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2016年8月31日

関ヶ原前夜に家康を激怒させた直江状に習ってブログ文体に活かします

雪国


おはようございます。

2016年8月最後の記事です。

日本歴史上未曾有の大戦である関ヶ原の戦いは、豊臣家を支える五大老のうちの一人、上杉謙信の流れをくむ会津に戻った上杉景勝に対する徳川家康の陰湿でしつこい追及から始まりました。

石田三成を始めとする豊臣秀吉の旗本であった五奉行の力を削ぎ、石田三成を放逐して代わりに伏見に入った徳川家康は、当時五大老筆頭というより一人の「内府」として、ほぼ天下を手中にしておりました。

しかしながら、あくまで豊臣政権下での第一人者という地位での事実上の権力者です。

豊臣恩顧の家臣団を、秀吉の遺命によって禁じられた豊臣恩顧の大名も含んだ養子縁組を駆使して確実に切り崩しつつありました。

徳川の世になってしまえば、自身も用済みとなってしまうのかという恐怖と、現実的な選択肢の狭間でだんだんと内府に取り込まれていく諸将たち。

筆頭は、国許に帰された瞬間に謀反の嫌疑をかけられ、すぐさま上洛して完全に手を挙げて家康にひれ伏した五大老次席の前田利長でしょう。

父の前田利家亡き後、いかに加賀百万石をもってしても、内府の傘下に入るのが現実的だと判断したのです。

一位と二位が組んでしまえば、あとはやりたい放題です。

そのおかげで金澤の都は加賀百万石の台所として繁栄することになります。

それはそれで選択の結果であり、選択に対して後世の筆者ごときが安全なところから批判や批評をすることは間違っていると思います。

その上で書くのですが、そんな中、土壇場で上洛を拒否して家康との決別、対決を肚に決めた大名もいます。

上杉謙信を藩祖に持つ、五大老の重鎮、上杉景勝その人です。

謀反の疑いあり上洛せよとの家康の詰問に対して、上洛すれば暗殺の懸念あり、上洛しなければ大戦となることは間違いない状況に追い込まれました。

上杉家はここで腹を決めます。

いじめ続けられてきたことに、我慢がならなかったのでしょう。

上杉筆頭家老の直江兼続によって家康の詰問に対する返答が書かれました。



直江状勝手口語訳



一説に直江状と呼ばれる文書で後世の創作という疑いもありますが、非常に痛快ですので筆者などはそのまま家康を激怒させたであろう文書であればいいなと思う口でして、特に面白い部分を自分なりの勝手な口語解釈で紹介します。

1.上洛せよとの要求に対して

 ー上杉家は、藩祖である故郷の越後から(あんたらの命令で)国替えして
  会津に来たばかりなんですけど?
  国替え直後に上洛して…ようやく帰れたと思ったら、
  また上洛しろ?はあ?
  言ってる意味わかってますか?
  困りますな…。
  いったい、いつ領国の政務を行えばよろしいので?
  それから、言っときますけど越後も会津も
  なにぶん雪国でして、
  10月~2月までは何もできませんよ。
  1月に上洛なんて常識外れ(笑)。
  そちらにも東国出身の人がいるでしょうから
  確認してください。
  勘弁してくださいよ(いやほんとマジで)。

2.武具を集めているじゃないかという詰問に対して

 ーええ武具とかそりゃもう絶賛集めてますよ。
  上方(京都大坂)の方々は茶器とか
  装飾物といった人にあげる小道具を集めるのが流行りで
  お好きなようですが、
  私どもは東国の田舎ものですから、武具でも集めております。
  そういえば、東国といえば江戸あたりにいらっしゃる方も
  武具や武将をたらしこんで
  自軍に引き入れるのがお好きなようですが、
  まあお互い国ごとの流儀の違いと
  いうことでいいんじゃないすか。

3.橋をかけたり道を整備したり領国の整備をしているのでは
  謀反の疑いあり怪しいという詰問に対して

 ーえ?道や橋なんか領内の交通を便利にするために
  普通にやることじゃないですか。
  もし仮にですよ、謀反するならかえって国境近くの
  交通を断つと思いますが?
  それなのに会津の四方八方から軍ががしがし
  侵入してこられたら防ぎようがないじゃないですか。
  繰り返しますけどそんなしょうもないことは
  うちの大将(景勝)はやりません。

…と、このように、完璧に人を食った文章を書いたというのは死を覚悟した戦略の裏付けがあったものでしょう。

事実、上杉討伐に軍を差し向けた家康率いる東軍を迎え撃つという東国会津への長期遠征の隙をついて、石田三成や宇喜多秀家による西軍が組織され、毛利を総大将として家康を挟み撃ちにするという、古今東西の戦史上も研究対象価値の高い関ヶ原合戦に展開していくのです。

文才と豪胆さで歴史に名を残し、江戸の世になっても堂々と生きて主君すら自領に迎え入れ平然としていた直江兼続という人、この人の文才に少しでもあやかりたいものです。

今後はこの文章スタイルで行きたいと思った筆者からは以上です。

(平成28年8月31日 水曜日)

2016年8月30日

残業について科学的に合理的に区分して考察してみたという話です

居残らない


おはようございます。

2016年8月の記事です。

本日は、いわゆる残業について考察したいと思います。

まず、残業とは指定業務時間外に(多くの場合夕刻から深夜にかけて)超過して業務に従事することを言います。

逆に、始業時間前に(例えば午前6時とか)に出勤してきて始業時間まで業務に従事することも残業と言いますが、あまりこれについて言われることはありません。

さて、改めて「業務を行っている」という点では、通常時間の業務も残業も変わりありません。

ですので、まず呼び方から変えるべきではないかと思っています。

すなわち、通常業務と、業務時間外業務、この二つに整理するのです。

「残って仕事する」という定義だと、何だか余計に生産性が高いように勘違いしてしまうと思います。



単に残っているだけなのかもしれない



それに、業務は本来指揮命令系統の下に行われるものであるはずのところ、業務時間外業務を当の従業員側から「申請」したり、上長より「命令」されたりしているという場面は非常に少ないのではないかと思うのです。

そこで、上記の「申請」もしくは「命令」がなければ、本来どんな作業をやっていようが、業務時間外である以上「業務」とは認定できません。

業務時間内に業務するのは、会社が就業規則等で定め、労務契約により従業員側も自らの労働時間という包括的な合意があって作業しているので、業務時間内の業務は非常に強い「業務に従事している」という推定が働きます。

しかしながら、業務時間が終了した後、残っていれば自動的に「残業」として認定されて残業代が出るというわけではないのです。

諸外国、たとえばアメリカなどを見てみますと、そもそも残業制度は一般的にだらだらしていて期限内に作業を終えられない能力不足の社員に残業代をあげるだけのご褒美制度だという認識です。

すなわち、残業している人がいたとすれば、それは時間内に仕事を終わらせられなかった居残り組という認識なのです。

学校で言うところの補習です。

学習到達度の達成がなされていない生徒や児童に特別に行うもので、本来通常の学習過程において基準をクリアしていればなんら問題はない性格のものなのです。

仕事を効率悪くやる人にご褒美をあげる残業制度がある限り日本はグローバルで勝てない、と言及したのは日本で活躍する外国人芸人「厚切りジェイソン」ですが、彼は、関連して日本企業が異常に遅刻に対して厳しいことを挙げ、それならば業務終了時刻についても厳しくしないと衡平ではないと喝破しています。

そんな状況の中、日本企業の中にも斬新な取り組みを始めて成功を収めつつある企業が登場してきました。

残業削減のためのポイントを要約すると、減らした残業代分は、翌年のボーナス(賞与)で返すというものです。

普通残業削減の旗振りをする場合に従業員側が真っ先に頭に浮かべるのは、1つはそんなだと仕事が回らない、もう一つはもっと重要で、そんなことになったら収入が減るやんけ、というネガティブな感情です。



残業代分をボーナスの原資にした会社の話



そこで、後者の不満を一掃するため、会社の販売管理費としては残業代としてこれまで計上していた部分をそのまま原資として、減らした残業代相当を翌年のボーナスとして支給する、すなわち会社としては残業削減による直接の金銭的メリットを放棄するという挙に出たわけです。

これは頭のよい制度だと思います。

早く上がれば残業代相当がボーナスで還元されるわけです。

企業の役職員の生産性がこれほどフォーカスされる時代はなかったのではないかと思います。

いろいろと考えてよりよい社会を作っていきたいものです。

残業どころか、働きによっては本給が削られかねない筆者からは以上です。

(平成28年8月30日 火曜日)

2016年8月29日

大学の体育会運動部が一般社団法人を設立して本格的なクラブ運営に乗り出す




おはようございます。

2016年8月の記事です。

本日は大学の体育会運動部が一般社団法人を設立する時代になったという記事です。

過去、社会人を含む日本一に4度輝いた実績を持つ、京都大学アメリカンフットボール部(ギャングスターズ)が一般社団法人を設立しました。

大学クラブの社団法人化は全国初とみられます。

法人の理事長には部のゼネラルマネージャーがつき、京都大学本体も運営に関わるということです。

本体の関与が必要なのは、同クラブは同大学の広大な京都北白川にある農学部グラウンドを根城にして、日々厳しい練習を積んでいることからも、国の固有財産の無償利用の実績があるから当然と言えましょう。

しかしながら、大学本体とは独立した主体として、運営の独自性を確保するための独自財源を確保するために、このような形で団体を設立することは意味があるのではないかと思うのです。



財源目標は年間1億円



具体的には、ファンクラブ的なグッズの販売や、スポンサーとの契約などで、年間1億円の財源を確保したいとのことです。

1億円というと非常に非常に高額な感じがいたしますが、この21世紀の専門化された時代に、ほとんど素人の学生を鍛え上げて、3年半後に大学のみならず社会人も倒して日本一を奪還すると本気で考えれば、このくらいの投資は最低限必要となりましょう。

組織と資金力で、選手とスタッフのモチベーションを高め、彼らの時間投資の成果を最大化し、試合の勝利という果実を受けとる。

アメリカンフットボールという競技は非常に個々のポジション毎の選手の役割が専門化されており、かつチームで統一された戦術で試合を進めていくという極めて戦略的なスポーツです。

米国は1人なら速いが、4人なら日本の方が速かった、という2016年リオオリンピック男子陸上400メートルリレーの実例もありますように、組織から見直せばトップは見えてくるのです。

同部が最後に学生日本一に輝いたのは1996年、社会人も倒して文字通り日本一に輝いたのは1995年です。

それより20年あまり。

これからのスポーツ界が、あらゆる人間に開かれたオープンなものに成長することを期待しています。

同じく古豪のボート部(端艇部)も忘れて欲しくないと思っております筆者からは以上です。

(平成28年8月29日 月曜日)

2016年8月27日

カードゲームのトランプにはいろいろな意味があるとあれこれ考えた話です




おはようございます。

2016年8月の記事です。

カードゲームのトランプの話をいたします。

トランプが52枚なのは、1年が52週であることからといいます。

そして、13枚ずつ4種類あるのは、ダイヤが春、ハートが夏、クラブが秋、スペードが冬の四季を現しているとのことです。

これにカードの数字を全て足すと364になり、最後にジョーカーを1加えると365日になります(7ならべでわかるとおり、1から13(キング)まででの真ん中の数字は7であり、7日で1週間となることからもわかると思います)。

本当はうるう年が4年に1回あるので、⒈25枚加える必要がありますので、トランプの中には、ジョーカーが2枚入っているものもあるということです。

このように、天体の動きなどと、いろいろな人間の営みは関連しているようです。



天文学に通じる話



天体は周回運動をして元に戻るものですが、さて、世界最大の年金基金である日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、2016年8月の報道で2四半期連続で巨額の運用評価損を計上した模様です。

