このブログを検索

2019年2月18日

学生に限らず家と学校の間にある第三の落ち着ける場所で勉強したいと思うという話です







おはようございます。

2019年2月の配信記事です。

勉強する環境づくりについて話してみたいと思います。

例えば、野球やサッカー、クラシックバレエに乗馬、テニスにバドミントン、それから囲碁将棋にいたるまで、なんでもいわゆる小中高生の課外活動(部活動はその一部ですが、いわゆるクラブチームや専門のレッスンに通っている人も広く含めて言います)と同じく、勉強するという環境づくりを考えた方が良いと思います。

週6日野球の練習がある、という野球漬けの少年の例があるのであれば、それと同じように、週6日勉強する環境を作るべきなのです。

そうして、最もその「場」として考えられるのが、学校や自宅、ということになりましょうが、学校や自宅は、他にやらなければならないことや他人の目が気になる、かつ自分自身を強く律しないと流されてしまう、また自分自身の都合ではどうしようもならない強制スケジュールで動いている部分が多い、という場所でもあるわけです。

筆者や、また同じ高校を卒業して最高学府に現役で合格した先輩のように、周りの目なんかどうでも良い、という振る舞いで3年生の出席日数のうち、実に半分近くが遅刻もしくは欠席、であったような方もいらっしゃいますが、そういう、学校以外の場所でもべ今日できる、という確固たる意思というか鈍感力というか、そういったものに「恵まれない」一般の方については、やはり準備や環境づくりのほうが必要になると思います。

その準備や環境づくりにおいて、思い切り個性を発揮すれば良いわけです。

自分の時間をどのようにプロデュースするか、ということを考えた場合、例えば好きな野球やサッカーをするためには、グラウンドを整備して集合して道具を片付けて用意して並べて、そして審判やボール拾いもこなしつつ、終わったら片付けしてユニフォームを洗濯して干す、という一連の作業の連続が必要になってきます。

勉強も全く同じで、何を勉強するのかのスコープから初めて、インプットなのかアプトプットの演習なのか、英語なのか数学なのか、非常に多岐にわたる選択と集中が必要な高度な作業なのです。

そういった、集中して取り組むことができる「場」を、詰め詰めの行事で忙殺される学校や、勉強しろしろとしか言われない家ではない、別の場所に求めるというのは、結構昔からやられていたことでありまして、伝統的なものとしては公営の図書館や私塾、といったものでした。

こうした場所では別段塾のカリキュラムはなくて、かつては、個人個人が自分の課題意識でめいめい自分の課題を持ち込み、もくもくと勉強していただけなのですが、それから、大量に熟成を集めてポイントをあらかじめ「授業」で教えておこう、という「スクール型」「駅前」の学習塾が隆盛を迎えます。

しかし、これでは、そもそも自由な時間を使いたいと思っていた利用者側からすれば、学校の授業や活動、課外としての部活動やスクール、家事と同じように、課題が増えるばかりになってしまいます。

そこで、最近では、自律型指導塾、といった個別指導と自主学習をうまく組み合わせた小規模の塾というのもかなり出てきています。

タブレットやスマホでの動画授業や課題配信いった学習補助手段も長足の進歩を遂げている現在、第三の場所としての学習塾といった形は、ますますその姿を変えていくのではないかと思っています。

社会人になっても第三の場所であるシェアオフィスや飲み屋やカフェで、ついでに仕事をすることが多くなりました筆者からの雑談は以上です。

(2019年2月18日 月曜日)