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2014年9月21日

「漢書」地理志で現在の日本列島に関する部分をわずか10秒で読んでみる話

漢書地理志(右側に記載あり)





おはようございます。

2014年9月の記事です。

本日はシルバーウィークということでレジャーに観光に忙しい方々もいらっしゃるかと思いまして、いわゆるレジャー・スポーツの話題にしようかと思ったのですが、先日日本列島古代史の話をしたところ意外にも多くの反響をいただきましたので、その関連でいきたいと思います。

先日触れた「魏志倭人伝」とは、正確には中国の歴史書(正史)である「三国志時代」中の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条の略称で、約2千字の漢字文の中に、当時の日本列島にあった各国及びその連合王国全体を統べた女王卑弥呼を擁する邪馬臺国という国と女王卑弥呼のことが述べられています。

さて、この魏志倭人伝が記載する時代よりさらにさかのぼり、そもそも日本列島に住んでいた人々(我々の祖先)のことについて文字で記された最初の様子とは何でしょうか。

当時の文明先進地域でいち早く象形文字(漢字)を持っていた中国前漢の正史「漢書」地理志に、倭人に関するわずか漢字20字の記載があります。

これが現在のところ、中国から見て朝鮮半島の先にあった日本列島にいた人々のことを最初に記録したものとなっています。

紀元前1世紀ころの日本列島の様子です。




夫れ楽浪海中に倭人有り。分れて百余国を為す。歳時を以て来り献見すと云う





曰く、

「夫れ楽浪海中に倭人有り。分れて百余国を為す。歳時を以て来り献見すと云う」

[適当訳:朝鮮半島の楽浪郡の向こうの海に倭人といわれる人々がいて、百余りの小さな国に分かれている。定期的に中国に来朝し皇帝や名代に献見朝貢する形で各種水産物などの交易をしたという。]

どうです。

すごいですね。

2,000年もの昔、この日本列島にはしっかりと私達の祖先が生きていたのですね。

この「倭人」というのが現在の日本列島のどのあたりに住んでいた人々を指すのか、ここの推定解釈が邪馬臺国論争(畿内説と北部九州説)を解く鍵になりそうです。

つまり、ここで言う「倭」なる「国」の範囲が、北部九州のみを差すのか、現在の日本列島全体を包含する「日本」の別名(古名)であるのか、という「解釈」次第ということになります。

...と思わせぶりに述べながら、本論を次回以降に先送りさせていただく筆者からは以上です。

(平成26年9月21日 日曜日)