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2016年9月30日

日本の国際社会における政治的地位というものを考察してみる

筆者は日本の将来については実はかなり楽観的に見ています。

あくまで世界の潮流を判断しての相対的地位という意味ですが。

参考事例として、昔のヨーロッパ30年戦争において、プロイセンがいきなり強国の地位についたのは、ブルボン王朝のフランス始め、それまでの有力諸国や諸侯(偏差値70~80くらいの)が続く戦乱のために財力を使い果たし、領土を疲弊させた結果であると考えているからです。

正直、はじめは大いに喧伝したとしても地方の有力豪族、控えめに言えば田舎の領主に過ぎなかったプロイセン(ホーエンツォレルン家:偏差値52くらい)が、「おっ、皆死んどるやんけ」と気づいて相対的にエライ顔をし出した、に過ぎないところだと思うのです。

すなわち、ハイエナに似た戦後の秩序回復者という残存地位にうまくハマったからだと考えているわけであります。

中立条約を締結しておきながら、こちらの劣勢が確実となったところで一方的に破棄して領土をぶん取った国の事例もございます。

このように、国際社会における戦力とか影響力とか政治力といったものはローマや漢帝国の時代からあくまで相対的なものだと考えています(ローマと単体で表記するのは、ローマは共和制の時代のほうも十分長いため)。

さて、日本の国際社会における相対的地位が上がる要素を列記したいと思います。

 まず世界に先駆けて人口減少・高齢化を経験し始めたということです。

ピンチはチャンスなのです。

これは出生率をそれなりにキープし、女性の人権や労働環境に配慮しながら出生率を直近まで2.0近辺まで持ってきていた欧米諸国より急激に近代化したため、そのような余裕がないアジア諸国に対しては、先進事例を行きます。

中国や韓国は日本よりひどい超・高齢化・少子化の世界です。

このような国は上り詰める勢いもすごいですが、もはや下り坂です。

山高ければ谷深し、を地で行くことになるでしょう。

振り返りますと欧米は200年かけて近代化しました。

植民地からの収入というボーナスもありました。

日本は戦後40年かけて近代化したといえましょう(明治維新からの蓄積 は、太平洋戦争の敗北で全てを失ってしまい一旦ゼロになりました)。

しかし中国や韓国は10年かそこらで一気に近代化したツケを今世紀後半には払い続けることになりましょう。

現実には、1人の孫に祖父母が4人いるといういびつな社会です。

当然その1人の孫は非常に甘やかされて、忍耐力などが先人ほど備わっているといえないかもしれません。

日本においても、ゆとり教育の弊害などといったことが言われておりますが、かの国の状況はそれらをはるかに凌駕していると思うのです。

韓国もそうです。超・学歴社会でサムスンやLGといった一流企業には最高度の大学を卒業したTOEIC960点オーバーの人材が入りますが、彼らは所詮テストマシーンである、といった批判にこたえられるのかは少々疑問です。

独創性などを育む環境はあったのでしょうか。

このような国際社会を取り巻く状況から察するに、これからのほとんどの世界を待っているのは日本が20年前から苦しむデフレの世界です。

世界中で雇用維持が難しくなり、賃金は下がり、儲けは少なくなります。

しかしモノやサービスの価格も安くなり、実質的な生活感覚としては、ゆるゆると苦しくなりながらも何とかやっていける水準を保つと見ています。

小さいバブル的な経済の盛り上がりもあるとは思いますが、それも長続きしないと見ます。

なぜなら、例えば不動産でいいますと、際限ない価格上昇は、賃料その他の収益指標からはじき出される期待収益還元価格に収斂されていくことで自動的に抑えられていくと思いますし、他のサービスや財についても代替可能性の広がり等から、同様の傾向に落ち着くと見られるからです。

日本の公共サービス部門の最たる国会や官僚機構についても、国会議員や議院自体の削減 (参議院の必要性)についても突っ込んだ議論が見られるようになって来ました。

既に経済成長が止まってそれを維持することが至上命題となっている日本にお いて、衆院480人、参院252人の定数は多すぎ、それに沿って拠出している公共部門の職員(公務員)も人口比率に応じて削減されてしかるべきでありましょう。

こうした当たり前の政策が、既存の大政党の地盤を急激に崩す形で背に腹を代えられない、いわば貧乏な地方や都市圏(大阪など)を代表する地方政党などから挙がってくるようになりました。

来るべきアメリカ大統領選挙や日本の総選挙において、国際社会の政治地盤が一気に流動化しそうな予感です。

また、お目にかかりましょう。

夜の大統領といわれて久しい筆者からは以上です。

(平成28年9月30日 金曜日)


2016年9月29日

投資の話に出てくる罫線チャートのみを分析するというアプローチ方法




おはようございます。

2016年9月の記事です。

投資の話です。

何に投資するのかというのは大切な観点です。

しかしながら、過去の資産の値段を分析する、いわゆるチャート分析的なアプローチを突き詰めると、投資するモノ(原資産)への愛着はだんだんなくなってきます。

例えば醤油が大好きだからキッコーマンに投資する、といった感覚ではなくなるのです。

こちらは原資産にフォーカスした考え方で、ファンダメンタルズ分析的なアプローチです。

一方、チャート的分析とは単なる数字の上下、で低い時に買い(もはや買うという感覚もなく、買ポジションを取り)、高い時に売る(売るという感覚ではなく、売ポジションを取る)という考え方になってきます。

そうすると、突き詰めますと原資産は何でも良くなり、むしろ現実世界の制約である、発行株式数に限界があるというのが煩わしくなってすらなってきます。

つまり、株式の売りポジションを取るのであれば、実際に株を借りてくるなりして空売り、売ったことにしないといけないのですが、そういうのが煩わしい、ということです。

ここで登場するのがチャート的考え方の極みである原資産「為替」です。

円やドル、ユーロという通貨は、高ければ高いほどよいわけではなく、逆もしかりです。

通貨当局は秩序ある為替形成を望みますが、そこは投機筋のやること、そうは問屋がおろしません。

かくして信用ポジションの生き馬の目を抜く攻防が日夜繰り返されているのです。

原資産という考え方が少しでも腑に落ちていただければと思いまして、かような話をしてみました。

投資は玄人のはずなのですが、投資成果はさっぱりの筆者からは以上です。

(2016年9月29日 木曜日)

2016年9月28日

改めてGDP(国内総生産)とは?その3(いまさら聞けない経済用語)




おはようございます。

2016年9月の記事です。

脱線しましたがGDPに戻ります。

もう一つの補助エンジンはEX-IMで外国を指します。EXはexportで輸出、IMはimportで輸入ですが、輸出-輸入がプラスならば、外国との貿易でGDP寄与している(貿易収支黒字)ことになります。

日本は基本的にプラスで、5兆円くらいは輸出超過でGDPにプラス寄与しているのが通常でしたが、ここ最近は事実上の円安誘導による輸入品の高騰(特に原油等)により、ここがマイナスになることも多くなっています。

ただ、加工貿易国の面目躍如となると、この値は基本的にプラスに振れます。

わかりやすく言えば、国内工場で作った車や液晶テレビを世界中に売りまくってます、ということです。

結果、年間GDP(470兆円)=個人消費C(330兆円)+設備投資I(75兆円)+公共事業G(60兆円)+輸出-輸入EX-IM(5兆円)となり、要素分解ができました。

しかし、GとEX-IMで何とか「世界3位」の経済大国の地位を維持していますが、GもEX-IMもそう長くは続きません。

GはもはやGDPの2倍の借金を抱えたわが国では、これ以上の大盤振る舞いはできないし、EXもやりまくったら諸外国の内需産業保護圧力にさらされ、円高圧力を食らいます。

やはり補助エンジンに頼るのではなく、王道のCとIで内需拡大が好ましい、という教科書的結論になります。

GDPプラス成長、マイナス成長、というニュースを見るときは、少しの時間でよいので、その要素毎の寄与度をみるようにしていただければ、本当の経済の姿が、いわゆる肌感覚とそう違わないものである、ということがわかると思います。

すなわち、CやIが減っているなら、それは本当のGDPの成長ではないということです。

次回以降の機会では、このGDPの数字のカラクリをもう少しわかりやすく掘り下げて述べてみたいと思いますが、今回はこの辺で筆を置きたいと思います。

お付き合いいただきありがとうございました。

家計は火の車の筆者からは以上です。

(平成28年9月28日 水曜日)

2016年9月27日

改めてGDP(国内総生産)とは?その2(いまさら聞けない経済用語)




