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2017年5月22日

わが国の国家官僚の時代国家認識に一般と徹底的な差異があるという話




おはようございます。

2017年5月の記事をお届けします。

本日は割と長文かつ筆者の意見が色濃く出る系統の記事ですので、読み進まれる場合はご留意ください。

学生時代、国家公務員総合職試験(院卒者、大卒程度)の試験を受けることすらしていない筆者が通ります(旧司法試験も不合格です)。

さて、経済産業省の次官・若手プロジェクトなるものが2017年5月に世の中に発表した「不安な個人、立ちすくむ国家〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜」という紙がありまして、この内容が面白いので言及するものです。

リンク先はここです。

http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/020_haifu.html

の中の、資料2「不安な個人、立ちすくむ国家〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜」というのが当該資料です。


時代国家認識に徹底的な差異がある


この手のパワーポイント資料は、21世紀になってしばらくしてから、特にリーマンショックに端を発した世界的な景気後退や金融危機、もしくは日本国債の際限ない増加と少子高齢化といった人口構造の変化による年金福祉への不安が世の中を覆ってきた、と勝手に自己推測規定する官僚たちの自己満足の作品群の一つで、同じ内容をいろいろ表現を変えて述べているおもちゃ的資料だと筆者などには見えました。

筆者もだいたい20年くらいはこの手の資料に触れてきています。

曰く、最近新しい公共とかいう珍妙な言葉で言われてきたものと同じような類のものであり、今更そんな現状認識でやっていけるのかと思うくらいの内容になっているような気がしてなりません。

パワポ内容のデータ群の間違いの前に、そもそもこういったペーパーを世に出せる時代認識というか社会背景への理解が徹底的に偏っていると思うのです。

すなわち、冒頭で述べられている「かつて、人生には目指すべきモデルがあり、自然と人生設計ができていた。」というくだり、いきなり「かつては人生設計は自然とできていた」らしいのです。

笑うべきところだと思います。

一体、バブル崩壊の足音の中で狂騒から目が覚めた昭和末期の人たちが、どこで自然と人生設計ができていたのか、農村から都市へひたすら流れ込んで続く公害問題に打ち震えながら高度経済成長を体現してしゃにむに働いてきた昭和中期の人々がどこで自然と人生設計ができたのか、さらに前になれば戦後の混乱期の中で必死にもがいて生きた昭和前期の方々や、そもそもかの大戦をアメリカやイギリスといった世界の覇権大国相手に戦い、陸に海に多大な犠牲を払った散った我々の先人たちが、明治の時代後期は世界の超大国ロシアと遠く満州の極寒の荒野まで数十万規模で戦いに出向いた我々のご先祖様たちが、どこで自然と人生設計ができていたのか、直近では2011年の地震による大震災にて生活基盤と愛する家族や知人を根こそぎ奪われた方々などが、自然と人生設計ができるのか、本当にこれは市井に生きた我々の先人たちに対する通常の認識で書かれたものであるかきわめて疑問なのであります。


人生は100点満点らしい


ペーパーは続きます。

「今は、何をやったら「合格」「100点」か分からない中で、人生100年、自分の生き方を自分で決断しなければならない」

らしいです。

人生に点数が、しかも100点で満点とは、その発想自体が本当にかぐわしい香りが致します。

自分の生き方は、いつだってご先祖様も自分で決めてきました。

今を生きる我々の人生も、自分で決めなければなりません。

誰か点数をつけてくれるのでしょうか。

さらにペーパーは続きます。

昭和型人生スゴロクという珍妙な言葉が出てきます。

ここには、官僚や一部上場の大企業のサラリーマンが持っている「ような」人生観のみが彩られ、中小企業やいわんや自営業の方々に対する目線はそもそもありません。

みんな大卒であることが前提のようです。

それは自らの環境からすれば、仕方のないことなのかもしれませんが、中卒や高卒の人たちの方が多数派であることを、わかっていないことをわざわざ表現されるのはよろしくないと思います。

