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2016年11月17日

ほぼ雑談ですが外国人の日本語の表記方法とその歴史について長文で論じております







おはようございます。

2016年11月の外国人の日本語表記に関する配信記事です。

「ギョエテとは、俺のことかとゲーテ言い」という川柳を残したのは明治の小説家斉藤緑雨という方らしいですが、 (Goethe) を紹介したいと思った明治の日本人は漢語の知識と教養を総動員して、日本語片仮名「ギョエテ」「グーテ」「ゲエテ」などいろいろ試しながら「ゲーテ」に落ち着かせてきたわけです。

このように外国語の表記は、日本語ではなかなか正確に言い表せません。

言語が違うのですから当然です。

結局統一されずに(violin)などバイオリンと言ったりヴァイオリンと言ったりしたまま残ったものもあります。

さらにより面倒な事例としては(こちらの方が多いのですが)、そもそも輸入された外国語の表記や読み方自体が複数あるという場合です。

(Julius Caesar)は共和政ローマを帝政ローマに文字通り変革した人類史上稀有な英雄であり世界的に超有名だと言ってよいと思います

この点に関しましては、本当はナザレのイエスやモーゼにムハンマド、これらの中東起源の一神教系宗教のはしりとも言えるゾロアスター教開祖のザラスシュトラ、東方においては孔子に仏陀くらいの事例を挙げたいのですが今に続く宗教的な機微情報=要するに、なかんずく、取扱いに配慮が必要な情報に触れざるを得ず、衡平な記述の自信と能力がないので断念します。

話が大幅に逸れましたが元に戻します。

もともと雑談であるところ誠に申し訳ありません。

さて(Julius Caesar)を日本語で古ラテン語的読み方をすればユリウス・カエサルですが、その後発展した英語っぽい読み方をすればジュリアス・シーザーとなり、英国随一の劇作家であろうシェイクスピアによって書かれた(The Tragedy of Julius Caesar)という悲劇は「ジュリアス・シーザー」と読むのが習わしです(英語劇だからです)。

特に教育に携わる方々には、このように「日本語で世界のこと」を教えるときにかかるフィルター作用(誤解)についてよく認識してもらいたいと思います。

なぜなら、私もこの読み方の違う「二人」が、なんと実は同一人物であることを知ったのは結構なおとなになってからなのです(本当です)。

同じ王朝の王様でもドイツ語読みではカール、スペイン語読みではカルロス、英語読みではチャールズ、フランス語読みではシャルルと言ったりと様々です。

でもみんな元は同じ「名」だったり「ファミリーネーム」だったりするわけです。

こういった「お作法」についてはなかなか教科書などに記述するのが難しいので、個々の教諭の力が試されるところだと思っています。

だから児童生徒学生諸君も、スマホで調べるばかりではいけないのです。

ブルータス、お前もか!などと言われないように気をつけてください。

そんな青空教室での筆者のつぶやきは以上です。

(平成28年11月17日 木曜日)