨くのも、みな小さいけれども決断の連続です。

集団でも決断できる組織にしなければなりません。

それにはリーダーのリーダーシップが重要になります。

リーダーは、まず意見を出させしっかりと共有してから、自分の意見も含めて判断し決断します。

そうして反対の意見を持った人をその能力を賭けて説得し、チーム全体の方向性を定めるのです。

白黒はっきりチームをまとめられるリーダーになりたいです。

といいながらマーブルチョコが大好きな囲碁弱い筆者からは以上です。

(平成26年10月8日 水曜日)

囲碁は弱いです

2014年10月7日

ジョージアと呼んで(現在名グルジア:国名呼称の変更)

2014年冬のソチオリンピックが行われたロシアの都市ソチのすぐ横のコーカサスに位置するグルジア(日本での表記)という国から、自分の国を日本で「グルジア」と呼ぶのはやめてください。

せめて英語的な読み方である「ジョージア」と呼んでくださいという切実な申し入れがあり、わざわざ同国のマルグベラシビリ大統領が2014年10月下旬にも訪日することになった際に、我が国としてもその方向で合意するようです。

グルジアは、アルファベットでGEORGIAと表記され、これを「グルジア」と読むか「ジョージア」と読むかの違いになります。

グルジアの国名は、当然グルジア語ですが、無理やり日本語の片仮名で表記すると「サカルトベロ」となります。

しかし、国連加盟193カ国の中で、170カ国程度が、英語読みに基づく「ジョージア」の呼称を使っているということです。

グルジアとは実はロシア語読みであり、同国が旧ソビエト社会主義共和国連邦を形成する15の共和国の中の一つであったことからの名残りなのですが、いつの間にか世界では少数派となっていたようです。

グルジア政府としては、2008年にロシアと本格的な軍事衝突があったこともあり、国民感情に配慮するために、ジョージアと呼んでもらえるよう各国に働きかけを行っていたということです。

さて、国と国との付き合いですから、国の呼び名を変える側も法律改正を行うのが我が国のやり方です。

具体的には「在外公館の名称及び位置並びに在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律」の中の「グルジア」を「ジョージア」に改正しなければなりません。

それから、膨大な政令省令といった下部法令の改正も閣議決定に基づき必要になります。

教科書や地図などもおいおい差し替えていかねばなりません。

これからは、ジョージアといえば缶コーヒーだけではなく国名であることを意識していかないといけません。

明日があるさ明日がある♪ ブランドの缶コーヒーはよく飲みますが、ソチにもジョージアにもまだ行ったことのない筆者からは以上です。

(平成26年10月7日 火曜日)

グルジア 外務省ホームページより

2014年10月6日

壁掛けカレンダー

生活便利シリーズです。

ネットのGoogleカレンダー全盛の昨今ですが、やはりチームや家族の予定を一覧するには壁掛けカレンダーが一番便利だと思います。

予定が立ったり変更された時には、すぐ書き込めるし何より掛けてある場所を見れば今日は何月何日で少し先まで何があるかすぐにわかります。

もちろんネットのカレンダーにはいくらでも情報を詰め込めますので、今さら完全に紙に戻すわけには行きませんが、現場や家庭にはみんながすぐ見ることができる一覧性のあるカレンダーがあったほうがスムーズです。

しかし、一ヶ月を表示してめくる月次カレンダーだと、いくら大きな壁掛けタイプであっても、月末になるほど次の月にかかってしまう次週以降の予定を書き込んだり確認したりすることが面倒だと感じておりました。

そして、9月末から10月初めにかけて、一層その思いを強くしたのです。

2014年も年末に向かっていく時期であり、そろそろ2015年のカレンダーが発売されるシーズンということで久しぶりに書店に参りますと、なんと筆者のニーズである、「常に少なくとも1ヶ月先までの予定が見れる」二連カレンダーが販売されていたのです。

1月2月が一度に見れ、2月初めになれば、2月3月が見れるように組み替えることができます。これでいつも最低1ヶ月先まで一覧できることができます。

世の中には頭のいい人がいるもんだと思いました。

2015年が待ち遠しいです。

忘年会新年会が待ち遠しい筆者からは以上です。

(平成26年10月6日 月曜日)

