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2017年11月30日

失敗したときにどう振る舞うかでその後の成長や到達点が決まっていくという話




おはようございます。

2017年11月の記事です。

さて、世の中で最もエキサイティングなものの一つに、起業というものがあるかと思います。

そして、起業とは今の時代、一部の起業家だけに当てはまるものではなくて、どんな組織や会社に属していようとも、起業家のように企業で働くことはできまして、そして企業や組織の側も、全ての仕事を全ての従業員にお膳立てしてあげられるわけではないことにとっくに気づいているのではないかと思います。

そして、働き方改革というような名のもと、従業員にこれまで以上に自律して、自ら動いて仕事を取ってきてもらいたいと感じているのではないかと思います。

仕事を能動的に取ってくる以上に、今ある必要な作業を少ない人数やコストや組織レイヤーで回していけることになれば、その分人が浮きますので、そのレイバーコストを新しい事業や既存事業の隙間にあって今までは手をつけられなかったところに踏み込む事もできようというものです。

そんな中で、起業家だろうが組織内の起業人的な人であろうが(今後ひっくるめて起業家と記載しますがそういう意味です)、成長スピードが著しく、見ていて気持ちがいい方々がどのように振舞っているかに興味がありまして、それを端的に申せば、「心構え」にあるのではないかと思いました。

どの起業家も、目標設定が明確で、気合いも入っています。

しかしながら、その目標に向かう手段としての試行錯誤を行う際の心構えとして、非常に安定した心持ちをしているのです。

言い換えると、ブレない心構え、といいますか、むしろ淡々としていると言っていいかもしれません。

街で声をかけた相手が振り返ってくれなくても、全く傷つく事なく次に行けるそういう図太い神経の持ち主。

自分自身の強みと弱みをよく理解していて、そして決めるまでには熟慮するけれども、一度やることを決めて、やる回数や期間も同時に決めたら、それをやりきるまで実行段階であれこれ考えない、といったマインドセットができるわけです。

100回声かけるまでは声かけをやめない。

100回お見合いするまで途中で諦めない。

100社受けてみるまでどれだけお祈りメールを受け取ってもとにかく100社受けきる。

といった物事をプラクティカルに実行できる、そうした淡々とした胆力が備わっている場合が極めて高いと思うわけです。

そのやる事自体が好きであることも重要だとは思いますが、どんなに好きなものやことでも、それゆえにどこかで飽きてしまうことはあるもので、例えば筆者もカレーやラーメンは大好きですが、流石に3日3食連続カレーだったらちょっと辛い、と思うようなものなのかもしれません。

それならば、嫌いな野菜を毎食少しづつでも食べる、という方がむしろ長続きするみたいな、そのような感覚です。

そして、全ての身の回りで起こる事象を、自分自身の成長の機会と捉えるように考え方が向いているということです。

なのでいちいち結果が成功だろうが失敗だろうが、どちらでも自分自身の成功の機会だと捉えることができる心構えの人は浮き足立ちません。

色々試して別の視点の意見を取り入れたり指摘に耳を傾けたりすることもでき、自らの問題点を洗い出して、結果まわり全ての環境を常に自らの成長に繋げることができる、ように周りから見える高い意識があります。

成功と失敗の考え方にも、ちょっと違ったものがあります。

成長する起業家は、成功をプロセスと捉えています。

目標に向かって具体的に進んでいる状態それ自体が成功なので、失敗というものは修正すべき課題が現れたくらいにしか考えません。

そうして、失敗は成功の母である、ということをわかっていて、失敗しようがそれはうまくいかない方法であったことがわかっただけであると気にもしません。

大切なのは、死に至らない失敗のやり方、失敗したときの受け身の方法を知っておくことです。

失敗を経験した時こそさらによく考え、同じ失敗を繰り返さないように素早く修正して見直すことができます。

その一方で、筆者のように成長率が低い者は、失敗した時点でまずモチベーションが非常に低下し、その問題点に向き合うことできず、問題を避け、忘れて、無視しようとします。

そして評判を落とします。

さらに面白いことに、成功した場合の振る舞いも違うのです。

筆者のような成長率の低い者は、たまに成功したときは目の前の成果をことさらに言い立てます。

要するにSNS的に「盛る」わけです。

しかし、爆速で成長している起業家は、そのような目の前の結果はおいておき、その成功がどういった組織の施策や具体的な取り組みによって導き出されたのかという検証にこだわります。

そうした方が同様の成功の再現可能性が増すからです。

成功する心構えや具体的施策の方に、意識が向かっているのです。

そういう意味で非常に前向きです。

筆者のような振り返ってばかりの人生はつまらない、ということです。

さて筆者も振り返って平成も29年までやってきましたので、新しい年に向かってはとりあえず延ばし延ばしにしている自身の成長を軸に日々捉えていきたいと思いました。

目線だけは高く持っておきなさいと指導担当に教えてもらったその言葉を今更噛み締めております筆者からは以上です。

(平成29年11月30日 木曜日)

2017年11月29日

世界を動かすにはまず自分を動かさねばならないとソクラテスは言ったという話





おはようございます。

2017年11月の記事です。

今からざっと 2,500年ほどまえ、ギリシャのアテネに道ゆく人を捕まえては問答をふっかける、変な恐妻家の中年男がいたそうです。

世界を動かすには、まず自分を動かさなければならない

という至極当たり前のことをわかったと言いふらして、その後2,500年の間、人間界に知られ続けることになりました。

ソクラテスという、おそらく体系的には有史以来初めてであろう思想家です。

ソクラテスは問答により自分の中にある世界を変えていきましたが、反対に自分の中の世界を全く変えずして、世界のほうを変えようと請い願う人間のなんと多いことでしょう。

最良の環境や状況が勝手に世界のほうが用意してくれることはありません。

あくまで、自らの考え方と行動でもって、整えていく、ものなのです。

それが、世界を動かすということにつながるのでしょう。

世界を動かすために自分を整える、これは何事も準備が必要だということであり、準備とは何を目標として準備するかがわかっていないとできることではなく、目標とは真に自分がやりたいことがわかっていないと安易な寄り道に流れてしまうこと必定であります。

自分の能力をアップし世界で勝負できるようになるためには、何よりも自らを律するための目標を持つこと、自分が真にやりたいことと真剣に向き合うことであろうと改めて思います。

とりあえず、このブログの閲覧数についてははるか上位の目標を起き、そしてそれに向かって爆速で伸び続けることを目標にしたいと思います。

本当は、夜のラーメンを控えることを目標にせねばならない筆者からは以上です。

(平成29年11月29日 水曜日)

2017年11月28日

家事自体の作業時間や効率より準備や片付けまで含めた全体の家事時間を削減したい話




おはようございます。

2017年11月の記事です。

家事もますます便利になってきていますが、何よりも、その家事自体の作業時間や効率より、その準備や片付けまでも含めたトータルの家事時間を本当の家事にかかる時間と計測して、そうした準備活動や片付けといった作業手間を削減しようとするように商品やサービスが動いてきているようです。

ここで、発売3年間で1億個以上を売り上げたという「ジェルボール型の洗剤」の例があります。

2017年9月にも新製品が発売されましたが、プロクター・アンド・ギャンブル社が開発した「アリエール ジェルボール」という洗剤です。

これは、それまでの液体濃縮洗剤と違って、計量が必要ありません。

軽量すらせず直接適当量を流し込むようなながらユーザーの筆者ですら、やはり液体洗剤を取り出しキャップを開けて適当量を流し込むというのは一手間です。

この商品の本質は、中身の洗剤は同じものなのですが、指で洗剤をつまんで直接洗濯機の中に洗濯物と一緒に放り込んで洗うだけで、洗浄できてしまうというお手軽さにあります。


減らしたいのは時間ではなく手間のほう



時短できるという時間の短さそのものではなく、そこにかかる手間を削減したというのがミソです。

まず、そもそも液体を投入するときの目分量を計らないといけないし、ここを筆者のように適当に省略しても、洗剤を投入するときにこぼしてしまうというリスクは残ります。

さらに、最も面倒なのが液体洗剤の詰め替え作業です。

詰め替えるときにこぼしてしまって拭くことになったことは数知れず、筆者のような下手には洗剤における洗剤の軽量投入というのは非常に高度な技であるわけです。

そうして、要するに業務改善の一丁目一番地、つまり、洗濯のプロセスから「計量」という行為自体をなくしてしまおう、というニーズが洗剤的(潜在的)にあったということなのです。

いろいろ仕事にも応用できそうです。

いろいろ書きましたが、実は洗剤的というオチを最初に考えたことは秘密にしておきたい筆者からは以上です。

(平成29年11月28日 火曜日)

2017年11月27日

実際の選挙において法定得票数に至らず再選挙という珍しい事例が起こったという話です




おはようございます。

2017年11月の記事です。

さて、日本における首長選挙(いわゆる町長とか市長とか)において、非常に珍しい再選挙になってしまった事例が出ましたので報告させていただきます。

千葉県市川市長選挙において、選挙結果が確定し、その結果、当選者なしとなり、さらに50日以内に「再選挙」が行われるということになりました。

確かに、異例の事態です。

選挙というのは、もちろん一位になった人が当選するというのが原則なのですが、実は選挙全般において「法定得票数」というものが存在し、有効投票数の1/4以上を獲得しないと、たとえ一番得票数が多くても当選できないというルールが存在するのです。

そうして、日本の公職選挙法においては、上位2者による決選投票といったいわばプレーオフ制度は全く用意されておりませんので、はじめに戻って選挙自体のやり直しを行うということになるのです。

こうしてみますと、明らかに得票数が見込めない泡沫候補であっても、限りなく候補者を立てていけば、一位二位の得票数が見込める候補者を事実上無効に引き摺り下ろすことができるというわけなのです。

つまり、得票数100人の選挙で、候補者が10人いた場合、その10人の候補者個人の票は自分に入れるとしても、あと24人の仲間を集めないといけないというのは相当高いハードルです。

自分のライバル9人に勝る自分の強みをアピールするというのは非常に大変です。

2者の一騎打ち、という構図以上にこれは燃える選挙戦になるというわけです。

おさらいしますと、今回の千葉県市川市の市長選挙の場合、法定得票数12万票弱となりますので、法定得票数は約3万票弱となります。

しかし、この選挙、完全ガチンコの泡沫候補なしの5候補で争い、大激戦となり、1位の候補でもこの3万票に届かず、まさかの再選挙となったわけです。

めずらしいことですが、法の予定するところというのが実現するというのは難しく、とても考えさせらる話だと思いました。

こちらからは以上です。

(平成29年11月27日 月曜日)



2017年11月26日

犯罪は割りに合わないということがわかりやすく浸透してきた世の中だと思った話




おはようございます。

2017年11月の記事です。

本日は、今年の日本プロ野球のペナントレースを制し、そして日本一に輝いた福岡ソフトバンクホークスの優勝パレードが福岡市で行われ、目抜き通りを選手監督コーチに福岡市の関係者の方々がパレードバスに乗って巡りました。

同じく福岡市をフランチャイズに持つ、J2のアビスパ福岡にも、このような機会が訪れることを願わずにはいられませんでした。

さてパレードに限らずアイドルグループの全国のイベントに参加するために、濃いファンは日本全国を巡ります。

そんな移動のコスト負担を少しでも軽減しようと、深夜高速バスや普通列車の乗り継ぎや青春18切符、乗り合わせのレンタカーやカーシェア、果てはヒッチハイクまで利用しているグループはありますが、その中で一線を超えてしまった列車のキセルグループのメンバーがついに警視庁(東京都警)に逮捕されたという出来事がありました。

