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2017年11月1日

ネットとリアルの間でたゆたう仕事はどうなっていくのか考察してみた話




おはようございます。

2017年11月の記事です。

最近、電車や飛行機、バスの中で、リアルな書籍で本を読んでいる人を見ることが少なくなりました。

かくいう筆者も、もっぱら最近はスマホの画面で記事を読むなり、ビジネスSNSツールで刻一刻と報告されたりアップされて来たりする情報をあたふた処理したり、講義テープや英会話を聞いたりするといった時間の使い方であり、リアルな書籍を手に取ることが全く少なくなってしまいました。

このような、じっくりと本を読まずに耳かじりでいろいろと断片的な情報で物事を判断していくと、いつしか時間がなく尻切れとんぼのブリーフィングやレクチャーしか行われない(悪い意味での)政治家のようになってしまう危険性があります。

一部のフレーズだけを切り取り、その膨大な背景について意識できない、もしくは意図的に無視して言い立てるような論調には、距離をおかなければなりません。

そのためには、じっくり本を読む時間を意図的に作り出していくことがこれからの世の中の過ごし方として必要ではないかと思っています。

ただ、これまでリアルな書籍の出版に際しては、「書店」「取次会社」「印刷・製本代」「写植・製版代」「紙代」「装丁料等」といった流通中間マージンが多く取られ、本来の本源的価値を体現している著者の著作権料(印税)はわずか10%に過ぎないというのが通例であったということですので、もしこうした余計なコストが電子化IT化によって、不要になっていくということを考えると、本を買う側はコストが格段に下がり、そして本源的価値を体現する著者への印税も増えるというよい話もあります。

紙の書籍を出すという体裁になんとなくロイヤリティが感じられるという世の中は、急速に高齢者たち記憶のかなたに消えていく運命にあるとすら思っています。

もちろん、紙に書いて何かを残したり考えた証跡を記すためのノートといった媒体は、むしろ常に携帯して思索に使うべきだと思います。

要は体裁だけの重くてかさばる単行本は保管場所を含めていよいよいらなくなってくるのではないかと考えているのです。

これからの人類の知は、どのような形で生み出され広まり、そして保管されていくのでしょうか。

このようなことを考えると、Googleの「Googleの使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」という、顧客も従業員も株主も出てこない、この企業理念が如何に先鋭的なものであったか改めて気づかされます。

本は読みたいときに、電子書籍かアマゾンの中古ですぐ買ってしまうというスタイルになりつつあります筆者からは以上です。

(平成29年11月1日 水曜日)