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2017年12月11日

ウルトラギガモンスターという月間50G(ギガ)の定額データ伝送サービスを契約した話





おはようございます。

2017年12月の記事です。

筆者のモバイルスマホ端末は、2017年12月現在ひと世代前のiPhone7でして、これは当面買い換える予定はございません。

先日も、iPhoneX(10)を持っている人の操作感を横で見せてもらっていいなーと思ったりしましたが、家電量販店のディスプレイ専用機を少しいじるだけで我慢です。

まだまだ使えるので、次のスマホが出るまで粘ろうと思っています。

しかしながら、データ通信専用のSIMについては、続くデータ容量回線の詰まり具合から一気に脱出すべく、iPhoneの新シリーズが出た時にソフトバンクからリリースされた、月額50Gのデータ容量を誇る、ウルトラギガモンスターという商品に乗り換えてみました。

これで、もともとソフトバンクという国内大手キャリアをナンバーポータビリティを使って飛び出してから幾数年、また元のさやに出戻ったということになります。

月額1万円もするこのデータ通信ですが、3日間での使いすぎによるデータ伝送制限といった余計な仕様はなく、50Gを使い切るまでは全く問題なく使い放題であるというすっきりとした運用であるところが気に入りました。

これで、いつでもどこでも強力なデータ通信でネットやアプリの更新や入力もストレスフリーで行えますし、PC作業をテザリングを用いてやっていた途中で作業が無限ブールとなり固まって止まるといった残念なことも非常に少なくなることでしょう。

基本的なインフラ投資であるこのような労働装備については、ケチってしまうと却って他の作業の生産性が著しく落ちて、取り返すのは大変であるということが経験としてわかってきたので、月額数千円のコスト増加を飲んでも、これで十分な効用を得られそうです。

さて通信回線は改善しましたが肝心の書くネタ探しに奔走しております筆者からは以上です。

(平成29年12月11日 月曜日)

2017年12月10日

ゴム手袋で台所のシンクも風呂掃除もやってしまおうという大胆な試みを紹介します




おはようございます。

2017年12月の記事です。

12月は師走と言いまして、何かと忙しい日々だと思います。

忙しくないといっても、やはり新しい年を迎えるにあたり、ごちゃごちゃしたところをできるだけすっきりとしておきたいという生活改善の欲求は自然と起こってくるものだと思います。

筆者も、週次で気になる台所のシンクの汚れやら、風呂釜の水垢やトイレの掃除など、いろいろ回して年末の大掃除に負担がかからないようにしていきたいと思っていましたが、やっぱりなかなかそううまくは行かず、やはりこれは筆者の習慣や根性が追いつくまでには時間がかかると思い直し、掃除のやり方を変えてみることにしました。

すなわち、スポンジでこすっていたのをやめて、手でそのままこするわけです。

細かい蛇口やシャワーヘッド、網製のシンク棚や食器置きなどの渋味や水垢については、指で擦るのが最も効果的です。

しかし、素手で擦ると指が壊れるのでどうするかというと、スーパーで売っているゴム手袋を用いるのです。

こうして、台所のシンクに直接どばっと重曹なりクエン酸なり、それすらなければ塩をぶっ込み、ざりざり手のひらでこすります。

網は指を突っ込んで、または指でつまんでこするわけです。

台所が終わったら風呂場にも行きます。

浴槽や風呂の壁を、重曹や風呂用洗剤を少しつけて、あとは風呂に入ったあとでゴム手袋をつけてなでまわします。

あとはシャワーで水を流して終了です。

必要なものは、ゴム手袋のみで、終わったら風呂場にでも吊るしておけばいつでもまた使えます。

そして、ゴム手袋で取りにくい場合は、メラミン系スポンジ(激落ちくんとか)やサランラップなどを使って集中的にこすれば大抵の水垢や汚れ、黄ばみは取れると思います。

以上、非常に適当な掃除方法をお伝えしました。

このような作業も、ちょっと視点を変えてみてリアルゲームのように取り組めば、全面クリア目指してモチベーションも高くいけるとおもいます。

かつて清掃含むビルメンテナンス業界において、ビルメン王を目指した筆者からは以上です。

(平成29年12月10日 日曜日)

2017年12月9日

12月のボーナス支給に組織で働くことの意味を改めて考えてみるという話です




おはようございます。

2017年12月の記事です。

日本の会社や組織では、12月と6月にボーナスと称して賞与を支給するという商習慣があります。

国税庁では「賞与とは、定期の給与とは別に支払われる給与等で、賞与、ボーナス、夏期手当、年末手当、期末手当等の名目で支給されるものその他これらに類するもの」と定義されています。

