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2014年10月24日

お土産によく使われる銘菓「ひよ子」は一体東京土産か福岡土産かの論争について

ひよ子





おはようございます。

2014年10月の「ひよ子」に関する配信記事です。

福岡県太宰府市にあります太宰府の梅ヶ枝餅のことを書いたところ、もっと全国区のお菓子である「ひよ子」は東京土産か福岡土産かという論争について取り上げて欲しいとの複数のご要望をいただきましたので続けて書いてみようと思います。

銘菓「ひよ子」は、見上げているようなひよこの形をしたお菓子です。

白インゲン豆から作られる黄身の餡を小麦粉と卵などから作られる皮でくるんでいるお菓子です。

1912(大正元)年に福岡県飯塚市の吉野堂で生まれました。

なので当然に福岡県発祥ということになります。

このお菓子は発売後大人気となります。

瞬く間に福岡を代表するお菓子に成長を遂げ、発祥の飯塚から当時も今も福岡の商都と呼ばれる天神に出店するまで出世します(第一次ひよ子福岡行進)。

そして、更に東京進出を夢見た製造元は、三代目になりついに1966(昭和41)年に東京進出を果たすのです。

東京で最も土産物が売れそうなのは東京駅だろうということで、東京駅八重洲地下街に東京一号店を出店したのです(第二次ひよ子東京行進)。

さらに、東京でのひよ子の認知が上がってくるのと足並みを揃えるように、やがて東北新幹線が開通します(当初は大宮~盛岡間、次に上野~盛岡間)。

東京に新幹線で観光や仕事に来る東北地方の人たちには、東京駅で故郷に持って帰るお土産を選ぶ際、日持ちのする甘いお菓子であるひよ子はちょうどよい塩梅の手土産だったと思われます。

そういう人に取ってみれば、「ひよ子(福岡発祥)」は紛れもなく東京土産であり、いつしか東京土産としての「ひよ子(東京土産)」が市民権を得るようになり、そうして消費マーケットの巨大さから本家を凌ぐ「ひよ子(東京)」化が進んだのではないかと筆者は見ています。

因みに、「ひよ子(福岡飯塚生まれの東京土産)」を買ってくれる東北の方々に対し、わざわざ先の戊辰戦争で幕府側であった奥羽越列藩同盟である東北諸藩に攻め入った西南諸藩の九州発祥のお菓子ですなどと、わざわざ宣伝することは売上政策上得策ではなかったのではないかというのが、更に踏み込んだ筆者の仮説でもあります。

このあたりは、結局売れればいいという博多商人らしさが垣間見えて面白いところです。

ですので「ひよ子」は福岡発祥の福岡土産でもありますし、東京でブレイクした東京みやげでもあるという結論になりましょう。

下手な議論はこの辺で切り上げて、そろそろお茶の時間にしたいと思います筆者からは以上です。

(平成26年10月24日 金曜日)