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2017年10月6日

立憲民主党のツィッターフォロワー数が15万人を超えた(2017年10月6日現在)




おはようございます。

2017年10月の記事です。

解散された衆議院議員選挙の公示(衆参両議院議員の選挙の時だけは公示を使い、その他の選挙、例えば東京都知事選挙であっても告示の文字を用いるのが慣例)の日の予定である2017年10月10日(火)を控え、各党の「事実上の選挙戦」というべき活動もヒートアップしてまいりました。

そんな中、野党第一党である民進党所属議員が丸ごと公認を取り下げ、一旦全員小池百合子東京都知事が率いる希望の党の公認を得て立候補するという奇策を打ってきました。

しかし、全員移籍といった都合の良いことにはならずに、民進党代表である前原議員も想定内と強弁する、民進党の事実上の分裂を招くこととなります。

ここで、つい最近行われたばかりの民進党の代表選挙を前原相手に戦った、枝野議員が立ち上がったのです。

立憲民主党の旗揚げです。

なぜ、民進党のままではなく、離党届を出さなければならなくなったかといえば、民進党としては相変わらず存続しその代表は前原議員であることから、自らが率いる政党を作るには、既存の民進党を離れなければならなかったからです。

しかし、枝野議員の一派は、性急に離れることをよしとせず、希望の党から排除され、考えが違うといってさんざんいじめられるまでじっと耐えていました。

その上で、民進党の中で声を上げてももはや無理、というぎりぎりのタイミングまで待って義理を果たして仁義を切った上で、背水の陣で打って出てきたわけです。

自らこそ民主党・民進党として20年の歴史のある歴史の正当者だという強烈な使命感です。

まさに、枝野立つ。

東日本大震災(2011年3月)時の、官房長官として不眠不休で業務会見交渉対応に当たっていた枝野官房長官(当時)には、枝野寝ろというハッシュタグがつき、非常に応援されていたことは筆者も覚えています。

当時の民主党政権、首相以下内閣の面々も右往左往するばかりのところ、官房長官として全ての情報を差配し、適切に国民に呼びかける姿は今でも国民に残っていたのでしょう、立憲民主党の立ち上げたツイッターアカウントが、アカウント設定わずか2日で10万人を超え、2017年10月6日現在15万人を超えるまでに急成長したのです。

ちなみに、自民党で11万人ですから、その急速な広がりの大きさには驚くばかりです。

このツイッター上で、希望の党より公認を得られなかった、元議員および新人候補者、さらに今回の選挙では関係のない参議院議員までも、ネットの1分動画で政治家自身の言葉で語りかけるようになってきました。

記事のリツイート数も上昇し、実際かなりの順のネット検索で立憲民主党の面々の言葉が聞けるようになっております。

対する希望の党のツイッターフォロワー数は、1万人に満たない6,000千人程度です。

希望の党の紹介は代表の顔をわざと出さないよくわからない演出で、無駄に金だけかけたような感じですが、立憲民主党のツイッターで見れる動画は、1分といったダイジェストでまとめ、拡散しやすく軽く動く作りにしており、内容も、枝野議員の街頭演説のダイジェストで聞いている市民がちゃんと入るように工夫された迫力のあるものです。

そうして、日本には、意思を持って立ち上がり、自分の言葉で訴える気骨ある政治家に対して、純粋に自らを重ねて共感し、関心を持ち、支持や応援をするという人が多いのだと思うのです。

もちろん同党ツイッターの中の人の努力や1分動画の埋め込みといった編集手腕のおかげもあると思いますが、枝野幸男という政治家への期待が急速に高まっていることの証左であると考えれれます。

今までの、なんでも反対で党内バラバラと言われた民主党や民進党では埋まらなかった渇望感が一気にこの一連の流れによって誕生した新しい政党に流れたような感じです。

やはり、政治家の武器は決意と言葉です。

人として信用して自らの気持ちを重ねたいと願えるかどうか、そうした選別はネット社会の一瞬で広がる速報性と相まって、大きな動きになるのかもしれません。

先に民進党を離党し小池代表の側近気取りで元同僚を選別した細野議員も、それに乗っかり民進党ごと売り渡したとも言える前原議員も得られなかった圧倒的な支持の広がりを見せるかもしれず、こうしたドラマがあるのが選挙のダイナミズムだと非常に感心して見ています。

投票日予定の10月22日まであと2週間、日々の動きを追うのが楽しい筆者からは以上です。

(平成29年10月6日 金曜日)