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2017年4月30日

人々の時間を取り込むビジネスが世界を制覇しつつあるというお話です



2017年4月最後の記事を投げ込みます。

ビジネスの国境はますます低くなり、世界的な企業が世界中のそこかしこでビジネスを展開する世の中になりました。

つまり、消費者の行動にもっとも寄り添っているビジネスがますます強くなっているということかもしれません。

アップル、グーグル、マイクロソフト、アマゾン、フェイスブック

いち消費者である筆者も振り返ってみますと、この5社が提供するサービスなり製品を手に取ったり使ったり目にしたりすることがない毎日です。

そもそもこのブログ記事はMACのコンピュータで打ち込んでいますし、テザリングはiPhoneシリーズ、フェイスブックのメッセージで同僚や知り合いとやり取りをしながらワードファイルを開いたり閉じたりしながらgmailを使います。

子供会のドッチボールのチームのコーチをすることになりましたので、体育館用シューズが必要となったので、その合間にアマゾンでポチってしまいました。

翌日には届くようで驚きです。

この5社の時価総額は、2017年4月時点で全て40兆円を軽く超えており文字通り世界5強です。

実はこの中にウォーレン・バフェットという世界最強の投資爺ちゃんが率いるバークシャー・ハサウェイという投資会社も入っているのですが、この会社は「会社に投資する会社」であり最終ビジネスを行なっているわけではなく、またこの会社自体も上記5社の大株主でもあるということから、事実上この5社が世界のビジネス界におけるビッグファイブといって過言ではないでしょう。


レガシー大企業は6位以下


6位にだいぶ離されて、世界最大の石油会社であるエクソン・モービルが続きます。

もともと超大企業だったエクソンとモービルの同業が、独占禁止法の批判を受けながらも実現した超大型合併をもってしても、ただの同窓会掲示サイトとして始まったフェイスブックに時価総額でかなわないという、ここに冷徹な事実があると思います。

少し前、重厚長大から軽薄短小にビジネス世界はシフトするなどと言われました。

今や、もっとも手軽に消費者や利用者を囲い込んでいる会社が、超上流の重厚産業を支配できる力を持つ時代になりました。

アマゾンは世界でもっとも配送会社に優位なレートで運ばせる能力を持っているにもかかわらず、自前で配送部門を保有しようとしておりますし、グーグルも携帯端末会社へのソフトやOS提供にとどまらず自社の製造部門や自動運転車の製造ラインも持とうとしているようです。

そのうち、フェイスブックの人工知能によって選別されたメンバー間でのオフ会の招待がフェイスブックからもたらされるようになるのかもしれません。

ますます、世界の進化は加速するのでしょうか。

日々我々が活動する結果が、このような結果を招いているという事実に改めて気付かされます。

今後も、こうした大きな流れをウオッチしていきたいと思います。

こちらからは以上です。

(平成29年4月30日 日曜日)

2017年4月29日

本当の地域の再活性化につながる観光の方向性について真面目に考えた



2017年4月の記事です。

田舎は便利です。

暮らすために多くのものが必要ありません。

それなのに人が減るのはなぜでしょうか。

昨今、地方再生のためにさまざまな取り組みがなされています。

その中でもっともうまくいっているように感じているのは、観光でお金を落としてもらおうという発想を超えた、交流観光といった考え方ではないかと思い始めています。

つまり、完全に土着することが住まうことだとすれば、数週間から数ヶ月その地にとどまってなんらか活動する(別に何もしなくてもいるだけでよい)というレベルから、日帰りで来て何かする、というレベルに応じた交流があり、そしてそうした人の流れが活発にあることが街の再生につながるのではないかというような考え方です。

完全に土着する、もしくは数ヶ月以上(長いものでは数年から十年以上)その地にとまるためには、書生や観光だけでは不可能です。

なんらか職を得て、もしくは事業としてなんらかを始めてそこに住み着く、コミュニティの一員となることが必要で、それが求められていることなのです。


田舎の活性化の実例としてこんな感じのものがあります


商店街に会社のオフィスや事務所を誘致する、仕事は遠隔地でも進められる、中央との会議はスカイプでやる、その軒先で小売店をやる、スペース自体を貸し出す、通勤中で商店街の軒先で朝食をとる、といった地道な取り組みで、中心市街地を再活性化させた地方の5万人都市の話や、自噴する地下水を無料にして住人を呼び込み、この天然水でアトピー改善ができて生活クオリティが上がった、毎日美味しいコーヒーが飲めるといった声も聞かれます。

いろいろとやりようはあるわけです。

人口減少社会の根本的解決としては、とにかく出生率の劇的向上を政策課題の第一にもってくるべきで、近頃急速に働き方に関する意識が変わって来ているとは思いますが、まだまだ不十分です。

商業観光として荷物を多く持って疲れてつくりものの観光をするという行動に、大抵の国民は疲れてしまったのではないでしょうか。

そして、海外の方々が少し遅れて来た一時的な爆買いブームが去りつつある今、長期滞在短期滞在日帰りにかかわらず、何か気持ちの良い交流や自己実現ができる場づくりをするというのは、東京のど真ん中であろうと田舎の限界集落であっても変わらないと思うのです。

実は限界集落のほうが、モバイルのネット環境は良質でインターネットもサクサク繋がります。

田舎の道のほうが空いているのと同じく、IOT環境も実は使い放題なのです。

都会のスタバにこもって肘を狭めつつコーヒーをこぼしてしまいそうになりながら繋がりにくいテザリングで文章を書くより、広い田舎の川べりで思い切り叩き込むほうが、よい記事が書けるかもしれません。

カネより先に楽しむことができれば、経済はもっと回転すると思っております筆者からは以上です。

(平成29年4月29日 土曜日)

2017年4月28日

やらない理由を探すより解決すべき課題と捉え取りくむ方が面白いはず







2017年4月の気合い入った放談をいたします。

慎重で準備を重ねることは大切ですが、それは近く本番に臨むという前提あってのことです。

迅速に動いて、たくさんのことをするというのが組織や個人において大切です。

準備や慎重さは、迅速に動くためのふるまいや態度であるべきで、それ自体が目的化されてはいけません。

つまり、迅速に動くということは多くの失敗も内包しています。

しかしながら、慎重で何もしないというのは、全く進歩しないことのみならず、貴重な機会を失いつづけるという意味で罪悪ですらあります。

成功の反対は、失敗ではありません。

やったことの結果が返ってきて、好ましいものを成功、好ましくないものを失敗といいますが、それは主観的に決定されることでしてやったことの結果がわかるという意味では同値なのです。

つまり、失敗ではなく、(主観的に)うまくいかなかったことがわかったというのが評価としては正しいわけです。

そして、試行錯誤で繰り返されなければ、行動を起こした結果起きるべき事象を「成功」と認定できる機会も限られることになります。

ある一定の割合で成功が紛れていることがありますが、この確率をあげようと事前の準備や調査、練習ばかりに没頭して本番の肝心の行動に移さないということが日本社会ではよく起こります。

水に入らないと泳ぎ方はわからないのに、クロールや平泳ぎの形を陸上でなぞりつづける、といった間違ったアプローチがそこかしこで見られます。

イチロー選手になってから打席に立とうとしても無理です。

イチロー選手はまず打席に立って三振や凡打をより多く経験したからこそ、あれだけの安打数の金字塔を打ち立てたわけです。

失敗と成功は表裏一体なのです。

4,000本ヒットを打つということは、8,000打席は凡打かフォアボールであったわけで、その失敗の多さたるやそのレベルも常人には及びもつきません。

まずやりたいことを明確にする、そしてやってみようと考えてトライする。

その結果、うまくいくこともあればそうでないこともあります。

しかし、うまくいく場合もうまくいかない場合も等しく経験として人は成長します。


やらない理由探しは虚しい


このときに、やらない理由や言い訳を考えてやらない場合、やらないことの正当化のため、いくらでも言い訳を考え付きます。

時にはやっている人の足を引っ張るような真似もしてしまいます。

やらないくせに、やらないことの言い訳で弁が立つということにならないようにしたいと思います。

そして、できない理由を教えてくれる人は完全に、100%できないので、教えられた方も間違いなくできない人になれます。

できない理由には近寄らないことです。

人間、少しばかり長い時間、例えばそうですね、150年くらい経てば皆長期的にはきれいさっぱり死んでいるのですから、できないことを考えるのは損でもあります。

何もしない理由を探していろいろ考えるというのは、よく考えれば矛盾しています。

やらないのですから、考える必要もないわけです。

成功の反対は、何もしないことであるということは昔からいろいろの人から言われてきました。

例えば、最上は行って成功すること、次善は行って失敗すること、普通なのは行わず黙っていること、最悪は行わず他者の批判ばかりすること、というような感じです。


本番あっての練習


練習は確かに大切です。

しかしながら、目的である試合や本番といった設定に向かった練習であることが必要であるわけです。

「本番」や「実際にやってみること」のことです。

たとえば、ブログやりたいのですがどんな準備をしておけばいいのですかというような質問をいただくとします。

準備は行わず、すぐ書いてください。

それが筆者からの回答となります。

準備不足が原因で失敗に終わるケースより、そもそも貴重な時間を浪費し、本番に臨む機会を失うことの損失がはるかに大きいのです。

いちはやく勝負、挑戦すべきなのです。

スクールウォーズで有名な高校ラグビー優勝常連校になった伏見工業高校に赴任し、不良生徒たちを一人一人口説いてラグビーチームを作った山口良治先生は、近くの強豪校に練習試合を頭を下げて組んでもらいました。

それなのに、部員たちは教師への反発から試合をボイコットしてしまうのです。

そうして迎えた1975年の京都府春季総合体育大会の対花園高等学校戦で112対0という、記録的な大敗を喫します。

その試合のあと、選手の一人が絞り出して崩れ落ちた「俺は悔しい!」という叫び声が、このラグビー部の栄光の始まりだったのです。

翌年1976年の、春の京都府大会の決勝戦でついに花園高等学校に18対12で勝利し、雪辱を晴らします。

その4年後、後輩たちは1980年第60回の全国高校ラグビー大会で、初優勝します。

無名の公立高校の全国制覇です。

つまり、有り体に申し上げますと、さっさとやってとっとと失敗せよ、ということになりましょう。

練習や準備が、本番を怖がり避ける体の良い言い訳につかわれないように、いち早く挑戦する、トライすることの有用性を強く心にとめておく必要があるのでしょう。

日本人は丁寧できちんとしているので、店を開いたり起業したりする時に完璧に準備した「気」にならないと実行に移さない人が多いのかもしれません。

しかしながら、準備したというのはあくまで気分の問題であり、何も準備していないんだから本番に臨んではダメだと思い込むのは間違っているということです。

筆者を含めまして、失敗する者はどうやっても失敗するので、さっさと初めてとっとと失敗して、その中で改善なり別のアプローチなどを進めていけば良いと思うのです。

ということで失敗ではなくうまくいかないブログを試しているだけの筆者からは以上です。

(平成29年4月28日 金曜日)

