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2015年1月31日

天井(シーリング)ライトを蛍光灯からLEDに変更して節電します

シーリングライト

自宅のリビングのシーリングライト(天井に設置するライト)を蛍光灯からLEDに交換しました。

今までの蛍光灯タイプのものは、3本のそれぞれ独立した円い蛍光灯を設置するもので、合計ワット数は102ワットでした。

これを、42ワット発光のLEDシーリングライトに取り替えました。ですので、42/102で41%の電気消費ということになります。

蛍光灯よりぱっと見の明るさでとても明るいです。

しかし光の感じが蛍光灯とは違うので、なんだか冷たいような感じがします。

まあそれも慣れの問題なのでしょうし、筆者はその辺気にしないので大丈夫でした。


LEDの光は方向性があるので留意


ただ、蛍光灯は当然蛍光管から発行するので、全周囲に「発光」し、例えば天井方向にも光を発するのですが、LEDはLED版から光を一定方向に放射しますので、光の指向性が高い、という点があります。

ですので、リビングの端っこのほうは蛍光灯より暗く感じます。

筆者は、リビングのシーリングライトの真下に机を持ってきて、机のスタンドライトを廃止するという節電方法を実践しておりますので、その点は特に気になりませんが、今後お取替えをお考えの方は考慮に入れておいたほうがよろしいかと思います。

設置の際に腕がつってしまった筆者からは以上です。

(平成27年1月31日 土曜日)

2015年1月30日

太陽光発電を自宅屋根に設置してみた場合の経済効果@2015年1月

自宅屋根はこんなに広くありません

2015年1月、いよいよ再生可能エネルギー固定買取制度が曲がり角を迎える状況になってきたこともあり、筆者の自宅でも遅ればせながら太陽光発電の検討を始めました。

10kw未満の太陽光による発電電力は、平成26年度(2015年3月31日まで)において、買い取り単価10年固定となっております。

再生可能エネルギー、特に太陽光による発電の普及を目指して作られた制度であり、売電する側にインセンティブを与えているということですが、太陽光パネルやシステム自体の価格や設置費用の低廉化によって、その固定買取価格は毎年見直しが行われるという流れです。

実際、平成22年度には1kWあたり48円だったものが、平成23年度より6円下がって42円となり、平成25年度には38円、そして平成26年度には37円となったわけです。

平成27年度、すなわち2015年4月1日以降はいくらになるのか、また固定買い取り期間10年が維持されるのか短縮されるのかなくなるのか、それは現時点では何もわからないということになります。


ざっくりとした経済性の検証


またいつもの専門家にとってはざっくりしすぎている素人試算となりますが、太陽光発電でいうパネルのkwとは、発電システムの単位あたり発電量を示します。簡単にいえば、1kwの太陽光発電システムというと、十分な太陽光が照射されると仮定して、1時間で1kw/時の電気量を発電できる性能のシステムです。

さて、一般家庭に導入可能な、屋根に乗っける形の一連の太陽光パネルですが、だいたい3~5kwぐらいです。もともと小さい家であればもちろんのこと、お洒落な形状の屋根のところでは設置可能屋根面積が減ります。

4kwとすれば、いわゆる「メガソーラー(1Mw=1,000kw)」の25分の1の規模です。

さて、また単純な計算ですが、だいたい1kwの太陽光発電システムを設置すると、日照時間等の格差はありますが年間の発電量は1,000kw/時程度になります。

そして、さらに想定に過ぎませんが、月々10,000円ぐらいの電気代を払っている家庭での年間電気使用量は5,000kw/時(電気料金1kw/時24円として計算)程度となりますので、5kwの太陽光発電システムを導入すると電気代がまかなえる計算になります。

もちろん、太陽光発電は昼間しか発電しませんので、余剰電力を買い取ってもらえる制度は導入にあたり非常に大切な要素ということになります。

この売電と自家仕様の電力料金削減分を費用換算すると、年間いくらの電気代が「削減」され、それを太陽光発電システム設置費用の回収に充てると何年で回収できるか、というような計算になるというわけです。

などと算盤を弾きながら、やっぱりまたこたつをつけっぱなしにして寝てしまったエコ意識の低い筆者からは以上です。

(平成27年1月30日 金曜日)

2015年1月29日

キャッチャー(捕手)の古田選手がついに野球殿堂入り@2015年

こっちじゃないですね

2015年1月の記事です。

古田敦也捕手が日本球界において、野球殿堂入りを果たしました。

プロ野球の選手で、捕手のポジションをこなし、純粋なプレイヤー選出として殿堂入りしたのは、不朽の月見草、通算本塁打歴代2位(657本)の野村克也監督と古田選手の2人しかいません。

王監督(今の子供たちは王会長、というのかもしれませんが)の868本は誰もが知っていても、2位の657本はあまりにも覚えられていないので、この記事の先を読む程度のお時間ありますならば是非覚えて貰いたいと思います。

さてその野村監督の弟子として古田選手は成長するわけですが、師匠譲りの勝負強いバッティングに加え、本職のキャッチャーとしての堅実なキャッチング、確実で強いスローイングに裏打ちされた盗塁阻止率(歴代1位:4割6分2厘)と絶妙の配球指示で、長く球界に君臨しました。

それから、古田選手は眼鏡の捕手として、通称のび太と呼ばれて球界に革命を起こしました。

どうしてもコンタクトレンズが合わなかったということだったようですが、これで、古田捕手のおかげで眼鏡をかけた球児の希望となったということで、古田捕手本人も、これが一番野球を続けていて良かったことではないかと語っています。


昔プロ野球選手によるストライキがあった


加えてもう一つの「功績」があります。

長引く経済の沈滞により、日本プロ野球界にもリストラの風が向かったことがありました。

近鉄とオリックスの合併に端を発した2004年、一部オーナー達が事実上の球界縮小として進めた「8もしくは10球団による1リーグ制」への流れを作り出したのです。

古田選手は、日本プロ野球選手会会長として12球団の選手をまとめ、ストライキを敢行し、この流れを阻止したのです。

「球団を減らすのは危険な行為」という信念に基づき、ファンのプロ野球界の再評価につなげ、そして今でもプロ野球はセ・パ両リーグ12球団を維持することができています。

キャッチャーをやると、どうしても捕球時に目をつぶってしまう素人の筆者からは以上です。

(平成27年1月29日 木曜日)

2015年1月28日

信書とは何かという謎(今ひとつ定義がしっくりとわからない話)

宅急便は商標です(業界の一般名称は宅配便です)

信書とは何かという謎に迫ります。

この短いコラムでは到底結論まで至らず、いつもの問題提起に終わってしまいそうな気が書く前からするのですが、できるだけやってみようと思います。

 「お客様が容疑者になるリスクを放置できない」として、宅配便業界首位のヤマト運輸が2015年1月22日に、小型の荷物を郵便受けに投函して配布するサービスであるところの、いわゆる「クロネコメール便」を同年3月31日受付け分で廃止すると発表したのです。

これは、郵便法で禁じられている「信書」について、そうと知らずにメール便で送った顧客が官憲から罪に問われるリスクに配慮した、という説明になっております。

ちなみに、筆者もよく利用するクロネコメール便とは、A4サイズで厚さ2センチまでの荷物を郵便受けなどに投函するサービスで、全国の最大手なコンビニなどでパックが売られております。

厚さ1センチ以下なら82円、2センチ以下なら164円で配送できるので、極めて低価格な配送手段としてネットオークションや通販、フリーマーケットのユーザーなどに広く使われております。

官憲から罪に問われるとは、穏やかではない話ですが、LINEやらフェイスブックやらといった情報授受手段が極限まで高まった現代社会において、なんだか紙の信書のみ特別な保護を与え、この配送は事実上日本郵便株式会社や別途認可が必要な信書便事業者に限られているという状況のほうが、何やら時代にそぐっていないような気も致します。


信書の法的な定義


加えて、信書とは、「特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、又は事実を通知する文書」と郵便法及び信書便法に定義されていますが、具体的にどれが信書に該当するのかは、個別具体的に紐解いていかなければわからないという状況です。

要するに、現在では要件を一般化できないのです。

封書の中身を証明するという必要があるならば、内容証明郵便制度がありますし、それ以上に信書の信用を守るという立法趣旨が今ひとつピンと来ないものになっているような気がします。

関連として、一般の通販事業者が商品を顧客に送る際に領収書を同封した場合、領収書は「信書」であるという総務省の解釈ですので、厳密には郵便法違反となります(罰則あります)。

