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2017年8月29日

会議のための会議を減らすという試みがようやく始まったように感じる話





おはようございます。

2017年8月の記事です。

ずっと前から、それこそ何十年前からわかっていた話であるのに、実質的に何の手もうってこなかったため、現在の我が国は未曾有の人手不足の状況を呈しています。

あと数年で人のやる仕事は激減してAIやロボットに置き換わるといった極端かつ前衛的な論調もありますが、現実問題として人が人のために行うサービス業において、人員を減らすというのは非常に難しいことになっております。

そうして現場の現業の人手不足を補うために、会社や組織によっては管理部門や営業部門といった職種の生産性向上を本気で考え出したところもあります。

業務を極力効率化合理化して、そうやって浮いた人員を現業や人が足りない部門に充てようというのです。



最も合理化すべきは会議



さて、この点ほとんどのホワイトカラーや研究職、管理部門といった部門の人間がうっすらと、しかし非常に明確に激しく同意しているであろうこと、それはもう少し会議が合理化されないものだろうかということです。

実は、意味が本当にあるのだろうかという会議が会議として自己増殖していくのは、官僚制の本質を鋭く指摘したマックス・ウェーバーやマートンに依るまでもなく、あらゆる働く人に等しく意識されているところだと思います。

例えば、ある会議で話すところの内容を確認する会議だったり、開催しようと目論む会議に向かってすり合わせを行うための会議だったり(中2階的会議と筆者が勝手に命名しました)、さらにはある部門が会議を減らすために数時間も会議をしたという笑えない話まで会議で聞くことがあるくらいです。

このように、会議というものを、身体的拘束を伴うものからフリーにして、例えばチャット形式にしてそのまま自分の作業に没頭しながら進んでいく議論をチャットの流れで追うことができて、さらに自分が発言したり突っ込んだりすることも忖度することなく雰囲気読むこともなく、さっとできてしまうような形がこれからは求められていくのかもしれません。

会議を減らすことが目的ではなく、できるだけ高密度で高効率のコミュニケーションツールとしてオフラインの伝統的な会議以外にどのような方法があるのか、そうした代替手段を考慮していく方が単に会議を減らそうとするよりも負担が少ないのかもしれません。

そんな話をやっぱり会議で長々としてしまいそうな危ない筆者からは以上です。

(平成29年8月29日 火曜日)