おはようございます。

2016年9月の記事です。

改めてGDP(国内総生産)とは?(いまさら聞けない経済用語)その2と題しましてお話を続けます。

次に、Iはinvestmentで企業を指します。

企業の設備投資、と同値で、企業が収益を上げるための事業活動として、設備投資(工場を建設するとか販売網を増やすとか、例えば発電所を作るとか、、)を行うこと自体がGDPの内容を成します。だいぶ減ってきたけどだいたい年間75兆円ほどある、と考えておけばわかりやすいです。

日本のGDP全体の2割を占めますね。

これも重要です。

企業が設備投資を「国内で」やるということは、すなわち国内での販売が見込めるからそうするわけであって、個人消費と密接に絡むことは周知の事実です。

このC家計(個人消費)とI企業(設備投資)がGDPの基本中の基本なのですが、ここを刺激するための補助エンジンとして、もう2つの要素があります。

まずはGはgovernmentで政府を指します。

いわゆるお上の公共事業、と同じ意味で、CやIという民間部門を刺激するために、導火線として各種の「公共的な事業」を民業を圧迫しない範囲で行う、というのが建前です。

しかし、高速道路をどこまでも定額にしてみることで高速バス事業体や定期客船航路を破滅の危機に追いやったり、トラック輸送事業者の長時間労働につながったりそもそもマイカーがあふれて込み合って全然高速道路じゃないじゃん、といった予期しない副作用も多い方策であります。

不景気が続き、その浮揚策としてどんどん増えた結果、今や年間60兆円!

方策としてあまり効果が期待できない可能性もある、という以上に、その原資が国債などの借金で賄われていることもより一層問題を深刻にしています。

税収が豊かで、掃いて捨てるほど税収が唸っている国、たとえばアラブのある国(アブダビなどとしておきましょう)なら、金は腐るほど政府も持っていますから、所得税を0にして、国民に税金を配布するような施策を取ることができますが、あくまでこれは民間部門が十分に潤っている(アラブの国々は主に石油マネーですが、、)ことが前提となります。

しかし、ご案内のように日本はすでに税収が細りに細って、社会保障(要するに高齢者の医療と介護と年金にかかる費用のことです)の負担でアップアップ、Gの公共投資を新たにやるには本当に徳川埋蔵金を掘り当てるか国民(今の子供たちの世代ね)に借金するしかないわけであります。

借金してまでその事業をしますか?というのが公共投資のGO/STOPの分水嶺になるわけですが、例えば親の遊興費に消えてしまうことがわかっていても子ども手当と称して金をバラまいてしまうという判断を我が国政府はしてしまいかねない状態でした。

なぜか?子供には選挙権はないからです。

因みにいまだに子ども手当の政策目的が曖昧です。

個人消費刺激策なのか(だから親に配る?)、子育て支援なのか(だったら給食費の未納を解消したほうが早いし、一旦親に現ナマを掴ませる意味が問われる)、はたまた他の政策目的があるのか?

というところが非常に曖昧模糊としているわけです。

(さらに続きます)

(平成28年9月27日)

2016年9月26日

改めてGDP(国内総生産)とは?(いまさら聞けない経済用語)




おはようございます。

2016年9月の記事です。

2013年の夏、欧州経済の沈没を防ごうと、世界中の中央銀行が協調して低利融資を行い、金融システムを安定化させる方策を取ることで合意した、というニュースで、世界の株式市場は急反発しました。

といっても、それまでにかなり値を下げていたので、絶対値としては歴史的に低い水準なのではないかと思うのですが、ここでよく株式市場が上下する際の目安となるGDPというものの本質を、少し掘り下げて論じてみたいと思います。

GDPとは、国内総生産、と訳されますが、非常に独断で(要するにその手の専門家にかかると、本質的な意味がわからなくなってしまう、という意味です)更にブレークダウンすると、日本の年間GDP約470兆円は、C+I+G+EX-IM、という数式で表すことができます。

さらに簡単な数字を入れると、Cはconsumer家計で、各家庭で消費される個人消費、と言われるものでだいたい年間330兆円あります。

しかしこの十数年の傾向では、家計のやりくりが厳しい状況から、少しずつ減ってきています。しかし本当はGDPを上げたいなら、この、GDPの2/3を占める個人消費を刺激するのが一番です。

というわけで、昔は分野ごとの減税などといった政策手段が取られていたのですが、だんだん政治家・官僚も打ち続くデフレにやられてアイデア欠乏症になって(彼らの能力の欠乏著しいことがかなりの原因を占めるとも思いますが、少なくとも政治家は民主的な選挙の手段で国民が選ぶものですから、天に唾することは控えます)、少し昔に地域振興券なるものや、エコポイント、果てはそのまま現金を配るという、子ども手当などという現物を個人にバラまく、という「そのまんまやんけ」という手段すら取られてきました。

これでは政府の金がいくらあっても足りません。

もう既に世界第一の借金大国になっている我が国としては、政策の転換が必要な時期にきているのかもしれません。

ここで重要なことは、「金を持っている人に気持ち良く金を使ってもらわないと、その経済主体の個人消費が盛り上がらない→GDPは上がらない」ということなのです。

守銭奴だけでは仕事は増えない、給料も上がらない、ということです。

金持ちは大事なのです。

問題は、彼らに気持ち良く消費してもらうように持って行くか、増税などの手段で強制的にむしり取るか、北風と太陽の寓話を例に引くまでもなく、あくまで理想は前者だと思います。

アメリカでは、クリスマス商戦、の出来が景気にそのまま直結します。

映画「ホームアローン」並みの子供へのプレゼント攻撃が、経済大国アメリカ、年間GDPで1,500兆円、この先20年は中国を抑えて世界最大の経済大国の地位にとどまり続ける原動力になっているのです。(続く)

(平成28年9月26日 月曜日)

2016年9月25日

「落ちてくるナイフに手を出すな」という投資の有名な格言について




おはようございます。

2016年9月の記事です。

相場の格言で、最も有名なものの一つだと思います。

落ちてくるナイフに手を出すな、と言います。

下落相場で戒められる相場格言です。

特にアメリカのウォール街にはこうした格言がたくさんあります。

暴落相場を頻繁に経験している国民性から、そういった相場のときにはむやみに手を出すなということだと思います。

しかし、落ちたナイフは拾うな、とは言っていません。

むしろ、下げきった相場で買いを入れることができるのが本当のプロです。

逆にその時までに、変に投資してしまっており含み損を抱えて身動き取れない状況になっているのが筆者を含めた素人投資家の行動パターンです。

プロはじっと手を出さず、手持ちのキャッシュを大事に待っています。

落ちてくるナイフに対しては、切れて怪我するリスクを犯さず手を出さず、落ちてしまったナイフを床から拾い上げるようにこっそりしっかりと買いを入れる。これが投資の極意です。

証券会社の片隅で、長期的な投資家がそろそろと大金を運び込み、買い場を慎重に見極めているようでもあります。

今の状況、特に日本株については潰れなければ割安と映る向きは非常に多いです。ファンダメンタルズ(経済条件)も、チャート(相場の動き)も、すべては投資する人の解釈次第。

拾い食い状態だと感じるか、まだまだ落ちていくナイフだと思うか、すべて自由です。

自らのリスク許容範囲をしっかり認識して、さあ投資の世界に乗りだそうではありませんか。

特にタンス預金に溜め込んでいるご高齢者の皆さん、資金は経済の表舞台に出して、消費と雇用をアップさせましょう。

それが日本経済再生の、最高の処方箋です。

零細投資家からの主張は以上です。

(平成28年9月25日 日曜日)

2016年9月24日

組織内が3:20:50:27に分かれるという法則があるということで書いてみた雑談です




おはようございます。

2016年9月の記事です。

組織における「3:20:50:27の法則」というのがあります。

これは法則ですから、価値判断は横に置いておいて、全ての集団の構成員のある尺度の優劣は自然にこの割合に収斂されていくというものです。

もともと、働きアリのうち、一部しかよく働かず他にはぶらぶらしているだけのアリも多くいるという動物集団学から出てきた概念ですが、人間社会にも実に応用が効くものです。

面白いのは、例えば1,000匹のアリで、超よく働く30匹、よく働く200匹、適当に流す500匹、ぶらぶらしているだけで何にも働いていない270匹に分類される場合、その超よく働く30匹だけを選定しても、結局その集団の中では3:20:50:27の法則に分かれていってしまうということなのです。