なので、大手の通販事業者(アマゾン川など)は、あれは送り状です。

正式な領収書はダウンロードしてプリントアウトしてもらうようにしております、と「答弁」しているのです。筆者の学生時代の教授がよく述べておられた「タテマエとホンネ」がここにも発見されました。

信書という言葉の意味するところを明確にし、その必要性も含めての議論が待たれます。

またも問題提起のみで終わってしまいましたので、続きは参加実費のリアルトークサロンでお待ちしております筆者からは以上です。

(平成27年1月28日 水曜日)

2015年1月27日

Amazonがついに電子書籍をタブレットに加えてPCでも読ませる

Floresta Amazonica

2015年になりまして、Windows10発表について書きましたが、タブレット業界も負けていません。

世界最大手の電子書籍業者であるAmazon(以下アマゾンと表記)が、ついにタブレット上だけでなくPC上でも購入した電子書籍を閲覧(読む)ことができるソフトを開発し、無償配布を始めました。

アマゾンとしては、和書やコミックを含むKindle本と言われる電子書籍を、Windows PC上で快適に読むことができるPC用の無料アプリケーション「Kindle for PC」を、更に端末の一つとして今後展開していくものと思われます。

今のところ、Windows 7、Windows 8および8.1に対応とのことですが、やろうとすれば当然他のOSについても同じことが可能です。

フォントサイズや背景色のカスタマイズ、検索や辞書の参照機能も搭載し、どのページまで読み進めたかという読書の進捗情報を他の端末、具体的にはKindle電子書籍リーダーFireタブレット、およびKindle無料アプリをお使いのiPadやiPhone、Androidといった各種端末間で同期させることができるというわけです。


Amazonの「顧客の時間を奪う」戦略


アマゾンは、これまで、iPadに代表されるタブレットに、専用アプリを搭載して電子書籍を展開することから始め、自社で開発した「専用リーダー」や「専用タブレット」を独自に販売し、あらゆるユーザーの読書機会に自社電子書籍を売り込まんと貪欲に活動してきた会社ですが、これで、ついにキーボードの向こうのPCの世界においても、アマゾンの本を読ませようと「進出」してきたわけです。

迎え撃つ楽天ブックスほか国内のメーカーでは、ソフト開発力に差がありそうで、現時点ではなかなか追随するのは難しそうです。

オファーがあれば考えますが、今のところ電子書籍の出版予定はない筆者からは以上です。

(平成27年1月27日 火曜日)

2015年1月26日

Windows95の夢よもう一度Windows10がついに発表

Windows

Windows95以来の夢よもう一度ということでしょうか。

PCのOS市場を席巻したビル・ゲイツのマイクロソフトが、満を持してWindows10を発表しました。

この中で、最もびっくりなトピックは、この節目のWindows10の発売から向こう一年間は、現行のWindows 7/8/8.1のユーザーに対して「無償で」アップグレードを行なうという発表です。

Windowsは、筆者のようなPCリテラシーのあまり高くないライトユーザーに対しても、実にスムーズに動く素晴らしく汎用的なOSですが、あまりにも汎用的過ぎて、PCといえばWindowsが予め入っているものと誤解してしまうほどの市場占有率を誇り、PCという「箱」とOSという「ソフト」を分けて考えること自体ができなくなるという「弊害」も起こったのです。


名機すぎて次のバージョンが受け入れられなかった


ですので、名機(名ソフト)として知られたWindowsXPから、次のバージョンにアップデートしようとマイクロソフトがいくら「推薦」「慫慂(しょうよう)」しても、メールとインターネットできればいいだけ、というライトユーザーほど新バージョンにアップデートせず、最新WindowsOSのシェアはますます下がる一方だったのです。

これでは、何世代も前のバージョンについても一定のサポートを続けなければならず、いくら巨大なマイクロソフトといえどもその持つ力が分散されてしまいます。

そこで、目先の収支は度外視して、新しく発表する新作OSに、自動的に乗っかるように無償アップグレードさせ、顧客を「一元化」する勝負に出たのでしょう。

業界の巨人といえども、移り気な消費者を捕まえておくには大変な苦労と覚悟が必要なのだと思いました。

それに比べれば、ブログのアップデートなど簡単だと改めて思います筆者からは以上です。

(平成27年1月26日 月曜日)

2015年1月25日

LEDシーリングライトの明るさを蛍光灯と比較し消費電力を推定する

LEDスクリーン

自宅の蛍光灯シーリングライトが10年近く経過し、若干チカチカしているような感じになってきましたので、LED化をさらに推進することにしました。

これまで、蛍光灯型電球をLED電球に変更してきたのですが、これは、風呂やトイレの電球を交換したところで、既に完了しています。

いよいよ、自宅の照明のかなりの部分を占める「本丸」であるシーリングライトのLED化です。

LEDシーリングライトは、ここ数年いろいろな種類が出てきました。これまでの蛍光灯シーリングライトを設置していた天井の「口」があるタイプならば、今では簡単にLEDシーリングライトに設置変更することができます。

価格もかなり安くなってきていてお手頃です。

さて、蛍光灯で10畳程度の照明として使うならば、明るさ3,600ルーメンくらいあれば充分だと言われています。

この「明るさ」をLEDではどのくらいで実現できるのか筆者含めた素人には迷うところですので、ここで簡単に消費電力と明るさについて述べておきたいと思います。

勿論素人の感覚ですから、厳密には違うかもしれませんし、もっと専門的な見地からは間違った解説かもしれませんが、素人が蛍光灯をLEDに換えようとする場合くらいならば充分実用に耐えると思います。


実際の蛍光灯やLED照明の明るさをルーメンで表示する


普通の、よくオフィスなどで利用されている直管の蛍光灯は40ワット(40w)の蛍光灯と呼ばれます。

このワット、というのが消費電力の単位です。

そして、この蛍光灯が発する「明るさ」が大体1,200ルーメン(lm)です。

この同じ明るさである1,200ルーメンを、LEDという照明装置で出した場合、消費電力は現在17ワット(17w)くらいだと言われています。

ですので、蛍光灯からLEDへ変えると消費電力は17/40、42% まで削減されるということになります。

この直管型40w蛍光灯を3本の明るさを実現しようとするLEDシーリングライト、すなわち3,600ルーメン程度の明るさのシーリングライトを買い求めれば良いということになります。

消費電力は、17w×3本で51ワット程度になりましょう。

さらにもう1点考慮する点があるとすれば、蛍光灯は四方八方に発光しますが、LEDは天井方向には光を発しませんので、同じルーメンでもより直下の明るさを感じるということになります。

このように、同じ照明器具でも発光方式が全く異なるので、このような「変換」が必要になってくるのです。

自動車の車内ランプをつけっぱなしにしてしまい、車のバッテリーを上げてしまったことのある筆者からは以上です。

(平成27年1月25日 日曜日)

2015年1月24日

(英語のお勉強)名詞の単複同形をもとに野球のことをより深く考える

エース前田健太

2015年、今年は未年(ひつじどし)ですが、羊は英語でsheepです。

1頭でも集団でもsheepで、sはつかないシープで、これは、鯉を意味するcarpも一緒です。

読売ジャイアンツ、阪神タイガース、中日ドラゴンズ、福岡ソフトバンクホークス、日本ハムファイターズといったふうに、プロ野球チームは当然複数のプレイヤーで試合をしますから、sがついて、~スとか~ズといった読み方をするのが一般のところ、カープ女子が社会現象になって今年も伝説のエース黒田の復帰により意気上がる広島東洋カープ、のcarpは複数形としてのカープです。

なぜカープスではないのだろうと思っていた筆者ですが、人生三回目の未年になってようやく合点がいきました。


そもそもなぜ鯉の軍団なのか


なぜ鯉かといいますと、戦後原爆による壊滅的被害からの復興を目指したプロ野球球団結成の動きから、広島市内を流れる太田川が鯉の産地であること、そして原爆で焼け落ちた広島城は別名「鯉城(りじょう)」と呼ばれていたことから、球団名を「広島カープ (Hiroshima Carp)」と決定したというのが公式の歴史認識となっております。

発足から長く資金難が続き、合併統合の噂が耐えなかった球団に、ようやく地元企業としてメインスポンサーでありオーナーとして参画したマツダの旧社名「東洋工業」に由来し、現在の「広島東洋カープ」となりました。