手口は簡単で、出口の駅において複数の新幹線入場券を、入場記録をつけて入場して隠し持った出口側の人間が、到着した無賃乗車の人間に入場記録付きのその入場券を渡して別々に出る、というだけのもののようです。

このような単純な話なので、実は新幹線を運営するJRグループには、同様の犯罪履歴は詳細に残っているものと推定されます。

東京駅などは、監視カメラの巣ですから、他の犯罪も合わせて警察と協力すれば、かなりこの犯罪グループのメンバーの行動は筒抜けだったはずで、今回の逮捕は十分な証拠を積み上げての一罰百戒の措置であろうと思われます。

何事も犯罪となると割りに合わないということは言われてきましたが、これだけ写真や動画、SNS交信履歴といった物的な証拠が集めやすくなった現代、バレないと思っているのは当の犯罪者だけ、やられている側はとっくの昔からわかっているという状況になってきているのです。

別に週刊文春だけが諜報能力に優れるというわけではありません。

これは、待ち構える側(迎え側)の男が入場券を重ねて改札に通そうということを咎められて逮捕され名前が報道される事態になりましたが、入場券を受け取ろうとした側の方も同様に悪いわけです。

ただし、外形的には入場券を受け取ろうとしただけだということなので、これを実質的な詐欺事件として立件して有罪まで持っていくために、相当用意周到に周辺証拠を積み上げていった末でのこの動きだったというわけです。

真のアイドル追っかけを標榜する身としては、あらゆる手段でコミュニケーションを取りあうのは素晴らしいことですが、やっていることを世間に訴えつづけるためにも、このような姑息なことに手を染めずに、正々堂々とおたく道を突き進んで欲しいと思いました。

オタク道まっしぐらなまんが道を愛読する筆者からは以上です。

(平成29年11月26日 日曜日)

2017年11月25日

手頃な頭の体操に数学の幾何学の問題を解きながら過ごしていただきましょう




おはようございます。

2017年11月の記事です。

頭の体操がてら、数学の幾何学の問題を解きながら過ごしていただきましょう。

では問題です。

問題図


●  ●  ●  ●

●  ●  ●  ●

●  ●  ●  ●

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ちょっと表示上無理がありますが、等間隔に並んでいる点が4×4、すなわち16個あります。

この中の任意の点4つを選んでそれを結んで作れる正方形は一体何個ありますかという問題です。

いかがでしょうか。


解説


では解法いきます。

①まず、最も小さい正方形は、隣り合う4つの正方形で、これは9個あることはすぐわかると思います。

例えば、下の白抜きのように取るわけです。


◯  ◯  ●  ●

◯  ◯  ●  ●

●  ●  ●  ●

●  ●  ●  ●

(同様な形で計9つ)


②次に、一つ離れたところの点を結んで、少し大きめの正方形を4つ取ることができます。


◯  ●  ◯  ●

●  ●  ●  ●

◯  ●  ◯  ●

●  ●  ●  ●
(同様な形で計4つ)


③そして、その次には一番大きな正方形を1つ取りましょう。


◯  ●  ●  ◯

●  ●  ●  ●

●  ●  ●  ●

◯  ●  ●  ◯

(1つのみ)


これでおしまい、というのではあまりにひねりがなさすぎます。

そうです。斜めに取るという方法がありました。


④まずは、大きく将棋の桂馬のように斜めに飛ぶのが2つあります。


●  ●  ◯  ●

◯  ●  ●  ●

●  ●  ●  ◯

●  ◯  ●  ●

(同様な形で計2つ)


⑤最後に、一辺が√2になる正方形も4つ取れます。


●  ◯  ●  ●

◯  ●  ◯  ●

●  ◯  ●  ●

●  ●  ●  ●

(同様な形で計4つ)


結論


これで、①+②+③+④+⑤を計算すると、

9+4+1+2+4=20(個)

になるというわけです。

数学の中でも、幾何学はイメージが大切で、このようなことからも、多面的なものの見方を養うよい方法であることがわかります。

書いていて、どうもこの点の群れが、野球やソフトボールのストラックアウトに見えてしょうがない筆者からは以上です。

(平成29年11月25日 土曜日)

2017年11月24日

スマホ二台持ちで作業効率を大幅にアップさせたいという話をします




おはようございます。

2017年11月の記事です。

いよいよ、来年の「改元」が現実を帯びてきました。

今の報道ですと、来年(2018年)の4月か5月くらいから、平成に代わって新しい元号で過ごすことになるわけです。

天皇陛下、足掛け30年にもわたるおつとめ誠にありがとうございました。

その前の「昭和」から生きてきたものとして、感謝申し上げます。

来年の新元号はわかりませんが、一国民として期待して待ちたいと思います。

さて、そのような中ですが、本日はマルチタスクについて話そうと思います。

何かをしながら何かをやるというのは、ウィンドウズがそのものズバリのOSを発表してからずっとPCの世界では普通のことでした。

しかしながら、最近のスマホの台頭により、一つだけ退化したのが、このマルチタスクがスマホではしにくい、ということなのです。

そんなことに、今更ながら気づいてしまったのです。

スマホゲームをやっている間は、他の作業ができないということを。

そこで、古いスマホを引っ張り出してきまして、二台持ちを復活してみました。

そうして、メインスマホでたとえゲームバトルシーンで盛り上がっている場合であっても、もう一つのサブスマホで例えば調べ物をしたり予定をチェックしたりメッセンジャーでやりとりしたり連絡先を再確認したり、名刺をスキャン(カメラで撮る)してクラウドデータベースに取り込んだりするというもろもろの作業をするようにしますと、ものすごく効率がいいことに改めて気づいたのです。

人間、一旦進んだことをやっていても、簡単に元に戻ることもあるのだなと妙に納得しました。

そして、マルチタスクの良いところは、様々に起こってくる事象を、とりあえずどこかのやることリストに溜める前に、すぐやれてしまう可能性が高い、ということです。

電話していて(もしくはメッセンジャーでやりとりしていて)何か実際に会う予定が決まったら、すぐ2代目のスマホのグーグルカレンダーに予定をタップして書き込むことができます。

これまでは、いちいちアプリを閉じてから、カレンダーアプリを立ち上げて、そして記憶を頼りに予定を打ち込むといったことが必要でしたが、その必要はありません。

このように、二台でも三台でも、所有者の管理能力がついていく限りにおいてはマルチタスクは有用であるという話でした。

さらに、最近のアプリはクラウドされている場合がほとんどですから(例外はLINEくらい)、どの端末で作業したところで、たちどころに情報はクラウド側で統一され、同じサービスが配信されます。

ここも、スマホの複数持ちが意外に使える理由になります。

さて、このように便利なことも多いところではあるのですが、困ることもあります。

メインスマホを家のどこかに置き忘れたまま出てきてしまった筆者からは以上です。

(平成29年11月24日 金曜日)

2017年11月23日

素数は本当に面白くて難しくて止まらなくなるということをできるだけわかりやすく話します




おはようございます。

2017年11月の記事です。

さていよいよ来年早々にも行われる私立高校の入学試験に向けたカウントダウンが始まりました。

受験生の中学校3年生のお子さんをお持ちの保護者の方々にとっても、気が気でない年末年始になってきそうです。

さて、そのような中、高校入試で大きな得点源にも弱点にもなりうる数学について、ちょっと息抜きの話をしようと思います。

息抜きといっても、とりあえず実際の問題から話は始まります。

√(n^2-48)が整数となる条件を満たす全てのnを求めよ、という問題がありました(実際の高校入試問題です)。

ルートの中は、とりあえず中学数学までは0以上しかありえませんから(高校数学になると二乗してマイナスになるという虚数という概念が登場しますがとりあえず先の話です)、これだけで、二乗して48以上になる数、つまりn=7以上の自然数であることは確実となります。

そうです、まずはn=7が正解となります。

49-48=1で、ルート1は1となり整数となるからです。

次に、 8,9,10...と力技で当てはめていくという方法もありますが、少しだけ一般化して、結果整数となる数をaとすると、ルートの中に入る数字としてはa^2(aの二乗)ということになり、つまり、n^2-48=a^2 これを変形すると

n^2-a^2=48

となるnとaの組み合わせを探せば良いと言うことになります。

そして、この式は、

(n+a)(n-a)=48

と書き換えられますから、48を素因数分解して、

48=1*2*2*2*2*3

n=7のとき、a=1とすれば、

(7+1)(7-1)=8*6=48

となったわけです。

もう一つ、n=8,a=4とすれば、

(8+4)(8-4)=12*4=48

となりますので、n=8も答えです。

もう一つ探すのが困難になりますが、

掛け合わせて48になる組み合わせとして、

8*6(見つかった)
12*4(見つかった)

とくれば、

16*3(こっちは見つからない)
24*2(下記の通り見つかる)

もあるのではないかというのは気づいて欲しいところです。

そうすれば、足して13、引いて2になる二つの数の組み合わせとして、

n=13,a=11

という組み合わせが見つかるのではないでしょうか。

そうして、n=14以上で

48*1

という組み合わせを満たす二つの数はないなと感覚的にわかるので、これで検討は終了、答えn=7,8,13

となるというわけです。

このように、整数論や素数という考え方は非常に奥が深いものです。

なお、「1はなぜ素数ではないのか」という疑問がありますが、そもそも素数とは1で割切るかその数自身で割切るしかない数、という定義であり、さらに言えばあらゆる素数はあらゆる他の素数の掛け算では示せないということも合わせて言っています。

すなわち、素数3は素数2では表せませんし、素数5は素数2、素数3の掛け算では表現できません。

素数7は、素数2,3,5どれを使っても適切に表現できないのです。

しかしながら、ここで1も素数としてしまいますと、素数2も1*2で表現できてしまうことになり、すなわち、1を素数としたことにより2以上のあらゆる無限にあると言われる素数が死滅するという非常い厄介かつ寂しい状態を招来してしまうので、1は素数には含めないということになっているのです。

なかなか割り切れない人生を送っております、明日には重大発表を控えております筆者からは以上です。

(平成29年11月23日 木曜日)

2017年11月22日

冬にダウンの衣服や寝具を使って温かく過ごす方法について話します




おはようございます。

2017年11月の記事です。

いよいよ本格的な冬の到来でして、重衣料品であるコートなどのお世話になることになります。

しかしながら、例えばせっかくのダウン(羽毛)のジャンパーがあっても、着方がまずいとあまり温かくなくなるということを書いておきまして、無用な暖房に頼ることなく冬を楽しく過ごそうというのがこの記事の趣旨になります。



ポイントは動かない空気の層を作ること



ダウンは空気を閉じ込め、空気の断熱層を作って、身体の中の熱が逃げないようにすることで保温するという仕組みです。

ですので、ダウンでなくても、究極には陶器などの破損防止のためによくついている、あのビニールのぷちぷちでも、体に巻きつけておくとものすごい保温効果を発揮します。

ぷちぷちの中の止まっている空気が重要なのです。

ですので、例えば家の中で窓際がスースーして寒い、というような場合、窓の下側にこのぷちぷちか、またはダンボールでも立てかけて貼っておくだけで部屋の中の温度低下は避けられます。

無駄に暖房を強くして、喉を痛めたりするのは残念です。

断熱こそ保温の方策、そして、どこにでもある究極の断熱材が「止まった空気」であることを繰り返しておきます。



逆に水に濡れると全く保温できません



逆に、例えばダウンのコートも水に濡れてしまってはまったく空気の層を作ることができずに寒いだけの湿った布きれになってしまいます。

雨の日などは、傘をさすなりレインコートを着るなりして、身体に直接触れる衣服部分が極力濡れないように注意しましょう。

一旦濡れてしまうと、乾かさない限り保温効果は回復しません。

昔、冬の北アルプスで雪崩により遭難してしまった登山家が奇跡的に助かったという事例がありましたが、それも下着が濡れやすい綿ではなく、ウールであったこともその一因と言われました。

