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2014年12月17日

デジタルデバイスを使う場面やシチュエーションを想像して使うこと


白いボタン

おはようございます。

2014年12月の記事です。

装飾品ではなく、普段使いのデジタルデバイスにおいては、それを通常使用するシチュエーションが想像出来ないと、売れないと思っています。

その意味で、外出先でも電話ができる!ということで携帯電話、それに加えてメールのチェックもできる!というのでスマホが売れたのは理にかなっていると思うのですが、今巷で売りださんとしている「スマートウォッチ」というものは、どうもこの点で弱いような気がしてなりません。

時計は時刻を確認するという実用面の一方、装飾品の要素も強いですから、例えば親父ゆずりのロレックスの時計をはめているといったことや、ヨーロッパ海外旅行の記念で買ってきたタグホイヤー、もしくは結婚の結納返しで貰ったオメガの腕時計といったものは、時刻を正確に表す以上にその人にとって別の大事な価値観を体現するものです。

筆者も、自動巻きのそういった腕時計を持っていますが、普段使いはビックカメラで買った(安い)ソーラー電波時計です。

披露宴などの晴れの舞台ではアンティークなものも活躍しますが、普段ならば時刻を正確に表す機能を優先するのです。

さてスマートウォッチというのはこのどちらのニーズに即したものなのでしょうか。

装飾性なのか機能性なのか、筆者はデジタルデバイスに過ぎない以上、2年も経たずに陳腐化するものであるから、機能性のみに着目すべきだと思うのですが、肝心のこのスマートウォッチで何をするかというまさに機能性が曖昧なため、変に格好いい竜頭だの、リストバンドが選べるだの、無駄に装飾性を誇っている、いや誇らざるを得ない状況になっているのではないかと思うのです。

筆者なら、スマホを取り出さなくてもそのままメールのチェックや返信まで(ちょっと画面は小さいけれど)できれば良いと思っています。

このまま、外して電話できたら尚良いです。これでは既存のスマホはどうなってしまうのかという点もありますが、タブレット端末、ファブレット端末、スマホ端末と、中身は全く一緒ながらデバイスの「窓」の大きさが違うだけでこれだけのシチュエーションに即した端末が世界中売れているので、ミニ端末腕時計型のスマホというコンセプトならば買いたいと思っています。

ガジェットといえば、超初期型iPadしか持っていない筆者からは以上です。

(平成26年12月17日 水曜日)