つまり、30匹の中でさらに続けて超よく働くのは1匹いるかいないかということになります。

実に半分の15匹が、そのカテゴリの中では適当に流す部類になるのです。

例えば、高校野球や社会人野球、大学野球からの超エリートをドラフトで取っていくプロ野球にしても、年俸1億円超えの一流選手を仮に3%圏内とするならば、かなりの数が(27%程度は)毎年戦力外通告もしくは育成契約もしくは引退、自由契約として、その業界カテゴリから外れていきます。

一流の3%をさらに細かく見ても、その中の更に一流どころはメジャーリーグに行ったり最多勝や最高打率をたたき出し、年俸5億円を超えたり、投打二刀流で連覇中の日本一チームをペナント首位から叩き落としたりします。

サッカーでも、海外のメジャー系(ヨーロッパ強豪国の国内リーグ)に移籍するポテンシャルを持つものを3%とすると、国内Jリーグでの一流選手として20%、といった具合です。

繰り返しますが、これは法則ですから、あるカテゴリでの自分の今現在の位置を責めよ、というわけではないのです。

大事なのは、自分がそこからどう行きたいか、カテゴリを変えるのか同カテゴリで上を目指して努力するのか、そういったストーリー性をもった自分自身の挑戦を続けてほしいということなのです。

J1だけではなくJ2もありますし、J3もできました。

このサッカーのディビジョン制度は、上記法則を肌でよくわかっている人たちが作ったシステムだと改めて思うのです。

その点、野球のNPBは遅れています。

誰だって年も取るし競技上の衰えも来るし若い時にはプレーに荒削りな部分もあるでしょう。

こうした伸びしろや経験のある選手を、一気に自由契約にするしか策がないという日本のプロ野球界の硬直性は、(育成制度はあるにせよ)もう少し解消できないものでしょうかと思います。

そして、サッカーでも10部以上あるイングランドやブラジルといった社会の奥の深さを見るにつけ、日本のスポーツ文化はまだまだだと思うのです。

社会人10部で適当に流している筆者からは以上です。

(平成28年9月24日 土曜日)

2016年9月23日

時間的分散手法であるドルコスト平均法から始める投資理論のお勉強



おはようございます。

2016年9月の記事です。

投資の理論のひとつにドルコスト平均法というものがあります。

これは、例えば毎月のような定期的なタイミングで、一定「額」で買えるだけの株を買う、という方法で、これによると、自動的に株価が高い時にはあまり買わずにリスクをヘッジし、安い時には比較的大量に買い付けることができるため、一定「数量」の株を買っていくよりも購入価格の平均を抑えることができます。

言い換えますと、数量を等分するのではなく、金額を等分する点が単なる分散と異なります。

価格が高い時は購入数量が少なく、安い時には自然と多くなるので、単純な数量分割買いに比べて平均値の点で有利となるのです。

ただし、継続的な上げ相場の時には却って平均点が高くなるという点もあります(その場合は結局上昇しているから儲けているはずであり、あまり気にしないと思いますが)。

よく従業員持株会などで使われている方法で、時間的分散投資とも言え、非常にお勧めの方法です。

ただし、急激に株価が変動するものにはあまりおすすめできません。

例えば一昔前の銀行株や電力株は固い株として運用されていた面もありますが、度重なる金融危機や原子力発電所の事故など、ヘッジできないリスクを負っている業界やセクターについては、再考の余地もありそうです。

ドルコスト平均法は、長い時間をかけて投資をしていくので、その会社の事業が長期的に世の中に必要とされるかという素人目線の感覚も必要とされると思います。

なぜなら投資期間がかなり長期にわたるからです。

投資成績は安定の低空浪曼飛行の筆者からは以上です。

(平成28年9月23日 金曜日)

2016年9月22日

個人個人の節電意識が日本全体を救うのではないかという経済のお話

ネオン街が呼んでいます


おはようございます。

2016年9月の記事です。

2011年3月の東日本大震災のあと、日本国民の節電意識は格段に向上しました。

とりあえず企業向けの分は生産力維持のために据え置くとしても家庭用はぎりぎりまで節電してもらわないといけません。

これは原発が稼働していないからといった理由ではなく、日本経済のために必要なのです。

なぜかといいますと、日本国内で生産されるものが輸出されて外貨獲得をしているわけですが、今は輸入した原料代が高くて、例えて言えば105円で仕入れたものを100円で売っているような状態です。

つまり輸出企業が頑張って稼いできた国際収支上の黒字(外貨)が、そのまま中東アラブの国々の高い原油を買うことで尻抜けになってしまっているという現実があるのです。

ではやっぱり原発を再稼働したらいいんじゃないかという論調になりそうですがちょっと待ってください。

安全性云々の前に原子力発電に必要なウラン235も日本は輸入しなくてはなりません。

しかもこれも大変高うございます。

ですから、日本のこれからの経済戦略としては、できるだけ効率的に電力する方法+少ない電力で一定の生産力の確保ということが求められるのです。

中東の油やオーストラリア産のウランをそれほど買わずに国際収支上の逆ザヤを解消し、流した汗が報われる経済システムにしていきたいものです。

あくまで経済的利得上の話として、高い原料(ウランや原油など)を輸入せざるを得ない国として、我々が自らの生活を守っていくためには節電といった方策は必要であり最も有効であるというお話です。

夜のネオン街のパトロールを欠かさない筆者からは以上です。

(平成25年9月22日)

2016年9月21日

一本10円程度の「うまい棒」にみるデフレ経済の考え方について



おはようございます。

2016年9月の記事です。

今回は、ほぼ雑談の記事です。

大手コンビニチェーンで一斉にうまい棒(博多発祥「うまか棒」が全国展開した由)に代表される駄菓子が売られるようになりましたが、先ほど昼食で近くのうまい中華料理屋にいったあとに、実際にローソンでうまい棒(めんたい味)を1本だけを買ってみて、衝撃の事実を知って少々考察しまったのでここに表明します。

なんと、うまい棒は一本9円なのです。

筆者を含めて昔の人間は、うまい棒は10円という刷り込みで生きてきたと思いますが、何故9円なのか。レシートをよく見ると(9円のレシートを貰うのも少々恥ずかしいですが)、なんと、消費税0円と書いてあります。

そうなのです。我々が小さい頃にうまい棒を買い求めていた近所の駄菓子屋のほとんど全ては、消費税については売上高1,000万円以下のいわゆる免税事業者だったのではないか、ということなのです。

だから消費税なしで10円で販売していた、さらには消費税そのものが導入されていませんでした(もっと昔には)。

売価9円(税抜)だと、消費税は理論上0.72円。切り捨てることができます。

なので売価9円(税込)で税抜と税引きで同じ売価の最大値、すなわち、9円は消費税が課税されないぎりぎりの売価ということになります。

10円(税抜)にしてしまったら、11円(税込)になってしまうのです。

10円(税込)で売ることができない、という小額取引のジレンマがここにあるのです。

さらに、コンビニ大手チェーンのローソンの例ですが、ポイントカードを提示すれば、売買金額にかかわらず、来店ポイント1ポイントが付きます。



来店ポイントがポイントなのです



なので、9円のうまい棒1本だけを購入したら、来店ポイント1ポイント付加され(金額ポイントは100円につき1ポイントなので、はるかに高利回り)、実質、うまい棒一本を8円で購入できてしまうということなのです。

これは30年前の日本(うまい棒世界)に比べて、▲20%もの下落です。これをデフレと言わずして何でしょうか。

細かい話ですが、ここまでくると、もはや100円ショップも色褪せます。

今後のカテゴリとして、9円ショップというものも出てくるのではないか、と本気で考える筆者でした。

9円の単価のものを、別々に購入するという売買方式を取れば、消費税を一切納めないことも可能です。

今のところ、うまい棒かチロルチョコといった駄菓子くらいしか思いつきませんが。

すきまビジネスというところは、こういったところに眠っているものなのだと妙に感心しました。

あまり食べたうまい棒の味は覚えていませんが。。

因みに、うまい棒のグラム数が変わってきている(減っている?)という事実もあるとのことですが、これは知り得たところでUPしたいと思います。

うまい棒研究家(めんたい味を一押し)の筆者からは以上です。

(平成28年9月21日 水曜日)

2016年9月20日

分散投資とは卵を一つの籠(バスケット)に入れないことだという話




おはようございます。

2016年9月の記事です。

分散投資という言葉があります。

同じ籠にすべての卵を入れてはいけませんよ。

なぜなら一回落とすとすべて割れてしまうから、という例えでよく言われることですが、これを投資の世界に置き換えると、すべての資金を単一の対象に投資してしまうのは危険ですよ、ということです。

