このブログを検索

2017年4月2日

株主代表訴訟についてこの意味するところを批判的に述べてみたいお話



日本を代表する老舗製造業の東芝グループが、海外子会社の無限責任によって危殆に瀕しています。

日本最大の航空旅客輸送サービスの日本航空が破綻した時も非常な驚きでしたが、100年を超える社歴の大企業も、信用を失い墜ちるのは一瞬ということで非常に引き締まる思いです。

さてこうした株主にとって厄介な投資企業の価値下落に対して、日本の法律では金融商品取引法(旧証券取引法ですが、証券に限らずあらゆる形の金融商品を包括的に規制すべく、金商法として生まれ変わりました)で権利行使が認められておりまして、株主代表訴訟と題して当該会社の会社自体・役員・そして監査法人に対して損害賠償請求を行うことができるのです。

具体的には、

・有価証券報告書の重要事項に虚偽記載が存在し、又は記載すべき重要事項若しくは誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が存在しないこと(虚偽記載等)
・虚偽記載等のある有価証券報告書が公衆縦覧されている間に流通市場で当該有価証券を取得したこと
・虚偽記載等によって損害が発生したこと
・当該有価証券取得者が取得の申込みの際虚偽記載等を知らなかったこと

といった場合が列挙されています。


ただ訴えられた会社の価値も下がる


しかしながら、株主代表訴訟によって訴えられた会社側の株式価値はますます下がるわけですから、実際のところ株主が会社を訴えるというのは、同じ人が右手で左手を叩くようなものに似て、双方の利益にならない徒労のような感じもいたします。

もちろん、役員や監査法人といった外部者に対して責任を追求できるという点はあるのですが、これらの資力は限られておりまして、いわば左手に乗っかっているノミもろとも叩き潰すようなものであり、ノミを潰すことに快感を覚えたところで左手に戻ってくる利益は微々たるものでありあまり実効的な解決策でもないと思うのです。

身体や会社に変な虫やノミがつかないように監視したいところですが、逆に株主自体がチャレンジングな経営者をチャレンジングに求めてチャレンジングに博打させる傾向がままありますから難しいところです。

当初は名経営者と祭り上げておいて、期待利益を出せなくなってきたら過度のプレッシャーを与えて追い込む、というのでは昔の小作農家と地主やお上の関係となんら関係ないわけです。

株主と経営者、その会社の従業員がみな丸くおさまり同じ方向を向くことができる、そんな会社運営が理想です。

理想に向かっての第一歩がなかなか踏み出せない筆者からは以上です。

(2017年4月2日)