赤いユニフォーム、赤いヘルメット、これはまさに錦鯉のイメージ、市民球団としての誇りを髣髴とさせるカープの赤なのです。

英語はNHK基礎英語1からやり直しております筆者からは以上です。

(平成27年1月24日 土曜日)

2015年1月23日

国民栄誉賞の山下選手と日本柔道の無差別級王者を争った斎藤選手

柔道柔術

「柔よく剛を制す」柔道のオリンピック種目に、かつて無差別級という「階級」がありました。

格闘技における体重別階級のうち体重無関係の階級です。

つまり誰でも出れる、まさにその競技で最強の者を決めるのに相応しい「階級」ということになります。

最後の無差別級が行われたのは1984年ロサンゼルスオリンピックで、優勝したのは山下泰裕選手です。

二回戦で肉離れを起こしながらも、決勝でラシュワン選手を破り、そのラシュワン選手が表彰式のとき、表彰台に上がる山下選手に手を差し伸べたというスポーツマンシップあふれるエピソードでも有名です。

山下選手は、こうした怪我のため、28歳の若さで引退しましたが、203連勝、全日本選手権(大会自体が体重無差別で行われる事実上の無差別級)9連覇という伝説を残し、国民栄誉賞を受賞しました。


斎藤仁選手は山下選手の最大のライバル


この山下選手の最後の3回の決勝戦の相手が3学年後輩である斎藤仁選手です。

最後まで山下選手が壁として立ちはだかりましたが、斎藤選手が勝つ前に、山下選手が度重なる怪我もあり、若くして引退します。

斎藤選手は山下選手と同時に出場したロサンゼルスオリンピック95キロ超級で金メダルを取り、次の1988年ソウルオリンピックでは無差別級が廃止され、「真の重量級チャンピョン」となった95キロ超級において金メダルに輝き、オリンピック二連覇を達成したのです。

引退後は、日本柔道指導層のまさに両輪として、後進の指導にあたりました。

そんな努力の人、斎藤選手の訃報に接し、ご冥福をお祈り申し上げたいと思います。

よく投げられたので、受け身の得意な筆者からは以上です。

(平成27年1月23日 金曜日)

2015年1月22日

「資料」をどのように送付するのかの方法が非常に多様化しています

テレックス

何かの「資料」を送る方法が劇的に変わってきたような気がします。

以前はファックスでした。

次にメールにPDFを添付するという方法が登場してきましたが、このPDFにするというのにスキャナーを使わないといけないため、実はファックスより一手間余計にかかっていたのでした。

しかも、メール添付の容量には、たとえばGmailのようなフリーメールですと25MBといった制限があったりしますので、うっかり大量の資料を一度にPDF化してしまうと、重すぎて添付できないということになりかねません。

ストレージサービスという、一旦インターネットのどこかにアップロードして、暗号化したキーURLを先方に投げてダウンロードしてもらうという方法もありますが、どちらにせよ単にファックスするより手間だったのです。

便利になったはずなのに、手間は増えている現代社会の不合理の典型のようです。


スマホに撮影してそのまま送ってしまう


さて、新しい方法は、スマホで写真にとってそのままその写真を選んだままメールかSNSして送る、という方法です。

最近のデジタルカメラの解像度は非常に高く、デザインの発注なら別段、普通の資料の展開ならば全く困らない程度の鮮明さです。

筆者は、打ち合わせをしたメモそのまま写真に撮って展開する、などという横着な方法も利用しますが、これは臨場感が出るのかそれほどの違和感なく受け入れられているようです。

文字情報にせよデザイン情報にせよ、そのまま写真でキャプチャしてしまうというのは、目で見る人間にとっては最も直接的に入ってくる情報なのかもしれません。

ファックスより古いテレックスに親しんだ昭和世代の筆者からは以上です。

(平成27年1月22日 木曜日)

2015年1月21日

テーマパークで長く並んだ後乗るアトラクションを更に楽しくする方法

並ぶ人たち

昨日に続きまして、雑な議論を致します。

ディズニーランドのようなテーマパークでのアトラクション、長いと1時間半待ちなんていうのもありますが、やっと乗れた時の嬉しさはひとしおです。

そんなアトラクションの出発のとき、スタッフが発するお決まりの一言に、「みなさんの旅立ちに、こんなにも沢山の方々がお見送りに来てくれました!手を振って応えましょう!」というのがあります。

これは、どこでもかなり応用が効き、そして誰にも迷惑がかからない魔法のマーケティングです。

並ぶ、ということは人気があるということでして、あまり人気もないのですぐ乗れてしまう「イッツアスモールワールド」のようなアトラクションでは味わえないひとときだと再認識させてくれます。


見方を変えれば何事も面白くできそう


このように、マーケティングとは同じ事象でも見方を変えれば面白いという単純なことなのかもしれません。

そうすると、経験や年齢や知識はあまり関係ないわけで、必要なことを要約すれば、相手の身になって考える、顧客側の視点を持つということがもっとも大切になろうかと思います。

その昔、筆者が大学入学時の健康診断に並んでいる時に順番に一番熱心かつしつこく勧誘してきたのが某マイナー宗教団体系のサークルでした(数年後、東京の地下鉄で世間を騒がす事件を起こします)。

顧客側に、並ぶ以外にすることのない状況であること(しかも、並んで得るものも健診という大して期待値の高いものでもない)を的確に見抜き、その警戒心が取れた空白に入り込む術を知っていたのではないかと今にして思います。

その頃は神戸大震災、地下鉄サリン事件と合わせて世の中の激動を感じたまさに世紀末の世の中でした。

そのころデビューした、地球に生まれた宇宙という並ぶことすらほぼ皆無のテーマパークを地元に持つ筆者からは以上です。

(平成27年1月21日 水曜日)

*2017年12月末をもって閉館するということです。

2015年1月20日

邦題が原題と違う映画をマーケティングの観点から考察してみた

同一「人」物です:ベイマックスポスターより

米国アニメ映画「カールじいさんの小さな家」の本当の原題は「UP(上へ)」です。

同じように、大ヒットしました「アナと雪の女王」の本当の原題は「Frozen(凍った)」です。

この2つの邦題は、日本人の感性に非常にマッチし、見られる前から日本でも大人気になったことは周知のとおりです。

このように、その映画を見たことのない人に、「観よう」と思わせるのがマーケティングの極意です。

しかしながら、高度に組織化専門化されて忙しくなってしまった現代社会においては、映画を「観る」というより映画館に「連れて行く」ライトユーザーや意思決定権者(要するに親とか)ばかりにスポットが当たりすぎているのではないかと思います。


映画は観てもらわなければはじまらない


映画も作品であると同時で商売ですから、どんなに名作を輩出しても、映画館で動員できなければ難しいのです。

観客席がガラガラで封切り直後のくせに寝そべっても余裕で見れてしまったジブリの「興行的」には失敗作であったと言われる「ホーホケキョとなりの山田くん」のような、筆者のようなマニアとしては垂涎モノの作品(私は名作だと今でも思っております)であっても、売れなければ駄目という烙印を押されてしまいます。

その点で、今回のディズニー配給の「ベイマックス」はゆるキャラふわり物語と思いきや、実は6人のヒーローものだったというある意味驚きの作品です。

なんか真っ白くてかわいいベイマックス、実は6「人」組みの戦闘マシーンの一体であり、原題は「BIG HERO6」なのです。

つまり、日本における殆どのライトユーザーにしてみれば、ベイマックスというお話はなんだかゆるふわロボットと人間とのほんわかストーリーのように「宣伝」されており、それはまさしく手塚治虫「火の鳥」に出てくるロボット「ロビタ」のような感じを彷彿とさせますが、実はアメリカ映画お決まりの「悪」と戦う「正義の」殺戮マシーン軍団の一員として大活躍するという「一面」もあるのです。

しかし、そう書いてしまうと読者、ならぬ「観者」が限定される、妖怪ウォッチやポケモン、イナズマイレブンなんかの競合ライバルが多いこの年度末の時期に、訴えるべきはステレオタイプと言われようが構わない、ゆるふわ大好き女性ユーザーしかいない!という日本の配給元の苦肉の策なのかもしれなかったのです。

ここまで論じておきながら、「ベイマックス」まだ観たことがない筆者からは以上です。

(平成27年1月20日 火曜日)