しかし我々のような素人投資家は、もともとの元手が少ないですから、例えば1億円を予算として勝負できる金持ちさんとは違って張るのにも自ずと限界があります。

例えば100万円を元手に投資を始めるとして、単位株1,000株の会社の株価単価が@1,000円だった場合、最小単位の1,000株で手持ち資金は底をついてしまいます。

これでは分散投資などまた夢です。

これを解消する手段の一つが、ファンド、つまり投資信託の形で購入することです。

分散投資をその投資の道のプロが行うので、少額からでも分散投資ができます。

しかしながら、かなり高い運用手数料を取られるので、よく考え調べた上で利用してください。

やはり投資は自らの判断で行い、その結果も自ら負うべし、という強い信念を持っておりますので、投資信託というものは、他人にその大事な投資の方法論を預けてしまうものであるということを納得いただいて、利用してもらいたいと思います。

そして、そのファンドの運用担当や運用方針(ポリシー)をよく見極めなければなりません。

ファンドの担当者が本当にプロ意識の高い、プロと言えるほどの能力を持った者であればよいのですが、そうでなく単なる人事ローテーションでポジションを充てがわれたサラリーマンである場合もあります。

実際の運用担当者と面談できる機会は非常に限られると思いますので、そのファンドの投資パフォーマンスの実績や投資方針やレポートをあらかじめよく確認しておく必要があるのです。

日本においては、このように実際の運用担当者がわかりにくいのが通常ですが、海外に目を転じますと、たとえばウォーレン・バフェットのファンドのように、個人の目を信じてそこに投資している投資家もたくさんいます。

筆者としては、少額投資の時には銘柄を吟味に吟味して、それへの一本足投資、というひりつくようなリスクを楽しみ、もう少し大きく張れるようになってから分散投資の勉強を始めても遅くないと思います。

いつも一本足のまま、なかなか分散投資できるまでの投資成果が得られない筆者からは以上です。

(平成28年9月20日 火曜日)

2016年9月19日

評価より評判を大切にしたいと思うようになってきたという話です




おはようございます。

2017年9月の記事です。

「評価より評判を大事にしたい」

これが楽しく仕事を続けるコツだと最近よく思います。

評価とはシンドイものです。

される方もしんどいですが、する方がよりしんどいです。

なので、できるだけその評価タイミングを粗くしようとします。

半年に1回よりは1年に1回。

1年に1回、昇進昇格の評定会議は非常に大変なものです。

会社の昇進されることのできる人員予算は最初から決まっており、その予定(予算)に向かって何人を上げるか推薦し、他を蹴落とし評価するという性格をどうしても持つものだからです。

1年に1回のアピールの場。

このように「評価」というものは、自分ではどうしようもない部分にかなりの自分の人生を預けることにつながるので、少しだけ距離をおいても良いと思います。



評判は日々付いて回る



一方、評判は違います。

評判は常に、どんな小さいことでも、人に見られて生成していきます。

評価がある一定の期間をまとめてなされるのに対し、評判は常に、〜ing形で進行していきます。

評判は、上司や経営者といった、その人の待遇や地位を決めないといけない人しかできない類のものではありません。

だれでも無意識に、そして意識的に評判を作り出していきますし、その評判から逃れることもできません。

誰も見ていないところで、自らの信ずるところによって行動しているか、この一点に評判はかかっていると言ってもよいでしょう。

考えてもみてください。

誰がABCD昇進降格どの評価なのかなどといったことに、実は他人はあまり興味を持ちません。

評価は一時のものなのです。

しかし、評判は常にその人の人格としてついて回るのです。

評価されなかった、という不満は持っても、評判が悪くなった、ということを人のせいにはできないのです。

評判が上がるのも、下がるのも、全てはその人の意思と行動次第であるからです。

全ては自分次第。

評価より評判です。

働き者だと評判だったおばあちゃんから昔聞いた話は以上です。

(平成28年9月19日 月曜日 敬老の日)

2016年9月18日

恐怖指数VIXという投資対象資産(指数)をご紹介して弱気相場にも張ろうという話





おはようございます。

2016年9月の記事です。

今回は、恐怖指数(VIX)のことを話したいと思います。

恐怖という人の心理状態を数値化したいという願望から生まれました。

シカゴ・オプション取引所が作り出した「ボラティリティ・インデックス」の略称です。

何でも取引の対象にするのが欧米人ですね。

この辺は頭が下がります。

VIX指数は米国の株式指数S&P500を対象とするオプション取引の値動きの激しさを元に算出・公表されています。


つまり、アメリカの歴史的大型優良企業株式の値動きが激しくなるとVIX指数は上昇し、落ち着いてくるとVIX指数は低下します。

すなわち、市場に参加している投資家の動揺度を示す数値として利用されており「恐怖指数」という別名も付けられているわけです。

さて、恐怖指数は通常時10~20の範囲内で動き、相場の先行きに不安が生じた時に数値が大きく上昇する特徴があります。


過去最高値はリーマン・ショック直後の89.53です。

理論上、相場が急騰した場合もVIXは上がりますが、やはり過去のチャートを見ると、大きな「悲観的な」出来事が起きた場合に大きく上昇していることが分かります。

株式はやはり投資商品でありいざというときは現金や国債という安全資産に逃避しますから、この数値は今現在株式への投資環境が整っているか否か、を見る際に利用するのが良いと思います。


恐妻家の筆者からは以上です。

(2016年9月18日 日曜日)

2016年9月17日

アメリカ市場を見るようにしてみますといかにも地球は丸いということが実感できます

LED地球儀


おはようございます。

2016年9月の記事です。

お金に国境なく、お金に休息はありません。

お金は働き者です。

人間には休息が必要ですが、マネーはいつでも浮遊し移動し吹き溜まりを起こすし決壊もします。

そして地球は丸いです。

通常、日経平均株価を指標とする日本株式市場で勝負している我々も、夜の夜長にアメリカ市場の動向をチェックするだけで相場観が格段に広がります。

実は、アメリカの取引には日本株式市場に直接関係する取引が動いています。

それがCMEでの日経平均先物取引です。

CMEはシカゴマーカンタイル取引所の略称で、世界最大の「先物」取引所です。

ここではアメリカ株式市場とほぼ同じ時間帯で日経平均先物という原資産が取引されています。



日本の早朝はアメリカの夕方



そして日本の早朝に取引が終わりますが、翌朝は日本(大証)の日経先物取引が大体この終値付近で寄り付き、日経平均株価(現物)もその近くから始まっていく、というわけです。

つまり、朝起きた時点で、9時にならないとわからないはずの日経平均の寄り付きの目安がわかってしまう、ということなのです。

相場が暴落しているのであれば、下値を押し下げている優良株の仕込みどきですし、逆ならば空売り銘柄を物色すればよいわけです。

相場は24時間動いています。

休みはありません。

地球の裏側での動きにも気を回すことのできれば、零細投資家でも筋の通った投資行動が取れると思います。

地球は丸く、早起きは三文の得なのです。

今日も寝坊した筆者からは以上です。

(平成28年9月17日 土曜日)


【関連記事】



2016年9月16日

2016年時点の家庭用ロボット掃除機市場の状況をレビューしておきます




おはようございます。

2016年9月の記事です。

ロボット掃除機といっても、手塚治虫の火の鳥の未来世界のお手伝いロボット「ロビタ」の話ではなく、平べったく丸型でゴミを掻き入れるロボット掃除機市場のお話です。

この業界は、今のところ米国の世界最大手の独壇場ですが、もともと日本の狭く段差の多い住宅に平面丸型ロボット型掃除機はそぐわない、という大方の予想を覆し、ロボット掃除機の市場は拡大を続けています。

そうした中、ようやく国内勢も本格参入していく模様です。

これは、続くデフレによる共働きや高齢者世帯の増加を背景にしたものだと言えそうです。

ある調査会社によると、2011年のロボット型掃除機の市場規模は93億円に達し、2020年には560億円と約6倍に膨らむ見通しとのことです。

家電大手は、これまで長らく花形だった薄型テレビ販売が大幅に落ち込む中、ロボット掃除機を家電の新たな収益の柱に育てようと必死です。

成長市場の開拓にあたって国内勢が力を注ぐのは、先行する米国社を上回る技術優位性で、例えば国内勢の新製品は、複数の人工知能を搭載し、室内を重なりなくくまなく掃除するのが特徴とのことです。

今後も参入企業が増えることが予測されており、シェア争いが激しくなりそうですが、さてこの市場がどのくらい拡大するのか、今後の推移を見守りたいと思います。

ルンバやダイソン、アイフォンといった海外勢ではなく、国内メーカーの製品を使いたいと願ってやまない筆者からは以上です。

(海外勢ばかりすべて持っておりますすみません)