国内株価の下落や円高をカバーしきれず、運用資産額は大きく目減りし、一説には大規模な金融緩和前の水準に戻ったとも言われます。

あれだけ金融緩和して、借金を更に積み上げて財政出動してきたのですが、少子高齢化には抗せられなかったということなのかもしれません。

物価上昇目標2%という設定も、原油などの資産価格の下落や円高基調における輸入品の割安感などで、お世辞にも前進しているとは言えない状況です。

物価は上がらず、金利は常時マイナス水準をつけるという、金融理論的には異常な状況が通常になりつつあります。

資金運用難はますます続き、マイナス金利が日本の銀行等の貯蓄性金融機関の収益に与える影響は甚大です。

ここは、トランプになぞらえて大幅な政策のシャッフルが必要なのかもしれません。

そして、デフレは続く少子化社会においては「当たり前」「通常のこと」であり腰を据えた長期的な対策が必要であるという理解が求められているのかもしれません。

財布の中身はいつもデフレの筆者からの雑感は以上です。

(平成28年8月29日 日曜日)

鳥獣戯画が九州上陸(2016年10月4日から九州国立博物館にて開催されました)

https://twitter.com/re_rosalind
@re_rosalind より


おはようございます。

2016年8月の記事です。

本日は、筆者が大好きな漫画に繋がる文化芸能に関する記事です。

あの、京都で20万人、江戸で25万人が鑑賞に訪れたという、稀代の名作「鳥獣戯画」が日本三番目の国立博物館である太宰府の九州国立博物館にもやってきます。

成立より800年が経過したと言われているのですが、現代の日本漫画文化のはしりとしても価値が高い、動物を擬人化して楽しく振る舞うさまを描いた「甲巻」がつとに有名であります。

様々な動物による水遊び・賭弓・相撲といった遊戯や法要・喧嘩などの場面が描かれていますが、特に有名なのは猿、うさぎ、そしてカエルといった個性あるキャラクターたちです。

現代の日本においては、IT技術の進化により、この「鳥獣戯画」に登場するキャラクターに好きなセリフを載せることでオリジナルの鳥獣戯画風作品を作ることのできるキットなどもあり、楽しませてくれます。



時代は移ろい変わってもそこに生きる市井の人々の営みは変わらない



時代は変わっても、既存の権力や組織にかかわらず、自由な発想を楽しんだ市井の僧侶や町人の生き様が息づいているこの作品だからこそ、日本人なら誰でも知っていて、本物を見るために長く並んで数十万人もの観覧者を集めることになるのだろうと思います。

まさか800年後の後輩たちに、これほどこの作品がばか受けするとは書いた本人たちも想像できていなかったと思われます。

泉下で笑っているのではないでしょうか。

それとも、散逸してしまった別作品にはもっとすごいのがあったのに、と悔しがっているのかもしれません。

800年後の子孫のために、ブログとかは残っていないでしょうが、これからは少しは真面目に生きようかと思い直した筆者からは以上です。

(2016年8月27日 土曜日)


https://twitter.com/MercuryLampe14
@MercuryLampe14 より

誰か一緒に見に行きませんか?

2016年8月26日

リオ五輪男子マラソンの残念な結果に日本長距離走界の今後を思う

マラソン



おはようございます。

2016年8月のマラソンに関する記事です。

日本の男子マラソン界は深く長いトンネルに入ったようです。

リオデジャネイロ五輪は2016年8月21日、陸上の男子マラソンを行い、日本代表の佐々木悟選手が最高で2時間13分57秒の16位となりました。

続く日本代表の2人は、それぞれ36位、94位でした。

因みにカンボジア代表の猫ひろし選手(39歳)は139位、タイムは2時間45分55秒でした。

完走は140人とのことです。

少し前まで日本人のマラソンの層はもう少し厚かったと思うのですが、現在の高速化したマラソンにおいて、日本男子はかなり置いて行かれていると思います。

世界中で、マラソンの42.195㎞をどのように攻めて走りきるかの研究が進み、できるだけ一定のペースで走りながら35㎞付近でスパートして逃げ切るというスタイルが確立したことが大きいと思います。

これまでは、かつての日本の名選手、例えば中山選手は先行逃げ切り型、同じく瀬古選手は先頭集団の後方からずっと機会を伺い、競技場に入ってから最後の100mを13秒台で走ってしまうという驚異の末脚で勝つ、双子の宗兄弟は走る時の首の傾きでしか見分けられないが兄弟で競り合いながら集団を引っ張る、といった特徴ある個性がありましたが、そうした形ではなく、問答無用の高速レースになってきている感じが致します。

日本を含む限られた国々の趣味だったマラソンの裾野がすっと広がり、昔より競技人口も数倍に拡大し、一気にメジャー競技入りしたのです。

そんな世界の潮流をよそに、日本では、相変わらず、大学箱根駅伝のエースがそのまま卒業後に初マラソンに挑戦する、というスタイルです。

これでは、いわばマラソンは素人の22歳から、に期待する方が難しいというものでしょう。

世界では、マラソンならマラソンの42㎞をきっちりと走りきるためのプランを含め、10代からじっくりと育てていきます。

日本のように、10代の中高生10キロ走の選手を箱根駅伝にスカウトし20キロ(時にはプラス山登りや山下り)を走らせ、その中のエースをマラソンで実業団に入れる、といった迂遠な段階を経ないのです。



マラソンに限らず競技は才能が占める部分が大きい



長距離走、短距離走というのは相当程度、心肺機能や筋繊維の赤筋白筋といった遺伝的要素に左右されます。

したがって、最も42㎞を効率的に走りきる才能がある人を最初から探すべきなのです。

10キロ走選手をだんだん距離を伸ばして育てていけば、マラソンのトップ選手にできるわけではないと思うのです。

10キロの選手は10キロの選手、ハーフマラソン(箱根駅伝?)の選手はその種目、そしてマラソンの選手はマラソンで選抜すべきなのです。

この点からも、昨今の日本における市民マラソンの盛況ぶりは頼もしいと感じまして、これからに期待したいと思います。

スポーツの能力向上にかけられる人間の期間は非常に限られています。

体重別3階級制覇をできるボクシング選手が非常に限られることを考えても、10キロから42キロのマラソンまでをひとくくりに長距離競技と考えてしまうことから脱却することが必要だと思います。

大濠公園1周2キロも走るとへとへとな、短距離向きの筆者からは以上です。

(平成28年8月26日 金曜日)

2016年8月25日

公表資料からみる電子小売業界(インターネット小売モール)の優勝劣敗について

チェックメイトか


おはようございます。

2016年8月、盛夏の小売り戦線状況です。

日本市場においても、ECサイト大手楽天の苦境が鮮明になってきたようです。

国内市場においても、ついにアマゾンに首位の座を明け渡し、このままではその差は開く一方であるように見受けられます。

同社の中核事業である、インターネットショッピングモールの「楽天市場」が、「アマゾンジャパン」や「ヤフー」などの一斉攻勢にさらされています。

一方、起死回生で打って出た海外事業は不振を重ね、撤退も相次ぐ状況です。

電子商取引という革新的な小売市場を成長ドライブに乗せる一方で、既存の国内中小小売事業者を軒並み廃店に追い込んできましたが、ついに自らがその側に回る日もやってくるのかもしれません。



数字のマジック



象徴的な事実を示しておきます。

これまで、上場企業である楽天グループは、楽天市場の実態を示す流通総額に関するデータを、「国内EC流通総額」として継続的に開示してきました。

それが、2015年第3四半期(7月から9月)より、この総額を、「楽天市場と(買収し自社部門化した)楽天トラベル」の数字を合算して開示することに「変更」したのです。

A(楽天市場)という数字を開示してきて、今後追加的にB(楽天トラベル)という数字を並行して出していくのは問題ありません。

合成値として、A+B=Cという数字も表示して良いでしょう。

ただし、本質的に重要な数字はA、Bであるはずです。

しかし、Aという数字の開示をやめて、新たにA+BであるところのC(楽天市場と楽天トラベルの合算)という数字を示したところで、それは同じものを比べているわけではないでしょう。

時系列比較を放棄しています。

こっそりと、マスマティッカル(数字的)なドーピングをやっているようなものです。

というより、同社事業内容についてはほぼ一消費者以上の知識を持たない筆者ですらわかる理屈であるので、こっそりという表現も適切ではないかもしれません。

上場企業なのですから、悪い情報も良い情報も、事前に決めて投資家に広く開示している(理解を得られているであろう蓋然性が働く)方法に乗っ取って粛々と開示すべきです。

悪い情報の開示を受けた投資家側は、株を売るなり(大株主ならなおさら)経営陣に申し入れを行うなど何らかの対処を取ることができます。



上場企業は一般投資家に開かれたものであるべき



投資家に選択の余地や機会を与えることは、非常に重要です。

オーナーでもある同社社長は、確かに同社の大株主として最も利害関係が深いかもしれませんが、繰り返すとおり同社は上場企業ですのでどんな零細な株主に対しても経営陣は等しく情報は事前に決めた一定のルールに則って開示しなければならないと思います。

考えますに、筆者も数年前、このブログを始める前くらいまでは、アマゾンと楽天を併用して使っておりました。

しかしながら、最近ではすっかり楽天はご無沙汰しており、アマゾンオンリー、たまにオークションでヤフーも使ったりするかな、という程度になってずいぶん経ちました。

なぜなのか少し考えますに、まず、売っている品物が全般的に高いことが挙げられます。

サイト利用料等が出店側に課せられるので、なかなか商品単価を下げられないものと思われます。

また、本体価格とは別に、送料が有料でしかも時間がかかるという点があります。

Amazonは、プライム会員という制度があり、年会費4,000円程度を支払えば、かなりの商品の送料が無料となり、かつ配送までの時間が非常に短いです。

地方都市にいる筆者のところにも、普通に翌日配送などされます。

これは、自社倉庫で一括管理しているAmazonの強みであり、個々のサイト運営出店者それぞれからの個別発送となる楽天側の劣勢は仕方のないところですが、こうした使い勝手の違いというのは消費者の行動に如実に表れてくるものです。

ECサイトによって駆逐されるかに見えた、中小小売事業者たちが意外にしぶとく生き残り、中には自社通販サイトを立ち上げて売り上げ拡大を狙っているような状況の中、国内ECサイトの最大手であったはずの同社に、意外に早い落日が迫っているのかもしれません。



顧客ファーストをひたすら追求するAmazon



Amazonは、電子小売市場だけではなく、音楽配信、映画動画配信、そして電子図書の読み放題サービスに音読本サービスの展開など、矢継ぎ早に徹底的に消費者目線に立った策を次々に繰り出してきています。

20年以上前、当時はネットスケープというインターネットブラウザサービスが主流であった頃は確かに、国内に楽天以外にはライブドアくらいしかライバルはおりませんでした。

であればとにかくECサイトならば楽天市場ということで力技で、電話営業や訪問営業で出店を集め、出来た電子モールには大幅な広告費を投下し、PVや賑わいを外部的に創出すればよかったのかもしれません。

ですが、これはリアルの集客術をネット(仮想現実)にそのまま持ってきただけだったのかもしれません。

現在のECサイトは、リアルな小売モールのバーチャル版をはるかに超えた、別世界に向かおうとしております。

残念ながら、そうした想像力と徹底した顧客志向や顧客目線がなければ、「猛きものもついには滅びぬ」、ということになるのは平家物語の頃より変わらない現実なのかもしれません。

もちろん楽天グループは電子小売市場以外にも、通信事業や金融事業など、別事業での成長を模索しているところですので、一方的な決めつけは控えなければなりません。

すべては、これからの我々消費者次第、ということになります。

ネットだろうがリアルだろうが、顧客に支持される店づくりをしなければならないと改めて感じた筆者からは以上です。

(平成28年8月25日 木曜日)

2016年8月24日

生前退位で憲法改正は必要か(憲法の勉強から天皇位の取り扱いについて)




おはようございます。

記事執筆現在は平成28年8月です。

たまには真面目な話をしたいと思います。

天皇陛下が事実上の生前退位のご希望を述べられてから数週間経過しております。

無論、「憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」(憲法第4条)と定められている以上、個人としての所感を述べたに過ぎないという建前ですが、現天皇として、その職責を誰よりも果たして来られた現時点で唯一の方が異例中の異例として、国民に対し広くビデオメッセージを発せられたことは、国民として重く受け止めるべき話です。