2017年4月27日

型を破るためにはまず型を必死に身につけなければならないということ


2017年4月の型破りな記事です。

型をしっかり覚えた後に、型破りになれる。

と、伝説的な歌舞伎役者でありました5代目中村勘九郎(18代目中村勘三郎、平成24年12月没)の言葉だそうです。

型というのは競技の型、事業の型、歌舞伎の型にブログの型と、基本の形があるものです。

基礎基本の上に、応用があります。

基本ができてないところに応用を追い求めても、中身が伴わず倒れてしまいます。

基礎がしっかりできていないと、応用問題は解けません。

ですから、基本となる型をまずは必死で身につけなければならないのです。


その上で応用する


基本がある程度できてきたら、その上の応用を考えていきましょう。

応用は、あなたをユニークにするために必要でありますし、それより前に誰も遭遇したことのない不測の事態に対応しなければならない場面が必ずやってくるからです。

基本の上に、将来の不測の事態やユニークな事象が起こった場合に対応できる力が応用力です。

応用力があれば展開力が増し、そうして将来の不明確な環境にあっても、ドンと構えて動じず見事に対処する胆力が付いてきます。

それが、芸に秀でるということなのです。

組織においても、基礎基本である、業務要領やマニュアルは大変重要です。

それこそが会社のノウハウそのものだと思います。

まずは、こうした先人の知恵の結晶である業務マニュアルを徹底的に読み込み叩き込むことから始めたいと思います。

その上で、将来起こりうる不測の事態に対応できる力をつけていけば良いのです。

そうすればあなたは組織に欠くべからざる人物として、名誉ある地位と待遇に恵まれると思います。

基本を反復ししっかり身につけ、そして型破り応用を加え、そうした年輪を絶え間なく重ねていく人こそ、まさに組織の核として活躍するのです。

とにかくそんな感じで頭の中だけは絶好調の筆者からは以上です。

(平成29年4月27日 木曜日)

2017年4月26日

宿泊コテージよりもコンテナホテルにシフトするかリゾートの過ごし方




2017年4月の記事です。

硫黄島からの手紙、の硫黄島ではなくて、同じ読みでも長崎県長崎市にある伊王島の話です。

伊王島には伊王島町が経営していた観光施設「やすらぎ伊王島」というリゾート宿泊施設がありますが、このたび、この伊王島施設の土地建物を長崎市から取得した観光ホテル運営のカトープレジャーグループ(大阪市)が、コンテナホテル構想を発表しました。

これまでのリゾート宿泊施設は、だいたい大きな駐車場が併設されていて、コテージやホテルに宿泊する観光客や長期滞在型のリゾート客は、自分の車から荷物を出して、駐車場からフロントまで歩き、フロントで自らのチェックインや入館手続き、部屋の説明から部屋のキーその他のグッズを受け取り、また長いこと歩いて目的のコテージまで荷物を運んで、そして入館しておりました。

そこを思い切りショートカットしまして、今回の同社が提案したコンテナホテルについていえば、取得した宿泊施設を改装もしくは改修、加えて新設し、部屋数を一気に既存の100室から200室弱に増やすということです。

また加えて人気の温泉家族風呂についても、現行の10室から倍増し20室にします。


部屋の目の前まで自家用車を横付けできるコンテナホテル


これにより、運営人数の増加を抑えるため、ホテルのチェックインといったフロント機能をほぼ廃止し、アプリやネットを使った施錠や精算機能を導入、そして各コンテナホテルごとに駐車スペースを確保し、まさにホテルを戸建ての別荘のように目の前に車を横付けする形で利用できるようにするというものです。

これで、旅行というと家族づれでは荷物をまとめるのだけでげんなりしてしまう子持ちのファミリー層の親世代にも、ひとつ行ってみようかという興味を持ってもらえるかもしれません。

このホテル改装増築にかける費用は同社によりますと約30億円とのことです。

従業員も現行の200人から260人程度と増員し、また同社が引き続き指定管理制度による管理をつづける伊王島の他の観光施設である伊王島灯台や海水浴場などとの連携やイベントを強化し、日帰りを含めた年間利用者を現在の15万人から30万人に倍増させようとする意欲的な計画です。

確かに海外のリゾートアイランドもよいですが、伊王島といった長崎市内中心部からわずか30分程度で到着できる近郊リゾートアイランドの価値も、もっと見直されてもよいと思います。

本家は同じく九州のバリ島と呼ばれる(筆者のみかもしれませんが)天草上島であります筆者からは以上です。

(2017年4月26日 水曜日)

2017年4月25日

マンション敷地の重複使用で既存マンションが建築基準法上違法建築に




2017年4月の記事です。

マンション分譲の話で非常に問題となる事案が発生しましたのでレポートしたいと思います。

総論としては、敷地を分割したために、既存マンション建物に充てるべき敷地面積が小さくなり、所定の建築基準法令上求められている建蔽率や容積率を満たさなくなる可能性があります。

このような場合、新しく分割などされて新しい建築物に関して建築確認申請が強行された場合、新しい建物のみについてみれば、規制に適合している限り建築確認がおりることになってしまっているわけです。

もちろん、建築基準法の目的からすれば既存建物である分譲マンションが一気に違法建築物になってしまうわけで、このような全体として矛盾する結果となる状況を積極的に作り出すことを法令は建築主事に求めているわけではありませんで、このような事態を回避するために、建築主事は申請者に対して計画の変更等を指導することが望ましいとされてはいます。

しかしながら、それも全て知った上で建築確認が強行されてしまえば、建築部分についてあくまで判断する建築主事としては逆らうことができないのです。


敷地の重複使用(二重使用)となってしまう


建築基準法は敷地に建てられる建物の延べ床面積(容積率)の上限を規定しています。
こうして、既存マンションのほうが建築確認の際に申請した敷地内に新たに住宅が建つことによって、土地の「二重使用」状態が生じ、そしてなんともともとあったマンションの方が容積率規制を満たさない違法建築に追いやられてしまうということなのです。

具体的に報道された事案をなぞりますと、東京都杉並区において、昭和46年建築の11階建ての分譲マンションとして、マンションの底地と周辺の土地合計約3千平方メートルを敷地として建築確認を申請し、確認を受けたとあります。

そして、マンションの分譲を受けたマンションの区分所有者は、底地の約1,700平方メートルについて所有者と借地契約を締結し、残る約1,300平方メートルはマンション駐車場として利用されていたという状況です。

ここに、平穏無事に時が経過すればよかったのですが、平成25年になり事態が急変します。

敷地全体の所有権を、不動産業者A社(東京都目黒区)が競売で取得したのです。

その後、フロンティア側から駐車場部分を購入した不動産業者B社(埼玉県所沢市)が住宅6棟の新築を計画し、建築確認を申請するという事態に至ります。

杉並区は、平成26年1月に、マンションの管理組合とA社に対し、住宅建築の場合には、既存マンションが違法建築になるとして、駐車場部分を分譲マンションの管理組合に売却するか賃貸借契約などを結ぶように文書で行政指導しました。

そして、杉並区の指定確認検査機関にも建築確認証の交付留保を指示しました。

しかしながら、A社はなんとB社との売買契約を合意解除の上、駐車場部分のみの所有権をB社のグループ会社に移転した上で、さらにそのグループ会社という第三者からB社が購入するという形を経由し、再びB社として建築確認を申請してきたのです。

そして、杉並区も前の前の所有者への行政指導は空振りする形で、建築確認を認めざるをえなくなった、ということのようです。

マンションの区分所有者としては、行政指導をくぐり抜け、先に住む住環境を侵害したということで提訴し、その判決が後日出るという状況です。

もともとの法令の不備に起因するこうした問題について、そもそも借地上の建物という権利が弱いものを分譲で手に入れたということもあるでしょうが、こうした付け入る隙を与えているところも問題だと思います。

すっきり、建築法令の改正を行い、このようなセキュリティホールを塞ぐ方向で動くべきだと考えます。

たまには真面目な提言もいたします筆者からは以上です。

(2017年4月25日 火曜日)

2017年4月24日

(速報)2017年4月フランス大統領選挙(第1回目投票)結果分析



2017年4月の速報です。

注目されておりました2017年フランス大統領選挙の第1回目の投票で、中道で無所属のマクロン前経済相と極右のルペン国民戦線党首の決選投票への進出が確実になったということです。

フランスの公共放送である「フランス2」が報じました。

選挙管理を行うフランス内務省の85%開票段階の暫定集計でもマクロン前経済相が23%程度、ルペン国民戦線党首は22%程度の得票を確保し、首位を並んでいるということです。

これまでの、英国のブレグジット支持や米国トランプ大統領選出で、ずいぶん信頼感が落ちたいわゆる既存の世論調査ですが、このフランス大統領選挙においては、第1回目の投票においてマクロン前経済相とルペン国民戦線党首が決選投票へ進出する本命とされてきましたので、この点では予想通りということになります。

しかしながら、この第1回目の投票において、この2候補者と支持率が僅差であったフィヨン元首相とメランション氏を含めた四つ巴ともいうべき選挙戦で、この4氏のそれぞれの戦い方と相互作用によっては、この2候補者が勝利せず次の決選投票に進めないのではないかという懸念も強くあり、特に金融市場ではそうしたリスク回避の動きで円高に振れたり神経質な展開でした。


決選投票は2017年5月7日(日)です


第1回目の投票での上位2名による決選投票は5月7日に行われます。

ここでの「予想」に即すれば、これまでの世論調査の結果を合わせれば、ルペン候補以外を支持した有権者が消去法的にマクロン候補を選択する可能性が高いと言われております。

もちろん、隠れルペン支持といった層もあると思いますが、ここから全包囲されている感のあるルペン候補が決選投票を勝ち抜くのはなかなか厳しいかもしれません。

事実、第1回投票で敗北した、四つ巴のうちの2候補者であるフィヨン元首相とアモン前教育相は敗北宣言を行い、そこで明確にルペン国民戦線党首の当選を回避するためにマクロン前経済相を支持すると表明しました。


そもそもこの2者の主張の対立軸は何か


さて改めて振り返り、この決戦投票へ向かうと2人の候補者の主張を述べておきます。

きわめて筆者の理解として単純に申し上げますと、

マクロン前経済相は 親EU、EUの中のフランス、歳出削減、成長重視、親移民
ルペン国民戦線党首は 反EU、フランス第一主義、歳出拡大、保護主義、反移民

となります。

ここで、改めて教科書的に申し上げますと、既存の社会でよいものとされてきた枠組みであるEUや通貨であるユーロの信任という意味では、マクロン候補の方が望ましく、世界の投資市場や通貨市場もそれを求めている感があります。

しかし、人々の本音は別のところにあり、建前をぶっとばし本音で行動した結果がブレグジットでありトランプ当選であったことを考えますと、そうとばかりは言っていられません。

世界は想像以上に面白いものです。

選挙大好きな筆者の素人分析は以上です。

(平成29年4月24日 月曜日)

2017年4月23日

一票の格差軽減のための衆議院選挙区の区割り変更案が答申されました




おはようございます。

2017年4月、どんどん日が長くそして暑くなってきておりますがみなさんいかがお過ごしでしょうか。

さて今回は選挙は統治機構の根幹であり選挙マニアを自任しております筆者より、ついに総務省より提示された衆議院議員選挙のための選挙区の区割り変更案についてです。

今回は、2015年に実施された国政選挙の結果のみならず、そこから5年後の、現時点では将来時点であるところの2020年(2回目の東京オリンピックの年です)における将来人口予測を踏まえて、いわゆる一票の格差が2倍以内に収まるように、各都道府県の市町村のさらに町まで細かく調整するという、非常に難度の高い技を駆使しまして、格差を1対1.999倍まで「縮小」することに成功しました。

現行の選挙区区割り制度をできるだけ変えたくない現在の国会議員(衆議院議員)と選挙管理を担う総務省により、法律で要求している2倍以内をギリギリ達成した今回の案ですが、それでも選挙区を減らされた県などからは批判が起こることになっております。


