このブログを検索

2013年8月30日

自家発電した電気の貯め置きと電気の地産地消を推進するという話





おはようございます。

2013年8月の記事です。

我が家に、太陽光充電式卓上LED電気スタンドというのが届きました。

とても小さい卓上LEDランプですが、夜ちょっとした明かりが欲しい時に重宝しています。

何しろ、コンセント(やPCなどの電源)に繋がなくてよく、配線を気にせずLEDスタンド自体を身体と一緒にいろいろ移動させることができるのです。

これは大して広くない自宅においても電気の地産地消だと悦に入っていながら、想像が膨らんできたのでここに記しておきます。

そもそも太陽光発電で発電した電気をバッテリーに「ためておく」技術が現代社会では未成熟なので、この日本はでっかい発電所(火力だろうが原子力だろうが水力だろうが問わない)からこれまたでっかい高圧線を引っ張ってきて幾つもの変電所を経てから各産業用家庭用近くのトランスから配電されています。




送電ロスは膨大





送電ロスは膨大です。

例えて言えば、100キロメートル離れたところでかき氷をつくって、トラックでそのまま運んで配るといったところでしょうか。

100メートルのストローでコップ一杯の水を飲むというのでも良いでしょう。

実際に使われる電力のうち、ほんのわずかしか実際に使う場所に残らないのです。

では、大規模電力が必要な産業用はここでは置いておいて、家庭用・個人用に高性能のバッテリー(電気の財布)を配布しては如何でしょうか。

すでに、筆者のようにスマホなどの個人用デバイスの電池切れを防ぐために、携帯バッテリーを一緒に持ち歩くというライフスタイルを取られている方も多いかと思いますが、それを敷衍し、一家に一台、高性能バッテリーを設置します。

まずは同じ電気でも電気代は夜のほうが昼より随分安いので、夜に充電しておいて、昼に使うだけでかなりのコスト減につながります。

しかし、筆者などより先を考える人のはそのような既存の発想からもっと自由に飛んでいきます。

太陽光パネルを設置し、この高性能のバッテリーに接続し、昼間の太陽光発電分のみで一戸建の電力をまかなってしまうという発想です。

こうすれば、家庭用電源について、電力会社からの配電もなくせます。

電力を全く使わなくてもかかる基本料金も削減でき、電力会社側もどのような家庭にも(赤字でも)供給しなければならないという(電気事業法上の)縛りから解放されます。

そうすると、敷地内の太陽光で発電→蓄電した分を、まさに電気の財布のようにメーターで見ながら、必要に応じて電気を使うという生活になります。

地域通貨ならぬ自宅電気が第二の通貨というか収入に準じたものとして利用できるのです。

これは、今行われれている「再生エネルギー全量買取制度」よりよほど画期的です。

なにしろ作る人と使う人が一緒であり、送電ロスは極小化されます。

正味の話、電気の消費地からかなり離れた平原に10メガソーラークラスの太陽光発電設備を建設しても、確かに発電した分は電力会社が強制的に買い取ってもらえますが、実際その発電分が各家庭にどのくらい届いたのか不明です。

もしかしたら、再生エネルギー買い取りのコストは各家庭に負担金として掛かってきているのであり、総体としてのコストはもしかしたら増しているだけなのかもしれないのです。

具体的に、ひと月の電力使用量が600kwhの家庭の場合、90kwhのバッテリーを装備すれば、一日の消費量は30kwhということで、3日間雨が降って太陽光発電ができなかったとしても、とりあえず電気は足りることになります。

また、ディーゼルで動く小型発電機をバックアップに持っておけばよいです。

これは各家庭1個でなくて大丈夫で、地域の消防団の隅っこに1台置いておけばよいではないでしょうか。

また普及し始めた電気自動車も「大きな乾電池」よろしく流用できます。まさに電気エネルギーが地域通貨として活躍しはじめるのです。

確かに、月600kwhの電力料金は、既存の電力会社で試算すれば月15,000円程度かと思われ、この月15,000円=年180,000円のコスト減効果のみで、完全電力自給自足にかかる初期設備投資と期間減価償却費を賄えるかというと、なかなか難しいと思います。

明治以降、既存の日本全国に張り巡らされた電力発電送電網は、それなりに最適化され、おそらく最も効率的に整備されてきたと思いますし、いきなり個々の家庭での自家発電のほうがコスト面でも安くなることはしばらくないでしょう。

しかし、大量生産大量消費の時代は終わった、という意識をエネルギーの分野まで完遂しなければ、化石燃料やウランといった有限資源に頼った経済産業構造からの脱却は難しいでしょう。

今年の夏は暑かったです。

暑いというより高齢者の方などには特に生命の危機だったと思います。

これ以上CO2を出してあの夏を繰り返したくないと、暑さ和らぎつつある8月末に考えたものであります。

今まで通り、便利ですが原発や大規模火力発電所のような、放射線やCO2といったリスクのある、巨大独占企業「だけ」に寄りかかった暮らしを少し改善したいものです。

まったく、しなければならないことが多くてちっとも退屈しない時代ですが、長くなったのでこのへんで終わります。

クーラーつけっぱなしで節電した筆者からは以上です。

(平成25年8月30日)