(平成28年9月16日 土曜日)

2016年9月15日

東京オリンピック2020年を控え「銀メダル以上確定」という言い方に意見しておきます




おはようございます。

2016年9月の記事です。

来るべき東京オリンピック2020年に向けて、一つ提言があります。

よく日本の(他国開催の)オリンピックやパラリンピックの放送でよく出る日本のメディアからの記事ですが、題名の「銀メダル以上確定」というような言い方はやめたほうがいいと思います。

全くこれは悪い意味で日本的だなと考えざるを得ないタイトルです。

最悪銀メダル、という後ろ向きの気持ち満点の見出しです。

何も確定しちゃいません。

これまでの、選手や周りで支えたコーチやトレーナー、応援してきた人たちに対する侮辱に等しい行為です。

決勝戦はいずれ劣らぬ強者同士が最後に戦う、その競技最高の舞台です。

それに水を差すような言い方は控えていただきたいと思います。

日本のテレビや新聞や記事には本当にこれが多いです。

なぜ「決勝進出」と書かないのでしょうか。

せめてあと一歩で金メダルといったものでも構いません。

守りから入るというのは日本の封建社会からの伝統といえるのかもしれませんが、おそらく海外のほとんどの国では、このような書き方は無いと思います。



謙譲の美徳ではないと思う



私は日本で生まれ育ち日本が大好きなのですが、それゆえに、本件に関しては謙譲の美徳が違った意味に発露しているように見えてならないのです。

銀メダル、準優勝とは他の順位が「勝って獲る」ものであるのに対し、「負けて貰う」順位です。

要するに最後に負けた者、だから2位、負けたものの中で一番ラッキーだった者、という評価なのです。

話を飛ばしますが、投資の世界も2位ではダメなのです。

自らの目指す点に到達しなければ、それは不首尾だったということで、大いに反省材料にしなければなりません。

でないと進歩はありません。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし、とは日本プロ野球界重鎮の名言ですが、なぜ負けたのかを徹底的に洗い出し、不都合な現実や能力の限界に向き合いつづけるという姿勢が重要なのです。

投資の勝負も生きることそのものです。

自分で飛び込んだ勝負の世界、自らの知恵と才覚と度胸で、目標の金メダルを掴みたいものです。

これは決して銀メダルに価値がないといっているわけではありません。

ただ、2位以下は負けという「不都合な現実」を浮かび上がらせるため、敢えて述べてみました。

そして、人生負ける場合が圧倒的に多く、そこから何を学ぶかがその時の勝負以上に重要だと申し上げたいわけです。

投資も人生も負け続けておりますが、自分が負けたと思わない限り負けてないと思って次の一手にひとりで期待している筆者からは以上です。

(平成28年9月15日 木曜日)

2016年9月14日

企業の人件費についてあまりにも固定的な考え方を改めるべきではないかという話



おはようございます。

2016年9月の記事です。

企業の固定費、とは売上の多寡に関わらずかかってしまうコストのことです。

よくリストラする際に固定費を削減する、という論調につながり、特に固定費のもっとも典型的な例に、人件費が挙げられるのです。

しかし、確かに固定費は売上に関係ないということで悪者扱いされがちですが、固定費は企業の存立基盤に直結しますので一概に減らせばよろしいというものではありません。

例えば不動産事業において、保有する土地建物の公租公課(税金)や建物の減価償却費は食っていくための元手となる土地建物を保有するだけでかかるものですから、これは仕方ありません。

公租公課を支払いたくないから土地も持たない

減価償却費なんていう固定費を負担するのは御免だから建物なんて建設しない

というのは暴論です。

旅客航空料についての機体の減価償却費やリース費、空港使用料や路線維持のための人件費などもしかりです。




人を雇わない会社が生み出すサービスが人を感動させることは少ないかもしれない



そもそも、人件費で雇う人が全くいない企業が、全てを外注した外注費のみで成長できるほど世の中甘くはないと思っています。

そして、名目上人件費を削減して、例えば派遣や業務委託という形にしたとしても、これは人件費が外注費や派遣費用として振り返られただけですから、やはり広義の意味では人件費と呼ぶべきものでありましょう。

ではどうしたら良いかのでしょうか。

とにかくコストカット、というのが今の風潮ですが、リスクないところに売上なし、これではジリ貧です。

最小のコストで最大の効果(売上)というのは間違っていて、適正なコストで最大限の売上を取る、というのが正しい姿勢となります。

売上高に比例してかかる変動費を抑えつつ、一定のコストである固定費を補ってあまりあるほどの圧倒的な売上を勝ち取る戦略、これが求められているのです。

売上を拡大するための方策として如何に生きたカネの使い方をしているか、使う仕組みになっているか、投資する企業を見極める時のポイントになります。

単に経費率が高い低いは、これまでの事業の過去の成績でしかありません。

よくある効率経営という考え方では、真の企業の実力は見えてこないのです。

この点では、りっぱなぶら下がり社員の筆者ですが以上です。

(平成28年9月14日 水曜日)

2016年9月13日

サンクコスト(埋没費用)の呪縛にかからないようにしたいという話です





おはようございます。

2016年9月の記事です。

投資や事業の話をするときに、将来の投資や思いっきった判断に迷うとき、「サンクコストの呪縛」にかかってはいないでしょうか。

サンクコストとは、埋没した費用、つまりすでに支払ってしまってその効果も出尽くしているので今後も絶対に回収できない費消されてしまった費用を指す経済用語です。

この「絶対に取り返せない」、というところがミソで、例えば、今後行く気のないスポーツクラブの入会金などはサンクコストにあたります。

今後、奮起して運動を再開する意欲はないのに、すでに払ったウン万円にとらわれて、もったいないなずるずると継続会費を支払い続けてしまいます。その結果、無駄な出費がますます嵩んでしまうのです。

合理的な判断がなされていない例です。



時間的価値をはかるバロメーター



サンクコストの概念は、時間的価値において顕著に出ます。

例えば、10年間に渡って投資すべきか調査を続けてきたプロジェクトがあり、いよいよ開発に踏み切るか否かの判断をする際に、「10年も調査したのだから」というのは禁句ということです。

将来このプロジェクトが成功するかしないかを唯一の判断基準にすべきであって、今までいくら努力しようがコストをかけようが手間をかけようが思い入れがあろうが、それはサンクコストなのです。

今の判断にあたり、必要かつ有用な情報を集めたということであり、これまでの準備や調査は、有効な判断をするための情報集めの対償であり、その情報をもとに下す投資判断(しないことも含む)とは別個のものなのです。

未来へ続く合理的な判断のために、「サンクコストはきっぱり忘れて意識上からも捨て去る」が鉄則となります。

個人の行動においても、同じことが言えますので、参考にされてみてください。

実は、過ぎたことをうじうじ悩んでいることについては人後に落ちない筆者からは以上です。

(平成28年9月13日)

2016年9月12日

長期で株に投資する場合にふまえておきたい考え方や戦略について




おはようございます。

2016年9月の記事です。

前回、私の投資判断基準ということで、2点(モノ・サービスと会社自体の魅力)申し上げましたが、これは短期間(長くても1年程度)の投資期間に限った話で申し上げております。

もっと長いスパン、例えば5年10年といった長期投資には、上記理論はあまり当てはまりません。

なぜでしょうか?たとえば現在は平成28年、2016年ですがその10年ちょっと前まではユーザー登録時に13歳以上であることを宣言すれば誰でも会員になれて、登録ユーザー数(注:「実人数」とは異なる)が15億人を超えた世界最大のソーシャル・ネットワーク・サービスの会社はありませんでした。

かの会社の一般サービス開始は2006年です。

日本でも少し昔、会員制サイトの会社やインターネットを研究するという名前の会社が、新興市場で上場し、いわゆるITバブルと言われたころもありました。

あのころが2002年です。

今やドッグイヤーの時代、10年経てば一昔であり、その当時の投資判断をいくら贔屓目で見ても、あまり誉められたものではなかったと思います。

すなわち、現在のモノ・サービスのままで10年後も見るというのが大間違いなのです。




結局は生み出す人を見るしかない



それならば何に着目するか、それはモノ・サービスを生み出す「人」を見極めるしかありません。

人は社長だけではなく、その会社に人生を預けている従業員も当然含みます。

その経営者や社員が働く指針にしている企業文化、企業理念に注目しましょう。

今は影も形もない商品やサービスを一歩前に踏み出して生み出すことのできる力をもった人間集団であるか否か、ここが決定的に重要なポイントです。

自らの目と耳と足で、情報を取りましょう。

アナリストや銀行家の二次情報に惑わされないようにしたいものです。

他の人の、儲け話についていくだけの筆者からは以上です。

(平成28年9月12日 月曜日)