今回の区割りによって選挙区数が減らされた県


たとえば岩手県は3区に減って一つの選挙区が四国並みに広くなってます。

九州でも熊本県と鹿児島県は選挙区が一つずつ減りました。

ちなみに日本地図をご覧になればわかるのですが、岩手県は四国4県の広さに匹敵すると言われていますが、今回統合された岩手県新第2区はなんと岩手県の半分以上が一つの選挙区となるというわけです。

1票の格差という考え方ですが、これではますます広い県土にその地域性をわかった国会議員は減る一方ということになる、というのが田舎側からの批判です。

人口が少ないから国会議員も減らせば良い。

各選挙区の有権者の数を均等にすれば良い。

職業選択及び移転の自由を憲法は人権として保障しておりますが、これでは地方は衰退するばかりです。

人口が減っても県土の面積は当然にそのままであり、そうした打ち捨てられた県土を減らして有効活用していきましょう、というのが政治の大切な機能の一つであるという主張です。

人口比例ですから、126万人いる岩手県には衆議院選挙区は3つ、一方1,363万人いる東京は25の選挙区があります。

ちなみに最も有権者数が少ないと見られる鳥取県は、人口57万人で2選挙区です。

1県1選挙区という県はまだないですが、いよいよ鳥取県の人口減少が待った無しとなり、早晩1県1選挙区という県も現れると見ています。


先回りで将来の望ましい人口配置に沿った区割りとするという解決策


筆者は、東京に25の選挙区から選出されるそれほどの数の国会議員が本当に必要かという議論は一旦横に置き、より将来の好ましい国民の人口分布に即した区割りにするという案ではどうかという考えを持っております。

すなわち、過疎の地方を担う国民の移住なり再配置を促すために、地方の選挙区を厚く配分するというものです。

同じような事例は、甲子園を目指す高校球児の分布にもよく表れています。

野球が盛んで野球少年を多く輩出する関西圏の中学生たちは、まずは(2017年現時点では)大阪桐蔭や履正社といった超一流高校への進学を目指します(昭和時代ならば間違いなくPL学園でしたでしょうが)。

そこに入り腕に覚えがあれば、レビュラーとなり甲子園出場の可能性が非常に高まるからです。

そのセレクションに漏れた人間は、次に大阪を出て全国の強豪校に集まります。

例えば最近力をつけてきた熊本の秀岳館という高校は、そのレギュラーの出身地が大阪ばかりです。

大阪弁を喋る高校球児が肥後くまもと郷土の代表か、という問題意識は棚上げいたしまして、このように、高校野球に出場するという目的のため、人は民族移動を行います。

そして、中学時点では2軍だった彼ら都落ち組が、リターンマッチで甲子園で合間見え、そして勝利するといったこともままあるわけです。

これは、立派な中央から地方への人の流れであり、衆議院議員選挙区の区割りについても、このような技を駆使すれば、増員された選挙区において、地方に中央からの落下傘候補と地元弁士との壮絶な選挙戦といった手に汗握る場面と健全な競争が起こるかもしれません。

良い意味でも悪い意味でも、小選挙区での地方選挙区での勝利は十中八九保守系で決まってしまうという側面があるところ、こうして将来の人口増加を「期待」した人員配置を行うことで、むしろ現時点においての1票の差を認容するという政策もあるかもしれないのです。

本当に1票の格差というものが何よりも問題であれば、全国を1選挙区として、全国で選挙活動を行い、1位から400位くらいまでを順に当選させれば良いのです。

これですと、全国で1選挙区ですから格差の出ようがありません。

みんな、1票は等しく1票です。

しかし、これでは全国的に名前だけが知られたタレントばかりが得票を伸ばすことは間違いないでしょう。

ますます地方の実情というものは国会に届きにくくなります。

いろいろ考えておりますと筆が止まらなくなりますので今回はこのくらいといたします。

永遠の新人候補の筆者からは以上です。

(平成29年4月23日 日曜日)

2017年4月22日

配当貴族銘柄へ配当部分も再投資し大きな利益を長期的に狙う投資戦略



2017年4月の記事です。

最近の株式投資市場において、配当貴族指数というのが最近注目されています。

世界的な成長余力が限られてきているような局面では、大きな価格上昇を見込めるハイテク銘柄などに投資するより、バリュー株といわれる業績が長期的に安定的に成長してきており高配当を実現している株のほうが好まれたりする傾向があります。

こうした株の銘柄の中で、特に十分に会社としての歴史と規模があり、いわゆる倒産しにくく、かつ過去相当の長期間にわたって毎年増配もしくは高配当を維持している銘柄を配当貴族株と呼ぶようです。

そうして、こうした配当貴族銘柄のパフォーマンスを図るための指数も開発されておりまして、例えば米国の S&P 500配当貴族指数は、S&P 500構成銘柄のうち、過去25年間連続して毎年増配している優良大型株のパフォーマンスを測定しています。

この指数は、他の指数が市場でのウェイトに応じた加重平均を採用しているのに対して、各銘柄のウェイトをあえて均等化することにより、各構成銘柄をその規模にかかわらず別個の投資機会として捉えることが可能となっています。

有名な具体的銘柄としては、コカコーラや3M(スリーエム、ポストイットで有名な会社)、J&J(ジョンソンアンドジョンソン、綿棒とか)、P&G(ピーアンドジー、おむつとか)といったところでしょうか。

中には50期以上連続、つまり50年間(半世紀!)にもわたり増配しつづけてきたという会社もあるので驚きです。

これを知って、筆者はどは昔の棒高跳びの元世界記録保持者のセルゲイ・ブブカ選手を突然に思い出したものです。

ブブカ選手は、棒高跳びの認知向上のため、世界記録である自身の記録を1㎝ずつ更新し、いつもブブカ選手が棒高跳びの世界記録を更新していた、という記憶が筆者にもあります。

人類初の6mの壁を破り、実に35回にわたって、世界記録を更新し続けたのです。

このように、市場の注目を受ける方法というのはいろいろとあるものだと思いました。


話を株式投資に戻します


さて株式投資の話に戻りますが、配当というのは、期間利益の一部払い戻しと理解されることが多いですが、期間利益という分別された資産が株式会社の中に溜まっているわけではなく、実際の性格は株式資本の払い戻しに近いものです。

つまり、連続して複利で利益を得ている事業体から、その株主資本の元本を一部払い戻すという行為が配当ということになります。

配当を投資家がどのように使うかは、投資家の自由であり、要するに保有株式の一部を会社の意思によって強制的に現金化した、売ったということに等しいということになります。

ですので、残りの株式持分の価値は配当しただけ理論的には減価するというわけです。

配当落ちとも呼ばれます。

この配当して一旦投資家に戻った資金を、さらに同じ銘柄の元本として投資すれば、今後の成長機会をダブルで(複利で)享受することができる、というのが配当貴族銘柄への複利運用戦略として注目されます。

つまり、配当として期間ごとにお小遣いをもらうのではなく、そのお小遣いごと元本に投入すれば、その株式の成長機会をもっとも少数派として捉えることができるということになるのです。

この点、無配当の例えばグーグルとかアマゾンといったハイテク株も同じではないかという向きもありますが、配当貴族株の配当再投入(言いにくい言い方ですみません)と違うのは、無配当株の潜在的な配当余資(期間利益)は株主のチェックも何もなく有無をいわせず会社によって再投資されることに比べ、配当貴族株においては、会社としては一部資本を払い戻し、減った株主資本でしっかり予定通りの次の期間利益を上げると宣言している、そこに株主持分としての元本に少数派として参入することで、他の株主を出しぬきさらに超過利潤を得られる機会が相対的に増えるということなのです。

もちろん、その会社に二重に期待することになりますので(既存株主資本分と配当として一旦受け取った現金をさらに同会社の株式として投入するという意味)、リスクも二重になりますが、他の株主に先んじてその会社に集中投資することが自動的にできるという意味で、面白い考え方なのです。

自分が好きで長期的に投資したい株式会社でそれが配当政策に積極的な会社であれば、こうした配当貴族銘柄への配当再投入投資といった方策も考えてみると面白いと思います。

我慢が聞かないので、元本が下がるとすぐ売ってしまう堪え性のない筆者からは以上です。

(平成29年4月22日 土曜日)

2017年4月21日

児童見守り安心システムが校門に設置されてメールが保護者に飛ぶ時代




2017年4月の記事です。

地域社会での子供や児童の見守りを行うため、登下校時にPTAや保護者会が中心となって登下校を見守ったり交差点で挨拶運動をするのは全国的に広まっておりますが、そもそも自分の子供がきちんと登校しているのかまだ学校に残っているのか家に戻るまでわからないという問題がありました。

こうした中、NPO法人が地域社会や小学校と連携して、子どもたちの登下校をICタグによって記録するシステムを構築する取り組みが始まっています。

これは、子供たちのランドセルやカバンにICタグをつけ、校門を通過するとその通過を認識し、サーバーからメールで保護者等の登録されたアドレスに通過時間の通知まで行うというシステムです。


校門通過の情報だけでもいろいろなことがわかる


通過に過ぎないので、登校したのか下校したのかはわからないし、校門の前で何度も往復すればその都度通知されてしまうという問題はありますが、とにもかくにも、その時間に校門を通過しているということは通常期待通り学校に行っているということで安心です。

配信先のメールアドレスは複数登録できますので、一緒に住んでいる親以外にも、遠く離れた例えば祖父母にも、普段どうやって過ごしているのかわかるというわけです。

校門通過後、少しすれば帰宅するであろうということで、そこにめがけて電話を入れたりすると、孫にもつながりやすいというわけです。

それから、台風や地震、大雨といった自然災害やその他の事情で、急に下校することになったといった場合も、同様に校門通過情報が即時に届きますので、こうした事情変更の際にも非常に役に立ちます。

また、遠足や社会科見学でのフィールドワーク(校外活動)においても、学校をいつ出ていつ戻ったかもわかるということで、子供の学業への興味が高まるというわけです。

テクノロジーの発達で、こうしたシステムを構築し運用するためのコストもだんだん下がってきています。

人口減少社会において、ますます一人何役も求められる社会人現役世代にとって、心強いツールとなりそうです。

遠い小学校時代、校門ではなく裏の崖から金網を乗り越え帰宅していたこともある筆者からは以上です。

(平成29年4月21日 金曜日)

2017年4月20日

手首に巻いたウェアラブル端末が腕時計以上の機能を実現していい感じ




2017年4月の記事です。

最近健康志向の筆者です。

毎日のカロリー消費と歩いた歩数、それから体重管理や睡眠時間の管理ができるウェアラブルデバイスであるFitbitという製品を使って手首に巻いております。

もともと、この手の商品で時計機能がついたものを探しておりまして、最近ついにデジタル時計機能がついたものがリリースされてきたので購入しました。

これで、腕時計と兼用できます。

ひとつ、普段から管理すべきデバイスが一つ「統合」されたわけです。

携帯電話やスマホすら、すぐどこかにおき忘れてわからなくなってしまう筆者にとっては、管理するものを減らすというのは立派な生存戦略となります。

もうひとつスマホ連動で電話等の通知機能がついていた


もう一つ良いことがありました。

このウェアブル端末は、使っているスマホ上にあるアプリとの連動で作動するものですが、アプリ以外のこの対象スマホ上のさまざまな通知機能にも対応していたのです。

例えば、メッセージが届くと通知してくれますし、電話がきた場合にも通知してくれます。

通知ということで、手首のガジェットの画面上で通知が来るのですが、もちろん普段は見ないこのガジェットの画面上にランダムに表示されてもそれを見る人は少ないわけで、よりわかりやすく通知するために、この手首のデバイスが振動して持ち主に通知を知らせるというわけです。

この手首ガジェットを装着してからというもの、筆者は自身のスマホの着信音量は最小もしくは無音にしてしまい、この手首の振動バイブレーション通知のみに頼るようになっております。

今までは小さめの着信音にしていたため、ともすれば着信に気づかないことも多かったのですが、手首でのバイブレーションは嫌でもわかるので、逆に非常に重宝しております。

もう少し時代が進めば、電話という機能そのものを使う機会が減り、あらかじめアポイントを取ってから通話機能でまるでオフラインの会議のように話し合うというスタイルが主流になると思うのですが、現在は過渡期なので、コールドコール状態でかかってくる電話を待ち受けるという昭和的ビジネススタイルも並行して存在しています。

手首がぶるぶるっと震えることでスマートに着信を知らせる機能として、これは購入当初は予想していなかった機能で大変使えるものですので驚いております。

同じバイブレーション機能を利用して、目覚まし時計のように使うこともできます。

しかもバイブレーションをオンにする時間や曜日はかなりランダムに多種類設定できますので、どうしても二度寝を阻止したい際などには、

6:00、6:05、6:10、6:15...

