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2013年12月2日

名称に魂が宿るという言霊という考え方が続いている日本の国の事情について

司法試験にも落ちてます




おはようございます。

2013年12月の記事です。

言霊といってわが国には言葉には自然の霊力が宿っているという考え方があります。

ですので普通に使われている言葉は下手に変更するより使い続けたほうがよいと思います。

地名から転じて永田町は政治立法府の本拠を差し、霞ヶ関は行政府、官僚機構そのものを指す言葉になっています。

これは国民のお約束といえる大切な暗喩です。

日本語をよく勉強してきた堪能な外国人でもこの辺は難易度が高いです。

新聞紙上等で、政府首脳や政府高官がしゃべることが記事に出ることがよくあります。

政府首脳とは、主としてその公式の立場では言いにくいオフレコの発言を掲載する場合、その発言の主をぼかすために使う言葉ですが、「内閣官房長官」であることは周知の事実です。

また政府高官という場合は、「内閣官房副長官」を指すことが多いです。首脳といってすぐ首相と飛びついてはいけません。

組織の名称も、最近はリストラ合理化による統合が流行りですので、どんどん長くなってきています。

長さに耐え切れず伝統ある名称を平仮名にしてしまった銀行(銀行とも言わずに今は「メガバンク」とか「フィナンシャルグループ」などというようですが)や、片仮名商品ブランドをそのまま会社名にしてしまい、世界中の誰もが知っていると言ってもよい創業者名を捨ててしまったメーカーなどあるようですが、考え方によっては大変惜しいことです。

人材獲得の面でも、やはり有能な官吏を集めるのであれば財務省より大蔵省のほうが効果的だと思います。

大蔵という名前はおそらく律令国家創建時から使われていたものと思われるからであり、まさに日本の歴史を体現している面もあると思います。

変えるべきものと変えないべきものを見極めるのは難しいものです。

官邸前からお伝えしました。

官僚の試験には落ちる前にそもそも挑戦できなかった筆者からは以上です。

(平成25年12月2日)