2015年1月19日

多数決による決定プロセスが妥当性を持つ理由とその意味について

独自路線でいきたいです

多数決が妥当な解を示すことがない場合がよくあるという例を挙げたいと思います。

分譲マンションがありまして、そこの共用部に関する意思決定は区分所有者全体で組織される管理組合が行うということになっております。

さて通常分譲マンションはエレベーターが必要な階数がありまして、このエレベーターというものは共用資産ですので、管理組合で負担すべきということになります。

ここでは5階建ての分譲マンションということにします。

ここで、多数決の論理がおかしいことになるという事例に進みます。

不具合を起こして(要するに壊れてしまった)エレベーターを改修しなければならなくなりました。

もちろん管理組合が発注して支払いを行うのですが、積み立てた管理費では不足していますので、追加負担を区分所有者から募ることになりました。


1階から5階の住人たちのそれぞれの主張


5階の住人は共有財産だから全戸数の均等割を主張しました。

そもそもエレベーターを使う必要のない1階の住人は負担を拒み、エレベーターを使う2階から5階の住人での均等割を主張しました。議論は平行線でしたので、では多数決で決めようということになりました。

怒った2階から5階の住人は結託して、全ての負担を1階の住人に負わせる案を可決したのです。

この事例は、多数決が妥当ではないというよい例だと思います。

きっと、最適であろう解は、1階から5階の住人に一定の配慮をしつつ、いずれも受忍しうるレベルのいわゆる落としどころ、のはずですが、多数決が前に出ることで、多数派のエゴがむき出しになることが往々にしてあるということです。

だってみんなやっているじゃないか、とは言わないようにしたい独自路線の筆者からは以上です。

(平成27年1月19日 月曜日)

2015年1月18日

直接民主制という制度の意味する目指すところは自由ではない


島です

自由主義とか資本主義とか、そういうのをイデオロギーと言いますが、自由主義とよく並列に扱われる民主主義はよく考えるとかなり異質の概念だと思います。

自由主義とは、誰もが侵されることのない(不可侵)の、自由とか(基本的)人権を持っていますよ、というのが自由主義ですし、資本主義も、私有財産というのは強く守られなければなりませんよ、そうしないと安心して経済活動できませんよ、という考え方です。

一人ひとりの個人の自由や権利を尊重するということです。

それに引き換え、民主主義というのは「誰が決める」というのを「みんなで」と「擬制」するのです。

みんなが一度に一瞬に全く同じ考えに至るということはありませんので、そこに集まる「総体」としての民衆の「総意」「合意」を形成しないといけないわけです。

ここで、100人くらいまでの「集団」ならば直接民主制として、全ての権利者に出席させてとことん議論するようにすれば、曲がりなりにも「合意」形成はできます。

最後は多数決で決めるでしょうが、「多数決で決めたことには従う」ということの100人の合意はあると言えるからです。


多数すぎる組織では直接集まって決めることは不可能


しかし、これが1億人の国家とか、70億人の世界とかになりますと、話は違ってくると思うのです。

絶対に、直接民主制としてみんなを一同に集めることはできません。

できないので、最初から、議論なく多数決で選ばれる「議員」が、選挙民に公約その他でがんじがらめに縛られて、これまた国会で多数決で決めるというプロセスになりがちなのです。

世界的なグローバルコングロマリット企業体があったとします。

そこに集まる経営会議(取締役会)のメンバーは、グローバルに様々な領域に進出した各事業領域のリーダーであることが多く、自社資源をどの分野に投入するかの利益代表の面を強く帯びます。

社長や会長、CEOの職もその「事業部門」間の競争により選出されることになり、ここに、会社全体の未来に一義的に責任を負うという者がいなくなってしまうのです。

どこかの大学のようですね。

総長、といっても法学部出身か医学部出身か、はたまた理学部工学部出身かといったように。

ここに至れば、分社化やスピンアウトといった方法が取られたほうがいいかもしれませんが、スピンアウトする方もされる方も、これまた力関係で決まる面もあり、それが真に会社全体によいのか悪いのか誰も立証できない、立証できなくても責任が取れないということになりかねません。

株主も、あまりにも広範に数多く分散しているため、影響力を行使できません。

ちょっと雑な議論になってきましたが敢えて見直さず提示します。

その方が直感として考えていることが鮮明に現れるように思えるからです。

今日はここまでと致します。

落ちのない、たまには真面目な筆者からは以上です。

(平成27年1月18日 日曜日)

2015年1月17日

クロームブックという小さな機能を制限した持ち運び簡単なPC

簡易モバイルPC

クロームブックとは、グーグルが提供する小さなノートブックPCです。

本当は小さくても大きくてもグーグルが提供するOSを搭載していればそれはクロームブックと呼ぶ習わしとなっております。

さすが天才頭脳集団のGoogleです。

とにかくなんでも早く起動させる、秒速のネット上級者向けに工夫を凝らしています。

いよいよ日本でも発売の運びです。

これまでのOSと最も違うコンセプトは、全ての処理をクラウド上で行おうとするその姿勢でしょう。

つまりPCハード側に情報を格納することをほとんど行わず、ネット上で処理を済ますということです。

例えば、このブログの下書きも、すぐに直接クラウドに保存されるようにすることで、自動的に保存するときにPCの動きが極端に落ちるといった、ウィンドウズPCではおなじみのことも防げるというわけです。

現在全世界の多数を占めるウィンドウズOSの世界に、ついにモバイルOSでの巨人であるGoogleが標準を合わせてきたというわけです。

ライバルのアップルのMAC OSは、PCとモバイルの双方(モバイルとしてはiOS)にそれなりの地歩を築いておりますが、Androidで磨いたモバイルOSのノウハウを武器に、入力キーボード端末がついただけで快適性はモバイル端末と遜色ない、というクロームブックの開発と投入は、間違いなく2015年のIT界のトピックになるであろうと考えております。


クロームブックもどきを製作


筆者も、クロームブック「もどき」として、初代iPadとブルートゥース端末で、簡易的PC端末を作ってみました。

本ブログの記事はここから入力してみました。

まだまだ日本語入力対応やショートカットなど、慣れ親しんだウィンドウズとは勝手が違って戸惑うこともありますが、やはり指フリックより断然入力速度は速いものだと感じました。

MacBook Air などを開いてスタイリッシュにシアトル系珈琲店でスターバックスしながらブログをチェックするといった格好良さとは無縁です。

PC入力以前に、書くことが定まらずなかなかまとまらない筆者からは以上です。

(平成27年1月17日 土曜日)


2015年1月16日

厳島神社(広島県廿日市市に鎮座する平家の崇敬厚かった氏神神社)

厳島神社 大鳥居

弥山と厳島神社について好評でしたのでもう少し書きます。

すみません、正確には好評だったかどうかはわかりませんが筆者が書き足りなかったので書きます。

厳島神社は平家滅亡後、混乱と衰退の道をたどります。

それも当然で、最大かつ唯一の大パトロンといってよい平家という後ろ盾が、壇ノ浦で突然の「滅亡」を遂げてしまうのですから仕方がありません。

まさに春の夜の夢の如し、というところでしょう。過剰品質となった水の上の寝殿造りという大建築は、それを維持するだけでも大変だったと思われます。

しかし、苦難の時代を経て、厳島神社はふたたび大パトロンに恵まれることになります。

それが毛利元就でした。

しかし、神の島として敬われている宮島も、戦国時代の習いで戦場となることもあったのです。


厳島の戦い(1555年10月16日)


厳島の戦いとは、1555年(天文24年)、かつては西方六カ国の守護大名として西中国地方を支配した主君大内家の当主、大内義隆(おおうちよしたか)を殺して領国を奪った陶晴賢(すえはるかた)を、その子分であった毛利元就が厳島に敗死させたという戦いです。

陶軍兵力は2万とも云われ、毛利軍兵力は4千から5千と云われています。

普通に戦えば勝機が低いと見た元就は、巧みな謀略で陶晴賢を狭い厳島におびき寄せました。

そして毛利軍はその後伊予水軍を味方に引き入れ制海権を握り、一斉に島内へ上陸、奇襲を仕掛け、狭い島内で大部隊を混乱させ陶晴賢を討ち取りました。

戦死者5千人という壮絶なものだったといいます。

合戦後、毛利元就は戦死者を対岸に運ばせ埋葬させ供養し、血で汚れた厳島神社の社殿を洗い流し清めさせ、島内の血が染み込んだ部分の土を削り取らせたと云われています。

血の穢れに対する神域としての宮島の禁忌は厳しかったのです。

その後、毛利元就は勢力を伸ばし中国地方を代表する戦国大名となり、厳島神社の造営や再建、寄進を数多く行ったということです。

神社のある意味したたかな生存戦略が見えて面白いものです。

お好み焼きは食べられませんでしたが、宮島の鹿にはしっかりと鹿せんべいをあげて寄進に協力してきました筆者からは以上です。

(平成27年1月16日 金曜日)

