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2013年11月30日

皇帝のそもそもの語源となった秦の始皇帝について(漫画キングダムの前提としても)




おはようございます。

2013年11月の記事です。

先日西欧の皇帝の話をしたので、続いて東方世界の皇帝の話をします。

稲作という農業革命を成し遂げた人類はそれまでの狩猟採集生活から定住し農業を始めます。

この点小麦の栽培を始めた中東の人類とは少し遅れることになりますが、同じく炭水化物が取れ、また温暖湿潤な気候にマッチした稲作は多くの人口を養える手段として急速にアジア各地域に広がっていきました。

我が日本も、中国華南地域発祥と言われる稲作をいち早く導入した地域となります。

さて、こうした中、中国の華中地域、黄河と揚子江の間において、夏・殷・周という「国家」が誕生しました。

しかしながらこの段階においては都市国家+αの域を出ておらず、いわゆる版図や領邦を持った国となるにはまだ数百年の時を要します。

西暦紀元前770年、周の力が衰え春秋時代となります。

儒教の経典の一つでこの時代のことを記載していることから春秋というらしいですが、この時代にはまだ周王朝は諸侯の上に君臨する精神的「王位」としての体裁をいまだ保っており、諸侯は実際の権力を握りたいと思っていたにすぎないのですが、時代が下り、紀元前403年になりますと名実ともに戦国時代となり、もはや周の権威も地に落ちて諸侯は自らを王と称して勢力争いを続けていくことになります。

実力者である諸侯、から名実ともに国を治める王への転換です。

紀元前246年、戦国七雄の西の強国である秦において、秦王政が即位します。

そして25年後、他の六国を電撃的に征服し尽して紀元前221年、全中国を統一します。

この辺は、2016年現在大人気の漫画「キングダム」を参考にしていただければと思います。

そして既に権威が相対化されていた夏殷周時代の「王」の称号を超える呼称として、中国神話伝説の三皇五帝から字を採用して皇帝という称号を制定し、自らはその始祖として始皇帝と名乗ります。

因みに自らの地位を世襲するものは二世皇帝、三世皇帝・・と呼ばせるように決めたようですが、性急な改革による周囲の反乱で秦自体も滅亡し、秦の皇帝位は二世皇帝までということになったのです。

その後項羽と劉邦の争いを経て勝ち残った高祖劉邦が改めて新国家「漢」の皇帝として即位し、始皇帝が作ったかの国を収める形は漢代に完成され、その後もかの国を統治する様式となっていくのです。

現在は中国共産党という政体が統治していますが、国家主席と名を変えても支配の根本的構造は始皇帝時代からあまり変わっていないのではないかと思います。

以上、ビートルズの流れる中華料理屋前からでした。(中華民国102年11月27日)

(注)中華民国歴は現在台湾とその周辺でしか利用されていないようです。

台湾には一度だけ行ったことがあります筆者からは以上です。

(平成25年11月30日)

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