つまり、支給額や支給基準、支給期の定めがないものが賞与でして、実は法律的に支払う義務がある「給与」とは明確に異なる性格のものなのです。

さてそんな中、日本の会社の経営者たちはそれぞれ頭を絞ってボーナスを支給します。

なぜボーナスを出すのか、その一番大きな理由として、会社というチームで働いてもらいたいという経営者の思いが凝縮されているように感じてなりません。

組織や会社が請け負う仕事は、全てチームで動かなければ成果を出すことができません。

何か契約が取れたら、それは営業の成果ですが、引き合いをプランニングして原価計算をして社内合意を取りその上で契約をしてそれに従った商品設計やサービスを提供して、その後(もしあれば)管理運営部隊まで仕事を引き継いでいかなければなりません。

また別途、筆者もゲーム王に俺はなるの前はビルメン王に俺はなるをライフワークにしていたのでわかるのですが、メンテナンスという定期作業も必要であり、これも非常に大切となるサービス提供となります。

一つの物件や契約に、これだけの多くの社内の関係者、社外の協力先も含めれば無数の人間が絡んで仕事を形作っていくのです。

そういうわけで、仮にこうした仕事で成果が上がり会社として売上がたち利益が計上されたならば、できるだけチームで働いた褒賞としてボーナスを捉えたいというものです。

チームで働いてチームで達成感を味わう、その何よりの証拠が気前の良いボーナスということになるのです。

給与は、各人と会社との労働契約に従って支払われるものであり、ボーナスよりは個別性が強いと思います。

しかし、個人的に金持ちになりたかったら、社員なんてぬるい関係より独立した完全フルコミット制(歩合制)の業務委託関係となり、頑張って、売上の何割かを自らの収入として計上するのが最も効率が良いのかもしれません。

しかしながら、残念ながら人間は自分のためだけで頑張るのでは限界があり、その上にあるなんらかの上位概念のために頑張っているという面があります。

ボーナスの季節は、そのような、組織で仕事をするという意味を経営者側も従業員側も、改めて考えるような機会でもあるのです。

ボーナスはメガネかけても飛び出すことがなかった筆者からは以上です。

(平成29年12月9日 土曜日)

2017年12月8日

名刺専用クラウドに1万枚弱の名刺をぶち込んでみると何が起こるかやってみたという話




おはようございます。

2017年12月の記事です。

師走になりまして、年賀状の準備とかいろいろ必要になってまいります。

しかしながら、筆者は仕事の方でも、筆者も社会人生活20年超、そろそろ「あの会社のだれだれだけど」からあとが続かなくなってくるようになってしまい、知っているんだけど記憶の底にはあるのだけれども会社も名前も出て来ない、といったことが多くなってまいりました。

それですので、もし当方に有為な同僚やチームメンバーがいて、新しい仕事のニーズや先方の要望がありそうなことはわかっていて、あとは双方を引き合わせるだけでなんかうまくいきそう、というような時の、この「単なる紹介」というのすらできにくくなって来たということを切実に感じるようになりました。

1年前くらいまでのネットワークなら、流石になんとなく覚えているので大丈夫です。

しかしながら、それを超える現在から遡ること5年くらい前になると、かなり曖昧になってしまうのです。

これはもったいないです。

昭和生まれの我々中年男が若い人たちに唯一優っているという点があるとするならば、それはうまくいったかうまく行かなかったかは別にして、とにかく経験やネットワークであるはずです。

ということで、筆者もずっと見ないまましまっていた名刺を引っ張り出し、そしてそれをクラウド名刺サービスに入力してみようという孤独な作業を始めようと思ったわけです。

それから苦節1ヶ月、ようやく名刺管理クラウドソフト「Eight」を使って手持ちの全ての名刺情報を入力することに成功しました。

Eightに入力することができる専用の名刺スキャナーを同社がいろいろなシェアオフィスにレンタルして無料で利用者に使わせているサービスというのがありまして、筆者も契約しているシェアオフィスには早い段階でこの専用スキャナーがありました。

以後しばらく、その席をホームポジションにして夜な夜な名刺を持ち込んではスキャナーで取り込み続けるという一見暗い作業をずっと続けたというわけです。

おそらく、筆者の年代より上の年代の人たちにしてみれば、そうしたサービスより秘書などを使って連絡先の管理をしていたりする場合もあると思います。

しかしながら筆者より下の年代の人にとってみれば、手持ちの名刺がざっと1万枚近くあるというのはなかなかないことだと思います。

したがって、自らスキャナーとスマホのクラウドアプリを連動させて名刺データを物理的な紙からデータ移行、しかも1万枚もやるなどというちょっとおかしいことができるのは、まさに我々の世代のみしかできないと思い直しました。