2016年9月11日

筆者の株式投資における投資判断基準(投資方針)を披瀝しておきます




おはようございます。

2016年9月の記事です。

何の株を買ったらよいかわからない、そういう方に私の投資判断基準を申し上げます。

何かの参考にしてください。

1.社会に必要不可欠な商品・サービスを提供していると自信を持って言える会社であること

2.その会社が提供している商品・サービスよりもその会社自体に何か惹かれるものがあること

この2点です。

例えば、宅配サービスというのは日本の物流社会の中で必要不可欠なサービスとなりました。

すでに信書を運ぶ通信手段としての郵便に変わり、様々な商品を運ぶ宅配便サービスというのが個人配送の主流となり、その提供網は、ほぼ社会公共財として日本の津々浦々まで広がっています。

さてこの宅配サービスを提供しているのも数社ございますが、私は断然、「宅急便」という商標で展開している黒猫さんの会社を推します。

なぜならば、かつて同社がスキー板をゲレンデに届けるサービスを提供している中、ちょうど記録的な大雪で道路が塞がり期限内に大量のスキー板をお客様に届けられなかった時に、ゲレンデ近くのスキーレンタル全てに連絡し、代金全てを同社持ちで貸し出しに応じた、という逸話を知っているからです。

これは適時に適当なものを届けるという「宅配サービス」を最も的確に企業として理解している会社にしかできることではありません。

このときの損失(事業費用)は数億円だそうですが、全くそこからお金をもらっているわけではない筆者が「感動」して数十年経過してもこのようなブログの記事として書くくらい、宣伝効果は抜群だったはずです。

モノ・サービス、そしてそれを提供する会社自体、この2点に着目して、明日の成長銘柄を発掘しましょう。

そんな会社を見つければ、こっそりと自らの判断で投資することです。

こっそりおいしい銘柄など教えてもらいたい筆者からは以上です。

(平成28年9月11日 日曜日)

2016年9月10日

大きすぎて潰せないというリスクという世界に広がった論調について




おはようございます。

2016年9月の記事です。

100年に一度と言われたリーマンショックとも呼ばれる2008年の米国発金融危機で、よく銀行などが大きすぎて潰せない、ということが言われました。

金融システムや産業構造に大きく関わっている大企業を、手をこまねいて破綻させてしまうと、さらによくない災厄が経済全体に及ぶからという論調です。

日本においても、かつての長期信用銀行2行や北関東地盤の大型地方銀行は救済せず破綻に至ったけれども、その他の銀行については公的資金の投入により救済した結果、それらの銀行の(合併統合を含む)合理化努力でその公的資金は返済され、結局国民負担は軽減された(一旦優先株等の形で資本投下された公的資金は銀行側の合理化経営努力によって、のちほど配当付きで戻ってきた)という事例も引き合いに出されます。

しかし、本当にそうでしょうか。

特に金融大企業が破綻することにより今後必要とされる整理コストを国民社会全体で負担すると考えるからそうなるのではないでしょうか。

来るべき金融危機対応に対し、業界自体が事前に準備しておけばいいだけではないのでしょうか。

すなわち、銀行業界が一見非常に儲かっているときに、預金保険料も高くするなどして、そのうちにしっかりと将来どこかの銀行が破綻した時に必要な救済資金を業界全体でプールしておくべきなのです。



自業自得ではないのか



儲けるときには思い切り儲けて株価上昇、配当を目一杯しておいて、自らが破綻しそうなときに金融システムを人質に取って公的資金(ほとんど国民の税金)を投入すべきと叫ぶのは、アリとキリギリスの例えを持ち出すまでもなく虫が良すぎる話と思うのです。

本当に「自業自得」です。

本来社会に必要でない企業体なのだから経営危機になるのです。

そんな企業を無理矢理温存させることのほうが将来の経済にとってはむしろ邪魔なのではないでしょうか。

そこを曲げて救済したいのであれば、その資金はその、当の業界が出すべきなのです。

一度に出すのが無理なら普段から積み立てておくという提案です。

今回の金融危機は、100年に一度のものということですから、実は毎年100分の1で起こる可能性があります。

そうみると、そんなに遠い世界のリスクではないと思うのです。

全く儲けてない筆者からの提案は以上です。

(平成28年9月10日 土曜日)

2016年9月9日

研究開発型企業に改めて注目して投資していきたいと思った話




おはようございます。

2016年9月の記事です。

企業の売上高や利益を見て投資の有無を決めると思いますが、株式価値に直接影響するのは、あくまで「将来の」売上や利益です。

その決定的な要因は、その企業が如何に独自の技術やノウハウを育てていて市場に投入するタイミングを図っているか、ということです。

この視点は極めて重要ですが、過去の経営成績の結果である売上高や利益、総資産や純資産には全く出て来ませんのでやっかいです。

過去に向かって投資するなら、こんな楽な話はないのですが。

無理やり数字に当てはめますと、研究開発投資、という費用項目が売上高の何パーセントを占めるか、というような指標でそういった将来の利益の源泉となる技術力を図ることも行われておりますが、単純に幾らカネをかけたからその割合で新技術が生まれてくるわけではないので、時には足をすくわれます。

例えば自動車会社で研究開発比率が名古屋の会社より浜松の会社のほうが高いから云々、といったような論調です。

まず、名古屋の会社と浜松の会社では、売上高が比較になりませんし、その研究開発費として費消された金銭がどのような開発に振り向けられたのかについても違います。

すなわち、既存のHV車なのか次世代のEV車なのか、はたまた最先端のカーナビシステムなのか超未来の燃料電池なのか?

というところまでしっかり見て判断しなければなりません。

これには業界に詳しいアナリストやその企業に勤めている人からの率直な話や取引先や地元の評判などを地道に拾っていくしかありません。

面倒がらずに自分の目と耳と足で情報を集める。投資の世界は非常に泥臭い部分があるということです。

車といえば自転車の筆者からは以上です。

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敗れて目覚める

(平成28年9月9日)

2016年9月8日

ヒッグス粒子の「発見」したというニュースに見た実在という概念




おはようございます。

2016年9月の記事です。

ヒッグス粒子の発見は、2013年における科学史上空前のニュースでした。

万物に質量を与える神の粒子、ヒッグス粒子がついに「発見」されたのです。

現在の理論物理学、量子力学の巨大な実験データでの検証は、何百何千もの研究者・専門家たちが参画する巨大プロジェクトになっておりますが、古代のピラミッドと同様、ピラミッドを作ったのはファラオ、というようにこの粒子の名前も「ヒッグス粒子」ということになるのでしょう。

ヒッグス教授はといえば、実験機関CERNとプロジェクトチームの半世紀の努力の結果、理論的に自分が発表したことが冷静に「本当に証明された=実在となった」だけ、と述べておられますが…。



理論と実践はだいぶ違う



理論を提唱するのと、そのとおりにビジネスキャリーに載せるというのは大変な違いです。

企業における基礎開発と応用開発、その技術を使った新製品が世に出るまで、いくつもの段階や検証が必要になります。

すなわち、特に先端技術を駆使して新製品を送り出す研究開発型企業の場合、基礎研究の5年10年後に実際の商品が発売されますので、技術者にとっては既に10年以上その新技術については研究し尽くしていることがほとんどです。

したがって、消費者にとってはまったく新しい技術やトレンドであっても、良く調査すれば、何年後にそういった技術が世に出そうだということはわかります。

蝉(せみ)の幼虫や蛹(さなぎ)、蚕(かいこ)のように、地中に眠る新技術やノウハウをもつ企業をしっかりとした調査した上で、先買いする、そんな賢い投資判断をしたいものです。

調査ばかりで成果が出ずに、解雇されそうな筆者からは以上です。

(平成28年9月8日 木曜日)

2016年9月7日

東京オリンピックを控えて国土再構築の土木系ゼネコンに投資妙味があるか

コートの整地も土木系会社の仕事です


おはようございます。

2016年9月の記事です。

東日本大震災(2011年)や熊本地震(2016年)はゼネコンの競争環境も大きく変えています。

震災までのゼネコンの悩みは、高度経済成長期には稼ぎ頭だった土木部門、即ちトンネル掘りやダム工事、その他大規模建物の基盤工事、といった基礎部門を如何に合理化・リストラするか、というところでした。