今は、かなり性能のよい化学繊維がありまして、濡れにくく、濡れてもすぐに蒸散して乾くという性能を売りにしています。

肌触りはどうしても綿のほうがいいかもしれないですが、このように、防寒という観点から空気の層を作り出す機能にすぐれた素材を選ぶというのも一考です。

若かりし頃の年末の忘年会で、よくパンツを何枚か重ね着しておき、脱いだ(脱がされた)けどセーフ、という脱ぎ芸をしていたというのはここだけの秘密の筆者からは以上です。

(平成29年11月22日 水曜日)

2017年11月21日

冬に温かくするために考えるべきは断熱という考え方であるという話です





おはようございます。

2017年11月の記事です。

最近めっきり寒くなって来ました。

合わせて乾燥して来ましたので、我が家でも加湿器を出して保湿につとめてインフルエンザや風邪の防止になればよいと考えておりまして、このことは別記事にでも触れたいと思いますが、今回は寒くなって来たときのどのように暖を取るかという点について、事例を踏まえてご説明させていただくという記事になります。

筆者は高校時代に山岳部に所属しておりまして、また大学時代は冬でも夏でも朝の日が昇る前の静水(波打っていない水面)でのボート競技練習のために早朝起床しておりましたので、寒いのをどう防ぐかということについては少しだけ慣れています。

しかし、エスキモー(イヌイット)だろうが日本人だろうが、裸で極寒の氷上に放って置かれれば数十分で生きていけなくなるのは同じでして、氷上に暮らす彼らは暖かさを身にまとう方法を習得しているということ、これが我々との違いになるわけです。



暖を取るとは熱を遮断(断熱)することである



さて暖を取るというのはどういうことかと言いますと、もともと発熱している生物(人間を含む)の熱が過剰に外に持ち去られるようになると、寒いと感じるということになります。

したがって、体から出た熱を、できるだけ外に出さずにこもらせる、というのが正しい防寒のスキル(技術)ということになるわけです。

そうして、断熱力が高いものとして、最も身近で廉価で、我々がほぼ無限に利用することができるもの、それが「空気」というわけです。

空気、といっても風になっているのは大敵です。

思い切り熱を奪っていきます。

風呂上がりやプール上がりに濡れた体を乾かすために扇風機に当たると、もちろん乾きますが同時に熱も大量に奪われます。

これと同じことです。

しかし、逆にとどまった状態の空気というのは、何にも代え難い、絶好の断熱材になるわけです。

ガラスの二重窓も、ダウンのコートも、羽根布団も、ダンボールを敷いて花見をするのも、みんなみんなその間に含まれる止まった空気を利用しているというわけです。

ちなみに、常温常圧(20℃、1気圧)での空気の熱伝導率は、0.0000565ということで、空気はものすごく有能な断熱機能を持っているのです。

そして、熱伝導率は一般に、個体から気体になるほど高くなるということも合わせて覚えておくと、海で浸かって冷たくなるとか、コンクリートの床が冷たいのでダンボールを敷いて寝るとか、そういう感覚でうまく防寒できるようになると思います。

ちなみに、同じ論理で羽布団で寝るのであれば、羽根布団を体側にして、毛布を使うならその上に毛布をかけるべきですが、毛布自体が重くて羽根布団がぺしゃんこになるようであれば、そもそも毛布はいらないくらいだ、ということなどは覚えておかれるといいかもしれません。

また、体育館や車の中で寝るのは、なんとなく鉄やガラスでできている熱伝導の高い固体だからそんな中で寝たら寒いのだというのも感覚的にわかっていただけるかと思います。

テント泊の時にグランドシート(テントの下に敷くやつ)を忘れてしまい、土の上にそのままテントを張ってえらい寒かった記憶が抜けない筆者からは以上です。

(平成29年11月21日 火曜日)

2017年11月20日

空前の少子化の時代にわざわざ辺鄙な田舎で廉価版学習塾をやろうという会社があるという話

田舎にある廉価版学習塾



おはようございます。

2017年11月の記事です。

空前の少子化で日本の人口の減少もこれから数十年間続いていくことがいよいよ統計上の事実となっております昨今ですが、そんな若年層をターゲットに商売している教育機関、なかんずく大学などは生き残りに必死です。

そんな中、小学校高学年から中学生を対象に、いわゆる勉強のやり方や習慣自体を教える、そのような学習塾の需要は引き続き高いのですが、こうした学習塾も、生徒確保の観点からターミナル駅や住宅街の真ん中に出店する場合が普通です。

そのような環境の中、さらに経済的理由から、少し離れた田舎においての学びの場というのは非常に限られているのが実態です。

そんな現状において、わざわざ辺鄙な田舎でしかも廉価版の学習塾を始めた会社があります。

福岡市のコラボプラネットという会社(西原申敏社長)が始めた「学習塾ブランチ」という学習塾がその一つです。

例えば、福岡県糸島市の学習塾ブランチ志摩校は、福岡市からは車や電車を使って一時間ですが、最寄駅からはかなり離れており、周囲はゴルフ場や農場が多く広がる田園地帯です。

このあたりの中学生にとっての通塾手段は自転車で、都心の塾に行こうにも、移動時間だけ取られて実質的な指導を受けられる時間が限られ、さらに夜の長時間の移動は安全面からも課題があります。

確かに、親やその他の保護者の手厚い庇護があって、塾への送り迎えに弁当の差し入れなどができればよいですが、例えば両親ともに働きに出ているような場合はそれも難しく、それが都会の子供達との明らかな学力差として現れるという避けがたい問題があります。

いわゆる、何をやれば良いのかからわからないという状態です。

このような状況に、学びの機会はいつでもあると立ち上がり、わざわざ辺鄙な場所で廉価版塾をやるという経営戦略を取っているのです。

コスト削減に対する姿勢は一貫しています。

受講料を下げなければ、そもそも辺鄙な場所ですから生徒も集まりません。

教室には、地域の篤志家や事業者に遠慮なく援助を求めて、寺(文字通り寺子屋)や閉鎖された商業店舗を使うこともしばしばです。

教えるのは、地域の方々が、本当に廉価で引き受けてくれます。

本当に高度な問題や解き方にコツが必要な問題があれば、近くの九州大学の学生とネット対話で繋いでその都度解決します。

これで十分なのです。

コラボプラネットは、2013年に個人塾からスタートした完全スタートアップの会社です。

田舎の子供と都会の子供の学力格差の問題とは、単なる地域問題ではなく日本の国力自体の問題であり、そこに住む子供達への教育の実質機会平等を図ることは、このインターネットの時代にこそやらなければならないという明確な理念があります。

だから、わざわざ駅から遠くて子供が少なくて既存の学習塾が出てこない辺鄙な場所でやるというわけです。

しかし、これを事業化しようとして銀行に話を持ちかけても、マイナス金利でお金が余りまくっている銀行でも貸してくれません。

理念は共感するけれど、事業の数字が見込めないので、都心に進出するか、もしくはNPO法人の形で(利益追及の形はやめて)行うのが良いのではないかというわけです。

しかし、社長は補助金や実質的寄付で食わせてもらうのではなくあくまでも事業体として継続するだけの収支をあげることが大切だと頑張っているわけです。

どうせ少子化なのです。

そのうち今の都心だって人口減少します。

だったら児童や生徒がいる家のそばまで現代版寺子屋を持ってきて、勉強のやり方を教えるペースメーカー拠点を田舎にこそつくる、実はこちらの方が細っていく日本の市場における経営戦略としては合っているのかもしれないのです。

塾に通わせるのには少なくない経済的負担があります。

ですので、少ない負担で通えるようにわざわざ経営効率の悪く、賃料が劇的に廉価で、雇う教師や講師の人件費も最低賃金スレスレ、という場所に塾を開き、学生バイトや同好会のネットワークを駆使して将来の社会人を育成する、何より小中生の自分で学ぶという姿勢を作る、これが決定的に重要だと思うのです。

振り返って見ますと、筆者の父親は、九州の中でも田舎の田舎、天草諸島の出です。

この父親が島(今は陸橋がかかっていますが当時は橋もないので船で)を出て本土の大学に進学した時、兄や姉たちが学費を出してくれたという話を聞くわけです。

筆者自身も、周りに有名学習塾があるような立地ではなかったので、塾には行ったことがありません。

たまたま通信教育があって、それなりに理解できましたが、そもそも勉強の仕方がわからなくてつまづいてしまう勿体無い例はどこにでもあると思うわけです。

教室は寺だろうが廃屋だろうが公民館だろうが、どこでもOKなのです。

そういうのは全く問題ではなく、自分で学ぶ姿勢やきっかけが掴める場所ができて意義を感じて意気に感じれば、人間劇的に伸びます。

地域の人が集って勉強のことに限らずいろいろ話ができるという場を作るというのが、まちづくりの基本だと考えているので、こうしたまさに草の根の取り組みが大切だと思い、今回は勝手に紹介させていただきました。

いろいろ訴えましたが、実は相変わらず、何から書けば良いのかわからない筆者からは以上です。

(平成29年11月20日 月曜日)

2017年11月19日

働き方改革に習って政治制度も副業もしくは無報酬を推進するのはどうかという話

有効求人倍率の推移



おはようございます。

2017年11月の記事です。

超高齢化社会を迎えること自体はとても良いことなのですが(長い寿命を全うできるというのは良い国である証拠ですから)、それを支える現役世代およびこれから生まれてくる子供世代の比率が非常に少ないというのが少子化問題で困ったところです。

そうして、現役のいわゆる若い人が、例えば団塊の世代や団塊ジュニアの世代が感じるよりはるかに実情少ないという現状から、有効求人倍率は上昇の一途を辿っておりいわゆるどの業界でも人手不足が深刻になって改善する兆しはないという状況です。

さて、このようなまさに国難にあっても、面白いことに、与党の自民党も公明党も、そして反対野党の共産党までも、みんな大きな政府を標榜していて、一旦税金や社会保険料で吸い上げたお金をどうしても自分たちで配布したいという我執にとらわれているように感じます。

そんな面倒な迂回システムを経由して余計な経費をかけるより、もっとすっきり減税してスリムな政府にしたほうが手っ取り早いと思うわけであります。

具体的には、給付や生活保護といった具体的な弱者対象だけでよいはずの制度が、全員対象となてしまっていますことからいくら制度設計しても間接コストばかりかかって成果に結びつきません。

そして、先日衆議院議員選挙が終わりましたが、選挙を控えては耳さわりの悪い増税や費用と負担の配分といった嫌な議論を避ける嫌いがあり、国の一般予算規模は際限なく膨張し、年間100兆円もの予算を計上するような状況になっています。

対する税収としては半分もないのに、そして残りの半分は将来負担への借金です。

こうして、一般企業に対する売上に相当する日本のGDPに比較して、借金が2.3倍という、なかなかかぐわしい状況にまでなってしまったわけです。

通常の民間企業だったら、年間売上の2倍の借金があるのであれば、どうやってか返済するか、そのロードマップを示すよう必ず強く言われて強制的に実行させられると思いますが、日本国のこの積み上がった1,400兆円規模の借金について、どうやって返すかを正面切って論じているのを見たことはありません。