日本国憲法は、その第1条に「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」と高らかに謳っています。

この地位を、象徴天皇制という地位を、切れ目なく果たしていくための制度手当てを強く求めたいという天皇陛下の強いご意向です。

われわれ国民は、天皇陛下という対象に「聖なる存在」として国民を励ましたり、包み込んだり被災地をお見舞いしたりパラオやサイパンや沖縄といった戦中の激戦地を慰霊されたりといった重い役割を誰よりも期待する一方で、天皇陛下ご自身がどのような問題を抱えているかという点については、非常に鈍感、もしくは問題を認識していても日本人お得意の先送り「今、ここで決めないといけないの? by 映画シン・ゴジラ」で済ましてきた面があるのです。

一個人に対し、聖なる絶対超越的な存在であることを求めるということは、その存在に、政治的(人間的)発言を一切制約するという基本的人権の侵害と表裏一体です。

天皇陛下に職業選択の自由はなく、即位を、公務を拒むことはできず、即位した以上は退位もできず、亡くなるまで自由になれない、天皇という象徴の地位を全うすることを、国民が期待しつづけるという「恐ろしい」実態があるわけです。

これがブラック職場といわずして何でしょうか。

これまでは先の昭和天皇や現在の今上天皇がそういった理不尽な立場を甘受して、粛々と公務にいそしまれてきたからこそ、そのような問題は大多数の国民の目には触れてこなかっただけです。



ようやく日本国民は自ら持つ憲法と向き合うことになるのか



しかしながら、ここでようやく、外国船の来航でわが国が開国した如く、日本国民もその意思をもって、憲法第1条にいう「国民の総意」による象徴天皇制とは何かをもう一度考える必要があるのではないかと思うのです。

生前退位に憲法改正が必要かという論点は、この国民の総意の解釈如何にかかっていると思います。

そして、そのような国民の総意の発露形態として、憲法自体の改正以外に予定されているものはないのかといった前向きな議論に進んでもらいたいと思っています。

いたずらに憲法改正が必要であり手続き論を延々と議論して前に進まないといったようなことになりますと、危急かつ具体的解決策を待っているであろう天皇陛下をこれ以上失望させるようなことになってしまいかねません。

そういうのにはなってほしくないなと思うものです。

政府には、天皇の助言者として、この問題に正面から取り組んでいただき、御用学者の法律解釈論を延々と続けさせてお茶を濁すのではなく、深度ある明確かつ簡潔な議論をのぞみ、国民の前に堂々と提示してもらいたいと思います。

現政府は、内閣法制局等の見解にのっとり、現在の天皇陛下に限り、特例法の制定での生前退位の道を開く方向で調整しているとの報もありますが予断を許しません。

本件については、しっかり見極めて、必要に応じて意見を出していきたいと思います。

学生時代、専門科目「憲法」だけはぎりぎり優等な成績を収めた筆者からは以上です。

(平成28年8月23日 水曜日)

2016年8月23日

このブログも3年続いたので石の上にも三年の故事にならって祝いたいと思います




おはようございます。

2016年8月の記事です。

「何事も始めてみて、3年くらいたったら何なのかうっすらとわかるものだ。スポーツでも、芸術でも。」

「日記を3年続けていると言ったら、それなりに信用される。」

というように、継続することの重要さ、間を置いた反復の大切さを説いた言葉はたくさんありますが、最近、このブログも開設から3周年を迎えました。

非常に喜ばしいことです。

近く、行きつけの店で盛大な3周年パーティーを企画したいと思います(行きつけの店は複数ありますので複数回あります)。

人間とは、究極には日々習慣にしていることを淡々と行いながら、季節の移ろいに思いをはせ、そして何らかの節目の日々を祝ったり噛みしめたりしながら過ごすことを幸せと感じる生き物のようです。



社会人になるときに決めたこと



最初に社会人として入った銀行では、5年は文句を言わずに頑張ろうと思っておりました。

5年間頑張ってきましたら、当の銀行が5周年の節目に消滅する(正確には分割合併統合により別の銀行となる)という事態になりまして、その銀行消滅の最後の勘定系システムの停止処理とデータ移行処理を行えるという「栄誉」にあずかりました。

実際は、現在から考えれば稚拙すぎるシステム統合計画と、それを強行した3つの銀行というそれぞれ巨大な組織によって未曽有のシステムトラブルを引き起こし、世間と取引先に多大な迷惑をかけたわけでありますが、そういうわけで私の社会人5周年は忘れられないものとなっております。

そんな時代から現代は一変し、ブログで直接個人が世界に向けて情報発信できるという時代の革命的な変化によって、世界中のあり方が変わりつつあります。

もちろん副作用の側面はありますが、テレビ新聞に独占されていたに等しい様々な情報の鮮度や正確さが多様な個人によって吟味されるという意味では、非常にいい傾向だと思っているのです。



ブログを通じての出会いは非常に貴重でした



思えば、ブログを通じて様々な人に出会える機会がありました。

これまで知っていた人にも、意外な側面やつながりがあることがわかり、世界は思っているより狭くて広いと考えることが多くなりました。

一方、最近、よくヒラメの刺身やカンパチのカマなどを買っていた近所の魚屋さんがひっそりと廃業されていることを知りました。

すなわち、今日のように明日が来ないことがあるというのもまた事実です。

毎日淡々と決めたことを実行する。

毎日これが最後かもしれないと思って過ごす。

という絶妙なバランスが人生の味なのでしょうか。

なかなか結論がまとまりませんが、とりあえず明日からあと60年くらいは生きていろいろつぶやくつもりの筆者からは以上です。

(平成28年8月23日 火曜日)

2016年8月22日

(生活改善提案)小銭貯金についてのいろいろな考察について整理しました

小銭


おはようございます。

2016年8月の記事です。

小銭の扱いになかなか慣れない筆者です。

これは、私の財布には諭吉さんしか似合わないと言っているわけではありません。

お釣りがたまってくるのをどのようにして対処しようかという問題です。

日々お釣りとしてもらう小銭が財布に入らなくなってしまう場合があるので、そういった場合にどうしようかという問題です。

小銭はポケットに直接入れるとおっしゃった方もいらっしゃいました。

しかしながら、何となくお金をそのままポケットに入れるのも他の鍵などと擦れて汚くなりそうで、自分としては何らかの対処が必要と思っていたのです。



じゃあ、コインケース



まず、財布とは別にコインケースを購入して持ち歩くという方法が考えられます。

筆者も、かっこいいコインケースを持っていましたが、このコインだけを入れるという行為が面倒になってきてしまい、結局コインケースにも小銭、普通の財布にも小銭があるという状態となってしまい、あまり自分にとっては意味をなさないのではないかと思うようになりました。

結果、コインケースは自動車の運転席のダッシュボードに入れて駐車料金を支払うためのものとして転用されました。



じゃあ、小銭から使う



次に、小銭は無理やり財布にいれておき、できるだけ小銭から使っていこうという方法です。

確かに、レジで精算するときに、一の位からできるだけ出すようにすれば、一円玉五円玉十円玉五十円玉百円玉五百円玉の順に「はけて」きますので、財布に小銭は残りにくくなります。

しかしながら、レジが混み合っているときに小銭からいそいそ出すのも何となく憚られる小心者の筆者としてはこれもあまり自分にとってはお得な方法とは言えないのではないかと思うようになりました。



それならば、小銭貯金



当面の最後の手段が、「小銭貯金」です。

小銭がじゃらじゃらする前に、一定額を残してすべて小銭貯金箱に放り込むということを習慣にしてしまうのです。

確かに財布はすっきりするし、小銭じゃらじゃらの管理をしなくてもよくなります。

なぜなら完全に貯金として、一旦「目の前から消す」わけですので。

そして、貯金箱が数ヶ月ののちに仮に満杯になったら、そのまま銀行等に持ち込み入金すればよいのです。

もちろん、袱紗(ふくさ)のようなものに入れて小銭財布として使ってもOKですが、これでは巨大なコインケースをもっているのと同じということになりかねません。

銀行なりに預けてしまうのが一番でしょう。

また、まだ貯金箱も買っていないのに、そのたまったことの心配をしても仕方ないでしょう。

こういうのを、獲らぬ狸の皮算用というのかもしれません。

とにかく、小銭貯金箱を100円ショップなりで買ってくるのですが、一番大切なのは、底が取れて中身が取れるようなものや、透明で中身が見えてしまうのは、中身に対する執着が取れないし気になってしまうのでお勧めしません。

筆者のような小心者ならば尚更です。

こうすれば、小銭に悩まされることなく、自然に小銭での貯金もできて一石二鳥だと思います。

金は天下の回りものと言いますが、小銭もお札もたまらない筆者からは以上です。

(平成28年8月22日 月曜日)

2016年8月21日

(リオ五輪)陸上男子400メートルリレー日本チーム準優勝おめでとうございます




おはようございます。

2016年8月の記事です。

2016年リオデジャネイロオリンピックでまた快挙です。

陸上男子400メートルリレー日本チームが、何とオリンピック3連覇を遂げたジャマイカに続いてゴールテープに飛び込み、準優勝に輝いたのです。

記録37秒60。

これまで中国チームが持っていた37秒92を大幅に上回る、日本新記録およびアジアレコードを叩き出し、文句なしの準優勝となったのです!

日本陸上短距離界がここまで来たのかと、心の底から感動しました。

涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになりながら何度もハイライトを見たのです。



筆者も短距離走者のはしくれでして



日本チームは、バトンパスを磨きに磨き、アンダーハンドパスという下からバトンを差し込むように渡すという高度な技術に磨きをかけ、そしてスムーズな連携で、走者交代における減速を最小限に防ぎ、個々の走力の差を必死に埋めたチームワークで、見事な成果を挙げたのです。

最終走者のケンブリッジ飛鳥選手が3走桐生選手が思い切り伸ばしたバトンを受け取り、そのまま一気に加速し一瞬並走するジャマイカのウサイン・ボルト選手の横についたのは本当に痛快でした。

やればできるということ。

オリンピック陸上トラック競技における日本人の銀メダルは、アムステルダム五輪の800mで獲得した人見絹枝選手以来、88年ぶりということになります。

人見選手のことは、筆者が大好きな漫画「栄光なき天才たち」で読むことができます。

自分も少しは頑張って走ろうと思った筆者からは以上です。

(平成28年8月21日 日曜日)

2016年8月20日

リオデジャネイロ五輪吉田沙保里選手準優勝おめでとうございます





おはようございます。

2016年8月のオリンピックに関するお話です。

すわ全階級制覇かとすら思わせた2016年リオデジャネイロオリンピック、レスリング女子の話です。

女子フリースタイル53キロ級に出場した日本選手団主将の吉田沙保里選手は、決勝で米国代表のヘレン・マロウリス選手に敗れて準優勝となりました。

優勝でないことがこれだけ騒がれるという日本選手はかつていなかったと思います。

しかしながら、それが勝負の世界です。

決勝まで無失点で勝ち上がった吉田選手、すでにオリンピック3連覇を達成しており、世界中からリスペクトされている選手です。

金をとれなくてすみません、と泣いた吉田選手。

そんなことは全くありません。

本当に頑張ったことは世界中が認めています。

足掛け16年、世界の頂点に立ち続けるということがどれほど苦しいか。

凡人には考えることすらできません。

そして、そんな絶対的な王者を破って金メダルに輝いたマロウリス選手、本当におめでとうございます。

あなたの快挙ははひときわ長く記憶されるでしょう。

生きた伝説と言っていい吉田沙保里選手を破ってオリンピックで優勝したのです。

どうぞ胸を張ってください。



女子レスリングを改めて世界に知らしめた



ちなみに吉田沙保里選手に対しては銀メダルだったにもかかわらず、外国人向けの記者会見があったそうです。

日本選手が3階級を制した前日には行われなかった記者会見が、単独で、2位の選手に向けて開かれたのです。

優勝したマロウリス選手も行ないました。

改めて、同競技を世界中に知らしめた吉田選手の偉大さがわかると思います。

最後に、2016年リオデジャネイロオリンピックにおける、レスリング女子全種目の出場日本選手の戦績を記しておきます。

・・・

女子フリースタイル48kg級
 登坂絵莉選手 優勝

女子フリースタイル53kg級
 吉田沙保里選手 準優勝
 (オリンピック3連覇+銀)

女子フリースタイル58kg級
 伊調馨選手 優勝
 (オリンピック4連覇)

