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2016年5月28日

ハードルを下げるということが時には続ける際の妙薬になったりしますというブログ記事です

ハードルを設置しない




おはようございます。

2016年5月のハードルを下げるとよいというビルメン王によりますブログ配信記事です。

ツイッターネームはビルメン王(@shinya_ueda)です。

電験3級を取りたいのですが、まだ果たせていません。

先日、ブログの読者と一緒にリアルな場所でうまいものを食べながら語り合うという貴重な機会がありまして、そこでなかなかよい話が対話の中から展開されたので共有したいと思います。

かなりの長文になりましたが、よろしくお付き合いください。

自分らしい人生を生きる一つの方法として、「ハードルを下げる」ということが結構重要ではないかということです。

人は、人や自分に「期待」しながら生きています。

しかしながら、こうした「期待」は大きすぎれば自らや他人を縛るという点もあることもあるのです。

どうして毎日ブログを書けるのですか、という質問をもらった時に自然に答えたのは、習慣化している、すなわち朝起きてトイレに行って顔を洗って歯を磨く、といった必ずやることのうちにこの「ブログを書くこと」を入れているのです、ということだったのですが、ふと、この「習慣化する」ことこそ「ハードルを下げる」ということにつながるのではないかと閃いたのです。

ブログの記事が1万人に瞬時に読まれて世界中に拡散し、ヤフーニュースのビジネス面の隅っこを飾って誰の目にも留まるといったところまでの大それた欲求はありませんが、一応書いたものは「見られる」ことを前提としており、そこにはより多くの人に読まれたいという「期待」がつきものです。

この程度で終わっている分にはいいのですが、過度な「期待」が、すぐに「いい記事を書かねばならない」というハードルを上げる方向に働くと、書く前から身構えてしまいます。




そしたら書けなくなります





そして書けなくなるのです。

勝手に、自らに「期待」することによる「ハードルの上昇」が、無用な心理的負担となり自らに襲いかかり、結果その前でストレスを溜めながら立ち止まってしまうのです。

客観的には立ち止まっているだけですので、物事に着手できません。

勝手にハードルを上げたことにより、動きが取れなくなってストレスを感じます。

このストレスを振り払うには、相当の「決意」を持って前に進んで取り組まなければなりません。

やり始める時からくたくたです。

こうなると、日常流れるように過ごしている中に自然とある「歯磨きのようにブログを書く」といった幸せな状況からは遠く離れ、書くことが物凄く労力のいる苦行や精神修行のように見えてくるので不思議です。

そして、取り掛かるのにそのような「決意」が必要な作業を繰り返していきますと、失敗は許されない、完璧なものに仕上げたい、だってこれだけの「決意」の下に行っているのだから、という「ハードルを際限なく上げる状況」に陥ってしまいます。

そして、ある時バーンアウトしてしまうのです。

「必勝の精神」とやらで戦争に勝てるならば、すべての戦中の日本人には精神修行を行えば良かったし、「必勝の決意」で売り上げが上がるのであれば、現在の企業研修でも精神力を高めるための訓練のみを行えば良いことになります。

しかし、プラクティカルに「やるべきこと」を繰り返して失敗を修正するプロセスがなければ、物事いつまでたっても上達しません。

能力開発もなされません。

話しながら筆者は、人生において使える「決意」の総量はどんな人間でもそんなに変わらないのではないか、とさえ思うようになりました。

つまり、決意とは相当に非常な状況や環境下において、とりあえずその状況を脱するために使う非常手段のようなものであって、能力開発をしようとか、習慣づけをして経験を積もうとか、英語を話せるようになりたい、といった前向きな取り組みの際には、無駄に使わないほうがむしろよいと思うのです。

やる前で立ち止まってしまう、という無用な「決意」の浪費をするより、「習慣化」によって、「やる時間になったらやるだけ」の状況に自らを置いてしまい自然にやるほうがはるかに楽です。

そうすれば、ブログ記事一つにおいても、「今やるべきか、明日まとめて2記事書くか」「今のうちに3記事書いておけば三日間フリーだ」などという「選択肢」の出現によるどれか一つへの「決定」という身体をすり減らす行為は不要になります。

朝起きて、顔を洗って歯を磨く、ということについて、非常な「決意」を必要として実践している人は希少だと思います。

今日から先の10日分の歯磨きをしておく、という人もいないと思います。

こうした日常の行為とできるだけ同じように、ブログを書くとか英単語を少し覚えるとか英語のラジオを聞くとか仕事の報告事項を軽くまとめておくといった行為をさりげなく入れ込んでいくのです。

こうすれば、いちいちそれらを行う時にハードルを感じずに済みます。

ハードルを、意図的に上げないように努めるのです。

メジャーリーグの野手として成功した松井秀喜選手の書いた「不動心」という本がありますが、ここで言っていることを筆者の責任で一言で表しますと、「自分のコントロールできないことで悩まない」というものかと思います。

明日雨が降るか、取引先が自分の提案を受け入れてくれるか、それは相手方や第三者や環境という「自分以外の要素」の決定によるものであるので、そういったことに心を乱される暇はない、むしろ自分自身が100%責任を負えること、例えば毎日素振りをするとか、ストレッチをして怪我を防止するとかといったことに意識を集中しようというものです。

これも、無用なハードル設定による心の不安を鎮める方法として非常に適していると思います。

自分の意思ではどうにもならないことで必要以上に悩まない、ということです。

もちろん自分の「期待」の方向に物事が進まない時には大いに残念がってよいのです。

筆者も、いつだってそうですが買った株が下がれば残念です。

しかし、買うまでのプロセスや読みについての反省は必要ですが、起こった結果について必要以上に悩んでも仕方がないのです。

ハードルを下げて、淡々と習慣の力により継続する、こうした継続力で、かのイチロー選手(何と筆者より年上)も、前人未到の4,200本安打の先へ邁進しているのかもしれません。

などと書きながら、この記事が10万人に読まれてヤフーニュースのトップページを飾ってしまったらやっぱりどうしようと悩む筆者からは以上です。

(平成28年5月28日 土曜日)

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