それどころか、毎年数十兆の借金を新たに積み上げている、という状況です。

これは、民主主義における選挙制度と非常に密接に絡んでいると筆者は見ています。

どうしても、選挙による政治家、その意思決定の制約を受けるという官僚機構は、ほっておくと自己肥大します。

増えることはあっても、減ることは稀です。

そこで、議員や官僚の皆さんに、副業を認めるというのはどうでしょうか。

そして、そこにかかる人件費を合わせて随時削減していくのです。

そうすれば、国民にとって真に必要な立法行政サービスの優先順位がつくのではないかと思うのです。

自衛のための軍事や警察の専門機構である自衛隊や警察といった専門性の高いものもありますが、一般行政については民間のやり方の方が先をいっている分野は多くあります。

従いまして、民間側の行政業務の受注というのも積極的に認めます。

そして、一般行政や予算策定におけるプロセスなどに関わる議員や行政官にも、副業を奨励するわけです。

消防団という制度や裁判員制度といった現在運用されている制度がイメージです。

個々人による強い使命感や連帯意識から、かなりの公的サービスを担っている彼らのような存在があるということは、もともと官僚で優秀な方々が民間部分の人手解消に一役買うというのは極めて合理的だと筆者は思います。

この点、非常に端的な例として申し上げますと、2017年時点の現職の東京都知事が副業感覚で始めた国政政党の代表であっても、就任期間50日間で実に50人以上の国会議員を出現させることができたという好例がございます。

つまり東京都知事も国政政党の代表も、双方どちらが主でどちらが従であるかという問題はさておき、とにかく副業でできるということはいみじくもこの国の全国の有権者たちが自ら証明したので、全く問題ないと思うわけであります。

筆者はここで、都知事がバイト始めていいのか、という議論ではなく、このように発足した政党であっても、実に大人数の国会議員を輩出するに至った、ということを積極評価しております。

副業だろうが成果は出せるわけです。

兼業だろうが行政サービスに違いはないわけです。

ということで、空前の人手不足の中ですから、プロ政治家やプロ官僚を極力少なくして、できる部分は市民がやり、かつ政治家や官僚自体も人手不足を補う活動は積極的に認めるというのが本論で申し上げたい骨子となります。

例えば、日本国憲法上で、最も権威がある天皇の地位においては個人の報酬という概念がなく、報酬がないことをもって尊い存在であるということを言っているというわけで、こうしたことに学ぶこともできると思います。

そうして、離島振興や地域コミュニティの醸成のために、両陛下はじめ皇族の方々がご訪問されるといった活動こそ、まさに地域振興そのものなのですから、こうした活動を全国民レベルで行うような雰囲気作りができれば、内需の活性化となり無理してカンフル的な経済振興策としてまた借金、という一辺倒な対策も不要になっていくのではないかなどと期待してしまいます。

人手不足の世の中なんですから、事務次官が吉野家でカウンターに立つ、審議官だってセブンイレブンでレジ係や棚卸しをやる、一般職員だって激安酒販店の店頭で試飲サービスすれば良いのです。

かえって売上が上がるかもしれません。

長くなりましたが、最近巷で言われることが多くなった働き方改革の1つの方向性として、これはありだと確信していますのであえて述べてみました。

新聞配達のバイトから本屋の棚卸し、スーパーの食品棚並べ、家庭教師塾教師個別指導、バレンタインデーフェアに向けた百貨店展示スペースのショーケース搬入、時代映画のエキストラ、といった感じのバイト経験は割と豊富な筆者からは以上です。

(平成29年11月19日 日曜日)

2017年11月18日

超高齢化人口減少社会をいつまで続けるのかという大変深刻な話です




おはようございます。

2017年11月の記事です。

北九州市八幡東区生まれの筆者です。

さて、筆者が小学生の頃、つまり1980年頃になりますが、わが市北九州と市歌に歌われた北九州市の人口は108万人を超えていました。

対する福岡市の人口が、約80万人で、はるかに上をいっていたのです。

現在(2017年)で言いますと、福岡市は150万人を超え、北九州市は95万人に減りました。

そして、2040年には、北九州市の人口は78万人と推計されています。

つまり、現在からは17万人の減少で、ピーク時でもあった1980年から比べると、30万人の減少ということになります。

そして、この2040年に90才以上の方は、いわゆる団塊の世代の方々、ということになります。

このように、数字や統計というのは現実を如実に語ります。

空き家が増えたと感じる向きは多いかと思いますが、これからは、相当劇的な人口の誘致合戦をしない限り、全体としての日本の人口は減っていくばかりです。

そして、その人口の誘致合戦に日本中でおそらく最も成功している福岡市においてすら、高齢化と少子化は例外なくやってくるのです。

このように、日本国内すべてで社会保障や公共インフラといったお金や経費のかかるものについては持続可能性は難しいということで、選挙も終わったところで増税および実質増税の話(耳にしたくない話)がされるようになりました。


児童手当についても世帯基準として支給総額を削減



そんな背景の中、政府与党は児童手当の所得制限を超える人に特別に支給している「特例給付」について、所得制限の対象を「個人単位」(世帯主など、その世帯で最も所得をもっている人)から、「世帯単位」に変更する方向で調整に入ったそうです。

これの狙いは、ズバリ児童手当の所得制限のバーを実質的に下げて、手当支給総額を減らすことにあります。

「急増する社会保障費の抑制につなげる」といったわかりにくい言い方でぼかす向きもありますが、ありていに申し上げて児童手当の後退です。

現在、児童手当として、0~2歳は子ども1人あたり月1万5000円、3歳から中学生までは同月1万円が支給されています(高校以上は無償化などで対応するという建前)。

そして、「所得制限を超える」対象者には同月5000円の特例給付を支給しています。

ここで、所得制限は扶養家族の数で変わるが、例えば所得を得ていない配偶者と子ども2人の場合は年収960万円以上の人が特例給付の対象となる、といった具合です。

これを、一気に所得制限をその世帯全体に広げると、例えば主たる所得を得ている人の所得が所得制限にかからなくても、もう一方の配偶者がパートに出て少し収入を積み上げると、世帯全体として所得制限を超えてしまえば特例給付対象となってしまい、本来の児童手当がもらえなくなってしまうというわけです。

つまり、特例給付の対象世帯は増える、ということは、児童手当全体では支給額を減らすことに成功するということです。

さらに、特例給付すら受けられなくなるもう1つの所得上限も設定しようとする動きもあるくらいです。

世知辛い世の中になりました。

世帯全体の所得を見るというのが合理的であるのはわかりますが、これではなんのために家族で生活しているのかわからなくなるなという意見もあり、偽装離婚が増えるのではないか、などと勘ぐりたくもなります。

皆に支援が行き渡るほどの税収が見込めない、そのような黄昏の時代に我々は生きているのわけです。

たそがれるにはまだまだ枯れてなく油っこいと言われる筆者からは以上です。

(平成29年11月18日 土曜日)

2017年11月17日

OK Google 英語教えてよと話しかけて勉強する時代になったという話




おはようございます。

2017年11月の記事です。

ポストスマホ時代の一番手などと呼ばれて海の向こうでは話題沸騰のスマートスピーカーである「Google Home(以下グーグルホームともいう)」が、ついに日本に上陸し、2017年秋には各地の家電量販店の店頭に並ぶという世の中になりました。

これは、指のフリックやタッチで情報を読み出していたインターネットと人間のUI(ユーザーインターフェース)を思い切り転換させるもので、これまでの指から、口頭での言葉になったということになります。

理論上、言葉という音声情報をマイクで集音してインターネットにおいて適切な翻訳を行えば、コマンド(命令)にすることは容易でして、そしてその情報を「返す」方法も、これまた口頭で行うようにすれば、あたかも人間とマイク越しに話しているようにすら錯覚するくらいの会話が成立するというわけです。

これは、PCやスマホの「画面」にディスプレイ表示するより実は楽なところでありまして、こうした開発の容易さからもかなりお手頃感のある価格で各社特徴的なスマートスピーカーを売り出しているようです。

そして、この手のガジェットについて、単に天気を聞いたり近くの美味しいお店を教えてもらうだけではつまらないので、常に新しい利用方法を考えたい身としては、やっぱり相変わらず苦手な「英語」を教えてもらう先生にこのスピーカーはなりうるのではないかと考えておりました。

すると、実際同じようなことを考える人はいるもので、出ました。

2017年10月24日から日本語のGoogleアシスタントに対応したアプリが利用可能になっていまして、これは英会話サービス「ベストティーチャー」といいます。

特別なアプリをインストールする必要はなく、「OK グーグル、ベストティーチャーと話すよ」などと呼びかけるだけでサービスを利用できます。

このサービスは、グーグルホームの後ろにプログラムを流すのですが、ベストティーチャーはそもそも英語の4技能(読む聞く話す書く)試験対策ができるSkypeオンライン英会話サービスです。

同社によれば、世界50カ国以上に講師がおり、他のオンライン英会話サービスでは提供していないライティングの添削も受けられることなどが特徴です。

この会社がグーグルホームを使っての新しいサービスを提供したのですが、ベストティーチャーを立ち上げると、ウェブ版のベストティーチャーで提供されている「英語リスニングドリル100選」の英語の会話文が読み上げられるというものです。

そのあと、会話の理解度を確かめる問題が3問ほど出題され、利用者は4択の中から答えを述べるという流れになります。

あくまで、スカイプサービスであるオンライン英会話のとっかかりとしてはじめてみたサービスだということですが、そのうち、定型的な会話ならばなんども繰り返した方が上達が早いということから、生の人間ではなくて、グーグルホームの後ろ側にいる人工知能に、ある程度の会話ができるレベルまでなんども同じことを話し合いながらもってくることができる、そのような時代に急速になっていくように思えました。

グーグルホーム、筆者にはなんでも知っている先生のように見えてなりません。

昔手塚治虫の漫画で見た「火の鳥」に出てくる見守りお世話ロボットのロビタが現実に登場する日も、作中の24世紀を待たずして早期にやってくるのではないかと少し空恐ろしくなった昭和生まれの筆者からは以上です。

(平成29年11月17日 金曜日)

2017年11月16日

直接触れ合えるネットワークの人数は150人程度と言われる話について




おはようございます。

2017年11月の記事です。

ゆるい雑談系の記事です。

インスタグラムやフェイスブックの友達やフォロワーが、数千人に至っている人も多いと思いますが、これはテクノロジーの進化と助けによって、コミュニケーションツールが飛躍的に向上したことの良い例だと思っています。

世界中に残る、原始的なコミュニティーの形で生活している集団の平均値が、150人であったというフィールドワークの調査結果がありまして、これが人間の脳が同時に認識して心地よいと感じる人間集団の平均的な大きさということになるようです。

すなわち、これをこのまま応用しますと、家族という最小人間集団単位の次には、地域のコミュニティや職場といったその次に大きな人間集団単位があり、これは直接的に日常的に声をかけたり連絡をとりあったりできる150人程度の集団ということになります。

もし例えばある社長さんがいたとして、その人が率いている会社の役職員がこの数を超えるということであれば、組織を率いる社長の側も、逆に率いられる従業員の側にも、階層的であれグループ分業的な性格のものであれ、とにかく各人員間のコミュニケーションを行うための「組織」や「仕組み」が必要になってくるということになるのです。

鍋蓋(なべぶた)組織からの発展形が必要であると言い換えても良いでしょう。

会社組織であれば、上下の職位階層(レイヤー:部長とか課長とか)がそうですし、分社化によるまとめてのスピンアウトや分業化もそれに当たるでしょう。

中間管理職や車内管理部門というのは、そのような同時に認識しうる人数が有限であるということからやむを得ず外部記憶装置的に発達したものであり、もし数千人とのコミュニケーションを同時に問題なく行えるニュータイプのような社長が出現したならそのような組織はがらっと変わることでしょうが、現実にアムロ・レイや諸葛亮孔明ような人物を社長に据えることができる会社はそう多くなく、あまり得策ではありません。

