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2015年10月21日

大臣は20人までと決まっています@2015年現在

大臣はだいじんと今は読みますが、古くはもともと「おおおみ」と呼びまして日本書紀や古事記に出てくる古来の伝説上の忠臣「武内宿禰(たけのうちのすくね)」に与えられた事実上の宰相の地位が元となっております。

古代奈良を中心に栄えた機内豪族の、紀氏/巨勢(こせ)氏/平群(へぐり)氏/葛城(かつらぎ)氏/蘇我(そが)氏など中央有力豪族の祖にも擬せられており、時代時代のもっとも勢力を伸ばした氏族の長に、この「大臣(おおおみ)」という地位が与えられました。

合わせて、機内ヤマト王権を日本列島全土の豪族に広げて従わせるための軍事力を司る役職を「大連(おおむらじ)」といい、これは大伴氏、のちに物部氏の長者が代々襲名することになりました。

そうして、大陸からもたらされた仏教という新知識を積極的に導入するか否かで、最後の大連(おおむらじ)の物部守屋と時の大臣(おおおみ)の蘇我馬子が争い、物部氏は滅びます。

ほどなくして、蘇我氏もその権勢を誇りすぎたか、馬子の孫の入鹿(いるか)に至って645年、皇族の中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足(後の藤原鎌足で藤原氏の祖)に宮中で刺されて殺され、そうして大臣の位も権力分散のために左右に分かれて左大臣、右大臣が誕生したということです(左の方が格上)。

更に時代は下って、左右大臣の上に太政大臣(だじょうだいじん)が置かれることになり、摂政関白と並んで貴族の最高位としての地位を不動にします。

大臣(おおおみ)はこのように日本の歴史に根付き実に1,400年弱生き続けた無形名称文化財なのです。

今の大臣(だいじん)は、内閣法に基づき内閣総理大臣以下20名まで任命されます。

古代に比べるとずいぶん大臣も多くなりインフレしたようにも思えますが、古代の人口が現在に比べて非常に少なく、鎌倉時代で600万人~700万人、江戸時代前の関ヶ原合戦の時で1,200万人、江戸時代を通じて3,000万人弱であったことを考えれば、妥当な数なのかもしれません。

いずれにせよ大臣(だいじん)の職にある皆さんは日々の勉強が必要な激務であることは間違いありません。

自称宴会部長のお大尽(おだいじん)とよばれる筆者からは以上です。

(平成27年10月21日 水曜日)