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2017年9月2日

北朝鮮はなぜわが国日本を挑発する瀬戸際外交をやらざるを得ないのかを考えた





おはようございます。

2017年9月の記事です。

北朝鮮の核・ミサイル問題が世界中を賑わせています。

なぜ、北朝鮮はわが国を挑発する瀬戸際外交をやらざるを得ないのでしょうか。

なぜ北が日米をあからさまに挑発し続けて、自国の事態により深く関与させようとして必死になっているのか、一見全く理解し得ないことではあります。

しかし、物事の本質を見極めるためには、相手の立場になって考えてみるということも大切です。

相手の身になって(相手のことを慮るのではなく単に立場を変えて)考えてみたいと思います。

中国とロシアという極めて独裁的で恐ろしい、いわゆる「大国」に隣接する弱小国家勢力は、その「大国」による併呑(両国による分割統治や信託委任統治、自治区設立を含む)を回避するためにどのように振る舞うのが得策でしょうか。

当然、自勢力だけでその「大国」に抗し果せる事はできないので、その大国に匹敵する以上の別カテゴリの「大国」が、自勢力の存廃に関わる事態に関与せざるを得ないように段取りして、要するに巻き込んでいって、その挙句、「大国」と「大国」同士の牽制によって、自勢力がどの大国にも結局併呑されないように立ち振る舞い、その自勢力を統治する金王朝一派の安泰と存続を図るというのが、北朝鮮政府(金王朝一派)の根本戦略であるとみることができます。

具体的に書きますと、関係諸大国間のけん制(中国・ロシアと日本アメリカ韓国)によって、自力で立つことのできない北朝鮮という国家の体を為していない勢力が、どの大国にも併呑されないように立ち回る他ないという状況が現にあるわけです。

そして、北朝鮮という弱小勢力(国と呼ぶことすら疑わしいレベル)が、日米などの諸大国を自国に引き寄せ、このままでは中国とロシアの食い物になり解体されることが確実である自分の国(とまだ自分では思いたい)を中国やロシアから一定以上自由な状態の、独立した勢力として認知させ存続を許されるような「立場」に封じてもらうことが一番大切なのです。

そうすれば、いわゆる北朝鮮という自治政府の皮の下で、実質的には金王朝一派による専制独裁体制が大きな後ろ盾の下存続を許されるというハッピーな結末になります。

日米の力は単なる中露に対する当て馬です。

日米の外交高官も、もちろん中露の外交エリートも、当然こうした「構図」については熟知しておりまして、金王朝の策には乗らないと思っているのですが、手をこまねいているうちに北朝鮮の跳ね返りはますますエスカレートし、もはや本当に戦争したいのかというレベルにまで到達してしまったというわけです。

北朝鮮の領土と人民を、これまで通り、これまで以上に金王朝一派の食い物として捧げ続けるために、利用できるものは何でも、日米の軍事力すら最大限利用しようとしている、それが北朝鮮の瀬戸際外交の本質です。

単に、金銭的な援助や支援物質が必要ならば、より合理的で穏便で有効な他の手段があるはずですがそうはしません。

また、真に現在飢餓で苛まれて死んでいく気の毒な人民に対しては、もともと金一派からみれば、唾棄すべき旧華族や地主階級、知識階級でありもともと敵対分子であった層であるわけですので、飢えて死んでも何ら問題ないわけです。

手間が省ける、というくらいの感想です。



金王朝存続が唯一の目標



金王朝一派にとっては、自分たちに貢納し得ない状態にまで窮乏した自国民など、死んでもらっても構わない存在なのです。

それは、現に人道的観点で諸外国からなされた支援物資の受領を北朝鮮政府が拒否した事にも、端的に示されております。

残念ながら、金王朝一派の望みはただ一つ、自分たちが食い物にしつづけてきた北朝鮮の領土と人民が、丸ごと中国なりロシアなりに併呑もしくは分割統治されることを防ぎ、自勢力の存続可能性を少しでも増すこと、そのことに尽きます。

そういう訳ですので、日本の心ある市民階級の方々におかれましては、決して裏で中国が糸を引いているといった謀略論に惑わされることなく、諸外国ときちんと連携して立場を明確にして、暴発する北朝鮮に対して石油禁輸、人員交流全面禁止と着実な履行を求め、北朝鮮内部での市民革命や体制変更を待つ、という気長な対応が実は望ましいということを知っておいてもらいたいと思います。

北朝鮮の首脳らとしては、北朝鮮の頭上で、中露と日米韓がぶつかるくらいまで国際情勢を混乱させ、双方に対して距離を取りつつ自勢力の維持を図るというのが望ましく、その他に自国を特に中国の支配から逃れさせられる手段がないと任じているのかもしれません。

なお、本論は筆者の仮説で中国の本音は別のところにあり、かような貧乏勢力の面倒をこれ以上みるのはまっぴら御免、というものであるかもしれないので、念のためご了承ください。

かつて大学時代、何となく華やかな、国際政治学のゼミに入りそびれたおたく学生だった筆者からは以上です。

(平成29年9月2日 土曜日)