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2016年1月8日

(2016大河ドラマ振りかえり)真田日本一の兵(つわもの)






おはようございます。

2016年1月の大河ドラマに関する配信記事です。

2016年大河ドラマは真田丸と題し、戦国末期に信州上田に在った真田昌幸を棟梁に、嫡男の信幸(のちに幸の字を捨てて信之と改名)、その弟の信繁(幸村ともいう)の三名を中心にした真田一族すべてを小さな舟に見立て、戦国末期の荒波を渡っていこうという意図のようです。

もともと真田昌幸は武田信玄・勝頼の家臣となって、信の字は信玄の信から貰ったというのが通説です。

大河ドラマの主題も、かつての誰でも知っている織田信長や徳川家康、独眼竜正宗に武田信玄といった超大物から、歴史上の重要さからすれば次点級になり、必ずしも全国区ではない主題にシフトせざるを得なくなってきたようです。

これは大河ドラマの歴史がずいぶん積みあがってきたことの証左なのですが、年々脚本は難しくなり、それに伴った評価もいろいろと分かれるところです。

真田幸村といえば、昔は豊臣恩顧で最後まで忠義を尽くし、その知略と武力を駆使して大坂冬の陣では真田丸という難攻不落の出城を築き、持ち手三人がかりで撃つ超大型銃を用いて徳川方を撃退した勇者として知られました。

猿飛佐助を筆頭にした真田十勇士といえば、不倶戴天の敵徳川家康の首を狙って三河に攻め込み、家康に鉄槌を食らわす、そんなRPGゲームなども大流行しました(ちなみに筆者は大好きでしたので、いまだに「いえやす、かくごーーーーっ」のこのゲームの最後の台詞を覚えています)。

しかし、今回の大河ドラマは、真田幸村一人というより、徳川方について江戸の世に真田家を十万石の大名に残した兄信幸やその家族たちにも等しくスポットが当たるようです。

信繁や父の昌幸が、どちらかというと常識人には図れない機略の、というか相当の変わり者として描かれるのに対し、かなり同時代人としては真面目かつまともな対応をするという感じですが、それでも戦国の世を生き抜き真田家をつないだ力量は物凄いものがあると思います。

大坂夏の陣でも、壊された真田丸を捨て、冬の陣で家康本体が陣取った茶臼山に陣を構えた幸村は、必勝の策を練って徳川軍をおびき寄せますが、焦った味方勢が先に戦を始めてしまい、茶臼山での陣地の利を生かすことができませんでした。

日本一の兵(ひのもといちのつわものと読む)、と徳川方の諸将にも名を遺した真田幸村、父の昌幸は見事に二人の後継者を鍛え上げたと言えるでしょう。

なかなか教育とは難しいと思います。

信州上田には、上田だけに数回訪問させていただきました筆者からは以上です。

(平成28年1月8日 金曜日)