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2015年4月26日

(2015/04/26)戦後70年での首相談話に込めるべき「おわび」の入れ方について考察

皇居(昔江戸城)



おはようございます。

2015年4月の国際政治に関する考察記事です。

後で読み返す必要があるので、正確に日付を記しておきます。

2015年4月22日(水)にインドネシアの首都ジャカルタで開かれたアジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年首脳会議における、日本の安倍首相の演説において、先の日本の大戦中の行為に対し、「深く反省」していると表明したものの、「おわび」の言葉はなかったという件です。

東南アジア諸国にこれを問題視する空気は特になかった模様ですが、韓国や中国は、戦後70年で過去の「おわび」に言及がなかった点を批判したというものです。

政治信条は様々あると思いますが、まず筆者個人は、韓国との関係としては、日韓関係正常化後、初となる全斗煥(当時)大統領の日本国賓訪問が行われた1984年9月6日、宮中晩餐会において、昭和天皇が出席した全大統領を含む一同に対し「今世紀の一時期において、両国の間に不幸な過去が存したことは誠に遺憾であり、再び繰り返されてはならない」と述べられたのが国対国の最高レベルの認識と考えております。




おわびをしないことによるお詫びの価値の向上




そして、今回、安部首相が「おわび」をしなかったというこの手は、外交交渉術としては非常に興味深いものだと思うのです。

首相含む外交筋が、交渉術と認識しているかどうか、もしかしたらおわびなんかしたくないの一点張りでそうしたのかもしれませんが、日本の外交官僚の力量をかなりの程度高く見積もっている筆者としては、交渉術と考えたほうがこの先興味深いのです。

第一に、事実上再三中韓に要求されていたらしい「おわび」に言及しなくても、中国国家主席習近平(シージーピン)との首脳会談は実現したからであり、第二に、こちらのほうが重要だと思うのですが、なされなかった「おわび」の価値がなされなかったために非常に上がったということです。伝家の宝刀は抜かないことで価値があるというものです。

もともと、「おわび」については、戦後50年の村山首相談話、戦後60年の小泉首相談話にあるものであるからして、ここで持ちだしても特にインパクトはないものです。

しかし、現在の安部首相はすんなりと踏襲することに抵抗している「らしい」ため、そもそもやるかどうかがポイントになりました。

これは、交渉のスタートラインをかなり前の、日本にとっては有利な地点まで持ってきたとも言えます。そして、過去の談話を踏襲するだけで、かなり「成果」になるという感じになってまいりました。「おわび」の意味する価値が一気に上がったわけです。

今後予定される米国議会での演説(2015年4月29日予定)やさらに進んで戦後70年談話(2015年8月15日に予定)において、「おわび」に言及するかどうかますます注目されます。

立場や考え方によって、意見が分かれる話であり、かなり国内世論をまとめるのが難しいですが、外交交渉術としては材料が増えたということになったわけです。

世界からも注目されることになりましょう。

本件の最大の結節点は、当然8月15日終戦記念日の戦後70年談話です。

ここで、首相周辺はどう出るか。「おわび」をしないという「決断」で進むのか、逆にすっぱり「おわび」して、世界に日本が過去の戦争について明確に謝罪したという事実をインパクトを持って残すことで、戦後の明確な総決算をやり遂げるという方向を取ることもできるのです。

もう謝罪が足りないなどとズルズル言われ続けるあまり建設的でないリスクを遮断することができるかもしれません。

正直、国のトップである現首相が、どう考えてここまで進んできたかは現時点ではわかりません。

遠い将来に語られることになるのかもしれませんし、永久に知られないのかもしれません。しかし、歴史とは実に今ここで作られているわけであり、教科書に記載される前の生の歴史の証人として、筆者は大変注目しているのです。

こうした国の将来を左右する決断に比べますと、非常に小さな「今日の昼飯はどこにしようか」などという決断で充分悩める小市民の筆者からは以上です。

*本稿執筆後出された戦後70年談話は→こちら(首相官邸ホームページ)

(平成27年4月26日 日曜日)