女子フリースタイル63kg級
 川井梨紗子選手 優勝

女子フリースタイル69kg級
 土性沙羅選手 優勝

女子フリースタイル75kg級 
 渡利璃穏選手 ベスト16

監督
 栄和人

・・・

堂々と戦うということ。

自分も少しは頑張ろうと改めて思った筆者からは以上です。

(平成28年8月20日 土曜日)

2016年8月19日

国民的5人グループについて面白い話があったのでご紹介します





おはようございます。

2016年8月の記事です。

面白い話がインターネット上で出回っていましたので、アレンジしてシェアします。

あの国民的5人グループは揃ってもう見れないのか。。

なか◯◯君、◯◯ぎ君、◯◯ら君、かと◯君、い◯◯◯君

5人が5人とも個性的で素晴らしいグループでした。

いままで夢をありがとう。

・・・

ザ・ドリフターズ。

昭和生まれの筆者からは以上です。



[答え合わせ]



・正解

なかもと君、たかぎ君、しむら君、かとう君、いかりや君

・間違い

なかい君、くさなぎ君、きむら君、かとり君、いながき君
(◯には一文字のみ)


(平成28年8月19日 金曜日)

2016年8月18日

好評につき石田三成斬首後の関ヶ原のその後について論じてみます





おはようございます。

2016年8月の記事です。

先日書いた石田三成に関する記事が意外に好評だったので、その続きの歴史を書こうと思います。

関ヶ原においては、豊臣恩顧の大名の引き抜き合戦を制し戦いにも(小早川裏切りと毛利傍観により)完全な勝利を収めた徳川家康ですが、これはあくまでも建前上は豊臣傘下の大名同士の戦いでありました。

したがって、徳川方についた黒田長政や加藤清正、福島正則といった諸将たちは、馬の合わなかった文官肌で補給担当に過ぎず太閤秀吉の威光を笠に着た(と彼らには見えた)石田治部三成を嫌って、これを除くために東軍についた面もあると思います。

しかし、関ヶ原後の戦後大名処分において、黒田福島加藤とも、大幅な加増を受けて大大名の仲間入りをしますが、なぜか徳川家康によって主導された関ヶ原戦後の論功行賞により諸大名に預けていた豊臣氏直轄領である蔵入地が、西軍大名の改易に伴い一緒に没収されてしまったのです。



一番肥え太ったのは徳川



一番加増したのは、当の徳川家康で、260万石から400万石を超える所領を得ました。

実は、関東平野に追いやられた徳川家は、新田開発に精を出し、かの地を大生産地に変え、石高や生産力ですでに豊臣家を上回る実力を蓄えつつあったのです。

完全なお手盛りです。

この中から、新しい領主の領地もあてがわれ、豊臣秀頼の領地は激減しました。

実に222万石から、摂津・河内・和泉三国65万石余に大幅な事実上の減封を受けたのです。

減俸額、減俸率ともに、そもそも東軍西軍の上に位置する大君である秀頼に対するこの事実上の処置に対し、黒田福島加藤とも、内心忸怩たる思いだったと思われます。

福島正則は、徳川家康に対し、関ヶ原の事を起こすにあたって「秀頼公に異心なきこと」を何度も問いただしていますし、加藤清正も、あくまで忠誠を誓う対象は秀頼であり、徳川方につくのは方便と公言していました。

この二者は、関ヶ原戦後に「福島と加藤と徳川は同じ豊臣秀頼配下の対等な大名である」という原則論を曲げなかったことから、いずれも徳川家にとって面倒な存在になっていったようで、関ヶ原の功績は昔の話として両家とも改易という運命を辿ります。

例外は黒田家で、藩祖黒田官兵衛ゆずりの軍略と武勇に秀でた大将に成長した黒田長政は、時代は徳川に味方すると見抜き、豊臣家の恩顧に報いるより未来志向で行くと脱皮したのかもしれません。

陰湿で疑り深い徳川家康と秀忠の親子が、最後まで警戒した豊臣恩顧の大名が福島正則と加藤清正ならば、それ以前からの戦国大名で警戒して懐柔するのに大きく気を使ったのが、奥州の伊達正宗と、加賀の前田家でしょう。

いずれも、謀反されれば江戸や京都の後背地が一気にレッドゾーンになってしまいますので、大坂の陣に至ってついに豊臣を滅ぼす流れを作るときには特に、これらの大名の離反を防ぐために、ありとあらゆる権謀を用いたのは間違いありません。



島津に暗君なし



そして最後に、いくら味方に引き入れようとも頑として受け付けず、来るなら来いとのポーズを崩さず突っ張った西南の戦国大名がいます。

筑前福岡に封じられた黒田家よりもっと遠く、薩摩の地を鎌倉時代から治めている名門島津家です。

島津に暗君なしと言います。

九州制覇の直前で秀吉の九州入りを招き帰順した島津家ですが、江戸を根城にする徳川家からかの地は遠く、一戦交える覚悟で臨めば幕府もうかつには手が出せないことを時の事実上の領主である島津義弘は見抜いていました。

島津義弘は西軍で単独わずか1,000の兵で関ヶ原を戦い、敵前に突っ込み敵中突破するという古今例にない退却戦を演じ、薩摩に戻りつきました。

そうして激烈な駆け引きと何よりも関ヶ原に派遣しなかった大部分の精強な薩摩兵の力のもと、薩摩鹿児島77万石は全く減らされずに安堵されたのです。

未来を前から予め見ることはできませんが、歴史は振り返ることができます。

いろいろ学ぶことが多いものです。

今宵はここまでに致しとうござりまする。

(平成28年8月18日 木曜日)

2016年8月17日

気分を変えるため座ったり立ったりするデスク機能を導入してみたという話

エルゴトロンのスタンディングデスク


おはようございます。

2016年8月の記事です。

腰痛肩こりは現代人類の永遠の課題です。

そして、現在、それに対応するように座位・立位両用のスタンディングデスクというものが市販されております。

これは、座って書きものをする職業(ほとんどの事務職がPCを前に手をひらひらさせながら文書や資料を作っているというのが現在の労働環境かと思います)の人が、姿勢が悪くなり座りっぱなしで腰痛や肩こりに悩むことを解消するための一つの根本的な解決策として注目されています。

会議の迅速化のために、座って行うのではなく立って会議を立ち飲みのように行うことなども進められています。

こうした用途のために、テーブルも、電動式か手動式かの区別はありますが、高さを自由に変えられるというのです。

じっくり座ってブレストするときにはテーブルを低く。

朝いちの報告や挨拶や意思統一を図るための集合会議は、テーブルを高くして立ったまま行いさっと終わらせる。

このように、人間は二足歩行を行いはじめたところから、立位と座位を使い分ける生き物になってきたわけです。



姿勢を思い切り変えることができる



これまでは、1時間座って作業したら、一旦立って腰を伸ばしましょう、といった健康推奨でしかありませんでしたが、机の高さを可変にすることで、座って疲れたら机を高くして立位として作業、足が疲れてきたらまた座位に戻すということが可能です。

写真はエルゴトロンというメーカー(http://www.ergotron.com)が提供するスタンディングデスクの例ですが、筆者もこれを購入する前に使用感だけレビューしようと、すでに自宅にある「本棚」を使ってスタンディングデスクにしてみました。

壁に向かって設置している4段の本棚の一番上の段が丁度良い高さなので、そこの本を他に移します。

そして、いつもは座って打ち込むMac–PCを設置します。

これでできあがりです。

立ったままの作業になり、実は若干身長が足らないので、足元に青竹踏みを設置して踏みながら作業します。

意外に違和感はありません。

どんどん書けます。

しばらく、この遠近両用で行ってみようと思います。

座高の高い筆者からは以上です。

(平成28年8月17日 水曜日)

自作本棚立位デスク

2016年8月16日

スポーツ普及に漫画が果たす役割はあなどれないと思う話




おはようございます。

2016年8月の記事です。

スポーツ普及に漫画が果たす役割はあなどれない、というお話です(きかんしゃトーマス風に)。

世に野球漫画を挙げればきりがありません。

古くはドカベンからその前の巨人の星、キャプテン、最近ではメジャーやダイヤのエースという風に、連綿と高校野球やプロ野球や中学野球、果ては海の向こうのメジャーリーグまで、ありとあらゆる野球選手が大活躍しています。

サッカー漫画も同様です。

キャプテン翼のドライブシュートやスカイラブハリケーンは、ある程度の世代にとっては、あれは漫画の中の世界ではなく、ワールドカップでマラドーナが5人抜きしてゴールを決めたといったくらいの「伝説」であります。

こちらも、高校サッカーからワールドユース、Jリーグに欧州選手権まで、所狭しとあらゆるタイプのサッカー選手が大活躍しています。

スーパーグレートゴールキーパーなんてのもおりまして、片手を横に出すだけで弾丸シュートを止めるという物理法則を若干無視した活躍を見せたりしております。

そんな風に、漫画がスポーツの普及に大きな役割を果たすのは間違いないと思っています。



マイナーなスポーツ競技においてもそれは当てはまる



漫画で最初のスポーツの導入に入り、活躍する主人公らの姿を見て実際にそのスポーツなり武道なりをやってみようと考える子供達が増えるのが理想です。

最初はちょっとした体験でいいのです。

最初、とりあえず触れて始めてみるというのが肝心なのです。

2016年夏リオデジャネイロオリンピックで、日本柔道は復活を遂げ、優秀な成績を収めましたが、YAWARA!という女子を主人公にした柔道漫画を読んだ世代として感慨もひとしおでした。

本日は、オリンピックの競技ではありませんが、ハイレベルな試合を見るとその鋭さに背筋が伸びること請け合いの剣道についての漫画を一つご紹介して終わりにしたいと思います。

「しっぷうどとう」という、高校で初めて剣道部に入って剣道を始めた主人公が日本一を目指して登りつめていく軌跡を描きます。

ごく普通の少年が、自分が変わりたいという気持ちを持ったことから物語が始まります。

面白いので、一度読んでみてください。

道着もかっこいいものです。

剣道五段を父に持ちますが、自身はほぼ素人の筆者からは以上です。

(平成28年8月16日 火曜日)

2016年8月15日

NHK大河ドラマでも悪役として活写されている石田三成を擁護する





おはようございます。

2016年8月の記事です。

先日より平成28年の大河ドラマ真田丸を視聴しています。

最近ではNHK大河ドラマも、時間帯でTV見たり録画して見るのではなく、NHKオンデマンドというサービスでMACやiPadで「見て」いる筆者ですが、とにかく太閤秀吉が死んで、いよいよ徳川家康の天下取りの野望が噴き出してくるところの回あたりを観たのです。

いよいよ太閤秀吉亡き後の豊臣家の天下を秀頼を始めとして固く守っていこうと人一倍気合を入れる石田治部少三成の出番です。

これまで、石田三成はこの大河ドラマに限らず、例えば2年前の平成26年大河「軍師官兵衛」でも、怜悧で頭は切れるが情に薄くて理屈頼みの冷血漢、人望のないまさに君側の奸といった散々な書かれようで、青白いエリート、秀才、陰謀家とのイメージが先行し、結果小人物として無益な騒乱(関ヶ原合戦のこと)を起こした悪の張本人といったイメージを視聴者に与え続けている感じが致します。

しかし、筆者はそうは思わないのです。



そもそも小物なら歴史に名を残せない



怜悧なのは他が観たくない現実を見る胆力があったからで、だから秀吉にもっとも重用されたと思うのです。

本当に単なる小人物ならば、例えば取り巻きを重用するといった態度に出ると思いますが、三成を悪くこき下ろした著書ですら、三成の衡平な振る舞いについては文句のつけようがなかったので、誰に対しても公平に接したことをもって、冷たいだの怜悧だの情がないなどと書くくらいしか悪口の書きようがなかったのではないかと思うのです。

三成が言われる通りの小人物であれば、わずか19万石の秀吉の旗本大名に過ぎなかった三成だけが、天下を虎視眈々と狙う260万石の大老筆頭格の徳川家康に対して、対等にものを言い、豊臣家の天下を守るために徳川以外の大老、奉行を糾合して一旦は徳川包囲網を完成させんとする西軍の大集結を図れたのでしょうか。

