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2014年3月5日

人間社会に必要なお金(通貨)はどのようにして生まれて流通したのか


お札



おはようございます。

2014年3月のお金に関する配信記事です。

お金が生まれたのは数千年前の人間社会です。

それまでは、一見して価値あるものとわかり、ある程度の貯蔵がきく米や麦が通貨(お金)の代わりでした。

一定の米や麦は他の価値あるものと一律のレートで交換することができるということを発見したのは人類の物凄い進歩でした。

原資産と通貨を分離した、古くて新しい考え方といえます。

そのうち、それ自体では役に立たないけれど貯蔵することの能力が極めて高く、それを保有することがなんだか羨ましいと見られる金や銀を通貨(お金)として流通させることを人間は考えだしましたのです。

金貨や銀貨は、例えば飢えて死にそうな時には全く役に立ちませんが、一定の取引社会(交換社会)が成立している以上、米や麦や薬や介護してくれる人の人件費に代えることができたのです。

しかし、あくまで通貨である金貨や銀貨といったコイン自体に「価値がある」という人類社会全体の合意があってのものでした。

金本位制の原型とも言えます。

この点、(古代の)金本位制は金や銀が掘り尽くされてしまえば、その都市国家の繁栄も終わってしまいます。

それに代わり、現代に通じる真の通貨を考えだしたのは古代ローマの人たちでした。




それ自体に物理的価値のない真の「通貨」の登場




彼らは、通貨に混ぜる銀を少しづつ(というかかなり大胆に)減らしていき、コインを数百年かけて単なる銅貨やニッケル貨にすることに成功したのです。

これは算出する金銀が少ないという已むを得ない事情だったわけですが、国家による通貨の信用補完という機能が付与された結果、これらの銅やニッケルの塊にすぎない「がらくた」コインは立派に同価値の通貨として通用しつづけたわけです。

ここに、真の意味での通貨、すなわち通貨の物理的価値以上に他から「信用」が付与された真のお金が誕生したのです。

こうなりますと、通貨当局の信用度が万全である以上、通貨はいくらでも鋳造発行することができます。

現代のマネタリストに言わせますと、通貨流通量こそ経済発展の基礎といえ、通貨を定率的に増やすことが景気を持続させるための最良唯一の手段ということになります。

しかしながら、「刷りすぎた」通貨の価値が暴落する危険性(リスク)も同時に増えるので、その運用は慎重さが求められるというわけです。

通貨に信用を与えるのは極論すればだれでも良いのですが、国家やユーロ連合体といった存在以上に信用力を高めた存在を人類社会は知らないので、当面しばらくは国家がその通貨の信用母体となる時代は続きそうです。

信用が失われた通貨の辿る末路は惨めです。

何兆倍ものインフレといった悲喜劇を人類はまた歴史上経験しています。

ビットコインの「実験」は我々に多くのことを教えてくれます。

いろいろとお金を論じておりますが、どうもお金は一向にたまらない筆者からは以上です。

(平成26年3月5日 最終更新:平成28年3月5日)

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