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2016年8月13日

思い込みとうまく付き合うことが大切だと気づいた話をします

暑いというのは思い込みかもしれません





おはようございます。

2016年8月の夏の暑い記事です。

おはようございますビルメン王(日々修行中)です。

暑いですね。

今日も雑談で、また長くなりそうです。

暑いと思うから暑く感じるのであって、単に気温という目盛りが37度を指しているだけだと思えと昔の先輩は言われました。

でもやっぱり暑いです。

先輩もアイス食べてました。

少し考えたら、37度といえば体温より高いわけです。

37度という表示に、否応なく暑さを感じる、そんな猛暑が続いています。

思えば、少し前まで(昭和から平成初期のころにかけて)は、最高気温が30度を超えると真夏日といって、真夏日が何日連続で続いたといったことがニュースになっていたような気がします。

しかし、ここ最近は、35度超えが連日続き、朝の9時にはすでに外気温31度といった状況になってしまい、早朝や薄暮のランニングや犬の散歩といったちょっとした活動も、時間を少し間違えば一気に熱中症危険ゾーンになってしまうようです。

健康増進のために歩いているのに、暑さで体調を崩してしまっては元も子もありません。

気をつけたいものです。





思い込みによって人生を狭めないようにしたいということ






さて前置きが長くなりましたが、今回言いたいのは、思い込みが自らを追い込んで、人生を狭くしていることが多いということです。

暑いのですから、無理な時間の外出は控えて、例えば南国のように超早朝や日暮れ後に出歩くようにすればよいし、午後はシエスタ(昼寝)して体力を回復させたほうが良いのかもしれません。

思い込みと事実を一度きちんと分けて考えてみて、自分の意思や行動ではどうしようもないものについて思い悩むことをやめるか少なくすれば、少なくともその分人生が豊かになるかもしれません。

日本は世界有数の火山国で、例えば九州の阿蘇山は9万年前の大爆発で、日本列島を覆って火山灰を降らし、平均気温や視界すら火山灰で遮断して、多くの生態系を死滅させたと言われています。

さらに時代が下って6,300年前の縄文時代に起こった海底火山、鬼界カルデラの大爆発で、九州から西日本にかけての縄文文明は一旦滅びたといってよいくらいの壊滅的な打撃を受けたとも言われています。

そうした世界的な火山爆発といったカタストロフィーは、地震や津波と同様、心配すればきりがない話でもあります。

そのような奇怪で困難な地球環境の上で、たかだか100年弱生きる時間をもらったと思えば、その中でよりよく生きるために時間を使おうと思えるかもしれません。

思い込みというものは、人生を方向づけもするし、その可能性を狭くするものかもしれません。

明日も生きているという根拠のない自信や思い込みで、人は平静を保てているのかもしれません。

うまく付き合っていきたいものです。

さて8月には祝日はないと思い込んでいましたが、今年から8月11日は山の日という祝日となりました。

実は、前まで覚えていて記事にもしていたのですが、直前で忘れておりました。

なんとなく、これは盆休みの一環として、夏休みにして15日の月曜日から送り火の16日まで連休というような方も多いのかもしれません。

8月9日は長崎原爆投下の日、8月10日は日航機墜落事故の日ですので、これらの日は避けられたような感じも致します。

しかし、祝日がないと会社を休めないという人にとってはこうして祝日が増えるのは朗報かもしれませんが、仕事は言われてやるものではないと感じているであろう自営業の方や、中小企業の経営層の方々からすれば、実質稼動日がどんどん減ってしまうということで、国全体の生産性という観点ではどうなのだろうと考える向きもあると思います。




休むのも主体的に休みたいもの





できるだけ、制度上祝日だから休める、ではなくて仕事の段取りや準備ややり方を含めて自分から有給なりを消化するようにしていくことが、より高度でスマートな労働環境ではないかと思うのです。

そちらのほうが、実は生産性も向上して儲かる?かもしれないのです。

筆者は残業という言葉があまり好きではありません。

残業時間に行おうが、通常の業務時間に行おうが、労働は労働であり作業は作業であり違いはないはずです。

当然会社や雇用主と折り合わなければなりませんが、自分で考えて労働時間と決めたらそれが労働時間であり、19世紀の機械労働工を前提として組みあがっている今の労働法制は正直現代の労働を正しく反映できていないと思っています。

やるときはやる、やらないときはやらない。

自分が直接やってようがやっていまいが、責任者や管理職ならば責任はとる。

仕事でも遊びでも、メリハリをつけていきたいものです。

でないとどちらもなんとなく身が入らず、結局中途半端に終わってしまうような気がします。

レジャーも、大型連休やお盆に多くの人が殺到するのではなく、順繰りに段取り良く休暇をとった人たちや家族が順番に切れ目なくきてくれたほうが、旅館やテーマパークも嬉しいはずです。

これも、思い込みの悪い例なのかもしれません。

あなたがいなくても会社は回る。

そして、そのように仕向けないといけない。

だけど、どうせ一緒に貴重な人生の時間を使って働くのであれば、この人と一緒に働きたいと思われるような人間になれたらいいよね。

とは昔の私の先輩の言葉ですが、ようやくテーマに沿った話に戻すことができました。

祝日作らないと休めない、という思い込みの先には、祝日がまだない未踏の月である6月あたりに、さらに「雨の日」とか「川の日」とか「湖の日」とか「朝顔の日」などができるような気もしています。

いずれにせよ、他に言われてではなく、自分で決断できる人になりたいものです。

日々酒業中の筆者からは以上です。

(平成28年8月13日 土曜日)