西軍は、みなが皆、小人物三成の小賢しい策謀に引っかかっただけなのでしょうか。

だとすれば西軍は皆小人物三成以下ということになりますが、あの九州の英雄島津義弘すら西軍に参集していることからすれば、そうではないことは明白です。

大老の毛利を総大将に、宇喜多、上杉、そして毛利の分家筋のところ家格が異常に跳ね上がった小早川まで全て西軍に取り込んでいるのです(小早川秀秋は最後の最後で裏切りますが)。



徳川側だって本気



家康の徹底的な多数派工作で、大老の前田は取られ、さらに北政所(秀吉の正妻で秀頼を生んだ淀君とはなんとなくライバル)筋である黒田長政や加藤清正、福島政則といった諸将に奥羽の伊達政宗といったところは取られましたが、西軍としては、まだまだ行ける布陣でした。

もちろん徳川の本陣は超絶重厚で、秀忠の別働隊3万5千も駆けつけんとしています。

しかしながら、そんな強大な敵に対して一歩も引かず、そして、誰よりも、なんとなく徳川家の世の中になってもいいやん、しょうがなくね?、という雰囲気に流されつつあった時代の空気に棹さして、豊臣家の世を続けて秀頼に忠誠を尽くすという原則にこだわった強烈な人だったのではないかと思うのです。

秀吉にかけてもらった恩義に報いるという形で自分の信念やこだわりを貫く。

凡人が見ようとしない真実が見えていたからこそ、一心不乱に働き、それが近寄りがたいイメージを生んだのではないかと思うのです。

「莫迦と話していても仕方ない」

といった台詞をよく大河ドラマでも吐いていますが、わかろうとしない人間に話を尽くしても無駄なことは一面の真実です。



時間は有限



時間は限られています。

無用な「期待」をかけるのではなく、「希望的観測」で心慰めるのではなく、あくまで現実路線で行く。

こうした三成の計算や心情もあったのではないかと思うのです。

そんな三成が偲ばれる話は、やはり斬首される際のものです。

家康が三成を見分した際も、「このように戦に敗れることは、古今良くあることで、少しも恥では無い。」とし、行動を起こさなかったこそ恥じるべきだと述べます。

そして、「世の様子を見るに、いま徳川殿を打ち亡ぼさなければ、豊臣家の為に良くないと思い、宇喜多秀家・毛利輝元ら反対するものを説得して軍を起こしたまで。戦いに臨んで、二心あるものに裏切られ、勝つべき戦いに負けたことこそ悔しい」と言い放つのです。

徹底的な自負が感じられます。

飲み屋の愚痴や不満ではなく、実際に世の中を変える動きと働きかけができるのは、おのれをおいて他にない、という徹底的な自信。

綿密な計算と普段からの努力と研鑽、そして何より胆力と覚悟がなければそんな自信は生まれないでしょう。

最後に裏切った小早川秀秋に放った言葉が強烈です。

「私がお前様の二心を知らなかったのは愚かだ。だが約に違い義を棄て、人を欺いて裏切りしたるは武将の恥辱、末代まで語り継がれて笑うべし。」

寄らば大樹の陰、を地で行く小心者の筆者からも心底羨ましいと思った記事は以上です。

(2016年8月15日 月曜日)

2016年8月14日

(日本人の基礎知識)日本の都の変遷をおさらいしておきます

都の跡(イメージ)


おはようございます。

本日記事執筆は平成28年8月14日日曜日です。

日本の現在の首都は東京ですね。

そして、本格的に都というものが隋の都洛陽や唐の都長安のようなものをまねて造られたのが「正式に」確認されている難波宮から数えると、どのようになるか一説を教科書的にご紹介します。

因みに、都で「京」と呼ぶ場合と「宮」と呼ぶ場合とがありますが、「京」は、条坊制を整えた都市が造られた場合にのみ、そう呼ばれます。

それ以外で原則天皇のいらっしゃるところの場合は「宮」というそうです。

宮殿があるところ、という意味なのでしょう。

さて、歴代日本の都の一覧です。



[歴代日本の都]



不明(諸国乱立)→

難波宮(651年造営)→

近江大津宮(667年造営)→

飛鳥浄御原宮(671年程度)→

藤原京(694年遷都)→

平城京(710年遷都)→

恭仁京(およそ740年)→

難波宮(およそ740年)→

紫香楽宮(およそ745年)

平城京(745年遷都*二回目)→

長岡京(784年遷都)→

平安京(794年遷都)→

福原京(1180年遷都)→

平安京(1180年遷都*二回目)→

東京(1869年遷都*2016年現在に至る)

となります。

南朝の吉野宮などもありますが、ここはあえて平安京で統一しております。

書いていて、平安京から東京というところの飛び方が改めて凄いと感じました。

古来、飛鳥奈良から近江(滋賀県)、大阪、京都そして神戸くらいまでは変遷しましたが、一気に東の果ての江戸まで都が遠征するわけです。

地理的にも、文化的にも、臣下であった征夷大将軍のお城を皇居に変えるなど、なかなか我が国はエコ精神に満ちているのかもしれません(諸外国なら力を失った大君の城等は打ち壊すのが通例かと)。

最後に、それだけぶっ飛んだ前例として、是非「不明」の部分の一つには九州大宰府の都を入れてもらいたいと願う九州出身の筆者からは以上です。

(平成28年8月14日 日曜日)

2016年8月13日

思い込みとうまく付き合うことが大切だと気づいた話をします

暑いというのは思い込みかもしれません


2016年8月の夏の暑い記事です。

おはようございますビルメン王(日々修行中)です。

暑いですね。

今日も雑談で、また長くなりそうです。

暑いと思うから暑く感じるのであって、単に気温という目盛りが37度を指しているだけだと思えと昔の先輩は言われました。

でもやっぱり暑いです。

先輩もアイス食べてました。

少し考えたら、37度といえば体温より高いわけです。

37度という表示に、否応なく暑さを感じる、そんな猛暑が続いています。

思えば、少し前まで(昭和から平成初期のころにかけて)は、最高気温が30度を超えると真夏日といって、真夏日が何日連続で続いたといったことがニュースになっていたような気がします。

しかし、ここ最近は、35度超えが連日続き、朝の9時にはすでに外気温31度といった状況になってしまい、早朝や薄暮のランニングや犬の散歩といったちょっとした活動も、時間を少し間違えば一気に熱中症危険ゾーンになってしまうようです。

健康増進のために歩いているのに、暑さで体調を崩してしまっては元も子もありません。

気をつけたいものです。



思い込みによって人生を狭めないようにしたいということ



さて前置きが長くなりましたが、今回言いたいのは、思い込みが自らを追い込んで、人生を狭くしていることが多いということです。

暑いのですから、無理な時間の外出は控えて、例えば南国のように超早朝や日暮れ後に出歩くようにすればよいし、午後はシエスタ(昼寝)して体力を回復させたほうが良いのかもしれません。

思い込みと事実を一度きちんと分けて考えてみて、自分の意思や行動ではどうしようもないものについて思い悩むことをやめるか少なくすれば、少なくともその分人生が豊かになるかもしれません。

日本は世界有数の火山国で、例えば九州の阿蘇山は9万年前の大爆発で、日本列島を覆って火山灰を降らし、平均気温や視界すら火山灰で遮断して、多くの生態系を死滅させたと言われています。

さらに時代が下って6,300年前の縄文時代に起こった海底火山、鬼界カルデラの大爆発で、九州から西日本にかけての縄文文明は一旦滅びたといってよいくらいの壊滅的な打撃を受けたとも言われています。

そうした世界的な火山爆発といったカタストロフィーは、地震や津波と同様、心配すればきりがない話でもあります。

そのような奇怪で困難な地球環境の上で、たかだか100年弱生きる時間をもらったと思えば、その中でよりよく生きるために時間を使おうと思えるかもしれません。

思い込みというものは、人生を方向づけもするし、その可能性を狭くするものかもしれません。

明日も生きているという根拠のない自信や思い込みで、人は平静を保てているのかもしれません。

うまく付き合っていきたいものです。

さて8月には祝日はないと思い込んでいましたが、今年から8月11日は山の日という祝日となりました。

実は、前まで覚えていて記事にもしていたのですが、直前で忘れておりました。

なんとなく、これは盆休みの一環として、夏休みにして15日の月曜日から送り火の16日まで連休というような方も多いのかもしれません。

8月9日は長崎原爆投下の日、8月10日は日航機墜落事故の日ですので、これらの日は避けられたような感じも致します。

しかし、祝日がないと会社を休めないという人にとってはこうして祝日が増えるのは朗報かもしれませんが、仕事は言われてやるものではないと感じているであろう自営業の方や、中小企業の経営層の方々からすれば、実質稼動日がどんどん減ってしまうということで、国全体の生産性という観点ではどうなのだろうと考える向きもあると思います。



休むのも主体的に休みたいもの



できるだけ、制度上祝日だから休める、ではなくて仕事の段取りや準備ややり方を含めて自分から有給なりを消化するようにしていくことが、より高度でスマートな労働環境ではないかと思うのです。

そちらのほうが、実は生産性も向上して儲かる?かもしれないのです。

筆者は残業という言葉があまり好きではありません。

残業時間に行おうが、通常の業務時間に行おうが、労働は労働であり作業は作業であり違いはないはずです。

当然会社や雇用主と折り合わなければなりませんが、自分で考えて労働時間と決めたらそれが労働時間であり、19世紀の機械労働工を前提として組みあがっている今の労働法制は正直現代の労働を正しく反映できていないと思っています。

やるときはやる、やらないときはやらない。

自分が直接やってようがやっていまいが、責任者や管理職ならば責任はとる。

仕事でも遊びでも、メリハリをつけていきたいものです。

でないとどちらもなんとなく身が入らず、結局中途半端に終わってしまうような気がします。

レジャーも、大型連休やお盆に多くの人が殺到するのではなく、順繰りに段取り良く休暇をとった人たちや家族が順番に切れ目なくきてくれたほうが、旅館やテーマパークも嬉しいはずです。

これも、思い込みの悪い例なのかもしれません。

あなたがいなくても会社は回る。

そして、そのように仕向けないといけない。

だけど、どうせ一緒に貴重な人生の時間を使って働くのであれば、この人と一緒に働きたいと思われるような人間になれたらいいよね。

とは昔の私の先輩の言葉ですが、ようやくテーマに沿った話に戻すことができました。

祝日作らないと休めない、という思い込みの先には、祝日がまだない未踏の月である6月あたりに、さらに「雨の日」とか「川の日」とか「湖の日」とか「朝顔の日」などができるような気もしています。

いずれにせよ、他に言われてではなく、自分で決断できる人になりたいものです。

日々酒業中の筆者からは以上です。

(平成28年8月13日 土曜日)

2016年8月12日

小型球状鉄板料理専門店が近所にオープンしたので来てみてください

机の朱塗りの色にもご注目

おはようございます。

2016年8月の記事です。

小型球状鉄板料理、すなわちたこ焼きの専門店が筆者の住む町福岡市の六本松(六本木ではありません)にオープンしました。

素人が居ながらにして、名店のたこ焼きをそのまま焼くのを体験できます。

キッザニアでピザを焼くなどに比べても、遜色ない粉もんの味が楽しめます。

このお店はたこ焼きチェーンを展開している知り合いの店が、新業態としてオープンしたものです。

鉄板焼きの上に、専用たこ焼き器をセットし、鉄板焼きの真上に渡すように、まな板のような木版(銀杏の木とのこと)を設置することで、普通の居酒屋のようにサラダや付け出しなども提供しつつ、鉄板焼きで肉をジュージュー豪快に焼くこともでき、さらに同時にたこ焼き専門店のたこ焼きの体験試食ができるというマルチな新業態飲食店です。



たこ焼きの店とは思えないレパートリー



そして、お酒もワインのボトルがバンバン注文入るそうで、たこ焼きとワインと鉄板焼きの肉という、非常にコラボ力の高いコンボを見せてくれているようなのです。

見ると、子連れのお客も多く、それぞれ飲み屋として、たこ焼き屋として、鉄板焼き屋として、さらには普通の居酒屋としても楽しんでおりました。

実は、店主は福岡博多の出身ではなく、だんじり祭りで有名な大阪岸和田の出身とのこと、店内の内装もこだわり、京都をイメージした神社仏閣の朱塗りの色をテーブルにあしらうなど、なかなか風流な感じも見せています。

