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2016年12月22日

2008年リーマンショックというわずか数年前の歴史に多くの学びがあるという話




おはようございます。

2016年12月の金融業界や消費者金融業界に関係する配信記事です。

2008年リーマン・ショックの直前、振り返ってみれば世界はかなりのバブル経済状態でした。

消費も盛り上がり、日本の輸出も好調、国内消費こそなかなか浮上しないけれどもアメリカや欧州、中国の消費も上向きになってきており特に問題ない、アメリカのサブプライムローンの問題がそろそろ言われはじめてきていましたが、金融政策で対応できる範囲の些細な問題にとどまるというのがほぼ共通した「プロたちの」見立てでした。

アナリストやエコノミストは、当時の米国FRB(中央銀行)総裁を金融のマエストロ(指揮者)と称賛し、あたかも市場主義の恩恵が世界中を包むその教祖のように存在自体を崇めました。

時の大統領や国務長官も彼のところに日参し、まさに「教えを請う」状態だったのです。
しかしどうもそのような素敵な世の中ではありませんでした。

アメリカの空前の好景気は上がり続ける住宅価格を元にした銀行の貸付によって支えられていた過剰消費であっただけで、住宅価格が上昇しなくなれば途端に破綻する砂上の楼閣だったのです。

担保価値目いっぱいまで借り続けるサブプライム層(実質は明日の金利も支払えない貧困層が多かったと聞きます)に対し、我も我もと絶対に回収が見込めない条件での貸付を行ったアメリカの大手銀行は、金融緩和と規制緩和という名のもとに自らに規制をかけてこない中央銀行を金融市場主義の権化、自分たちの守護者と崇めました。


彼らがいる限り、総量規制などといった当局の規制の匂いがする政策は行われない、彼らの温和な性格と自由に任せる市場主義政策のもと、実際に金融機関が収益拡大と自らのボーナス獲得に走ったのが、残念ながら実質は目減りした担保価値しかない家を購入したサブプライム層への大幅な貸付けでした。

この層を含むアメリカの大衆消費は、住宅価格が上昇する限りクリスマス商戦などで続いたので、そのうちは良かったのです。


しかし夢は覚めました。


真実に気づいたときは既に遅し。

それまでのカネのなる木だった投融資は全て不良債権と化し、溝に捨てられる運命となりました。

振り返れば簡単なことなのです。

ほんの数年前に実際に世界で起こったことです。
しかし渦中にいる時期の我々にはわかりませんでした。

歴史に学びましょう。

何よりも含蓄のある、冷徹な事実がそこにあります。

失敗に学ぶことです。

モノの値段は世間の値段ではないこと、自分自身の座標軸をぶらさないことが大切です。

高い受領料でしたが、こののちその教訓を活かせるか否かで変わってくると思います。

なんども申し上げまして恐縮ですが投資については全く先を読めていない筆者からは以上です。

(2016年12月22日 木曜日)