自分自身でペーパー自体で1/3しか存在していないと試算している終身雇用型人生を100点と換算し、それ以外は減点していくというのは笑うべき視点です。

そもそも、昭和型主婦業や終身雇用による家計の一本足夫転勤族、といったモデルこそ、長い我が国の歴史上異端的な特異な(悪い意味で)限定的な社会的制度であって、軽く200年前には彼らの金科玉条とするところの官僚機構すらなかったことを考えますと、画一的な価値観が多様な価値観に変化した云々というより、自分たちの立ち位置の方が特異な分野に属していたということであることなのに、それが分かっておらず天動説的に世の中が変わったなどと御託を並べるのは控えめにいってほとんど冗談、率直に言って有害だと思われるものです。


もともと国家も人生も多様でした


もともと、歴史的に世の中多様でした。

そして、これからも世の中は多様でありましょう。

このような行政文書に垣間見える多様な価値観という言葉自体、要するにこれまで見えていなかった世界を見た方々が嬉々として書いているだけで、そんなのどっこいずっと昔から市井には存在しています、ということなのです。

まるで、すでに存在していたものを、意識下に持っていなかったものが、新発見だと騒いだところで滑稽なのと一緒で、官僚の価値観と彼らのかくあるべきという社会制度設計にそぐわない方の人が多いことに最初から気づいていないか気づこうとしないわけです。

有史以前から、社会も個々の人生も多様性に満ちております。

そうやって歴史は形作られてきたわけで、そんな必死に生きたご先祖様の最後のつながりで今の我々がフロントの今を生きているわけです。

再掲しますが該当ペーパーでは、「漠然とした不安や不満」が今出てきてますみたいなこと言ってますが、100年前は日本国の浮沈をかけて日露戦争を戦っていたわけですから、漠然どころか物凄い不安と不満の中で、それでも前向きに市井の人たちは生きてきたのです。

人生は双六ではありません。

さらに、「今後は人生100年、二毛作三毛作が当たり前」などとも書いておりますが、そもそも同時に複数から収入などを得るのが当たり前の生活なのです。

現役時代はどこかの組織に一意専心働いて、定年になって体よく追い出されたら二毛作なんて、そんな認識自体が錯誤的です。

従来の業務や仕事の概念もものすごい変化にある中、一定年齢後の退職後に何か稼いでね、では話になりません。

年金出せないからといって自己責任で丸投げにしているだけです。

ちなみに年金や健康保険制度がなくても昔からみな割と強く生きてきました。


日本イコール自分たちと言い切れる幸せ


そして、極めつけは、最後のほうの「なぜ日本は、大きな発想の転換や思い切った選択ができないままなのだろうか」という大上段の問題提起です。

来ました、大上段からの日本(にっぽん)論。

大きな発想の転換や思い切った選択ができないのは、官僚機構におられるご当人だけで、既に日本人の発想の転換はいつの時代でも状況に応じて柔軟に行われています。

柔軟に発想するから、政府が必死に納めてねと願う国民年金の未納率は上がるわけです。

貰えそうにないからです。

柔軟に発想するから、法科大学院の入学者数は減少の一途なのです。

弁護士になるのであれば予備試験を受ければよいし、そちらの方が合格可能性が高いからです。

官僚文章はこうした流れを後追いで記載して悦に入ったり苦言を呈しているだけです。

官僚たちイコール日本ではありません。

日本はもっと大きな存在で、多様性に満ちております。

鎖国だって政府が言ったら記録上鎖国ですが、市井の人たちの認識は違います。

琉球とだってつながって砂糖の密貿易で財を成したし、アイヌとの昆布の交易で年貢を払った藩もあったし、そもそも長崎や平戸では定められた貿易量をはるかに上回る闇の商品流通網が整っており大阪や堺などとつながっておりました。

したがって、このようなペーパー作業しかできな政府が具体的にできることは非常に限られております。

せいぜい、余計な規制を緩和して個人や組織の活躍の邪魔をしないといった程度のことなのです。

われわれの現在の生活や国家基盤を支えているのは、個人、そしてその集合である企業や非営利団体の日々の努力の積み上げということです。

このペーパーが、民間企業のコンサルタントによってつくられ売られたとしたら、それを買う人は特にいないと思います。

解決策がないからです。

そういうわけで、私は好きにする、君らも好きにしろ、という言葉で本稿を一旦締めたいと思います。

こちらからは以上です。

(平成29年5月22日 月曜日)