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2014年3月24日

春の甲子園から真夏の甲子園やその先の大戦に思いをはせてみました

海軍航空隊



おはようございます。

2014年3月の先の大戦に関する配信記事です。

ただいま春の選抜高校硬式野球大会の真っ最中ですが、そもそも国民の多くがテレビ他の中継で視聴するこの甲子園は、プロ野球球団の阪神タイガースの本拠地です。

アマチュア球界に設備の整った公式グラウンドを貸与するという形で大会が形作られて参りましたが、最初に成立した夏の全国高校硬式野球大会は、一年で最も気温が高い、まさに灼熱の下で催されるという、諸外国のみなさんには箱根駅伝と並んで日本名物クレイジーとも言われるイベントに仕上がりました。

さりとて、甲子園球場を、例えば日本シリーズ進出をかけたプロ野球ペナントレース最終盤の秋に貸してもらえるのは現実的ではなく、ある意味日本の文化としてこれからも続いて行くのだろうと思います。




終戦の夏もとても暑かった




話が変わりますが先年亡くなりました筆者の祖父は、先の大戦で19歳に海軍へ従軍しました。

幸い生き残り帰還したので今の筆者があるわけですが、孫の筆者に向かっては、軍隊のシゴキと訓練と実戦の恐ろしさに比べればその後の殆どのことは大したことはないと言っておりました。

その他にもいろいろ話してくれましたが、内容が過激なものも多いので割愛します。

事の善し悪しは別にしまして、限界まで進んだ人間が至る境地を見た気がしました。

もう一つ、敢えて書きますが祖父の凄かったところは、戦争に突っ込んだ当時のことを、指導者とか相手国の陰謀などといった人のせいにしなかったことです。

「間違いなく自分の国で戦争を行うことを正式に決定し遂行したものである」

と。

たいして自分で決めずに流されるだけのくせに、うまくいったら自分の手柄、駄目だったら他人のせいにしてしまう孫は反省したいものです。

祖父の従軍時の二倍の年齢を重ねながら、今だ反省途上の筆者からは以上です。

(平成26年3月24日 最終更新:平成28年3月24日 木曜日)