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2014年2月7日

二月の日数が28日と少なくなったのは他の月から数日取られたため





おはようございます。

2014年2月の記事です。

二月の日数が28日と少なくなった経緯をお話します。

29日の時もありますが、それも合わせてご説明します。

まず古くは太陰暦といい月が満月から満月になるまでの満ち欠けの期間を「月」という考え方と太陽が地球の周りを一周する(ように見える)期間を「日」と考える太陽暦の考え方が混在していました。

また太陽の周りを地球が一周する「年」が365.25日であることがわかってきました。

太陰暦で考えると、満月から満月までは約29.5日となっていますので、1年が約11日短くなってしまうことは敢えて無視する純粋太陰暦か、適宜4年に1回程度閏月を設け、「年」との整合性を取ろうとする太陰太陽暦に大きく分かれていきますが、日本や中国で言う「旧暦」とはこの太陰太陽暦のこととほぼ同義です。

なので、昔の暦には「うるう月」があるのです。




一方西方世界は太陽暦が主流でした




さて、東方世界ではそのような考え方でしたが、西方世界では太陽暦が考え方の中心でした。

紀元前後のローマ帝国において、ユリウス・カエサルという初代ローマ皇帝の前の事実上の「皇帝(正式には終身独裁官ですが皇帝のようなもん)」がエジプトの太陽暦を参考にしてユリウス暦を定めたのが今の暦の始まりと言えます。

1年が約365.25日なので、1月を31日、2月を30日、3月を31日、4月を30日・・・と順序良く並べ、31日の月(大の月)が6つ、30日の月(小の月)が6つという風にすれば、合計366日となります。

これを閏年として4年に1回挟み、通常の年には、ローマの年度の最後にあたる2月から1日取り去ることで整合性を取ったのです。

これがユリウス暦です。

ちなみに彼の生まれ月は7月で、Julyというのは彼の名前の英語読み(英語は当時使われていたラテン語から見れば曾孫のようなもの)であるジュリアス・シーザーから取られています。

しかし、カエサルの後をついで正式に初代ローマ皇帝になったアウグストゥスの生まれ月は8月でした。

7月だったらよかったのですが。

それで同じように8月をAugust(こちらも彼の名前の英語・ドイツ語読みであるアウグストから取られました)と名称変更するのですが、ユリウス暦だと30日しかないのが気に入らなかったので、強引に8月を31日としてしまったのです。

そうして9月を30日、10月を31日と大の月と小の月をひっくり返した結果、なんと大の月が7つあることになってしまったのです。

仕方ないので、年度末の月である2月から更にもう1日を拝借し、通常の2月の日数を28日とするという苦しい改正を行ったというわけです。




二月は小の月(30日)にすらなれなくなった



満月



そもそも29日とされた2月(4年に1回しか30日の小の月にすらなれなかった)は、永遠に小の月にすらなれなくなったというわけです。

これが現代に続くアウグストゥス暦です。

たかが1日と思われるかもしれませんが、最高権力者の皇帝の権威付けとして、先代に1日でも「劣る」ことは許されなかったのでしょう。

皇帝の名を冠した月が「小の月」であることを避けるため、2月はしょっぱなから年度末ということで劣位に置かれていたところ、さらに1日身を削り8月に捧げたというわけです。

アウグストゥスが2月生まれだったらどうなっていたのでしょうか興味がつきませんが、歴史にIFはないのでこの辺で終わります。

小の月は「西向く侍(二四六九士)」の5つと覚えれば早いと教えてもらった筆者からは以上です。

(平成26年2月7日)

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