などのように細かく二度寝防止でどこかで引っかかるように大量にセッティングすることもできるのです。

通知機能ももったウェアブル腕時計、この市場はかなり広がるのではないでしょうか。

ただ、バッテリーの持ちが短いものはお勧めできないと個人的には思いますが、その問題が解決に向かえば、かなりの可能性がある業界だと感じております。

肝心の万歩計やエネルギー消費の計画はさっぱり進んでいない筆者からは以上です。

(平成29年4月20日 木曜日)

2017年4月19日

不適切な動画や映像が直接視聴者の目に届くことにどう対処するかの話




おはようございます。

2017年4月の記事をお送りいたします。

既に、全世界の人々の情報共有ツールになっているフェイスブックですが、米国中西部オハイオ州で2017年4月16日、ある30代の男が路上で通行人であった70代男性を銃で発砲して殺害し、その上その一部始終を収録した動画をフェイスブックにアップ(投稿)したということです。

男は殺人を続けるとフェイスブック上で「予告」しており、警察当局等が行方を追っていたところ、4月18日において、少し離れたペンシルベニア州で見つかり、所持していた銃で自殺したとのことです。

この模様はフェイスブックにはアップされていません。

他人の命も軽いなら、自分の命も軽いこのような銃所持の国に起こる悲劇に立腹を禁じ得ないところですが、フェイスブックにアップされたこの不適切な殺人模様の動画は、数時間後にフェイスブック社によって削除されたとのことです。

しかしながら、フェイスブックで実現している動画投稿機能並びにライブ機能を使えば、こうした不適切な模様の録画投稿もライブ配信もできてしまうわけで、これまでは映像メディアは一部の通信配信事業者(テレビ会社など)に独占されていたところ、全世界にこの機能が解放されたところ、こうした新たな問題が出現してきたということなのでしょう。


ユーチューブの不適切な動画に広告が配信される事態に


同じような話が少し前にありまして、こちらはネットの巨人グーグルが提供する動画配信サービス最大手のユーチューブにおいて、人種差別やいわゆるイスラム過激派の活動に賛同する内容といった不適切な動画に、広告主の広告が配信されてしまうという調査結果が発表され、英国政府やBBCといった大手メディアがユーチューブへの広告提供を取りやめたといった措置に発展しました。

米グーグルは、これを受けて、短期間のうちに、このようなユーチューブ上の適切でない動画に広告主の広告が意図せず配信されるようなことがないように改善していくと公式ブログで声明を出しています。

当然でしょうが、膨大な量のユーチューブ上の投稿動画上に配信する広告は手動で制御しているものではなく、動画に最適な広告を表示するためのターゲット設定アルゴリズムを採用しています。

ブログページに配信される、アドセンスなどのバナー広告についても、同じように関連するコンテキスト要素を基に、自動で決定されているのと同じです。

といっても、広告主としてはどの動画に広告が表示されるかは広告の死活問題であり、英国政府は彼らの広告が不適切なコンテンツで表示されないように品質を保つ責任を持つべきとグーグルに釘を差しています。

広く大衆に広まることは良いことですが、同時に当然に求められるこうした遵法精神にどう沿って運営していくか、ネットの巨人たちも結構人間臭く悩んでいるのかもしれません。

こればかりは人工知能とアルゴリズムが万事解決とはいかないようです。

悩み多い人間知能の筆者からは以上です。

(平成29年4月19日 水曜日)

2017年4月18日

良心に従うということは常に必要とされるということにつき述べます



2017年4月、21世紀になってずいぶん経つというのに、世界の進歩は相変わらずこんなにも遅いのかとちょっと悲しくなる事件がありました。

アメリカのある州(アイダホポテトで有名な州)にある学校(日本でいうなら中学校くらい)にある食堂で働く女性の職員さんが、お腹が減ったのだけどお金はないの、と訴えた12歳の生徒に対して無料で昼食を渡してかどで解雇となった、という事案があったそうです。

この女性職員は、最初訴えを聞いた時に、それならば自分のお金で食べさせてあげようとしたらしいのですが、それも上司に止められたそうなのです。

そしてそれならば「ほんの少しのリスク」を犯して黙って生徒に昼食をついであげた、それがバレた結果学校から届いたのは解雇通知書、その理由には「業務中に学校の所有物を盗み、不正な取引をしたため」とあったそうです。


命のビザを出し続けた故杉原千畝(すぎはらちうね)外交官


程度は異なれども我が国においても、先の大戦中にあって6,000人以上のユダヤ人にビザを発給し続け、本省の叱責もいわば無視して命を繋ぐ仕事をリトアニアの領事館で行い続けた杉原千畝外交官に対し、外務省の取った仕打ちは強制帰国後の依願退職という冷酷な事案があります。

真の国益にかない、人道的博愛主義に基づいた人間的所作を行なった者に対し、当然の尊敬と顕彰、名誉回復の宣言がなされたのは尊敬すべき大先輩である杉原千畝外交官の生誕100年を数えた2000年のことだったのです。

組織が間違ったことを自ら正すのには時間がかかります。

しかし、今回の事例については、発達したSNSを通じたインターネット上の名誉回復の署名活動が急速に巻き起こり、当局の学校側もそれを無視できなくなったことから、ほどなくして彼女は職場に戻ることができたそうです。

「お金がなくお腹を空かせた子どもにご飯をあげるというのは普通の行動」

という意見が世界の多くを占めて組織を動かしたということは、杉原先生を先輩に持つわれわれ日本人にとっても嬉しいことだと思います。

杉原先生の件では数十年かかったことが、本件では数日で済んだ、ということをもって世の中進歩していると見てもよいのかもしれません。

教育や経験というのは時として人としての目を曇らせることがあるのかもしれませんが、どんなときでも人間としての良心に従うというのが原点だと思いました。

「曇りなき目で見定め、決める」

というアニメの名セリフだけは妙に覚えております筆者からは以上です。

(平成29年4月18日 火曜日)

2017年4月17日

PTAや保護者会でのボランティア活動を行う者自体の犯罪を防ぐ方策



2017年4月の記事です。

本日は真面目な話をいたします。

正直、地域社会にとっては、北朝鮮のミサイル発射、米軍艦艇の東アジア派遣といった国際ニュース以上に問題視されうる事案だと思うので特に言及したいと思います。

千葉県我孫子市における、小学校PTA(保護者会)の会長職にあった40代男が、同校に通うベトナムから来た女の子を(9歳)の死体遺棄の容疑で逮捕された、というのが現時点での情報です。

この会長職にあった男は、地域の小学生の登下校の見守り活動にも積極的に参加し、また新入生の入学式においては式辞を述べるなど、地域活動にも熱心でかつ自らの子供も同校に通っていたということです。

PTAや保護者会の会長なのですから、自分の子供も同じ小学校に通っているのは道理です。

全国津々浦々の小学校においても、同じようなものだと思うのです。

地域の、特に幼児性愛に関する痛ましい事件が起こらないように、地域社会は協力して子供を守ろうという活動をしてきました。

社会の現役を一旦退いたシニアのOBOGの方々が毎朝道に立って登下校する小学生中学生に声かけをしたり、保護者やPTA、教師が協力して通学路において子供たちを見守るというのは、さまざまなこうした痛ましい事件を防ぐための教訓として自衛的に発展してきたものです。

それなのに、その内部で活動する組織のトップがそのような犯罪者に回ることがある、ということが満天下に知らされてしまったわけです。

こうなると、筆者もまさに対象となる40代中年男ですが、ある一定の割合で中年男にはそのような幼児性愛者がいるということは統計的にわかっているのでありまして、今後の見守り活動における具体的な修正運用をどうすべきかということになりそうです。

因みにPTAといったり保護者会といったりするのは、地域の連合体としてのPTA組織に所属していない各学校単位の保護者の任意親睦団体に止まる場合は保護者会と呼ぶようです。

教員が参加具合や地域の連合PTAに加盟していることの有無によって名称は異なりますが、活動内容や組織形態に変わりはほとんどありません。


誓約書を提出させる?


1つは、誓約書にでも判を押してから活動に参加してもらうことが考えられます。

しかし、ほぼ善意で行ってもらっているこうした地域の見守り活動に参加する人たちに、等しく自身が犯罪行為に手を染めないことを誓約表明する、という言ってみれば当たり前のおどろおどろしい文言をちりばめた誓約書を提出し、適宜更新させるというのは実効性はある程度あるかもしれませんがあまりにも現実離れしています。

PTAの役員や委員を引き受けてくれる人が激減し、もともと各自の善意でまかなわれているこうした基本的には意味のある活動がきわめて停滞するでしょう。


大人同士の隣組制度?


もう一つは、見守る側の大人同士も相互監視させることです。

すなわち、一人で活動していることを許さずに、常に活動時には2人以上のペアで活動させ、お互いについて、おかしい点がないか相互に申告させ合うといった方式です。

しかしながら、これも現実的にボランティアで集合し活動してもらっている人に対し、疑いの目をもって接するという、人としてあまりやりたくない活動であることは間違いありません。

実際、そういう意味で変な人がいたとあぶりだされた場合、実効的にどのように対処するかも難しいです。

映画スターウォーズを用いてたとえますと、銀河共和国議長の職にあるパルパティーンが、実はシスの暗黒卿だったことが分かった場合に似て、いったいどうすれば実効的な対処ができるのか現時点で筆者もお手上げなのです。

結局、決定打はありませんが、地域社会で子供を守るというのが、PTAや保護者会の義務としてではなく、薄いけれど複数の広くいろいろな目で大人も見守るということで、こうした大人の犯罪の芽も事前に摘めるような地域社会となっていければと考えております。

相互の無関心が高まると、PTAや保護者会といったこうした場を義務的なものにしてしまい、本来の役目を果たさなくなってしまうことがあるのかもしれません。

全国のPTA会長には頑張ってもらいたいし、PTA会長の悩みには寄り添って考えたいと思いました中年男からは以上です。

(平成29年4月17日 月曜日)

2017年4月16日

「なになにできたら」何かを始めようとするといつまでも始められない




水泳の授業で最初から長い時間、陸上で泳ぎ方の講義とか息継ぎのやり方をスクール形式で学んでも決して泳げるようにはなりません。

まずは一通り泳ぎかたや安全面の配慮を聞いた後、そっと水に入っていろいろ水に慣れるということから始めるべきなのです。

スキーについてもそうです。

スキーレッスンでいくら座学でPPTを開いて聞いても、いくら真面目に講義を聞いても決して滑れるようにはなりません。

こちらもゲレンデに出て行って、ものすごく緩やかなところからそろそろと滑る真似事を始めてみることから始まります。

モーグル競技でふにふにまったく腰から上はブレずに滑り切るあの超絶技法やエアリアル選手の空中スキー宙返りといった業物(わざもの)も、最初はこうしたとりあえずやってみることから始まっているはずなのです。