筆者も、自分で思いますにまさに流れる流木のごとくさまざまな会社を転々として来たものだと思います。

それゆえに積み上げた一万枚の名刺、流石に全部を投入するまで時間がかかりました。

しかし、その作業もいよいよフィニッシュです。

全ての名刺データがクラウド化されると、何が起こるのでしょうか。

まず、人の紹介というのが極めて簡単になりました。

これまでは、こちらから名刺を探してそれを渡すなりコピーしてもらっていました。

Eightで名刺画面を呼び出し、スマホでキャプチャして画面を撮影して送るだけです。

あとは向こうで連絡してもらいます。

また、同じ会社で検索するだけで、どの人と会っているのか一目瞭然になるのは大変便利です。

さらに、たとえば今は社長になっている人の過去の経歴や役職が見れるのも面白いものです。

ともすれば、今の会社や役職や職務だけがクローズアップされがちですが、当然それぞれのビジネスパーソンには歴史があり、それも含めて確認できることは同じ営業や訪問をするのでも広がりが違います。

言い方が少し変かもしれませんが、ちょっとしたビッグデータです。

これから、いろいろと試してみようと思います。

どうも、飲み屋の皆さんの角の丸い名刺も一緒にたくさん入力したようですのでそればかりが出て来て少々困る筆者からは以上です。

(平成29年12月8日 金曜日)

2017年12月7日

働くということに時間を問うことが過去のことになって行く気がするという話です






おはようございます。

だらだら社員を長くやっております筆者より、2017年12月の記事をお送りします。

現在の会社組織の中で最もイノベーティブだと言われる世界中のあらゆる情報をわかりやすく整理することを会社のミッションとしているGoogleという会社においては、「労働時間」というものが問われないそうです。

問われない、ということはどういうことかというと、いつどのように働くかというのは大幅に社員側の自主性に委ねられているということなのですが、もっとより根源的な意味があります。

それは、業務成果としての質の高いアウトプットを出し続けることが求められており、すなわち、それぞれの社員に求められるゴールのハードルが他の会社や組織に比べて桁違いに高いという背景があるのです。

ものすごいプレッシャーに耐えながら仕事を進めて行くには、自らの使えるリソースである自分のエネルギーや健康状態、使える時間という非常に限られたリソースを最適化しつづける必要があるのです。

求められるアウトプットが高くなればなるほど、少ない時間で成果を上げなければならなくなり、そして健康な状態で集中できる時間をきっちり確保するためには、しっかり休んでリフレッシュしないといけないし、何よりきっちり寝ておかなければ本番でパワーを発揮できません。

重要な試験の日、もしくは大事なスポーツの試合の前日に、徹夜する人は少ないと思います(東京大学物語という漫画がありましたね…)。

きちんと食べて、きちんと寝ている人には敵わない、と有名なコピーライター(糸井重里氏)もいっていましたが、まさにこうした自らのマネジメントがきちんとできる人が、長期的に組織の求める成果を出し続ける有為な人材として重宝されるというわけです。

そして、長時間労働の問題ですが、筆者は単に長時間働いているように見える、ということと、真にその労働者、社員が自主的に「ゾーン」に入って集中して一気呵成に業務成果目指してフルパワーで取り組んんでいるのか、それによって評価が全く違ってくると思っています。

日本においては、昭和時代から(ひょっとして平成の末期に至っても?)、単に長時間業務場所にいるから、残っているからというだけでなんとなく仕事を頑張っている、評価されるという時代が続いてきました。

そもそも、それは労働時間で管理することで比例的に業務成果が向上する一定の相関性がみられた高度経済成長期の振る舞いであり、現在においてはそのセオリーはかなり崩れていると言わざるを得ません。

工場での製造業やサービス業といった、アウトプットが定型化して業務の形、型ができあがっている職務において、「労働時間で管理する」というのは一定の合理性を認めうることですが、例えば筆者のような営業、企画、管理、新規事業開発といった職種において、「時間で管理する」というのはあまり合理的ではありません。

それよりも、さあいくぜとゾーンに入って集中する時間をどれくらい作り出せるか、それからそのゾーンに入って作業できるだけの準備として膨大なインプットをどれだけ受けておくことができるか、といった「時間の使い方」にフォーカスすべきなのです。

