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2017年12月1日

現時点での価値観を過去の歴史に無理に当てはめようとするのは疲れるという話です




おはようございます。

多様な価値観や働き方ということが言われて久しくなりました。

個人個人大切にしている価値観は違うのだから、それは他人の自由や権利を侵害ないしは邪魔しない程度において最大限に尊重すべきというのは、日本国憲法に限らず現代の世界においては極めて支持されうる考え方であり理念だと思っています。

ここまで来るのに、少なくとも有史以来数千年の戦争や紛争、内乱や混乱、内戦やテロといった戦いの歴史ばかり世界は経験してきました。

さて、そういった過去の先人たちの紡いだ共通知に基づいて現代の我々は生きているわけですが、そうして得られた共通の現代の価値観を、無理に過去の時点に当てはめてしまうと、なかなか難しいことになってまいります。

これは、多様な価値観や振る舞い方を認めるという共通知に反することでもあるのです。

例えば、日本の戦国時代、諸侯が相争っていた時代における織田信長は、明智光秀から見ればどう控えめに見ても明らかにパワハラ上司であったはずです。

しかしながら、光秀は信長をテロによって暗殺するのではなく司直の判断に委ねるべきだったといった現代の価値観を持ち込むとかなりおかしなことになります。

裏切りは悪、という価値観の前に、当時に生きる明日をも知れない極限状況の中、武将や諸侯はどうやったら一族一門が生き残るか、それを真剣に考えた末での決断だったはずです。

信長に猿と呼ばれた秀吉だって、そんなの差別発言の最たるものですし、その秀吉も、信長がシスコンで溺愛したお市の娘の茶々に入れあげますが、その迫りようといったらセクハラ以外の何者でもないでしょう。

しかしながら、いろいろ葛藤はあったにせよ現実に秀吉を受け入れた茶々は秀頼を産んで淀君として大坂城の事実上の主となります。

本来の正妻である北政所を押しやり、不貞の妾が本妻を追い出したわけで、略奪愛といって糾弾されて文春砲の餌食になるのは必定でしょう。

こうした設定は、ライトノベルで時空を行き来する小説やドラマで演じれば面白い筋書きになるかもしれませんが、あくまで事実とそれに対する評価というものを分けて検討すべきという態度からは慎みたいものであります。

繰り返しますが、多様な価値観があるということを認めるということと、それを是とするということは別だということです。

当時は当時の論理や考え方や振る舞いがあった、ということをそのまま理解するというのが大切なことで、価値判断はその上で分けて行うべきだということです。

そうやって少しづつ社会は良くなっていくものではないかと信じています。

信長や秀吉、光秀や淀君に会ったことはもちろんありませんが、それぞれ自分の人生を思い切り生きたという意味で大変羨ましく思います。

なかなか本気出せないのですが、来年くらいからはそろそろ本気出して行こうと考えている筆者からは以上です。

(平成29年12月1日 金曜日)