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2015年6月13日

危機感では動けないものであるというのは真理ではないかと改めて思う

身がすくんでしまいます…



おはようございます。

2015年6月の記事です。

危機感を煽って頑張れと督促しても、大抵うまくいきません。

自らの経験で申し上げますと、学生時代、下宿にロールプレイングゲームの名作「クロノ・トリガー」(キャラクターデザイン鳥山明!)というものが天から降りてきまして、ゲーム好きな筆者は購入から実に40時間、仮眠と軽食(カロリーメイトほか)でぶっ通しでゲームをやり続け、終わって感慨にふけったあとの深夜の午前3時、「いったい自分は何をやっているんだ」「こんなんじゃ駄目だ」と痛烈に後悔し、すなわち危機感をもって外にふらふら出てみたのですが、当時も今も別段コンビニくらいしか空いているところはなく(銭湯にも行けない)、むなしく肉まんか何かを買って食べ、そしたらまた眠くなって二度寝して翌日(厳密には当日)昼前に起きだして生協で、から揚げ定食を食べた、というようなよろしくない経験です。

つまり端的に申し上げて、まったく危機感による改善は見られなかったのです。

危機感から督促することのハードルが心理的に高ければ高いほど、踏み出せず逆に無気力になって別の道に逃げるようです。

やりたいと思っていても、動けないというのはよくあります。

先の筆者の例でもあるように、その葛藤で疲れて寝てしまうのです。

そして、動けないともがく中、自分はダメなんだ、やる気がないんだ、危機感が足りないんだと思い込んでしまいます。

こうしてもっと落ち込み、ふさぎ込んでしまいます。

引きこもりというのはこのような傾向なのかもしれません。




危機感では動けないという教訓





ここは、発想を変えて、敷居やハードルを下げることが重要なのかもしれません。

何かに挑戦するということは口で言うほど楽ではありませんし、危機感で動ける強い人なら、もうとっくに動き始めています。

問題なのは、危機感で動けなくなる、筆者のような普通の、いたいけで愛すべき素人な人たちのほうです。

危機感が足りないから動けないのではなく、行き過ぎた危機感が金縛りを生んでいると理解するのです。

ということで、「とりあえず始めてみる」「失敗して当たり前」「別に何も失わない」「Nothing to Rose」「英語が出ました!」といった呪文を唱えながら、心を落ち着けることが大事だと思います。

そうして心理的な敷居やハードルを下げるのです。

英語の記事を読もうとするとハードルが高いので、英語の記事の一行目だけを読んでみるとするのです。

そうすると続けてするする読めていくものです。

名作ゲームには出会えましたが、同時に民法Ⅰという講座で前代未聞の20点(無論「不可」で単位未認定)という得点をたたき出しました筆者からは以上です。

(平成27年6月13日 土曜日 最終更新:平成28年6月13日 月曜日)