たとえ金曜日の22時でも準備万端になってモードに入ったら、思い切り仕事してもらえればよいのです。

もともと仕事自体が定型化されたものではないのですから、時間帯だけ定型化されても困ります。

質の高いアウトプットを出せるように振舞えているか、時間を支えているかということに立ち戻って考えるべきなのです。

そして、非定型の、仕事の仕組み自体を創り出すような仕事は、営業にしろ企画にしろ新規事業にしろ、意味のある仕事として非常に質が高いものになります。

同じ訪問営業でも、そうやって仕組みから考えて行く人と、単にノルマをこなす人とでは有為な差がつきます。

「大きな仕事をするためには、成果を挙げる能力を会社経営に示さなければならない」

「そのために、具体的にどんな実績が必要で、どんなやり方がふさわしいのか」

というふうに目的思考で作業を考えていくのがふさわしい態度ということになります。

そして、できれば売上とか利益とか成約件数といった数字を直接に追うよりも、顧客である相手の立場にたって、どんな振る舞いをすれば喜んでもらい、喜んでもらった結果として何かで返して上げたいと向こうに思ってもらい結果お買い上げに至るのかを考えて行動して行くほうが、むしろ成果に繋がりやすくなると思います。

そうしたほうが、搾取しているというような無駄な罪悪感に苛まれることもなく、自己肯定感に沿って仕事ができるというものです。

そして、準備万端、思い切り作業したい時にはゾーンにはいって、気のすむまで作業や仕事に没頭すれば良いと思います。

ただ、そうしたターボエンジンを燃やしている状態というのは決して頻繁に長く続くことはないので、そのあとはしっかりと休みを取るなりリフレッシュして身体を元に戻すということをマネジメントするのが、本当の管理職や上司のやるべきミッションだと思います。

さてお約束ですが、毎夜毎夜飲み屋でターボエンジン並みに飲んで歌って騒いで喉を痛めて回復が遅れております筆者からは以上です。

(平成29年12月7日 木曜日)

2017年12月6日

新幹線や飛行機も予約なしで自由席を選んで乗るというシェアリングエコノミーの話





おはようございます。

2017年12月の記事です。

小さい頃から電車が好きで、七五三の時の着物の写真の右手にもプラモ電車を持ったまま写っているという鉄オタの筆者です。

プラレールが大好きでした(今も大好きです)。

桃太郎電鉄も初作からやり込んでます。

さて、そんな列車は見るのも乗るのも大好きな筆者にも朗報がありました。

Suicaだけで新幹線の自由席に乗れる「タッチでGo! 新幹線」というサービスがJR東日本によって導入されるというのです。

どうもネーミングが長い感じがしますけれど、読めばわかるサービスとなっておりまして、ICカードの「Suica」などで新幹線の普通車自由席を予約なしでそのまま利用できるというサービスを、2018年4月から実施するということです。

つまり、新幹線や言ってみれば飛行機といった、特別な乗り物についても、ついに事前のきっぷ購入や予約行為は必要でなく、通勤電車やバスと同じように、(東京から)ちょっと京都いってくるわ、的なノリでICカードでピッと新幹線に飛びのり、2時間ちょっとで京都に着いて抹茶パフェ食べてる、ということができるようになったわけです(お金はもちろんかかりますが)。

対象ICカードは、「Suica」にかかわらず、全国相互利用対象の10種類(2017年12月現在)のICカードとなる(記事末尾参照)ので、わざわざ「Suica」を購入する必要はありません。

ただ、対象エリアがまず、

・東北新幹線:東京~那須塩原間
・上越新幹線:東京~上毛高原間
・北陸新幹線:東京~安中榛名間

というところから始まるので、JR博多駅でICカードをかざしても当面は乗れないので注意が必要です。

さらに、このサービスは利用時に乗車券相当の料金と特急自由券相当の料金の合計額を参考にした独自の専用商品としての値段が引き落とされるということです。

いちいち特急券(と必要に応じて乗車券も)を並んで買う必要がなく、新幹線から在来線に乗り換える時にもそのままICカードを利用すれば良いので、いよいよ、ICカードでシームレスに乗り継ぐことのできる鉄道、飛行機サービスというのが実現していくということになります。

非常に楽しみになってきました。

飛行機については、まだ日本においては自由席という概念すら導入されてはいないようですが、これに習ってサービスの利便が向上することを願ってやみません。

かつての新幹線のぞみ号、博多から京都で降りるドアが空いているところで目覚め、あやうく名古屋まで乗り過ごすことになること幾知れずあったため、以後隣り合わせた人に「私は京都で降ります、まずそうな時は声かけてください」と伝言しておいたところ、お願いした人とは全く知らない人に声をかけていただき無事降りることに成功した、という即席伝言シェアリングサービスに助けられた筆者からは以上です。