フェイスブックやインスタグラムの友達リストも同じようなもので、普段は意識していなくても、ある人のプロフィールやその人との過去のメッセージのやり取りを一瞬にして確認することができるというテクノロジーの助けを借りて、その人との個人的なコミュニケーションを意識し、しばらく(物理的にも精神的にも)離れていてもコミュニケーションをシームレスに再開できるというところが、この手のSNSの最も優れた利点ではないかと思います。

社長でもないですが、多数の組織運営をどのように効果的に行い各人の幸せにつながるか、といったテーマに興味が尽きないところです。

実は引っ込み思案の筆者からは以上です。

(平成29年11月16日 木曜日)

2017年11月15日

目的思考で有限の時間をいかに有効に使うかということが大切か改めてわかる話




おはようございます。

2017年11月の記事です。

野球は下手ですが好きな筆者です。

最近、東京六大学の1つ、日本に野球を輸入したその一番手である東京大学が同リーグで活躍しています。

もう100連敗も覚悟した、というひところの状況ではなく、一試合平均得点4点弱と、いつでも勝てるチームに変貌し、現にスカウトで固めた他の私大勢に堂々競り勝つことも起こってきたのです。

この東大生をいかに鍛えて、そこそこ私学勢と戦う集団にするか、同大学野球部に新しく就任した監督からは、捨てる部分や目を瞑る部分をあえて作る、全てやろうとしないということを言っておられてなるほどと思いましたので書いておきます。


もともと差があるもの全てを詰めることは不可能



今まで、高校野球までのキャリアで他の私学勢とは相当の差があることは否めません。

そこで、これから限られた4年弱の時間を如何に有効に使って勝てる選手、勝てるチームにするかという目的思考が大切になります。

例えば、インコースを腕を畳んで打つのはできないので、それは捨てて思い切りアウトコースは強い打球をひっぱたくようにすることに特化するとか、外野は肩が弱いからバックホームは捨ててとにかく上がったフライは確実に捕球してショートかセカンドまできっちり一連の動きで返すとか、そういうとっかかかりを作るのです。

この、いわば捨てる思考というものも一種の頭脳プレーだと同監督は言っておられて、これが仏教の断捨離に通じるような気がして面白いと思いました。

そして、野球のチームでありながら、まずはランニングなどで体づくり、これは野球の本格練習に耐えられる体をまず作らないと練習で追い込めないということからだそうで、生半可なところで野球の投げる打つ走るとやっても、必ず体のどこかを痛めたり壊したりしてしまうという経験則から導き出されているそうです。

何事も、準備が大切だということです。

そして、野球の練習にいよいよ入っても、守備練習が8割で、バッティングは2割程度ということです。

なぜならば、守備で自滅してエラー連続で大量点を献上することは多いですが、さすがに打者一巡全てホームランで点を失うことはあまりない、というこちらも経験則から導かれています。

あとは、打撃は楽しいので自主練でもなんでもやるでしょう、という割り切りです。

全体練習でしっかり監督の目を届かせるのは体づくりと守備練習、これでとにかくなんとか野球の試合の形になるように持っていく、ということです。

試合でも、3点取られても4点とってなんとかしのいで勝つ、というマネジメントを徹底しています。

3点以内に失点を抑えるにはどのようにアウトをとっていけば良いか。

得点を与えないと焦るより、3点までは捨ててOKを出すのです。

反対に、攻撃ではいかに4点をとってくるかということに、全ての選手の能力、27あるアウトカウント全てを使い倒して臨みます。

このようにして、できることはやる、できないことはやらない、を徹底して、東大野球部は見事なチームマネジメントを見せているのです。

世界を動かし、世界で勝負するには、まず自分を知り自分を動かさなくてはならない、とはかのソクラテスの言葉だそうですが、さすが東大生、最良の環境や状況は勝手に整うのではなく、自らの考え方と思考と行動で「整える」ことを知っているのかもしれません。

ブログ記事は準備なくいきなり書き始めるので、出来はいつもよくない筆者からは以上です。

(平成29年11月15日 水曜日)

2017年11月14日

「功臣粛清の嵐吹く」で終わる名作歴史漫画を振り返っていろいろ話したい記事です

虞美人



おはようございます。

またまた夜更けまで昔の漫画を読んでしまった筆者からの2017年11月の記事です。

人間社会に生きて行くにあたって、いろいろな組織に属したり組織を作ったり、またはそのトップに立ったり従ったりして人は生きて行くものでありますが、現在(2017年11月)においてこうした意味で大ヒット中の日本の漫画といえば、あの大手の少年漫画誌と青年漫画誌でそれぞれやっている「ワンピース」と「キングダム」というところだと思います。

そして、ただの昔からの一漫画読者の感想ですが、今や少年誌においてはどぎつい表現や過激な殺戮シーンは御法度となってしまい、すでに昔の人気作品であった「北斗の拳」や「魁!男塾」、果ては「ドラゴンボール」といった名作に至るまで、そのままでは今の少年誌では表現できないということでそうした表現の舞台は青年誌に移っているように見受けております。

さて、そんな中筆者がその昔読んで、世の無常を深く考えるに至った作品に、少年ジャンプで連載し表現の制約から当時においても青年誌に移籍し完結した、「赤龍王」という作品があります。

これは、「キングダム」が描く中国の春秋戦国時代末期、秦の始皇帝による天下統一からさらに数十年時代が下って、始皇帝が死んでから楚漢戦争を経て漢の劉邦が再度天下を統一してその後400年続く漢の社稷を立てる、その物語であります。

わずか8巻の漫画ですが(昔の漫画は無駄に連載を引き伸ばしたりせず作品がきちんと終わるという意味でもまことに秀逸であります)、物語を通じて一貫するテーマはズバリ「諸行無常」というところです。

最後、楚の項羽を漢軍が総がかりで垓下に包囲し、そして最後の突破を試み項羽は自らの胸に剣を突き立て果てますが、作者(本宮ひろ志氏)はおそらく劉邦より項羽の方が百倍好きだったのでしょう、最後は全て項羽の突撃と切り結ぶシーンです。

そして、項羽は自害して果てますが、最後に見開き一杯のページを割き、項羽の生涯について「年少、赤身にして起ち、わずか三年で秦を滅ぼし覇王として天下に号令…(中略)…史上未曾有の壮事なり…。」と、それはもう最大級の賛辞で見送るのです。

片や、劉邦の方は、最後の出撃を敢行した項羽を必ず仕留めろと慌てふためきながら下知している姿が最後です。

そして、物語の本当の最後のシーンは、人物が全く出てこない漢朝廷の荘厳な建物をバックに、次のショッキングな言葉で締めくくられるのです。

紀元前二〇二年二月
漢王 劉邦 皇位に就く
その後 功臣粛清の嵐吹く
韓信 彭越 黥布の三族 いずれも誅殺される
張良 内紛を恐れ 隠退
盧綰 誅殺を恐れ 国外へ逃亡
「狡兎死して 良狗煮られる」
とは、誅殺された韓信の言葉である

歴史における結末と、本当に好きなキャラクターがどうしてもずれていってしまう、そのような雑談のお話でした。

現代のこうした漫画の名作たちも、商業主義とうまく折り合いながら、本当に描きたいことや伝えたいことを表現できる隙間がなくならないように願う次第です。

昭和時代からいつも漫画ばっかり読んでいる筆者からは以上です。

(平成29年11月14日 火曜日)

2017年11月13日

(個人的の課題にひとつの方向性を出したい話)一体いつ寝るようにしたらよいのか

睡眠中です



おはようございます。

2017年11月の記事です。

最近は早起きしていますなどと言っていますが、筆者は実はよく寝過ごす筆者でして、昔社会人になりたての頃、実に数回、寮の部屋で電話が鳴るので爽やかに起きて出たところ、上司(指導担当)が一体病気かどうしたんだ、と電話の向こうから語りかけられ、時計を振り返って卒倒するほど驚いた、というくらいの失敗経験も多くしております。

そういうのは20年以上経っても覚えているものでして、あの時は本当に申し訳ございませんでした、と一人で思い出して恥ずかしい話です。

別に深酒したとか徹夜したとか、そういうこともなく、むしろ普段より早く就寝し、たっぷり寝れると安心し、そしてたっぷりすぎるほど寝てしまったというわけです。

さて、いくら寝ても寝る前は目が冴えていて眠くなく、起きるときには眠い、そして午後2時くらいから急速にまた前日どんなに寝ていたとしても眠くなるというのはどういうわけなのか、ずっと疑問だったのですが、ようやく最近これは人間誰でも持っている体内時計のなせる「わざ」であるということがわかってきたようで、少し安心しています。

実は、睡眠禁止帯という時間帯があり、一般的に19時から21時の間は、眠気がもっとも強くなる22時以降とは正反対に、全く眠くなくなる、非常に眠気が少なくなるということがわかってきています。

要するに、睡眠禁止帯と呼ばれるくらい、1日のうちで最も眠りにくい時間帯というわけです。

ですので、一刻でも早く眠りたいという場合でも、この時間帯に無理に寝ようとしてもあまり効果は無いようです。

身体は正直なので、無理してもあまり効果はありません。

また、逆に午後2時、14時くらいはやっぱり身体のリズムで眠くなる時間帯だそうです。

これは、19時から21時にえらく頭が冴えているのと同じくらい、人間の体として普通のことなので、本当に眠くなったら5分でも仮眠を取るなり顔を洗いに行くなりしたほうが無理して眠らないように我慢するよりよいということになります。

そういうことで、筆者の個人的結論としては、先の記事で触れた人間の排便推奨時間帯である朝の5時から7時の間と、睡眠禁止帯を過ぎて夜の入眠最適時間である22時とを合わせて考慮しまして、できることなら夜22時に就寝、朝4時半に起床するといったサイクルが最も都合が良いのではないかと結論づけた次第です。

たまには、夜中まで飲んだり騒いだりすることもありましょうが、逆にあまりにも朝寝してしまうと一日中身体が重くて調子が出ない、といったことも経験上よく経験するところでありますので、できるだけ早起き早寝で過ごしていきたいと思います。

こちらからは以上です。

(平成29年11月13日 月曜日)

2017年11月12日

特に物品レンタルにはセルフレジが一般的になってきたのではないかと思う話です





おはようございます。

2017年11月の記事です。

今日は福岡マラソンの日で、筆者は走りませんがスタート地点からほど近い通りに朝出かけていきまして、応援させていただきました。

15,000人もの参加者がいる競技なので、誰が通るか目を凝らしていないとわからず、現に目当てにしていた数人は視認漏れを起こしましたが、ランナーの方から声をかけてくださる場合もあり、その場合は「おおー」とか「がんばれー」など一瞬でも声かけできるので楽しいイベントでした。

知り合いは20人ほど通過したでしょうか。

皆よく頑張るものです。

しかしながら、見ることができなかったメンバーも含め、今の時代はスマホのアプリで簡単にランナーたちがどの辺を走っているのかをプロットすることができ、こちらでちょくちょく見るのも楽しいです。

スタート地点から5キロごとにGPSで位置確認をしているようですので、それまでのペースに合わせてランナーごとを表示したプロット点がコース上を流れていきます。

次の5キロに至った時、仮にペースアップしていたらいきなりその5キロ先地点にプロットが瞬間移動しますし、逆にペースが落ちていた場合、次の5キロ地点で、ランナー通過を待っているという表示が出てしばらく止まっているという塩梅です。

だいたい、マラソンは後半になるとペースが落ちてくるので、沿道で応援をしたいと思えばこの点を頼りに予想時間にその場所に出向けば良いのです。

便利な世の中になりました。

こうして、最大20人の状況を同時プロットしながら、このような記事を書いているわけですが、また一方で小売店やDVDレンタルの店においても、セルフレジで精算することが多くなりました。

