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2013年8月25日

一票の格差問題というものを一般の人にもわかりやすく考察してみます







おはようございます。

2013年8月の政治経済に関する配信記事です。

本日は、一票の格差問題について考察します。

今回は民意がもっともダイレクトに反映される衆議院議員選挙について書きます。

最高裁判所が「違憲状態」だと判断したまま行われた2012年12月の第46回衆議院議員選挙で、再び裁判となれば「違憲状態」という猶予措置ではなくはっきり「違憲」という判決が下るのではないかと思われていますが、違憲というすっぱりとした判決が出ることはないだろうと筆者は思っています。

一票の格差は、例えば選挙人名簿登録者が最も多い選挙区である千葉4区(50万人弱)と最も少ない選挙区である高知3区(20万人強)で、同じ一人の当選者を選ぶのに約2.42倍の格差があるのはおかしいのではないか、という問題意識です。

法の下の平等に反するというものです。

そして、違憲判決というのは選挙自体を「無効」としてしまうことです。

つまり、あれだけの国民総出のイベントを、単なる用紙の提出行為にすぎないということで無かったことにするということです。

そして、選挙のやり直しになるわけですが、さて、誰がどの正当性をもって、その一票の格差を是正する選挙区の区割り直しを実施するのか(公職選挙法の改正を行うのか)ということになります。

もし、選挙が全体として大変な不正なものであったならば、不正なき状態でもう一度選挙をやり直すことは可能ですが、区割り自体の問題なので、実は公職選挙法を先に改正して、国会で新たな区割りを決めておかなければならないのです。

選挙が無効となればその審議できる「機関」「主体」がなくなってしまいます。




ニワトリが先か卵が先か





ニワトリと卵の問題です。

ここで、仮に解散前の衆議院議員の立場で決めてもらおうとしても、衆議院議員の任期は4年であるので、仮に憲法7条による(内閣による)解散であったとしても、既に今日においては本来の任期は切れているわけで、それもできないと思われます。

最後の方法として、解散時の緊急事態として、生きている参議院の緊急集会でやることを検討することになりましょうが、実際選挙区の区割り是正は緊急事態とは言えません。

いつでもできるわけですから。

そういうことで、憲法学徒的には、「法の予定せざるところ」ということになってしまうのです。

そもそも、完全な一票の平等を志向するならば、全国を1選挙区とするしかありません。

定数300の、全国1選挙区ということになります。

しかし、選挙民としては1,300人以上の候補者の中から、1人を選ばなければならないことから、現実的な選挙とは言えなくなると思います。

そもそも、都会の選挙区と農村部の選挙区では、面積でいえば軽く十倍以上、数十倍になっています。

そもそも、小選挙区制においても中選挙区制においても、死票は必ず出るので(死票の出ないのは選挙の名に値しない)、一票の格差は、「生き票」の格差と言えましょう。

生き票、としての格差を言うのならば、当選者の得票数は必ず相違するので(候補者の出願状況や投票率による)、そこまで言ってしまうと選挙制度自体の否定になってしまいます。

それを格差と言ったところで何にもなりません。

すなわち、選挙民にとって完全に平等などという状況は作り出されないということになります。

一位当選者同士を比べて、ある候補は10万票を超える得票を得て当選したが、ある候補は6万票台だった、でもどちらも完全な衆議院議員です。

現在の衆議院議員選挙の区割りは、まず各都道府県に定数1を割り当ててから決めていることもあり、さらに、最も少ない配分が都道府県あたり1議席もしくは2議席であるため、一票の格差最大値は都道府県への配分段階で1.5倍~2倍となり、都道府県内の選挙区割りを工夫しても結局2倍程度にならざるを得ないのです。

2倍は合憲で、それ以上は違憲だという、境界線を決める根拠はどこにもありません。

さらに一県に1名の国会議員も出せないとなると、そもそも県の単位では狭いニッポン数が多すぎるという道州制議論に飛び火します。

厳格に一票の格差を是正すれば、都市部の沢山の選挙区ができて、農村部にはほとんどいないことになります。

それ自体の価値的判断は置きますが、それよりも、小選挙区制にすることで、「誰にも投票したくない選挙区」が続出する方が問題だと思います。

支持する政党の公認候補者が支持したくない人だったら、さらに他の候補も消極的にも投票したくない、といった状況や、自分の選挙区に大政党の有名大物政治家がいて、何十年もその候補が当選し続けることになる(10期当選ならば約30年)と、その地域に住んでいる反対意見の有権者は全く反映されないことになります。

何十年も賽の河原並に死票を積み上げなければなりません。

そういうことで、筆者はやはり中選挙区制の復活が望ましいと考えています。

政権交代が起こりにくいといった批判もありますが、それは政権与党以外の政党の体たらくが問題であって、制度の問題ではないと思うからです。

そもそも、同じ政党でも大きな政策や考え方については賛成・反対・様子見と様々な立場の議員がいます。

そして、国民がいちいち政策に口出しするのは議会制度の予定しているところではなく、代議制とは自らに代わって議論を経て国民一般意志を再現してくれる自由な立場の代議士を選ぶという政治形態です。

政党のマニフェストで投票するなら、議員は起立と拍手だけするロボットでよくなります。

政治とは有権者一個人の目線ではなく、日本国全体のことを考えて行わなければなりません。

議員は国民全体の代表、と憲法にも高らかに謳われています。

党派出自にかかわらず、そういったことのできる人間に投票し、政治を「託せる」制度が望まれます。

(平成26年8月25日)