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2015年8月27日

日本人の字幕文化について好きな漫画にからめて論じます

電光掲示板も字幕文化の成せる業かもしれません




おはようございます。

2015年8月の記事です。

筆者はせっかちですので、テレビ番組なども録画で見てCMや主題歌、クレジットなどを基本飛ばして観ますが、録画することでもう一ついいことがあります。

それは字幕を表示することができる番組がかなり増えてきていることです。

ちょっと聞き逃してしまうようなフレーズや言い回しも字幕を追うことですっきり理解できますし、何より洗い物をしながらや洗濯物を畳みながらであっても、とりあえず目で追っておけば字幕を頼りに番組の内容についていけるのです。

素晴らしい「ながら視聴」です。

思えば、海外の人も言っていましたが、日本人の字幕映画文化というのは世界的に珍しいものなのだそうです。

英語圏の人にとって見れば、日本で上映するには吹き替えを行わずに字幕で原文のまま流してもそれなりの集客が見込めるとのことで、これが例えば中国舞台(中国語)の映画をアメリカで上映するには最初から台詞を英語にしておくなどの吹替対応が必要だということです(レッドクリフ、という映画がありましたが、これが三国志好きならば知らないものはない「赤壁の戦い」であることを理解するのに一時の時間がかかった筆者です)。

なぜ日本にはこうした字幕文化があるのでしょうか。

思えばお江戸の寺子屋時代からの識字率の異常な高さと幼年教育の普及がベースにあって、それが昭和の漫画文化に昇華したことと関係があるような気がします。




絵と文章の融合





絵に合わせて文章を読ませ、幅のあるストーリーを紡ぎだすという手法は、手塚治虫を祖とする能や歌舞伎並みレベルの「文化創造」だと筆者は思っておりますが、これに沿って考えれば納得がいく気がします。

すなわち、絵ではなく動画になっても、台詞は字幕として残る、これが心地よいとかなりの日本人は感じるわけです。

原文が聞き取れる(英語の場合が多いでしょうが)視聴者にとってみれば、やはり原典に触れた方がちょっとした言い回しやジョークも含めて楽しめます。

英語は下手だと言われながら、その実日本人はとても勉強好きなのかもしれません。

ということで、一に国語二に国語、三四も国語で五に数学、というところが基礎勉強で、その上で英語なり中国語なりを重ねていく順番が大切なのかと思ったり致しました。

ということで、英語中国語については、「これから」勉強の筆者からは以上です。

(平成27年8月27日 木曜日 最終更新:平成28年8月27日 土曜日)