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2017年3月31日

二大政党制を指向した政治制度改革に潜んでいた盲点について述べます




わが国が二大政党制を目的として小選挙区制度に大きくかじを切ったのが1996年でした。

以降何度か総選挙を経て、実際の政権与党が交代する事象も起こりました。

制度が政治形態を形作るという例になったわけですが、これは、国民全体で抱えなければならない議員および議員予備軍を増やす結果になったことについてはあまり論じられていません。

これはどういうことでしょうか。



事実上の政権交代というものはなかった


わかりやすく説明しますと、これまでの自由民主党一党支配の構造では、選挙での政権交代は起こりませんでした。

勢い自民党で多選する議員が多くなり、選挙区との結びつき(地盤と言います)も強固になり、この代議士が政界を引退しなければほぼ自動的に当該候補者が議席を保ち続けることになります。

議員すなわち選挙区の有権者の願いである出世とは、例えば5回当選を目処に与えられてきた閣僚(国務大臣)のポストや党の重職(国会対策委員長とか)であり、それ以上当選回数を重ねて10回が見えた頃には、総裁や幹事長、自動的に総裁ならば首相という地位が見えていたわけです。

これが自民党内部の出世階段であり、自民党の国会議員内で行われた競争でした。


しかし、今日は政権交代の可能性がある二大政党制が制度として(選挙方式により)選択されています。

2012年末まで政権党であった民主党にも同等の「議員先生」方がいらっしゃいましたが、その多くは先の総選挙で落選されました。

入れ替わった形の自民党では組閣がなされていきますが、落選した彼らは捲土重来を目指して選挙区での政治活動(辻立ち)に精を出して次の選挙で返り咲きを目指します。

そうすることで、同じ小選挙区内で2つの大きな政党の候補予定者が並び立つ(どちらかが議員)ことになり、単純計算で国民の政治家育成維持に関するコストも倍になったということなのです。


先生方は、議員バッジをつけておろうがなかろうが同じように政治の世界に没頭しますので外部経済生産性は残念ながらゼロです。


よく考えれば日本くらいの国家規模ならば、自民党なら自民党を政権与党にしておいて、その内部の路線対立で政治を動かしていた少し昔の政治体系のほうが、実は国家運営のコストとしてはローコストではなかったのかと考えられるのです。

政治は、コストのみで図れるものではありませんが、議員1名維持にかかる国民コストを考えたときそう思わずにはいられません。


そのように考えて二大政党制を指向したのか否か、それは筆者にもよくわかりません。

なかなか理想の政治制度の構築には程遠いものだと思います。

選挙マニアの筆者からは以上です。

(平成29年3月31日)