2015年1月15日

弥山(みせん):広島県廿日市市(はつかいちし)宮島の霊山

消えずの火

2015年年始旅行編の最後を飾りますのは、広島県廿日市(はつかいち)市宮島町の宮島(厳島)の中央部にある標高535 mの山であります「弥山(みせん)」です。

弥山といってもわからない方が多いと思いますので、より知られた「厳島神社」ということならば聞いたこともある方が多いかと思います。

平家が大輪田泊(おおわだのとまり)という「港」を整備して、これが今の神戸港の発端なのですが、こうした瀬戸内を通じた日宋貿易で大儲けして、朝廷における権力を誇示することができたという、まさにその瀬戸内の海運の要衝を守るため、厳島神社に莫大な寄進を行ったわけです。

何事も、権力の基にはカネ、ということなのかもしれませんが、平安時代末期、神主である佐伯家と当時の安芸守でもあった「英雄」平清盛の結びつきを契機に平家一族から崇敬を受けました。

そして、清盛により現在の社殿の基礎が出来上がりました。

平家の隆盛とともに厳島神社も栄え平家の氏神に格上げされていったのです。

筆者が行った時はちょうど引き潮のときでしたので、普段は海上に突き出ている大鳥居まで歩いて行くことができました。


弥山への参拝


ここまでは普通の宮島観光なのですが、やはり一工夫したい筆者はそこから弥山に向けて登山を開始致しました。

弥山は古くから修験の山で、かの弘法大師が平安時代、弥山を開山し、真言密教の修験道場となったと伝えられていまして、山麓から山頂にかけて大聖院(だいしょういん)と呼ばれる密教の寺院施設がこれでもか、と鎮座しています。

山に一歩入ると神社から一気に寺になるというわけです。決して大きくない島に、過剰なまでの神仏密度です。

弥山頂上まで石畳の急坂を上り、「消えずの火」がある聖堂に着きます。弘法大師が806年と言われるこの山を開山して秘法を授けて以来、現在まで途絶えることなく燃え続ける霊火です。

この火で沸かした霊水は万病に効くと言われています。

ちょっとすごい神秘スポットなのか、訪れる人の半数近くが一見して海外の方です。

日本人が下の厳島神社だけ見て帰るところ、彼らは日本の歴史や風土を予習して、弥山の山頂までロープウェーも使わずやってくるわけです。

その民度と教養の高さに驚嘆した弥山観光でした。

柄にもなく文化的なことを考えてしまったせいか、当初の主要な目的であったお好み焼きを食べそびれてしまった筆者からは以上です。

(平成27年1月15日 木曜日)

2015年1月14日

大石内蔵助を訪ねて赤穂城まで行って来ました(@2015年始の旅)

四十七士の一、大高源五(萱野三平の俳人仲間でした)

姫路城を見たあとに姫路から車で約1時間あまり、赤穂城に行ってきました。

年始の旅行ということで、赤穂城自体は観覧できませんでしたが、城内は大変な賑わいで、特に城に隣接した大石神社は大願成就のご利益にあやかろうと人だかりができておりました。

有名な忠臣蔵ですが、当時は戦国時代末期から豊臣政権の朝鮮出兵、関ヶ原の戦いに大坂冬の陣夏の陣に島原の乱、と社会に必要とされていた職業軍人の「活躍」する場所が極端に少なくなってしまい、街に浪人があふれた元禄の世の中に起こるべくして起こった「事件」だったと思います。

ある領域に多くの(能力も高い)人材が集中した結果、社会不安が増すという事例は洋の東西を超えてありまして、例えば戦後の米国でNASA(航空宇宙局 National Aeronautics and Space Administration)の設立に至ったのは、民生品における各企業の研究開発予算が世界的な競争激化により大幅に削られ、研究者を食わせられなくなった、といったことが言われたりします。

彼らのようなNASAに「移籍」した頭脳達は、新しい活躍の場を得て、宇宙探検という壮大なプロジェクトに打って出たのです。

そのような時代背景から赤穂事件は起こったわけで、筆者の解釈や感想としては、赤穂藩主も旧家臣たる浪士たちも、討ち入った者も討ち入らずに他家への仕官を行ったものも、みなそれぞれの人生を一生懸命生きたということであろうかと思います。


萱野三平のお話


大石神社は大石内蔵助をはじめとした赤穂浪士47人を祀っていますが、同格として中途で自害した萱野三平(かやのさんぺい)も主祭神としています。

萱野は同志との義盟や旧主への忠義と父への孝行との間で板ばさみになり、同志と共に約束をはたせぬ罪を詫び、同志の奮起を祈る心を記した遺書を内蔵助にしたため、切腹して自ら命を断ったのです。

当然、江戸時代には幕府の手前、こうした浪士たちを表立って祀ることはできませんでした。

しかし、時代は下って1868年(明治元年)、ついに明治天皇が赤穂浪士の墓のある泉岳寺に勅使を遣わしこれを弔って以降、大石神社として「創建」されたというわけです。

まるで隠れキリシタンのように、民間の伝承や振興は、時の試練に耐えるものだと感じました。

出自は天草上島、赤穂事件より遡ること約60年、まさにキリシタンと農民が島原・天草の地で幕府と戦い散っていったご先祖様を持ちます筆者からは以上です。

(平成27年1月14日 水曜日)

2015年1月13日

備中高松城に清水宗治の首塚を訪ねて首を垂れる@2015年新年の旅

清水宗治 首塚

2015年の年始旅行の続きです。

続きと言いながら時系列順になっておりません点はご容赦下さい。

さて姫路から赤穂を経て向かったのは備中高松城址です。

高松、というと現在ではうどん県がたいへん有名になっておりますが、高松という地名は日本のいたるところにありますので、備中高松、というふうに旧国名と合わせて述べるのが通となっております。

さて戦国時代も末期、この地は西の大将である「両川(りょうせん)」こと小早川家、吉川家を擁する毛利家が東からの備えとして配した清水宗治(しみずむねはる)の居城でして、ここを攻める織田信長軍の精鋭、羽柴秀吉や黒田官兵衛を手こずらせました。

まともに攻めるのは兵の損耗も激しいという官兵衛の策により、古来聞いたことのない未曾有の大作戦である水攻めが行われます。

堤を築いて川から水を引き入れ、城ごと水没させてしまうというスケールの大きな作戦です。

そんな中、京都本願寺にて織田信長討たれるという情報が秀吉側にもたらされ、至急の講和となります。


城主清水宗治の切腹


講和の条件として、備中高松城主である清水宗治の命と引き換えに城の兵士は許すというものでした。

水上に舟を漕ぎ出し、さらりと舞ったのち、潔く腹を切り、介錯人に首をはねられる、とした宗治の一連の作法は見事であり、実際に見た者達の賞賛を受けたのです。

羽柴秀吉も信長の敵討ちのために一刻も早く京へと戻りたいところ、陣から一歩も動かなかったと言われております。

そして、後々の世にも「清水宗治こそ武士の鑑」と絶賛されたのです。

辞世の句です。

「浮世をば 今こそ渡れ もののふの 名を高松の 苔に残して」

首塚の前では自然に頭が下がりました筆者からは以上です。

(平成27年1月13日 火曜日)

2015年1月12日

大山祇神社(おおやまずみ神社:瀬戸内海に鎮座する海の神)

大山祗神社 本殿

大山祇神社はおおやまずみ神社と読みます。

大山積神(おおやまづみのかみ)は天照大神(あまてらすおおみかみ)の兄で、海の神様です。

西洋で言いますとポセイドンのようなものでしょうか。

とにかく四方を海に囲まれた日本という国において、海の神様は神話の格付け的にも相当上位に来るはずで、そもそも何もないところから神様がかきまわしたそのしずくで日本列島ができたという日本神話式天地創造のお話からすれば、その日本列島という島ができたほかは全て海になったわけで、それも当然のような気がします。

さて、そんな海の神様を祀っているのが、瀬戸内に浮かぶ大きな島、大三島(おおみしま)にあります大山祗神社(おおやまずみじんじゃ)です。

古来より村上水軍の尊崇篤く、というより伊予守という世俗の支配者と大山祇神社の宮司という神官とを双方担った河野家は、そもそも河野水軍というれっきとした由緒正しい「海賊」であり、村上水軍も形式上は河野水軍の配下であったものの、独自の「活動」も大いに行い世間的にはこちらのほうが有名になった模様です。