(平成29年12月6日 水曜日)


対象ICカード(全国相互利用対象の10種類)

・Suica
・PASMO
・Kitaka
・TOICA
・manaca(マナカ)
・ICOCA
・PiTaPa
・SUGOCA
・nimoca
・はやかけん

2017年12月5日

働き方を変えるというのは生き方を変えるということなのかもしれない





おはようございます。

2017年12月の記事です。

時代の流れが早く、2010年くらいから第三次第四次産業革命だと言われ、究極の情報化社会が到来すると言われてくるようになりました。

そして、同時に世界の先進国で起こっているのが人口減少の問題であり、いよいよ人類が経験したことのない「段階的に人間が減っていく」時代に突入していくことになりました。

こうした動きの中で、既存の歴史ある企業もこぞって、失敗を恐れず新規事業にチャレンジしようという機運が盛り上がってきたようです。

しかし、なかなかこれまでやったことがないことを振る舞うというのは勇気がいるものです。

そして、朝礼などでよくトップの社長や会長が新規事業にチャレンジしようといった挨拶をすることがあっても、聞く側の社員にそのような意識が芽生えるかというとなかなか難しいのが本当のところなのではないでしょうか。

なぜかというとスローガンとして新規事業といってみても、やはり既存の事業と同じように失敗したら怒られるのは目に見えているし、できれば失敗の確率の方がはるかに高い新規事業よりも、時の試練と先人たちの改善の結果、収益が出せる型を突き詰めた既存事業にこだわった方が何かと特だと思うのはもっともなのからかもしれません。

こうした矛盾を最も解消する方法としては、組織としての評価の軸を少しだけ変えるということではないかと思っています。

つまり、評価の軸を

最上 やって成功する
次善 やって失敗する
悪  やらない
最悪 評論だけする

という風に変えてみるわけです。

ポイントは、「やって失敗する」ということを「やらない」ことの上に持ってきたことと、「評論だけする」ことを、「やらない」の下に持ってきたことです。

こうすれば、平均並みを求めるだけでやって失敗する方向にシフトするのではないか、と思うのです。

これからの時代を見据えるに、明らかに人口減による人手不足やネットの台頭、IT技術の進化(人工知能など)といった、明らかに既存の時代にはなかった環境にあるわけです。

既存の発展してきたやり方や発想で新規事業を成功させることは、ますます難しくなることでしょう。

さて、次にこのような難しい環境にあって、より積極的に失敗するための具体的な仕事の進め方とはどのようなものになるのでしょうか。

このあたり、筆者もいろいろ考えてきたのですが、できるだけ本音で話す時間を同僚や部下や上司とできるだけ濃く長く持つことが必要だと思い至りました。

つまり、バーチャルで代替可能な「報告」や「情報共有」「事前の課題設定」といった作業はたくさんあります。

それらを取り去り、真に創造性を発揮させる仕事を人に残し、そしてその人たちが協働することによってしか新しい価値は生み出されないとしたら、そうした人たちが最も気持ちよく積極的に前向きにオープンな議論ができる場をどのようにしつらえたら良いのか、ということになります。

そして、組織や会社側の要求として、そうした社員たちの相互作用による画期的なアイデアをなるべく定量的効率的に生み出すような仕組みが最善ということになります。

この点、スマホゲームの金字塔「パズドラ」を世に出した孫泰蔵さんもおっしゃっているのは、「ランチタイムをコアタイムとして集合する」というオフィスルールです。

つまり、具体的な議論をあえて決めずに(具体的な議論内容が決まっていたらそれはバーチャル手段でがしがし進める)、顔を合わせることにこそ価値があるだろうという信念です。

特に、一緒に食事をしたりお茶をしたりお酒を飲むことなどによる、たわいもないことからの「雑談」というのが、最もクリエイティブなものに近い、という考えです。

「最近どうですか?」
「最近はまっていることはこんなことで」
「へえ、それって面白いよね」
「紹介します、あとこんな観点はどうかな?」

といったちょっとした話で劇的に世の中の見方が変わることはよくあります。

飲み会はバカにできません。

ものすごいインキュベーション装置になりうる壮大な仕掛けでもあるのです。

事件は会議室で起こってるんじゃない、現場で起きてるんだ!

