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2014年1月5日

特定の天才がいたわけでななく彼の人がいなければいないで誰かがその地位を占めたであろうという言葉

坂の上の雲


おはようございます。

2014年1月の記事です。

秋山兄弟や正岡子規といった偉人が生まれる土壌というのに筆者は興味をひかれます。

これは愛媛松山という土地自体がすごいということもあるのでしょうが(筆者に四国の縁者は居ません念のため)、そうした人材を輩出する仕組みが国としてできていた、むしろ国家事業推進のためには猫の手も借りたい状態であり、有能で熱意のあるものであれば、何かしら「やること」が目白押しに詰まっていたという明治という時代背景を抜きにしては語れないと思われます。

軍人にしろ作家にしろマスメディアにせよ政治家にせよ、とにかく話がわかって実行できる人材が決定的に不足していたのです。

司馬遼太郎氏は、秋山兄弟が仮にいなくても、きっと誰かがその地位を占めたであろうと言っていますが(坂の上の雲あとがきより)、これは秋山兄弟の業績を貶めようとしたわけではなく、名も無き当時の人々が歴史を作っていったのだ(その中の単なる事例として秋山兄弟と正岡子規を描いたにすぎない)という最大級の時代への賛辞なのではないかと思います。

我々も、後世の歴史家が書くことをたくさん残せるような時代を築きたいものです。

そろそろ本気出したい筆者からは以上です。

(平成26年1月5日)