二連壁掛けカレンダー

2014年10月5日

インフルエンザ予防接種が始まりました

インフルエンザの予防接種が10月初から始まりました。

せっかちな筆者はもう接種を行いました。

接種してから抗体ができるまで2週間といいます。これで筆者の誕生日から約5ヶ月、来年3月中旬までは効果が持続するということのようです。

さて、毎年流行期を迎えるインフルエンザについては、毎年世界保健機関(WHO)で、世界各国のインフルエンザウイルスのデータを検証し、これからのシーズンに流行するであろうウイルスを予測します。

そして、各国ではその国の流行状況も加味した上で、どのウイルスに対抗するワクチンを作るのかを決定するのです。

大きく3つの型の混合ワクチンで、それぞれにどの地域から流行る株かを加味して加え、新型インフルエンザという新しい型にも対応するようにワクチン材料が吟味混合されて、その年のワクチンが決定し、10月より接種が可能になるわけです。

因みに、2014年のインフルエンザワクチンは、

A/カルフォルニア/7/2009(X-179A) (H1N1) pdm09株
A/ニューヨーク/39/2012(X-233A) (H3N2)株
B/マサチュセッツ/2/2012(BX-51B) 株

の混合とのことです。

詳しくは何のことやらわかりませんが、かつて新型と言われた型についても対応し、古典的な季節性インフルエンザについて、ニューヨーク型が新たに選ばれたというところらしいです。

なんか今年はアメリカンな感じです。行ったことはないですが...

インフルエンザのワクチンは、どのウイルスが流行るかを予想して対応するということで、何だか試験勉強に似たところがあります。

筆者の誕生日は毎年(当たり前ながら)10月18日ですが、なんと今年は神宮式年遷宮の如く、2回目の成人式という大変貴重かつ特別な誕生日となっております。

お祝いご祝儀おことばひとことプレゼント、ご意見ご指導ご鞭撻に食事のお誘い、チロルチョコから一万円札まで何でもわくわくしながらお待ちしております不惑を控えた筆者からは以上です。

(平成26年10月5日 日曜日)

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2014年10月4日

買い物かごにすっぽり入るエコバック

生活便利コーナーです。

要点は題名のとおり、「買い物かごにすっぽり入るエコバック」を持っていけば、レジでカゴにかぶせ、支払いが終わったら荷物を詰める手間無く、すぐに持って帰れます。

また、バッグの上の布着で買った物は見えませんし、こぼれ落ちる心配もありません。

消費税も上がり、円安で輸入食品も少し前までの安値とは行かない昨今の小売業界を取り巻く環境の中、最近はスーパーでもレジ袋が有料のところも増えてきました。

消費者側も生活防衛と環境意識の向上からエコバックを持ち歩くことがトレンドになってきつつありますが、さらに、スーパーの買い物かごからエコバックに入れ替えるという手間を削減するのがこの商品の特長です。

筆者は、最近まで、車を使って大量に重いものを買い付けにいく際には、買い物かごのような自前のプラスチックのかご(300円ショップのランドリーコーナーなどに売っているもの)を多用しておりました。

牛乳や油、醤油や砂糖などの「重いもの」をまとめて購入するときには、この自前プラスチックかごをレジの精算済コーナーに設置して、レジ精算が済んだ商品を直接そこに詰めてもらうだけで、そのまま駐車場の車まで持って行けるわけです。

今回の「買い物かごにすっぽり入るエコバック」の投入により、自転車や徒歩でのスーパー買い物においても、かなり多くの買い物も不便を感じずスムーズにできるようになるのではないかと思います。

車の荷台に数個、そして自分の鞄に1個持つようにすれば、急な買い物の必要に迫られた場合でも、レジ袋を買い求めることなくスムーズに、スタイリッシュに買い物ができるというわけです。

今日も最安値1L牛乳パックを求めてさまよう筆者からは以上です。

(平成26年10月4日 土曜日)

買い物かごにすっぽり入るエコバック(例)