人手不足の世の中ですから、買うまたは借りる側が自分で決済できるようにしたほうが、お互いにとってメリットが大きいというものです。

その決済の方法が、いろいろと多様化しており一意に決まらないというところがもどかしいところではありますが、先に見たマラソン応援のように、適宜適切なサービスを適時に受けられるようになるというのが今後の経済界におけるトレンドになることでしょう。

昔、琵琶湖マラソンで、テレビ中継を見ながら合宿所の前にまろび出て、なんとかテレビに写ろうとしていた、そのような昔の記憶を辿った筆者からは以上です。

(平成29年11月12日 日曜日)

2017年11月11日

(緊急投稿)このままでは全ての小売業はアマゾンに吸われて死んでしまうという話




おはようございます。

2017年11月の記事です。

市場規模を業界ごとに毎年プロットする、こうした少し昔だと膨大なデータマイニングが必要だったことも、最近では上の写真のように簡単に素人の筆者のような者でも作れてしまう時代になりました。

こうして主な業界をグラフにして年ごとの売上高をプロットするだけで、大きな社会経済の流れというのが一目瞭然でわかってしまうのは驚きです。

1997年、筆者が社会人になった年に、スーパー業界の売上高は16兆円超を果たしピークに達しました。

実は、そのかなり前から小売の王者は百貨店からスーパーに移っていたわけですが、その絶頂を迎えたスーパー業界も、2000年初頭に生まれたネット販売業者(要するにアマゾン)に急速に売上を食われていくことになります。

そうして、このグラフは2015年までですが、2017年の直近で言えば、おそらくネット通販(紫の折れ線)が1997年時点でのスーパー業界売上(緑の折れ線)を超えていくようになるのでしょう。

さらに恐ろしいことに、ここでネット通販の勢いがピークアウトするわけではなく、さらに鋭角を保って急速に伸びていき、他の業界の売上を根こそぎ奪っていくということが強く予想される点です。

このままでは、みんなアマゾンに吸われて食われて死んでしまう、そのような空恐ろしさを感じずにはいられません。

正当なビジネスの舞台でこうしたネット通販の勢いに負けないように、どこで売上げてどこで稼ぐか、全世界の仕事人たちの戦いは始まったばかりです。

万国の小売業者よ、団結せよ!

そして各自の工夫と創意でネット通販の次の時代を作ろうではありませんか。

こんなことを書きながら、それでもアマゾンでまた買い物してしまった心弱い筆者からは以上です。

(平成29年11月11日 土曜日)

2017年11月10日

Type-Cの電流大きいケーブルをゲットしてようやくMacBookを遠慮なく使えるようになった話





おはようございます。

2017年11月の記事です。

筆者は現在この記事を書いたりするのに新しいMacというPCを使っていますが、このアップルの新型PCの電源は、Type-Cという新しいケーブルになっておりまして、付属のアダプタは100V電源に差し込んで使うというものでありまして、PC使うときにいちいちポケットからアダプタも出して繋げないと、いつの間にかバッテリー切れを起こしてしまうという状況にずっとありました。

そして、以前買ってみた普通のUSBから給電でき、 Type-Cのプラグが一応ついた従来のコネクタですと、どうしてもMacを稼働させるだけの容量の電力を投入することができず、PCを使いながらだと給電するどころか徐々にバッテリーが(減って)いくという悲しい状況だったのです。

USBから給電しようとすれば、PC起動していなくても、フル充電するのに10数時間かかる、そのような貧弱な電源プラグだったというわけです。

これは、規定のケーブルのアンペア数が絶対的に小さい、というところから生じることで、仕方ないと諦めていたのですが、今回筆者はふとしたはずみで、大容量3.0アンペアの typeC電源(USBタイプ)というのを見つけたのです。

正確な商品名は、

「Rampow Type Cケーブル USB3.0ケーブル 3.0A急速充電 生涯保証 5Gbps高速データ転送 7000回以上の曲折テスト QuickCharge3.0対応 USB-C タイプC type-cケーブル」

というものですが、3.0A急速充電という文句につられて早速買い求めてみました。


驚きの給電性能


早速自分のMacに装着していましたが、PC起動しているにみるみるバッテリーが充電されていきます!

驚きです。

やっぱり大電源、急速充電は違います。

これで、このケーブルさえ持っておけば大抵のUSBプラグから遠慮なく給電できるということで、筆者のこの手の悩みはほぼ解決しました。

スマホや小さいタブレット程度なら問題ない給電レベルのケーブルでも、ノートPCの給電には時間がかかってしまう、といった場合、こうしたアンペア数をよくみた上で必要なケーブルを準備すれば良いということになります。

小さいブルートゥースのイヤホンから、大容量のEV車まで、バッテリーに関する悩みはこれからのIT社会でずっと付いて回る課題だと思いますが、ケーブルのアンペア数を見るだけでもかなりスマートに対応することができそうです。

電源は十分ですがネタ切れを起こしそうな筆者からは以上です。

(平成29年11月10日 金曜日)

2017年11月9日

今更ながらアマゾンの「Kindle Unlimited」を始めた話をします




おはようございます。

2017年11月の記事です。

2016年8月に日本でも始まったアマゾンの電子書籍読み放題サービスである「Kindle Unlimited」ですが、筆者は紙の本(特に漫画)が好きだったのでしばらく見送っておりました。

しかしながら、このたびアマゾンの電子書籍を解禁する出来事が起こり今更ながら「Kindle Unlimited」を始めてみましたので、今回はそのことを書きたいと思います。

そもそも、紙の本(特に漫画)が手に入るのであれば、電子書籍は敬遠するのがこれまでの筆者のスタンスでした。

しかしながら、昔の漫画など、復刻版が電子書籍のみという作品も多くあるのです。

例えば、週刊少年ジャンプといった少年週間漫画においては、古典となったドラゴンボールのような長寿人気漫画の側で、十数週で打ち切りの憂き目にあった漫画もたくさんございます。

しかしながら、週間漫画紙の宿命で、人気が出なければ打ち切りの危険があるこれらの漫画も、視点が面白かったりするもので、あとで読みたいなと思う作品も多いのです。

いくつか挙げておきます。

「アカテン教師梨本小鉄」「セコンド」、そして「てんぎゃん」などです。

中でも、近代日本の生んだまさに天才児と言える野口英世と南方熊楠に、興味を持ったのはいずれもこれらを題材にした「漫画」である筆者にとって、てんぎゃんは時々読み返して天才児とは社会の仕組みにそぐわないところがどうしてもあるなと思い直すために必要な漫画でした。

この「てんぎゃん(南方熊楠物語)」が「Kindle Unlimited」で電子書籍としてリリースされていたのです。

普通、こうした古典作品は、古本サービスでしか手に入りません。

しかし、テクノロジーの進化により、またこうした古い漫画は人気がなく版権料的にも読み放題サービスのラインナップに加えやすくなっているのでしょう、時々このようなマニア受けする作品群がリリースされているのです。

正直、読み放題和書10万冊以上、という謳い文句そのままを信じるわけには行きません。

ほとんどの本が読めるというわけではなく、読者個人個人の趣味趣向は極めて異なるので、個々人が読める本はかなり限られるというのが実際のところだと思います。

それから、最近出た本で結構売れている本については、ほとんど読めないという感覚がいたします。

これは当たり前で、実際に紙にして売る本が一旦売れきってから、電子書籍でもう一度こうした再販を行うのが常道だと思われるからです。

映画館で封切りする前に、DVD販売を始めてしまったら、興ざめでしょう。

それと同じようなものなのかもしれません。

また、ある本が読まれれば読まれるほど、アマゾンが出版社に払う金額(版権料?)が増える仕組みのようであり、あまりにも人気すぎる本だとかなりコストがかかるみたいです。

そのため、人気本に限って読み放題ラインナップから削除されているという事態も頻繁に起きているようです(特に漫画においては)。

しかしながら、昔の本であれ読んでみたかったな、という記憶を読める本のラインナップを眺めて拾い読みするという読書スタイルには最高です。

加えて、時間の制約が大きい社会人の当職などにとっては、読みたいけど紙の本が手元にないという状況に陥らず、テクノロジーと通信環境の進化でかなり手軽にあらゆるデバイスで本が読めるようになったというのは素晴らしいことだと思います。

次は、キンドル専用端末を買い直してみようと思いました。

結局、古い漫画ばっかり読んでいる進歩のない筆者からは以上です。

(平成29年11月9日 木曜日)

2017年11月8日

ロイヤルホストが現金お断りの外食店舗を実験的に開始するという話




おはようございます。

2017年11月の記事です。

ハウステンボスにある変なホテルという従業員が極力いないホテルが話題となっておりますが、ついに実際の小売店舗や外食店舗でもレジのいらない店舗が実現する予感がいたします。

外食大手のロイヤルホールディングス(本社福岡市)は、2017年11月に、支払いを電子マネーやクレジットカードだけに絞って現金お断りにするという実験店を、11月中に東京都内に開くと発表しました。

現金の管理を完全に無くし、支払いに関する労度を限界まで下げ、従業員の現業作業に振り向けるという大胆な発想です。

東京都中央区に、レストラン「GATHERING(ギャザリング) TABLE(テーブル) PANTRY(パントリー)」をオープンします。

現金のやりとりがなくなるため、入り口にレジもなく、電子マネーのチャージも行いません。

食事メニューの注文は、テーブルのタブレット端末を用いて行い、代金支払いも同じタブレット端末で行い終了です。

電子マネーやクレジットカードを用いて行えます。

レジのない、もともと高級サービスだったテーブル支払いがIT効率化の末に実現するというわけです。

これにより、実現できる人員配置は衝撃です。

なんと、約40席の店を3人で運営できるいうことです。

今後は、外食産業のあらゆる場面で、こうした無レジ型店舗が増えて行くのではないかと思います。

人出不足はむしろサービスの進化を招く、必要は発明の母とはよく言ったものです。

外食産業、人件費の高騰により不採算業態と呼ばれて久しいですが、こうした技術サービス革新により、一気に収益・成長業態に変貌するかもしれません。

とりあえず、ロイヤルホストでハンバーグでも食べたくなった筆者からは以上です。

(平成29年11月8日 火曜日)

2017年11月7日

北朝鮮から我が国上空にミサイルが飛来して通り過ぎたときに取れる措置について




おはようございます。

2017年11月の記事です。

アメリカのトランプ大統領が日本を含むアジア各国歴訪の旅を始めまして、早速日本にやってきて松山選手を交えてゴルフをしたり首脳会談をしたりと忙しい訪問日程をこなしました。

その中で、北朝鮮のミサイル発射で日本が迎撃措置、撃ち落とすといった措置を講じなかったことに、不満の意を述べたらしいのですが、ではいったいどういう法的根拠や準備の中で、こうした迎撃措置が可能になるのか、識者による議論が行われておりましたので、少しまとめてみました。

こうした場合分けにおいて、最も読者にわかりやすいのは3つに大別するという方法ですので、これに習って今回も3つに分けて述べたいとおもます。


1 防衛出動


映画「シン・ゴジラ」でも有名になりました防衛出動ですが、自衛隊法第76条および第88条に規定されています。

日本に対する外部からの武力攻撃が発生した事態または武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態、もしくは、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態に際し、日本を防衛するため必要があると認める場合に、内閣総理大臣の命令により、自衛隊の一部または全部が出動すること。

これは、国家であれば当然に認められる個別的自衛権行使の世界になります。

日本に落ちてくる可能性があるミサイルだと認定できた場合、それに対する迎撃は、個別的自衛権の世界として当然となります。


2 存立危機事態


続いて日本政府として取りうる方策は、集団的自衛権の要件である、存立危機事態と認定することです。

現に、日本政府も、「存立危機事態に当てはまるならば迎撃する」という言い方をしていますが、これは集団的自衛権行使の場合にあたる場合を想定しておりまして、あくまでも「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と認定されなければなりません。