とは昭和生まれの人にしか刺さらない日本映画のセリフかもしれませんが、確かに会議室で頭をひねってもあまりいいアイデアは出てきません。

そこで、集団でリラックスしているゆえに出てくる前向きな議論結果をつかまえる、そのために、ランチに集合してコアタイムと設定し、あとは出社含めて自由とするのは面白い実験ではないかと思います。

そして、できれば週1か月1ではしっかり夜の懇親会もやって、相互理解を深めていく、そうすれば具体的な案件が持ち上がった時には時間や空間の制約を超えて、IOTを使った爆速での事業垂直立ち上げが可能になるでしょう。

基本的には会社にいる必要はありません。

単なる作業なら、職場でなくてもやりやすいところで、どこでもどうぞということです。

ですが、逆に社員である以上、必ずランチタイムには来て顔を見せろ、ということです。

「同じ釜の飯を食った仲間」というのを会社組織でも作り出すのです。

学生や部活動の専売特許ではなく、人を創造的にさせる仕組みであれば、どんどん応用した方が良いと思います。

もちろん、この集合時間は厳密に業務時間=作業時間ではないので、社外の人が一緒にいても一向に構いません。

むしろ奨励されるべきことでしょう。

こうして、意図的に、新しいアイデアが生まれるような「場」「空間」を積極的に作り出す仕組みというのは結構簡単に考えうるものではないかと思いました。

新規事業については、筆者の会社でも強烈に求めています。

何かアイデアあって話してあげてもいいよと思われる方、昼食くらいならばいつでもおごりますので、何とぞこのアイデア不足の私たちにお寄せいただければ幸いです。

よく失敗して怒られている筆者からは以上です。

(平成29年12月5日 火曜日)

2017年12月4日

2017年12月アビスパ福岡は名古屋グランパスにJ1最後の席を譲り昇格ならず




おはようございます。

2017年12月のニュース、将来においては記録となる出来事です。

J2のシーズンを過ごした日本プロサッカーリーグの福岡アビスパは、シーズン年間4位という好成績を収め、J1昇格プレーオフを戦ってまいりました。

そしてその昇格プレーオフの最終戦において、シーズン年間3位、前年にJ1から初めて降格してきた名古屋グランパスエイトと、向こうのホームでもある豊田スタジアムで長いシーズンを締めくくる最後の大勝負を行いました。

結果、負けなかったけれど勝つことができませんでした。

昇格プレーオフですから、年間下位のチームは試合に勝たないと上がれないレギュレーション(引き分けの場合は年間上位の名古屋が昇格)、相手ホームの完全アウェイという環境でありました。

それでも、0-0というスコアレスドローでの敗戦、一瞬の隙をついての得点がとても遠かったというのは残念なことでありました。

全国からさまざまな機会や手段を含め、福岡から明らかに遠いであろう先方ホームの豊田スタジアムに終結した熱心なサポーターのみなさん、そうではなくても遠く福岡で、またそれぞれの場所からアビスパの昇格を願い応援してくださった全ての人たちの力は、確かにアビスパ福岡の選手たちの力となり、彼らは最後まで激しく闘志を燃やし、泥臭いサッカーを見せてくれたのではないかと思います。

すでに年末12月になっていながらさらにシーズンのガチンコサッカーができるというのは幸せなことで、長いシーズン、浮き沈みもありましが常にJ2の一線に踏みとどまり数十試合を戦い抜いたチームは誇りを持って迎えたいと思います。

最後に、Jリーグ創設時からの名門クラブ、オリジナル10として鳴らした名古屋グランパスエイト、初のJ2降格という「屈辱」を経てのJ1復帰、誠におめでとうございます。

この経験と失敗をバネに、来期J1での優勝しちゃうくらいの大躍進を祈念いたします。

また来年も、アビスパ福岡の応援をそれぞれの形で、どうぞよろしくお願いします。

サッカーも野球も、あまり上手でない筆者からは以上です。

(平成29年12月4日 月曜日)

2017年12月3日

2017年12月3日(日)からブログタイトルを「ゲーム王に俺はなる!」に変更します





おはようございます。

2017年12月の記事です。

唐突ですが、筆者は1974年(昭和49年)生まれの第二次ベビーブームと言われた世代のど真ん中に、これまた四大工業地帯と呼ばれた北九州市八幡の新日本製鐵の日本で初めてできた溶鉱炉(高炉)そばに生まれました。