2014年10月3日

細切れ時間とじっくり時間

先日筆者が述べました、残業や早朝出勤、休日出勤とは、本来自分がじっくり取り組みたい本来業務に充てたいというオフィスワーカーの潜在的欲求に応える一つの手段解決策であるのではないか、という筆者の意見について、予想以上の反響をいただいたようなので続きを書きたいと思います。

仕事とは一連の作業であり、細切れの作業ではないという命題は、上司や取引先、あるいは株主といった利害関係者(得てして目に見える短期的成果を求めがちな)にはなかなか理解されにくい事柄でもあります。

机でじっと考えているくらいなら外に出て営業してこいと言われるわけですが、当の営業マンとしては、取引先に行くにせよ、どのような話をしようかをシミュレーションしないといけないわけでして、さらにどういったストーリーで話を持っていくのか、そもそも業界の専門知識や自社の強みについて深い理解と準備がなければ、お客さんのところで話しても幅が感じられずかえって逆効果です。

そういった職業人としての滋養を積むためには、いみじくも筆者の周りの経営者もよく仰る「よく学びよく遊びよく働く」ことが必要になってくると感じます。

細切れ時間は、作業や集中して取り組むインプット学習には適しますが、人間は考える葦であるというように、睡眠と同じく、ある一定以上のまとまった時間を必要とする一連の取り組みであるクリエイティブな仕事(うまく書けませんが)というのは必ず存在するのではないかと考えています。

細切れ時間の有効活用以上に、じっくり時間の取り組みが重要だということです。

この点、ここでいう仕事と睡眠とはとても似ていると思います。

深く、効果ある安眠を得るためには、まず眠りについて、初段階の睡眠を経る必要があります。そうして深い眠りに続いていきます。

のび太のように、いきなり1秒で深い眠りの状態に達することはできません。

誰かがぶつかったり、物音がしたりなどの妨害が起きると、また眠りなおすことになり、それは簡単なことではありません。

いきなり起こされたら、また最初から繰り返しです。

これは、作っている砂山を途中で壊されるのに似ています。

このように、せっかくいい感じで眠ろうとしていたのに初期段階に戻されてまた眠りなおすといった経験は誰にもあることと思います。

これを仕事に置き換えれば、平日昼間のオフィスでは同じようなことがあらゆるところで行われていると言っても過言ではないのかもしれません。

仕事と作業、その定義に悩むところではありますが、与えられた時間が細切れなのか一定期間の「時間」なのか、それによって仕事と作業といった振り分けを意識せず行っているのが我々職業人なのかもしれません。

よく寝て、よく食べ、よく遊ぶ筆者からは以上です。

(平成26年10月2日 木曜日)

仕事と睡眠の関係

2014年10月2日

決戦!ホークスVSバファローズ@2014年ペナント最終盤

2014年10月、いよいよペナントが盛り上がってまいりました。

その時に書いた記事です。

ホークスはこの時から秋に失速するものなのかと妙に納得いたしました。

2014年日本プロ野球、パ・リーグ混戦模様の立役者、お先へどうぞとばかりの、直近10試合の対戦成績が、●●●●◯●●●●●と実に1勝9敗という福岡ソフトバンクホークスからお知らせ致します。

いよいよ今晩です。

9月前半まで独走していた貯金を吐き出してしまいました。

残るは今期レギュラーシーズン最終戦、本日2014年10月2日(木)18:00開始のホーム戦です。相手はなんとゲーム差同着首位、森脇監督率いるオリックス・バファローズです。最終戦にして優勝がかかる大一番となりました。

オリックスはここ数試合と好調を維持しております。

本日のホークスとの直接対決を制すれば、あと残る2試合、連敗しなければ優勝できるという、こちらも優勝は手の届くところに来ました。

最後のゴール前、鼻先でペナントを制するのはどちらでしょうか。

実に盛り上がらないペナント最終コーナーだったかもしれませんが、今日のこの日大一番の序章だったとすれば、興行的にも大成功かもしれません。

簡単に整理しますと、

(1)ソフトバンクは「10.2」のオリックス戦(レギュラーシーズン最終戦)に勝てば優勝です。

(2)オリックスは「10.2」のソフトバンク戦に引き分け以上が絶対条件です(上記の反対)。

そして、

(ア)「10.2」で勝った場合、残り2試合2連敗以外で優勝です。

(イ)「10.2」で引き分けた場合、残り2試合1勝1分以上で優勝です。

この間、ソフトバンクホークス関係者はただ「祈る」ことしかできないのです。

今晩の福岡からは目が離せなくなってまいりました。

球場前からお伝えしました。実況担当からは以上です。

(平成26年10月2日 木曜日)

