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2016年11月15日

日本プロ野球ドラフト制度の制度趣旨を論じて制度に対する信頼を担保することが大切だということを強調する記事です





おはようございます。

2016年11月の日本プロ野球におけるドラフト制度の制度趣旨を書生っぽく論じる記事です。

毎年、さまざまな事案が起こり議論に事欠かない感があります日本プロ野球のドラフト制度ですが、2016年のドラフトでは、

「上位指名のみプロ球団入団するが、下位指名ならば社会人野球に進む」

と宣言した高校野球部所属の選手についての事案が話題となりました。

事実関係を整理しますと、

「3位以上の使命をもらえればプロに入団するが、4位以下の指名ならばある社会人野球の野球部に入るので、(指名を)ご遠慮ください」

と事前に全球団について「通知」しており全球団のスカウトもそれを認識していたというところ、

とある「空気を読まないので有名な」日本のハムというプロ野球球団(くしくも、2016年ペナントレースを制して日本一に輝いた球団です)が、6位の指名を「強行」して、交渉権を取得し、本人側とプロ入団についての交渉をもった、ということです。

結局、入団はならずに当初の予定通り、社会人野球に進むようですが、もし仮に入団に至ったとしても、現行ルール上問題はありません。

かような事案です。

しかしながら、このような「処置」には、そもそものドラフト制度の根幹を揺るがす重大な問題をはらんでいるのです。

もともと、ドラフト制度とは、日本プロ野球全体の戦力均衡こそが、全球団およびリーグ全体の利益となるという考え方で、有望な選手をできるだけ公平にランダムに選ぶということにしているという点にあります。

いわば、プロ野球選手として、一括して「プロ志望」の選手を各球団に公平に割り付け、そしてあたかも、一つのプロ野球組織に属する各チームという「部門」でそれぞれの選手はプロとしてのキャリアをスタートするということです。

もちろん、現実には資金力のある球団や戦力に恵まれた球団や本拠地やフロント監督親会社、といった「格差」「違い」「好き嫌い」は当然にありまして、選手の中には特定の球団に本音では行きたいというところがあるかもしれません。

しかしながら、「新卒」でドラフト指名される場合は、まずは全体としての日本プロ野球機構という組織に所属して、どのチームに獲得されるかというのは運任せ、その後国内FAか海外FAの資格を取って、自らが行きたい球団との移籍交渉を開始するというのが本来の流れなのです。

ここに、ある例えば非常に将来有望な高校球児がいたとします。

この高校球児や高校野球部側が、ある入団を希望するプロ野球球団と「組んだ」場合、例えば、ドラフト前にある「社会人野球チーム」に進むと公言したとします。

すると、ほとんどの球団はドラフト指名の枠を犠牲にしたくないので指名を回避しますが、その意中の球団だけは指名することができます。

ドラフト後の独占入団交渉の場で、その有望選手が説得を受けて、「一念発起してプロでやってみようと思いました」と宣言したことにすれば、現行ルール上は全く問題ない入団経緯の出来上がりです。

最初から出来上がっていた話でも、17歳か18歳の高校球児にそのように言われれば、特に問題はないと、世間はスルーしてくれるのかもしれません。

そして、いったん入ると決めていた社会人野球チームに対しては、その翌年かほとぼりがさめた数年後でも幾人かの選手をプロ選手として指名してあげる、といった恩恵を施せば、そのような案山子か藁人形の役目くらい、いくらでもしてもらえそうな気がします。

あくまで、上記は「仮定の話」ですが、かような「疑義」が入らないようにするために、ドラフト制度についての細かい取り決めがあるはずなのです。

それなのに、ドラフトを待つ身である側が、いろいろと条件を付けだしたら、こうしたドラフト制度の信頼は、それだけで失われてしまいます。

上記のような裏の取引があるのではないか、という疑義が払拭できなくなるわけです。

例えば、

ある特定球団の指名でなければ社会人に行く

1位指名でなければプロ野球には入団しない

といった「条件」をつけることがまかり通るのであれば、

その条件に対する対応に各球団が迷い、本来の戦力均衡というプロ野球ドラフト制度の制度趣旨と信頼が失われてしまうのです。

17、18歳の高校生といっても、プレーしてお金をもらう「プロ」になる以上、その世界に入る手前の最初のところで不正をするようではいけません。

その選手が有望であればこそ、ドラフトの趣旨を尊重してプロの門を叩いてもらいたいものです。

したがいまして、ドラフトにかかる可能性がある選手としては、一切の希望や申し入れをあえて行わない、という態様が大切になります。

裏取引が存在すると考えれば、誰でも気持ちがよくありません。

クリントン大統領候補のメールサーバー疑惑についても、単にメールサーバーを自分専用にセットしただけ、と弁明されても、やはり国家機密である重大情報を自分の私的蓄財や地位に違法に流用したのではないか?という疑念を抱かれてしまうのです。

制度に対する信頼を維持するというのは大変ですが大切です。

今回は、制度に対する信頼という観点から書生っぽい意見を述べてみました。

裸一貫でドラフトの声がかかるのを待っていますが、声がかからず未だ無風の筆者からは以上です。

(平成28年11月15日 火曜日)