ボート競技についてもそうです。

幾ら陸上でウエイトトレーニングをしたり、背筋を鍛えたりしたところで、自分の乗ったボートを後ろ向きに漕いでうまく速く進める技法は身につかないのです。

野球についても同じです。

ビール片手にプロ野球中継をみて、「やっぱり大谷すげーよな」などと論評したところで、全くうまくなるはずはないのです。



結局ハードル低くやってみることしか向上の手段はない


なになにできたら何かを始めようとする人が陥りやすい思考経路に、その道の権力的なものに触れるだけで、実際のそのことに身を飛び込ませるということが少ないことが挙げられます。

たとえば、社会人になったら減量しようと思いますとか、来年になったら彼女作ろうとおもいますとか、そういう思考経路です。

権力的なものに、自分への許可を得ることばかりを考えると、人生非常に損するものです。

やりたいことがあるのであれば、そのやりたいことを1番上において、さっさとやってしまうことが大切なのです。

まだ勉強していないから

まだ準備ができていないから

まだ気乗りしないから

日取りが悪い

何かを始めるための思考力とか準備とかそういうのは必要ないので、シンプルにやりたいことをストレートにはじめてみるべきなのです。

そしてとっとと失敗すべきなのです。

最初からうまく行くことは、単に自分が既にできることをなぞって確認しただけで、そこにわざわざ挑戦する価値などないものなのです。

新しく何かを始めれば必ず失敗します。

そうして、何回か失敗してそれに対処する方法を自ずから身につけ、その上で、最終的に(そしてもっとも迅速に)必ず成功するものなのです。

よく、構想10年、制作5年などと映画などで言いますが、ここにいう10年はなんかやりたいなーと思いながらうじうじしていた時間と同値であります。

そういうならば、このブログだって構想だけなら40年弱いけています。

ですが実際にやっているのはたった3年半なのです。

それでも始めなければこの歩みは始まりませんでした。

始めてみないと、本当にそのことに必要なことはわからないものなのです。


ブログは書くこと準備しなくても続けられるという真理


筆者も、このブログを始めるまでは、書くことのネタがないと続かないのではないかと思っていました。

しかし実際は違うのです。

書く環境と時間を作るという「習慣」を作れば(大抵ものすごく早朝ですが)、あとは勝手に書くことが浮かぶのです。

ですので、書くためには書くことを決めなければならないと思い込んでいたことが間違っていたことがわかったのですが、これは事前に準備していては一生わからなかったことなのです。

ですので、自分の行動にOKを出して前に踏み出すことが1番必要なのです。

どうせこれまで夜中まで飲んでいただけなのですから、早朝起きてブログなど書いてみる、という程度なのです。

そして、常に比較すべきは過去の自分であって、横の同世代やいわんや海の向こうのダルビッシュ選手ではないのです。

年齢でもなく、世代でもなく、他人ですらなく自分

そのように考えれば、自分で自分がさぼっているのはよくわかるので、同じところをぐるぐる回る愚を犯さなくても済むような気がします。

そういいながら、今日飲みにいっちゃおうかどうしようか、ぐるぐる同じところを考えている(結局行く)筆者です。

結局飲み屋でブログ書く羽目になった筆者からは以上です。

(平成29年4月16日 日曜日)

2017年4月15日

資産形成を考える場合に複利と単利を考慮しておくことは大切という話



2017年4月、資産運用など考えたい今日この頃です。

資産形成を考える上で、利回りのことを考えることは大切です。

そして、その利回りにおいては、「単利」と「複利」を分けて考えることが非常に重要になります。

単利でものを考えること、これは利回りというより定期的に利息というお小遣いをもらうだけのもので本質的には投資ではありません。

100円のものを年利3%(単利)で運用した場合、毎年3円が手に入りますが、元本の100円は増えていかないからです。


複利は利息部分も元本に組み入れられさらに利息を生む


一方複利計算においては、利息部分も元本に組み入れられます。そうして、次の期間においては、その組み入れられた利息を含んだ部分全てに利息がつきます。

これにより、利息が利息を生み、雪だるま式に増えていくわけです。

これが借金になるととても大変なのですが、一般的な銀行からの借り入れの場合、複利となる場合は非常に少ないのでそこは安心してください。

ただ利息も返せないような状態になりますと悲惨です。

利息が利息を生むというのはそういうことなのです。

さて、当初の元本を100円としまして、金利3%という条件で、複利の計算をしてみたいと思います。

年利での複利で考えますと、1年後に103円、2年後に106.09円、となりまして、10年後には134.391638円となります。

単利だと、10年間で3円×10年の30円の利息がつくので130円です。

この差は大きいです。

20年間では複利では180円超、30年では242円超となるのです。

実に最初の元本の2.5倍です。

3%という一見小さそうな違いですが、相当の長期間という時間をかければ大きく増えるのがわかると思います。


少し発展して連続複利という考え方もあります


ちなみに、上記の例は1年に一回の複利回数、いわゆる年利の複利で計算しましたが、同じ複利の利率でも複利期間を小さくして複利回数を増やせば当然成果は少しですが上がります。

例えば同じように当初元本100円として、金利3%という条件で、「いろいろな複利回数」で元利合計額を計算してみます。

複利の名称
1年間の複利計算回数
1年後の元利合計額

1年複利
1回
103.0000円

半年複利
2回
103.0225円

3ヶ月複利
4回
103.0339円

1ヶ月複利
12 回
103.0416円

1日複利
365 回
103.0453円

1秒複利
31,536,000回
103.0455円

確かに、複利回数を細かく多くすればするほど最終的に受け取る元本は多く資産は成長するのですが、複利回数を無限に増やしていく場合の増えかたはだんだん緩やかになってくるのがわかると思います。

これは円の面積を求める時などに使う極限の考え方と同じでして、ある一定に値に近づき、この一定の値を連続複利と申します。

自然対数の底、という考え方で高校数学で説明される世界です。

つまり、無限に細かい期間に同時に連続して利息が発生していくという考え方です。

このような数学的な極限の考え方、ひいては微分や積分の考え方がフィナンシャルテクノロジーにおいては非常に多く使われ、実際の資産運用に大きな影響を及ぼしていることがわかれば、このコラムの目的のほとんどは達成されたといえそうです。

金融リテラシーにかかわらず、投資や資産運用、そして為替の読みは弱い筆者からは以上です。

(平成29年4月15日 土曜日)

2017年4月14日

トップの権限を2人以上で負担し合うという組織運営の進化を論じます


2017年4月時点の記事です。

現在の今上天皇の譲位の意向を受けた政府が慎重に有識者会議を開いて、必要な法整備や政令の準備を行なっていましたが、ようやくその最終方針がまとまり政府に対して最終答申を行うというニュースが流れて来ました。

これで、ようやく今上帝が譲位できる制度的担保が進みそうです。

そして、譲位後の天皇陛下をどう呼称するか、についても、「上皇陛下」ということで一致したということです。

皇位継承第一位となる秋篠宮は「皇嗣殿下」と呼ばれるとのことです。

何にせよ、組織のトップが変わるということは非常に大変なものです。

会長と社長のダブル統治体制


翻って庶民が運営する会社組織形態におきましても、昭和の昔は社長職一本だったのが、最近は組織運営の高度化から会長や取締役会議長といった「別の」お目付的な地位を置くことが増えて来ました。

課長島耕作で始まったシリーズ主人公も、ついに会長になってさらに経団連の中での出世階段を登っていく、昭和のサラリーマンというものは常に上昇志向があるものですが、最近の平成の世の中ではこうしたスタイルも相対化されて来ている感はあります。

筆者が大事にしております経済小説の名作に「小説日本興業銀行」というのがありますが、この主人公の戦後興銀の第2代頭取である中山素平という人は、頭取職を去る時に後輩たちに特に慰留されて「会長」に就任します。

それまで、大銀行のトップといえども頭取一本だったのです。

副頭取も1人しかいませんでした。

中山素平は2年だけだという約束通り2年で会長職も退きますが、その後の日本経済社会においては会長職が一般的となり、ついには人事権など社長より権限が大きくなるといった状況になるに至り、輸入呼称であるCEOという呼び名を社長や会長の前につけて、結局どちらがトップなのか、といったことを示すようになったりしております。

会長と社長の間には副会長を数名、社長の下には副社長や副頭取を数名置くようなスタイルが一般的になってきています。

もちろん大組織を束ねるにはそれなりの人数は必要かもしれませんが、昔とくらべて明らかに頭取や副頭取といった単体の地位が軽くなったように思うのは筆者だけでしょうか。

脱線ついでに書きますと、1998(平成10)年の年頭に、当時の日本興業銀行の西村頭取が全役職員に向けて送った内部向け書簡は、これこそ総合企画部あたりの社内官僚ではなくトップの頭取自らが書いたに違いない迫力に満ちたものでありまして、当時新人であった筆者などは衝撃を受けたのを覚えています。

ですので筆者の中で頭取、といえばこの西村頭取のイメージが物凄く強いわけです。

それから時代は流れ、代表取締役会長兼社長CEO、という一見わけのわからない肩書きも出現しています。


古代ローマの皇帝とはどのような地位の集合体だったのか


この点、古代ローマで皇帝が誕生した時、その皇帝という地位がどのような称号で呼ばれて総体として皇帝という地位や権限を有していたのかとを比較すると面白いです。

古代のローマ皇帝は、少なくともこれから列挙する4つの称号を同時に保有する主体として皇帝と通称されたのです。

1つめは、「アウグストゥス」という称号で、初代皇帝オクタヴィアヌスが元老院から送られた尊厳者を意味する称号です。

2つめは、「インペラトール」という称号で、もともと最高司令官を意味する言葉です。英語のエンペラー(皇帝)の語源です。

3つめは、「カエサル」という称号で、これはカエサル家の棟梁である初代終身独裁官であり事実上第0代皇帝ともいえるユリウス・カエサルの正当な後継者という意味です。ちなみにこれが英語になってなまってシーザーになり、ドイツ語でのカイザー(皇帝)の語源になります。

4つめは、「プリンケプス」という称号で、これはアウグストゥスの尊号が贈られる前にオクタヴィアヌスが使用していた「第一人者」という称号です。これは、元老院の中の一員ながら、最初に発言する権利があるという権利を示すものでした。

あとは、国家の父とか祭祀を主催する称号とかいろいろありますが、とにかく最重要な尊称として、この4つは必ず歴代皇帝につけられたというわけです。

今後の21世紀の日本においても、会長、社長のほかにも、今後取締役会議長とか監査役会首席とか、報酬委員会委員長とか、いろいろと実質的なトップを呼称する地位が生まれてくるのかもしれません。

夜の帝王やカラオケでの大統領を僭称しながら実質は夜の中洲のパトロール巡回に留まっている筆者からは以上です。

(平成29年4月14日 金曜日)

