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2014年3月22日

人生キットという考え方で他人の人生をなぞることすら可能になる時代

写真は太宰府天満宮です。夜ピクの皆さんガンバレ



おはようございます。

2014年3月の夜のピクニックに関する配信記事です。

その昔人生ゲームというボードゲームが流行しましたが、デバイス機器の発達でさしずめ今はライフログの履歴蓄積ができるようになっています。

走ったルートやタイム、撮った写真の場所や時間などです。

もっと進めばまさに人生そのもの辿り直しができるようになるのではないでしょうか。

行動やイベントや写真がいつどこでどのようなシチュエーションで為されたのかが蓄積されていき、それをいつでも取り出して当事者視線のビデオとして「体感」できるのです。

腕につけて毎日の行動をログ管理して健康維持やダイエットに利用するというモニターが人気ですが、これが毎日の人生を記録しつづけることになります。

このデバイスが高度化すれば、写真や行動の記録に加えて、その時の考えや感情まで記録し続けることができるようになるでしょう。

まさに外部脳です。人間の脳は、その人に固有の記憶や能力発揮のためにしか役に立たない汎用性のないものですが、一旦記録された外部脳の記憶は、いつでも汎用パッケージにすることができます。

そして「人生キット」として売り出すことすらできるのです。




偉人の人生って結構つらいはず




例えば、「イチローの人生」という人生キットならば、どのようにして幼少期よりプロ野球選手になることを「予定」して毎日の努力を重ねたか、節目の4,000本安打を打った時の気持ちなども手に取るように当事者として味わえるようになるのです。

イチローや松井秀喜が、単なる才能だけではなく凡人に測れない血のにじむ努力をしていることも文字通り体感できます。

ほぼきつい練習をしているだけの人生キットなのかもしれませんので、お薦めとは言い難いかもしれませんが。

一方、歴史上の偉人の人生はパッケージにすれば興味を持ってもらえそうですが、例えばリンカーンなどは突然暗殺されてしまい人生を閉じるため、キットを体験するのは相当の勇気が必要です。

人生キットは、あくまで将来のことはわからない普通の人間の感情や思いを味わうものですので、もしかしたらいつも言い知れぬ不安を持たされるキットもありそうです。

太宰治などはそうでしょう。

以上のように考えると、他人の人生をモニターで経験しても、所詮ガラス越しに鑑賞しているようなものでつまらないのかもしれません。

やはり自分だけのオリジナルな人生を精一杯生きるべきだと思い直しました。

恥の多い生涯を送ってきました筆者の妄想は以上です(太宰治「人間失格」より)。

(平成26年3月22日 最終更新:平成28年3月22日 火曜日)