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2017年4月8日

自分の後ろには誰もいないというラストマンの気概を持って事に当たる



2017年4月の記事をお送りします(いい話です)。

筆者の実家の北九州を拠点に就航している航空会社がありますが、そこの機内サービスで良い話がありましたので取り上げさせていただきます。

お亡くなりになったご家族の遺影とお骨を手荷物として持ち込んだお客さんに対し、機内サービスを担当するキャビンアテンダントの人が相談してその骨と遺影を空いている席に「座らせて」シートベルトで落ちないように固定した、というようなものです。

当然遺影とか骨壷とかいうことが外からわかるわけではないので、当初足元に置いていただけませんか、ちょっと中身は遺影なので、といったやりとりがあった上での現場レベルでの機転だったわけですが、このような場合に現場で実質的に判断するというのは非常に大切なことであるということがわかります。



東京電力の会長職に元日立の再建請負人川村会長が就任


今般、福島第一原発事故を引き起こした東京電力の会長に、元日立製作所の川村会長が就任することが発表されました。

まさに、原発被害者に真正面から向き合う物凄いプレッシャーに晒される火中の栗をわざわざ拾うわけです。

瀕死の日立グループの業績を、その現場力と雰囲気読まない社内文化を粘り強く育てることで、劇的にV字回復させたまさに伝説の経営者です。

御歳77歳にして、さらに社会に求められているということでの登板です。

この方は、日立の副社長時代に乗り合わせた航空機がハイジャックに遭うという経験をされておられます。

この時、当時の航空会社のマニュアルではハイジャック犯に極力逆らわないというものだったのですが、ハイジャック犯が機長と二人でコクピット席に立て篭もり、機長を刺殺し自分で操縦を始めて機体ごと墜落させそうに至った時に、非番の機長職やスタッフが皆で立ち上がり、コクピットドアを蹴破り犯人を取り押さえ、何とか操縦桿を取り戻した、ということがあったことを乗り合わせて命拾いをした当事者として繰り返し語っておられます。

このまま飛行機を操縦したいと歪んだ願いを持っていたハイジャック犯に「任せて」いたら、確実に墜落して全員死亡していたはずなのです。

こうしたことから、川村会長は、「ラストマン」、すなわち自分の後ろには誰もやってくれる人はいない、そういった極限の状況でやりぬくことの大切さを学んだといっておられ、こうした心意気から今回の東京電力会長就任を受諾したものではないかと思います。

大いに尊敬し、また見習いたい経営者です。

同じ背水の陣ながら、そのまま流されてしまいそうな未だ本気出せない筆者からは以上です。

(平成29年4月8日 土曜日)