青函トンネルで名を馳せた福井本店のゼネコン(熊谷組)は栄光のトンネル部門、黒部第四ダムで立山連峰をブルドーザーで超えた福岡創業のゼネコン(間組)は産業史に輝くダム工事部門であった土木基礎工事部門と、彼らは自らのアイデンティティーである日本の土木技術の象徴であったそれらの部門を泣く泣く縮小していきました。

2009年に成立した民主党政権による「コンクリートから人へ」の流れも受けて市場縮小が加速しました。

ゼネコン各社の経営企画部門からすれば、土木は全く事業計画が立てられない有様となっておりました。



東日本大震災で状況が一変



しかし、2011年の東日本大震災で状況は一変しました。

がれき処理や原発関係の事故対応に関連した大規模除染ができるのは土木屋のみです。

今までリストラの対象であった土木部門に久しぶりに光が当たったのです。

さてこの土木系ゼネコンに比して建築系ゼネコンは、復興需要の対象とは未だなっておらず、被災地に大量に人員や資材が流れた結果、その他の地域での受注工事におけるコスト高騰に見まわれ、逆に青息吐息の苦境に陥っています。

それまでは、土木はもう古い、建物の構造提案で勝負と建築系建設会社の鼻息も荒かったのですが、今や形成は逆転しています。

環境によって何が生きるか、一寸先はわからないのが経済の世界です。

古くて新しい土木系ゼネコンに投資妙味があるのかもしれません。

投資は失敗続きの筆者からは以上です。

(平成28年9月7日 水曜日)

2016年9月6日

勉強のやり方(私見:数学算数第一主義を標榜しています)

英語で数学物理統計のお勉強


おはようございます。

2016年9月の記事です。

小学校高学年から中学校、そして義務教育ではないですが高等学校において、どのように勉学と付き合うかというのは教育における永遠の課題だと思います。

この点について、仕事や業務効率化と同じく、とにかく時間をかけて根性入れてやるという精神論とは別に、どうしたらより同じ時間で効果が上がるのかを考えてみましたのでここに提示して、皆さんのご意見やご批判をいただきたいと思います。

美術や体育、音楽や技術家庭といった科目については、才能が左右する部分もあると思うのでここでは触れずに、いわゆる五教科(国語、数学(算数)、理科、社会、英語)について論じてみます。

この五教科の教科書や問題集を「まんべんなく」やっていくことは非常に非効率です。

なぜなら、日々本や漫画や雑誌を読んだり家族や友人と会話することから、「国語」の勉強は遍在的に常に行っているからです。

おそらく、ほとんどの小中高生において苦手意識マックスなのは数学(算数)でしょうから、時間をとって「今こそ学習の時間だ」という時間にはこの数学(算数)を主として勉強するということが大切だと思います。

数学に疲れたら、息抜きに他の科目をやる、というくらいでちょうど良いのです。



数学偏重主義を標榜する



これが、まず筆者の主張する「数学(算数)偏重学習」です。

数学の計算や文章題をうんうん解いていたら、息抜きに国語の小説やら漢字、理科の生物や化学など簡単に見えてきます。

社会の歴史や地理に至っては、漫画を読むような感覚でしょう。

英語…。

これは周囲に英語ネイティブスピーカーがいるような環境にある人以外は厳しいですが、やはりIT技術の進歩でいくらでも英語の音源をつけっぱなしにすることができるようになりました。

昔は高価なカセットテープを買ってきてしかできなかった英語学習が、オバマ大統領の演説だろうが基礎英語であろうが、簡単にスマホで聞ける時代なのです。

なので国語と同じく、いつも英語に触れているようにするという「状態」を作り出すことが肝要だと思います。

こうして、「数学」以外の学習時間は学習時間と認識させないくらいの環境を作り出せれば、そして本当に数学やるのが疲れた代替案として他の学習科目を取り組むようにすれば、自然と学習の成果はついてくるのではないかと思います。

それに、数学はある範囲が凄く得意になるという平行型学習科目ではなく、一次方程式が解けないと二次方程式が解けない、一次関数がわからないと二次関数はわからない、という極めて積み上げ型の科目であるので、なかなか目に見える学習成果が得られにくいという特徴があります。

しかも、この積み上げを怠ると、全くわからなくなってしまう、あとから「その部分だけ」を取り返すということが非常にしにくい科目なのです。

例えば社会(歴史)においては、江戸時代まで全く聞いていなくて徳川将軍誰も知りませんという状態であっても、明治時代からの近代社会の成り立ちや戦争の歴史、そして戦後社会から現代社会に続く社会問題や国際関係について池上さん並にやたら詳しくなることは全く可能です。

しかし、数学の世界において、九九の掛け算ができないところでいきなり微分・積分ができるようにはならないのです。

数学算数と同じように、高校物理についてもほぼ数学だと思われますので、広い意味では数学物理と定義したいと思います。

数学が苦手な方には、「文系転向」という手がありますが、いつでも数学を手放してそれができる一方、いったん「文系転向」してしまったら二度と「理系」には戻れないです。

それから社会に出ればかならず数学的数字的論理的な思考や説明が求められますので、この点からも数学は重要だと思います。

そういうわけで、五教科まんべんなく、ではなく数学に集中して学習時間を確保する、という戦略が重要だと考える次第です。

すぐさま保健体育に流れてしまいがちな筆者からは以上です。

(平成28年9月6日 火曜日)

2016年9月5日

日本の特撮・アニメ映画史を駆け足で語ってみたいと思います

天空の城…のモチーフの一つ、モンサンミシェル


おはようございます。

2016年9月の記事です。

2016年を代表する映画になることは間違いない映画シン・ゴジラの監督は庵野秀明という人で、この人はエヴァンゲリオンシリーズや昔NHKでやっていた「ふしぎの海のナディア」といった先鋭的なアニメ作品を手がけた日本のクールなポップカルチャー文化を代表するクリエイターです。

すでに大学生のときに自主映画でウルトラマンシリーズを手掛けるなど、その才能には目を見張るものがありました。

怪獣映画として戦後より起こった「ウルトラマン」や「ゴジラ」といった特撮映像技術を学び、そして駆使して、その後アニメの世界にも進出しました。

これとは別に、日本アニメーション界には、宮崎駿と高畑勲という天才らが集ったスタジオジブリという製作会社があります。

世界を滅ぼすような巨大な力を秘めた青く光る秘石とその正当なる後継者である女性(お姫様)という設定題材が、宮崎駿と庵野秀明に提示され、前者は「天空の城ラピュタ」、後者は「ふしぎの海のナディア」という作品に仕上がったのです。

さて、この日本のスタジオジブリというアニメの巨塔に、宮崎駿と高畑勲(代表作:火垂るの墓、おもひでぽろぽろ等)という二人の天才の後継者と目されたアニメーターがいました。


名前は近藤喜文さん



名前は近藤喜文(こんどうよしふみ)。

彼は高畑作品、宮崎作品双方に作画監督として参画しておりまさにアニメ画の品質を高く保つための心臓部を長く担ってきたのですが、その彼がついに監督デビューした作品が、1995年スタジオジブリにて上梓された「耳をすませば」という作品です。

大変透明感ありメッセージ性も高い名作でしたが、この映画公開より2年後、心労がたたったのか近藤監督は47歳という若さで急病に倒れそのまま逝去されたのです。 

ですので、「耳をすませば」が近藤監督の最初で最後の唯一の監督作品となってしまいました。

筆者も遠い昔、多感な頃に同映画を見て感動した者の一人ですが、まさかそれを手がけた監督がほどなく亡くなってしまったとはずいぶん後まで知らずに衝撃を受けたものです。

才能のある方々、どうかその命を削るような無理はなさらないでいただきたいと思います。

そうして我々のような凡人に、できるだけ長く、多くの素敵な作品を見せていただきたいと願います。

その映画、誰と見に行ったか、それは秘密の今でも多感な筆者からは以上です。

(平成28年9月5日 月曜日)

2016年9月4日

「こちら葛飾区亀有公園前派出所(通称こち亀)」40年連載200巻で終了




おはようございます。

2016年9月の記念すべき長寿漫画に関する記事です。

「こちら葛飾区亀有公園前派出所」という長寿漫画が、ついに記念の200巻目をもってフィナーレを迎えることになりました。

作者の秋本治(あきもとおさむ)氏は、1976年にこの漫画の連載を週刊少年ジャンプに始めてから、なんと一本もネームを落としたことがないという伝説的な人です。

この領域には、同じく週刊少年ジャンプで連載を開始し、今(2016年9月時点)でも連載シリーズが続いている「ジョジョの奇妙な冒険」の作者荒木飛呂彦氏くらいしかおられませんが、とにかく激務と極限までのプレッシャーを要求される漫画週刊誌において、40年もの長きの間、根強い支持を得て連載を続けてきたことは驚嘆の一言です。