同学年に生まれた有名人としては、筆者が好きな野球の松井秀喜選手、井口資仁選手、岩瀬仁紀を筆頭に、ハンマー投げの室伏広治選手、歌手で俳優の華原朋美さん、国分太一さん、草なぎ剛さん、それから福岡市長の高島宗一郎氏などが同級生にいる、多士多才な世代であります。

この世代は、とにかく人数が多いことを武器に、日本の歴史のあらゆる場面でいろいろな社会現象を引き起こしてまいりました。

その中で、最もこの世代がハマったのが家庭用ゲームであったのではないかと思うのです。

それまで、アーケードゲームで一部のゲーマーにしか知られていなかったゲームの世界を、それまで花札くらいしか作っていなかったと思われる京都の任天堂という会社が、家庭用ゲーム機ファミリーコンピュータ(ーと伸ばさない)という画期的な商品を世に出し、それが瞬く間に我々の世代をがっちり掴んだのです。

その後の我々の世代の文化は、こうしたゲーム抜きでは語れなくなりました。

筆者も様々なジャンルの多種多様な種類のゲームをやってきましたが、その中でもとりわけ好きなゲームは1989年7月27日発表の任天堂の初のRPGといえる「MOTHER」(糸井重里氏)です。

それからスクウェアとエニックスというRPGの双璧がタイアップして作るという夢のレーベル「クロノ・トリガー」のことは忘れられません。

1995年3月11日発売(その後の2011年東日本大震災の日と奇しくも一緒の日付です)ドラクエとファイナルファンタジーの夢のコラボレーション。

いまだにあれを超える感動に出会ってはいません。

さて今般、筆者もビルメン業界を一旦離れ、ひょんなことからゲーム業界に参画し身を投じることになりました。

家庭用ゲーム機、その前のゲームウォッチを手にしてからはや35年、はや3分の1世紀が経過しているわけですが、まだまだこの業界の可能性に興味が尽きない自分がいます。

育てのお母さんである女王「マリア」から預かった8つのメロディ(子守唄)をラスボスのギーグへ届けるという、悲しいけれど優しい物語を紡ぐ名作お使いRPG「MOTHER」。

「世界」という鉄板の舞台を、しかも過去から未来まで「時空」を超えて旅をして、「地球」という一つの大きな生命に巣食った「星食い」と戦い「世界」を救い出す、そんなスケールのでかい、あの「クロノ・トリガー」を超えるような作品をみたいと思います。

なかなかそういうのが世に出ないのであれば、自分たちで作り出して楽しみたい、そうやって少しでも「生きているという実感」を味わいたいと思っています。

そんな熱量を込めた宣言をもって(ゲームですけど…)、このブログのタイトルも、ビルメン王からゲーム王に変更させていただきます。

期待感しかありません。

よろしくお願いします。

ゲームもアニメもコンテンツも、それを生み出す人間も大好きな筆者からは以上です。

(平成29年12月3日 日曜日)



2017年12月2日

仕事ができるやつというのはどういった状態に至った者をいうのか自分なりに考えてみた話







おはようございます。

2017年12月の記事です。

会社組織に属しているのは、個としてそれぞれ活動するよりチームで取り組んだことが得られる効用が高いということを信じているからであるというのが持論の筆者ですが、最近、チームとしての進化と同じくらい個としての成長も大切であると思うようになりました。

職人やアスリートで考えるとよくわかるのですが、和して勝つというより、彼らはまず激烈なチームや球団の中の競争に勝ち抜き、そして対外的に勝って喜ぶ、つまり和すのは組織目標であるところの勝利やペナント制覇の結果であるという意識を強烈に持っています。

弱い者同士がただつるんでも勝てない、ということを知っているのです。

そうした職人やアスリート、もしくはアーティスト的な仕事を生業にしている人々は、それぞれ個としての自分の理想像を追い求め、日々それに向かって修練を積み重ねるわけですが、例えば一般の仕事やサラリーマンであっても、この最高の状態をイメージして日々努力すれば、かなりのところまで行けるのではないかと確信しています。

しかしながら、何をもって最高かというのが結構大変で、それはそれぞれが置かれた環境や目標設定によってかなり変わりうることも承知の上で、あえて共通して最も大切であろうと思う特質を公開してみて、読者各位のご意見をいただこうと思います。

