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2014年4月13日

「都市銀行」というのがたくさんあったらしいという昭和の昔の思い出

二千円札もありませんでした




おはようございます。

2014年4月の銀行に関する配信記事です。

二十世紀の思い出話しをいたします。

昔は二十数行を数えておりましたいわゆる大手銀行も、いつしか赤緑青の3つに「集約」されてしまった感があり、隔世の感があります。

都市銀行と言われる普通の銀行以外にも、信託銀行やら外為専門銀行、長期信用銀行などとバラエティーにも富んでおりました。

命の次に大切なお金をお客様から預金の形で預かる預金金融機関ですから、あまりにも非合理的な貸出はできません。

しかしながらその制約の中で、非定型情報と呼んだり定性情報と言ったりした、いわゆる数値化定量化できない経営者の資質や事業の将来性というものを「信頼」して大切な預金者のお金を貸し出しておりました。

そんなことのできる裁量が銀行員に認められていた幸せな時代だったとも言えます。




各銀行によって貸し方のノウハウも違った




金融マニュアル等に定型化した貸出に収斂しないのであれば、同じお金を貸すだけの商売でも、誰に貸すのかという営業や審査のノウハウといったものが活躍する余地がわずかながら存在します。

借りる側も、数行に融資を断られても、まだ次があるとチャレンジすることもできたのでした。

そうして数十行を回り、最後の銀行の担当者に貸出を真面目に検討してもらい、そこからまさに虎の子の設備投資資金の融資を得て飛躍した、という「もやし」の製造会社もあったと聞きます。

しかしながら今では、赤緑青のどの銀行(銀行とは言わずにメガバンクなどと呼ぶそうですが)においても、企業審査は画一化された感があります。

すなわち、どの銀行に融資を申し込んでも、同じようなプロセスで審査がされるということです。




銀行サービスに根本的な違いはなくなった




それもそのはずです。

銀行が保有する融資が優良なものか不良債権なのかを決める作業があります。

これは自己査定といって銀行自らが行うことになっているのですが、建前に過ぎず、実際は金融当局が定める基準やマニュアルに「沿って」行われているに過ぎないということなのです。

しかもそのマニュアルにそって自己査定を行ったとしても、金融庁検査において、金融当局の直接の「指導」により優良債権から不良債権に格下げを余儀なくされるというのは半沢直樹のドラマを見るまでもなく実際に行われているところであります。

バブル崩壊からデフレ二十年を経る中で、金融当局が最低限の防衛線として守ろうとしたのは個々の銀行の経営ではなく金融システム全体の保護でした。

つまり、日本の銀行界全体が預金者からの信頼を失えば、取り返しの付かない取り付け騒ぎが起こり、時代はまさに昭和恐慌の二の舞いになるのではないかという恐怖です。

その恐怖を乗り切る代償として、金融当局は、世界に通用する金融機関を作るという錦の御旗のもと、公的資金を入れるというメリットと引き換えに弱い金融機関を強い金融機関に合併させたり、弱すぎる金融機関はそのまま破綻させるなどの行政裁量を通じて、今の姿に至ったわけです。

しかしながら、こうして残った三頭の赤緑青の巨像を見るに、これが世界に通用する金融機関なのかという自問がつきまとうわけです。

メガバンクを飛び出し、銀行システムのコンサルタント、そして不動産金融屋を経てビルメンに至るまさに「流木」サラリーマンからのつぶやきは以上です。

(平成26年4月13日 最終更新:平成28年4月13日 水曜日)

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