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2016年11月10日

「国家資本主義」という国家単位の大きな自由主義経済の異端児的存在について






おはようございます。

2016年11月の国際経済に関する配信記事です。

国家資本主義という自由主義経済の異端児というべき存在が今日世界を席巻しつつあります。

学者や立場によってまちまちですが、アメリカのシンクタンク社長でもある政治学者イアン・ブレマー氏によると「国家が経済のPrincipal Actor(主役)として政治的目的を果たすために市場を利用する究極的な経済システム」と定義されるとのことです。

例えば、石油業界では既に全世界に権益を拡大したメジャー(かつてセブンシスターズと呼ばれた)である欧米の超巨大民間企業に迫る勢いで中東アラブの王族国家やソビエト社会主義共和国連邦の後継国家、そして人口世界一といった21世紀の大国の国営企業の存在感が増してきているのです。

こうした会社は直接国家がその株式を保有し、優秀な国家官僚が直接経営に参画し国益を追求した大胆で合理的な投資行動を取ってシェアを拡大していきます。


2008年のリーマン・ショック後、一時的とは言え、自由主義国家の盟主を任じていた西側の大国も、当時世界最大の保険会社と、当時世界一の自動車会社と、大手銀行数行の経営者になりました。


望んでいなかったことかもしれませんが、あきらかに株主の究極の姿として国家という存在が全面に出てきた時代に我々は生きています。


日本も、大手銀行の優先株を引き受けたりナショナルフラッグの大手航空会社を文字通り国営化したりと、似たような状況でした。

国家が国家直営企業をますます増やして富を確保しようと動くとどうなるのでしょうか。


本来資本主義は自由な競争を担保するために規制当局すなわち国家には公正な市場の整備を求める建前だったわけですが、国家と国家直営企業の近すぎる結びつきは、試合の審判と選手が同じという笑えない状況になっていきます。

我々のごくごく小さい資金を振り向ける市場という存在自体が本来調整役であるべき国家当局によって歪められているとしたら、それは市場の信頼を損ねる重大事でありましょう。

国家資本主義について更に考察します。

2012年のダボス会議のテーマの1つが「国家資本主義の将来」でした。

今後の世界経済の帰趨を新興国を中心に、国営企業の存在感がますます増しています。

特に、資源エネルギー、メディア、金融、インフラ開発など幅広い業種において、その資金力と戦略的意思決定の速さを武器に、彼らのマザーマーケットはもとより世界市場を席巻しつつあります。

一方、ガバナンスやコンプライアンスでいわば迂遠な手続きを強いられたかに見える先進国のグローバル大企業はそれに比べて決断が遅れがちです。


リーマン・ショックなどによる消費者や市民や株主からの現実利益とサービス向上の突き上げにより、企業決定における「大胆さ」も失いつつあります。

透明性の向上や四半期ごとの厳しい業績のチェックに意を払いすぎるあまり、主体的な経営ができにくくなり困っている状態です。

ここまで考察した上で、今の時代に求められる企業経営形態はどちらなのでしょうか。


1.民主的なガバナンスには若干(相当?)欠けるものの、国家のオーナーシップの下で加速される企業成長でしょうか?

2.それとも、短期利益を追いがちな株主を上に戴きつつも、民主的で透明な意志決定に敬意を払い、長期的な株主支持を集める独立した経営者と従業員主体の努力による企業成長でしょうか?

答えは筆者にはわかりません。

しかし1.2.どちらか一方というわけではなく、それぞれのよい要素をうまく良い意味でバランスしていくしかないのではないかというところが現時点での考えです。

皆さんのお考えも聞かせていただきたいところです。

買った株がことごとく下がることで自信のあります筆者からは以上です。

(平成28年11月9日 水曜日)