このブログを検索

2018年1月4日

スターウォーズ8を見たのなら是非日本の誇るスペースオペラも観たり読んだりしてもらいたい件





おはようございます。

2018年1月の記事です。

世界のSF超大作シリーズ、映画スターウォーズのエピソード8が先ごろ公開され、観客を興奮の渦に巻き込んでいます。

筆者ももちろんこのシリーズは大好きですが、大好きであるが故に、これを観た後には是非日本の誇るスペースオペラも観たり読んだりしてもらいたいと思いまして筆をとりました。

「銀河英雄伝説」本編文庫版10巻、外伝6巻のシリーズです。

これは、すでに古典的名作と言って良い日本を代表する宇宙を舞台にしたSF大作で、アニメシリーズにもなっていますが、このシリーズのすごいところは何かと申しますと、それは共和政治(共和国)と専制政治(帝国)とを等距離に眺めて比較することを物語の軸としているところなのです。

スターウォーズにおける帝国は、だいたい徹頭徹尾悪い側です。

シスの暗黒卿は帝国と同一視されておりまして、赤いライトサーベルに三角錐型のバトルシップは帝国軍の象徴であります。

対して共和国は銀河帝国に乗っ取られた後もレジスタンスとして宇宙の辺境にゲリラ部隊として集結し、そして最終的には帝国に対して勝利を収める、といった良い側として描かれます。

そして、その共和国の守護神として描かれるのがジェダイの騎士ということになります。

しかし、銀河英雄伝説ではそうではないのです。

世界のSFで、政治体制をあくまで「相対的」に比較してテーマに据えた作品はほとんどないと思います(あれば教えてくださいすみません)。

だいたい、スターウォーズのように王道としては、主人公は共和制国家の軍隊に属して帝国、つまり独裁制国家の侵略や圧政に立ち向かうというのが黄金のパターンなのです。

そして、時間が限られた映画上映時間の中では、いくらシリーズものにしたところであってもできるだけ単純な勧善懲悪の図式が見るものを安心させることになります。

しかし、銀河英雄伝説におけるそれはそんな単純な図式ではないのです。

本作では一方の主人公である皇帝ラインハルトが専制政治、そして一方の主人公であるヤン・ウェンリーが共和制の体現者として登場します。

しかし、一般の作品と違うのは、ラインハルトはどこまでも有能で最も働く前線指揮官でもあるという、古今東西歴史を紐解いても最高の統治者であり、対する共和制といえば、いつの時代にもいそうな無能な官僚や政治屋どもが、これ以上ない才能の至宝であるヤンの足をことごとく引っ張り醜い姿を晒すという、どうしようもない衆愚政治が描かれているわけです。

実は、ヤンを最も評価していたのはラインハルトだという記述もあるくらいであり、人間の行動に美徳を求める敏感なラインハルトは、腐敗した銀河帝国の貴族階級も自由惑星同盟側の衆愚政治屋も同様に軽蔑しましたが、例外としてヤンは非常に高く評価し、その先輩である銀河共和制(銀河連邦の後継として自由惑星同盟として再興)の中興の祖であるアーレ・ハイネセンには、銀河帝国に反旗を翻した叛乱軍の創始者であることとは別にして敬意すら表しています。

そして物語は結局、民主政治に依拠する自由惑星同盟は完璧に敗北し、宇宙はラインハルトが始祖となるローエングラム朝銀河帝国によって再度統一されることになります。

しかし、歴史的に稀なる才能であった独裁者ラインハルトは早すぎる死期を悟りその体制は危機を迎えるわけで、それを制度的にうまく折り合う方法として、立憲民主制が提案され、そしてその実験台というか研究所的な役割で、ヤンの残したエル・ファシルという小さな星系のみが民主政治を許されて、物語は終わるというわけです。

人間が、専制主義への抵抗として数限りなく流した血の結果が、ただの自治政府一つであり、宇宙は有能な専制君主の元再統一されただけに過ぎなかったのですが、さりとてその有能なる独裁者亡き後、人類は自らをうまく御する体制制度を作ることができますか?と本作の筆者は重い問いかけをして長い物語が終わるわけです。

最後に、この物語によく使われる「後世の歴史家」という記述を真似て書くならば、100年後に日本のSF傑作10作を選ぶとしたら、後世の歴史家によりかならず本作はその筆頭候補に上ると思います。

「銀河英雄伝説」、ご興味ある方は筆者の手持ちもありますので是非読んでみてください。

実は「風の谷のナウシカ」の方が好きな漫画ばっかり読んでいる筆者からは以上です。

(平成30年1月4日 木曜日)