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2018年8月18日

定年制を廃止するという究極の働き方改革を断行する会社が出現しているという話です







おはようございます。

かつて戦後の日本に、働きまくるモチベーションの塊のような一派が形成する、異色の企業体がありました。

名前は出光石油。

出光佐三という創業者が興した、一陣の風のような人間集団でした。

とにかく精魂込めて働く、出光の人や出光を取引先にしている銀行の担当者などから直接当職が聞かされた社是は「和(やわらぎ)」というものでした。

驚くのは、この最上位に位置する社是に従い、出光には定年がない、もちろん解雇もない、そして組合もない、という特異な労使関係であり、企業文化を誇っておりました。

大家族主義を標榜し、とにかく人間関係を大切にしておりました。

特殊なこの諸制度は、出光が各種の「妥協」のもと上場し他人資本を受け入れたところから「変容」していくことになりましたが、このような特異な会社があったということは記録しておきたいと思います。

さて時代は平成末期となり、労働環境はまた激変を迎えています。

人余りと言われた時代も久しく、少子高齢化によりとにかく人手不足にあえぐという状況になったのです。

こんな中、英国のコスメブランドLUSHの日本法人ラッシュジャパンは2018年8月8日、在職期間を問わず全契約社員とアルバイトスタッフの一部を、7月1日から正社員にしたと発表しました。

これは、契約期間にとらわれず長く働いてもらうことで、優秀な人材を獲得し、企業の成長につなげる狙いですが、さらに驚くことに、同年10月には、正社員を対象に、これまで65歳だった定年制も廃止するとのことです。

一瞬驚きましたが、少し冷静に考えたら、定年など世界のどこにも特にないのではないかと思い始めました。

日本における労働雇用要請、労働者の権利が非常に強い反対作用として、強制的に職を解く定年制とセットで運営された来たのが、日本の雇用環境の特殊性ではないかと思い至ったのです。

例えば、欧米での雇用慣行によれば、採用時の履歴書に年齢欄があるだけで大きな問題となるはずです。

「仕事」で人を雇う時は、意欲と体力と能力だけがグローバルな評価基準となります。

そして、それは人それぞれ千差万別で、その中に年齢が入り込む余地はほとんどない、ということになるのです。

20代でも半分墓場に足を突っ込んだような「薄い」生き方をしている人もあれば、先日紹介した78歳のボランティアの男性のように、日々精力的に活動し新しい価値を「創造」している人もいらっしゃいます。

そして、「特殊能力を用いた仕事」で人を必要とするときの面接については、できるだけ採用候補者個人を見せない、ブラインド・オーディションという方法に切り替えたほうが良いという話がありましたので紹介したいと思います。

例えば、大手の交響楽団が新しい団員を、例えばバイオリニストを採用したいとする場合、オーディションの時に、候補者はカーテンの向こうから演奏し、採用側は候補者の顔どころか、何も見ないということです。

実は、それまでは、オーディションでの採用では、どうしても白人の若い男性が重用され、たとえ同じレベルの旋律を弾いていても、これからの伸びしろがあるだの可能性があるだのといった、絶対的ではない希望的観測によってそのような人物が優先されていたという現実がありました。

しかし、このブラインド・オーディションにした場合は、テストで弾く曲の旋律しか判断基準がありません。

年齢も性別も皮膚の色も何もかもわからないのです。

そうすると、まず採用される女性が増え、そして有色人種の人が増えて、さらに高齢者も増えたといいます。

もちろん、楽団全体のレベルは断然上がりました。

それはもう、別の楽団というべき、本物の旋律を奏で分けるという仕事のプロ集団に変貌しました。

交響楽団全体と、その交響楽団の曲を楽しむ人たち双方にとって、とても素晴らしい結果になったというわけです。

そうして、オーディションに落ちた人たちも、どの技量を上げればよいかということを明確に示されることになるため、次へ切り替えやすいということになります。

肌を黒から白にしたり、女性を男性にしたり、いきなり若返ったり歳を取ったりするのは非常に困難ですし、何より良い旋律を奏でるという仕事の本質とはほとんど何の関係もないのです。

そして、こうした考え方の基礎になっているのは、例えば65歳になったら自動的に働く社会からは引退するといった、悪しき定年制といった考え方にあるのではないかと思うのです。

だいたいの日本人に限らず世界の人たちの平均は、20歳くらいまでは親や地域社会に食わせてもらっているわけです。

そうすると、自分で稼いで独り立ちして生計を立てる、という意味では20歳から平均寿命の80歳まで、60年間あるわけでして、働き始めて30年、すなわち50歳というのはちょうど働く人生では真ん中あたりと考えてみると、景色が変わってくるのではないかと思います。

人生50年でまだまだ働き半分。

人間、どうしても既存の考え方に固執してしまう傾向がありますが、こうした新しい尺度をもって人生を眺めてみるのも良いと思います。

そうは行っても、40歳で一攫千金でアーリーリタイヤの夢をいまだに捨てきれないまま、40代半ばになってしまってだらだら働いているところの筆者からの記事は以上です。

(平成30年8月18日 土曜日)