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2014年5月15日

SNS既読機能はコミュニケーションを変えた決定的理由を幾つか書く

LINEs




おはようございます。

2014年5月の勢いに任せた主張をいたします。

SNSサービス全盛の昨今です。もはや隔地間のやり取りを行うのは、手紙という様式はそのままである「電子メール」ではなく、会話方式のSNSチャットシステムを利用するのが主流となっているようです。

電子メールは確かにそれまで数千年もの長きに渡り、人類社会の情報伝達手段であった口頭によるコミュニケーションを補う手紙という方式をそのまま踏襲しています。

すなわち、(ア)口頭によるコミュニケーション、を補うために(イ)手紙が発明され、1990年後半のIT革命などといっても電子メールは(イ)の届出方式をリアルな紙から電子データに変えただけと言えます。

ですので手紙のように(特にビジネス文書では)書くように「指導」されますし、いきなり用件から伝えようとするのはどちらかというと無作法に見られてしまいます。

また、どの話の流れでその電子メールの文章が来たのかを推測するために、返信した場合に過去の電子メール文面を「引用」する機能がついています。

これによりどこまで当該相手と話が進んでいたかをつかむことができるのですが、うっかり引用を忘れると流れの中の一部の伝達部分だけが文章となり、例えば「承知いたしました」と書いてあっても何のことを承知したのかわかりにくいことになってしまいます。




SNSは会話なのでその前後をたどることができる




SNSチャットシステムはこの点を解決しています。

いわば(イ)手紙ではなく、(ア)口頭によるコミュニケーションの延長として捉えるべきなのです。

そうすると二者間、もっと他人数間でのいわば井戸端会議の様子を隔地間でリアルに行うことができるのです。

しかしこれは、皆近くに集まって話しているという擬制が働きます。

ゆえに会話を途切らせてその場を離脱するということがしにくいという別の問題点が発生します。

何人かで集まって話していて、一人だけ別の用件があるので離脱するのはなかなか難しいものです。

全体として一度に解散となればいいのですが、誰かがそれを言い出すのを皆待っているばかりで、面白くもない与太話が延々と続いてしまう場合があるのです。

誰も幸せではないのですが。

SNSチャットの「既読」という機能もその傾向に拍車をかけます。

見た(聞いた)なら何か返答すべき、という無意識の期待感は、その場を切り上げたいと思う者にはかなりの苦痛になります。

SNSチャットにおける既読機能は(ア)口頭コミュニケーションを擬制する電子的手段として非常に有用ではありますが、時に一人になりたいという自然な欲求の邪魔になることもあるようです。

娘から既読なのに返事が来なくて寂しいお父さん。

恋人から既読なのに全然返信が来ないお嬢さん。

そんなに困らなくても大丈夫です。

1年後にはほぼ誰も、覚えてません。

100年後には誰も、覚えていません。

既読に悩むよりもお互いが相手を想いやりつつスマートに離脱できる仕組みを考えたほうが生産的な気がします。

LINEの『既読』はいらないけど『到着』とだけは表示して欲しいと願う、既読だらけで返信のすくない寂しい筆者からは以上です。

(平成26年5月15日 最終更新:平成28年5月15日 日曜日)