2017年4月13日

野球の素人が野球の最適な打順について考察してみるというコラムです


2017年4月、洋の東西プロ野球も開幕しました。

楽しみなシーズンになりまして、始球式には例の豪速球を投げる女性タレントの直球が103㎞/時のスピードでストライクだったというようなニュースが踊っております。

筆者の直球は42歳現時点で100キロに及ばず、稲村亜美選手には完敗です。

ちなみに稲村選手を一躍有名にしたトヨタ自動車の宣伝CM「G’s Baseball Party」の撮影場所は、筆者の地元でもある北九州市小倉北区小倉駅周辺であり、制作した映像会社は、東京オリンピック2020年招致ビデオで有名な「KOO-KI(空気)」という福岡市の会社です。

野球好きは西の九州の方にも多いのですね。


さて本論の最適打順の考察です


さて本論に入りたいのですが、最適な打順はどのようなものかということを素人議論で追求していきたいと思います。

古くは、打順1番は出塁、2番は送りバントで三番四番五番がクリーンナップということで一気に走者を返して得点する、という得点パターンが言われて来ました。

筆者も、ついつい「1番と2番がチャンスメイクをして、溜まった走者をクリーンアップが返す」といった野球漫画物語的な役割分担に加えて、「下位にも適度に強打者をおいて、第2のクリーンアップを形成…」などなど、余計なひねりのある案を考えてしまう方ですが、より統計的に考えますとそんなひねりではなくシンプルなようなのです。


強打者から順番に並べた方がよい


得点期待値を最大にしたいならば、単純に強打者から順番にということになるようです。

それは、野球は回数が有限な競技であり、27個のアウトが取られれば自動的に終了となる(延長を除く)という特性からくるものなのです。

つまり、完全試合を計上する場合、打者9人は全てアウトに打ち取られる(三振を含み、三振には振り逃げを含まない)わけで、全ての打順の打者には必ず3回ずつの打席機会があります。

そして現実の試合においては、数本のヒットと四死球(もしくは三振したけれども振り逃げ)で出塁することがあり、アウトカウントを消費しないで打順を次に回すことができる場合があります。

この機会の数だけ、順に1番打者から4打席目以降の打席機会が回ってくるということなのです。

したがいまして、1本でもヒットが出れば、1番打者には4打席目が回って来ますが、9番打者が4回目の打席に立つには、9つの「出塁」が必要になり、これはなかなか難しいというわけです。


ただ1番打者の初回の打席において塁上走者がいることはない


しかし、単純に1番打者から打力の強いものを配することに対し、一つだけ懸念点があります。

それは、1番打者が最初の回に1回目の打席に入る時に、塁上走者がいることはないということなのです。

初回バッター1番の場面ですから、当たり前のことなのですが、ここでの打者が実現できる最大効用は、先頭打者ソロホームランということになります。

出会い頭の一発、ということで結構インパクトがあるものの、所詮1点が計上されるだけの場面なのです。

まだまだ試合は始まったばかりです。

貴重な4打席程度の打席数の中の一つ目が、このようにチャンスの少ない先頭打者で迎えないといけないことが宿命づけられているこの1番という打順、その分の機会損失を考えると、最強の打者は2番に置くべき、という結論が導かれるのです。

つまり、初回の攻撃、1番打者が何らかで塁に出た場合、大きな得点のチャンスになるというわけです。

具体的にはノーアウト1塁か2塁、という場面ですので、ホームランによる2得点及びヒットによる1番打者のホーム生還が狙えるということになります。

1番打者が打ち取られた場合もありますが、これは確率の話ですのでひとつ打順を繰り上げて打席機会を増やすより、1番打者の出塁にかけた方が効用が大きい、ということになるわけです。


2番最強打者説


以上、2番打者は小技の得意ないぶし銀型を配すべき、という日本古来の野球スタイルに異を唱える結果になりました。

今後の野球チーム運営に活かしていきたいと思います。

ちなみに8番レフトが定番で、人生においては4回裏の攻撃、そろそろヒットの一本でも欲しいくらいの筆者からは以上です。

(平成29年4月13日 木曜日)

2017年4月12日

日本の2010年代フィギュアスケートの代名詞の浅田真央選手が引退


2017年4月12日水曜日の記事です。

昨日、2010年代のフィギュアスケート界を引っ張った浅田真央選手が引退を発表しました。

現在26歳、天才少女としてトリプルアクセル(3A)を唯一跳べる女性選手として、長くトップに君臨しました。

代名詞であるトリプルアクセルだけで取り上げても、2006年世界ジュニア選手権でショートプログラム (SP) に3回転アクセルを取り入れ、2008年GPファイナルのフリースケーティング(フリー)で女子シングル史上初の2度の3回転アクセルに成功し一躍有名になりました。

満を持して臨んだ2010年バンクーバーオリンピックでは、オリンピックの女子シングル史上初めてSPで3回転アクセルを成功させたのです(総合2位:銀メダル)。

同一競技会でSP、フリーと合わせて3度の3回転アクセルを成功させたのも女子シングル史上初であり、ギネス世界記録に認定されている。

本日現在、オリンピックの女子シングルで3回転アクセルを成功させたのは、伊藤みどりと浅田真央の2人の日本人選手だけという驚異的な記録です。

そんな高難度の技の練習にかかる膝や腰の負荷は想像を絶するものだったと拝察します。

記憶に残る選手


2014年ソチオリンピックのフリースタイル演技で魅せた気迫の演技と美しいトリプルアクセル、筆者も録画して何度も見ましたが鳥肌ものでした(総合6位)。

長野オリンピックの銀メダリスト ミシェル・クワン(米国)さんは、自身のツイートで、

“Mao Asada - made me cry.... a performance that we will all remember forever!” (浅田真央 — 涙が止まりません.... 私たち皆の記憶に永遠に残る演技に!)

(出典)
https://twitter.com/MichelleWKwan/status/436542940719370240

と記し、

また、ソチオリンピックフィギュア団体の金メダリスト エウゲニ・プルシェンコ(ロシア)さんも、自身のツイートで、

“Mao - you was great, special thanks for Axel 3,5! You're real fighter!!”
(真央 — 偉大だ、3回転半トリプルアクセルは素晴らしい!本当によくやった!!)

(出典)
https://twitter.com/EvgeniPlushenko/status/436580238446034944

と叫ぶくらいの、ファンにも一緒に戦ったスケーターにも愛された記憶に残る選手でした。

浅田真央選手、大変お疲れ様でした。

スケートはイの字ストップくらいしかできない筆者からは以上です。

(平成29年4月12日 水曜日)

2017年4月11日

挑戦したことが素晴らしいという捉え方が広がってほしいと強く思う件



2017年4月の記事です。

2015年のラグビーワールドカップで大活躍し、その後オーストラリアやフランスの1部リーグに移籍し活躍の機会をうかがっていた五郎丸選手が、来期の契約を更新せずに日本に戻ってくるという観測記事が流れました。

五郎丸選手は、2016年6月に、それまで1季在籍した南半球のスーパーラグビリーグのレッズ(オーストラリア)を経て北半球最高リーグのフランスリーグの名門トゥーロンに移籍しました。

しかしながら、2016年8月に開幕したレギュラー氏―zンにおいて、これまで23試合中の5試合の出場にとどまっており、また先発した4試合でも無得点という状況にあるとのことです。

五郎丸選手本人のコメントとして、「層は厚いと思っていた。ここに来たことは公開していない」ということで、本人も(悔しいでしょうが)納得のシーズンを送っているようです。

挑戦したことが素晴らしく挑戦できなかったものがとやかく言うものではない


体格がものをいうラグビーの世界で、日本人選手がこれまで挑戦したことのない世界最高峰のリーグでレギュラーを目指すというのは並大抵のことではないと思います。

野球であれば緻密な制球力(投手)、サッカーなら敏捷性に長けたスタイルで世界でも通用することも可能で実際に日本人選手が世界最高リーグで活躍するようになったとはいえ、それも数年前からのことであり、ラグビーについては、まだまだ日本は世界をはるかに望む立場です。

日本で最も蹴れるキッカーであった文句なしの実績と実力を持っている選手なのですから、たとえ挑戦がうまくいかなったとしても、拍手で迎えてあげるべきだと思うのです。

ここで、やっぱり無理だったなどと、責任のまるでないネットの世界なので叩くだけの態度を取るようでは、真のスポーツサポーターとは言えないと思います。

挑戦する姿勢を評価しなければ、挑戦する人はいなくなってしまいます。

そして、挑戦する姿勢をけなすのは決まって挑戦できず自らを奮い立たせることのできない最初から負け犬になっているように思うのです。

失敗したのではない、うまくいかなかった方法を試しただけです。

五郎丸選手、これからが正念場で、そしてこれからがさらに輝く可能性を秘めています。

またここから何度でも再挑戦して頑張ってほしいものです。

ラグビーは高校の体育の授業くらいでしかやったことがなく、ほとんど素人状態ですが、ここからさらに応援しようと思った筆者からは以上です。

(平成29年4月11日 火曜日)

2017年4月10日

USBとACタップを一緒にしてPCもタブレットもスマホも充電可能



2017年4月の記事です。

昨今ますます仕事においても外出時にスマホやPCで連絡を取り合うことが多くなり、仕事場という概念自体が変わりつつあることを強く感じております筆者です。

本日も新幹線で出張中の客車の中でPCを開いて連絡を取り合ったり報告をあげたりしておりました。

ここで活躍するのが、ACタップとUSB給電ジャックが一体化したコンセント給電装置です。


コンセントに差し込みながらUSBポート2つとコンセントがついてくる


これは、コンセントが1つあればそこに差し込み、USB大容量ポート2つと、さらに同じコンセント穴が一つついているという優れものです。

この、もう一つあいたコンセントにPC電源を突っ込み急速給電することが可能なのです。

PCの電源は大容量電源からの給電しか対応しておらず、スマホ仕様の充電器からだとアンペア数が足りず非常にゆっくりとしか給電しない、もしくは全く給電してくれないといった場合がよくあります。

さらに、iPadなどのタブレット端末も、スマホよりバッテリーが大きく、大容量での給電のみしか対応していない場合もありますので注意が必要です。

この点、筆者の持っている上記写真のような給電装置ですと、そもそもACアダプタを想定して作られているため、USBポートもそれぞれ最大2.1アンペア、AC電源タップは最大14アンペアと十分急速充電に即した大容量電源を供給することができます。

別途モバイルバッテリーをもち歩いていながら、肝心のそのモバイルバッテリーが給電不足で空であることが多い筆者ですが、これでこの給電タップからモバイルバッテリーへの充電も同時にできるというわけです。

PCは満充電で稼働しているのですが、頭の中がすかすかしていて作業が進まない筆者からは以上です。

(平成29年4月10日 月曜日)

2017年4月9日

素数にしか目盛りがない素数ものさしという不便な定規があるという話

素数ものさし577円(素数)

おはようございます。

2017年4月の記事です。

今回は、素数にしか目盛りがないという不便この上ないものさしが実際に販売されているという話をいたします。

京都大学で主催されたワークショップで出たアイデアをもとに京都大学の不便益システム研究所とサマーデザインスクールが共同監修して開発した「商品」です。

この研究所は、不便の効用から新しいデザインを作り出すことを目指している、ということですが、要するに遊んでいるだけのような気もいたします。

しかし、この遊びの要素が大切なわけで、今回、実験レベルや試作品のレベルを超えて、ついに実際の消費者にお届けできる商品化を行なったというわけです。


センチメートルもミリメートルも素数にしか目盛りがない


改めて、素数とは、1とその数以外では割る数がない数、ということで、全ての数は素数の組み合わせでできるという優れものです。

全体で18センチメートルの長さのものさしの上部には、センチメートル目盛りとして、「2・3・5・7・11・13・17」と、素数の部分だけに表示がついているのがわかると思います。