それは、感情をコントロールするという一点です。

人間は感情の動物ですから、あらゆる感情を持つのは当然のことです。

これは、無表情になれといっているわけではありません。

喜ぶ時は喜べば良いし、悲しむ時は悲しむ、それはそれで自然なことです。

しかしながら、仕事は感情でやるものではありません。

ハイな時は無敵でも、落ち込んだときに何も手につかないのは使い物になりません。

そうであれば、ハイな時などいらないから、淡々と感情をコントロールしていつも一定の成果を他人に信頼され期待される、そのような仕事人こそプロと言えるでしょう。

かのイチロー選手は、高校3年生の夏の甲子園県予選の決勝を負けた翌日も、淡々と練習を行ったそうです。

甲子園の道が絶たれたその翌日に、彼が練習を普通にできたのは、彼の次の目標がプロ野球にいくことであると明確に決まっていたことに由来するのでしょう。

ここで、甲子園に出場するライバルに差をつけられるわけにはいかない、スカウトにアピールしてドラフトにかかるようにしておかないと夢が絶たれる、といった冷徹な判断もあったのでしょう。

どんな状況下にあっても事象を客観的に捉え、そして湧き上がる感情をコントロールできる人間は、「仕事ができる」という印象を他に与えるものであろうと思います。

イチロー選手のスカウトは、その自分を成長させることができることをもって才能だと見抜いたわけです。

これは、単なるアピールではありません。

感情をコントロールすることができるかというのは、揺れた経験、例えば夏の甲子園県予選大会決勝にして負ける、といった大きな経験の際によく表出されるものなのです。

それには、普段から、「こうなっても、こう振る舞う」という意識を持ち、感情をコントロールする方法を自分なりに確立しておくことが必要だと思うのです。

さてそのような心づもりで毎日記事をアップしていますが、あまりにも閲覧なく過疎っちゃうとすぐ心が折れてしまいそうで、読まれなかったら泣いちゃいそうな弱い筆者からは以上です。

(平成29年12月2日 土曜日)

2017年12月1日

現時点での価値観を過去の歴史に無理に当てはめようとするのは疲れるという話です




おはようございます。

多様な価値観や働き方ということが言われて久しくなりました。

個人個人大切にしている価値観は違うのだから、それは他人の自由や権利を侵害ないしは邪魔しない程度において最大限に尊重すべきというのは、日本国憲法に限らず現代の世界においては極めて支持されうる考え方であり理念だと思っています。

ここまで来るのに、少なくとも有史以来数千年の戦争や紛争、内乱や混乱、内戦やテロといった戦いの歴史ばかり世界は経験してきました。

さて、そういった過去の先人たちの紡いだ共通知に基づいて現代の我々は生きているわけですが、そうして得られた共通の現代の価値観を、無理に過去の時点に当てはめてしまうと、なかなか難しいことになってまいります。

これは、多様な価値観や振る舞い方を認めるという共通知に反することでもあるのです。

例えば、日本の戦国時代、諸侯が相争っていた時代における織田信長は、明智光秀から見ればどう控えめに見ても明らかにパワハラ上司であったはずです。

しかしながら、光秀は信長をテロによって暗殺するのではなく司直の判断に委ねるべきだったといった現代の価値観を持ち込むとかなりおかしなことになります。

裏切りは悪、という価値観の前に、当時に生きる明日をも知れない極限状況の中、武将や諸侯はどうやったら一族一門が生き残るか、それを真剣に考えた末での決断だったはずです。

信長に猿と呼ばれた秀吉だって、そんなの差別発言の最たるものですし、その秀吉も、信長がシスコンで溺愛したお市の娘の茶々に入れあげますが、その迫りようといったらセクハラ以外の何者でもないでしょう。

しかしながら、いろいろ葛藤はあったにせよ現実に秀吉を受け入れた茶々は秀頼を産んで淀君として大坂城の事実上の主となります。

本来の正妻である北政所を押しやり、不貞の妾が本妻を追い出したわけで、略奪愛といって糾弾されて文春砲の餌食になるのは必定でしょう。

こうした設定は、ライトノベルで時空を行き来する小説やドラマで演じれば面白い筋書きになるかもしれませんが、あくまで事実とそれに対する評価というものを分けて検討すべきという態度からは慎みたいものであります。

繰り返しますが、多様な価値観があるということを認めるということと、それを是とするということは別だということです。

当時は当時の論理や考え方や振る舞いがあった、ということをそのまま理解するというのが大切なことで、価値判断はその上で分けて行うべきだということです。

そうやって少しづつ社会は良くなっていくものではないかと信じています。

信長や秀吉、光秀や淀君に会ったことはもちろんありませんが、それぞれ自分の人生を思い切り生きたという意味で大変羨ましく思います。

なかなか本気出せないのですが、来年くらいからはそろそろ本気出して行こうと考えている筆者からは以上です。

(平成29年12月1日 金曜日)