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2016年10月13日

「一票の格差」と「地域代表制度」のバランスについて憲法学の観点から論じます






おはようございます。

2016年10月の日本の憲法秩序と選挙制度に関する配信記事です。

日本全国、地域の声を広く募らなければならないという流れを強化する方向で働くのが一票の格差と投票率です。

ただでさえ、衆議院議員選挙で最大2.5倍、参議院選挙では5倍くらいの一票の格差があり ます。

すなわち、田舎の人は都会の人3人分の選挙権がある、という現実があるのです。

加えて投票率は高いときています。都会の無党派層は、知名度が高い候補が出ないとそもそも選挙にすら行かないのではないでしょうか。

さらに参議院選挙は各都道府県の地域代表という色を濃くしており、さらに広範な格差も許されると法の番人の最高裁判所も少し前まで言っていました。

しかし 純粋に考えればこれはおかしいことです。

憲法で保障された選挙権の平等に反するわけです。

国民の選挙権は平等なのですから、選挙の実務上仕方ないという「格差」などというものは、どう見ても2倍以下にしなければならないのではというのが憲法学会の通説です。

2倍を越えれば複数選挙権を事実上認めることになるということですが、これもなんとかひねり出した限界という程度のもので、本来ならば限りなく1倍に近づけなければならないのです。

しかしながら、全国を1選挙区にしてしまわない限り、選挙区というものを作る以上必ず格差は生じるので難しいのです。

実際、人口流入や流出や少子高齢化や都市化や過疎化によって、適切に区割りがなされていない、そういった現状を追認助長する風潮があるわけです。

地域の美名の下に。

もし逆に都会のほうが選挙権が3倍、となっていたら地方の反感は尋常ではないでしょう。

このことからも地方は人材を拠出しているからその意味で中央政府から各種の恩恵を得るのはいわば当然であるという日本型「定理」が導き出されます。

地方は都会への人材拠出役割を担っているので、選挙権は大きく予算配分も「入超」だというわけです。

そして地方の切捨ては許さないという論調になります。

本当は、もっと「自分のことは自分でやれ」「自助努力」と都会の人が言ってもいいかもしれないのです。

しかし都会の人もルーツは田舎ですから、自分の親や祖先、父祖の地を悪く言うのは気がとがめるということなのでしょう。
同じ国ですが地域ごとによって事情も違うということを理解することから始めるしかないのかもしれません。

因みに大学の法学単位で唯一の「優」が憲法だったという筆者からは以上です。

(平成28年10月13日 木曜日)