サービスはどこまでも進化するものだと非常に感心いたしました。

この店の詳細情報をお知りになりたい方は個別にお問い合わせください。

ついつい飲みすぎて、ゆでタコのように真っ赤になって店を後にしました筆者からは以上です。

(平成28年8月12日 金曜日)

2016年8月11日

食べ方を工夫すればなんだか一流の料理に見える例を提示します




こんにちは。

暑い昼下がりです。

連日の猛暑で、身体が溶けてしまいそうですがみなさまいかがお過ごしでしょうか。

連日35度を超えてまいります気温とゲリラ豪雨の毎日で、営業活動も停滞気味ですが、こんなお盆前の状況でも、自社と自身のために何ができるかを考え活動量を落とさずに頑張ろうと思っています(時たまですが)。

さてそんな体力が落ち気味の真夏においては、きちんと食べることがとても大切です。

夏バテとは高い気温に体の感覚器官がやられてしまい、食欲ややる気の減退に至るというものです。

そして、食べたものを消化して栄養にして吸収するという行為も、実は結構体力を使うものです。

ですので、食べるときにできるだけ負担なく、涼しげに食べることも必要になってきます。




涼しげに食べる方法として考案



そんな状況を打破したいと、筆者は、頂きものの舶来品バカラのグラス(ベルーガのLサイズというもの)に、冷凍しておいたご飯をレンジで温め、そして日本が誇る丸美屋のふりかけブランド「のりたま」をかけてアレンジしてみました。

これだけで、なんだか和洋折衷のエキゾチックで涼しげな感じがしてくるので不思議です。

近づいて撮影しますと、シンガポールのホテルのビュッフェでしょうか?というくらいの雰囲気です。

ふりかけでいただいた後は、日本の誇る「緑茶」をそそいでお茶漬け風にして食してもいとよろしかったです。

暑い夏も、そろそろピークアウトです。

もう少しです頑張りましょう。

その後麦酒で本来の用途に戻した筆者からは以上です。

(平成28年8月11日 木曜日)

2016年8月10日

天皇陛下がお気持ちを表明した覚えておくべき平成28年8月8日のこと




おはようございます。

日本国民として重要なことなので日付を和暦で記しておきます。

平成28年8月8日(月)15時に、天皇陛下の直接の言葉によるお気持ちが動画と文章(日本語と各国語翻訳)で表明されました。

文章としても極めて格調高く、そのまま入試問題や憲法の試験問題にもできる名文だと思います。

天皇陛下が、皇太子の時代から全力で、まさに全身全霊をかけて日本国憲法に定める象徴としての天皇のあり方に思いを致し、公務を務められてきたのか、国民の一人として改めて感じ感動しました。

特に日本の僻地と言われる地方に激務の中皇后陛下と共に訪問を続けられました。



天皇陛下のお言葉です



「国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、この認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」

というのは、まさに日本国憲法第1条にいう、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるという姿を追求してこられた陛下の心からの言葉だと思います。

国民の一人である筆者も、旅が好きですからいろいろと回る中で、ここは先帝の昭和天皇が巡幸されたところだの、今上天皇が皇太子殿下であった時分にこられたところだのといった話を聞くにつけ、いったいどれだけの時間と労苦を国民に注いでいるのか驚嘆するものです。

東日本大震災における計画停電の折には、皇居がある千代田区は対象外地域であることにもかかわらず、国民と困難を分かち合うことこそ天皇の務めというご意向を示され、皇居も停電時間に合わせて全電源を落とすという対応をなされました。

象徴という存在はとても困難なものです。

ハトは平和の象徴、パンダは日中友好の象徴といいます。

しかし、人間はやはり同じ人間にこうした困難な象徴という立場を期待するのです。

ともすれば過大にストレートになりがちな、このような国民の期待に、全力で応えようとされそして実践されてきた陛下が、こうした象徴天皇制のあり方について、国政に関する権能を有しないという前提の元でお気持ちを述べられたことは、国民側にとって相当に重い課題であると思うのです。

象徴としての天皇の公務が途切れなく続き、国民の安寧が図られること、天皇の終焉による国民経済生活の停滞こそ、陛下のもっとも気になされているところだと思います。

したがいまして、この今上陛下が特に望まれる天皇位の譲位については、国民の代表としての国会やそれを受けた行政機構である内閣に対し、最大限の敬意をもって遂行してもらいたいと願うものです。

本日は事案の性質上、締めは特にありません。

こちらからは以上です。

(平成28年8月10日 水曜日)

2016年8月9日

名作の続編を撮るという困難に挑戦した日米のイノベーターをご紹介します




おはようございます。

2016年8月の記事です。

映画監督たちにとって、良い台本やコンテンツとの出会いは非常に大切なものです。

その中で、続編を撮るという難しさに挑戦した日米2人の現代の巨匠を紹介したいと思います。



まず日本から



まず日本ですが、「ゴジラ」シリーズを12年ぶりに復活させた庵野秀明(あんのひであき)監督です。

エヴァンゲリオンの作者として、日本のアニメ界に燦然たる地位を占めている同監督が、円谷(つぶらや)特撮映画の古典と言えるゴジラを手がけました。

「シン・ゴジラ」の「シン」は、新や真の字だと思いますが、英語で罪の意味であるSINをかけているのではないかといった解釈がされています。

筆者は破壊の「神」であるという解釈が好きですね。

そもそもゴジラは想像上の怪獣ですが、昭和の時代からの長い歴史があるために、すでに世界中で間欠的にやってくる生物であるという認識になっています。

そして、そもそも何を食べてエネルギー源にして生きて生命を燃やしているのかといったところに想像力をかき立てられるのです。

生きるゴジラに要注目です。



もう一つは米国から



もう一つは、世界中でのスペースオペラのはしりと言えるスターウォーズシリーズ最新作エピソード7の監督という困難な仕事を引き受けたJJエイブラムスです。

ルーカスフィルムの代表作にして、ディズニー傘下となりルーカス引退の後の同シリーズの初作となるこの作品の制作にあたり、JJエイブラムスは過去のエピソードを徹底的に研究し自身が一番のファンとなり、そしてエピソード6の後30年後という世界を見事に出現させたのです。

出演する役者も、新旧のスターが勢ぞろいしながら伝統と革新が織り交ざったものに仕上がっています。

すでに伝説的となっているコンテンツが多数あるこの世界において、こうした名作の続編を作るという困難な仕事に取り組む巨匠たちのこれからに注目です。

続編というわけではありませんが、カレーは一晩おいたほうが美味しいと思う筆者からは以上です。

(平成28年8月9日 火曜日)

2016年8月8日

「ぼうけんのしょ」を持って旅に出てみたその結果のお話(その2:終)

ルイーダの酒場


さておはようございます。

2016年8月の記事です。

ぼうけんの書のつづきです。

ドラゴンクエスト・スペクタクルツアーに3人のパーティーで参加した話の続きをします。

ドラクエ30周年にちなんで総制作費30億円という巨費と愛が詰まった催しです。

どんなパーティーたちが参加しているのでしょうか。

会場に入ると、耳慣れたコンピュータサウンドが聞こえてきます。

これだけで、これは初代ファミコンの音の再現だと一気に気持ちが高まります。

会場外で唯一撮影可能なブースの前に並んでいる人も多く、さまざまなジャンルの方々が楽しみに待っておりました。

自分たちも、「パーティー揃って」撮ってもらいたいので、次に取る順番の人を振り返ってデジカメやスマホを手渡し、撮ったら自分たちが後ろの人に撮ってもらうという順繰りなルールが出来上がっておりました。

後ろに並んだお母さんと娘さんに、ドラクエ好きなんですかと尋ねますと、一緒にきているお父さんとお兄ちゃんが大好きだとのことです。

ああここにも自分の趣味を家族中に押し付けた勇者がいたのだな、と少し感慨深くなりましたが、我々は家族すら押し切ってのパーティー組成です。

気合の入りようがわかろうものです。

さあいよいよ冒険の始まりです。

プログラムの構成上、撮影は禁止ですので、内容に踏み込んだことを記すことは致しませんが、とにかく作り手の愛が溢れた構成で映像といい役者といい演出といい最高でものすごく感動しました。

教会でセーブ


終わって当然なにも食べていませんでしたのでそのままルイーダの酒場よろしく飲み屋に直行、大いに語り合い宿屋に戻ったのは未明になってからでした。

宿屋の直前に教会でセーブしました筆者からは以上です。

(平成28年8月8日 月曜日)


2016年8月7日

「ぼうけんのしょ」を持ってまた新しい旅に出てみた話(その1)

ぼうけんへしゅっぱつ


おはようございます。

2016年8月の記事です。

今年はドラゴンクエストシリーズ30周年ということです。

1986年の秋、記念すべき「ドラゴンクエストⅠ」が上梓されました。

筆者は中学生でしたが、このタイトルが発売されることを週刊少年ジャンプの特設折り込みページで知りました。

当時は少年週刊誌は全盛の時代で、実に600万部を週刊で売り上げていたお化け漫画雑誌の週刊少年ジャンプは、それこそ今のグーグルかフェイスブック以上の影響力を全国の小中学生に対してもっておりました。

その特設折り込みページには、ドラゴンボールの鳥山明のデザインした「冒険できる世界」の地図が広がっていたのです。

剣と魔法の勇者になりきって冒険できるゲーム。

日本におけるRPG(ロールプレイングゲーム)のはしりと言って良いでしょう。

半年以上前から、この特設ページで断続的に行われる週刊少年ジャンプの折り込みカラーページを切り取って眺めながら発売日を待ちました。

近くの百貨店「そごう」に向かい、おもちゃコーナーのテレビゲームコーナーにおいて、発売当日の予約を取りに行くことも怠りませんでした。

そうして発売当日より手に入れたソフトで、筆者も冒険の旅に身を投じていくことになったのです。



それから30年後



・・・それから早30年。

ドラクエシリーズも外伝やスピンアウトも含めてすっかり市民権を獲得したようです。

今回、30周年を記念して、〈ミュージカル〉「ドラゴンクエスト ライブスペクタクルツアー」がさいたま福岡名古屋大阪横浜をまたにかけて行われることになりました。

このライブは、ドラクエの世界を緻密に具現化し、観客ひとりひとりが勇者・冒険者となって壮大なライブスペクタクルショーを作り上げるというものです。

広大なアリーナ会場が、宙に海に洞窟に海に神殿に城に街に変化し、映像と音楽と役者の息詰まる装備と演技で、ドラクエの世界を再現します。

どんな戦いが待っているのか、どんな冒険が待っているのか、呪文やモンスターはどのように登場するのか?