安倍内閣が2014年7月に閣議決定した「武力行使の新3要件」の一要素で、ほかに「必要最小限度の実力行使」「ほかに適当な手段がない」がある。15年9月に成立した安全保障関連法に規定されています。


3 破壊措置命令


最後の手段として、防衛出動が発令されていない時点での、破壊措置命令が考えられます。

これは自衛隊法第82条第3項に規定がありますが、あくまで自衛権の行使ではなく、日本国内における警察権の行使という位置付けです。

変なものが飛んで来たので破壊して処分する、これは警察権の行使である、凶器を叩き落とすといったイメージです。



どれにも当たらない



しかしながら、今回の北朝鮮から飛来した弾道ミサイルについては、「我が国に飛来するおそれ」が無いものであるのが明らかなのです。

それゆえに、上記にあげた3つの対応策のどれを用いても、そうした事態が認定できないというもどかしい状況なのです。



日本国が想定する以外の状況が世界で起こっている


つまり、現在の日本が想定して構えている危機管理すべき場合として想定している状況は、残念ながらそのような認定がされるような状況が、少なくとも現在の世界情勢ではあまり起こらない類のものとなってしまっているところが問題なのです。

現在の、この日本における法整備として欠けている視点、これこそ、「日本に落ちて来るかどうか、または集団的安全保障の対象国であるアメリカの領土・領空を脅かすかどうかに関わらず、日本の上空(領空より外)を飛んでいくミサイルを見逃していいものなのかどうか」というものです。

そして、こうした、日本の上空を我が物顔でミサイルを飛ばしてくる国家に対して、その飛ばしている事実そのものに対する抗議の意志として、技術的にできるかどうかはともかくやる気があるのか、それを整備しておかなければ国家として舐められる(もう舐められっぱなしなのかもしれませんが)、ということなのです。

これは、個別的自衛権や集団的自衛権、及び国内警察権の行使とは全く別の論点となります。

ここまで書いて来ますと、結局領空領海外においても、まともな実験ではないことが明らかな国家の所業に対しては、国際警察権の行使の一類型として、少なくとも自国の上空にミサイルを飛ばすような国家があれば、叩き落とすなり何なり、きっちり問題視して適切に対応できる法制度や対応をしておくべきだと思います

トランプ大統領がここまで考えて、日本もきちんと考えてね、と宿題を与えたのかどうかはわかりませんが、少なくとも周辺国と連携して北朝鮮を封じ込めようとしている以上、このくらいの知的労働を担えないようでは国際社会における名誉ある地位を占めたいと願った日本国憲法の趣旨にも沿わないのではないかと思うものです。

法学徒として少々難しいかもしれない話になりましたが自国の安全や安心に直結する話ですので前向きな議論を期待したいと思います。

こちらからは以上です。

(平成29年11月7日 火曜日)

2017年11月6日

PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ





おはようございます。

2017年11月の記事です。

日本では、日本シリーズを福岡ソフトバンクホークスが制しましたが、海の向こうのアメリカでは、ワールドシリーズ(北米シリーズというべきかもしれませんが慣例ですので)をヒューストン・アストロズが制しました。

この「北米」ワールドシリーズにおいて、第3戦と最終第7戦の先発ピッチャーを託されたのが、日本の北海道日本ハムファイターズからテキサス・レンジャーズに移籍し、そして2017年シーズンの途中にロサンゼルス・ドジャースに移籍したダルビッシュ有選手です。

日本出身の投手として、ワールドシリーズの先発ピッチャーを、それも最終戦を含む2回も任されるとは、そんな時代が自分が生きているときにやってくるとは思ってもいませんでした。

この2回の最高の舞台で、残念ながらダルビッシュ投手は序盤に失点し、満足いく成果を挙げることができませんでした。

非常に悔しいことであります。

しかしながら、単に批判する向きも多いこうしたことにおいて、最も重要でいつも振り返っておかなければならないことがあります。

かつて1994年ワールドカップ決勝のPKを外したイタリアの至宝、ロベルト・バッジョも言ったそうです。

「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」

と。

ダルビッシュ有選手も、他を圧倒する鍛錬修練を積み続けてきたからこそ、つかんだワールドシリーズ先発の機会であり、当然その力を発揮し勝利に貢献したいと思っていたはずです。

もちろん相手も世界一のチームなのですから、一筋縄ではいきません。

その極限のぶつかり合いの場に憧れるだけ、見るだけの人と、実際にその舞台に立つものとの遥かな違いをもう少し踏まえた上で、生産的な批評をするのは百歩譲ってよいとは思いますが、単なる批判や非難からは、何も生まれないと思うのです。

お前がやってみろよ

という本人たちの声が聞こえてきそうです。

何事も、本番に臨むプロに対するリスペクトがなければ、何事も始まらないという話でした。

最後に、ダルビッシュ選手、次回の巻き返しに期待しています。

ダルビッシュ選手というよりイチロー選手や松井選手と同年代の筆者からは以上です。

(平成29年11月6日 月曜日)

2017年11月5日

修羅場や本番をくぐるからこそ人は本当の意味で成長するものだという話




おはようございます。

2017年11月の記事です。

弱い野球チームがあったとして、一番強くしようとする方法はなんでしょうか。

やっぱり本番の試合に出すということだと思うのです。

本番でテストするというのは相手チームにとっても失礼かもしれないのですが、やはり、野球というゲームがどういうことを目的にしているゲームで、どのように振る舞えば得点し、失点を防いで勝つことができるのかというのが本番を通じればよくわかるというものです。

甲子園での高校野球のチームが、一戦一戦強くなり、決勝に至っては大人顔負けのプレイを見せてくれるのは、これが単にもともと強かったということ以上に、本番における経験を通じてどうやったら強くなるのか、勝てるのかという形や型を強烈なスピードで吸収し、すぐさま実地に応用できるようになるということもあると思うのです。

したがいまして、企業や会社において、社員が戦力となってくれるということにおいても同じようなものだと思うのです。

新人だから、その職位について間もないから、といった余計は配慮はむしろ成長の阻害要因になります。

したがって、いきなりだろうが突然だろうが、すぐさま本番に投入し、修羅場をくぐらせるというのが最も当人の当事者意識を刺激し自ら主体的に律して育つための何よりの方策だと思います。

客商売をやっている夜のスナックにおいても、客に対してどのように振る舞うか、いくら事前に言って聞かせても、それはまるで陸上で水泳の泳ぎ方をシミュレーションするような、結構無駄な時間であることが多く、客商売ならとにかく客の前に出すしかスキルアップの方法はないと思います。

とっとと本番に投入し、修羅場をくぐらせる、試験勉強においてもそうです。

いくら問題集やワークを解かせても、本番の試験問題が何か、そうした緊張感の中で正答への正しい解法に沿って規定時間内に答案を作るというゲームの本番を多く経験しないと、バッティングセンターにしか行ったことがない野球部の生徒の如く、ゲーム全体を俯瞰できる真の戦力となる人材になることはできません。

しかしながら、本番に投入することは、非常な勇気が伴います。

できることなら、本番に投入される人の側で「支援」したり「応援」したり、そういったサブ的立場にとどまろうとするのが人情です。

しかし、サブはサブ、サブをいつまでやってもレギュラーにはなれません。

会社においても、上司を立てることと、自らが主体として仕事を進めて切り拓いて行くというのは全く別の振る舞いです。

上司など立てなくていいから、とにかく自らが主体的に仕事に責任を持ち、進める。

自らの直感にしたがって、必要な報告相談を行う、それも本番で培われる能力の一つです。

上司をうまく使って案件を仕込む、案件を進める、そして成果を出す、そうした一連の流れの中で、いつしか新人は立派な、どこに出しても恥ずかしくない「うちの担当」としての地位を確立してゆくのです。

そんな自立した社会人や学生にたくさん会えるように振る舞い、できるだけ楽をしたいと考えておりますよからぬ筆者からは以上です。

(平成29年11月5日 日曜日)

2017年11月4日

文化の日(11月3日)がどのようにして祝日になったか知っておくべきという話





おはようございます。

2017年11月の記事です。

さて、毎年11月3日は日本では祝日となっております。

「文化の日」ということで、現在の祝日法には、文化の日の意義としては、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」という趣旨となっております。

確かに、文化の日として例えば文化勲章の授与が行われたりと、祝日ムードが定着しているとは言えます。

しかしながら、そもそものこの11月3日になぜ文化の日というよく考えれば曖昧模糊とした祝日が定められているのか、真の意味を知っている方は少ないと思いますので、本日はこのようなブログ記事でもひとつくらい賢くなってもらいたいと願って書いておくものです。


11月3日文化の日は戦前の明治節で明治時代は天長節(天皇誕生日)


はい、いきなり解答を題字にして乗っけておりますが、まどろっこしいことは嫌いな性分なのでお許しください。

もともと、近代日本においては天皇誕生日は祝日でした。

その時代における一世一代の天皇陛下の誕生日を、天長節と称して、祝日にしていたわけです。

つまり、明治時代の今上天皇陛下のお誕生日である11月3日を、明治時代その当時の天長節として祝っておったわけです。

明治天皇が崩御され、時代が大正昭和と変わりゆく中で、明治神宮の創建など明治天皇への崇敬から明治天皇記念祝日制定の請願運動が起こり全国から署名が集められ、衆議院と貴族院に提出されました。

こうした国民の運動の結果、時の加藤高明内閣において明治天皇記念祝日の制定が建議され、大正天皇崩御後の1927年(昭和2年)3月3日、「明治節制定ノ詔書」により11月2日は明治節という祝日になったというわけです。

そのまま1945年(昭和20年)の終戦により新憲法公布、施行という大行事を控えることになりました。


新憲法(今の日本国憲法)の公布前夜の攻防


敗戦、そしてGHQの支配の中で、日本は新しい国の再興を自らの手で行なっていくこととなります。

そうして、新しい国会議員を決める総選挙を行い、新憲法の枠組みを決定し、その公布および施行するところまでこぎつけました。

あとは、公布するのみです。

憲法の施行については、当時の社会情勢から今までの大日本帝国憲法と大きく異なる日本国憲法の周知期間に半年(6ヵ月)しか使わないというのは驚きでしたが、それでも私たちの先輩たちはそれでよいと、いよいよ公布に望むことになったわけです。

ちなみに、日本国憲法第100条は、

「この憲法は、公布の日から起算して6箇月を経過した日から、これを施行する。」

と定めています。

この日本国憲法公布前夜において、当時の内閣法制局長官であった入江俊郎さんという人が、後にこの経緯について記しているので筆を借りようと思います。

曰く(ここから引用します)、

新憲法は昭和二十一年十一月三日に公布された。
この公布の日については二十一年十月二十九日の閣議でいろいろ論議があつた。
公布の日は結局施行の日を確定することになるが、一体何日から新憲法を施行することがよかろうかというので、大体五月一日とすれば十一月一日に公布することになる。
併し五月一日はメーデーであつて、新憲法施行をこの日にえらぶことは実際上面白くない。
では五月五日はどうか。
これは節句の日で、日本人には覚えやすい日であるが、これは男子の節句で女子の節句でないということ、男女平等の新憲法としてはどうか。
それとたんごの節句は武のまつりのいみがあるので戦争放棄の新憲法としてはどうであろうか。
それでは五月三日ということにして、公布を十一月三日にしたらどうか、公布を十一月三日にするということは、閣議でも吉田総理、幣原国務相、木村法相、一松逓相等は賛成のようであつたが、明治節に公布するということ自体、司令部の思惑はどうかという一抹の不安もないでもなかつた。
併し、結局施行日が五月一日も五月五日も適当でないということになれば、五月三日として、公布は自然十一月三日となるということで、ゆく方針がきめられた。
公布の上諭文は十月二十九日の閣議で決定、十月三十一日の昼に吉田総理より上奏御裁可を得た。
— 入江俊郎『日本国憲法成立の経緯原稿5』、入江俊郎文書
とあります。