神官職河野家は大化の改新から続く名家


境内の楠(樹齢3,000年、天然記念物)
さて世俗の伊予守河野家は何と大化の改新から続く名家でしたが(そもそもそれまでは神官職も兼ねた聖俗双方の国王のような存在だったと思われます)、豊臣秀吉の四国征討により、中国の覇者毛利家の「両川」の一翼、小早川隆景によって大名としての道を断たれ、その後継嗣なく滅亡してしまいます。

しかし神官職としては連綿と現在まで続いているわけです。

この点、世俗統治力を失っても同じく神官職が連綿と続いた出雲大社の千家家にも通じるところがあり大変興味深いところです。

そんな大山祇神社、さすが歴史のタイムカプセル、古くは斉明天皇が白村江の戦いの際に奉納した鏡やら、壇ノ浦の合戦で平家を滅亡させた源義経がかの八艘飛びを行い戦った鎧などを戦勝御礼に奉納したりしており、国宝重文の宝庫です。

時代が下っても南北朝時代の南朝方、護良親王や後村上天皇の奉納した大太刀など、マニア垂涎のすごいお宝の数々を目の当たりにすることができます。

かような海における戦いの神という性格から、初代総理大臣の伊藤博文(日清日露戦争)、旧帝国海軍連合艦隊司令長官山本五十六(太平洋戦争)をはじめとして、政治や軍事の第一線の参拝もありました。

現在でも、海上自衛隊や海上保安庁の幹部などが参拝するそうです。

筆者の死んだ爺さんも旧帝国海軍でしたので、別段孫は幹部でもありません単なる旅人ですがお祈りさせていただきました。

境内には日本最長寿の楠など、自然あふれる瀬戸内の神の島、大三島に鎮座します大山祇神社でした。

その後花より団子とばかり、みかん食べ放題で手が黄色くなりお腹がゆるむまで美味しいみかんを食べまくった筆者からは以上です。

(平成27年1月12日 月曜日)

2015年1月11日

姫路城と御着(ごちゃく)城址@2015年始中国地方への旅

姫路城
2015年の年始旅行編続きです。

鳥取砂丘から後は、鳥取の奥地での雪の中の宿泊でした。

よく車で事故を起こさなかったと感心する雪道運転を経て、
まるでムーミンの世界のような幻想的な宿泊施設に到着し、
朝は雪かきと車の屋根の雪下ろしを行い出発しました。

目指すは「福岡」の生みの親、2014年大河ドラマ軍師官兵衛の
生誕の地である姫路です。

姫路城は平成の大改装中でした。

まさに白亜の殿堂といってよい威容です。
大天守の中は内装工事中(という言い方は適切ではないかも
しれませんが)ということで、入ることはできませんでしたが、
長大な渡り廊下をくねくねと探検し、広い本丸二の丸から様々な
角度で大天守を仰ぎ見ることができ、大変満足でした。

満足以上に足が疲れました。

姫路は、確かに黒田家の居城だったのですが、
豊臣秀吉が西方毛利攻めの居城として入城してから、
西の防衛の拠点として、時の権力(織田豊臣徳川と変わりますが)
によって重視された結果、城の普請は進み、
城下含めて巨大となり威容を誇っていった一方、
藩主は数年で改易され、事実上江戸幕府の直轄地に近い
取扱いを受けたという説明でした。

なお、記帳台に「福岡県福岡市」などと記帳したところ、
「おっ、官兵衛の晩年だね」などと話しかけられましたので、
「ええ、その頃は如水ですが」なんて無駄に張り合ってしまいました。

まだまだ私も若いようです。

申し訳ありません。

御着(ごちゃく)城跡


御着城址

さて、次に官兵衛までが当時使えていた小寺政職の居城である
御着城も、一緒に見てまいりました。

鼻を赤くした片岡鶴太郎が扮した「思案の、しどころじゃのぉ~」という
(そして必ず間違える)小寺政職の台詞が耳に残っております。

こちらは、本丸は小さい公園兼姫路市の出張所となっており、
二の丸においては少年野球などにおあつらえ向きの小さな
グラウンドとなっておりました。

主従の逆転とはいえ、姫路城は国宝として現代貨幣換算で
数百億円の費用をかけ大改修を行っている一方、
御着城は公民館のような建屋のみで、あとは土くれのままの
グラウンド、という状況に、まさに盛者必衰の理を目のあたりに
致しました新春の或る日でございました。

そんな、改行が少ないと読者からのリアルなご指摘を頂きました
筆者からは以上です(明日から戻ります)。

(平成27年1月11日 日曜日)

2015年1月10日

(日本プロ野球)鳥谷内野手の阪神残留が決定@2015年

天然芝の甲子園球場
日本プロ野球の阪神は、予てより海外FA宣言していた主力選手である鳥谷敬内野手(2015年1月時点で33歳)が同球団に残留することが決まったと発表しました。

これで日本プロ野球から2015年オフにFA宣言した8選手の去就がすべて決まったことになります。

結論として、いわゆるメジャーリーグへのFA移籍やポスティングはなかったということになります。

鳥谷選手のコメント


鳥谷選手は、球団を通じ、「海外FA権を得て宣言をさせていただきましたが、熟考に熟考を重ねた結果、残留することを決意しました」とのコメントを発表しました。

確かに、阪神の引き止めは大変なものだったでしょうが、最後には選手本人の判断でこのような結果になったということで、筆者は歓迎したいと思います。

何も北米メジャーリーグに行くだけが野球人生ではないのです。

レベルの高いところでプレーするのも一つの選択であり、同様にもっとも評価してくれるところでプレーするのも一つの選択ということです。


連続試合出場の鉄人選手


実は鳥谷選手は、現役選手で最長、そして日本歴代3位という、1,466試合連続出場中の鉄人選手でもあります。

分業制が進んだ現代野球において、内野手、しかもショートという最もプレッシャーと負担のかかるポジションを任されながらの記録継続は驚くべきことです。

更に鳥谷選手は、守備力が極めて要求される天然芝の甲子園球場を本拠地にしている阪神という球団でプレーしているのです。

全試合のうちのおよそ半分をホーム球場で消化するわけで、これをもってしても、阪神にとっては得難い選手を繋ぎ留める朗報となりました。

因みに連続試合出場の日本一は、衣笠祥雄(広島)の2,215試合、世界一は、カル・リプケン選手(オリオールズ)の2,632試合となっております。

我が身を振り返りますと「おれおれと 名のって家人に すぐ切られ」「FAと 宣言する前に 放出か」とならないように気をつけたい筆者からは以上です。

(平成27年1月10日 土曜日)

2015年1月9日

「単位」を表示しないほうが注文が増えたという顧客心理の話


お金のイメージ


洒落たレストランなどで、メニュー表の値段表示に¥マークや「円」といった表記をしないほうが、注文が増えるという話を聞きました。

商品やサービスを購入してもらうことを検討してもらう際には、対価となる「お金」に関するイメージを極力抑えたほうがいいということらしいのです。

言い換えますと、目に見えないサービスやたとえ商品という形ある「モノ」であっても、対価となる金銭的イメージは極力抑え気味にしたほうが逆にアピールになるということです。タテマエと本音、というところでしょうか。


お金を想起させる記号は極力使わない


確かに¥や円といった表示はそれだけでスペースを取ります。

かけうどん300円、きつねうどん4$(米ドル)といった表記を統一しない店はないでしょうから、取ってしまったほうが良いのかもしれません。

逆にこれが進みすぎて、コンサルやデザインといった「提案系」のお仕事の際には、いわずもがな、のお金の話がなんとなく有耶無耶になってしまう危険があるので、しっかりプレゼンしたり受けたりする際の最後にお金の話もきちんとしておくのがよいかと思います。

職人であるその人や会社の持つノウハウにお金を払うものなので、そこはきちんとしておかないといけないわけです。

筆者は年賀状をデザインをやっている知り合いにやってもらいますが、きちんと会社に対する発注としてお願いするようにしています。

スタジオでの撮影もそうで、やはりプロの写真家が撮る写真は、「もちつき」1つにしても構図が同じでも全く違うように見えるものです。

プロに頼むときにはお金の話をきちんとしよう、というお話になりました。

祭りや縁日の出店で、はいおつり、千リラね、という口癖が定番だった的屋(テキヤ)のおっちゃんを思い出す筆者からは以上です。

(平成27年1月9日 金曜日)