まさに冒険の旅なのです。

このライブツアー、福岡初日の夜公演に筆者は自らのなつやすみとばかり参加してきました。

一緒に行くことになったパーティーは3名、いずれもドラクエ第一世代の強者です。

せんし、ぶとうか、しょうにんといったところで、すぐに、パーティー間では

*ルイーダの酒場は博多駅博多口でしょうか

→はい
 いいえ

*チケット代9,500ゴールドは現地精算

*そうびはかわのふくまで

といったやりとりが頻繁になされ、行く前からすでにかなりの盛り上がりを見せていました。

→次回へ続く

(平成28年8月7日 日曜日)

2016年8月6日

出光興産に登場した操業家というモノ言う株主について記録しておきます




おはようございます。

本日は2016年8月6日ですが、現在、出光興産という民族系石油元売り大手が進める同業の昭和シェル石油との合併について、大株主である出光興産創業家が反対を表明し、にわかに話題となっています。

出光興産の創業理念は非常に特徴的です。

出光興産のホームページには、これら会社の考え方が掲載されていますので、ポイントを説明します。

一.人間尊重
・出光商会の主義の第一は人間尊重であり、第二も人、第三も人である。
・人間がつくった社会である。人間が中心であって、人間を尊重し自己を尊重するのが当然である。

一.大家族主義
・いったん出光に入りたる者は、家内に子供が生まれた気持ちで行く。
・会社における総ての事柄は親であり子であり、兄であり弟である、という気持ちで解決する。
・(家族だから)出光は首を切らないという事が常識。

一.独立自治
・社員各自が、その持ち場持ち場において独立せよ。
・自己の仕事の範囲では全責任を負い、完全に事務を遂行せよ。
・独立自治の精神を体得し、個々に鍛錬強化されたる社員が、社全体の方針の下に一致結束し、団体的総力を発揮する。

一.黄金の奴隷たるなかれ
・出光は事業を目標とせよ。金を目標とするな。しかしながら決して金を侮蔑し軽視せよと言うのではない。
・事業資金として大いに金を儲けねばならぬ。経費も節約せねばならぬ。冗費無駄を省かねばならぬ。(中略)ただ将来の事業の進展を邪魔するような、儲け方をしてはならぬ。あくまでも事業を主とし、資本蓄積を従とし、この本末を誤ってはならぬ。

彼らにとって会社というものがなんであるかということを、高らかに謳っています。



解雇も定年もない



時代の要請もありまして、若干変化しているところはありますが、会社は従業員と取引先の生活を保証する後ろ盾であり、解雇はなく定年も定めない、給与は労働の対価として与えられるものではない、労働組合は必要ない、といった考え方です。

さて、この会社が他の会社と合併を行うべきかということについては、現経営陣は規模の経済や効率化を考えて推進したい立場にあり、一方創業家側は上記の理念に反するので反対という立場です。

単にいきなり入ってきた大株主が、モノ言う株主として「配当をもっとよこせ」だの「リストラして経費を削減せよ」といった「通常の」経済合理性にかなった要求をしてくるのとは一線を画しています。

そもそも最初は個人商店で、創業家は最初から一貫して大株主なわけです。

そして、その創業家は、大家族主義を標榜した出光のすべての従業員の声なき声を代弁しているという一面もあるのです。

経営者に対し従業員は普通モノが言えません
昇進や待遇、そして役員への登用といった人事権は経営陣に帰属しますので、当然のことなのです。

ですので、会社の理念を体現している従業員の意見を表明できる力をもった創業家としては、未だ3分の1超の株式を保有していることを梃子にして、昨今の株主全権主義とでも言えるコーポレートガバナンスのあり方に異を唱え、労働者主権主義とでもいうべき、日本においては「普通」のコーポレートガバナンスを見直す機会を提供しているのかもしれません。

終身雇用ですから従業員は会社に50年以上関わることになります。

そして、創業家は、実に100年以上この会社を実質的に率いてきたのです。

現在、任期を決めて、パートタイム的に入っているのはむしろ経営陣の方だ、という理屈には、一定の理があります。

絶対に10年後には一人もいるはずのない、「現経営陣」に果たして正常な判断ができるのかということなのです。

しかしながら、それを完全に貫くには、出光はすでに上場企業ということなのです。

上場企業というのは株主という会社の持分の地位に、市場を通じて零細な単位から他者がたやすく入ることができるという形態です。

逆に、足を抜けることも容易です。

市場で、株式を売却すれば、株主責任からは解放され、時価でのキャッシュ(現金)に変えることができます。

撤退も非常に容易です。

そして、増資を行うことで、会社自体の資金調達が容易にできます。

出光は、その歴史の中で、資金調達を目指して上場を選択しました。

一旦上場した以上、かならず株主資本は巨大化していきますので、すべての株を持ち続けるのはいかに巨大でも有限の創業一家には不可能となるのです。

したがいまして、資金調達がどうしても必要で、それなくば破綻するといった場合であったとしても、上場を選択する代わりに創業家が出光という会社に数百億円でも融資なり資本注入なりしておけばよかったのかもしれません。

今や出光は上場企業であり、それを上場廃止まで持っていくのは巨額な資本が必要となり、いかに大株主である創業家にも難しいことでしょう。

現在の持ち株である3分の1をすべてを担保に入れて、他の出光株を買ったとしても、過半数を超えるかどうかは微妙ではないでしょうか。

しかも、過半数を握ったとしても、半数近くの他の株主の意見や意思を無視するわけにはいきません。

どこかで妥協が必要になるはずなのです。

上場のメリットをすでに受けている企業体でありながら、どこまで自身の主張を、大株主ではあるが完全株主ではない創業家が通すことができるのか、ものごとを衡平に見る好例として非常に注目しています。

株主優待目当ての零細株主の筆者からは以上です。

(平成28年8月6日 土曜日)

2016年8月5日

痛ましい事件を受けてそれでも障害者施設の方々に対し謹んで駄文を捧ぐ




おはようございます。

2016年8月の痛ましい事件を受けての記事です。

今日の記事は自身の主張が色濃く入り若干筆が長くなりますのでご承知おきください。

神奈川県相模原市の障害者生活支援施設において、非常に痛ましい出来事が起こりました。

19人刺殺という、戦後最大の大量殺人事件です。

戦前まで遡りますと、横溝正史の長編推理小説「金田一耕助シリーズ」の岡山三部作と呼ばれる集大成となった作品の舞台となった八つ墓村のモチーフにもなった津山30人殺しなどと呼ばれるショッキングな事件もありますが、今回のものは、死傷者合わせて40人超、文字通り前代未聞の事件です。

犯人に対しては一片の同情もなく、厳罰極刑を望みますが、それは捜査機関と司法が今後明らかにしていくこととして、ここでは、犯人(容疑者)の漏れ伝わってくる「思想」については徹底的に完膚なきまでに論破し、これをもって被害者とご遺族へのささやかな追悼の代わりとさせていただきます。

報道などによると、この容疑者は、「弱者は役に立たないので死すべし」という思想を衆議院議長に手紙でしたためたそうで、「障害者は不幸を作ることしかできない」と断言しているようです。



それは違うということをこれから証明します



しかし、人間を含む自然界において、強いものが食えるというのは間違いです。

弱ければ喰われるわけではないし、強くても滅びる種はたくさんいます。

たとえば、個体レベルで虎やライオンは猫や兎より強いですが、猫や兎は世界中で繁栄しており、虎やライオンは絶滅の危機に瀕しています。

猫が人間界の愛玩ブーム(いわゆる猫ブーム)によって「弱者として」繁栄しているので
あれば、それは弱者が食える、生き延びることができるという何よりの証左です。

自然界では、生存競争といえば種レベルでの「適者生存」のための取り組みのことを指します。

種を構成する個体のレベルでは、全ての個は必ず死にます。

すべての個体は、必ず喰われるか病気か寿命か何かでとにかく死にます。

従いまして、個体間の寿命の瑣末な違いは、自然界において生き残ろうとする種レベルで見ればあまり意味のない議論です。

もちろん個々の人生が大切なことはわかっていますが、種レベルに引きなおすとそうなります。

そして、種レベルでの生存ルールは、「適者生存」です。

決して弱肉強食ではありません。

強い者が残るのではない、適した者が残るというのがポイントです。

そして、残るとは、個体レベルで助かるとか生き残るとか永遠の命とかいうことではなく、種レベルで遺伝子が次の世代に受け継がれ、外見内面は大いに変化しようと、遺伝子の保存がなされるということです。

そして、この厳しい自然界においては、無限の環境適応のやり方があるということなのです。

必ずしも活発でイケてるリア充が残る(勝つ)とは限らず、深海生物やナマケモノといった、極端に活性を落とし活動量と代謝を落として生き延びる生存戦略が立派にあります。

オタクで何が悪い、ということです。

大きいもの、小さいもの、速いもの、遅いもの、多くの子を生むもの、少なく産んで育てるもの、卵で子孫を残すもの、胎盤を持つもの、分裂するもの…。

目の見えるもの、嗅覚が発達したもの、触覚が発達したもの…。

それゆえ世界は驚異に満ちた多様性にあふれているのです。

人間という一つの種にすぎないさらにその個別の個体ごときが少々集まって、何らかの形質を障害だとカテゴライズするのはまるで無意味です。

そういったものは価値的に上下があるものではなく、全て単なる特徴に過ぎないのです。

あらゆる形態の生物が存在することは御存じの通りで、「適応」してさえいれば、強かろうが弱かろうが何も関係ないというシンプルな世界です。

シンプルなゆえ無限の多様性を孕む。

それが我々の生きている世界というやつです。

さて、そんな多種多様の生物の中で、ひときわ特異な人間という種のカテゴリについて考えを進めていきます。

「生存」とは「子孫を残すこと」であり「適応」の仕方が無数に可能性のあるものである以上、どのように「適応」するかはその生物の生存戦略次第ということになります。

そして、人間の生存戦略は、「社会性」「コミュニケーション」です。

高度に共同し協働することで、機能的な社会を作り、その互助作用でもって個体を保護するという戦略です。

昔やっていた狩猟ですら、協働して行いました。

農耕や牧畜に至れば、協働しているのは自明でしょう。

通貨という人間の最大の発明も、社会性とコミュ二ケーションと信頼が高度に高まった結果作り上げられたシステムで、人間のこの特性なくしては誰もただの印字した紙に価値など見出さないでしょう。

そして、個別的には長期の生存が不可能な個体(容疑者が憎んでやまない主体であるところの「弱者」「障害者」といった弱者)もできるだけ生き延びさせることで、子孫の繁栄の可能性を最大化しているという立派かつ高度な戦略なのです。

でなければ、生まれてからほぼ数年間、保護者の養育なくしては絶対に生存できない赤子の状態を過ごすという特異な戦略を取ることはできないわけです。

刺殺した容疑者も、生まれてから数年は絶対に一人では生育できなかった個体であるはずで、その際に「弱者は死ね」という思想の者に殺されたかったかということなのです。

立場変われば思想を翻す、というのはいけません。

そして、どれだけの個体が生き延びられるか、どの程度の「弱者」を生かすことが出来るかは、その社会の持つ文字通りの力に比例していきます。

つまり、弱者をより生かすことのできる社会を築いたか、というのは人間の社会性特化という生存戦略のバロメーター(はかり)であり、本来弱者が周りに多くいる社会というのは戦略に沿った誇るべき成果ということなのです。

戦前ならセーフティーネットが少なく、そのような弱者は生存できなかった。

しかし今は施設や制度も(不十分ながら)できていて、生存することができる。

これは人間社会の進歩です。

明らかに進歩しているわけです。

昔は産休すらほぼなく、育児休暇などなかった。

今は(少なくとも制度上は)産休があり、育児休暇の取得率も少しずつ上がっている。

人類は文明を発展させ、前時代では生かすことが出来なかった個体も生かすことができるようになりました。

生物の生存戦略としては大成功なのです。

そして、生かすことができなかった個体というのが、回り回って人間という種の生存戦略に大きなプラスになることもあるかもしれないのです。

どの時代にも通用する「優秀な遺伝子」なるものはありません。

あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」であります。

太陽が無くなってしまった時代(なくならないまでも、太陽の活動がほんの少しだけ減退すれば、恐ろしい暗闇と寒さが地球を襲います)、生まれつき目が見えないという形質が、何らかの状況で有位な形質を生み出すのかもしれないのです。

世界じゅうが火山活動で爆裂するような時代になれば、耳が聞こえないというのは立派な静謐なる生存特性となります。

ですから、個体レベルでの特徴を多く残していくというのが正しい戦略なのです。

実は、社会的に生きていく以上に必要な富は必要ない、ということにもなります。

ですから、本源的に生物としてわかっている我々は、巨額の富を得たときにそれを惜しげもなく寄付したりという「不合理な」行動を取ることもあります。

遺伝子によって発現される「形質」が、どういう環境で生存に有利に働くかは人間には計算不可能です。

そして、今時点の社会の人類にとって「障害」としかみなされない形質も、将来は「有効な形質」になってるかもしれません。

でありますから、可能な限り多くのパターンの「障害(=つまるところ形質的イレギュラーですが)」を抱えておく方が、生存戦略上の「保険」となるのです。



障害ではなく特徴であり人類生存のための保険である



障害ではなく特徴。

特徴でもなく保険。

それが、人類の20万年に及ぶ生存戦略です。

人間が、生まれて数年間、無力な状態に置かれるということは、人間というものは全員「社会」というものが無い生の自然状態に置かれると生きていけない「弱者」であるとも言えます。

その「弱者」である人間たちがより集まって社会を形成し、そして出来るだけ多くの自らを含む「弱者」を生かしやすいようにしたのが人間の生存戦略ということです。

だから社会科学を学んでいる人、これから学ぶ人には、国際政治でも憲法でも地方自治でも何でも良いですが次のことを覚えておいて下さい。

もちろん「闘争」や「競争」や「リア充」も人間社会の重要な構成要素であるけれども、より「人間社会」の本質が何かと捉えれば、「協働」「協力」「社会性」である、ということなのです。