内閣法制局長官といえば、内閣の直下で法制についての事務を行う機関の長であり、内閣法制局による法令解釈は各法令ごとの齟齬や調和を限界まで緻密に組み上げているといえ、その判断は非常に高い権威を持ち官庁の中の官庁として畏怖された機関です。

そうしたギリギリの司令部(GHQ)との交渉の中で、なんとか明治節にあたる11月3日を憲法公布、そして半年後の5月3日を憲法施行日とすることになったわけです。

その後、衆議院参議院のすり合わせやGHQの意向も絡み、この11月3日を憲法記念日にすることはできなかったけれども(施行日の5月3日を憲法記念日にすることが先に事実上決定することで11月3日の目が消えた)、その代わりとして、なんらかの祝日として11月3日も決定して良いというGHQからの「意向」もあり、こうしてようやく11月3日を「文化の日」として戦後の祝日体系の列になぞらえることはできることになった、というわけなのです。

先人や先輩たちの数々の悩みと貢献あって、この11月3日は祝日として祝うことができる日となったわけです。

ですので、ぜひ11月3日については、昭和22年までは明治節、明治時代は天長節、そして11月3日は憲法「公布」の日として文化の日になった、と覚えていただければと思うのです。

国家公務員1種(総合職)試験は受けておりませんが、代わりに国会議員政策担当秘書試験は受験し合格資格を保有しております法令解釈おたくの筆者からは以上です。

(平成29年11月4日 日曜日)

2017年11月3日

価格破壊や消費者の意識向上、テクノロジーによる売り方の急激な変化





おはようございます。

2017年11月の記事です。

銀行大手のみずほフィナンシャルグループや、百貨店大手の三越伊勢丹グループが、大規模な人員整理(リストラ)を計画しているということですが、こうした、これまでの収益構造を急速に侵食された「変われない企業」たちが大きな曲がり角を迎えています。

いろいろな産業、これまで大きな収益を得ていた例えば金融、教育、自動車、旅行業界などなどにおいて、同じような産業の構造変化がものすごいスピードで起こってきていると思うのです。

そして、これまでは高度な産業と思われていて参入障壁が高いと思われていた、医療や財務経理、そして法律といった専門業においても、それから個別の製品生産を行うメーカー(製造業)においても、こうした構造変化の波が襲うのはおそらく不可避でありましょう。



どういった変化なのか



まず、商品やサービスの販売価格がすぐ下がってしまいます。

商品製品がコモディティ化する、とでも申しましょうか。

例えばPCや洋服、車といった製品や商品は、ある一定の値段がついていてそれがブランドでした。

しかし、服の世界でユニクロが台頭したように、あらゆる業界でアウトレットやPBブランドが浸透してくると、こうしたブランド維持による価格帯の高止まりが極めて難しくなってしまいます。

純粋に、商品やサービスの中身を丸裸にされて、それに応じた値付けがされてしまうのです。

消費者の志向は、ブランドではなく、コストパフォーマンスに急速にシフトしてしまい、そしてそれが元に戻ることはなかなかありません。

車でも、ヤマダ電機が家電っぽく100万円を切るEV(電気自動車)を自社責任で製造販売すると発表していますし、現に4Kテレビなどはパナソニックやソニー、東芝やシャープといった家電メーカーの先を行って大量生産を行い、販売価格5万円程度の商品として大量リリースしてしまいました。

コンビニに行っても、セブンイレブンPBブランドの商品の方が、既存ブランドよりずっと安くてそれでいて一定の品質を確保していると消費者に認知され、そして消費者はそっちの方を買って行きます。

実は、商品ごとの利益率はPBブランドの方が高いかもしれないのです。

しかし、消費者は小売業としてのセブンイレブンと製造メーカーそれぞれの利幅が乗っている既存ブランドの商品よりも、セブンイレブンに一括片寄されて価格が抑えられているこうしたPB商品の「構造」を一瞬で見抜いてこちらの方がお得だと買って行く、このようなことが世界中のあらゆる場所で起こっているのです。

こうした動き、実際に起こっている現場での判断ひとつひとつは、とても小さなことです。

しかし、小さなことが積もり積もって大きな組織を食う、そうした急速な時代の変化を感じざるを得ません。

私たちは、目の前にそびえ立つ巨木につまづくのではなく、地を這うような小さな蔓につまづいて転びます。

ほんの少しの言い訳や責任逃れ、そして先延ばしなどを繰り返して来た結果、巨木の中は空洞になり、そして一気に倒れるのです。

成功も失敗も、その最大の原因はわかっているのに行動しないこと、これに尽きるのではないかと思った次第です。

価格破壊や消費者の意識向上、テクノロジーによる売り方の急激な変化といったキーワードは、どの業界でも当てはまると思います。

しかしながら、ある組織が強固であればあるほど、「変わりたくない人」「変えたくない人」が集まっている組織であるとも言え、そうした組織が競争する不利をなんとか振り払うために大規模なリストラに着手する、そのような流れになっているように思えてなりません。

残念ながら大企業や名の通った企業には、どう採用でカッコいいことを主張しようが、やっぱり安定が好きな人たちがこぞって集まってしまうという傾向があります。

しかし、安定が好きというのは変わりたくない人ということと限りなく近く、競争優位を維持するためにはものすごく不利にもなってしまうということなのです。

これまで必死に人を集めて組織を作り、勝てる「形」「型」を作り上げて来たのに、そうしたある意味大変「優秀な」人たちを大量に抱え込んでいるということ自体がこれから勝てる可能性や生き残る可能性を狭めてしまうという二律背反な世界なのです。

世界は残酷ですが、それゆえに可能性に満ちている。

そのようにも感じました。

今日は詩人な感じの筆者からは以上です。

(平成29年11月3日 金曜日)

2017年11月2日

高校教育からも多様化がキーワードの時代になって来たという話です





おはようございます。

2017年11月の記事です。

N高等学校というインターネットを通じたIOT教育を標榜する定時制高校が、実際の通学コースとして東京大阪の2都市で開校した通学コースが好調なようで、次に2018年度開校の横浜キャンパス(神奈川県)、大宮キャンパス(埼玉県)、千葉キャンパス(千葉県)、名古屋キャンパス(愛知県)と、現在の代々木キャンパス(東京都)、心斎橋キャンパス(大阪府)と合わせて、新たに福岡キャンパス(福岡県)もリリースするという発表を行いました。

これで、2018年4月からは全国7都市に通学コースキャンパスが拡大となるということです。

そして、福岡県においては、午前中にこのN高等学校の通学コースに通い、午後には地元の大手学習塾と全面提携して、大学入試に必要な受験勉強知識をまるっとまとめて一気に教授する、というカリキュラムを組んで生徒を募集するということです。

これは、画期的な取り組みだと思います。

そもそも、いわゆる全日制の「普通の」高校生活をなんらかの事情でドロップアウトしてしまった生徒は一定以上います。

例えば、スポーツや芸能で推薦入学したものの、怪我や故障、能力の喪失などでその芸能やスポーツを続けられなくなり、高校生活自体を送るモチベーションを保てなくなったり、それ以外にも、高校の部活の縦社会の枠組みにそぐわない、集団授業に合わないといった個別にはいろいろな事情があるようです。

筆者も、集団授業は苦手でしたし、注意散漫多動性衝動がありますのでよくわかります。

こうした生徒が、そのまま将来に向けての学習や勉強の機会を失ってしまうのは大きな社会的損失です。

そもそもいくらでも学生や生徒がいて、同学年200万人、みたいな筆者のような今の40代が学生やっていた時代とは様相がまるで違うのです。

少子化高齢化、これは国難なわけです。

一度入った高校がちょっと合わなくても、いくらでも再チャレンジできるというかスライドできる受け皿として、こうした定時制高校の存在はこれから注目されていくのではないかと思っています。

高校卒業資格、という意味では何も変わりはないわけです。

さらに、そもそも全日制高校になんとなく入る、というより目的意識が若い頃から固まっている生徒に関しては、プログラミングでも暗号でもブロックチェーンでも英語中国語でも、高度なIT知能や数理的知見を飛び級で学ばせた方がその生徒の能力も伸びるし、こうした生徒には最低限の高校卒業資格を効率的に取らせてとっとと興味のある大学や大学院(当然海外を含む)に進んで専門技能や知識を思い切り吸収してもらった方が当人としても社会全体としても生産力や教育水準の向上に繋がることは間違いありません。

筆者としては、このような教育の多様性はとても歓迎したいと思います。

そもそも教育とは多様なものであり、もちろん現在の日本の全日制高校教育には総論として賛成していますが、対象となる子供達の中には、その個性に応じた教育の機会があった方が絶対にいいと思えるからです。

かつての平成の初期、日本の典型的な全日制高校教育を受けたのですが今ひとつな中年になってしまったので、ここから叩き直して少しはものになりたいと思う筆者からは以上です。

(平成29年11月2日 木曜日)

2017年11月1日

ネットとリアルの間でたゆたう仕事はどうなっていくのか考察してみた話




おはようございます。

2017年11月の記事です。

最近、電車や飛行機、バスの中で、リアルな書籍で本を読んでいる人を見ることが少なくなりました。

かくいう筆者も、もっぱら最近はスマホの画面で記事を読むなり、ビジネスSNSツールで刻一刻と報告されたりアップされて来たりする情報をあたふた処理したり、講義テープや英会話を聞いたりするといった時間の使い方であり、リアルな書籍を手に取ることが全く少なくなってしまいました。

このような、じっくりと本を読まずに耳かじりでいろいろと断片的な情報で物事を判断していくと、いつしか時間がなく尻切れとんぼのブリーフィングやレクチャーしか行われない(悪い意味での)政治家のようになってしまう危険性があります。

一部のフレーズだけを切り取り、その膨大な背景について意識できない、もしくは意図的に無視して言い立てるような論調には、距離をおかなければなりません。

そのためには、じっくり本を読む時間を意図的に作り出していくことがこれからの世の中の過ごし方として必要ではないかと思っています。

ただ、これまでリアルな書籍の出版に際しては、「書店」「取次会社」「印刷・製本代」「写植・製版代」「紙代」「装丁料等」といった流通中間マージンが多く取られ、本来の本源的価値を体現している著者の著作権料(印税)はわずか10%に過ぎないというのが通例であったということですので、もしこうした余計なコストが電子化IT化によって、不要になっていくということを考えると、本を買う側はコストが格段に下がり、そして本源的価値を体現する著者への印税も増えるというよい話もあります。

紙の書籍を出すという体裁になんとなくロイヤリティが感じられるという世の中は、急速に高齢者たち記憶のかなたに消えていく運命にあるとすら思っています。

もちろん、紙に書いて何かを残したり考えた証跡を記すためのノートといった媒体は、むしろ常に携帯して思索に使うべきだと思います。

要は体裁だけの重くてかさばる単行本は保管場所を含めていよいよいらなくなってくるのではないかと考えているのです。

これからの人類の知は、どのような形で生み出され広まり、そして保管されていくのでしょうか。

このようなことを考えると、Googleの「Googleの使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」という、顧客も従業員も株主も出てこない、この企業理念が如何に先鋭的なものであったか改めて気づかされます。

本は読みたいときに、電子書籍かアマゾンの中古ですぐ買ってしまうというスタイルになりつつあります筆者からは以上です。

(平成29年11月1日 水曜日)