そして、ものさしの下部には、ミリメートル目盛りとして、これまたミリメートルで表示した場合の180までの素数がランダムに無数に並んでいるという優れものなのです。

素数が出現する法則はありません。

そして素数は無限にあることだけはわかっております。

素数の部分だけに目盛りが付いていて、上部でセンチメートル単位を、下部でミリメートル単位を測ることができます。

素数でない数を測るときはどのようにすれば良いのでしょうか。

例えば「4」は「7-3」というように、素数の組み合わせで測れます。

「6」は、2×3で測ることができます。

数学においてもっとも深淵ともいえる整数論に興味が湧くこと間違いないと思います。

これからは、理系オタクがモテる時代だと確信しております筆者からは以上です。

(平成29年4月9日 日曜日)

2017年4月8日

自分の後ろには誰もいないというラストマンの気概を持って事に当たる



2017年4月の記事をお送りします(いい話です)。

筆者の実家の北九州を拠点に就航している航空会社がありますが、そこの機内サービスで良い話がありましたので取り上げさせていただきます。

お亡くなりになったご家族の遺影とお骨を手荷物として持ち込んだお客さんに対し、機内サービスを担当するキャビンアテンダントの人が相談してその骨と遺影を空いている席に「座らせて」シートベルトで落ちないように固定した、というようなものです。

当然遺影とか骨壷とかいうことが外からわかるわけではないので、当初足元に置いていただけませんか、ちょっと中身は遺影なので、といったやりとりがあった上での現場レベルでの機転だったわけですが、このような場合に現場で実質的に判断するというのは非常に大切なことであるということがわかります。



東京電力の会長職に元日立の再建請負人川村会長が就任


今般、福島第一原発事故を引き起こした東京電力の会長に、元日立製作所の川村会長が就任することが発表されました。

まさに、原発被害者に真正面から向き合う物凄いプレッシャーに晒される火中の栗をわざわざ拾うわけです。

瀕死の日立グループの業績を、その現場力と雰囲気読まない社内文化を粘り強く育てることで、劇的にV字回復させたまさに伝説の経営者です。

御歳77歳にして、さらに社会に求められているということでの登板です。

この方は、日立の副社長時代に乗り合わせた航空機がハイジャックに遭うという経験をされておられます。

この時、当時の航空会社のマニュアルではハイジャック犯に極力逆らわないというものだったのですが、ハイジャック犯が機長と二人でコクピット席に立て篭もり、機長を刺殺し自分で操縦を始めて機体ごと墜落させそうに至った時に、非番の機長職やスタッフが皆で立ち上がり、コクピットドアを蹴破り犯人を取り押さえ、何とか操縦桿を取り戻した、ということがあったことを乗り合わせて命拾いをした当事者として繰り返し語っておられます。

このまま飛行機を操縦したいと歪んだ願いを持っていたハイジャック犯に「任せて」いたら、確実に墜落して全員死亡していたはずなのです。

こうしたことから、川村会長は、「ラストマン」、すなわち自分の後ろには誰もやってくれる人はいない、そういった極限の状況でやりぬくことの大切さを学んだといっておられ、こうした心意気から今回の東京電力会長就任を受諾したものではないかと思います。

大いに尊敬し、また見習いたい経営者です。

同じ背水の陣ながら、そのまま流されてしまいそうな未だ本気出せない筆者からは以上です。

(平成29年4月8日 土曜日)

2017年4月7日

公僕といって其の地位の者に何でも言い放っていいわけでは決してない



おはようございます。

平成29年4月時点の記事です。

今回は、公僕が背負っている責任とその職務や職務従事者に対しては一定の尊重をもった態度で臨むべきではないかという問題提起をしたいと思います。

平成29年4月4日の閣議後に、復興担当相の地位にある今村大臣が行った記者向け会見において、記者の質問に怒った大臣が会見を打ち切ったという事案が起こりました。

大臣が「激昂」した部分の動画や映像が繰り返し繰り返し報道され、どうも横暴な大臣であるという「印象」を与えたいのかのように見えます。

しかし、実際のやり取りはどうだったのでしょうか。

意図的な「編集」がなされてはいないのでしょうか。

筆者は、「原典」にあたる平成29年4月4日午前10時から行われた閣議後会見の動画を見ましたが、その一部始終をきちんと見た人は別の印象を受けると思いました。

問題となった論点は、福島復興に関する自主避難者に関するものです。

自主避難者とは、政府の避難指示の範囲でないところに住む人でも、自主的に福島県外に避難した方で、こうした自主避難者に対しても政府は震災発生から6年間にわたり、自主的に住宅援助を行ってきたという事実があります。

今般、その自主避難者への住宅の無償提供を、震災後6年を経た2017年3月末をもって福島県が打ち切ったというものです。

東日本震災後、6年もの長期にわたり「自主的に」避難していた方への住宅の無償提供が行われたということに対し、大臣に対して「自称」フリーランスの記者と名乗った質問者は、執拗に国としての対応を詰(なじ)ったような質問を繰り返しました。

そもそも自主的に避難した人に対する援助を福島県が終了したことに対して国の復興大臣に問うこと自体あまり建設的な議論ではないのですが、それでも大臣はかなり丁寧に答えています。

それでも、質問者の自称フリーランス記者は、自主的に避難した人たちに「6年間」援助をおこない、それが、打ち切られたことに、「質問」という形をとっていますが明らかに「異議」を唱えています。

そもそも福島県が始めて今回終了したこの自主避難者への援助について、他府県にも自主的避難者がいて帰れないからこれは(地方公共団体レベルを一段階超える国に)まとめて面倒を見ろ、このように「自称」フリーランスの記者は執拗に主張しているのです。

これは質問ではありません。

自主的に避難した人たちに「6年間」(政府が定めた避難区域を唯一持つ福島県という県が)、県レベルで援助を行い、そして今般それが打ち切られたことに、この「自称」フリーランスの記者は異議を唱えている(自分の主張をしている)というわけです。

さらに、一連の「質問」はさらにエスカレートしまして、この「自称」フリーランスの記者は、「福島」のみならず、「群馬」や「栃木」、「千葉」からの避難者に対しても「帰れないから避難生活を続けなければいけない。それは国が責任をとるべきじゃないでしょうか」と質問(主張)しています。

質問というより、

「帰れない人はどうするんでしょうか」
「栃木からも群馬からも、千葉からも避難されています」
「自己責任ですか」
「責任を持った回答してください」

といった自らの主張を畳み掛けているだけで、控えめに見てもかなり強引なものであり、「質問」の体をなしていないものだと思います。

これに対して、今村大臣はあくまで自主避難であることから「本人の責任」であり「本人の判断」だと答えています。


大臣の貴重な時間と他の質問者の時間を奪った


結局、「自称」フリーランスの記者はネチネチと同じことばかり執拗に迫って大臣を怒らせて、結果として他のジャーナリストの建設的な質問や大臣の前向きな答弁の時間を奪ったものと考えております。

しかもそのように執拗に質問にならない畳み掛けで挑発した側の「自称」フリーランスの記者個人が公式には表に出ないのは衡平でないとも思います。

控えめに申し上げまして、復興大臣という、大きな責任を負い職務に精励している公僕に対し、敬意の一片もないあまりに失礼な物言いであると考えております。

今村復興大臣は、かのお歳においてはあまり似合わないであろう派手な「エヴァンゲリオン」の青いネクタイをしていますが、これは、この福島県にあるアニメ製作会社から大臣に贈られたこのネクタイを毎日締めて、復興の心意気と福島の人たちに対する心寄せとしているのです。

公僕だからといってその者に何でも言っていいわけではありません。

公僕も等しく働き税金を納めております。

さらに一般公衆の安寧平和のため、陰で血の滲むような苦労をしているのです。

大臣しかり、自衛隊しかり、公務員しかり。

海軍招集兵・戦後は市役所職員の祖父と、警察官を務めた父を持ちます自称ブロガーの筆者からは以上です。

(平成29年4月7日 金曜日)

2017年4月6日

アマゾンの発行するポイントが世界主要通貨に取って代わる日が来る?



2017年4月時点の記事です。

アマゾンの世界制覇が着々とすすんでいるようです。

ついに、通貨を使わない独自のサイトポイントで全ての決済を実現しようとする野心的な取り組みを始めたということです。

つまり、このままいきますと、例えば給料でも報酬でも売り上げでも「Amazonポイント」で支給され、そしてオンライン上のクラウドで管理されているAmazonポイントの財布から自由にオンラインを通じて世界中のほぼ全ての商品やサービスを「購入」「利用」することができてしまうことになるわけです。

飲み会の割り勘もあとで一瞬でオンライン上でできてしまいます。


世界中で最も意味あるデータを保有している組織主体は


すでに、顧客の購入履歴といった意味あるビッグデータを最も多く持つ組織体はグーグルではなくアマゾンに移行しつつある、というレポートもあります。

確かに検索世界最大手のグーグルの保有しているデータ量は膨大ですが、その多くは顧客が無制限にアップロードし続けている動画や写真といった重いデータが多く、データ分析についてはもう少し待つ必要があるのかもしれません。

そんな訳で最近の株価や時価総額も、アマゾンは急成長中です。

なりすましなどの詐欺により、ポイントが勝手に使われる、といったリスクは常についてまわりますが、たとえ現金通貨や預金通帳を大事に持っていても、盗難のリスクがあることと比べれば、大した違いはないというレベルにまでクラウド上のセキュリティ対策は進んでいるのかもしれません。

それに、国家機関ですら、情報を漏洩させたり消えた年金事件のようにやはり漏洩するリスクがあるということからすると、日々セキュリティやサービスを物凄い勢いで進化させているこうした会社組織の試行錯誤により、世の中全体のサービス水準は格段に押し上げられているとも言えるのです。

引き続き、こうした流れに注目していきたいと思います。

小さい時の切手集めからポイント集めが大好きな筆者からは以上です。

(平成29年4月6日 木曜日)

2017年4月5日

改めて株式投資というものにつきその本質から論じてみたいと思います

育てるイメージ



2017年4月の記事です。

あたらめて、年度はじめに基本的なところを確認しておきたいと思います。

特に株式投資を始めるときに、改めて考えてみていただきたいと思います。

例えば手元に100万円があるとします。

そして、何でも良いですが、何か値上がりしそうな・自分が興味を持った会社や銘柄を@1,000円で1,000株購入したとします。

さあここから値上がりするかな~と株価をチェックする毎日が始まりますね。

値上がれば楽しいですが、値下がると、今の評価額と含み損失額が気になり出します。

例えば、その株式が@900円になってしまったとします。

そうすれば、評価額は90万円、嫌な色で▲10万円、の含み損が出ます。これは気持ちが良くないものです。

しかし、ここで考えをしっかり確認することです。

あなたは、100万円の株を買ったわけではない、この銘柄を1,000株買ったのだ、と。

たまたまこの1,000株についた今の値段が90万円、ということで、より長期的には市場の評価が上がる可能性は十分に残っている、ということです。

そもそも買うときにしっかり銘柄を調査して自らの100万円をその株1,000株と交換しても良い、と決断して購入に至っているのです。

一日一日の値動きにいちいち一喜一憂することはやめましょう。


売ってしまえばそれまで


反対売買をしてしまえばそれまでです。

その1,000株をいつの値段で売ろうが、それはあなたの自由なのです。

株を買ったらその時の値段を気にしすぎず、将来の可能性に賭けてじっくり気長に育てたいものです。

もちろん倒産してしまって紙切れになってしまえばそれまでです。

しかし倒産さえしなければ上を伸ばすことはできるのです。

下は0円ですが上は青天井、それが株式投資というものです。

短気は損気と相場の格言でも申します。

じっくり育てていきたいものです。

儲けても損しても、すぐ売ってしまう我慢の足らない、飴もすぐ噛んでしまう筆者からは以上です。

(平成29年4月5日)