「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです。

戦争を始めたら、最後講和して終わらせなければ人間は生き延びられないのです。

けんかして、仲直り。

これで一セットです。

結論として、我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのが人類の最強の生存戦略だということです。

以上、障害はただの特徴特質に過ぎない、と繰り返しまして本日の話を終わります。

寄付するくらい稼ぎたいのですが、その前にとりあえずおごってほしいリア充が羨ましい筆者からは以上です。

(平成28年8月5日 金曜日)

2016年8月4日

2016年8月に誕生した新都知事と都議会の力関係についての感想を述べます

女性大統領誕生なるか


おはようございます。

2016年8月の政治経済に関する記事です。

大好きな政治経済の話なので、止まらず少々長くなることをお許しください。

2016年7月31日(日)の投開票の結果、新しい東京都知事に小池百合子氏が当選しました。

一旦自民党員として出馬表明し、自民党東京都支部連合会(通称「都連」というようです)に推薦願を出したものの黙殺されたので取り下げ無所属として出馬を強行、対する自民党都連は別の候補を推薦して選挙戦が戦われました。

投票結果は、小池氏291万票(1万票未満切捨て)という大勝で、次点の自民党都連候補179万票を大幅に上回る結果となりました。

投票率も前回から13ポイントも跳ね上がり、勝敗ラインと言われた200万票を大きく上回る票と支持を集めた小池氏の圧勝に終わりました。

さて、新しい知事として都庁に乗り込んでくる新知事に対し、都議会がどのように対応してくるのかが今後の焦点となります。

今のところ、マスコミやいわゆる識者の中では、都議会の多数を占める自民党公明党の与党に対し、新知事もさすがに遠慮せざるを得ない、小池氏も結局自民党員なのであるから、反党行為として出馬を強行したことはそれとして早々に自民党都連とは手打ちを行い、協調路線に収まるといった「妥当な」論調が大勢のようです。

しかし、筆者はそう簡単にはいかないと思っています。

思えば、2020年にオリンピックを控えた世界的な大都市TOKYOメガロポリスのトップに初めて女性が就任しました。

感慨深いものです。

世界を見渡せば、世界最強の中央銀行FRBも、最近EU離脱を決めたあの海の大国の新首相も、ずいぶん前から欧州大陸最強の経済大国であるあの国の首相も、ミャンマーの最高指導者も最近の若いノーベル平和賞受賞者もいずれも女性です。

このまま2016年11月に至れば、あの世界最強の経済軍事大国、世界中で核兵器のボタンをもっとも多く持つ太平洋の向こうのあの国の大統領にも女性が就任するかもしれないのです。

そんな激変状況にある世界にあって、時代の先を読むのが仕事の政治家において、早々に都議会自民党と手打ちをするというのは、自らを支持して291万票もの力を与えた都民有権者の信頼を最初から破壊することになることを、新都知事も気づいているのではないかと思います。

さて、地方公共団体における統治機構は、直接選挙で選ばれる首長と、これまた直接選挙で選ばれる議会の議員との対立・協調構造で運営されます。

いずれも民意を直接反映している地位ということで、議院内閣制等にみる、議会に行政府が従うといった構造にないわけです。

したがいまして、首長が一時の熱狂と支持で仮に選挙で勝ったとしても、その後の行政運営の中で、議会との現実的な落とし所を探りながらいつしか当初の公約や理念を「変遷」させるという事案も多く見られてきました。

それでは、今回の場合もこのような「収斂」が期待されるのでしょうか。

筆者はそうは思いません。

ポイントは、新知事の任期はこれから4年、東京オリンピックまで続く一方、都議会議員の任期は、あとわずか1年しか残っていないということを、よく認識しておくべきなのです。

今回の小池都知事は、繰り返しますが有権者の投票行動を劇的に変え、前回都知事選挙から13ポイントもの投票率の向上を成し遂げ、291万票にも及ぶ圧倒的な民意を受けて当選しました。

都民の最新の期待をこれほど如実に反映している首長は他になく、現時点においては最強の地位にあります。

一方、東京都議会議員選挙については、なんと1年内、実際には10ヶ月後に迫っているのです。

とすれば、現在の(残りの任期の短い)都議会が、新知事に対して冷淡な対応(例えば挨拶に出ないとか瑣末なことから)を取ればとるほど、議会は旧守派の集まりで民意に対して背を向けているという空気が圧倒的に醸成され、都議会議員個々人の「再選」や自民党といった組織をバックに新たに当選しようとする都議会議員候補の「足枷」になるのです。

対しまして、都民と直接対話しその要望や気持ちにダイレクトに寄り添おうとする無所属や極小政党の候補者には朗報ということになります。

もともと投票に行ってなかった浮動層・無党派層・若者層に訴えて彼らのうちの少しでも投票に向かってもらえれば、そのほとんどを自らの支持に向けることができるかもしれないのです。

国にお金は残っていないと散々繰り返しておきながら、なぜか経済対策となると「現金」を一時金として大判振る舞いすることができる、この逆説のおかしさにそろそろ国民の方も気づいてきているのかもしれません。

埋蔵金があるという「公約」で、子ども手当を創設する、年間2万6千円を配ると訴えて政権を取った政党もかつてありました。

しかし、埋蔵金は見つかりませんでした。

代わりに借金が増えました。

配る人や配られる方々が返すのではなく、今投票に行っていない18歳近辺の世代が返すことになるのです。

話が少しそれましたが、新知事側としても、安易な妥協は自らの支持基盤の決定的な離反を招くことを知っているからこそ、自らが掲げる東京の大改革に向けて(少なくとも今後1年は)大鉈を振るうのではないかと考えています。

1年後、訂正記事を出すかもしれませんが現在の情勢を分析してみました。

ちなみに出馬は永遠に検討中の筆者からは以上です。

(平成28年8月4日 木曜日)

2016年8月3日

自動運転バスが日本でもお目見えしていよいよAI自動車の時代に

2階建てバス



まだ公道ではないですが、いよいよ自動運転車が日本にも上陸してきました。

千葉県の公園で、夏の数日間限定ですが、社会実証実験ということで公園内に自動運転バスを走らせることになりました。

プロ野球球団も経営するディー・エヌ・エー(DeNA)が手掛けたこの自動運転バスは、ロボットシャトルといい、2016年8月1日からイオンモール幕張新都心に隣接する豊砂公園(千葉市美浜区)で運行を始めたとのことです。

2016年8月11日までの期間限定ながら、原則午前10時から午後5時まで公園内で自動運転を行い、利用状況などのデータを収集し今後の開発に活かす意向であろうと思われます。

確かに、大型化するショッピングモールや公園、そして研究施設や大学などの構内を巡る徒歩や自転車以外の交通機関が求められています。

昔、戦艦大和の艦橋と甲板はあまりに広いので、甲板には自転車が並べられて水兵たちはそれを使って移動していたという話がありますが、想像以上に広いフィールドを移動し、その効用を最大限に得るためには、適切な移動手段の開発もまた必要になってまいります。

電気で動き自らのAI自身で考える自動運転車は、これらのニーズをきわめて高いレベルで満たす未来型のビークル(乗り物)です。




自動運転車が走る未来がもうすぐ来るかもしれない



走るルートは決まっていますし、目的地を定めず周回させるルートを選択すれば、その中のどの駅においても理論的には修理修繕や保守を受けることができて便利です。

ディー・エヌ・エーと流通大手イオンは、共同でイオンモール幕張新都心という巨大なショッピングセンターにおける買い回り向上のために、モール内の顧客移動手段の一つとして自動運転バスの採用を今後検討したい考えです。

この自動運転バスの考え方は、他のショッピングセンターやテーマパーク、大学や公園、訓練施設など幅広く応用できます。

公道よりいちはやく、こうした構内自動運転バスが出てくることになるのかもしれません。

暑い夏ですが自分の頭で考え走って営業しております筆者からは以上です(仕事ください)。

(平成28年8月3日 水曜日)

2016年8月2日

車のカーナビゲーションの世界も激変するという予想をしてみました

カーナビスタイル

おはようございます。

2016年8月の記事です。

最近の車には、カーナビゲーションはデフォルトで車内に設置されていると思います。

ちょっと昔まで、レンタカーを借りるときには500円だかの追加オプション料を払ってカーナビを付けるか、レンタカールームの端っこにある紙の地図をただで借りて乗っけて出発するかといった選択式でしたが、今やカーナビがついていない車を借りることが難しくなりました。

しかしながら、この日本においては、カーナビの世界がものすごく遅れていると思うのです。

動作が重く、値段が高く、操作が面倒ということで、なかなか使いこなすことができません。

上級機種になれば、メーカー純正品に限らず動きは良くなるのでしょうが、それだと値段が高くなってしまいます。

それよりも、これだけスマホやタブレット端末によるGPS通信が手軽になってきたこの時代にあっては、カーナビの機能は十分「Yahoo!カーナビ」や「Google Map」で代替されつつあります。



車のユーザーの真の満足度とは



車のユーザーの満足度は、車というハードウェアの性能がもちろんベースにありますが、車載機能いろいろのいわゆるソフトウェアの部分が十分に機能しないと上がりません。

車に乗って、目的地を設定しようとするときにイライラしてしまうのでは、せっかく高性能な車でもその価値は非常に下がってしまうと思います。

ところで、アップルやグーグルは、このような「カーナビ」だけの機能だけに切り込んでくるわけではありません。

彼らは、「車」自体を自動運転にして、運転手を排し、極力コモディディ化した商品として開発運用し、そして市場を根こそぎ持って行こうとしているのです。

重大な脅威です。

ここで重要なのはソフトウェアの力です。

是非わが国の自動車メーカーも、知恵を絞り力を合わせて巻き返してほしいと願っています。

レンタカーで走り始めてわずか3秒で、左サイドのボンネットを電柱でこすって黒い印をつけたことに因み、通り名「秒速でこする男」と呼ばれた筆者からは以上です。

(平成28年8月2日 火曜日)

2016年8月1日

「かわるビジネスリュック」を買ってみたら凄く便利で驚いた話

本棚が書斎に!


持ち物をすぐどこにしまったか忘れてしまうビルメン王@修行中です。

携帯電話すら、家のどこに置き忘れたかわからなくなり(忘れたということはわからない、ということですが)、別の固定電話から電話をかけて場所を特定しようとしたらマナーモードのサイレントモードにしていて全く鳴らず、「すわ、外で落としたか!」と大騒ぎした挙句の果てに、脱衣所の洗濯乾燥機の上に見つけるといったことは日常茶飯事です。

さて、そんな欠格ビジネスマンの筆者は、できるだけ必要なものを一度に持ち運ぶようにしたいという傾向を強く持っています。

これまで、いろいろとビジネスバッグを探し訪ねてきましたが、今回、ほぼ究極の形ではないかと(現時点では)思える一品に出会えましたのでご紹介いたします。

「かわるビジネスリュック」という製品です。

これは、背負うタイプのリュック型ビジネスバッグですが、なんと、空き口が背中のウレタン側についています。

よって、背中から亀が甲羅をひっくり返したように「置く」のが正式ということになります。



そのまま取り出せるのが便利



そこから、おもむろに背中のウレタン部分をぐるっと巻いているファスナーを開けると、そこになんの仕切りもない大空間が広がっているというわけです。

その他、付属のポケットなどは極力排されています(唯一の例外として、PCを入れる専用の背中側ケースがありますが)。

そこで、筆者は自宅において、本棚を利用して写真のように、PCとこのリュックを配してみました。

すると、なんということでしょう!

本棚が一瞬で書斎に様変わりです。

必要なものは、リュックに入っていますので、ここのファスナーを開ければ雑誌でも資料でもPCでも携帯電話でも出てきます。

そうして、この作業台部分(書棚ですが)で作業をすれば良いのです。

あぐらをかくのが疲れれば、立って次の写真のように作業もできます。

これは便利です。

つまり、このリュックは、置けばそのまま机のキャビネットの中身にも早変わりするというわけです。

しばらく、このリュックで、自前のこの自宅書斎での執筆が増えそうです。

書斎の要らない、極めて現代的なある一般家庭からは以上です。

(平成28年8月1日 月曜日)


疲れたら立って作業