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2017年5月12日

ワークライフでなくワークライフシナジーでいくべきだという主張です




2017年5月の勢いに任せた主張をいたします。

ワークライフバランスという言葉があります。

筆者はこの言葉はあまり好きではありません。

なんだか、生きるということに働くということは含まれておらず、まるで仕事している時は息もしちゃいけないような息苦しさを感じるからです。

明治の富岡製糸場だろうが、産業革命初期のイギリスの工場だろうが、そこの工員たちは別に機械でもなんでもなく、生きた人間であり、生み出す製品がどこで役に立つかということを割と明確に意識して仕事に勤しんでいたのではないかと思うのです。

したがって、長時間労働とか激務とかいろいろ言われますが、やはり働くことの意義を人生の中できちんと理解または消化してご先祖様は額に汗して働いていたわけではないかと思うのです。

仕事も人生の一部であると認識しないと、仕事を人生から取り出してその二つを天秤にかけて、はい釣り合ったからバランスしていますよね、といったような話ではないのではないかと思っておりました。

「男たちの大和」という映画がありまして、これは先の昭和16年に始まったいわゆる太平洋戦争(日本政府が定めた公式の戦争の名称は大東亜戦争)の末期、昭和20年に沖縄水上特攻に向かう超弩級戦艦大和の乗組員たちを描いた作品ですが、その中に、「死んだら戦えん!」というセリフがございます。

当たり前ですが、死んだら戦えません、仕事できません。

物理的に死んだかどうかは別にしても、死んだような身体と精神で、呼吸だけしているのでは、よい仕事はできようもありません。

仕事をできるようになる大前提として、きちんと人生を生きているかということが重要なのです。

そして、仕事それ自体の主に失敗経験は、人を非常に大きく成長させる良薬であったりします。


さっさとやって、とっとと失敗せよ


さっさと行って、とっとと失敗する。

これこそが、何事も上手くなるための一番の秘訣です。

泳ぎを覚えるのに、陸上で泳ぎ方をいくら習ってシミュレーションしても、決して泳げるようになりません。

失敗しても致命的でない環境を確保して、その中で思い切り失敗を繰り返せば良いのです。

そうするうちに、泳げるようになります。

自転車も同様です。

まずまたがり、足をつきながら流して行きます。

時々転びますが、足がついているので大事には至りません。

そのうちサドルに足が届き、踏み込めるようになり、自走し始めます。

こうして自転車に乗れるようになるのです。

つまり、仕事は生活、人生の中にしか存在しえないし、人生を無視した仕事作業媒体としての人間など存在しないので、ワークライフバランスという言葉は正確ではありません。

そこで、ライフワークシナジー、もしくはライフワークコラボレーションという言葉を推奨します。

要するに、仕事やプライベートが渾然一体となって人生を形作り、それがますます面白い人間を作り上げ、面白い人間はクリエイティブな仕事という成果を生み出し自分としても面白い人生を送っていると心から感じられるようになる、といった考え方です。

したがって、ここには仕事やプライベートという明確な線引きはあまりありません。

ただし、ここでいう仕事とは自らが選びとって行う仕事のことを差し、断じて他人から指図されて行う作業を含むものではないということを特記したいと考えております。

以上、ライフワークを旧ブログ名に採用しておりましたくらいのライフワークを信条にしております筆者のこだわりをお送りしました。

人生において、読まれないブログを書き続ける失敗をひたすら積み上げております筆者からは以上です。

(2017年5月12日 金曜日)