2017年4月4日

ノーベル平和賞という賞は政治的な色彩を帯びざるを得ないという議論

トルストイ「戦争と平和」



2017年4月の記事です。

ノーベル平和賞は創始者のノーベルがもっともこだわった賞なのですが平和の定義が立場や思想によって曖昧なので非常に議論を呼ぶ賞となっています。

オバマ大統領といい2012年の欧州連合といい、受賞するのもまだ早かったのではないかと思うのです。


特にEU(欧州連合)といえば複数の国で成長率などを約束しておきながら、できなかった国の分のつけを、それを法律・団体責任という名の下に何の非もない真面目な他の加盟国に等しく責任を押し付けようとしたあまり褒められないシステムであり、欧州金融危機という全世界に悪影響を与えた張本人なのではないでしょうか。


そして今回のイギリスのEU離脱、トランプ大統領誕生、そしてフランスにおいても極右政党の党首が大統領になろうかという勢いです。


フランスでは極右のル・ペン大統領候補が台頭中


女性のル・ペン候補は、テロ事件で自らも傷を負ったことのある経歴と、同じく極右政治家だった父親の思想を受け継ぐものとして、今非常に人気が出てきています。

彼女らの主張は移民排斥とEU離脱ですから、残る大国はドイツのみということになり、EUの経済力は危殆に瀕することになります。

EUの仕組みでは、こうして各国の主権を認める中で、そもそもちゃんと経済改革をおしすすめているのかを監視する機構すら独立国の内政干渉の壁がありできにくいのです。

EUがノーベル平和賞を受けることになったとき、その受賞においてはそもそも誰が真の代表者なのかというせめぎあいがありました。

日本のみずいろフィナンシャルグループもビックリの3頭体制、すなわち、当時のファンロンパイEU大統領とバローゾ欧州委員長、シュルツ欧州議会議長の3人が授賞式に出席したようですが、さて受賞のスピーチはどうしたのでしょうか。

筆者は寡聞にして存じ上げません。

そんなEUがゆるやかに崩壊していくさまをこれから見ることになるのでしょうか。

フランス大統領選挙からも目が離せません。

政治大好きの筆者からは以上です。

(2017年4月4日)

2017年4月3日

シン・ゴジラ配信を繰り返し見続けて得たたった一つの教訓を伝えます



2017年4月の記事です。

ハワイからの帰りも10時間以上のフライトです。

行きのフライトでは「君の名は。」を繰り返し舐めるように観ましたが、これは初見でしたのでどうも分析が浅くなったような気がしますが、こちらの帰りの便では映画館でも3回観て大体のあらすじ及び細部における作り込みや伏線もかなりの部分「解明」してきていたと自負していた映画「シン・ゴジラ」の鑑賞と分析に費やすことにいたしました。

映画館では、まず4D+2D対応で、動きと迫力のある振動効果の中初見を堪能し、2回目は通常の2Dでしっかり話の流れを確認、そして3回目で復習とばかりに細かい台詞回しや登場人物の固有名詞や特徴を味わいながら観たのです。

しかし、改めて機内サービスでの「いつでも巻き戻し可能」で提供される映画配信サービスは優れものです。

しかも、英語他の外来語ではありますが、字幕(キャプション)がつくので、この、やたら台詞が多く早口で専門用語がひたすら流れ込むように進む2時間ちょうどの映画の理解を、まるで本を読むように頭に叩き込むことができるのです。

英語の勉強にもなります。

邦画でこれだけ英語の勉強ができるとは思ってもみませんでした。


シン・ゴジラの真の誕生


少しだけネタバレになりますのでご注意願います。

さて、いかにしてシン・ゴジラは「誕生」し(どうも同位体元素の放射能の無害化を研究していた米国の研究所責任者であった日本人の「教授」そのものが、ゴジラに「変態」していっているように見えますがネタバレですのでこの辺にいたします)、成長し、変異を遂げ、そして我々がよく知るゴジラに成長していくかを我々はたどることになります。

まず、第0段階をその教授とすれば、第1段階は尻尾のような蛇型生物による水面蛇行、第2段階は蒲田に上陸して小さいながらも足を生やして陸上歩行を行い、第3段階において立ち上がり手が生える、そして目も魚類のようにまぶたのない左右に展開するものから、だんだん正面を向くようになり焦点を合わせて二つの目で見るという方式に「進化」するのです。

まるで、魚類から両生類、そして爬虫類から鳥類そして哺乳類に進化した動物の歴史を、1個体で完遂できる完全生物と言えるでしょう。

しかも動力源は無限の原子力エネルギーです。

発生する核エネルギーは攻撃目標に「放出」することで、日本の東京のオフィス群はもとより、アメリカ戦略爆撃機数機も一瞬で灰にしてしまうという超恐ろしい武器となっています。

そして、一度海中深くに戻り、第3段階より体長を2倍以上に大きくさせ、我々日本人に親しいいわゆる完成形態ゴジラ第4形態として再度相模湾から東京に向けて進撃を開始します。

そうして、国連決議と安全保障理事会の決議を経た熱核攻撃による滅失プランの期限が着々と迫る中、ヤシオリ作戦と命名したゴジラ核分裂反応冷却停止プランというべき腹案に日本政府は賭けて腹を決めるー

そのようなクライマックスを迎えます。


ヤシオリ作戦とは


ヤシオリ(八塩折)とは古事記日本書紀に出てくる日本神話のお話、すなわち天上の高天原(たかまがはら)から追放された荒ぶるやんちゃな神さま「スサノオノミコト」が降り立った出雲の地で、毎年娘を一人ずつさらっていく八つの首の大蛇「ヤマタノオロチ」を退治してほしいと老夫婦に頼まれまたときに、一計を案じて用意した八つの桶に用意したお酒のことです。

冷却材の経口投与によるゴジラ沈黙作戦を、古代神話のヤマタノオロチ退治の作戦に見立てたというわけです。

こうして各国の政治的駆け引きの中、東京が熱核攻撃によりゴジラもろとも消滅するカウントダウンが迫る中、ヤシオリ作戦は多大の犠牲を払いつつもからくも成功し、ゴジラは急速冷凍し全ての活動を停止しました。

しかし、映画の最後、歴代のゴジラに比して長すぎるその尻尾の先(もっとも進化が早い部分)が一瞬映され観客は驚愕します。

なんと、あと数秒で尾っぽから人型の群体化した無数の第5形態ともいうべき有翼化した個体が生まれ出るところだったのです。

まさに、超弩級戦艦から数百機の航空攻撃部隊への変貌。

戦略戦術の大転換です。

そうすれば熱核攻撃も避けられ、太平洋を横断して米国本土まで達する、最悪のシナリオとなっていたはずなのです。

この大艦巨砲主義から無数の航空部隊への戦力交代を半ば予想しながら、冷却作戦に賭けた日本はすんでのところで救われました。

東京の中心部に墓標のように屹立するゴジラ。

熱核攻撃による首都壊滅(皇居も一瞬にして灰となります)よりも世界に災厄を与える可能性があったという恐怖を植え付けながら、映画はエンドロールに向かいます。

2時間ですがあっという間のストーリーです。

台詞が非常に多く登場人物も多い、そんな変わった映画ですが一見の価値はあると思います。

そんなハワイからの帰路だったのですが、肝心のハワイでは遊びまくってそして何もかも忘れてきました筆者からは以上です。

(2017年4月3日 月曜日)

2017年4月2日

株主代表訴訟についてこの意味するところを批判的に述べてみたいお話



日本を代表する老舗製造業の東芝グループが、海外子会社の無限責任によって危殆に瀕しています。

日本最大の航空旅客輸送サービスの日本航空が破綻した時も非常な驚きでしたが、100年を超える社歴の大企業も、信用を失い墜ちるのは一瞬ということで非常に引き締まる思いです。

さてこうした株主にとって厄介な投資企業の価値下落に対して、日本の法律では金融商品取引法(旧証券取引法ですが、証券に限らずあらゆる形の金融商品を包括的に規制すべく、金商法として生まれ変わりました)で権利行使が認められておりまして、株主代表訴訟と題して当該会社の会社自体・役員・そして監査法人に対して損害賠償請求を行うことができるのです。

具体的には、

・有価証券報告書の重要事項に虚偽記載が存在し、又は記載すべき重要事項若しくは誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が存在しないこと(虚偽記載等)
・虚偽記載等のある有価証券報告書が公衆縦覧されている間に流通市場で当該有価証券を取得したこと
・虚偽記載等によって損害が発生したこと
・当該有価証券取得者が取得の申込みの際虚偽記載等を知らなかったこと

といった場合が列挙されています。


ただ訴えられた会社の価値も下がる


しかしながら、株主代表訴訟によって訴えられた会社側の株式価値はますます下がるわけですから、実際のところ株主が会社を訴えるというのは、同じ人が右手で左手を叩くようなものに似て、双方の利益にならない徒労のような感じもいたします。

もちろん、役員や監査法人といった外部者に対して責任を追求できるという点はあるのですが、これらの資力は限られておりまして、いわば左手に乗っかっているノミもろとも叩き潰すようなものであり、ノミを潰すことに快感を覚えたところで左手に戻ってくる利益は微々たるものでありあまり実効的な解決策でもないと思うのです。

身体や会社に変な虫やノミがつかないように監視したいところですが、逆に株主自体がチャレンジングな経営者をチャレンジングに求めてチャレンジングに博打させる傾向がままありますから難しいところです。

当初は名経営者と祭り上げておいて、期待利益を出せなくなってきたら過度のプレッシャーを与えて追い込む、というのでは昔の小作農家と地主やお上の関係となんら関係ないわけです。

株主と経営者、その会社の従業員がみな丸くおさまり同じ方向を向くことができる、そんな会社運営が理想です。

理想に向かっての第一歩がなかなか踏み出せない筆者からは以上です。

(2017年4月2日)

2017年4月1日

銀行の出資規制緩和による経済活性化策は成功するかどうかを考える話



金融庁が銀行による事業会社に対する出資の規制を大幅緩和するという案が検討されているということです。

銀行法を改正し5%としてきた出資比率の上限を見直すとのことです。

一気に20%程度に上げる案も出ているそうです。

特に、創業間もないベンチャー企業や経営再建中の企業の株式を銀行が持てるようにしたいということなのですが、政策意図に反し大企業に対する株式持ち合い営業になっていまうような気がします。


銀行はお金を預けている預金者に説明のつかないことは原則できない


経営再建中の企業の株式を直接銀行が持つことはなかなかできません。


預金者に説明がつかないからです。

貸した金はきちんと最後まで返してもらわなければ困りますので、経営再建企業の株式などを持って資金が固定されるのは大変なことなのです。

逆に融資先として優良な企業に対しては、実は銀行側の立場が弱い場合も多いので営業の見返りとして安定株主として当該会社の株式を持つということも多いのです。

世界最大の自動車会社や世界有数の高炉メーカーのような大企業に地方銀行までが列をなして株を持たせてくださいとお願いして回るのが目に見えるようです。

そもそも預金という特権で集めた金を、安易に企業の株式出資に使えるというのはいかがなものかと思います。

行き過ぎた株式投資を認めるならば預金金融機関としての特権を返上してノンバンクになるべきだというのが筆者の思うところでもあります。

銀行出身の筆者からは以上です。

(平成29年4月1日)