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2016年10月16日

持続可能な年金制度を考える(4回シリーズ第2回)





おはようございます。

2016年10月の日本の年金制度に関する配信記事です。

年金財政の前提となる人口構成について引き続き述べてみます。

さて大きなレベルで、国家としても同じことが言えます。

人口ボーナス状態で経済成長を40年にわたり続けてきた日本は、年金制度としても世代間の助け合いという触れ込みで、いつしか年金は現役世代(自分の子や孫の世代)から捧げられるものという間違った概念が蔓延してしまいました。

状況はさらに悪いことに、自分の年金を自分の子からいただくという以上に、自分の年金を「他人の子」から補填してもらうという状況になってきています。

出生率が2.0を下回る状況がずっと続くわけですから考えてみれば当たり前の状況です。

現在、年金制度の改革が叫ばれておりますが、この本来的な「自分で積み立てて、自分で使う」というところを外してはなりません。

少々難しい言葉で繰り返して説明しますが以下頑張ってついてきてください。

年金の財政方式としては、「積立(つみたて)方式」と「賦課(ふか)方式」があります。「積立方式」は、若い現役時代に納付した保険料を積み立て運用益も加えた額を老後に年金として給付する仕組みです。

私的年金の場合には各個人ごとに収支が均衡化するように保険料と年金額が設定されますが、公的年金の場合には、ある年齢階層 (あるいは数年間の年齢階層)で収支が均衡するように制度設計がなされます。

これに対して「賦課方式」は、現在働いている現役の人から保険料を徴収し、現在の高齢者に年金を給付する仕組みです。

各年度(あるいは数年間、収支均衡させるならば非常に長い期間、例えば100年といった均衡期間が設定される場合もあります)で収支が均衡するように制度設計がなされます。

どちらが公平 でわかりやすいか、それは「積立方式」に決まっています。

そして、年金が積立方式で運用されているか限り、相対的高齢化(年齢階層別人口規模の相対的変化)は、年金財政に直接の影響は及ぼさないのです。

自分のことは自分でする、という至極当たり前の論理がそこにあります。

しかし、現実の年金財政運用はそうなってはいません。

そこに乖離があるのです。

次回は翌日に回します。

(2016年10月16日 日曜日)