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2017年10月29日

なぜノートやメモに書くのかということを科学的に考察してみた話




おはようございます。

2017年10月の記事です。

筆者は、こうして毎日ブログを「書いて」いますが、PCやスマホに文字を打ち込む以上に、実際にノートに書いたりメモを取ったりするというのも大切にしています。

これは、筆者が昭和生まれであることとはあまり関係ありません。

だいたい、書きたいことや整理しておきたいことが頭の中に沸き起こるのは一瞬です。

そして、その一瞬の際にちょうど手がキーボードにあれば良いですが、だいたいそういう運の良いことはありません。

スマホのエバーノートを立ち上げて、というのもその一瞬の起動が面倒です。

だいたいこういうときに限って、このエバーノートというアプリの特性か欠点か、回線不良でうまく立ち上がらなかったりするのです。

ですので、ノートを取り出すか、ポケットに突っ込んでいるポストイットに書き込むことになります。

以前、「博士の愛した数式」という本を読みまして、映画も見ましたが、記憶が80分きっかりしか保たない数学博士が自分のしたことすべきことを自分のジャケットにメモをピンで貼り付けておくという描写があります。

このような極端な例でなくても、人は膨大に物を忘れていく動物ですから、その中で忘れておきたくないことは書き留めておく方が良いと思うのです。

実は、自分も自分で書いたブログを後で読み返して見ると、へー、意外に面白いこと書いてるねーとかいやー熱いねーとか、自分の文章のくせに、まるで他人が書いたものを批評して読んでいるようなそんな変な感覚に陥ることがあります。

例えば読者に読まれている記事があったとすると、この記事のどこが面白くて読まれているのか考えながら読むと、これまた他人が書いた文章を批評しているような気分になります。

書いているときには、非常に集中しています。

ですので、逆説的ですが、書いているときには書いていることの記憶がないのです。

何を考えながら書いていたのか、それはもうきれいさっぱり忘れてしまいます。

ここは、睡眠から目覚めて見ていた夢をすっかり忘れてしまうのに似ているかもしれません。

ということで、集中力を活かすために、なんでもノートに書いておけば、自分専属の秘書がそこにいて、自分をいい状態に導いてくれるというそんな感じがするということになります。

もちろん、情報の保存や検索の容易化のために、エバーノートなどのデジタルツールも積極的に使うべきだと考えておりますが、これは、ノートを写真に取ってグーグルフォトにアップしておくということでも最悪代替できるので、デジタルVSアナログという単なる対立構造を提示してどちらがすぐれるということを言いたいわけではありません。

かくして、私は自分の外部記憶装置兼秘書として、自分の能力の拡張要素としてノートやポストイットを使っていくと思います。

それを写真に撮っておいてクラウドにアップしておけば、後から振り返っても面白いというものです。

さて、そんな自分へのご褒美も欲しい筆者からは以上です。

(平成29年10月29日 日曜日)