淡々と努力する、そして非凡に至るという鏡のような方々です。

1976年より節目の40年、思えば主人公の両津勘吉巡査長はあらゆる日常の一コマに登場し、そして神様やロボット、美女に下町に少年時代とありとあらゆる場面で大活躍してきました。



筆者の人生にまさに重なるこち亀



筆者も、この漫画とほぼ時を同じくして生きて過ごしてきましたので、4年に1度オリンピックの時に登場する日暮巡査といったレアキャラや、いつもの定番キャラなど、実に多彩な漫画の世界を見せてくれました。

一つの時代が終わったと感じた瞬間でした。

1976年と言いますと昭和52年、そこから昭和63年まで12年、そして平成はなんと28年間も続けて足かけ40年を旅した壮大な旅となります。

ページ数にすると実に3万ページ強。

連載途中に、本物のほうの「派出所」の呼称が警察庁によって廃止されて「交番」が正式名称となってからも同じ「派出所」のタイトルで連載が続きました。

こんな漫画は今後出ないかもしれません。

最終話に期待しましょう。

実は親が警察官だったという漫画ばっかり読んでいる筆者からは以上です。

(平成28年9月4日 日曜日)

2016年9月3日

エスカレーターはもう歩かずに両側詰めて立って利用する時代になった




おはようございます。

2016年9月の記事です。

思えば、エスカレーターって、どうして片側半分しか使っていないのでしょうか。

その昔より、片側を空けておいて、急いで登ろうとする人や降りようとする人を優先するべきだということで、東京は右手をあけ、大阪は左側をあけるという「文化」が根付いてきました。

福岡は、関西西日本のくせに江戸様式を採用して右側を空けているようです。

しかしながら、たとえば東京山手線の駅などで、明らかにエスカレーターの処理能力ぎりぎりまで人が詰まっているのに、片側だけしか使わないのはナンセンスです。

右側(東京の場合)を空けていたとしても、そのエスカレーターののり口で大量の人が詰まった状態では、エスカレーターにたどり着くまでに長い時間がかかり、乗る際に右側を駆け上って短縮できる時間の実に数十倍のリードタイムがかかっているのではないか、となんとなく思っておりました。

それに、筆者は設備管理会社、いわゆるビルメンテナンスの会社にも勤務しておりますが、エレベーターやエスカレーターが作動している時に、その上の人間は原則「静止」しているのが前提で、たとえばエレベーターに乗っている人が飛んだり跳ねたりすると困りますのと同様に、エスカレーターもそもそも駆け上がることを想定して作っているわけではないのです。



真に急ぎたいなら階段を使うべき



真に急ぎたければ階段を使う方が合理的なのではないでしょうか。

そんな中、日本の各自治体も、エスカレーターは両側に詰めて乗り込んで、全体の待機時間を削減しましょうという動きになっているようです。

…と書いていたら、筆者の地元の自治体では、すでに、エスカレーター「みんなで手すりにつかまろう」キャンペーンを他の地域の鉄道事業者や地方自治体等と一緒に実施していました。

エスカレーターは歩くと危険です!

右側に立つのはマナー違反ではありません。

むしろ歩くのがマナー違反、走るのはもっての外、とのことです。

よく考えたら気づくことを、大して考えずに踏襲している、このような例は他にもきっとあることでしょう。

解決すべき課題がある、というのはなかなか楽しみなことなのかもしれません。

いろいろ書きましたが、やはり階段派の筆者からは以上です。

(平成28年9月3日 土曜日)

2016年9月2日

2016年時点で配偶者控除制度が廃止になるという論調があることについて

ホワイトハウス


おはようございます。

2016年8月の記事です。

配偶者控除とは、現在(2016年9月)においては事実上、一方配偶者である妻(夫の場合もわずかだがあり)が仕事をしなくても良いくらいに稼ぐもう一方の配偶者たる夫(妻の場合もわずかだがあり)を税制面で優遇してあげようという、夫婦の片方が働かなくても食べていけるくらいリッチで小金持ちな勤め人や自営業者を優遇しちゃおうという制度です。

この制度がなぜ長らく続いたのは疑問ですが、専業主夫もしくは専業主婦を養うという経済的負担を和らげるという「余計な」制度であるという評価が最近になって主流になりつつあるようです。

また、働いていない(収入のない)一方配偶者が働き始め収入を得た場合、年収103万円を超えたところからこのもう一方配偶者の配偶者控除枠が縮減され、年収141万円になったところで控除は打ち止めになるというのも、一方配偶者の就業意識を著しくディスもチベートする悪法ではないかとようやくいわれるようになりました。

これとは別に、一方配偶者の年収が130万円を超えるところで、所得税とはまた別の社会保険料(年金と健康保険)が独立してかかるという「問題」も生じております。

つまり、年収130万円以上の配偶者は、もはや社会保険上の扶養者とは言えないという行政の解釈です。

配偶者控除は1961(昭和36)年に導入されました。



共働き世帯の方が普通になった



国の統計によりますと、1980(昭和55)年に1,114万世帯だった一方専業配偶者世帯は、2015(平成27)年に687万世帯まで減少している一方、共働き世帯は1997(平成9)年に一方専業配偶者世帯を超え、2015(平成27)年には1,114万世帯に増加しております。

すでに、共働き世帯、すなわち能力とやる気と時間と事情の許す限りは社会に何らかの形で出て働くということが普通という時代において、リッチな夫(妻)の一方を優遇するという制度は確かに時代遅れとなりましょう。

政府としては、この控除枠の廃止により、増税ができると皮算用しているようで当然反発も予想されますが、上記の通り存続の合理的説明が難しいこと、また負担可能な世帯への増税ということでこのまま議会で議論が進みそうな感じです。

かように国民負担は見込み通り増してきておりますので、議員定数削減の方も是非よろしくお願いしたいと考えております筆者からは以上です。

(平成28年9月2日 金曜日)

2016年9月1日

おサイフケータイ機能に似たものがついにiPhoneにも搭載されるのか




おはようございます。

2016年9月の記事です。

筆者は2007年にスマホのiPhone4というアップルの端末が出た時から、ずっとスマホデバイスはアップルのiPhoneシリーズを使っていますので(2016年8月現在はiPhone6、2世代前)、それまで使っていたドコモのガラケーの便利搭載機能「おサイフケータイ」から離れてざっと10年が経過しつつあります。

このたび、iPhoneシリーズの新作「iPhone7」において、いよいよ日本の規格であるおサイフケータイ機能に対応するという噂が出ており、期待に胸が膨らんでおります。

おサイフケータイを失ってからしばらくは、いちいち電子マネーのカードをかざしたり、クレジットカードを取り出したりするのがおっくうでした。

そのうちに慣れてきて、今ではコンビニや地下鉄、私鉄やバスに乗る際にも、その用途に最も適したICカードやクレジットカードを瞬時に名刺入れから選択してかざす技を身につけましたが、やはり資金決済がいつも持っている携帯デバイスでできるようになるというのは非常に楽です。

現在の私のiPhone6では、唯一スターバックスのアプリを作動させ、別途購入したスターバックスカードの残高情報をアプリに連動させ、アプリの支払い画面を起動させてそこに出てくるバーコードをお店のバーコードリーダー(赤いピッピッとするやつ)にかざすことでスマホオンリーで資金決済が完了するという仕組みはありますが、これよりスマートな一瞬決済の仕組みが、あらゆる用途に広がることが期待されるのです。



一つのスマホに全ての情報を乗っけることのリスクはある



もちろん、これまで以上にひとつのスマホに様々な情報に加えて残高情報まで乗っけるということですので、紛失や破壊、盗難といったリスクは高まります。

その上で、そうした意識をもって使うようにすれば、これほど便利な世の中になることはないとすら思っています。

もはや、買い物はレジでレジ係がバーコードリーダーで一括して精算するものではなくなってきています。

大手のGMSやイケアといった大型家具販売店は、「セルフレジ」と称してバーコードの読み取りを客自身にさせることによりレジ待機時間の削減を実現しています。

おサイフケータイがiPhoneシリーズまで進出することで、レジ待機時間の削減や売り上げの向上も大いに期待できると思います。

チャージする、お金が実は不足気味(俳句調)の筆者からは以上です。

(平成28年9月1日)