場合分け

2014年10月1日

[不定期連載]邪馬臺国謎解き(その2)

邪馬臺国の場所比定にあたり、筆者は魏志倭人伝の記述を正確になぞるというアプローチを採用したいと思います。

文献は、インターネットの普及により原文の取得が比較的容易であること、大規模な工数や人員動員がかかる考古学的発掘アプローチは、一個人が取り組める範疇を超えているということが消極的な理由ではありますが、もっと積極的には、当代随一の文筆家が書いた正史の記述は、かなり正確に当時の状況をもれなく反映しているはずだという[人間に対する信用]という理由です。

付け加えるならば、当時の中国にとっては非文明圏であった倭の邪馬臺国などの存在について、わざわざ事実を曲げて記述するインセンティブにも乏しい、余計なバイアスなく純粋に人間としての好奇心を発揮した部分で記述できたのではないかいう前向きな期待もあります。

この点が、我が国最初の歴史書といえる古事記や日本書紀といったものとは徹底的に違うところだと思っています。

特に、日本書紀については、白村江の大敗、それに伴う2千人の唐軍の進駐という非常状況下、失われた我が国のアイデンティティをもういちど盛り上げて再構築するため、中国正史に習った「独自の史書」を作ることを目的としており、原資料として多くの伝記や史書、言い伝えを用いているものの、当時の大和王権にとって都合の悪いことはうまく隠蔽糊塗すべく、意図的な取捨改竄が随所に行われたものではないかと考えています。

相変わらずイントロが長く申し訳ありませんが、いよいよ魏志倭人伝原文に移ります。邪馬臺国の場所についての記述の要点は以下のとおりです。

(イ)倭人は帯方の東南大海の中にあり、山島に依りて國邑をなす。旧百余國。

(ロ)漢の時朝見する者あり、今、使訳通ずる所三十國。

(ハ)郡より倭に至るには、海岸に循って水行し、韓國をへて、あるいは、南しあるいは東し、その北岸狗邪韓國に至る七千余里。

(ニ)始めて一海を渡ること千余里、対馬國に至る。

(ホ)又南に一海を渡ること千余里、一大國に至る。

(ヘ)又一海を渡ること千余里、末盧國に至る。四千余戸有り。山海にそいて居る。

(ト)東南のかた陸行五百里にして、伊都國に到る。千余戸有り。世王有るも皆女王國に統属す。郡の使の往来して常に駐る所なり。

(チ)東南のかた奴國に至ること百里。二萬余戸有り。

(リ) 東行して不彌國に至ること百里。千余の家有り。

(ヌ) 南のかた投馬國に至る。水行二十日。五萬余戸ばかり有り。

(ル)南、邪馬壱國(邪馬台國)に至る。女王の都する所なり。水行十日、陸行一月。七萬余戸ばかり有り。女王國より以北はその戸数・道里は得て略載すべきも、その余の某國は遠絶にして得て詳らかにすべからず。

さて、対馬國、一大國くらいまでは対馬壱岐ということで異論はないところですが、その後が謎解きになってきます。

ここで筆者が注目するのは、(ト)伊都国および(チ)の奴國です。

特に二万戸という邪馬臺国(七万戸)、投馬国(五万戸)に迫る大きな人口を抱えるこの「奴國」こそ、筆者が最も注目しそして通説に果敢にも反論しようとしているところでもあります。

...申し訳ありませんが紙面の関係上本日はここまでと致します。

いつになるかわかりませんが次回にご期待ください。

(平成26年10月1日 水曜日)

帯方郡から末盧國まで










邪馬臺国謎解きシリーズ(全5回)

(その1)

(その2)

(その3)

(その4)

(その5最終回)