2015年1月8日

「出張もちつき」を近くの神社にて行ってきましたら大人気でした


鳥飼八幡宮
筆者が自宅で毎年やっているもちつきの噂が千里を走った、わけではないでしょうが、さる関係者より「もちつきをしたがっている人がいるのだが助けてやってくれないか」との依頼を受けましたので早速年始から行ってきました。

もちろん、出張もちつきなど初めての経験です。

最初、臼杵セイロといった道具ならいつでもお貸ししますよと言ったのですが、どうやら筆者という動くノウハウ、指導員ごと借り受けたいということでした。

乗りかかった船なので、会社には有給を申請致しました。

開催場所は近くの神社です。

どうやらその境内で撮影スタジオをやっている会社の代表がもちつきをしたいと思い立ったようでして、神主さん以下神社側も大変協力的です。

神社の中にスタジオがあるなんて初めて知りました。

普通、このような屋台的なことをやるには許可とかいろいろあるのかと思いましたが神主さんともフェイスブックでやり取り数秒で承知してもらいました。

何か動きが速いです。

前日に、臼杵セイロ、火起こしに釜、それから餅米を現地に搬入してもらいました。

臼が一番重いので軽トラックも借りてくれました。

なせばなるんですね。

最も懸念していた道具の持ち込みが案外スムーズに行きましたのでこれは行けるかなと思いました。

当日は晴れ模様、少し寒いですが絶好のもちつき日和です。

午前8時に一番乗りしてとりあえず火をガスバーナーで起こしてお湯を作り始めます。

お湯ができたそばから釜に注ぎ、セイロで前日から吸水させた餅米を蒸していきます。

だんだん人が増えてきたところでいよいよ蒸しあがった米を臼でつきます。

30キロの餅米を用意したので、大体セイロ15個分、15回くらいつかなければなりません。

ついたそばから丸める作業です。

最初は全くやったことない、という人ばかりでしたが、あっという間に覚えていくものです。

餅はそのまま、それからきな粉や黒ゴマ、しょうゆ大根おろしやのり、納豆などをつけて食べるなど工夫が見られました。

イチゴも持ってきていちご大福にして食べたのも印象的でした。

子供もたくさん来てくれたので、一緒についたり、最後の方は大人も疲れたので、子供たちだけでかなりついてもらったり、非常に助かりました。

午後になって寒くなってきたこともあり、「蒸し足りない」餅米が数回あり苦労したところもありましたが、終わってみれば午後2時半、筆者が予想したよりも随分早めに最後の餅もつきあがりました。

ついた餅も参加者皆に配ることもでき、まずは大満足の流れでした。

その後手早く片付けをして、第一回お試し出張もちつきは無事終了いたしました。

道具たちも活躍の場が増えてよかったと思います。

身体の方はメンテナンス不足からか、翌日以降動かない筆者からは以上です。

(平成27年1月8日 木曜日)

2015年1月7日

平成27年に世界中の中央銀行による国債購入に至った経済環境の考察



2012年の秋に、欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁が定例理事会後の記者会見でユーロ圏諸国の国債利回り上昇を抑えるために同圏の国債を流通市場において欧州中央銀行自らが買い入れると発表しました。

ドラギ総裁は「買い入れ額に制限は設けない」と言明し、市場沈静化まで買い入れを行う方針を示し、必要があれば巨額の資金をいけるところまで無制限に投入する決意を強調しました。

イタリアやスペインの財政を脅かす利回り上昇を抑えてユーロを防衛するための「切り札」とされるECBの国債購入ですが、そもそもイタリアやスペインの国家放漫財政の結論ともいえる経済危機になぜユーロの総元締めの中央銀行がお札を刷りつづけて買い支えなければならないのかという疑問の声も当然あります。

これでもう4年に突入した欧州の危機対策は大きく進展したなどという論調がありますが、日本のバブル崩壊後の歴史を知らない希望的観測なのかもしれません。

日本のバブル崩壊からの対応ですが、20年以上かけてまがりなりにもきちんとリセッションさせて国民経済に痛みを強いつつ雇用設備債務の3つの過剰という膿を出し、合わせて銀行の不良債権を処理させ銀行同士を統合させ、弱い産業からの雇用移転も一部果たしています。

そして、2013年4月に物価上昇率2%を2年以内に達成するための黒田日銀総裁の異次元金融緩和策の一環として、日本国債の日銀による大量買入れを決定しました。

両者の対応は一見同じものですが、その置かれている経済ステージと目指すところは若干違うと考えています。

このように、お金を刷りまくる政策がどのように帰結するのか、注目して生きたいと思います。

お金は天下の回りものですが、どうもこちら側にはあまりとどまってくれないように感じる筆者からは以上です。

(平成27年1月7日)


2015年1月6日

祝・筆者が2015年新年のNHK報道番組に出演しました(2秒)


筆者近影
2015年始の地元NHK報道番組に筆者が出ました。

わずか2秒程度の「出演」でしたが、日本列島降雪となった元旦(元旦は午前中で使用)に、近くの神社に初詣に出かけたところ、NHK福岡放送局にとってもとても近場のこの神社で手っ取り早く雪中参拝する人々の絵とコメントを撮ろうとやってきたカメラマンと目が合ったのです。

元旦からお仕事お疲れ様です。

他の参拝者は、強まる雪と風の中、そそくさと参拝をすませていくわけですが、筆者は徒歩2分のところに住んでおりますので、サンダル履きという軽装でした(加えて、雪の降る元日、全国津々浦々の建物設備管理の現場も大変だろうと思いつつ、雪だるまをこしらえておりました)。

そんな珍しいいでたちで声をかけられ結構長いインタビューを受けたのですが、結局使われたのは一コマだけだったようです。

着ている橙色のジャンパーはユニクロ製ですが、余計なロゴが入っていなかったのも、NHK的に良かったのかもしれません。

9年ぶり2回目の出場


NHK出演は、実に9年ぶりとなります。

「前回」は徹底討論ふるさと再生スタジアム、と題した80分を超える討論番組に生出演致しました。

当時は若かったと思いつつ、あまり変わっていない自分を見て反省するところも多かったです。

一瞬ながら、近所の方々に与えたインパクトはかなりのものだったらしく、既に本日までに10人を下らない方々より、テレビ見たよと言っていただきました。

ありがとうございます。

また元日よりどアップでご挨拶することになった点、大変お騒がせしました。

その前の新婚さんいらっしゃい出演も含めますと、実はテレビには意外と縁のあります筆者からの新年ご挨拶は以上です。

(平成27年1月6日 火曜日)

2015年1月5日

鳥取砂丘が鳥取雪丘になっていました

山陰って雪が降るんですね。

2015年、年始の観測史上稀な大雪で、出雲大社からの道路もチェーン規制が入ったりと大変厳しい雪中行軍となりました。

荒れる宍道湖を右に見ながら松江城を巡り、そして山陰最終目的地である鳥取砂丘に到着したわけですが、そこに見えるのは一面の雪景色でした。

馬の背と呼ばれる大きな丘が鳥取砂丘の海側の先端です。

確か以前行った時は砂が熱くて、馬の背から駆け下りるのが楽しいそれは大きな楽しい砂場だったのですが、今回は南極物語のロケも十分できそうな雪と風しかない別世界でした。

砂は雪の下数十センチにある模様ですが視認できません。

しかしながら、我々ははるか九州島からわざわざ車で十数時間かけてやってきているわけです。

他の観光客もろくにいない中砂丘に向かって前進を始めました。

するとどうでしょう。

うそのように風はやみ、空が晴れてくる、わけもなく猛烈な吹雪と冷気で、大変危険な状態に陥りました。

よい子のみなさんは絶対真似しないでください。

それでも筆者は馬の背の頂上まで前進したのですが、予想通り同じ距離を引き返すなかで足と手の感覚がなくなりそうになりました。

何しろ向かい風を受けてはまともに息ができないくらいの海からの風です。

写真を撮ろうとしたのも失敗でした。手が悴(かじか)み感覚がなくなります。

ということで、ほうほうの体で戻ってきたのでした。

高校山岳部より数十年、ホワイトアウトという感覚を久々に思い起こした筆者からは以上です。

(平成27年1月5日 月曜日)

鳥取雪丘 奥が馬の背

2015年1月4日

商品より販売員を見せるという接客

百貨店で販売員がどのような動きをすれば売り場の売上が上がるのかというのは永遠の課題ですが、商品を置いておけば消費者の側が「自ら」判断して買うものを選んでくれるというのは、実は、江戸時代に三井家が始めた三越が、店前現金売り(たなさきげんきんうり)という広告ではじめられた画期的な商いの方法だったのです。

実は、それまでのあらゆる商売のやり方は、得意先に行って注文を聞き、あとから品物を持って行く「見世物商い(みせものあきない)」か、直接商品を得意先に持って行く「屋敷売り」が普通だったのです。

客の方に店に見に来てもらい、店先に商品を並べてその場で支払ってもらって販売するという方式は、300年前は滅茶苦茶トレンディなやり方だったのです。

時代は下り、21世紀となり15年が過ぎようとしている現在においては、この店頭売りという方式に修正が加えられ、ネット販売、宅配、個配送、中食化といった現象で消費マーケットはめまぐるしく動いています。

三越百貨店を含む百貨店ではそれまでの店頭販売の強みに、商品アドバイザーとしての販売員を適切に配置し動かせることで売上を上げようと試みているわけですが、ここにきて、物を売るより売る人を売りこむ、という「御用聞き」、いわば見世物商いへの回帰が進んできたのかもしれません。

販売員は注文を聞き、後から品物を持っていく、後から持っていくのは手間なので、その店先で選んであげる、このように、聞かれて応える販売員から、もっと「動的」な販売員へ進化を遂げていくのかもしれません。

今年も売れるサービスを、どんどん歩いて売って行きたいと思います筆者からは以上です。

(平成27年1月4日 日曜日)

三越百貨店 本店

2015年1月3日

大国主命(おおくにぬしのみこと:出雲大社)

2015年の正月、出雲大社に行ってきました。

60年ぶりという平成の大遷宮の真っ最中で、最も大切な大神殿の葺き替えが終わったところですが総事業費100億円という大事業はまだ続いています。

国宝である本殿は1744年に造営され、これまで3度の遷宮が行われてきましたが、そもそも遷宮とは、大国主命(オオクニヌシノミコト)をはじめとする御祭神に一旦お移りいただき、社殿を修造し、再びお還りいただくこと、となっております。

その意味するところには複数ありますが、そもそも木造建築としての日本の神殿それ自体と造営技術自体の未来への維持継承が必要であったことから編み出された先人の知恵だったということらしいです。

なので、遷宮を行うことで神座がリフレッシュされるというのは後付けの理由なのかもしれません。

さて、大国主命は日本書紀や古事記などによりますと素盞鳴尊(スサノオノミコト)の息子と言われる日本神話直系の神として記録されておりますが、実際は畿内大和朝廷と鋭く対立した古来からの王都出雲朝廷の大君主であったのであろうと思われます。

百余国に分かれていたという2,000年前の日本列島では(まだ日本という呼び名もない)、大きく九州王朝系、出雲王朝系、それから畿内王朝系の勢力が周辺諸国を糾合して成長し、琵琶湖から東のほうは古来からの日本人、いわゆるアイヌ系の人たちが住んでいたというイメージが最も現実を表していたのではないかと思われます。

琵琶湖の西岸に、比良山地という山々がありまして、筆者もその昔学生時代にその山々に登ったことがありますが、比良山のヒラは、大きながけが切り立って海や湖といった大きな水界に突き出たところを意味するとアイヌ研究家に指摘されています。

また、そもそも滋賀県や志賀高原の音のシガ、についても大きな崖のあるところを意味する地名である「シガ」によっているともいいます。

つまり、琵琶湖の西岸までいわゆるアイヌの民はもともと住んでいた、ということなのです。西の大陸から渡ってきて大和に王権を打ち立てた「新日本人」が他の民を追い込んでいく、そんなインディアンの悲劇のようなことは何も奈良時代以降の東北地方に突如起こったわけではなく、日本列島のあちらこちらで起こっていたと想像されるのです。

このように、古代日本がこちらがわの歴史書からすれば「統一」されていく中で、唯一残った王権に糾合する形で他の地域の神話や神自体も統合されていったわけですが、その中でも出雲大社が祀る大国主命はその勢力、威光の凄さからして、滅ぼした側の大和朝廷としても別格中の別格として遇することになったのでしょう。

今年も趣味全開のマニアックな歴史の話にもお付き合い下さい。

世界の半分、死と闇の国の支配者というとRPGドラゴンクエストⅠをすぐ思い出してしまう昭和世代の筆者からは以上です。

(平成27年1月3日 土曜日)

出雲大社 本殿

2015年1月2日

金印の歴史的位置付けを考え直してみる


金印公園

「漢委奴國王」の金印が福岡市の博多湾に浮かぶ志賀島から発見されているわけですが、この読み方に諸説あります。

通説では、漢の倭の奴の(かんのわのなの)国王と読むのですが、当時恐れ多くも世界を統べるといって良い漢の皇帝が、冊封国の王に与えた金印であるところ、これを博多湾程度の領域しか有しない小国が授かることはないと思われます。

例えて言いますと、現在の日本でも、国が地方公共団体と話をする際には、まず都道府県となり、市町村は、政令指定都市でもない限り直接国と交渉することは少ないと思われます。

このように、漢が与えた金印は、間違いなく当時の倭全体を支配するか、少なくとも代表する立場にある者に授けられたのではないかと思うのです。

この点、三国志の魏から卑弥呼が賜ったとされる金印も「親魏倭王」であり、魏は卑弥呼を倭の王として認めたということだと思います。


読み方が違う?


ここで、卑弥呼が支配した(影響力を行使した)倭の範囲がどのあたりまでなのか、ここで筆者は少数派の九州説を採るのですが、畿内説を取る人にとっても、その他の皆さんにとっても、この「発見されていていつでも見ることのできる」金印の読み方について再考されないのは少し変だと思うのです。

「漢委奴國王」印も「親魏倭王」印も倭国の国璽として扱われ、漢王朝が続いている間は「漢委奴國王」印が、魏王朝が続いている間は「親魏倭王」印が使われ続けたと考えられるのが自然であると考えますと、漢の倭の奴の国王、とではなく、漢の委奴国王(かんのわなこくおう)と一気に読むのが正しいということです。

そして、委奴国とは倭国そのままの言い方、倭国そのものもしくは倭国を代表すると漢が認めた国であり、漢によって王と認められた者の住む国ではないかということになります。

となりますと、さらに時代が下った邪馬台国の卑弥呼の比定地には争いがあるとしても、そこから遡った漢委奴國王の金印は間違いなく博多湾から出土していることから、北部九州には、卑弥呼の時代のずっと前から、倭国を代表するだけの力をもつ王朝というか朝廷というか、そういう存在があったと考えるのが自然なのです。

時代は卑弥呼から下って、筑紫国造磐井の反乱、という古代史上の大戦争が起こるようですが、これは大和朝廷に対する九州王朝最後のあがきだったのかもしれません。

今年も込み入った歴史ネタにもお付き合い願いたい筆者からは以上です。

(平成27年1月2日)

2015年1月1日

エコな2015年の初日のご挨拶

明けましておめでとうございます。

2015年の幕開けを静かに迎えた筆者ですが皆様今年もよろしくお願いします。

さてエコな2015年と題しまして今年始めの投稿は、ティッシュペーパーで始めたいと思います。

ティッシュペーパーボックスにおいて、取り出しやすさというのは大切な機能です。

この取り出し口が日本人の繊細さをまさに体現しているところだと個人的は思っているのですが、ここにはかならずと言ってよいほどビニールのフィルムがついていたのです。

分別ゴミ回収がこれだけ進んだ現在、このビニールフィルムのみを燃えないごみに分別して捨てるというのはかなりの手間になっているのではないかと考えられるのです。

こうしたところ、画期的な商品が登場しました。

取り出し口のフィルムをなくしつつ、ティッシュの取り出しがスムーズになるように、取り出し口の形状を工夫した商品です。

なんとなく、平べったいツチノコを思わせるような切れ目となっております。

こうすることで、フィルムを削減し、さらにコスト安を実現しました。

このように、消費者のナマの声を商品開発・改良に活かす手法が小売マーケットにおいて進んできているようです。

2015年も、様々なちょっとした新商品が生まれてくるのではないかと期待しております。

このブログもはや3年目となりました。

これからも、今年も日々新たなネタを仕入れつつ、改善を重ねていきたいと考えておりますのでどうぞよろしくお願いいたします。

年賀状を普通郵便として12月30日あたりに出すことで、なんとか元旦配達を実現しようといたしました筆者からは以上です。

(平成27年1月1日)

上下逆ですみません